自民党は6千人、安倍晋三首相は1人で1千人もの招待者枠を得ていた上、招待者リストは全て破棄されていた首相主催の「桜を見る会」。「行政の私物化だ」と追及を強める野党に対して政権側は、数が膨れ上がったことは「大いに反省」(安倍首相)するが、公私混同はなく公選法違反にも当たらないと否定する。
だが、各界の著名人や芸能関係者も招かれ、満開の桜の下で酒食の提供をふんだんに受ける「特権的な催し」との印象は強く、世論の批判はやまない。そこで、省庁の推薦枠で招待され、実際に参加したことのある東京在住のAさん(52)に話を聞いてみた。浮かび上がるのは、やはり明らかな「公私混同」ぶりだ。(共同通信=内田恭司)
▽結婚間近の若手社員も
Aさんは、東京に本社がある情報通信分野の大手X社に勤務する。X社には同業他社と同様に毎年1月か2月ごろ、政府から招待者の推薦依頼が届くため、社内の「政治色の強い部署」(Aさん)を中心に20~30人前後のリストをつくり政府側に提出している。推薦要請を受けている他業種の企業は「知らない」という。
「X社内には政治色の強い部署があり、そこの部長職が代々人選しています。リストに入るのは、多くがその部署の管理職やOBで、功績や功労のあった人はいませんね。結婚間近の若手社員は男女を問わず、よく加えてもらっていました」。
リストに基づき、3月ごろには会社にまとめて安倍首相名の招待状が届いた。Aさんは、第2次安倍政権になってから3年連続で招待状をもらっていたため、2018年4月21日に開催された桜を見る会に初めて参加してみることにした。
妻と小学生の長男の3人で多少のおめかしをして出かけ、小田急線、東京メトロ丸の内線を乗り継いで、会場の新宿御苑に着いたのは午前9時前。複数ある入口のうち、四谷寄りの大木戸門から入った。朝から好天に恵まれ、日差しがまぶしかったという。
入る際に手荷物検査はなく、招待状もチェックされなかった。同封された、通し番号入りの受付票を渡し、引き替えにもらうリボンを付けるだけで、すんなりと会場に入れてしまった。普段の入場料は大人500円ので、その分得したことになる。
少し離れたところで、自民党のある女性国会議員が職員を怒鳴り上げていた。同伴してきた父母を入れてくれないらしい。確かに招待状には、一緒に入場できるのは配偶者と本人の子どもまたは孫(ただし未成年)だけと記された注意書きが入っていた。
▽酒と焼き鳥はすでに品切れ
Aさんが中に入ると、芝生広場の左側に大型の白いテントが複数張られ、そこが飲食と模擬店の会場になっていた。しかし、テント内のテーブルにあるのはオレンジジュースやウーロン茶類だけ。お酒のふるまいはほぼ終わり、焼き鳥も品切れになろうとしていた。
聞くと、国会議員の後援会関係者とおぼしき大勢の招待者が、何台もの大型バスで先乗りしており、お酒と焼き鳥は早々になくなったのだという。その後、補充されたのかもしれないし、他にも飲食できるエリアがあったのかもしれないが、大木戸門口から9時以降に入った人の多くは、何も口にできなかったのではないかという。
Aさんは「安倍首相の地元・山口の銘酒である獺祭が飲めたそうですが、一本もなかったですね」と振り返る。今にして思えば、先乗りしていたのは安倍首相や自民党の大勢の支援者だったのではないかと話す。そうであれば、やはり公費で支援者らに優先的に飲食させたことになるのではないか。
Aさんは、お酒と焼き鳥はあきらめ、テントの近くでお菓子を配っていたので、家族3人で長い列の後ろに並ぶことにした。15分くらいで順番が来て、3人ともバウムクーヘンと和菓子の小さな詰め合わせを1箱ずつもらった。バームクーヘンは東京の名店の、和菓子は京都の老舗のもので、見ると手土産に持って帰る人が多かった。
桜はというと、広い御苑内の方々で咲いていたであろうソメイヨシノはとっくに散り、全て葉桜になっていた。この時期に咲いているのは八重桜で、ところどころにしか植えられていないが、ほぼ満開できれいに咲いていた。9時半ごろになると入場者もかなり増え、大勢の人が散策をしたり写真を撮ったりしていた。
少し向こうで記念撮影の長い列ができているので、何だろうと思って近づいてみたら、警護員(SP)を従えた菅義偉官房長官が、せっせと招待客との撮影に応じていた。
▽遠巻きにピコ太郎見つける
Aさんがふと見渡すと、音楽隊が演奏しているステージのあたりから、芝生広場を横切って中央の池に向かってロープの導線が張られ、幾重もの人垣ができていた。「安倍首相が通るのだろう」と思い待っていたら、複数のSPとともに安倍首相がやってきた。
あちこちから「安倍総理ー」「あべっちー」などと声が掛かり、たくさんの人が手を伸ばしてスマートフォンで写真を撮っていた。安倍首相は笑顔を絶やさず、立ち止まって握手したり、手を振ったりしながらゆっくりと歩いていた。
首相はこのまま池方面に向かったが、規制線が張られているのか、一般の招待客は入れないようだった。そこは著名人や芸能人らのエリアで、遠巻きながら、歌手のピコ太郎さんら、見たことのあるタレントが何人か確認できた。
八重桜を背に、着物で着飾った女性歌手らと語らう安倍首相の写真を新聞やテレビなどで見るが、それはここで撮影されたもののようだ。
首相は会場の中央であいさつもしていた。八重桜にひっかけて一句詠むのが恒例になっているようだが、遠かったのでよく聞こえなかったという。
ちなみに2017年は「風雪に 耐えて5年の 八重桜」。今年は「平成を 名残惜しむか 八重桜」だった。
そうこうするうちに桜を見る会はお開きとなり、10時半には一般客の入場規制が解除された。Aさん家族は会場を歩き回って疲れたので、千駄ケ谷門から出て帰路に就いた。
Aさんは華やかな雰囲気で、お土産ももらえて満足だったとしつつ「安倍首相や自民党の支援者も同じように感じたのなら、もっと政権を応援しようという気持ちになったのではないでしょうか」と語り、〝公費接待〟の効果のほどを語った。
▽襟を正して運用見直しを
桜は日本を代表する花であり、花見は日本の文化でもある。個人的には、首相が各界の功労者やさまざまな分野で功績を上げた人々を招き、ともに桜を愛でるという会があってもいいのではないかと思う。
だが野党が「政治とカネの問題、行政の私物化、公文書のでたらめな扱い、安倍政権の『3点セット』がまたぞろ吹き出した」(立憲民主党の逢坂誠二政調会長)と強く批判するように、政権幹部や与党が一方的な優先枠を得て何千人もの支援者を招き入れていたのは、公私混同以外何ものでもない。
民主党の鳩山政権だってやっていたとの反論もあるだろう。確かに、当時の松野頼久官房副長官に頼んで「後援会のメンバーを50人くらい入れてもらった」と、うれしそうに話していた首都圏の小選挙区選出の議員がいた。今も現職だ。
菅官房長官が指摘したように「民主党だけで3、4千人」を招いたのも事実だろう。中止になったが、菅政権や野田政権でも招待状は発送済みだったはずだ。旧聞に属するが、自社さ政権時代に支援労組の東京見物とセットにしていた旧社会党議員もいた。
しかし、だからといって問題なしでは済まされず、「税金で後援会活動をした」との批判も免れない。襟を正して非は改め、しっかりと運用を見直すべきだ。