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2014年4月の10件の記事

2014/04/30

友好の印に、桜の木と本を寄贈します。……慰安婦の碑を撤去してくれたらね。

恥ずかしながら見落としていたけど、民主党政権時代から日本政府ってゲスかったのね。

旧日本軍「慰安婦」碑/桜贈るから撤去を 日本総領事が申し出赤旗しんぶん(2012年5月25日(金))

 ニューヨーク・タイムズ紙18日付によると、広木重之ニューヨーク総領事が同市のロトゥンド市長を訪問したのは5月1日。ここで、「慰安婦」問題での軍関与の事実を認めて「おわびと反省」を表明した93年の河野洋平官房長官(当時)の談話と、生存している「慰安婦」に宛てた2001年の小泉純一郎首相(当時)の手紙を読み上げて、日本側の対応への理解を求めました。そのうえで、碑の撤去を要請しました。

 広木総領事はその際、桜の木の植樹と公立図書館への本の寄贈の用意があることを市長側に伝えました。

 この申し出に対し、同席していたキム副市長は「わが耳を疑った」「怒りがこみあげて来た」と同紙に語っています。

全く。私も見出しを見て、「は?」とか思ったもん。

元になっている記事はこれ。
Monument in Palisades Park, N.J., Irritates Japanese Officials - NYTimes.com(Published: May 18, 2012)
こっちの方が状況が詳細で、背景や状況も書かれています。
それによると、この申し出(?)に持ち込んだ日本側のやり方もかなり嫌らしいものだったようです。

1.4月末、総領事から「会いたい」と市長にメールが来た。
2.電話で内容を問い合わせたら「日米関係についてだ」というので、面会を了解。
3.5月1日面会。初めはなごやかに自分の経歴について語っていた広木総領事、突如話題を切り替えて河野談話と小泉首相の元慰安婦に宛てた謝罪の手紙を読み上げ、日本政府が記念碑撤去を求めていると述べる。
4.日本政府にはサクラの植樹と図書寄贈の用意がある、ただし記念碑撤去の条件付き、と総領事が説明。市側を怒らせる。

用件をぼかして面会するあたりを記事で "obliquely" と評されているのは、パリセイズ・パーク市側の受け止め方がそうだったのでしょう。

なおNYTが領事館に確認したところ、副総領事が「撤去は条件じゃなくて、撤去の見返りに(in return for )寄贈するという申し出だった」と語った模様。
まあどこでもよくある官僚的表現ではありますが、卑しい思惑が露呈した恥ずかしすぎる詭弁だと言えましょう。記事を読んだ人は、さらに「ニッポンって本当にこんな国なの?」と呆れたことと思います。

ところで、この呆れた会談の5日後には日本の国会議員が "less diplomatic" な形でやって来て、碑の撤去を要求、「慰安婦の話は嘘だ」と説得しようとしたそうで、市側は一通り話を聞いてから、慇懃にお引き取りいただいたとのこと。
この件は以前から知っていましたが、本記事のニュアンスでは、領事館はまだしも礼儀をわきまえた振る舞いをしていたのに対して、これらの国会議員達の行動は、田舎の議員さん達が突如やってきて我が物顔に厚顔無恥な振る舞いをしてドヤ顔で帰って行ったみたいな印象を受けますね……。

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2014/04/28

ニコニコ超会議の自民党街宣車に東条英機のコスプレが乗ったのは、自民党スタッフの勧めによるものだったという件

イエローカード ‏@aitaiima 4月26日
Twitter / aitaiima: ニコニコ超会議の自民党ブースで、東条英機のコスプレイヤーが登場し大歓声に pic.twitter.com/MkmBpPHgPb
「日本を、取り戻す」
と力強く宣言している自民党街宣車の上で軍服姿の男性が敬礼しています。

