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2009年11月の18件の記事

2009/11/27

また怪しいのを見つけてしまった

先日助産院が怪しいという話をメモしたけれど、こういう話は続いて目にしてしまうものなのかな。

自閉症スペクトラム 根本治療?? - 自閉症×2人

自閉症の「治療」について怪しいセミナーが札幌市で開かれるとのこと。
講師が怪しいのは当然として、問題は主催者に札幌市教育委員会が入っていること。

講師は
日本オーソモレキュラー医学会講師、ブレインホリスティックコンサルタンツ 北原健
釧路市心身障害児就学指導委員会委員 高柳クリニック院長 高柳芳記
のお二人とのこと(高柳氏は釧路市の委員なんだなあ…)。

上記ブログのコメント欄で示されている話も興味深い。

主催者にプロテオグリカン製薬株式会社という企業が入っている。→この企業のサイトを見てみると…

やっぱり内容が相当怪しい。

さらに、「釧路新聞 (H21.5.16)にて紹介されました。」というその記事のPDFには、
上記高柳氏の話が掲載されているし、また、
「プロテオグリカン 驚異の糖鎖栄養素」高柳芳記 著/文芸社
という本もサイトに載っている。要するに札幌のセミナーは、ほぼ完全に業者の商品宣伝イベントなのだろう。

札幌市教育委員会は、こういう業者の怪しいイベントに名前を貸してお先棒を担ぐのはどうかと思うし、また、釧路市も人物の調査をきちんとするべきだと思う。医療関係者には時々変なのが混じっているから、肩書きだけで信用していると変なトラブルに巻き込まれかねないと思うのだが…。

*************************
追記

札幌市教委が後援しちゃった自閉症代替医療セミナーの件 - ベムのメモ帳(閉鎖されちゃった…もったいない…)

ここに詳しい分析が出ていた。やっぱり怪しかった。(笑)

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追記の追記(2014年7月10日)

上記のリンク先が閉鎖されていたので、別のリンクに張り替えます。

札幌市教委が後援しちゃった自閉症代替医療セミナーの件 - Google 検索

この検索からヒットしたページ。
発達障害(自閉症)の症状を少しでも軽減させたい日記~自閉症の治療~ : 「札幌市教委が後援しちゃった自閉症代替医療セミナーの件」についてのコメント論争の一部

関連の情報を追加しました。→以前に釧路市がお墨付きを与えた方、テレビメディアでも承認される。: 思いついたことをなんでも書いていくブログ

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2009/11/26

無意味で会社の恥をさらすコーナーはいい加減止めたらどうか

“大学で常識教育”の非常識 - ココログニュース

「ココログニュース」についてはあまりに低俗すぎるので前からなるべく見ないようにしていたのだが、ついタイトルに釣られて見てしまった。下らない「チラシの裏」について反応するのもアレなのだけれど、自分の頭の整理のつもりでメモしておく。

とりあえず上記記事を示す。

大学生による薬物事件や集団強姦といった事件を耳にする機会が増えた昨今。京都大学では、2010年度より新入生を対象に薬物の危険性などを教える“社会常識教育”を実施するという。

ブログでは「大学生の学力低下は指摘されて久しいが、社会常識まで教えなければならないとは困ったものである」と嘆く声は多い。また、本来は家庭で社会常識教育を行うべきものだという見方がある一方で、「確かに例年の成人式での馬鹿騒ぎなどを見ても幼稚さが抜けきらない今時の若者には、そこまでして手とり足とり教えないといけないようだ」と、今の大学生であれば止むを得ないという意見もある。

とはいえ「こーいう事は子どもの時に感じさせないと意味がないと思うぞ。大学生相手にしても『あー はいはい』で終わるような気がする」(ねぇ☆のブログ)との見解はもっとも。本来は子どものうちに身に付けておくべき社会常識を、成人間近の大学生に対し大学で教育するという事実。非常識のような気がしてならないが、いつかこれも“常識”となってしまうのだろうか?

この人は一体何を言いたいのだろうか。京大に「常識教育」を止めろと言っているのか。なら、京大は自分の学生の不祥事やトラブルは放置すればよいということだろうか。
好意的に取れば、たぶんそうではなくて、「本来は子どものうちに身に付けておくべき社会常識」を知らないで大人になる若者が多いという社会風潮を嘆いているだけなのだろう。しつけもまともにできない親が増えているとか、ご近所で子供を叱る大人がいなくなったとか、暴走して我を通すことに無頓着な子供ばかりになっているとか、まあそんなことを言って、「本当に情けない世の中だ、こんなことだから日本は…」みたいなことを言いたいのだろう。それで「子供は家庭でしっかりしつけろ」というぐらいの話が出てくるのだろう。
でもそれって完全に他人事ではないか。その辺のおじさんが飲み屋で酔っぱらってくだを巻いているのとどこが違うのだろうか。「本来は子どものうちに身に付けておくべき社会常識」に欠如した人間が多数出ていると考えるなら、どこかが彼らを矯正しなければならないと考えるのは自然だろう。それのどこが「非常識」なのだろう。あるいはまた、家庭が「常識教育」を行う機能を失っていると考えるならば、それを回復させるか、他の代替的方法を見つける方法がないかを考えるのが建設的だと思うが、そうした発想からネットを検索して、子供のしつけを取り巻く現実や社会的な取り組みを「ニュース」にするということは考えなかったのだろうか。

そもそも、薬物にせよ性犯罪にせよ、その原因=「常識」の欠如というとらえ方は意味があるのだろうか。一体「常識」って何を指すのか。単に「薬物は良くないですよ、違法ですよ」ということなら、そんなことは誰でも知っているだろう。では、薬物所持の犯罪構成要件が何でその刑罰は何か、またなぜ薬物所持が違法とされるのか、あるいは薬物の人体に与える生理的効果は何かという正確な知識は一体どの程度の人が答えられるだろうか。
さらに言えば、そうした知識があってもなお薬物依存になったり犯罪に走ったりするケースだってあるのではないか。悪いと知りつつ手を染める、やむにやまれずやってしまう、あるいは周囲との関係の中で断れなかったり逃げられなかったりということはないのだろうか。人がトラブルに巻き込まれたり犯罪に手を染めたり、他人の迷惑を引き起こしたりということがおきやすい状況やその行動メカニズムについては、「常識」と呼べるくらいに我々はよく知っているのだろうか。そして、そうした問題が生じにくいような体制は、今の日本社会に十分備わっていると言えるのだろうか。

