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2011年3月の8件の記事

2011/03/31

なんでも官能?

NEWSポストセブン|かつて官能小説がSMモノに集中していた国家的な事情

この記事によれば、現代の官能小説は戦後に始まったみたいですが、その黎明期にはSMが主流だったのだとか。

で、その理由とされているものが面白いです。「40年以上にわたり、年間300編の官能小説を読み、新聞・雑誌などに紹介している評論家の永田守弘氏」によれば、

 理由は簡単で、作品がSM系に集中したのは、警察の摘発を逃れるための苦肉の策でした。1950年代半ば、性描写についての当局の取り締まりは厳しく、挿入シーンなどは以ての外。その一方で、女性を緊縛し、その苦悶の表情やせつない喘ぎ声を書いているだけなら“セーフ”だったんです。

というもの。つまり、通常の性行為の範疇に入らなかったからというわけです。
永田氏は、

こうした状況下で、作家たちは警察の取り締まりから逃れるために、性的表現・描写を試行錯誤し、巧妙に工夫するようになりました。皮肉なことに、警察権力の介入が作家たちの腕を磨き上げ、現代に至るまでに官能小説独特の猥褻で繊細な世界を作り上げたのです。

と言っていて、わいせつ物の取り締まりがかえってわいせつ物を洗練させたという逆説も面白いのですが、もっと面白いかもしれないなあと思うことが。

それは、もしかしたら、現代のSM趣味というのもこの警察の規制が原点なのじゃないかということ。
SM趣味は世界中にあると思いますが、日本的なSM嗜好というものがあるのではないかと。
そして、その嗜好はひょっとしたら、SM小説の記述に刺激されたものなのじゃないかと思ったりするのです。つまり、

規制逃れの苦し紛れの文章表現→感化された人が実体化したいという欲望を持つ→SMというジャンルの成立

みたいなことがあったのかもという。

もしそうだとしたら、性的嗜好は社会的に決まるという一つの例証になるんじゃないか。

そうすると、性的な興奮を覚える刺激って、一体どうやって脳に定着するんだろうということが気になってきます。
もちろん、そういう反応系が脳内にできるのでしょうけど、特定の刺激がどんなふうに性的反応と結びついていくのか。性的なフェティシズムって本当にいろいろあることから伺えるように、ひょっとしたら、世の中のほとんどの刺激が、性的な興奮と連合させられたりするんじゃないか、とか。たとえば、お箸を転がしたらすごく興奮しちゃうとか、そよ風がさーっと吹くだけで興奮しちゃうとか、そんな訳の分からない反応も可能なんでしょうか。

だれかそういう官能小説を書いてくれないかなあ。あ、警察が規制してくれなくちゃダメか。

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2011/03/30

二つの報道から

一つの事例に二つの報道。そのときの様子が多面的に浮き彫りになると同時に、そこから得られる教訓もまた、少しずつ変わってくるように思います。
一つの場所で起こった出来事は、一度紹介されたらそれでなんとなく分かったような気がしてしまいますが、本当は、そこで語られなかったことも多いのだなと気づかされます。
一つの話の背景に隠れてしまうものの存在を常に想像することが大切なのだと思います。
岩手日報のニュース
機転きかせて避難、全校無事 大船渡小と越喜来小

 津波襲来時、大船渡市の大船渡小(柏崎正明校長、児童268人)と越喜来小(今野義雄校長、同73人)は状況に応じた対応で、児童全員が生き延びた。事前の想定を大きく上回る津波を前にマニュアルにとらわれない学校の判断が、児童の命を救った形だ。

 越喜来小は第1避難所に三陸駅、第2避難所に南区公民館を設定。通常は揺れが収まってから避難するが、今回はあまりにも揺れる時間が長すぎた。細心の注意を払いながら、揺れている間に避難を開始した。