すごく、わかりやすい。

*******
その本人(と称する人)がtwitterで書いていました。

Twitter
ヴァイス伍長@vice0079
東條英機、憲兵、日本軍の超会議関連記事を見ました。街選車上に乗っている のは確かに自分です。自分の判断力の無 さに深く反省しております。このような 騒ぎを起こし多くの方々にご迷惑お掛け して申し訳ありませんでした。
11:01 4月27日(日)
ヴァイス伍長@vice0079
@thinkjp2013 コスプレ撮影している場所近くで街宣車に乗れるイベントがあり自民党スタッフに勧められ乗ってしまいました…
1:18 4月28日(月)
自民党スタッフが上げたということですと、自民党がまさにこうした旧軍の存在を自党の精神と親和的だと思っていたということですね。
安倍首相のもとで、尖鋭的な人たちがどんどんとあからさまになっていっています。
次の国政選挙は1年半後。さて、この1年半でわが国はどこまで行ってしまうのでしょう。

******
ところで、上記では東条英機のコスプレとなっていますが、画像ではわかりにくい。
そう思っていたら、ご本人(と称する人)は憲兵に扮していたとのこと。

Twitter
ヴァイス伍長@vice0079
今日も昭五式の憲兵少尉の軍装で超会議をウロウロしてます。
23:16 4月26日(土)
とすると、誰が東条英機だとしたのかということですが……。自民党の人が「東条英機首相の登場です」みたいにアナウンスしたのか、周りの人たちのつぶやきだったのか、それとも写真を撮った人がそう書いたということなのか……。
いや、名もなき憲兵ならOKということでもないですけどね。

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2014/04/25

2ちゃんねる経営陣の情報操作と政界

興味深い。
echo-news – 大規模掲示板2ちゃんねる、有償で書き込み削除のサービスが発覚 契約先の顧客には与党自民党

ネット右翼、まとめサイトなどの思想的偏向の問題に、2ちゃんねる経営陣が積極的かつ主体的に関与していたという疑惑です。
悪評やスキャンダル情報を意図的に流布し、あるいは流布を放置して、その流布を抑止するという「サービス」でカネを取ろうというわけですからマッチポンプでありますし、有力者と結託して情報操作に荷担しているということでもあるわけです。
「マスゴミ」などとマスメディア、報道を非難する話は一体何なのでしょうねというような話であります。

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2014/04/19

前進するための批評とそうでない批評

下記のリンク先に、
「こんなニュースを見ても誰一人改善しようと行動しない、ネットに愚痴や批判を書くだけで終わりなのが一番怖い」
という一節が出てきます。
それは確かにその通りなのだけれど、ただ、「愚痴や批判を書くだけ」というだけでも全く無意味ではないのではないか、と思っています。

なにがしかでも自分のものとして引き受けたい、自分が抱える問題に引きつけたい。
誰にも届かないかもしれないけれど、小さくても荒削りでも声を上げておきたい。それが何かにつながるかもしれない。
こういう気持ちの持ち方もあるのではないかと思ったりもしているのです。

各々の持ち場で、各々の状況や力量に合わせて動くこと。
撤退や敗北や後退を重ねようとも、息長く、根っこの思いは決して手放さず、したたかに生き延びて、コツコツと誠実に状況に向き合うこと。

「運動」に何も関われていない人間の言い訳みたいなものですけれど。

**************
法曹の心はどこに向いている?: 壇弁護士の事務室
袴田事件とえん罪に関わった――敢えて加害者という――人たちの態度から考えること。
取り調べの全面録画・録音と検察保有証拠の全面開示という課題。
考えさせられる素材へのリンク。
袴田事件や狭山事件などへの支援運動はずっと昔から知っていたけれど、私は何となく近寄りがたくて敬遠していました。だから、今更のように取り上げることに内心忸怩たるものがあります。

アニメ制作会社の過労死のニュースでのコメントで。
過労死やブラック企業、非正規雇用の過酷な実態などが話題になることは多いのに、労働問題が高揚しないばかりか、労働運動への反感が一向に解消されないのはなぜか、という問いかけ、というか嘆き。

http://anond.hatelabo.jp/20140418225812
上へのトラックバック。
集団主義的な風潮、同調圧力の強さが個人の尊重を内面化することを阻んでいるのではないかという意見。

