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2009年4月の13件の記事

2009/04/25

生ゴミ処理に使えそう?

EM菌みたいに、微生物の混合で有機物を分解しようという話なんだけど。(ちなみにEM菌はなんかいまいち信じてない私。)

で今回ご紹介するのは「環境浄化微生物」とかいう、いかにも怪しい名前の代物。なんでもNHK高知で放送されて反響があったとか。

ただ、名前は怪しいんだけど、開発(?)したのは愛媛県産業技術研究所で、まあある程度信用がおけるし、何より商品ではないというのがいい。
今回のNHKでの反響を受けてか、使い方と作り方とが公開されている。

えひめAI-1の概要について
えひめAI-2の製造方法について(家庭でつくれる環境浄化微生物)

いや「えひめAI(あい)-1」とか名前だそうです、その環境浄化微生物。「あい」は「愛」なんでしょうね…。

い、いや気を取り直すと、1が産業用、2が家庭用のようで、我々には「えひめAI-2」が該当するんですが、何よりいいことが、自分で作れるってこと。しかも身近な材料で相当に簡単に。
なんと言っても必要なものは、納豆、ヨーグルト、ドライイースト、砂糖、水道水だけ。製造時には、できあがりを測るためにpH試験紙が必要になるけれど、通販とかでも売ってるし。

できた液剤は、浄化槽やトイレの消臭、台所のぬめり取り、浴槽の湯あか取りに効果を発揮するほか、生ゴミの消臭と発酵促進にも使えるとのこと。

もちろん効果は利用環境にもよるでしょうから、正直あまり期待はしてないけど、簡単なだけにやってみる価値はあるかなあと。

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日系人帰国支援事業に対する波紋

これはびっくりした。

制度は、日系人が帰国する際に支援金を支給、ただし「当分の間」再入国を認めないというもの。
問題は再入国拒否の期間が明示されていないこと。これでは体のいいお払い箱に取られても仕方がない。

報道によれば、
「与党が3月19日に打ち出した緊急雇用対策を受けて厚労省が急きょ制度をまとめ、同31日に発表」
とのことで、本来出稼ぎに来て帰るお金もない人を救うという目的だったはずが、再入国禁止などという条件を付けたために、国内労働需給ギャップの調整弁に日系人を使ってやろうという趣旨になってしまっている。法務省入国在留課も、
「『当分』の期間は雇用情勢も見ながら考えたい」
しているそうだし。まあ厚労省は外国人をはじめから奴隷労働力だと思ってるみたいだけどね。

再入国禁止の理由は、
「帰国支援金が一時帰国や旅行などに使われることを防ぐため」
ということで、まあそりゃそうかもなあとは思う。ただ制度の悪用を防ぐための措置が、この制度を使った人が不法入国・滞在者か刑法犯であるかのような扱いを招くことになってしまった。制度が救済を目的にしているのだから乱用されることは覚悟の上で無条件で実施するか、入国拒否期間を明記するかするほうがまだよかったのだろう。もともと筋が悪い支援策だったということかもしれない。

***以下報道記事***

帰国支援事業:再入国禁止に日系人戸惑い 方針撤回望む声 - 毎日jp(毎日新聞)

 不況で職を失った日系人に国が帰国費用を支援する制度を巡り、各地の日系人失業者から戸惑いの声が上がっている。本人に30万円、扶養家族1人当たり20万円が支給されるが、国は支援を受けた日系人に「当分の間」再入国を認めない方針を示しているからだ。厚生労働省の担当者は「日系人の一時帰国を支援する制度ではないため」と説明するが「当分」の期間は明示していない。「もう来ないで、ということか」と複雑な表情を見せる日系人もおり、方針撤回を求める声が上がっている。【沢田勇、庄司哲也、大塚仁】

 問題になっているのは同省の「日系人離職者に対する帰国支援事業」。この制度に基づいて帰国支援金を受け取った日系人失業者に対し、国は再入国を当分認めない方針だが、景気が回復すれば再び日本で働きたいと考える日系人は少なくない。

 「もう来ないで、ということかな」。この制度について、人口に占めるブラジル人の比率が約12%と日本一高い群馬県大泉町の日系2世女性、テス・オオハシさん(62)は寂しそうな表情を見せる。

 1930年代、東北地方からブラジルに渡った両親はオオハシさんと日本語で話し、夕食も必ず日本食にしていた。「世界中どこへ行っても、お前は日本人と見られる」。05年11月に来日したオオハシさんは群馬県内の弁当製造会社で午後10時から翌朝6時まで時給1000円で働いた。しかし昨年9月に解雇され、月2万4000円の国民健康保険料を滞納し続けている。「日本に残っても借金が積み重なるだけ」と帰国を決めたが、地元のハローワークは滞納を理由に「帰国支援金は支給できない」と難色を示しているという。「困っているからこそ制度を申請しているのに」

 ◇専門家「憲法に反する」
 昨年11月、妻(46)とともに電機メーカーを解雇された山梨県南アルプス市の日系ブラジル3世、ダシルバ・ドーゴラスさん(44)は「(再入国を認めないのは)厳しすぎる。お金がなくなっても自費で帰る」。昨年4月に工場を解雇された同県内の日系ブラジル3世の男性(41)は、帰国支援金を使って妻(45)、長女(9)と帰国予定だ。「帰国費を払ってもらうのだから再入国できなくてもしようがない。ただ日本で育った娘に申し訳ない」と話す。

 支援制度について厚労省外国人雇用対策課の担当者は「失業して帰国するお金がない日系人への支援が目的で、再入国は法務省の判断」と説明。法務省入国在留課の担当者は「再入国を当分認めない原則だが、病気見舞いなどの理由で再入国を希望するケースなどは審査して判断する。『当分』の期間は雇用情勢も見ながら考えたい」と話している。

 一方、日系ブラジル人が多い浜松市の鈴木康友市長は20日の記者会見で「旅費を戻せば再入国できるとか、知恵を出す必要がある」と言及。元東京入国管理局長の坂中英徳・移民政策研究所長も「『当分の間』とは半永久とも取られかねない。日系人は入管法上の資格を与えられて日本に住んでいる。国会審議もされていない一制度を利用しただけで再入国を不許可にするのは、法相の裁量権の逸脱に当たり、憲法が定める法の下の平等にも反する」と話している。

 【ことば】日系人離職者に対する帰国支援事業

 ブラジルやペルーなど南米諸国に国籍がある日系人失業者のうち、日本での再就職をあきらめ、母国に帰国する本人・家族に国が帰国支援金を支給する。与党が3月19日に打ち出した緊急雇用対策を受けて厚労省が急きょ制度をまとめ、同31日に発表。4月から申請を受け付けている。日系人は3世まで日本に住んで就労できるビザを与えられるが、国は帰国支援金が一時帰国や旅行などに使われることを防ぐためとして、支援金を受けた日系人には再入国を当分認めない方針だ。

離職日系人の帰国支援事業説明会 海田で開催 : 広島 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

制度あいまい質問相次ぐ

写真:離職した日系人らを対象に開かれた、帰国支援事業の説明会(海田町のひまわりプラザで)

 離職した日系ブラジル人やペルー人を対象とした厚生労働省の帰国支援事業についての説明会を24日、広島労働局と海田町が同町のひまわりプラザで開いた。約40人の参加者からは、再入国や手続きなどについての質問が相次いだ。