 大津希梨さん(4年)は「大きな揺れのときにしゃがみ、小さい揺れのときに急ぎ足で逃げた。揺れが止まるのを待っていたら波にのまれたかもしれない」と振り返る。

 大きな揺れに泣きだす子もいたが、昨年整備した県道との連絡通路などを使って避難。校舎を破壊する津波の猛威に危険を感じ、南区公民館からさらに背後の山に登らせた。

 遠藤耕生副校長は「津波到達まで30分ないと想定すると、揺れが収まってからでは間に合わないと思った。校舎が壊れることも考えた」と説明する。

 大船渡小は学校が近所の住民も逃げてくる避難場所。11日も地震発生後、児童はマニュアル通り校庭へと避難した。

 ところが、津波が街をのみ込みながら、迫るのが校庭から見えた。柏崎校長はさらに高台にある大船渡中への移動を決断。児童は校門より山手のフェンスをよじ登り、1、2年生は教職員が持ち上げた。全児童が避難後、津波は校庭をのみ込み校舎1階に浸入した。

 柏崎校長は「まさか地域の避難所であるここまで津波が押し寄せるとは。それでも児童は冷静に行動した」と語る。

【写真=津波で校舎が3階まで破壊された越喜来小。避難開始の判断が児童の命を救った=大船渡市三陸町越喜来】

(2011/03/23)

越喜来小学校のエピソード
asahi.com(朝日新聞社):市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校 - 社会

 岩手県大船渡市の海沿いの小学校に、津波から逃れる時間を短縮する非常通路をつけるよう提案し続けていた市議がいた。昨年12月、念願の通路ができた。市議は東日本大震災の9日前に病気で亡くなったが、津波にのまれた小学校の児童は、通路を通って避難し、助かった。

 海から約200メートルのところにある越喜来(おきらい)小学校。3階建ての校舎は津波に襲われ、無残な姿をさらしている。校舎の道路側は、高さ約5メートルのがけ。従来の避難経路は、いったん1階から校舎外に出て、約70メートルの坂を駆け上がってがけの上に行き、さらに高台の三陸鉄道南リアス線三陸駅に向かうことになっていた。

 「津波が来たとき一番危ないのは越喜来小学校ではないかと思うの。残った人に遺言みたいに頼んでいきたい。通路を一つ、橋かけてもらえばいい」。2008年3月の市議会の議事録に、地元の平田武市議(当時65)が非常通路の設置を求める発言が記録されている。

 親族によると、平田さんは数年前から「津波が来た時に子供が1階に下りていたら間に合わない。2階から直接道に出た方が早い」と話すようになったという。

 平田さんの強い要望をうけたかたちで、昨年12月、約400万円の予算で校舎2階とがけの上の道路をつなぐ津波避難用の非常通路が設置された。予算がついた時、平田さんは「やっとできるようになった」と喜び、工事を急ぐよう市に働きかけていた。

 11日の地震直後、計71人の児童は非常通路からがけの上に出て、ただちに高台に向かうことができた。その後に押し寄せた津波で、長さ約10メートル、幅約1.5メートルの非常通路は壊され、がれきに覆いつくされた。遠藤耕生副校長(49)は「地震発生から津波が来るまではあっという間だった。非常通路のおかげで児童たちの避難時間が大幅に短縮された」と話す。

 市教育委員会の山口清人次長は「こんな規模の津波が来ることは想定しておらず、本当に造っておいてよかった。平田さんは子供のことを大事に考える人でした」と話した。

 非常通路から避難した児童の中には、平田さんの3人の孫もいた。平田さんの長男、大輔さん(38)は「人の役に立った最後の仕事に父も満足していると思う。小学3年の息子にも、大きくなったら話してやりたい」と語った。(其山史晃)
2011年3月29日17時6分

大船渡小学校のエピソード
東日本大震災:保護者の声、間一髪で児童救う 大船渡小 - 毎日jp(毎日新聞)

 岩手県大船渡市の市立大船渡小学校は、東日本大震災で校庭が高さ約2メートルの波に覆われる被害を受けたが、児童265人は全員無事だった。高台にあるため避難場所に指定されていた同校。しかし震災時は校庭に児童や保護者ら約300人が集まっていた。迫り来る津波の危険をいち早く伝えたのは、ある保護者の「津波が来たぞ!」という叫びだった。

 11日午後2時46分。これまで経験したことのない揺れに驚いた大船渡市の会社員、佐藤浩人さん(47)は市内の職場から、ちゅうちょせず学校へ向かった。母校でもある同小に5年の長女(11)と2年の次男(8)が通っているからだ。

 佐藤さんが到着した時、校舎を飛び出した1~6年の児童らが校庭に整列して避難していた。子どもの無事を確認した佐藤さんが車のテレビでニュースをチェックしていたところ、画面に「大船渡3メートル」のテロップが映し出された。