自閉症の子供がレストランに来たらどうするか?アメリカの警察恐るべし - 自閉症児 渡の宝箱
自閉症の我が子がお店の中で(自分一人で)かくれんぼを始めてしまい、警察まで来る騒動になったけれど、その警察の対応が日本での経験とは全く違い、大いに感動した、という話。
「普通・正常」な人たちがもてあましてしまうような人たちやその家族などを、我々「普通・正常」な人たち・社会に、どう接していけばいいか。また、望ましい気構え・行動が自然に生まれるような社会のあり方とは一体何だろうか、というような話に通じていて、なかなかに刺激的。

上記へのはてなブックマーク
「アメリカだって悪いところは多い」「日本だっていいところはある」=「ニッポンをバカにするな」的なコメントや、裏読みして何とか問題を見つけようとするコメントが多くて、なかなかに香ばしい。

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低劣さに反吐が出る産経新聞と上田和男(こうだ・かずお)氏

【国際ビジネスマンの日本千思万考】近くて遠い「反日チンパンジー・中韓」より、遠くて近い「親日・インド」を大事にすべし…パール判事の「知性」を思い出そう(1/5ページ) - MSN産経west

あんまり見苦しいので、MSNの「お問い合わせ・ご意見」欄から意見を書き送りました。このエントリの最後に掲載します。

ちなみにこのコラムの著者はこんな人。

上田和男(こうだ・かずお)
昭和14(1939)年、兵庫県淡路島生まれ。37年、慶応大経済学部卒業後、住友金属工業(鋼管部門)に入社。米シラキュース経営大学院(MBA)に留学後、45年に大手電子部品メーカー、TDKに転職。米国支社総支配人としてカセット世界一達成に貢献し、57年、同社の米ウォールストリート上場を支援した。その後、ジョンソン常務などを経て、平成8年(1996)カナダへ渡り、住宅製造販売会社の社長を勤め、25年7月に引退、帰国。現在、コンサルティング会社、EKKの特別顧問。
以前このブログでも書いたことがありますが、どれほど外国滞在が長かろうが、「インテリ」だろうが、裕福だろうが、醜悪な差別主義にまみれてしまう人は決して少なくありません。

とんでもない勘違いをしている人々 - Apes! Not Monkeys! はてな別館
こちらのコメントで Apeman 氏が歴史修正主義的な歪みについて「知識の有無の問題ではなく品性の問題だ」と書いていますが、この差別主義的傾向には、それと同根の要素があるように感じています。

ところで、この上田さん、記事本文はちょっとだけ狡猾な感じで、

動物・人類学者のお説によると、類人猿には大区分すると、攻撃的・闘争的なチンパンジー派と友好的・防御的で愛の心情を持つボノボ派の2種に分かれるそうです。人類にも同じような性癖が継承されているらしく、さしずめ中華・朝鮮両民族がチンパンジー系なら、日本・インド両民族はボノボ系といえるのかもしれません。
などと、お為ごかしを言っています。
まあ、どこかでこの類人猿ネタを仕入れて、

「あ、面白いこと思いついた!オレって冴えてるや~ん!」

と、結構本気で書いているのじゃあないでしょうか。

こういう、「民族」でくくって、個別にイメージを付加するという発想自体がもう「レイシスト」そのものなんですが…(汗)。
それに「インド民族」って何だよ???
ボノボって、性的行動が、まあ、右派・保守主義者的言い方をすれば、乱脈というか乱交というか…、まあ、動物行動学的には興味深いことでも有名ですけど、「日本民族」も「インド民族」も、こういう、性的に「乱れた」人たちということでいいのでしょうか…???