こんなふうにちょっと考えてみれば、「子どものうちに身に付けておくべき社会常識を成人間近の大学生に教育するのは非常識」というような、「常識教育」という言葉尻だけを捉えた感想でお茶を濁すような記事?にはできないはずだ。問題を正面から見ようとせず、現場の苦労や悩みを揶揄するだけで何の提案にもならず、批判としての体裁もない無意味な文章。こういうのを「ニュース」と称して「ニフティ」の社名を冠して世界に堂々と公表しているわけだから、いかにこの人たちが報道とかジャーナリズムというものに対する「常識」がなく、組織の一員としての責任という社会人常識にも疎いかがよくわかるというものだ。

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読売新聞によると、京都大学が準備している初年時教育の内容は以下の通り。
薬物ダメ、自転車マナー…京大が授業で「社会常識」 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)(2009年11月22日09時09分)

現在の初年時教育:学部単位で、向学の心構えなどを教えるもの。
これを「人間としての基礎的な教育」に重点を移し、全学共通カリキュラムとする。
前期に開講し、10~15コマ。10年度から試行的に始め、11年度からは単位化する計画。

・法令順守:(1) 薬物の危険性を科学的に解説、(2) 人権の大切さ、その他
・マナー教育:自転車のマナー(京大では自転車利用が多く、以前から周囲から苦情が多い)
・キャリア教育
・メンタルヘルス教育(カルト集団、自殺願望への対処方法など)

最近の大学初年時教育としてはトータルな内容で無難ではないかと思う。自転車や薬物など大学の事情が反映されているのは当然だろう。来年度からすぐ全面導入されないのは、学び方などの従来の内容のコマ数との調整やこれまでの学部学科内での利用状況との調整という面もあるのだろうし、いきなり全面展開できる内容構成を準備できないということもあるのだろう。10コマという含みがあるのもその辺の事情の反映だろう。

「社会常識」と読売新聞はタイトルを付けているが、この講義内容が「常識」=「普通の大人ならあまりにも当たり前のことでいちいち教えるほどでもないこと」でしかないかどうかは、全く分からないことだ。講義の詳細は全く報じられていないのだし、薬物の危険性にせよ自転車マナーにせよ、「良くないことは止めましょう」という単純な講話にもできるし、科学的知見や人間性や社会への洞察を交えた示唆的な内容にもできるわけだ。例えば自転車問題は、それ自体が都市研究や行動分析、さらには他者との関係性という社会学的な題材にも繋がる興味深い素材だと思う。まあ半期でそんな展開をする余裕はないだろうけど。

それと、すでに発生している問題に対処するという態度は大学側の対応としてはそれほどおかしなものでもない。実際に薬物所持で逮捕者が出ており、またメンタルヘルスで問題を抱える学生は少なくないし、京都大学でも統一協会やオウム真理教などにのめり込んでしまう学生は毎年出ているわけだから、「大人だから」個人の自覚にゆだねるということではなく、知っておけば無用なトラブルを避けられる知恵を授けるということ自体には、十分意義があるのではなかろうか。いわゆる「大人」だって落とし穴にはまることはあるわけで、それを避ける知恵を教わる機会があればそれなりに有意義だと思う。そういうライフハック的な(しかも単なる生活の知恵と言うよりももっと切実なもの)を学ぶ機会は、そもそも社会全体でも余り整備されていなかったのではないか。

もちろん、「そんなものは大学がやる必要はない、個人が自ら学ぶものだ」「家庭内で身につけるものだ」という意見は、それなりの見地だと思うので、その考え方自体を否定はしないが、しかし自分の大学の学生がトラブルを起こしたり苦しんだりしている以上、放っておけないというのもまたもう一つの考え方だと思うのだ。このどちらの立場を取るかは選択の問題で、だから京都大学の副学長が「あえて大学で教えるかどうかは悩ましい」と言っているのだろう。
しかし、現在の多くの大学は、後者の考え方を採用しつつある。それは大学の組織防衛という面もあるし、学生へのケアを強めるべきという意識の反映でもあるし、また実際困っている学生が増えているという認識の反映でもある。本来自由の府であり、あらゆる権威と既成概念を根底から疑う態度を涵養する場であるはずの大学で、このような学生管理や「常識」の強制を行うべきではないのかもしれないが、そうも言っておれないというところが正直なところではなかろうか。私としては、こういう知識は一度きちんと押さえておくべきだと思うので、できればハウツーではなくて、ある程度学問的基礎を踏まえた形でまとまった内容を展開してもらいたいところ。

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お産がらみはいろいろありそうだ…

舌癒着症?
阪大の菊池先生のブログ。

舌小帯切除手術というのがあることは、なんとなく知っていましたし、包茎手術などと同様の怪しさを感じていましたが、やっぱり相当に問題がありそうです。

妊娠出産、育児関係って、どうしてこんなにトンデモが多いんだろうと嘆息します。
医療関係者って、本来、もっとも科学的訓練を受けているはずなのに…。
助産院がまたそういう怪しい世界の宣教者になっているというのも残念。

・「自然なお産」
・スリーインワン
・ホメオパシー
・桶谷式

なにやらいろいろありそうです。

私がショックだったのは次のコメント。

娘が自閉症と診断されて発語も遅くて途方にくれていたころに、舌小帯切除しました。8、9年前かな。

実を言うと、私はかなり変な話だとは思っていたので、妻との間でかなりもめました。しかし、そのままでは親(妻)がへばってしまいそうなこともありしかたなく了解して手術に踏みきったといういきさつがあります。

中略

もひとつぶっちゃけると、効果がない(それ単体では害もない)のは分かっていながらホメオパシーもやっていました。私からすると、これもなにかやってないと不安とストレスで潰れそうになる妻の精神衛生のためという意味あいが強かったです。


