« カメラマンのすごさがよくわかる解説。 | トップページ | いつかは… »

2010/10/18

土葬への嫌悪感について

asahi.com(朝日新聞社):日本のイスラム教徒永眠の地は 土葬の墓、住民ら反発 - 社会

 日本に住むイスラム教徒の間で墓地不足が深刻だ。土葬のため、地域住民から理解を得られず、行政の許可がなかなか下りない。土葬に嫌悪感を抱く人が増えたのと、2001年の9・11テロの影響でイスラム教徒への偏見が強まったためという。外国人が約10万人、日本人が約1万人と推計される国内イスラム教徒の多くが日本で永眠の地を求めている。

明治までは日本もほとんど土葬で、伝統的に日本は土葬の文化だったと思うんですが。
それどころか風葬している地域だってあったんですけれど。

以前NHKで土葬した人の骨を掘り出して洗う与論島の洗骨の習慣を紹介していました。その洗骨の起源が興味深いものでした。すなわち、

・島では元々風葬が行われていた。
・行政が前近代的だという理由で風葬を禁じ土葬を強制。
・亡くなった人が土に埋もれて苦しそうでかわいそうでつらい。
・せめて骨になってからは外に出してあげて弔いたい。
・掘り出してきれいに骨を洗い、亡くなった人へ愛情をこめて墓に納める

という経緯があったそうです。

その後、日本本土の文化・価値観が浸透し(というか規制されたんだから強制的に教化されたみたいなものでしょうが)、島でも風葬への嫌悪感、そして火葬場が出来たりして土葬自体も行われなってきている…というような話でした。

*********************

追記(2016年9月9日)

この番組はおそらく、九州沖縄スペシャル「とうとがなし ばあちゃん~与論島 死者を弔う洗骨儀礼~」2010年6月25日放送であったと思う。

NHK コンクール受賞番組
美しいさんご礁と真白い砂浜に囲まれた人口5600人の島、鹿児島県与論島には「洗骨」と呼ばれる島独特の儀礼がある。土葬した先祖の遺体を3~5年後に掘り起こし、遺骨を洗い清め、お墓に移す。番組では、5月に行われた竹下家の「洗骨」を中心に、島に伝わってきた弔いの儀式などの歴史も交え、小さな島で人々が受け継いできた「家族の絆」を見つめる。
洗骨 - Wikipedia

与論島の洗骨儀礼 - YouTube

良い番組だった。

*********************

古来行われてきた葬り方でも、その意識はたかだか数世代で大きく変わってしまうものなのだなあ…と思ったことを覚えています。実際、日本ではすでに土葬文化を知っている世代はごく一部を除いてほぼ絶え、今ではこのように火葬以外には――もっというと火葬場の窯で焼く以外の方法には――嫌悪感を持つ人が大部分だと言っていいのではないでしょうか。

ところが、確か火葬が一般的ではない他の国では、我々とは全く逆に、火葬への嫌悪感があるという話を読んだ記憶があります。体を火で焼いてしまうということへの嫌悪感ですね。これには宗教的な理由もあるかもしれません。たしか、土葬だと埋葬の密度が低いですから墓地にする土地が不足して困る、だから火葬したりして納骨堂などへ納めたいのだけれど、抵抗感が強くて…という文脈だったような覚えがありますが。

というわけで、栃木県の事例が紹介されています。
・2008年春:栃木県足利市板倉町に日本イスラーム文化センター(豊島区)が墓地を計画。
・計画は約990平方メートルに75区画を作るというもの。
・住民は反発、説明から10日ほどで72人分の反対署名を集め、足利市と同センターに提出。
・反対理由は(1)土葬であること、(2)<b>イスラム教であること</b>、(3)自然を壊すこと。
・「この地域は閉鎖的な考えの住民も多く、異宗教に理解が浅い。住民の心の中を乱さないでほしい」
・その後、市に住民663人から建設反対の署名、同センターからは建設を求める約600人分の嘆願書が届く。
・市は2009年秋と2010年夏の2回、同センターに「許可するためには地元の理解が不可欠」と伝えた。