 制度は、ブラジルやペルーなど南米の国籍を持ち、在留資格が「定住者」「永住者」などの日系人離職者が対象。離職者本人に1人30万円、扶養家族には1人20万円支給されるが、同じ在留資格では、当面、再入国できないことになっている。

 制度については申請期限が決められておらず、再入国できない期間についてもあいまいな点が多いことから、集まった日系人らからは「観光ビザでは再入国できるのか」「日本に家族を残して帰国するが、今後、どう入国すればいいのか」などの質問が相次いだ。

 1月に自動車部品会社の契約が打ち切られた、同町の日系ブラジル人3世、田原アデルマさん(40)は、「制度を活用したいが再入国できない点が心配。帰国しても仕事はないし、しばらくは日本で仕事を探すしかない」と不安そうに話した。

 3月末現在、同町に住む日系ブラジル人は605人で、前年同期の679人に比べて、1割以上減った。

(2009年4月25日 読売新聞)

帰国支援金:日系外国人対象、説明会に職失った30人--太田公共職安 /群馬 - 毎日jp(毎日新聞)

 ◇難しい決断迫られる
 雇用環境の悪化で職を失った日系外国人を対象に、母国への帰国費用を政府が支給する「帰国支援金」制度が4月から始まった。太田市飯田町の太田公共職業安定所(ハローワーク太田)で16日開かれた説明会には、日系ブラジル人など約30人が参加し、職員の説明に耳を傾けた。制度は原則として日本に再入国しないことが条件。景気の先行きが不透明な中、日本で職を探し続けるか、帰国するか。職を失った日系外国人たちは難しい決断を迫られている。

 説明会に参加した日系2世のブラジル人、オモサコ・ジャイメさん(49)は、約8年半前に来日した。今年2月、太田市の自動車部品工場を解雇され「日本で職を探したが見つからない。日本よりもブラジルの方が物価が安いし、仕事がないなら、ブラジルの方がまだ、生活ができると思った」と話す。

 制度を使って帰国すれば再来日は難しいが「私はもう年。2人の息子が将来また日本に来られればいいと思う」と、近く制度の適用を申請する考えだ。

 制度の対象は南米諸国の国籍を持ち、在留資格が「永住者」「日本人の配偶者」などとなっている日系人失業者。母国への帰国費用を本人に30万円、扶養家族1人当たり20万円をそれぞれ支給する。

 一時帰国などに利用されるのを防ぐため▽日本での就職活動を断念し母国で再就職を決意した人▽同じ在留資格で再入国しないことを決意した人--などの条件を設けている。

 ハローワーク太田によると、外国人失業者の新規登録者数は、今年1月が前年同月比約8・7倍の547人、2月も約7倍の442人と急増。窓口相談を受ける外国人労働者専門官の久保田政夫さんは「多くの日系人が日本での再就職を望んでいる。積極的に帰りたい人はいないと思う」と指摘するが、「景気後退のあおりを受け、昨年末から相談件数も増えている」と話す。13日に開いた制度に関する第1回の説明会には、約70人が参加、今後も22、28日に実施する予定だ。【杉山順平】

■記者の眼■人道支援か強制退去か=日系人支援策巡り議論=伯字紙などが辛口の批判(ニッケイ新聞)

 案の定というべきか―。本紙が三月二十六日付け記事以来、何度も批判してきた内容が伯字紙でも同様の論調で大きく扱われるようになった。
 日本の厚生労働省が先月三十一日に発表した「日系人離職者に対する帰国支援事業」が、ブラジルなどのメディアに「外国人嫌悪」との辛口の批判にさらされている。
 同事業は、仕事がなく帰国を希望する日系人の帰国旅費援助として、「働いていた人は三十万円、家族は二十万円をそれぞれ支給する」もの。自民、公明両党の新雇用対策プロジェクトチーム(座長・川崎二郎元厚生労働相)がまとめ麻生太郎首相に提出した雇用対策についての提言でも触れられている。
 問題にされているのは、この支援措置を受けて帰国したものについて「日系人の身分に基づく再入国は認めない」と記されている点だ。「時限的」とはなっていても具体的に何年間とは明記されていない。
 英国のBBCブラジルは「外国人嫌悪」との小見出しをつけ、在日ブラジル人組合活動家フランシスコ・フレイタス氏は「支援は歓迎だ。ただし、その裏に、社会問題を絶滅させようという政府の悪意がない限りは」と条件をつけ、「この処置は外国人嫌悪だ」と決め付けた。
 加えて、武蔵大学のアンジェロ・イシ准教授も同取材に答え、「日本政府が期間を限定して、不況の間だけ再入国を拒むのなら理解できるが、今のように未来永劫、移民としての戻ることを拒むようにもとれる現在の処置は別だ」と批判し、「私の在日ブラジル人への忠告は明確だ。この三十万円を受け入れる前に、将来後悔しないように三十万回考え直すべし」と締め括った。
 そのほか、二日付けフォーリャ紙でも、「実質的な強制退去」だとの論調で報じられた。群馬県大泉町でブラジル食レストランを経営するファウスト・キシナミさん(32)は友人の誰一人として、その支援を受け取るものはいないとし、「このお金は受け取るべきではない」と断言した。
 聖市で帰伯デカセギ者に職紹介などの支援をするグルッポ・ニッケイの中林ミルトン副会長もフォーリャ紙の取材に「これが人道的支援か、強制退去か、疑問だ。再入国禁止期間が一~二年ならまだしも、もし十年なら二度と戻るなといっているに等しい」との意見を述べた。
 外国人との多文化共生を謳う日本社会としては、このまま放っておいていいのか。必要な時だけ、受け入れ態勢も作らずに呼んで、要らなくなったら〃熨斗紙(のしがみ)〃をつけてブラジルに突き返すような措置ではないか。
 しかるべき〃人道的〃な解決が求められている。(深)

日系人支援策=賛否両論、真っ二つ=帰国制限問題で激論=(上)=「おこも根性丸出し」=条件は当然との声も(ニッケイ新聞)