そうなんですよね。もっとも近しい存在であるはずの家族にすら、「トンデモ」であることを説得することができないことがある。そういうことはいろいろなレベルで起こりますけど、この種の頑強なディスコミュニケーションって一体なんなのだろうと思います。この前も血液型の話をしている人がいて、ちょっと話をしたけれど、「へー、血液型性格診断って根拠がないんだー、でもA型の人ってそういうふうな堅い話するよねー」みたいになってしまいました >_<

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2009/11/25

自分もそうだったなあ

懐かしいなあ、と思ったので書く。

■[雑記]勉強が出来ない態度を装う、というスキル

ご多分に漏れず、私も勉強が出来る方(とはいえ順位で言えば上から5%から10%の間くらいかな)、小中学校では勉強関係では極力目立たないように気をつけていた。

テストの点数も通信簿も、とにかく全く誰にも見せないし何も言わない。宿題も見せないし、質問されてもわからないふりをする。先生に当てられたときだけは答えるが、時々は間違えてみる。でもテストはまじめにやって手抜きはしなかった。我ながら嫌みな感じだなあ。

まあもっとも、友達同士で成績を見せ合うっていう風潮はあんまり記憶にない。テストを返してもらうやいなや、点数の書いてある右上部分を三角に折って隠してしまうのが当然だったし、テスト前には「全然勉強してない」って言い合うのがお決まりという雰囲気だった。

で、私が感じていたのは、「勉強できるのはかっこわるい」というより「勉強できるなんてひけらかすのははしたない」に近いような、金持ちが金満ぶりを誇示することがよく思われないような、貧乏人が金持ちをうらやんだりねたんだりするような、そういう気持ちと同じようなことだった。

あと、たいてい、勉強が出来る子は体育はそれほどでもなかった。もちろん両方出来る子もいたけれど、そうでない場合が多かった。そして自分は全く体育は苦手だった。どうしたって体育が出来て活発な子たちが威勢がいいグループを作るし、また人気者にもなっている(と自分は思っていた)ので、そういうヒエラルキー(というと大げさだけど)の中では下位グループに属する自分としては、ひたすら目立たずおとなしくしていようという考えもあった。よりによって、勉強という誰もが多少なりともコンプレックスを持っているジャンルで「ぼくは優秀です」って目立つなんて、やっかいな人たちの神経を逆なでする以外に何があるっていうんだ?というくらいの気持ちがあった。

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というわけで、勉強関係では目立たないようにしていたわけだけど、でも今から考えると、そこそこ勉強はしていたように思う。当時は勉強はつらいし面倒だしいやなものだったけれど、それでも勉強が好きだったんだろうと思う。というか、考えることが好きだったのかな。あと、何かが出来るようになることが好きだった。体育や音楽、図画工作の方面では、もう全く、我ながら目を覆いたくなるほどに無残なできだったので、こちらで「できるようになる」喜びはあまり期待できず、それゆえに比較的ましな勉強関係に集中したということもあるかもしれない。
こう考えると、自分個人のことなのに、やっぱり相対評価で考えていたんだなあということがわかる。思い返してみると、学校に種目がなかったスキーやスケートは運動なのにすごく楽しかったし、球技がある期間は毎日ドナドナの子牛の気分だったのに、学校で教わらない卓球も好きだった。吹奏楽部でやった楽器にはただひたすらのめりこんだ。

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こんな風に勉強ができることを隠してきたわけだけど(とはいえ、「出来る子」と思われていたのは明らかなので、まああくまで本人の気持ちとしては、というくらいなんだけど)、高校や大学では、そういうことからは全く解放された。解放されたのは、たぶん、出来る人たちばかりで構成された学校だったからだったと思う。その中では「できない」というふりをする必要がないからだ。
と思ったけれど、解放されたのは、自分が本気で出来ない部類に属していたからかもしれない。たとえば高校時代、現役でトップ大学に合格するくらいの人たちは、やっぱり「できますよ」という顔をしていなかったような気がするし、自分はやっぱりそういう人たちのことをうらやましく思っていたからだ。

たとえば、麻布や開成や灘といった名門高校の同窓会があるとする。出席した同窓生たちには東大医学部やハーバード大学などを優秀な成績で出た人がいる一方で、地方の、まああまりぱっとしない大学を出た人もいるわけだ。そうすると、やっぱり「おまえは勉強が出来たもんなあ」「いやいや、そんなことはないよ」「俺なんかとは頭のできが違うんだよ」「いやいや」みたいな会話があったりするんだろうか。名門高校の同窓会なのに。

何を言いたいかというと、結局、この羨望とねたみの階梯は果てしなく続いているんじゃないかということだ。で、子供の頃の私が思っていたように、その羨望の根拠は、勉強の出来不出来が出世(経済的成功)につながっているということにある。もちろん学業成績が経済的成功を完全に規定する訳じゃないけれど、大まかには相関しているだろう。だから、勉強が出来ることを隠すというのは、子供特有の事情なのではなくて、大人にも共通していて、たぶん、大人社会の反映なのだろう。

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2009/11/17

これはひどい

新規参入は断固阻止!! 保育園業界に巣くう利権の闇 | Close Up | ダイヤモンド・オンライン

いや、保育園の利権がひどいんじゃなくて、この記事の程度の低さが。

認可園の理事長が好き放題、もうけががっぽがっぽだそうだ。

一体どれくらい荒稼ぎしてるんだ?
と思ったら、年収1200万円だって(笑)なんというささやかな悪党。天下り官僚なら2000万円は下らないし、数年おきに退職金が数千万円ずつ入るんだが。大企業役員なら1200万円なんてはした金の類だろうし。
保育士の平均年収が800万円とか、まあいいじゃんとしか思えない。それぐらい払ってあげようよ。夢を持って人生設計できない職業ってやっぱり辛いし、その人のボランタリーな熱意に頼るような制度はやっぱりどこか貧しいよ。これは保育所だけではなくて、教育とか福祉とか医療とかにも当てはまると思うんだけど。

それから、この「利権」で固められた制度、これはなんと業界団体と労働組合ががんばっているからなんだそうだ。で、労働組合は共産党系だそうで。へぇ~。なんだか簡単でわかりやすい構図なんですな。