土葬への嫌悪感は分からないでもないけれど、反対理由に「イスラム教だから」ってのを堂々と出すというのがすごい。しばしば日本人は無宗教だというけれど、本当はすごく宗教的だと思いますね、こういうのを目の当たりにすると。「無宗教教」っていう宗教なんじゃないか。

で、市も板挟みになって困っているわけですが、ムスリムの人たちも墓地不足に困っているわけです。こっちは放っておいてもどんどん死んでいくわけで(なんといっても、死にゆく人に「葬る場所がないからちょっと待って!」というわけにはいかない)、これは相当に切実な問題であろうと想像が付きます。意に反する葬られ方をするのは、本人は遺族にとってもつらいことだと思います。さっき述べたみたいに、火葬か土葬かというようなことで思いが強い人が多いのはもちろんですが、それどころか、墓をどうするかではなくて、靖国神社へ祀るかどうかということですら、抵抗感を持つ遺族が結構な数存在するわけです。(ちなみに合祀してもらいたくない人は日本人でも存在します。戦争と植民地支配の問題も絡んで遺族の思いは様々なのです。)というわけで、葬り方、弔い方というのは軽々に扱える問題ではありません。

記事によると、現在、国内でイスラム教徒向けの霊園は山梨県甲州市と北海道余市町の2カ所だけだそうです。
で、甲州市塩山牛奥の霊園は、「文殊院」というお寺にあるそうですが、1963年の建設後、思った以上のペースで増えて、4800平方メートルに約150人が眠るとのこと。住職は今年5月、「これ以上、イスラム教徒の墓を増やすことを総代に説明できないと感じている」と打ち明けたそうです。

「予想以上の早さ」というものの、50年間で150人、1年に3つですからねえ。しかも全国に2カ所しかないわけです。これを「予想以上の早さ」と言っていいのかどうか。
ただ、150人で4800平米、一人あたり33平米、日本の墓地は10平米あれば「大型」らしいので、通路とかほかの用途を差し引いても、結構広い面積が必要みたいですね。もっとも、土葬という方法自体の問題なのか、ゆったりした設計になっているのかわかりませんが…。

しかし、土葬への嫌悪感は根強いみたいで、住職の話では、
「土葬の盛り土を見るのが怖い」「農作業の後、近くを通りたくない」という声を聞くようになったとか。
・埋葬から数年間は土が徐々に沈むため、数回にわたり土を盛る。その様子を気味悪がる声も上がっている
のだそうです。

この墓地は、先代の住職が地元を説得して作ったものだそうで、仏教寺院なのに異教徒の墓を作り、しかも地元を説得したというあたり、相当気骨のある僧侶だったのだろうと思います。

東京や大阪では「<b>公衆衛生上の理由で</b>」(!!)土葬を禁止しているそうです。ほかにも「<b>美観などを理由に</b>」(!!)認めないケースもあるとか。
本当に衛生上問題なのか(たとえば欧米では土葬が主流だと思いますが、墓の近所は危険――バイオハザード――なのでしょうか)、いやそれどころか「美観」ってのはあまりにひどすぎると思いますが。

葬り方も弔い方も多様化していると言われる昨今、一人一人の心の安寧を満たすためにも、理解と寛容とが大切になってきていると思います。

追記(2010年10月20日)

その後、こちらのブログを発見、なるほどなあと思ったのでメモ。

土葬を畏れる宗教的背景と異文化を尊重する寛容な社会への展望 | Kousyoublog

とくに、

おそらくそのような宗教的ケアを欠くと、人々の間で無言で沈殿していくケガレの忌避感は、近年の政治的状況から人々が感じている偏見と混ざり合い、イスラム教徒に対する過激な差別感情へと発展していくおそれがある。
というのはなるほどなあと思いました。異質なものへの嫌悪感というのは結構生理的な感覚に近いと思うので、そういう部分をどうやって緩和していくかというのは結構大事だなあと。


« カメラマンのすごさがよくわかる解説。 | トップページ | いつかは… »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/83801/49776259

この記事へのトラックバック一覧です: 土葬への嫌悪感について:

« カメラマンのすごさがよくわかる解説。 | トップページ | いつかは… »