 日本政府が打ち出した日系人支援策で、三十万円を受け取った人が「日系人」のビザで〃時限的〃に戻れない条件を付けた帰国制限問題に関して、賛否両論、読者からの熱い反応が編集部に寄せられた。
 まず、「あなたの主張には反対」と電話してきたのは在伯五十七年の長田稔さん(78、東京)だ。「日本政府は日本人の血税で、帰国費用すら用意できない日系人を、外国人であるにも関わらず特別に助けようとしてくれている。補助金を受け取るなら、何らかの制限は当たり前。日本国民のお助けをいただいた上に、条件にまで文句をつけるのは、おんぶに抱っこ、おこも(乞食)根性丸出しだ」と論じる。
 また、別の聖市在住の読者はFAXで意見を寄せ、「再入国禁止はある意味では当然のこと」と論じる。もし帰国制限がなければ、「結果的にブラジルへの休暇一時帰国費用を政府が税金で負担することになり妥当ではない」と考える。「何がしかの歯止めの条件をつけられるのは当然であり、その歯止め部分の当然な条件のみについて感情的に捉えて否定的に報道するのは大使館として黙っておれず、抗議したことは妥当ではないか」という。
 七日に在聖総領事館からも電話があり、「あれは抗議文ではない」とし、各邦字紙には日本語、フォーリャ紙などにはポ語で送ったとの説明があった。「いろいろな見方がある」と弊紙の見解に理解を示しながらも、「これは日系人向けの特別な支援策であり、税金を使って支援するからには条件がつく」と強調した。
 帰国制限に関して、「条件を付けないと必要ない人までそれを使って帰る恐れが出てきたり、帰っても、まだすぐに戻ってしまうことが理屈的にはありえる」と前述読者と同意見だ。
 これらの意見に共通していえるのは、「デカセギはコロニアの外の人」という感覚のようだ。だから、彼らも日系人だがどこか信用できない、という不信感に基づいた疑念が湧く。
 もちろん、日系人支援策全体では職業訓練、日本語教育支援、子弟教育への配慮もあり、今までにない画期的なものだ。全体として高く評価されてしかるべきだが、ものごとは是々非々であり、不適当と思われる部分に関しては、非として論じる必要がある。
 今回、特に疑問を呼ぶのは、何年間日本に戻ってはいけないという帰国制限年数が明示されていない点だ。
 「不況がいつまで続くか分からないから何年とは言えない」との意見も聞くが、年数によってはまったく違った意味を持つ施策になり、実に重要な点だ。
 例えば、これが「一~二年」であれば誰も文句をいわない。景気回復にかかる時間を思えば「三年」という数字もありえるかもしれないが、最悪の場合「十年」「十五年」という可能性も想定できる。
 その場合、現在三十五歳だったら、期限後に日本に帰ろうとしても年齢的に「仕事がない」ことになり、事実上「二度と帰ってこなくていい」という宣言に等しい。
 それなら〃支援〃という範疇から外れた意味をもった施策になる。
 例えばスペイン政府は昨年九月に不法滞在外国人向けの自主的帰国支援策を発表したが、再入国禁止期間を「三年以上」と明確な年数を示した。しかも、この場合は「不法滞在外国人」に向けたものであって、デカセギのような合法滞在者向けではない。
 しかも、与党の「さらなる緊急雇用対策に関する提言」では、「今後の状況によっては、日系人の身分に基づく新たな入国審査のあり方について検討する」とあり、明らかに日系人向け特定ビザの見直しを示唆している。帰国制限期間に見直しされたら、どうなるのだろう。(つづく、深沢正雪記者)

日系人支援策=賛否両論、真っ二つ=帰国制限問題で激論=(下)=〃支援〃の真意はどこに=実はしっかり金勘定も?

 帰国制限に反対する代表的意見として、ロンドリーナ在住の読者S・SさんはFAX三枚に意見を書いて送ってきた。
 「支援を受けて帰った人は、日本に再入国できないと、あたかも犯罪者のような条件がついていることに疑問を抱いていることでしょう」との感想をしたためた。
 この二十年間、日本の景気を下支えしてきた日系人は、いまや中国や東南アジアから研修生という名のより安い労働力に置き換えられようとしている情勢を振り返り、「もうブラジル日系人がいなくても間に合うから、ということでしょうか」と疑問を呈する。
 二宮正人USP法学部教授は「個人的な意見」としながらも、「帰伯者支援に貴重な予算から何億円も使ってもらうのはありがたいが、条件をつけるのはいかがなものか。むしろ、その分、日本に残れるように職業訓練に使ってもらった方が有意義ではないか」との考えをもっている。
 一九六〇年代に労働力不足から大量のトルコ人を受け入れたドイツは、十年後に切符代と慰労金を渡して帰ってもらおうとしたが、結局は大半が居ついたという歴史を振り返り、「世の中そういうものです」と移住労働者には定住傾向が強いことを強調する。「いまは不況だが、中長期的に見れば、日本が人手不足になるのは火を見るより明らか」とのべた。
  ▽    ▽
 今回、日本政府が日系人支援策で再就職支援や雇用維持に留まらず、帰国支援にまで踏み込んだのはなぜか。そこには不況で自然に帰伯する以上に〃弾み〃をつけたいという本音が伺える。
 あくまで推論だが、失業した在日外国人が「生活保護」申請に走ることで、一世帯あたり毎月十数万円もの自治体負担につながることを恐れているのではないか。
 フリー百科事典『ウィキペディア』には、「生活保護にかかる費用は平成十九年度(〇七年)において約二兆七千億円となっており増加中である。高齢者の生活保護受給世帯が増加傾向であり、今後、団塊世代の生活保護受給世帯の増加に伴い、倍増していくことが確実である」とある。
 日本の国家予算、一般会計約八十兆円のうち、すでに三%が生活保護に使われており、将来「倍増が確実」だという。
 それに加え、今回の世界的不況だ。
 〇三年の被保護世帯数は総数約九十四万世帯中、外国籍が約三十一万世帯と三割以上を占め、多くは在日韓国・朝鮮人だという。
 永住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等、定住者などの日本国への定着性が認められる外国人には、生活保護は支給されるので、日系人もこれにあたる。
 四月四日付け毎日新聞によれば、「二月の(岐阜)県内の生活保護申請件数が前年同月の三倍近くに上ったことが県のまとめで分かった」。なかでも「外国人からの相談件数も急増」という。その直後の三月に岐阜県が在日伯人向けの帰国費用支援を打ち出したのは、偶然ではあるまい。
 長きに渡って発生するかもしれないこの負担増を考えれば、帰国費用支援として三十万円で済むなら、かなり安く上がる計算だ。実は、しっかり金勘定で判断していることも十分にありえる。
 そこからの発想なら、なにも「日系人向けの特別な支援」と温情ぶるのは筋違いだし、日系人側が有難がる必要もない。
 日系人のことを親身に考えての支援であれば、再就職支援、雇用維持、子弟教育などの対策だけで十分に高く評価される施策だった。デカセギに対する不信感があったとしても、あえて帰国制限として明文化する必要まであったのか。
 「中南米日系人の存在は日本にとっての〃善意の含み資産〃」との来伯した麻生太郎外務大臣(現首相)のコメントもあったが、今回は帰国支援にまで踏み込んで、期限を明示しない「帰国制限」という条件までつけたことで、ポロッと本音が漏れてしまったのかもしれない。(終わり、深沢正雪記者)

新雇用対策に関するプロジェクトチーム「さらなる緊急雇用対策に関する提言~100年に一度の経済危機への対応~」平成21年3月19日

Japan Pays Foreign Workers to Go Home, Forever - NYTimes.com

HAMAMATSU, Japan — Rita Yamaoka, a mother of three who immigrated from Brazil, recently lost her factory job here. Now, Japan has made her an offer she might not be able to refuse.

The government will pay thousands of dollars to fly Mrs. Yamaoka; her husband, who is a Brazilian citizen of Japanese descent; and their family back to Brazil. But in exchange, Mrs. Yamaoka and her husband must agree never to seek to work in Japan again.

“I feel immense stress. I’ve been crying very often,” Mrs. Yamaoka, 38, said after a meeting where local officials detailed the offer in this industrial town in central Japan.

“I tell my husband that we should take the money and go back,” she said, her eyes teary. “We can’t afford to stay here much longer.”

Japan’s offer, extended to hundreds of thousands of blue-collar Latin American immigrants, is part of a new drive to encourage them to leave this recession-racked country. So far, at least 100 workers and their families have agreed to leave, Japanese officials said.

But critics denounce the program as shortsighted, inhumane and a threat to what little progress Japan has made in opening its economy to foreign workers.

