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2009/02/24

[メモ]思いつきメモ

漂流生活的看護記録 : 水の伝説、略して水伝

せつなくてしみじみとつらいエントリなんだけど、読んでちょっと思ったことをメモ。

そんな「科学的根拠」もない、ただの水に奇跡が起こせるわけなんてないだろ、って。

罵倒とか中傷みたいな下品なことはしない人達は「科学的根拠」に基づいて「論理的」に「冷静」に説得できるんでしょ?
終始一貫した、毅然とした態度がそんなに立派なものならば、これぐらい平気で言えるでしょ?


これを「共感派」と呼ぶのならそれも結構。でもわたしの仕事から「共感」を取ってしまえば何が残る?

誰かに向けた言葉なんだろうと思うのだけど、外部者として感じたことを。(あと、コメント欄でややこしいことになってたみたいだけどそれもよくわからないのでおいておく。)

1.論理に複数のレイヤーがあるんじゃないかな
諸々の実践の場では「科学的根拠」とか科学的正当性を追求するべき層と、必ずしもそればかりではない、あるいはそれを特に要求しない層とがあって、それらをまぜこぜにしてしまうと、不毛な誤解的解釈が生じるんじゃないかな。

2.「科学」って言葉に対して悪印象を持つ人と何ら特別な感情を持たない人とがいるらしい
悪印象を持つ人は、「科学」(まあ研究機関や企業などで研究開発されたいろいろな事柄)のユーザ側(それらを使わされている側?)に多くて、特別な感情を抱いていない人ってのは、アカデミズムも含めて研究開発の現場にいる人って感じのような気がする。
まあそれはどうでも、知識や規則、制度を押しつけられつつ、それらと実践で直面する「現実」とのギャップに悩む人は「科学」という言葉に悪印象を持ちやすくなるのかなあと思った。ビジネスの人たちや公務員、社会活動をしている人たちが、経済学などの「学」や「学者」をしばしば軽蔑するのに似ているような。経済学者のほとんどは何らの権威も権力も持たないから、このエントリみたいに厳しく言われず、単に無視されるか鼻で笑われる対象になってるだけなんだけど。

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