加害者だからこそ幸せにならなければならない
うまいレビューというか、本を買いたくなる書評。
『反省させると犯罪者になります』を読んで愕然(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース
Amazon.co.jp: 反省させると犯罪者になります (新潮新書): 岡本 茂樹: 本
即物的に反省を迫っても、形だけになって真の反省には結びつかないというのは、「確かにそうだよね」というレベルで納得できるのだけれど、その先が目から鱗が落ちる思いだった。
刑務所での受刑者支援では、
・まず、被害者に対して不満を語らせる。
「あいつさえいなければ、俺は刑務所に来ることはなかった」とか。
本音で語る。否定的感情を吐き出し、自分の心の痛みを理解する。そこからスタートして、ようやく他者の心の痛みにまで思いが至る。これは、「反省」とはちょっと違うけれど、介護やケアで疲れている人たちの心のことでも同じじゃないか。
そこから、真の反省がはじまるのだ。
たとえ親であろうが子であろうが配偶者であろうが、やっぱり「あいつさえいなければ」「あいつが私をだめにしている」という思いはよぎる。一生懸命に世話をする人ほど、そういう悪感情と日々戦っているかもしれない。
この「本音」を語り、「否定的感情」を吐き出して、自分の心の痛みを理解する。このことは、とても大切なことだと思う。周囲にいる人間にとっては、愚痴を聞くこと、共感すること、その人の痛みを理解することがとても大切なことになる。
このアプローチからすれば、
“頑張る「しつけ」が犯罪者をつくる”
とか、
“いじめた加害者は悪い奴で、いじめられた被害者はかわいそう。だからいじめはしてはならない”ではダメだ
とか、
いじめ防止教育は、“「なぜ、いじめたくなるのか」を皆で話し合う”ことから始めるべきなのだ。
とか、はとてもよく分かる。
加害者、加害感情、負の感情を持つ人が、自分のその感情の源泉や意味を知ることが、更生の第一歩になるということだから。
その上で、さらに重い一言。「加害者が幸せにならなければならない。」
このブックレビューもこの引用で終わっているけれど、ここでもそれを踏襲したい。
実は幸せになることこそ、更生と関係あるのです。なぜなら人とつながって「幸せ」になることは、「人」の存在の大切さを感じることになるからです。そして、人の存在の大切さを感じることは、同時に自分が殺めてしまった被害者の命を奪ったことへの「苦しみ」につながります。皮肉なことに、幸せを感じれば感じるほど、それに伴って、苦しみも強いものになっていきます。この2つの矛盾した感情のなかで生き続けることは、私たちが想像できないくらい苦しく辛い「罰」となり得るのです。更生とは、幸せと苦しみの両方を受け入れ、「絶対に自分を許すことのない被害者の存在」を自分自身の命が絶えるときまで忘れずに生き続けていくことと私は考えています。真の「更生」には「終着点」がないのです。
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