“It’s a disgrace. It’s cold-hearted,” said Hidenori Sakanaka, director of the Japan Immigration Policy Institute, an independent research organization.

“And Japan is kicking itself in the foot,” he added. “We might be in a recession now, but it’s clear it doesn’t have a future without workers from overseas.”

The program is limited to the country’s Latin American guest workers, whose Japanese parents and grandparents emigrated to Brazil and neighboring countries a century ago to work on coffee plantations.

In 1990, Japan — facing a growing industrial labor shortage — started issuing thousands of special work visas to descendants of these emigrants. An estimated 366,000 Brazilians and Peruvians now live in Japan.

The guest workers quickly became the largest group of foreign blue-collar workers in an otherwise immigration-averse country, filling the so-called three-K jobs (kitsui, kitanai, kiken — hard, dirty and dangerous).

But the nation’s manufacturing sector has slumped as demand for Japanese goods evaporated, pushing unemployment to a three-year high of 4.4 percent. Japan’s exports plunged 45.6 percent in March from a year earlier, and industrial production is at its lowest level in 25 years.

New data from the Japanese trade ministry suggested manufacturing output could rise in March and April, as manufacturers start to ease production cuts. But the numbers could have more to do with inventories falling so low that they need to be replenished than with any increase in demand.

While Japan waits for that to happen, it has been keen to help foreign workers leave, which could ease pressure on domestic labor markets and the unemployment rolls.

“There won’t be good employment opportunities for a while, so that’s why we’re suggesting that the Nikkei Brazilians go home,” said Jiro Kawasaki, a former health minister and senior lawmaker of the ruling Liberal Democratic Party.

“Nikkei” visas are special visas granted because of Japanese ancestry or association.

Mr. Kawasaki led the ruling party task force that devised the repatriation plan, part of a wider emergency strategy to combat rising unemployment.

Under the emergency program, introduced this month, the country’s Brazilian and other Latin American guest workers are offered $3,000 toward air fare, plus $2,000 for each dependent — attractive lump sums for many immigrants here. Workers who leave have been told they can pocket any amount left over.

But those who travel home on Japan’s dime will not be allowed to reapply for a work visa. Stripped of that status, most would find it all but impossible to return. They could come back on three-month tourist visas. Or, if they became doctors or bankers or held certain other positions, and had a company sponsor, they could apply for professional visas.

Spain, with a unemployment rate of 15.5 percent, has adopted a similar program, but immigrants are allowed to reclaim their residency and work visas after three years.

Japan is under pressure to allow returns. Officials have said they will consider such a modification, but have not committed to it.

“Naturally, we don’t want those same people back in Japan after a couple of months,” Mr. Kawasaki said. “Japanese taxpayers would ask, ‘What kind of ridiculous policy is this?’ ”

The plan came as a shock to many, especially after the government introduced a number of measures in recent months to help jobless foreigners, including free Japanese-language courses, vocational training and job counseling. Guest workers are eligible for limited cash unemployment benefits, provided they have paid monthly premiums.

“It’s baffling,” said Angelo Ishi, an associate professor in sociology at Musashi University in Tokyo. “The Japanese government has previously made it clear that they welcome Japanese-Brazilians, but this is an insult to the community.”

It could also hurt Japan in the long run. The aging country faces an impending labor shortage. The population has been falling since 2005, and its working-age population could fall by a third by 2050. Though manufacturers have been laying off workers, sectors like farming and care for the elderly still face shortages.

But Mr. Kawasaki said the economic slump was a good opportunity to overhaul Japan’s immigration policy as a whole.

“We should stop letting unskilled laborers into Japan. We should make sure that even the three-K jobs are paid well, and that they are filled by Japanese,” he said. “I do not think that Japan should ever become a multiethnic society.”

He said the United States had been “a failure on the immigration front,” and cited extreme income inequalities between rich Americans and poor immigrants.

At the packed town hall meeting in Hamamatsu, immigrants voiced disbelief that they would be barred from returning. Angry members of the audience converged on officials. Others walked out of the meeting room.

“Are you saying even our children will not be able to come back?” one man shouted.

“That is correct, they will not be able to come back,” a local labor official, Masahiro Watai, answered calmly.

Claudio Nishimori, 30, said he was considering returning to Brazil because his shifts at a electronics parts factory were recently reduced. But he felt anxious about going back to a country he had left so long ago.

“I’ve lived in Japan for 13 years. I’m not sure what job I can find when I return to Brazil,” he said. But his wife has been unemployed since being laid off last year and he can no longer afford to support his family.

Mrs. Yamaoka and her husband, Sergio, who settled here three years ago at the height of the export boom, are undecided. But they have both lost jobs at auto factories. Others have made up their minds to leave. About 1,000 of Hamamatsu’s Brazilian inhabitants left the city before the aid was even announced. The city’s Brazilian elementary school closed last month.

“They put up with us as long as they needed the labor,” said Wellington Shibuya, who came six years ago and lost his job at a stove factory in October. “But now that the economy is bad, they throw us a bit of cash and say goodbye.”

He recently applied for the government repatriation aid and is set to leave in June.

“We worked hard; we tried to fit in. Yet they’re so quick to kick us out,” he said. “I’m happy to leave a country like this.”

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2009/04/23

個人主義とか相対主義というつもりでいたんだよなぁ

中国に謝罪すべきだろうか?(山本弘のSF秘密基地)

相変わらず暇でもないのにネットサーフィン(死語)していてたどり着いたページ。

と学会には共感しているし、山本氏の活躍には尊敬の念をもっているが、このページで表明されている考え方にはちょっとなんというか…幼さをすごく感じた。

「幼さ」と言ったのは、自分も若い頃は同じように考えていたなあ…という思いから。
私は生まれも育ちもまあ左翼的な人間だから(…と言いつつ、「左翼」って何?とか思いもするんだけど)、先の戦争の意味とか日本の戦争責任とかは小さい頃からどう考えればいいんだろうと折々に考えてきた。で、そもそも何で戦後何十年も経ってから生まれた自分が戦争責任とかを気にしなければいけないんだろうとか、身内に出征した人もいないのにどうして謝罪とか懺悔とか考えないといけないんだろうというのは、ずーっと根っこの方にあった疑問だったわけだ。

それと同じで、過去数世紀にわたる植民地支配について今のヨーロッパ人は謝らないといけないのかとか、それならマヤアステカ文明を滅ぼしたスペイン人の子孫は、ローマ人の末裔は、エジプト人は…とか考えて、いやある程度昔になればいいんじゃないかとか、当時の記憶を持つ人がいなくなれば許されるんじゃないかとか、事件の当事者・関係者だけが責任があるのであって、他の人たちを十把一絡げにするのは間違いじゃないかとか、まあいろいろなことを思ったものだった。

結局、私は左翼的な人間(しかも全共闘世代よりも若い世代)だから、当然にも国家と自分を同一視したりしないし、個人を体制や所属集団で判定したりしないし、価値観や理念や文化の多様性を認めるわけだけど、そうした立場を肯定しつつ、個人に(直接荷担した訳じゃないはずの)国家や社会の加害の責任を問うということを「左翼的に」認めなければならないという矛盾を解消できずに困っていたわけだった。これがまあ小学生頃からの私の悩みの一つだったわけだね。

