前からの疑問
「日本ばっかり悪者にされている」
「他の国も悪いことをしているのに、日本の罪を見つけることばかり熱心で、日本をおとしめることにしか関心がない」
日本の戦争犯罪やそれを正当化しようとする言動が問題になると、こうした批判(反感?)がよく上がってくる。
でも、悪いことを悪いと言ってなにが悪いのか。
「お前、悪いことをしただろう。」
「でも、あの子もしてるよ。どうしてぼくだけ怒られるの?ぼくを怒るならあの子も怒ってよ。」
「あ~、今、赤信号でしたよね~」
「ちょっと見落としていただけだろ。大体、なんでオレだけ捕まえるんだよ。他に信号無視してる奴らも沢山いるだろ。あいつらを捕まえてからオレを捕まえろ」
こうした弁明は普通通用しないと思うんだけど。
「そもそも日本軍は悪いことをしていません」
こう言う人もいるけれど、まあこれは論外でしょう。
でも、
「確かに悪いこともしたけれど、いいこともした。なのに悪いことばかり取り上げて悪の権化みたいに言われる」
という感じのことをいう人もいる。
いや、そもそもそんな話ではないのだけれど。
「確かに私は万引きしました。でも私は毎朝清掃活動ボランティアもしているので、万引きのことばかり言われるのはおかしい」
これも変な弁明じゃないかなあ。
また、「悪いこともしたけれど、していないこと・関係ないことで非難される」
という人もいる。
「確かにチョコレートは盗りました。でもガムは盗ってません。ガムの件で非難されるのは筋違いです。」
ガムを盗っていないのが本当なら一定の正当性はあるけど、実際は盗ってたりするんだよね…。「証拠がない」という一点で無実を主張するんだけど、まあ実際には盗ってるわけで、それはもうみんな(学術的にも国際的にも)知っている。
それと、「チョコを盗ったのは悪かった、でもガムのことは悪くない」というのは被害者の心証的にはどうなんでしょうね。店長さんからしたら「反省してないな」と思っちゃうんじゃないかな。被害者心情として。別に、無実の罪も認めろというわけじゃなくて、言い方があるよねということだし、万引きしたことを本当に反省しているということを態度や行動で示しながら、お店や周りの人に分かってもらう努力をしているのかなということなんだけど。
今のありさまは、「なんでやってないことまで言われなくちゃならないの?」と逆ギレしてるみたいに見えている。
大体、以上のような感じなので、周囲の人からしたら「何なのこの人…?」と引き気味になるし、被害当事者からしたら、「こりゃひどい、だめすぎる…」という怒りを招くばかりになっているということだと思うんだけど。
私がかねてから不思議なのは、個人の不祥事や犯罪だと当たり前に通用しない、こうした弁明にならない弁明が、どうして日本の戦争犯罪のことになると、途端にそのまま抵抗なく受け入れられるのだろう、ということなんだよね。
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