だから皆既日食じゃないっていうのに
今日は日本中のブログやらなんやらで日食の話が出まくると思いますが、私も気がついた範囲で。
鹿児島はあいにく降り出しそうな天気でさっぱりでしたが、時々雲が薄くなったところから太陽が透けて見えました。雲のおかげで光が弱まり、肉眼でもはっきり欠けた様子を確認できました。日食めがね、買わないでよかったなあ。
太陽ですが、三日月よりももっと細く欠けていて、もうちょっとで全部なくなりそうな感じでした。部分日食なのでそんなに暗くならないだろうと思ってましたが、10時半過ぎぐらいからだんだんあたりが薄暗くなってきて、夕方みたいな感じになっていました。思った以上に暗かったです。
まあでも考えてみれば、通常の日射の数パーセントしかないのに夕方ぐらい明るいわけだから、日光の強さが改めてわかりますし、逆に、夕方ってのは、日光がお昼の数パーセントぐらいしかないんだっていうこともわかりますね。紫外線を避けるのに昼は外に出ないというのはかなり有効なのかもしれませんね。
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ところで今回気になったことが二つほど。
一つは、日本全国どこでも「皆既日食」って言ってるような気がすること。
うちの学校の人が、「皆既日食には種類が三つあります。一つは皆既日食、二つめが金環食、そして三つ目が部分日食です」って言っていたけど、それ違うから。
テレビや新聞で皆既日食がすごく報道されているので、日食=皆既日食と思いこんでしまってるのじゃないかしら。言葉の使い方としてすごく気になってしまう。
もう一つが、テレビで
「日食=太陽と月と地球が一直線に並ぶ現象。なんてすごい偶然でしょう。宇宙の神秘を感じます。」
って言っていたんだけど、いや、日食は偶然の現象じゃないから。
別に神秘でも何でもなくて、天体が機械的に公転していて起きるだけだから。
テレビによると、太陽の直径が月の直径の400倍で、地球から太陽までの距離が月までの距離の400倍なのだそうで、ちょうど天体の大きさの比率が距離の比率と等しくなっていることが絶妙のバランスだとか偶然だとかいうのは言えるかもしれないけど、日食自体はまあ機械的な現象だよね。
おまけだけど、テレビを見てたら日食に対する動物の反応を見よう!ということで、鹿児島の平川動物園と愛知県のモンキーセンターと東京の水族館に中継が出てました。鹿児島は夕方みたいになったのでまだわかるけど、愛知や東京だとほとんど明るさは変わらなかったんじゃないかなあ。食の大きさと光の強さとの関係は計算できるだろうから、もうちょっとちゃんと場所を選べばいいのにと思いました。なんか全体に「日食≒皆既日食=真っ暗になって不思議なことがたくさん起きる」みたいなすごく単純な連想だけで騒いでいるような感じを受けましたねえ。
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