で、まあ解法としてはもちろん、個人に国家の戦争責任を問うことは誤りであるという結論を導くのが一番単純なわけで、実際、そういうふうに思ったりしたこともある。ただ、どうしても心情的には「日本人としての責任」という観念を放棄することができなくて(というのはあまりに悲惨なことをしてきたわけだから)、何度も揺れた部分で、折に触れて思い返しては、そうだ、違う、そうだ、違うと反問を繰り返してきたのだった。

結局、こうしたアンビバレントな状態は大学を卒業する頃まで続いたのだと思う。ある頃から、別にたいしたきっかけも無しに、ああやっぱり私は謝罪すべきなんだ、少なくとも戦争当時から日本に住んでいた人の子孫に当たる人たちは謝罪すべきなんだと思うようになった。

十分整理できてる訳じゃないけど、今振り返って思うに、そのころようやく、自分と社会とか体制とかいうようなものとの距離が見えるようになったのだと思う。「日本人」とかいう訳の分からないくくりではなく、日本の国家や社会のあり方に関与していて、決して部外者ではない人間。確かに影響度としては限りなくゼロに近い存在だけれど、意思を持ち行動できる主体としての個人。その個人として過去の戦争の惨禍を見たとき、そしてそれが現在にどのように取り扱われているのかを知るとき、この問題は決して過ぎ去った過去の出来事についてどう思うかではなく、今現在の自分が住む社会、自分が意見を述べたり行動したりして(ゼロに近いかもしれないが)なにがしかの影響を与えられる現在の日本の問題なのだということがわかったわけだ。この点は、自分が少し大人になったと思える数少ない事柄の一つだ。

山本氏は、

僕は大阪に住んでいるが、たとえば何十年も前に大阪の警官が兵庫県に出かけていって大勢の人を殺した事件があったとしら、すべての大阪府民は兵庫県民に謝罪しなければならないのだろうか。現代の大阪府知事は現代の兵庫県知事に謝罪しなければならないのか。そんなことはあるまい。
と言うんだけど、今の私は「いや、当然謝るでしょ」と思う。会津と長州の和解がニュースになるくらいなのだ。事件がそんなとんでもないものなら、一体どれほど長い間感情的なしこりを残すことになるだろうか。そして、社会機構としてとんでもなく残虐な事件を起こしたとすれば、それは単なる個人的な事象にとどめられるものではなくて、当然それを引き起こした統治機構の問題点のあぶり出しや、それを支えた社会的要因が問われなければならない。そしてこうした分析と反省、それに立った被害者への謝罪や賠償が行われた上で、もう二度と間違いを起こさないという決意を明確にして対策に取り組むことが行われていないのならば、つまり「過去の清算」がきちんと行われていないのであれば、それはもちろんそうした過去の清算をないがしろにしている今の府民と府知事は謝罪しなければならないだろうし、被害を受けた側としては、いつ何時再発するかも分からないと危惧するのも当然だろう。

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2009/04/22

NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー 第1回アジアの“一等国”

番組ウェブページ

少し前に見た番組だが、非常に印象に残ったのでメモしておく。

まず、毎度のことながら、NHKスタッフには感謝を捧げたい。非常に力のこもった番組で、「ちょっと調べる」という労をも取らず、「台湾は親日」という話と日本が武力侵略したという話との曖昧な関係とを考えることもしなかった自分にとって、まさに蒙を啓かれる契機となった番組だった。

台湾については、よき統治者としての日本というイメージが行き渡っていると思うし、台湾人は親日で、占領下の教育によって老人は日本語に堪能で日本統治時代を懐かしく思い出し、また近代的教育を受けられたことに感謝している…というような話をしばしば目にする。

でも、やっぱり実際には苛烈な統治体制を敷いていたし、台湾人差別も露骨だったし、日本人化する教育は深刻な問題を引き起こしていた。この番組で、こういうことがリアルに伝わってきて、改めて上記の伝説(そう、確たる歴史知識もなくただ漠然とした印象が切れ切れに流布しているあたりは伝説としかいいようがない)について考えさせられた。

番組が取り上げていた史実などは、番組を見直すことも出来ないのでここでは触れない。(NHKには、是非再放送をしていただきたい。)ただ、印象に残ったいくつかのことをメモ的に記しておきたい。

もっとも印象に残ったのは、日本語で教育を受けた人たちが、ほぼ完璧な日本語(ネイティブとしか思えない日本語)を、今現在に至っても話し続けているということに加え、その一人が次のように言ったことだった。すなわち、「我々は日本語でしか考えられないのだ」と。
彼の曰く、簡単なことは中国語で話せる、しかしまとまった話、たとえば講義や演説のような論理的な話は、日本語でなければ考えられないというのだ。このことは、母語による抽象的思考能力を日本語教育が破壊したことを意味している。台湾の老人たちが日本語が達者だという話は、我々にとっては、彼らが親日家であることの証のように受け止められるが、実際にはそんなハッピーな話ではなく、きわめて深刻な文化破壊を意味していたということだ。
実際には、台湾の老人の多くは日本に親しみを感じているのかもしれない。その点は番組では否定も肯定もしていなかったと思う。しかし仮にそうであったとしても、我々日本人が、統治時代の教育が引き起こしたこのような被害に全く思いを寄せることもなく、ただ「親日家だ、日本語が出来る人だ」というような認識しか持たないとしたら(それはつい先日までの私なのだが)、それは恐ろしいほどの脳天気ぶりであり、そしてあまりに人でなしの態度としか言いようがない。

それから、これと並行して、もう一つ印象的だったのが、台湾へは沖縄からたくさんの人が入植していたということだった。明治以降の琉球統治から台湾占領に至り、琉球人が台湾占領に関与していたと知ったことは複雑な気分だった。台湾の老人が「上から順番に日本人、琉球人、そして台湾人が一番下だった」と述べたことは、現在の我々の目線にも直結している問題であって、すでに言い古されたことではあるけれど、大東和共栄圏とか五族共和とかの内実の一端を示すことが、ここ台湾でもあったのだということを確認させられた。改めて思ったことだけれど、薩摩と奄美、琉球の関わりの時代から、日本人(本土の人)の目線はひょっとして全然変わっていないのではないか。すごく素朴な蔑視がもう染みついていて、全く抜きがたい習性にまで至っているのではないかまでと思わされた。もちろんこうした自民族中心主義はどこにでもあるものだけれど。

このほかに、セルロイドの原料が樟脳であって、台湾が世界的に重要な樟脳の産地であったことや、日本統治の初期に樟脳生産が混乱したこと、その後後藤新平がやってきてから苛烈なやり方で樟脳生産を回復させたこと(この辺、国家独占的な方法でやったあたりに時代を感じた。現代の資本主義国ではまず批判される…民間資本育成をするのが普通だと思う。最近の事例ならロシアが割と国家独占的かな)、そしてこの樟脳生産の成長が実はイギリスなどへの植民地統治能力アピールに使われていたことなども興味深かった。欧米の統治国において植民地の被支配者の人権や自治権などへの認識がきわめて薄いことが伺われ、時代を感じた一方で、「人間動物園」に現れたエキゾチシズムの差別性など、今の我々が抱える問題にも通じるようなエピソードもあった。