 大船渡小は大船渡湾から約400~500メートルの距離にあり、湾を望む山の斜面上に建っている。テロップの直後、湾の方へ視線をやると「バキバキバキ」と津波が家屋をなぎ倒す音が遠くに聞こえた。あちこちで砂ぼこりが舞っているのが見えた。しかし、教諭や児童は気付いていなかった。波は200メートルまで迫っていた。「津波が来たぞ!」。とっさに叫んだ。

 大声に教諭たちが反応した。佐藤さんは教諭たちとともに、児童たちを校庭南側の急勾配になっている車道に誘導。児童を抱きかかえ、斜面を駆け上がった。津波が押し寄せてきたのは避難が完了した直後だった。

 佐藤さんは津波で自宅を失った。「もし自分が気付かなければ子どもたちは流されていたと思う。紙一重だった」と振り返る。同校教諭の菊地正徳さん(44)は「学校までは来ないという思い込みがあった。佐藤さんの呼び掛けに助けられた」と話している。【鈴木一生、山本将克】
毎日新聞 2011年3月22日 12時00分(最終更新 3月22日 12時12分

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2011/03/16

飛行ルート変更

今日、神戸から鹿児島へ飛びました。

普段とは違った飛行ルート。
普段は、徳島あたりだと思いますが、四国を横切って四国の南岸から宮崎、都城という感じなのですが、今回は瀬戸内海、本州側に沿って飛んで、山口県の屋代島あたりから豊後水道、その後大分県から南下というルートでした。
岡山、倉敷の街並みがよく見え、水島の製鉄所の真上へ、福山、尾道、三原と町が次々と。
広島県って島がたくさん入り組んですごいことになっていますね。

********

新燃岳の噴火以来、鹿児島発着は少し変わった飛行ルートを飛んでいるのですが、四国南岸ルートという基本は変わっていなかったのです。今回全然違うところを飛んだので、ちょっとびっくり。

普段と違った景色を見られて楽しかったですが、時間は15分ほど遅れました。

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2011/03/10

便乗ネタ

www.さとなお.com(さなメモ): 高校の「情報」の教科書がすごい件

どっかで「横澤彪が北野武の秘密の仕事場を訪ねたら、本棚にずらっと高校の教科書が並んでいた」というエピソードを読んだことがあるが、中年以降になると教科書のありがたさって本当によくわかる。人生に必要な知識の大半はあそこに書かれている。山川の「もういちど読む山川日本史」とかが売れているのもそういう理由だろう。

ということで、「情報」の教科書、オススメです。どっかから手に入れて、読むべし。

うちの死んだばあちゃんが高校の国語や世界史の教科書を愛読していたのを思い出した。結局死ぬまで本棚に置いてあったなあ…。


で、私が個人的にものすごくおすすめしておきたいのが、高校の社会科、特に政治経済と現代社会の教科書と参考書。

どちらも、すぐに実生活に役立つという本ではない。
でも、世の中に出回っている怪しい話や独りよがりの偏見に巻き込まれないためにはとても役に立つ。

社会科という科目は闇夜を歩くときの杖みたいなもので、それ自体が便利なものではないけれど、それがあれば、どこにつまずきの石が隠れているか、この先に進んでいっても本当に大丈夫なのか、そういうことに多少目端が利くようになる。
そして何よりも大事なことだと思うけれど、「自分」とか「社会」とかを、外から眺めるセンスが身に付いてくる。

社会科は単なる暗記物ではない。特に高校の社会科は、数千年にわたって偉大な先人が築いた思考の諸体系を一気においしいとこ取りしようという壮大な知的冒険なのだ。

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2011/03/09

JR東の排除型シートと環境管理型権力

JR東:迷惑な座り方できません…山手線で新型座席試行へ - 毎日jp(毎日新聞)

「人間工学に基づいた新型座席シートを慶応大の山崎信寿教授(人間工学)と共同開発し、6月から山手線で試行する」
とのこと。

背もたれも凹状に改良したことで、膝を開いたりすることができないようになり、体も隣席にもたれかからないという。背の低い子供も楽に着席でき、深座りで姿勢が正しくなる効果も期待できる。