もうめちゃくちゃです。

上田さんのコラム自体は、100%与太話なのでもうどうでもいいんですけど、最後、パール判事(ホント、この手の人のインドネタってこればっかり)を引っ張り出してきて、

インド人=俺たちニッポンが希望と指針を与えてやった連中

と規定して終わります。中国韓国に対しても「むずかる」とか子ども扱いしてるんですが、「親日国」インドも要するに、俺たちの目下・格下扱いなんですよね。この哀れなほどに肥大し空洞化した自意識は本当に何とかならないものでしょうかねえ……。

追記はじめ*****
上田さんシリーズみたいになってる……。
「チンパンジー」を削除したら問題解決?差別をまき散らす産経新聞とマイクロソフト: 思いついたことをなんでも書いていくブログ
温暖化で氷が溶けると海水面は上がるのか――地球温暖化の嘘を鋭く告発する上田和男氏: 思いついたことをなんでも書いていくブログ
追記終わり*****

******MSNに送った意見文******
御社サイトでは産経新聞社のニュースが掲載されていますが、差別主義に染まった記事の配信が多く、これを放置しておくことは、御社の企業イメージに大きな傷が付くと愚考いたします。
新聞社を変えるべきではないでしょうか。
また、アメリカのマイクロソフト本社様では、このような差別主義的な記事を容認していらっしゃるのでしょうか。

人種・民族差別が国によっては法的処罰の対象になっていることもあるように、人種・民族差別が反社会的であることは論を待ちません。さらに、差別を容認していると見られることで企業が経済的損失を受けた事例や、逆に反差別キャンペーンを積極的に行うことでブランドイメージを高めることに成功している企業などの例があるように、企業にとっても自社がこの問題にどのように関与するかを考慮することは合理的根拠があります。

以前から、御社サイトでの産経新聞社発のニュースには、極右的・国家主義的志向と共に、特に中国、韓国、北朝鮮を対象とする排外主義的・差別的な色彩を持つ記事が多くありましたが、今回は、極めて低劣かつ扇情的な見出しで、差別をあらわにした記事を配信しています。

【国際ビジネスマンの日本千思万考】近くて遠い「反日チンパンジー・中韓」より、遠くて近い「親日・インド」を大事にすべし…パール判事の「知性」を思い出そう(1/5ページ) - MSN産経west

この記事および連載記事を直ちに削除し、差別主義的な記事の掲載は許さない旨の告知を行っていただきたい。

この記事見出し、および連載記事は産経新聞社の姿勢の象徴でありますが、これを放置されていることは御社マイクロソフト様の企業姿勢をも表しているものと受け取らざるを得ません。MS-DOSの時代から御社製品を愛用してきた一ユーザとして、今後も御社のご対応を注視していきたいと考えております。
******意見文 ここまで******

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2014/04/17

何を考えているのか

捕鯨の伝統・文化守ろう/協会の会合 紙議員あいさつしんぶん赤旗2014年4月16日(水)

 南氷洋での調査捕鯨の復活に向け「捕鯨の伝統と食文化を守る会」が15日、東京都千代田区の憲政記念館で開かれました。主催は日本捕鯨協会。

 日本の調査捕鯨をめぐってはオーストラリア政府が、調査中止を求め提訴。国際司法裁判所が3月31日、日本の訴えを退け、日本に調査捕鯨の許可取り消しなどを言い渡しています。

 「会」に先立ち、超党派国会議員による捕鯨議員会議が開かれ、日本共産党の紙智子参院議員と自民、民主など7党の議員が参加しました。

 「会」では鯨の刺し身など料理が出され、林芳正農林水産相があいさつ。紙議員は「判決には驚いている。日本の食文化、伝統文化を守らなきゃいけない。判決の中身を精査して国際社会の理解を得られるようにする必要がある」とあいさつしました。

唖然、呆然。
共産党ですら、捕鯨問題への認識はこの程度というお粗末さ。
底の浅い「伝統」(笑)意識とナショナリズムに足をすくわれています。
漁民の暮らしを守ることと捕鯨問題とを抱き合わせにしてしまう認知の歪みからは解放されなければなりません。

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林、吉見両氏の講演会「河野談話を守り、その先へ」 at 日本外国特派員協会

従軍慰安婦問題、強制性はあったー吉見義明教授・林博史教授が海外メディアに訴え (1/2)(BLOGOS編集部 2014年04月11日 16:09)