この手の枠組って、どこの業界を叩くときでも使えて便利でいいですなあ。何とかの一つ覚えっていうのかな。

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2009/11/16

外山さんは正しかった…のかも

記憶はどう生まれ、消えるか:井ノ口馨氏らの画期的研究 | WIRED VISION

●ものすごく乱暴な要約
脳の神経新生→既存の脳細胞間の接続を不安定化→忘れる→新しい記憶が可能に

先日、某所で、外山滋比古『思考の整理学』の断片を見かけて、同趣旨のことを読んでいた。それで、
「おお、科学的根拠が全く不明な言明だったのに、科学的根拠が示されたのか」
と思ったのでメモ。

外山滋比古のその節では、

・現代は情報が多すぎて、脳に備わった自然の忘却システムでは忘れきれない
・取捨選択が大事、それに時間をかけられないから、直感的に処理できるように自分の価値観を鍛えよう

みたいな話が書かれていたのだけれど、

・脳は記憶の倉庫みたいなもの。一杯になったら新しい記憶が入らない。
・脳は工場みたいなもの。複雑な思考作業には広々とした作業用スペースが必要。

という部分があって、要するに不要物の廃棄、整理整頓によって生産効率を高めようという、まあ生産管理の3Sみたいな話だったので、
「趣旨は分かるけど、眉唾だなあ…。まあよくあるハウツー本(最近で言うとライフハック本?)ってところか」
みたいに思ってたんだけど、なんとあながち外れていなかったという驚き。まあ、偶然の一致ということは十分あり得るのだけれど。

****************************
記事の要約
・海馬から記憶を消去されることが、新たな学習を促進している可能性を示唆

・神経新生が既存の記憶を消去する働きをしている可能性は、これまでも指摘されていた。しかし、この仮説を裏付ける証拠を提示したのは今回の研究が初めて。
・数ヵ月または数年をかけて、記憶が徐々に海馬から消去されていく仕組みは分かっていなかった。

・従来の考え方では、新たな神経細胞は記憶の回路を安定させる働きをしている、あるいは何らかの形で新たな記憶の形成に関与しているとされてきた。
・ところが今回の研究は、それとは一見、逆の可能性を示唆している。すなわち、神経細胞の新生によって、海馬に蓄えられている古い記憶どうしの連結が弱まる、もしくは消去される可能性があるというのだ。
・だからといって、脳が新しいことを覚えるのに神経新生は必要ないとは限らない。
・神経細胞の新生は、海馬が古い記憶で一杯になるのを防ぐことで、新しい記憶の形成を助けている可能性がある。
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この記事、最後にちょっと怖いことが書いてあって、

なお、心理的ストレスを長期間受け続けると、コルチゾールの分泌によって海馬の神経細胞が破壊され、海馬が萎縮する。PTSD・うつ病の患者にはその萎縮が確認されるという

とのこと。子供にストレスを与え続けているとバカになるかもしれませんぞ!(Wikipediaネタだけど。)

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「白菜と帆立ての蒸し物 バターじょうゆ風味」と「白菜ステーキ シーフードソース」

自分が欲しいレパートリーの要件
1.野菜
2.傷みやすい食材が少ない
3.とにかく簡単
4.安価

というわけで、たまたま見かけたもの。→くらしのパートナー:きょうの料理プラス

●白菜と帆立ての蒸し物 バターじょうゆ風味 エネルギー:160kcal 調理時間:30分

※野菜は白菜だけ。春雨とホタテの缶詰という保存食材で出来る。春雨もいちいち戻さなくていいのがうれしい。
※ホタテの代わりにカニ缶やツナ缶でもいいらしい。ツナの場合、油の量を加減するといいという話。

(2人分)
・白菜 1/4コ(500g)
・帆立て貝柱(水煮缶詰。ほぐし身) 1缶(70g)
・春雨(乾) 1/4袋(25g)
(塩・こしょう・バター・しょうゆ・黒こしょう<粗びき>)

1. 白菜は一口大に切る。フライパンに白菜の半量をのせ、サッと洗った春雨を料理ばさみで半分に切ってのせる。残りの白菜を広げ、塩小さじ1/4、こしょう少々をふる。帆立て貝柱を汁ごとのせる。

2. ふたをして強火にかけ、フツフツとしてきたら弱火で20分間蒸し煮にする。春雨をほぐすようにいため合わせ、器に盛る。

3. フライパンをきれいにして中火でバター大さじ1を溶かし、しょうゆ大さじ1を加えてひと煮立ちさせる。2にかけ、黒こしょう少々をふる。

●白菜ステーキ シーフードソース  エネルギー:270kcal 調理時間:20分

※ちょっと作りにくい。アンチョビ、スライスアーモンド、パセリという普段あまり使わない食材が入っている。シーフードミックスも余りがちだし。

(2人分)
・白菜 1/4コ(500g)
・シーフードミックス(冷凍) 150g
・アンチョビ(フィレ) 5枚(みじん切り)
・にんにく(みじん切り) 大さじ1
・スライスアーモンド 10g
・パセリ(みじん切り) 少々
(オリーブ油・塩・黒こしょう<粗びき>)

1. 白菜は根元に切り目を入れて手で半分に裂く。フライパンにオリーブ油大さじ1を熱し、白菜を並べて強火で4~5分間、両面をこんがりと焼く。

2. 焼き目がついたら、凍ったままサッと洗ったシーフードミックスをあいたところに入れ、ふたをして弱めの中火で10分間蒸し焼きにする。塩・黒こしょう各少々をふり、器に白菜を盛り、シーフードをかけておく。

3. フライパンをきれいにし、オリーブ油大さじ1+1/2、にんにく、スライスアーモンドを入れて中火で2~3分間、こんがりといためる。火を止め、アンチョビ、黒こしょう少々を加えて混ぜ、味をみて足りなければ塩少々も加えて2にかける。パセリをふる。