見終わった後で改めて思ったことが、アジアの、特に日本が侵略・占領・統治した地域での、日本や日本人に対するまなざしを多角的に理解することの大切さだった。単純に親日とか反日とかと割り切れる問題ではない。日本の統治・占領時代、そしてその後の時代の変転を経て、現在の日本への思いがある。台湾の老人たちはこの波を大きくかぶった人たちであって、日本というものに振り回されてきた人々であったとも言える。こうした人たちの日本への思いが屈折したり複雑であったりすることはむしろ当然であるし、そうしたことは過去の歴史が刻まれた国に住む若い世代にとっても類似したことが言えるだろう。こうした屈折や鬱屈を私は知りたいと思うし、日本人として知らなければならないとも思う。それが私たち(つまり「日本人」というもの)が何者であるのかを知るための第一歩になると思うから。

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追記:

つい先日のことだが、得意先の重鎮(役員級)の接待に同席する機会があった。
その得意先の偉い人だが、これが重度の日本会議的な「困った人」であった。学校教育における記紀学習の復活とか(いや、記紀を教えるのはいいんですけど、民族意識高揚のためみたいな話をされると…)、クリスマスを祝う人はみんな処女懐胎やキリスト再生を信じているとか、黒人のことをくろんぼ呼ばわりとか、もうドン引きというか勘弁してくださいというか、ものすごい惨状を呈していたのであった。
で、この国生み神話を「台湾人は日本人よりもよく知っている」という話が出た。そして冒頭に書いたような「台湾人は親日だ」的言説がこれでもか!とばかりに繰り出されたのだが、その話を聞きながら思ったのが、「ああ、ネトウヨってのはネットで生まれたのじゃなくて、もともと普通に存在してたんだよなあ」ということ。思い返せば自分が幼い頃から当時の大人たちの中には、こういう無自覚な傲慢さというか差別性というかはいろいろと露呈していたし、いろいろ単純化した認識(台湾とタイは親日国、中国とソ連はアカで韓国は反日…みたいな)もあった。こういうのが「愛国心」とか儒教的な道徳観(長幼の順とか親孝行とか)とか神社信仰とかと混ざり合うと、元祖ネトウヨ(ただしネットなし)になるんじゃなかろうか。

追記の追記:

思い出したが、この「困った人」、産経新聞の大ファンだった。

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2009/04/20

バイラルマーケティングが行き過ぎてるのかな

ベストセラー盗用疑惑、TDL逸話集「最後のパレード」(読売新聞)

「最後のパレード」 東京ディズニーランドでの客とスタッフのエピソードを集めた本としてベストセラーになっている「最後のパレード ディズニーランドで本当にあった心温まる話」(サンクチュアリ・パブリッシング発行、中村克著)に、読売新聞に掲載された「小さな親切はがきキャンペーン」の入賞作品がほぼそのまま収録されていることがわかった。

 ほかにも、掲載されている複数のエピソードが、過去にインターネットの掲示板「2ちゃんねる」に投稿された文章と酷似していることも明らかになった。

ディズニーランドの「キャスト」の接客がすばらしいという話はいろいろと語られていて、いろいろなエピソードがあるそうだ。実際、ディズニーランドの「成功」や接客教育などの本がたくさん出ているくらい。でもその中には真偽不明な都市伝説みたいなものが結構混ざっているらしい。たとえば子供を失った夫婦がレストランでお子様ランチを注文する話は真偽不明なものらしい。
まあ、こういうエピソードとも言えない怪しい話も、ディズニーランドを楽しむ一つのネタとして消費するのなら決して悪くないとは思うのだが、今回の報道のようなディズニーランド礼賛本が出される陰にはディズニーランド側が一枚噛んでるんじゃないかとついつい勘ぐってしまったりするわけで。年を食って根性が曲がってしまった身としては。TDLがすばらしいという噂はすでに自己増殖局面に入ってるのだろうけど、それを時々テコ入れすることは、お客様に夢と感動を与えるTDLにとって都合がいいはずだしね。

* * * * * * *

今回あからさまだなあと思ったのが、
「脳梗塞(こうそく)で障害が残った車いすの夫とその妻が、「ドナルドダック」に背中や腕をさすられ、感激したという話」
が、じつは
「ディズニーランドではなく、地元の遊園地に出かけた時のことを書いた」
話だったということ。
単なる盗作ではなく、すでにでっち上げ・ねつ造の域に入っている。

 著者の中村氏は、読売新聞に載った作品がほぼそのまま収録されていることについて、「ネットなどいろいろなところから題材を仕入れたと本にも書いてある」と釈明。「15年間現場にいたから、こういう話はいくらでも聞いている。決してうそではない」とする一方、「全部本当かどうかは分からない」とも話している。

「題材を仕入れた」とか「決してうそではない」とか「全部本当かどうかは分からない」とか香ばしすぎる。
中村氏がねつ造したかどうかはわからない(少なくとも「やってない」とは言うだろう)。しかし少なくとも、無断転載・盗作の責は負うことになる。出版社(サンクチュアリ・パブリッシング)もずさんな管理を露呈してしまったわけだ。物書きと出版社が踏まえるべき初歩の初歩たる著作権について無知だったわけだから。

で、著作権のイロハも知らない中村氏の経歴を見ると。

著者の中村氏について、同書の略歴欄には、1982年に同ランドを運営するオリエンタルランドに入社し、約15年間、社員指導などを担当したと記されている。

なんとオリエンタルランド元社員。あの、小学生が卒業記念に描いたミッキーマウスの絵を消させるくらいに著作権管理に厳格な会社の社員だったわけですよ。(参考
何冊も本になるくらいすばらしい社員教育法を実践しておられる企業の、よりにもよって「約15年間、社員指導などを担当」してきた人が、会社の重要方針である著作権管理について全く無知だったとはねえ。一体これは何を意味してるんでしょうね。

追記:
ところで上で「参考」として上げたページですが、面白いです。いい拾いものをしました。困った校長をどう理解していいか悩む著者の姿勢がよくわかる。結構面倒で深刻な話なのにからっと明るくてしかも観察がすっきりしていて読みやすいし、皮肉も効いてたりして楽しいです。

* * * * * * *
ベストセラー盗用疑惑、TDL逸話集「最後のパレード」


「最後のパレード」 東京ディズニーランドでの客とスタッフのエピソードを集めた本としてベストセラーになっている「最後のパレード ディズニーランドで本当にあった心温まる話」(サンクチュアリ・パブリッシング発行、中村克著)に、読売新聞に掲載された「小さな親切はがきキャンペーン」の入賞作品がほぼそのまま収録されていることがわかった。

 ほかにも、掲載されている複数のエピソードが、過去にインターネットの掲示板「2ちゃんねる」に投稿された文章と酷似していることも明らかになった。

 読売新聞掲載の作品とほぼ同じ内容だったのは「大きな白い温かい手」と題された文章で、脳梗塞(こうそく)で障害が残った車いすの夫とその妻が、「ドナルドダック」に背中や腕をさすられ、感激したという話。社団法人「小さな親切」運動本部が2004年に実施した同キャンペーンで日本郵政公社総裁賞を受けた作品に酷似しており、文末を「です・ます」にしたり、「重度の」を「重い」にしたりするなどの言い換えはしているが、文章の流れや表現はほとんど変わらない。

 この作品は同年11月24日の読売新聞夕刊に掲載されているが、執筆した大分県内の女性は、同書で使うことを一切知らされなかったという。女性は「ディズニーランドではなく、地元の遊園地に出かけた時のことを書いた」と話している。