中国・韓国との現在の外交対立の主原因である従軍慰安婦問題。
政治的も重要性が高く、ニュースバリューもあるテーマだし、講演内容もとても分かりやすく明快なのですが、報道がほとんどなかったようで残念です。

一番詳細に報じている記事にリンクを張っておきます。

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ためにする議論

昨日、職場の会議がありまして。

ある部門が徐々に縮小して、その部門が使っている部屋があちこち空いてきたわけです。
昨日の会議で、他部署がその部屋をいくつか会議用に貸してほしいと打診してきたのです。
すると、部門長が

・このフロアは我々の事業用であって、他部署に使われると周囲で仕事中のメンバーに支障が出る。
・その部屋の鍵の管理がいい加減になる。
・会議室にすると、そこに食べ物等を持ち込まれたりするかもしれない。

などと、反対の論陣を張りました。
実際には、現在空き部屋は全く使われていないし使う予定もありません。それに他人の通行等が今の仕事の邪魔になるということもありません。
鍵の管理は建物の管理部門が別にあって、この部門は全く関与していない話です。フロアの掃除も担当していないし、食べ物のことも同様。迷惑というけれど、実は当の部門長も含めてフロア内で飲食しているのは周知の事実。

この反対意見を誰も相手にしないでいると、こんなことまで言い出しました。

・フロアに出入りする人が増えるとエレベータが混雑して、円滑な移動が困難になる。

……時々ちょっとミーティングで出入りするだけなんですが(汗)。

この会議の出席者は40人ぐらいいたと思いますが、司会者も含めて部門長の発言を完全黙殺。何事もなかったかのように使用が認められました。部門長も、自分が話している間にどんどん場の空気が冷たくなっていくのがわかったのでしょう、さすがにこれ以上はゴネませんでした。

しかしアレですね。本音を隠してもっともらしい理屈をこねる場面にはしょっちゅう出会っていますけど、今回ほど情けない失敗例には出会ったことは少ないですね。一度、深夜まで会議室を使いたいからカギを貸してくれと管理部門に頼んだら、
「深夜に構内を歩くと事故の危険があるからダメ」
と断られたんですが、そのときも訳が分かりませんでしたね。

先の部門長にせよ管理部門にせよ、こうした理屈が自分の本音を隠すだけの方便にすぎないということを自覚していないのが厄介ですね。

****************
遍路道に「気持ち悪いシール」がはられていたという差別問題 - 法華狼の日記

四国のお遍路さんの通り道に韓国語で道案内シールを貼っていたら、朝鮮・韓国人差別の張り紙が貼られたという報道。
この法華狼氏のエントリは、事実検証とこうした人種・民族差別への批判を行ったものですが、このエントリに集まった反論コメントが、まさに「ためにする議論」。
張り紙の不法性とかルール破りとかエチケットとか、まあいろいろ問題点を挙げてこの韓国語シールの不当性を主張しているのですけど、かなり無残です。

妥当性・普遍性を持つ論点・主張であっても、それをどういう場面・文脈に適用しようとしているのかが、差別や排除、人権侵害の問題では決定的に大事ですね。しかも、往々にして、その主張が結果的に差別を生むことに、我々はしばしば気がつきません。

大切なことは、論点・主張が妥当性・普遍性を持つかをチェックすることと同時に、その主張の実現が差別につながらないような議論へ導くことだと思います。
例えば、「シールを不快に感じる人がいるので貼らないでほしい」という意見なのであれば、それはシール禁止という結論の論拠とするのではなくて、シールを不快に感じにくいようにする方法を探すきっかけとしたほうがいいということです。その方法探しの中で外堀を埋めていき、隠している本音に向き合っていくのがいいのですが、なかなか一筋縄ではいきません……。

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2014/04/04

YouTubeで不快な広告の関連づけを外す方法

方法:Googleの「広告設定」で「オプトアウト」を設定する。
※ただし、広告表示そのものを止めることはできません。

何を検索したかとかどんなページを見ているかとかで、GoogleやYouTubeが、
「この人はこういう広告に興味があるだろう~」
と推測して広告を選んでくれるんですが、時々、完全に勘違いしてくれて、猛烈に不快な広告が表示され続けたりするわけです。
で、そういうときは、この広告自動選択の機能(関連づけ)を止めるように設定させてもらえます。