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2009/11/15

ただただ

近況 - kom’s log

ここから始まる記録。
透明な描写と記述が、ただただ、かなしい。

私はこの人を全く知らない。このブログは、ときどき思い出したように訪問していたけれど、その落ち着いた知性と力を感じさせる文章に漠然と好感を持ったり嫉妬を感じたりしていただけだった。だけど、全く知らない人だった。なぜこんなにかなしいのだろう。読み始めてから今に至るまですっとべそをかいている。

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2009/11/14

鈍ってる

「某官庁から某氏が講演に来られるのだが、その後で懇談会を希望されているので、来てくれないか」

上司からこういう動員がかかったのが一昨日の夕方。で、今日その懇談会に出て行ったのですが、その某氏が開口一番、
「皆さんに集まってもらったのは、我々が協力できることがないかを知りたかったからだ」
と。
完璧に営業モード。省庁の新事業ネタ探しにかなり力を入れている様子。そりゃ「話をしたい」となればそういうことだよね…と、その場でようやく気がつきました。単に「来てくれ」と言われただけなので、本当に単純に顔を出しただけという私。こういう現場から離れてもう何年も経ってしまっていて、相当ぼけてしまってるのを痛感しました。

で、話し合いの結果ですが、ウチから出席した人は皆、そういうネタにはまるで反応せず…たぶん気がついてないのだと思います…世間話的雑談で終了。まあ給料とか仕事とかは未来永劫変わらずに続くものだという感じの人しか来てませんでしたからね。あ、あと年寄りばっかりでもあったな。先方はもう二度とウチには来ないでしょうな。

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2009/11/12

せこい話をします

午前午後ぶっ通しの会議へ出張を命ぜられ、用意された出張申請書にハンコを押しに行ったら1000円取られた。

その会議にはお弁当がオプションで付いていて、もちろん買うか買わないかは参加者の任意なのだが、こちらの担当者が「買います」と申し込んでしまったので、金を払え、ということなのだそうだ。

何で業務で出かける(しかも本務のノルマへの配慮は一切無し)出張に、無条件で1000円取られないといけないの?しかも昼食に1000円って…(泣)。普段は88円のカップ麺か、ささやかな贅沢として400円弁当の見切り品半額に、水筒のお茶か水道水というこの私に、1000円出せって言うのですか…。

次からは可能な限り、こういう話はお断りしようと思います…。ホント、出張手当もろくに出ないのに1000円はきつすぎる…。赤字ですよ、赤字。

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2009/11/11

文化祭を参観して

先だって中学校の文化祭を参観してきました。そのときに思ったことがあったので、備忘録的に。

1.合唱が微妙に「やらされている」感が出ていて微妙だった。
1年生の合唱なのですが、今ひとつ「やるぞー」的盛り上がりに欠けた感じでした。
まあ、中学生だったらそんなもんかなあとは思いますが。

2.中学生の主張がかつての共産主義国家における官製告発劇のようだった。
二言目には「きちんとしろ」「だらしない」「最近の子供は」と叱りつけるばかりの大人たちに対して、「その批判はあなた達大人にこそ当てはまるのではないか」と指摘するのが主題だったのですが、その結論が、「大人たちのみなさん、自分を反省して、私たちののよいお手本になってください」というもの。何という予定調和。
なぜ、正しい論理的帰結、すなわち
「だからこんな大人どもは全て打倒し、我々子供たちの手で新しい世界を作ろう」
という話にならないのかと、これがやはり体制側がお膳立てした舞台における体制批判の限界なのかと、歯がみする思いでした。こんな欺瞞に満ちた結論に誘導されて、しかもそれを疑問も抱かず受け入れさせてしまうとは…。公教育とは、まさに、体制に従順な人間を作るための暴力装置なのであるなあと痛感しました。

3.演劇がかつての共産主義国家的な風味で考えさせられた。
主題が学校生活の欺瞞を暴露するみたいな話だったんですけど、それを文化祭という体制側の用意した枠組みの中でやるという…。
欺瞞告発劇なので、当然、当局=権力側による抑圧、そして体制に順応して権力の手先となる生徒たちとの対決という筋になるのですが、しかし結局は教師が自らの教育姿勢を悔い改め、暖かい愛情に満ちた呼びかけを行うことで、生徒たちも互いに素直な自分を見せ合ってクラスが一丸となってしまいます。なんという予定調和。
当然正しい論理的帰結は、「教師・親による支配体制を打倒し、生徒たちによる生徒たちのための生徒たちの自治を樹立する」というものであるわけですが、しかしこの演劇では、生徒たちが直面している矛盾が体制による強制に起因するという根本問題から目をそらし、「理想の教育像」を見失った教師と生徒との対立、および生徒同士の対立という矮小化された問題にすり替え、その矛盾を彼らの人間関係で解消してしまったわけです。結局、本質的矛盾は解消されず、生徒たちは体制の用意した「理想の生徒像」に自らを同化させることでしか生きていけないという結論、これを満腔の怒りでもって弾劾するどころか、小ネタに釣られて爆笑しながら鑑賞している中学生たちを見て、「ああ、ここまで飼い慣らされてしまっているのか」と、これこそがまさに大人への最大の風刺なのではないかと改めて思ったことでした。
この演劇で決定的に印象に残ったのが、最後のエピローグ部分でしたが、そこでは、先生と生徒、皆が分かり合えたおかげで、なんとこのクラスは、音楽コンクールや体育祭でことごとく優勝してしまうのでした。「優勝」とは当然ながら、競争の結果であり、そしてそこには「敗者」たるほかのクラスの人たちが存在しています。「深刻な対立を乗り越えた自分たちだからこそ、優勝できたのだ」という総括は、その背後に「ほかのクラスは自分たちのような優れた経験を積んではいない」という論理を隠しています。体制の枠内で矛盾を(表面上)解消し、結果的に体制を補強する意味を持った今回の「事件」が、結果的に「優勝劣敗」という尺度でもって総括されるという帰結は、この中学校での「教育理念」が何を志向しているのかを象徴しているのではないか、と思わされました。
蛇足ですが、もう一つだけ。最後のシーンで、このクラスで卒業の記念写真を撮ろうということになります。そこで皆は自分たちの素顔=嘘偽りのない本心を素直に表現できる自分=で写真に写るのですが、できれば、ここは最後の最後に仮面を付けて写真を撮ってもらいたかったなあと思いました。そうすれば、この演劇も、文化祭も、そして教師と親が支配しているこの学校のあり方そのものも、相対化でき、そしてこれは痛烈な学校批判になっただろうに、と思います。しかし、その対立を当事者(しかも非抑圧者)たる生徒たちに要求するのは、やはりとても酷なのでしょうね。