 一方、2ちゃんねるには同ランドでの感動した出来事を紹介するコーナーがあり、そこへの書き込みと酷似した文章も、同書には複数収録されている。2ちゃんねるに書き込まれた時期は、同書の出版以前だった。

 同書の末尾には参考文献が挙げられ、「関連サイトの情報を参考にさせていただきました」との記載もあるが、外部の文章を引用したなどの記述はなかった。

 著者の中村氏は、読売新聞に載った作品がほぼそのまま収録されていることについて、「ネットなどいろいろなところから題材を仕入れたと本にも書いてある」と釈明。「15年間現場にいたから、こういう話はいくらでも聞いている。決してうそではない」とする一方、「全部本当かどうかは分からない」とも話している。

 同書の初版発行日は先月10日。発行元のサンクチュアリ・パブリッシングの鶴巻謙介社長は、「エピソードは、著者が見聞きしたり、ディズニーランドの社内で語り継がれたりしている話だと聞いているが、ネットや新聞に酷似した文章があるとは知らなかった。著者や編集者から詳しい経緯を聞きたい」と話している。

 ◆「最後のパレード」=33章から成り、ディズニーランドであったとされるエピソードを紹介している。著者の中村氏について、同書の略歴欄には、1982年に同ランドを運営するオリエンタルランドに入社し、約15年間、社員指導などを担当したと記されている。発行元によると、これまでに約23万部が売れたという。

(2009年4月20日03時06分 読売新聞)

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イチゴ食べ比べ

温泉に行った帰り道、閉店間際のダイエーに寄るとイチゴが半額になっていた。
イチゴ大好き!な自分としては手を伸ばさずにいられない。果物をぶら下げた捕虫びんに引き寄せられる虫みたいに簡単に罠に落ちてしまう。

なんということか、この日はすばらしいことに、売っている全ての品種が半額になっていた。

おお、これはすごい。どれでも選び放題買い放題ではないか!うわ~迷う~どうしよう~
…ええい、大人買いしてやる~(でも半額品)

というわけで、せっかくなので食べ比べしてみることにしました。

買ってきたイチゴパック(半額品)は次の通り。

D1000731

さがほのか
たぶん佐賀県の品種なんだと思うけど、最近は鹿児島でもよく作られてるみたい。鹿児島ではたぶん一番スタンダードな品種だと思う。どこでも売ってるし値段が手頃で買いやすい。今回の粒の大きさは普通。パック2段積みとたくさん入っていてうれしい。298円→148円でエントリー。

さつまおとめ
鹿児島県で近年開発された品種だったんじゃないかな。現在売り出し中。値段はさがほのかより少し高いときがあるけど見た感じはすごく似ている。今回初めて食べる。粒の大きさ、分量ともにさがほのかと同じ。値段も全く同じ。

D1000734

さちのかいちご
関西ではよく売ってた記憶があるけど確か福岡あたりのブランドじゃないかな。そのころはイチゴと言えばとよのかというイメージで、その脇に置いてあったイチゴという気がする。粒の大きさはさがほのかと同じだけど量が少なく1段積み。その割に値段が高い。39円→199円でエントリー。

レッドパール
名前には記憶があるけど、食べるのは今回初めて。いかにも品種改良しましたという感じの名前がいい。大粒、1段積み。さちのかと同じだけど値段が安い。200円→100円。

あまおう
なんか伝説のイチゴみたいなイメージがある。すごく大きくてしかも芯まですごく甘くて一粒3000円とか、そんなんじゃなかったっけ?
…と思ってたわりに今回はすごく普通のパック。今回のライバルと比べてみても少し粒が大きいくらいかなというくらい。「王」と名が付いているけど、いいのか?ただし値段は508円→299円と一番高い。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

食べ比べ結果

さつまおとめ
甘い。イチゴらしいイチゴだけど甘みが強い。果物の甘さという感じ。果肉がさくっとしている感じ。酸味は弱い。

さちのかいちご
特有の香りがある。甘みは強くないが、この香りが甘みを引き立てる感じ。酸味が少し強い感じ。食べた瞬間、ブドウの甘さを思い出した。

レッドパール
さちのかいちごに近い。甘みと酸味はさちのかいちごに近い感じだけど、さちのかいちごと香りが違う。一瞬甘いトマトを思い出した。果肉が芯まで赤い。

さがほのか
ふつうのイチゴという感じ。甘い。甘さが砂糖のような甘さ。酸味は強くない。さつまおとめと似ている。

あまおう
芯まで真っ赤。レッドパールみたい。かなり甘いが、酸味もしっかりしている。味が濃い感じ。甘さは果物の甘さと砂糖の甘さの中間みたい。香りがレッドパールに近くて、レッドパールをバージョンアップしたみたいな感じ。ただ、芯まで甘い分だけちょっとメリハリが弱いような気もするが、熟しすぎてるせいかもしれない。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

特徴分けをすると、さつまおとめとさがほのかが似ていて、あまおう、さちのか、レッドパールが近い感じがした。
これは生産者の違いが大きいのかも。前者は「さつまいちご団地」となっていて、後者は浮羽アルギットというところの生産になっている。ひょっとしたら品種の違いよりも栽培方法の違いの方が影響が大きいかも。(企画の根本が崩れるなあ…)

もっと根本が崩れるが、鮮度と粒の大きさ、それぞれの出来不出来の違いもかなりあるかも。なるべく先端部の味が濃いところを選んで比べたんだけど、熟し方の違いが味に出てるなあと思うことがあった。

感想

というわけで、実際はよくわからないんだけど、それでもイチゴには結構違いがあることがわかった。ケーキ屋さんでイチゴの買い付け先を決めてるところを知ってるけど、確かに合う合わないがかなりはっきりしてると思う。同じ品種を同じ生産者が作っていれば、品質も安定しやすいだろうし。

ちなみに一番気に入ったイチゴは…というと、実は一番好きってのは見つからなかった。というか、どれもおいしい。シチュエーションによって食べたいものが変わるというか。
さつまおとめとさがほのかは、「あーイチゴ食べたい」って思ってたくさん食べたいときに向いてる感じ。親しみやすい甘さにほどほどの酸味、特徴はそれほどないけど安心できる味というか。レッドパールとあまおうはちょっとお客さん向きかなあ。イチゴと向き合いたいという感じの時にいい感じ。さちのかいちごは結構特徴的でインパクトがあるので、風味を生かしてお菓子と合わせるといいのかも。

それにしてもイチゴの香りってどうしてあんなに人を幸せにするんだろう。買って帰るときの車の中がもう、たまりませんでした。

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2009/04/11

ただただ、無念です…

凡才中村教授の憂鬱: 敗北宣言。大阪の産業遺産資料は廃棄完了しました。

結局何もできませんでした。己の怠惰と無力を責めるのみです…。

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2009/04/07

日本文に中国語でルビを付ける(思いつき)

@nifty:デイリーポータルZ:「般若心経」をかなフォントにする

中国人留学生向けにJICAが『新にほんご21』という冊子を配っているそうだ。
この冊子は旅行会話集みたいなものらしく、よく使う例文が日中対訳で載せられている。
そしてよくあることだが、それぞれの例文には読み方が付けられている。中国語の文には日本人向けにカタカナが、そして日本語の文には中国人向けに…そう、漢字で読み方が書かれているのだ。

例えば、「秋葉原」を中国人に「あきはばら」と読まそうとするとこうなるそうだ。

あきはばら → 阿克哈巴拉

これはスゴイ。もうモンゴルの地名としか思えない。だってほら、

烏魯木斉
呼和浩特
阿克哈巴拉
捷克斯洛伐克
完顔阿骨打
鳩摩羅什

全然違和感ないでしょ?