写真を見ると、背もたれをへこませたというよりも、座面の両側に大きく山を作って、その谷間に両足ごとぎゅっと入り込むような形です。窮屈に押し込められる感じ。

で、こういうのを見ると、つくづく「東京らしいなあ…」と思ってしまいます。

もうずいぶん昔のこと、何かの用事で東京に出かけて山手線に乗って驚いたことを思い出します。
いかにも「ここに一人ずつ座りなさい」といわんばかりに、シートの模様がデザインされていて、あろうことか、シートにでこぼこまで付けられていたんですね。

あれを見たとき、東京の人は、人間同士のちょっとしたふれあいや譲り合いすら、うっとうしく思うのかと思いましたね。すかすかに座っていたら、「ちょっとスミマセン」と言って割り込ませてもらえばいいだけのことなのに…。普段、阪急や阪神に乗っていると、こっちは「もう入れへんで…」と思ってるのに、おばちゃん連中がお尻をぎゅうぎゅう割り込ませてきたりしているわけです。いつもピチピチになって座っている身としては、「なんやもっとぎょうさん座れるのに、もったいないし」とか思ったわけですね。

それと同時に、ちょっと気持ち悪さも感じましたね。人間には体の大柄な人や小柄な人がいるし、いろいろ事情でゆったり座りたい人もいるだろうに、一人当たりのスペースをみんな均質な存在みたいに仮定して機械的に割り振って、それで公平だと東京の人は信じてるのかなあということが一つ。
もう一つは、どこの誰か分からないJRのお偉いさん達が勝手に「はい、一人の体の大きさは○○センチに決めましたからね」ってやったことを、それに不平不満も言わず、唯々諾々と従う無数の人たちが、なんだか物言わぬ羊の群れのように思えて、空恐ろしくなったんですね。

たぶん、東京の人たちは、何か周囲に不満を感じたり、誰かに何かをしてもらいたくなったときには、その相手と直接話をするのではなくて、その場所の管理者に、「あれを何とかしてほしい」と頼むのでしょうね。そして、その管理者の権力を経由して、自分の要求を通そうとする。確かにそうすることで、直接相手の人と交渉する面倒くささと不安とを感じなくて済みますけれども、それって、かえって世の中をぎすぎすさせているんじゃないか、と思ったことでした。

こんな事を思い出していたら、読売新聞にそのものずばりの話が載っていました。

足の投げ出し防ぎます…山手線で新座席試行 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

背もたれ部分をへこませ、ひざを開きにくく、上半身が横にもたれないように工夫した。

 足を投げ出すなどの行為が不快に感じるとの声が寄せられたことを受け、JR東日本が、慶大理工学部の山崎信寿教授と共同開発した。

どかっと座っている人がいたら、「すいません、もうちょっと詰めてもらえませんか」と言って座らせてもらう。「すいません、ちょっと通してもらえませんか」と言って足を引っ込めてもらう。そうすることで、「あ、俺、ちょっと今横着しとったわ」と自覚してもらう。そういうふうに譲り合えたらいいですね。

いつの間にか、関西でも、昔のようなゆるさは影を潜めてしまい、東京みたいに何でも四角四面のルール、ルールで息が詰まるような感じになってしまいました。
でも、身近な面倒は身近な範囲で調整する。自分も相手もちょっとずつ我を張り合って、ちょっとずつ譲り合う。そういう細々した面倒くささを引き受けることで、お互いに相手のことがちょっとずつ見えてくるし、そういう方が結果的に、ゆるーく生きられる社会になるんじゃないかと思うのですね。

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2011/03/08

米軍関係で二つ

津山で軍用機が低空飛行し、その衝撃で土蔵が倒壊、家屋も危険な状態だとか。
自衛隊は、自衛隊機じゃないので米軍機だろうということで、現在米軍に照会中とのこと。
米軍の反応が楽しみですな。いやどうせろくなものじゃないんだろうけど。

鹿児島でも実はあちこちで軍用機の超低空飛行の話はあります。自分は関係ないと思う人が日本国民の圧倒的多数だと思うんだけど、実は結構身近な問題なのですね。

ちょうどそのニュースと同じ時期に出た、前の在沖縄総領事の発言問題。
・日本の和の心はゆすりとたかり
・沖縄人はゆすりたかりの名人
・沖縄人は怠惰
などなど。報道によると、以前から問題発言オンパレードの人だったようですね。