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嫌なニュース。

asahi.com(朝日新聞社):中学歴史教科書シェア、「つくる会」系じわり増 - 社会

 文部科学省は5日、教育委員会や私立校などの採択結果を受け、来年度から使われる中学、高校の教科書の使用予定冊数を発表した。中学の歴史では、「新しい歴史教科書をつくる会」が内部分裂し、今回、中心の筆者らが従来の扶桑社版とほぼ同じ内容で自由社から出した教科書が1万4019冊で、全国シェアは1.1%。扶桑社版の中学歴史教科書は7250冊でシェアは0.6%だった。

 教科書検定と採択はほぼ4年に1度実施される。扶桑社版の過去の実績は01年が625冊(シェア0.0465%)、05年が4912冊(同0.4%)。今回は、自由社版、扶桑社版とも前回の扶桑社版のシェアを上回った。特に自由社版は、今回横浜市教委が市内8区で使う歴史教科書として採択したことでシェアが1%を超した。

 一方、中学の公民教科書については自由社版は出ておらず、扶桑社版は4201冊でシェア0.4%。01年の0.1%、05年の0.2%を上回った。

 調査では、都道府県教委がまとめた国公私立校の生徒用と教師用の使用見込み冊数を文科省が集計した。


誰がこんな教科書を採用させようとするのか知りませんが(…って横浜市か、とんでもない。…って、あの中田くんが市長をやっていたんだったっけ、さもありなん)、ぼーっとしていると、子供がとんでもない教科書を使わされていることにもなりかねませんな。

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2009/11/10

茂木健一郎さんはどうしちゃったんだろう

ただ偶然のタイミングだと思うけど。

時事ドットコム:茂木氏が4億円無申告=08年までの3年間-印税や出演料など・東京国税局

 脳科学者の茂木健一郎氏(47)が東京国税局の税務調査を受け、2008年までの3年間に約4億円の申告漏れを指摘されていたことが10日、分かった。茂木氏は給与所得以外にも印税などの収入があり、確定申告する必要があったにも関わらず一切していなかった。追徴税額は無申告加算税を含め1億数千万円に上るという。
 関係者によると、茂木氏は06~08年、「ソニーコンピュータサイエンス研究所」(東京)のシニアリサーチャーとしての給与所得に加え、著書の印税やテレビの出演料のほか、企業や大学への講演料など4億円近い雑所得があったという。(2009/11/10-11:20

雑所得が申告漏れになるのはまあ分かるんだけど、金額が4億円にもなるならさすがにちょっと申告しないとなあぐらいは思うと思うんだけど。でもまあ、これはどうってことはない話。

Amazon.co.jp: 脳とサムシンググレート (5次元文庫マージナル 2): 茂木健一郎, 村上和雄, 養老孟司, 竹内薫: 本

「アハ体験」とか面白かったんだけどなあ。
確かに、テレビで発言を見たりしてビミョーな気分になることもしばしばだったけど、こうして無事「お仲間」に入られたご様子だし、「やっぱりそうだったのかなあ」的気分が個人的に蔓延しております。
そのうち産経新聞とかで何か連載でも始まるんじゃないかな…。

【追記】
「"脳科学おばあちゃん"こと久保田カヨ子さん」に関連した話で、茂木氏の話がちょっと出ていたので追記。しかし、元々そういう人だったのね…的感覚になりつつあるな。もっとも、それほど彼のことに関心があったわけではないのだけれど。
英才教育を煽るクソみたいなニセ科学番組 - 俺の邪悪なメモ

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2009/11/06

さつま号の乗り心地というか感想というか

さつま号はもう100回以上乗っているわけですが、トロピカル号はまだ一度も乗ったことがないんですよ。だから以下ではさつま号のことだけ書きます。悪しからずご了承下さい。

で、さつま号のことですけど、「さつま号」でググると、もうたいていのことは分かっちゃうわけですよね。例えば、

・阪急バスと南国交通が交代で走ってるとか、
・バスはセレガとエアロクィーンだとか、
・休憩は夜1回早朝1回で、
   大阪発なら、夜はほとんど龍野西SAだけど時々瀬戸PA、朝は溝辺PA、
   鹿児島発なら夜は北熊本SAで、朝は三木SAだとか

はすぐ分かっちゃうわけです。なので、私が付け加えられる特に真新しいことはないわけですが、個人的な感想を少しばかりメモしたいと思います。ご参考になれば。

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●休憩場所について

あまりちゃんと把握してませんけど、休憩場所到着時間は、大体、
北熊本SA 21:30頃、三木SA 05:00頃
龍野西SA 22:30~23:00頃?、溝辺PA 06:30頃?
です。

上記休憩場所の様子はNEXCOのSA紹介ページで見られます。ただ、ちょっと注釈すると、
1.基本的に深夜と早朝なので、SA、PAの売店とかは満足に営業してない。
2.ラーメンとか土産の売店とかは開いているけど屋台的な名物は入手不可能。
3.停車時間は15分が普通。時々10分とか20分とか。ラーメンとか食べたいときは猛ス
ピードで食べないと間に合わない。
4.溝辺PAは何もない。トイレだけ。自販機あったかな?
5.三木SAが一番充実していると思う。けど宝塚ホテルのパンはまだ閉まっていると思う。
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●座席について

まず、バスの座席ですが、全部で10列、広さは、まあ普通の3列夜行バスと変わりません。もちろん狭いし、お世辞にもゆっくり寝られるとは言えません。寝台列車のベッドが天国に思えます。何でも中国の夜行バスは寝台付きのがあるそうで、日本でも実現してほしいです。
シートは南国交通がちょっと狭いかな。でもリクライニングの角度は阪急バスの方が小さくて倒しにくい印象です。南国交通のシートは倒すと腰の部分まで少し持ち上がってきます。これがいいかは好みが分かれるところでしょう。私の好みは最近のドリーム号などのシートなんですけど、残念ながらさつま号のシートは一時代前のものという感じがします。