関連づけが機能しているということは、Googleアカウントでログインした状態になっていると思います。
で、そのアカウントの広告設定を変更するわけです。

興味/関心に基づく広告を表示しないよう設定する(オプトアウトを設定する) - 広告 ヘルプ

●Google に表示される広告
1. www.google.com/settings/ads で広告設定にログインします。
2. [Google に表示される広告] で、[オプトアウト] リンクをクリックします。
3. ダイアログが開くので、[オプトアウト] ボタンをクリックします。

●ウェブ上の Google 広告
1. www.google.com/settings/ads で広告設定にログインします。
2. [ウェブ上の Google 広告] で、[オプトアウト] リンクをクリックします。
3. ダイアログが開くので、[オプトアウト] ボタンをクリックします。

とりあえず、これでYouTubeで表示される広告を多少マシなものに代えることができる…かもしれません。

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2014/04/03

「しなさい」と「してもいい」の間

歌わない権利を守ること~カナダ国歌についての思い出(長谷川澄)

「国歌を歌わない子がいるんだね、どうしたんだろう?」
「国歌を歌う歌わないは完全に個人の自由なんだから、そんなことで、何か言うのはとても失礼なんだよ!」
「いや、何か言ったんじゃなくて、どうしたのかなと聞いただけよ」
「聞くだけでも駄目なの!どうしてなんて、理由を聞く必要も、理由を説明する必要もないの!」

ということで、長谷川氏は
「一番大事なことは歌いたくない人、敬意を表したくない人の権利を守ることだと思います。」
と述べていますが、私も同感です。

もちろん、歌いたい人、敬意を表したい人はそうすればよいと思います。
しかし、そのものに嫌悪を覚える人、不快を感じる人の存在は忘れてほしくありません。
理屈はちょっとタバコに似ているかもしれません。吸わない人、煙が苦手な人にとって、間近で喫煙されるのはとてもつらいことです。全面禁煙とは言わずとも、せめて分煙や、分煙できない場合・場所は禁煙する。そういうことと似ているかもしれません。

上記の記事について、よくあるパターンの反論的な感想が上がっています。
はてなブックマーク - 歌わない権利を守ること〜カナダ国歌についての思い出(長谷川澄)

・日本の場合は子供側じゃなくて教員側の問題だと思うのだが
・で、カナダには「国家を歌ってはいけない」と子供に教える教師はいるのかね。
・うん、子供の権利を守る必要がある。だから、子供に影響を与える教師が自分の個人的思想を大っぴらに喧伝することが批判されてるんですよ。

つまり、日本では(1)子どもの歌わない自由は守られているし、(2)教師が「歌わない」という個人的信条を主張してはいけないという批判です。
でも、私はいずれもおかしいところがあると思います。
(1)については、式典で生徒が着席したままでももちろん法的に処分することはできないでしょう。しかし現状の式典運営においては、「歌いたくない」「歌わない」と教師に伝え、式の練習中も座り続けることは、異端者のように見られるのではないでしょうか。あるいは、「私は日の丸が掲げられているのを見たくない」と言い、「それを取り払うか、せめて目に入らないようにしてほしい」と先生達に伝え、配慮してもらうことができるでしょうか。君が代については、周囲からは歌わない理由を問われ、説明し、それが「なるほど」と思われないと認めてもらいにくいのではないでしょうか。日の丸については、式の運営上日の丸を正面に掲げることは絶対に変更できないと拒否されるのではないでしょうか。そしてこの様な生徒は式典の正常な運営を妨害する厄介者のように思われないでしょうか。この様な状況のもとで、自らが異端者だと「カミングアウト」する道を敢えて選ぶためにはそれなりの勇気や強い気持ちが必要なのではないでしょうか。この状態では子どもは自由だと言えるのでしょうか。