日本語が堪能で米国務省では日本部長とのことですが、認識がかなり偏った人であることは間違いないみたいですね。まあいかなる差別者であっても個人的主観と関わらず公正な公務をこなしてくれれば我慢できますが、裁量権の大きな地位にいてしかも言動に影響力があり、かつ対外的な顔の役割もある立場の人ですからね。
日本政府がろくに抗議もできず、実効性のある対応の要求などできないことは自明ですが、米政府がどう対応するか楽しみです。

残念ながら、沖縄に対しては日本人自体がこの日本部長と同じような意識を持っていたりするんですね。差別は我々自体の中にあり、それがこの米人に投影されているだけだということも言えるように思います。我々の国だって、首都の最高責任者が元気に差別発言を繰り返していられるような国なんですからね。

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2011/03/02

たぶん自分は構造フェチ

タイトルの通りなんだけど。

今意識化されたんだけど、たぶんそういうことなんだと思う。システムとか構造とかが好きなんだと思う。

たとえば、小説そのもの、ストーリー展開そのものが好きというよりは、その小説や物語の構造、人物造形と人間関係との関連性、あるいはその小説・物語の他の文学との関係性などを知ることに喜びを感じるというような。
だから、物語論とか評論とかが好きという感じ。

外国語そのものが好きというより、その言語の体系や文法がどういう特徴を持っているかとか、単語の構造とか語源との関係とかを知ることが楽しいという感じ。

だからかなあ。組織論とかシステム論とかが好きだし、機械も好き。

うむ、単に理屈が好きなだけかもしれないという気もしてきた。我ながら理屈っぽいからなあ。それで引かれてる。
しかし改めるつもりは全くない。

というわけで、人には全く意味のないつぶやきとして終わる。

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保守主義(?)の強さをかいま見た思いがした

【速報】東京都知事選挙に出馬表明の小池晃氏(共産党)、改正青少年保護育成条例廃止を確約【非実在】

まあ共産党は初めからこの種の表現統制には明確に反対している政党なので、別に驚くようなことではないのですが、ここで付いているコメント群が私には新鮮だったのでメモ。
まあ、共産党が規制反対というのを知らず、これを「人気取り」と評する人が少なくないあたり、「共産党」が独裁政治・強権政治という印象を持っているのでしょうね。実際は(少なくとも今の日本共産党は)全然違っていて、主張や政策はものすごくリベラルなんですが。

新鮮だったのは、この条例に反対している人が「でも共産党か…」と支持を躊躇しているのが多かったり、「おいおい、共産党だぞ?」みたいに「おまえ騙されるんじゃないよ?」というような反応が多かったりしたことです。別に共産党ってそんなに危なくないんだけど…。政治主張だって、どう見ても、もう一党独裁とか暴力革命とかっていう政党じゃなくなっているし、むしろ古典的な共産主義ですら放棄しているような印象なんですが。
今は穏健なリベラル政党という感じだから、「おいおい共産党だぞ」とか「アカに投票するのか」とか、一体この人達はいつごろの戦前からタイムスリップしてきたのかと。


2chのまとめブログで、年齢層は若めだと思うんだけど、戦中派ならともかく今時の若者(の一部)がここまで素朴な反共イメージに染まっているとは思わなかったですね。どこからこういうのを仕入れてくるんでしょうか。別にマスコミも「共産主義=アカ=恐ろしい」みたいな論調はないし(あまりにあほらしすぎるしね)、北朝鮮とか中国とかのイメージなんですかね。今時スターリンもないでしょうし…。そもそもプーチンのロシアを見ていれば、ソ連の独裁制は単に社会主義にのみ起因するものではないことは明らかだと思うんですが。

***********

「日共民青」とリアルに闘っていた人たちがあれこれ言うのはまあ理解できるんですが、しかしここで「アカ」とか言ってる人たちがそういう種類の人たちとは思えないわけで、素朴な反感、嫌悪感って、その人達が素朴であればあるほどに無自覚なわけで、まあそういう無自覚なものほど空気のように伝播しやすいものなのかなあ…と。

日本では反共って空気のようなものなんでしょうね。人民の決起にはほど遠いなあ。

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