●どこの座席がいいか

で、経験から言うと、最後尾が一番辛いです。後ろの人を気にしないでいいのはいいんですけど、
1.背もたれの倒れる角度が小さい。
2.暑い。エンジンなどの熱だと思います。寒がりの人はいいかも。
3.振動が大きくて騒音が大きい。
というのが気になります。
ただ、最後尾から2番目というのは楽かも。

あと、一番前もちょっと足下が狭いので辛い。ただ窓側なら、足を高く投げ出して寝るという方法が採れます。
それと、トイレの前のシート、3Cか4Cか5Cかそのへんですが、これもリクライニング角度が小さいので損した気になります。

で、窓側と真ん中だと、窓側がいいと思う人が多いかもしれませんが、これは微妙。というのは、
1.座席を埋める順が窓側からなので、真ん中だと意外と後ろに人がいない場合がある。
2.両側に壁がないので、意外と圧迫感がない。
3.荷物棚へのアクセスが比較的やりやすい。
という利点があるからです。
もちろん、
1.窓などを利用した休息姿勢を取れない
2.両側に人がいて気になる
3.空調の調整ができないし、ライトも使いにくい
などのデメリットもあるわけですが。

●消灯後は思い切って背もたれを倒しましょう
後ろの人は窮屈になるわけですし、事情のある人もいると思いますが、基本的には、めいっぱい倒した方がいいと思います。お互いに。圧倒的に寝やすいので。
ただ、いきなり倒すと怒ったり文句を言ったりする人が結構いますので、事前に断るのがいいと思います。夜行バスに慣れていない人、初体験の人は、自分の前の背もたれがものすごく倒れてくるので、びっくりする人がいるみたいです。

●前の席がリクライニングして座席から抜け出せないとき
肘掛けを下に倒すと脱出しやすくなります。あらかじめ肘掛けの動かし方を確認しておくといいです。

●阪急バスのシートには枕が着いている
かえって邪魔だと思うんですが。マジックテープで付けてあるだけなので、私は外して寝ています。

●アイマスクが便利
前の方の席だと、消灯後も結構まぶしいです。特に阪急バス。時計やトイレ使用中のランプなどがあるんですね。他にも結構明かりが漏れてくるので、光が気になる人はアイマスクするといいと思います。夜が明けてからまだ寝たい人にもお勧めです。

●携帯枕も結構いい
空気でふくらませて首に巻くタイプの枕も、頭をもたれさせたり腰の支えにしたりといろいろ使えます。

●毛布を腰に入れたりもできます。
空席があるときは、余った毛布をちょっと借りて使うことも。腰が辛い人はタオルやマフラー、ストールなどを巻いて挟むと結構いいです。

●音が気になる人は耳栓もいいです
mp3プレーヤーとかipodとか、ヘッドホンを付けたまま寝る人も結構いますね。

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●空調について

基本的に25度に設定しているようです。ただ、就寝中は多少低めにしてくれてたりするのか、体温が下がるせいなのか、ひんやり感じることがよくあります。
数年前までは暑かったり寒かったり、かなり車内では苦労したし、何度か乗務員さんに調整をお願いしたこともありましたが、最近はかなり気を遣ってくれているみたいで、安定してきました。ただ、基本的にバス後方に行くほど温度が高めになるようです。
温度調整は、暑がりの人、寒がりの人本当に様々なので、みんなが満足というのは不可能だと思います。私なんか暑がりなので、隣の人がジャケット着ているのに、Tシャツ一枚でエアコンの風を浴びていたりしますし。結局、着るものなどで対策するしかないと思います。あと、空気吹き出し口の調整でかなり状況が変わりますので、適当に変えてみるといいかも。

●車内トイレ

基本的にすごく狭いし使いにくいです。何より走行中は揺れるので大変。
手洗いがありますが、ほとんど使えないと思った方がいいです。壊れてるんじゃなくて、小さくて使いにくいのです。水がこぼれやすいし。トイレを出てからお手ふきを使った方がいいと思います。
あと、男性の方へ。立っておしっこするのは止めてほしいです。とにかく狭くて揺れているので、回りに飛び散りやすいのです。後の人がとても困ってしまうので、おしっこでも何でも座ってやってください。お願いします。m(_ _)m

●飲み物など

バス中央のトイレの手前に給湯器があってインスタントコーヒーやお茶などを自分で入れられるようになっています。
でも私はあんまり利用したことはないんです。バスって結構揺れるので、こぼすのが不安なんですね。座席にはもちろんカップホルダーが付いてますけど、カップに8分目くらいも入っていると、ちょっとした揺れでこぼれるんです。飲むときも気を遣いますし、バランスを取りながら飲むのも大変なので、あまり利用しなくなってしまいました。
紙のおしぼりがあるのですが、これは意外と使えます。
それと、一番前、1Aの席の前にクーラーがあって、そこに阪急バスならお茶パック、南国交通ならコーヒーのパックが入っています。こっちの方はストローで吸うタイプなので安心だし、たくさん用意してくれているので、皆さんよく利用していますね。

●車内のビデオなど

なんでかわからないけど、テレビを流してますね。個人的には迷惑なんだけど。せめて音声はヘッドホンのみにかぎってほしいんですけど。

南国交通のときだけだったと思いますけど、映画を上映しています。数ヶ月に1回くらいの割合だと思うけど、出し物が変わります。これは音はヘッドホンのみなので、余り気にならないと思います。
ちなみにどんなのがかかっていたかというと、私が分かる範囲で、
カンフーハッスル
県庁の星
釣りバカ日誌のシリーズからいくつか
バイカーボーイズ
ブラック・ダイヤモンド
などなど…
今はまた別のをやってますが…わかりません (>_<)
頻繁に乗ると、何度も同じのを見ることになって、興味もないのに筋を覚えてしまいます…。

