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2010/06/17

すごく当たり前の話

asahi.com(朝日新聞社):学生向け企業説明会「とりあえず予約」殺到 当日は空席 - 社会

2010年6月17日7時45分

 就職氷河期の再来といわれるなか、2011年春に卒業予定の大学4年生を対象にした企業説明会で空席が目立つ。予約が殺到し、短時間で定員に達するのに、当日、ドタキャンする就活(シューカツ)生が相次いでいるためだ。なぜなのか――。

 大阪市淀川区のホテルで5月下旬にあった中堅住宅機器メーカーの説明会。全席埋まらぬまま、担当者の話が始まった。

 同社は説明会の1カ月前、約4千人の学生に予約受け付けの開始を知らせる電子メールを送付。大阪会場は1日に3回(各170人)に分けての開催だったが、いずれも開始後2時間足らずで定員になった。数日かかった例年より、出足が早かったという。

 しかし、当日の参加者はそれぞれ87、86、93人。同社は参加できない場合、事前にキャンセルの手続きをするようメールで再三伝えていたが、当日、断りなく欠席した学生が半数近くに上った。このため、多くのキャンセル待ちの学生が参加できなかったという。同社の人事担当者は「欠席を見越して多めに予約を受けることも考えたが、参加者が多くなって学生に立ってもらうのも失礼。うまく席を埋めるのは難しい」と戸惑う。

 ほかの企業も同じ経験をしている。「予約受け付け開始3分で定員になったが、当日、空席ができることもあった」(三井物産)、「100人規模の説明会の予約は半日で埋まるが、出席率は7割前後」(近鉄エクスプレス)という。

 毎日コミュニケーションズ(東京)の就職情報サイト「マイナビ」の土山勇副編集長は、予約殺到の一方でドタキャンが相次ぐ理由について、(1)携帯電話で簡単に予約できるようになった(2)厳しい就職戦線への危機感で、興味のない業種でも、とりあえず予約する学生が増えた――などと分析する。

 関西大学経済学部の男子学生(21)は早く内定を取りたくて、志望度の低い企業でも説明会を予約している。「後れを取らないように、2時間に1回は就職情報サイトを携帯電話で確認し、企業説明会の受け付け開始がわかったら、間髪入れずに予約を入れるようになった」という。。ある人事担当者は「ドタキャンされては、キャンセル待ちの学生が参加できない。本当に説明会に来たい学生も、企業も困っている」と嘆く。(後藤太輔)

就職活動の企業説明会で、学生からの参加予約を受け付けたら、あっという間に満席になったが、当日実際に話を聞きに来たのは7割程度、という話。

就職競争とかは基本的にそういう構造のゲームなんですよ。だからあまりに当たり前すぎる話。っていうか、「なぜか」なんて思うきっかけすらない話。

こういうのは、ゲーム理論の初歩で言うと、戦略的補完関係があると言って、たとえば価格の引き下げ競争とか、軍拡競争とか、広告宣伝競争とかと同じ構造なんですね。要するに、ライバルがすることのさらに上を行かないと自分は負けてしまうという構造。チキンゲームとでも言いましょうか。

で、当然、行動にはコストがかかっているので、その行動から得られる利得とコストとがバランスするところまでエスカレートするわけですが、企業説明会の予約にかかるコストはすごく小さいのに対して、「説明会に出られない=その企業には応募できない」ですから、期待利得はそれなりに大きいわけです。とりわけ、今のような就職難の時期には。

で、「とりあえず予約しとけ」ってのが合理的な行動になる。実際に来ないのは、そりゃ実際に参加するのは予約するよりは目に見えて大きなコストがかかるので、利得への期待値が低い学生は来ないわけです。もちろんやむを得ずあきらめた学生もいるでしょうけど。

企業側がこういう現象を嘆くのなら、はじめから学生にそれなりのコストをかけさせる選抜を行うべきですね。少なくとも、そのコストの大きさが足切りの基準となるでしょう。

で、どの企業もこういう対応をすると学生がどうなるかというと、いす取りゲームの中で、とにかくどれかのいすに座ろうと思うわけですが、どれか一つに座ろうとする行動自体が、もうとてつもなく面倒で負担が大きいという…。

新卒での就職を逃すと人生はきわめて絶望的になるわけですから(少なくとも、そのように周知されている)、実際にはどこかにいすに座れるまでゲームから降りることは出来ないわけです。すると、一体どれほどのコストを払い、どれほどの苦しみをくぐり抜けないと、このレースが終わらないのかが全然見えてこない。こういう不安と絶望にとらわれた学生は、じゃあはじめからこのゲームには乗らない、という選択をしたりもするわけで、まあ当然のごとく、ニートとかフリーターとかいう層が少なくない割合で出てくるわけですね。これもこのゲームの構造が生み出す「合理的な選択」の一つですが、しかし、その「選択」の背後では、人生や社会への絶望(あきらめというほうが適切でしょうか)や嫌悪というものが生み出されているということも、当然ながら無視するわけにはいかないでしょう。

こういう現象は、だれかが悪者だ、とはなかなか言えないもので、…すなわち、このゲームのルールは誰かが設計したと言うよりも、人々の行為が集合的に重なって生じたもの…なので、一概に企業側を非難したり、学生の対応を批判したりしても仕方ないものですが、ただ、企業側が自分たちが学生側の行動の被害者であるかのような発言をしたりするのは(いや、まあある面では企業間競争の被害者ではあるのですけど)、慎むべきでしょうね。やっぱり、仕掛けた側だというのはあるからね。

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