え?モンゴルじゃないのが混ざってる?まあ細かいことは気にしないでください。

で、もっとすごいことに、この『新にほんご21』にはなんと日本語→中国語化のためのテンプレートまで用意されているそうなのだ。

「中国仮名」五十音対応表

というわけで、ひらがな・カタカナは見事に中国語に変換可能ということになる。

英数はそのまま置いておくとして、問題は漢字の読みを変換するのに手間がかかるということだが、こんなものがある。

ヤフー、漢字の読みを返す「ルビ振り」API公開 - ITmedia News
Yahoo!デベロッパーネットワーク - テキスト解析 - ルビ振り

利用制限があって余りたくさんの変換は出来ないみたいだが、これを使うと日本語の平文を完全に中国語に変換することができる(ただし読みだけ)。

面白そうなので誰かやってみてくれないだろうか。きっと受けると思うのだが(自分では出来ないので人に投げる)。

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肥薩線SL人吉号

SLあそBOYとして豊肥線で運転していた車両が肥薩線に来るということで、これは是非乗らなくてはいけません。

JR九州プレスリリース:肥薩線SL運転詳細決定!

運転日:4月25日~11月29日の金・土・休日とゴールデンウイーク、夏休みの毎日。
熊本・人吉間を一日一往復で、乗車には乗車券+座席指定券が必要。

ただ座席数が132しかないそうで、当分は早く予約しないと乗れないでしょうね。

ダイヤは熊本からの往復+人吉散策という感じで組まれていますが、人吉もいいところだしねえ、一泊しても十分いい感じですね。夏だとラフティングも面白そうだし。

鹿児島からだと、

1.特急はやとの風2号で、鹿児島中央09:27発→吉松11:03着
2.しんぺい2号で、吉松11:42発→人吉12:56着
3.SL人吉号で、人吉14:39発→熊本17:21着

その後、熊本からは特急リレーつばめと新幹線とで鹿児島に戻ってくるというのはどうでしょうか。

吉松の駅前には温泉があるし、肥薩線は駅も村落も見所が多いし、人吉では全然時間が足りないし、八代熊本間の鹿児島本線を蒸気機関車が走る光景も外から見てみたいけれど、一日で観光列車を乗りつぶせて、夕方から熊本散策+夕食付きで悠々と鹿児島に帰れるというのは悪くないと思います。

というわけで、今年の夏はぜひ鹿児島へおじゃったもんせ!

参考:ほかにもたくさん参考になるウェブページはあるけど、とりあえず「肥薩線、いさぶろう・しんぺい号/ 肥薩線の路線図、駅舎、ループ線など人吉ローカル線の旅 /」を。

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廃村を残す

@nifty:デイリーポータルZ:廃村に泊まる

どこかに行った: 家で焚き火(大平宿総集編)

NPO法人 大平宿をのこす会

鹿児島にもどこに集落があったのかわからないほど荒れ果てた集落跡が散在するのだけれど、よく眺めると本来すごく魅力的なロケーションだったりもする。そういうところを見るたびに、もったいないなあと思ってきた。
決して村おこしとか活性化とかそんな大げさなものではなく(もちろんそうなればもっといいのだけれど)、ただその場所をなるべく生きたままの姿に近くとどめておきたい。そんな気持ちになるのだけれど、この大平宿の取り組みは、そうした夢を現実にしている希有な事例じゃないだろうか。

大平宿をのこす会が記す「大平宿の歴史」を見ると、昭和45年の廃村後、3~4年後という短期のうちに、この集落を守る取り組みが始まっている。現在の姿はその40年ほどの積み重ねの上にあるものだということがわかる。これは廃村を守るということが容易なことではないということを意味しているのかもしれない。
けれどもやはり夢を見てしまう。いつかそんなことを実現できないかと思ってしまう。

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2009/04/06

欲しい本

私には自分の知らない人々の暮らしや気持ちに対する好奇心がすごくある。
その一端が民衆史や民俗に関する興味なのだけれど、想像をかき立ててくれる写真や絵は特に好き。

というわけで、たまたま本屋で見つけたこのシリーズ。書棚に見つけた瞬間、目が飛び出そうになって思わず手に取り、眺めているうちに心臓がのどから飛び出そうになった。

岩波写真文庫

1950年代の生活に密着した写真集。これの部分的な復刻版が出ていた。

この写真集は1950年から58年にかけて286冊出されたそうだが、啓蒙的な意味もあったようで、写真だけでなく、本文自体が当時の知識人たちが日本社会をどのように見ていたかがにじみ出ていて興味深い。

というわけで、この復刻版を全部注文してしまった。

しかし全部で286冊。今回の復刻版はわずかに25冊に過ぎない。他は古本かぁ!と思っていたら、1990年頃に「ワイド版」というのが(また一部だけ!)復刻されていたらしい。

参考
岩波写真文庫 (イワナミシャシンブンコ) - 関心空間

見てたのしい岩波写真文庫復刻ワイド版 古本寅の子文庫

復刻ワイド版は初版本と比べて、紙質やインク、印刷技術の進歩から全体的に写真の解像度が向上しています。

…中略…

コレクションとして蒐集されるのであれば、背の状態の良い初版本を根気強くお探しになられることをお薦めします。
往時の生活・風俗など資料収集として写真を分析をする場合には、解像度が良く見易い復刻ワイド版を推薦します。
同じタイトルで初版本と復刻ワイド版を合わせ見ると面白い発見があるかも知れません。

*拡大鏡をご利用になる場合には直径10センチ、倍率2倍(面積4倍)程度の手持ちルーペが重宝します。
ルーペで写真を分析して時代考証を自ら探る楽しみは、容赦なく復刻ワイド版に軍配が上がります。
店主は日常、ルーペを脇に置いて復刻ワイド版を観賞しています。(2005/6/29→ *10/3))


どうしよう、ワイド版も欲しくなってきちゃった…。

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2009/04/03

なんでそんなに騒ぐのかな

北朝鮮のロケット発射の話、ニュースではずいぶん大事になっているけど、そんな大騒ぎすることかなと思う。

迎撃するとかいうけれど、直前になって、北朝鮮の技術情報収集だとかミサイル防衛システムの体制チェックだとか言っている。危険性は低いから平常の生活をせよとか政府は言っているらしい。要するに、ミサイル落下の危険性云々とか北朝鮮の脅威とかは別に大したことはなくて、この機会をうまく利用して普段やれないことをやっておこうということなんだろう。

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鹿児島三越の後にテナント?

NHKニュースによると、三越撤退後に改装してテナントを入れることを丸屋本社が予定しているとのこと。
丸屋本社

知らなかったけど、三越が入っている建物は丸屋本社という会社のものだそう。だけどニュースでは6割程度を所有しているとか言っていたような気もする。

確か山形屋のライバルとして昔は丸屋デパートという百貨店があったというのを読んだような記憶があるんだけど、そう言えばどうなったのかなあとぼんやり思っていた。三越と資本提携して三越になってたんだねえ。
その後、丸屋は事業をいろいろ広げてあまり表には出ないようになったけど健在だということらしい。

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