●乗務員について

基本的に礼儀正しいし安全運転で問題はありません。時々、ちょっと遅すぎるんじゃないの?といいたくなるくらい丁寧な運転だと思います。
ただ…南国交通の時なんですけど、時々、車内放送が…すごく大音量の乗務員さんがいらっしゃるのですね。眠っているとものすごくびっくりします。車内放送の音量は、もう少し加減してほしいなあ。

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ながなが書きましたが、大体こんなところです。どうでもいいような情報ばかりですが、何かのお役に立てば幸いです。

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2009/11/05

今のコンポスト

相変わらず入れるものがないコンポスト。
以前、砂糖をほぼ1kgぶちこんで以来、状況が変わりました。

1.アリが繁殖している。
 ものすごく小さいアリ、体調1ミリくらいのすごく小さいアリですが、コンポストの中で繁殖しています。夏頃から出てましたけど、放っておいたらコンポストの中に巣を作ってました。砂糖だらけだからかなあ。
以前は部屋のあちこちにうろうろしていて時々かまれたりしましたけど、最近寒くなったせいか、コンポストから出てきません。部屋に全く食べるものがないのもあるかも。
 先日、コンポストの切り返しをしまして、巣を完全にぶっ壊しましたら、それ以来ずいぶん数が減りました。

2.ずーっと発熱している。
 砂糖のせいかわかりませんが、常時40度近く発熱しています。バナナの皮くらいしか入れていないんですけど。
掘ると、砂糖のかたまりっぽいのがゴロゴロっと出てくることがあるので、砂糖のせいかなあと思っています。水を注ぐとすぐに温度が上がるので、やっぱり砂糖が分解されているのかなあと思っています。
 熱のせいか、アリの巣は箱の壁際にあるんですよ。真ん中は暑くて住めないんじゃないかな。

3.2週間前にバナナの皮ばっかり、最近はミカンの皮を入れている
 発熱しているので分解も早いかなと期待したんですけど、バナナの皮はやっぱり手強いです。黒くて固くひからびたみたいになってしまいます。ミカンの皮も簡単ではないですね。ミカンの汁は酸性だし油汚れを落とすくらいの効果があるから、菌やバクテリアも困っているのかなあと思ったりしています。

4.ときどき、納豆菌を足している。
 納豆の容器に残ったねばねばを水で溶かして、コンポストに与えています。分解力が活性化しないかなあ…とか思ってるんだけど。「えひめAI-2」が納豆菌とヨーグルトの乳酸菌のパワーを利用しているくらいだから、悪くない発想だと思ってるんだけど…どうかな?

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本当はもうちょっと野菜くずとか動物タンパク質とかを入れたいんだけど、全然料理する余裕がないので、当分はだめですね…。

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給与所得者の(特定増改築等)住宅借入金等特別控除申告書における世帯主について

年末調整・確定申告は毎年やるのに毎年やり方を忘れてその都度膨大な手間と時間をかけて損をしている。今回、ちょっと電話で聞いたので次回以降のためにメモ。
1.税務署長の宛先はどこにするか。
  これは給与の支払者の所在地を管轄する税務署らしい。私の「給与の支払者」の所在地は鹿児島市だから「鹿児島税務署長」。
2.「世帯主の氏名及びあなたとの続柄」はどう考えるか。
  これは、この控除を申請する人が属している世帯において、世帯主が誰かということでいいらしい。
  というわけで、私は単身世帯なので、自分の氏名を書き、「本人」とすることになる。
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なんで上記2のようなことが気になったかというと、現在単身赴任中で、控除対象の住宅(一応「実家」と呼んでおく)とは世帯を分けているので、この申告書で言う「世帯」が「実家」なのか赴任中の自分の世帯なのかが分からなかったためだ。
***********
あと、これは税務署の人に接するたびに思うことだけれど、なんで、税務署の人たちって、質問したらあんなに面倒くさそうに、あるいは腹立たしげに答えるんだろう。
今回電話に出た人も、なんだかものすごくいらいらしているようで、口調から「何このバカ?」みたいな圧迫感が出まくりで、意味もなくびびってしまった。率直に言うと、ちょっと怖かった。ああ~愚か者ですみません、質問などという身分をわきまえないはしたない振る舞いをしてしまって申し訳ございません、どうぞお許し下さいまし、お役人さまぁぁぁぁあ…という気持ちになった。出てくれたのは税務署のなんでも電話質問コーナーの人だったんだけど。

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2009/11/02

背中と腰が…

気合いと薬のせいか、鼻水ずるずるは今のところ収まって、のどの痛みも和らいでいますが、背中と腰がメキメキいうくらいに痛いです。
だましだましで作業していましたが、全然能率も上がらないし、明日に向けてある程度めどが付いたので、ちょっと休みに帰ります。横になるとマシになると思うんだ。

気管支とか内蔵系が痛いのを肩こりとか背中の痛みとかと勘違いすることって割とあるので、それかもしれません。あと、ちょっと気合い入れすぎてミカンとか食べ過ぎておなかが張っているのかも。食欲とかも含めて、体調の感覚が自分でよく分からない状態になっているので…。

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やっぱり風邪かな

中国から帰って一仕事を終えた金曜日からのどが痛くなりはじめたのですが、月曜になっても状態は悪化するばかり。熱はないのですが、のどと鼻が辛い状態です。

さすがに病院に行こうと思ったら健康保険証がない。今まで使ったことがないので完全に場所を忘れてしまっています。そういった重要な書類をまとめている場所を何度も探したけれども出てこない。
あれこれ探してとうとう見つからないので、とうとう病院は諦めて、気合いで治すことに決定しました。

わずかに残っていた大昔の抗生物質をかき集め、鎮痛剤と一緒に飲んで、それからスーパーに行ってミカンと牛乳、豆腐などの栄養食品を買い込んで、当面は食べまくる予定。

この勢いで会議に出たのですが、どうもやっぱり風邪なのか、いまいち頭の回転がうまくありません。他の人が何を言っているのか今ひとつ理解できないというか。まあのども痛いので黙っているのにはちょうどいいんですけど。
あと、目の焦点がうまく合わない。なんかぼやーっとしか周りを見られないので、起きているのか寝ているのかよく分からないような状態が続いています。

私の計画では、木曜日あたりには治っている予定なのですが、さてどうなりますか。

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