(2)については、教師が特定の信条を主張することを認めないというならば、学校が「歌う」あるいは「歌わせる」という特定の信条を組織的に主張していることも容認すべきではないでしょう。
そもそも、「歌わない」という主張は「歌うことを禁じる」という主張ではなく、「歌わせる」あるいは「歌う場に同席させる」という働きかけに対して、「歌わなくてもよいのではないか」、「全員出席が求められる場所を皆が歌う場のようにしなくてもよいのではないか」という異議申し立てであるわけで、主張としては特定の行動を求める働きかけ(歌う)に比べると要求が弱いものです。
特定の信条を押しつけるべきではないというのであれば、本来は「歌っても歌わなくても構わない」であるべきで、その観点からは、歌わないと居心地が悪いような場を設定したり、そういうムードを醸し出したりすること自体も避けなければなりません。この立場からは、あたかもファミレスで何を食べるかを選ぶぐらいの気軽さで、歌うか歌わないかを選べる場を保障することこそが、あるべき式典運営だということになるはずです。
そしてまた、中立的でなければならないというのであれば、「歌うべきではない」とする見解について生徒によく考えさせる必要があります。日の丸君が代を嫌悪し不快に思う人がいること、なぜその人達はそう思うのかについても知らせ、そしてその上で自分はどうするかを考えてもらうべきでしょう。なぜならば、日の丸君が代があるのが当然であり、また少なくとも日本国民はそれらを尊重すべきだと思っている(信じている)人たちが大多数――マジョリティ――であり、その人達にとっては、この観念はことさらに理由を考える必要もない空気のように当たり前の「常識」のようになっているからです。
さらに、生徒に歌わない自由を保障するのであれば、教師にも自由を保障すべきではないでしょうか。先生達は斉唱が義務づけられていて全員が歌っているのに(しかも罰則付き)、生徒達は歌ったり歌わなかったり自由にしているというのは、ちょっと変な式典にならないでしょうか。やっぱり、生徒に対して「歌わなくてもいいよ」とか「別に起立とかしてもしなくてもいいから」みたいな場をちゃんと保障するのであれば、周りにいる先生達だって、全員がぐわっと一斉に起立して朗々と君が代を斉唱する……みたいな雰囲気よりも、熱唱する先生もいれば、そうでない先生もいる、というような状況の方が、生徒にも「あ、本当に自分の思うようにできるんだ」ということが伝わるし、式典の上でもしっくり来ると思うのですが。

**********

このほかに日本の卒業式での斉唱拒否については、公務員(従業員)は所属組織の職務命令に従わねばならないから、歌うと決まった場所で歌わないのは服務規律違反だ、ということが言われることもあります。今回はそれほど関係ない論点ですけれど。

**********

思いがけず長くなってしまいましたが、いろいろ考えてくると、
「そもそも、卒業式や入学式に、なんでここまでして日の丸君が代を出さなければならないんだ」
と思うのです。
そうでなくても、学校では国家の働きについていろいろと学ぶわけです。日常生活でも、祝日に日の丸を掲げる家はあちこちにあるし、国際的なスポーツ大会の中継では日の丸君が代に触れます。日の丸も君が代も、そうやって既に日常生活に浸透して、折に触れて出てくるわけです。
で、学校の入学式や卒業式は、その学校と自分たち(生徒や先生達)との関係にけじめを付ける式典であるわけで、学校の旗や歌は意義があるかもしれませんが、日の丸や君が代はあまり本筋ではありません。国家は全く無関係ではないので、まああっても悪くないかもしれません(私は嫌だし本当は置くべきではないと思いますけど)。でも、日の丸を見たくない、君が代を歌いたくないという人を「許さない」「処分する」という強硬手段に出てまで、守るほどに、式典に必要なものですかね。「そんなに嫌な人がいるのなら、まあいろいろややこしいことでもあるし、とりあえず外しておきましょうかね」ってしておくぐらいのものではないかと思うのですが。私からしてみると、「口が動いているかをチェックする」など、戯画的ですらあるほどに強硬な態度で日の丸君が代を卒業式や入学式に持ち込もうとするのか、その方が不思議なぐらいです。

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