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2014/05/07

知覧の特攻隊資料が世界記憶遺産に申請という件

記憶遺産への申請レース、国内で熱 作兵衛後、注目高まる [福岡県] - 西日本新聞2014年05月04日(最終更新 2014年05月04日 00時34分)

2015年の登録に向けて、国内選考の競争が過熱気味という記事。
ユネスコに申請できるのは、1国2件までだそうで、うち1件は国宝の京都府立総合資料館所蔵の東寺百合文書がたぶん入るだろうとのこと。
※「第7回ユネスコ記憶遺産選考委員会 議事要旨:文部科学省」によれば、昨年5月の時点で東寺百合文書の推薦は決定しています。

で、残り1枠を争っているのが、

▽知覧特攻遺書(南九州市)
▽シベリア抑留など日本人の引き揚げの記録(京都府舞鶴市)
▽全国水平社創立宣言と関係資料(奈良県の水平社博物館など)

なのだそう。
記憶遺産に登録されても、ユネスコなどからの補助などはないそうで、自力で保存に注力しないといけない。
でも、知名度が上がったり、見学者が増えたりするという効用はあるそうです。
田川市の炭鉱記録画については、

ただ、記憶遺産に登録されてもユネスコからの財政支援はなく、劣化する資料の保存費用が課題になる。田川市の場合、作兵衛の絵は国重要文化財でなく、国の財政支援もない。そこで、国の博物館支援事業などを活用しているという。「財源の問題はあるが、知名度が格段に上がったことが最大の成果」と市は強調する。作品を展示する市石炭・歴史博物館の来場者は10年の2万6241人から、登録された11年は14万9798人に急増。中国や韓国の観光客も訪れる。「世界遺産への関心はこんなに高いのかと驚いた」(市)
とのこと。

知覧の特攻隊遺書については、この記事では下記のような懸念が記されています。

■負の歴史、国際問題にも
 世界記憶遺産は「負の歴史」も含めた重要資料が対象となるため、内容次第では国際問題に発展しかねない要素もはらんでいる。南九州市が申請した特攻遺書には、中国や韓国が反発した。一方、複数国が共同申請することで友好関係をより深める場合もある。
 南九州市立知覧特攻平和会館は、特攻隊員の遺書を申請した理由について「戦争の愚かさや悲惨さを伝えるため」と強調する。ただ、中国と韓国は「軍国主義による歴史の美化」「世界平和を守るユネスコの趣旨に背く」などと反発。韓国政府は直後に、旧日本軍の従軍慰安婦の関連記録を申請する計画まで発表した。
 同館の担当者は「戦争を美化する意図はなく、右傾化の一部と取られるのは不本意」とし、「国内選考に政治判断が交じらなければいいが」と危惧する。
中国・韓国が反発するのは当然でしょう。地方の小都市には無理があるかもしれませんが、外交筋を通して事前に理解を得ていてもいいような話だと思います。西日本新聞は「韓国政府は……計画『まで』発表」と、韓国側がいかにも感情的反発をしているかのような書き方をしていますが、偏見があると思います。

この記事では、今回の申請に政治色はないという話が出ていますが、「政治判断」については、実は知覧の申請自体が政治がらみだとする記事もあります。ちょっと出所が怪しいですが……。

「特攻」が世界記憶遺産に⁉安倍ご執心、担当は籾井令嬢:FACTA online(2014年5月号 POLITICS [ポリティクス・インサイド])

安倍晋三首相の愛国心の過剰露出と、霞が関で話題なのが、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の記憶遺産への特攻隊資料の申請問題だ。首相から申請手続きに入るよう指示があったとされ、「集団的自衛権問題が佳境の折に雑音を増やすだけ」と自民党内からも懸念が上がっている。
……中略……
今年は部落解放運動団体の全国水平社の創立宣言などの資料と戦後に引き揚げ船が帰港した舞鶴の引揚資料館の資料が申請対象とされている。1カ国から3件以上の場合はユネスコ国内委員会が調整する。水平社に違和感を覚えた首相の「お友達」からの陳情があったとされる。
まあ、いかにもありそうな話ではあります。
ただ、申請が地元発のアイデアだったことを示唆する記事もあります。

(排除の理由:3)特攻、伝わらぬ実像:朝日新聞デジタル(2014年4月30日05時00分)
途中までしか読めませんが、全文を読むと載っています。

 特攻隊員を遠縁に持つ福島昂(たかし)さん(78)は「記憶が風化し、断片的なエピソードを切り張りした美化が広がっている」と心配する。「原点」と考える遺書は傷みが激しく、2011年、南九州市に、世界記憶遺産への登録を勧めた。市は翌年、準備会を設立。

ところで、この記事自体は特攻隊を語り継ぐ上での課題をよく示している良い記事だと思います。
平和会館の関係者の人たちもこれまで政治的・思想的な配慮にいろいろご苦労されてきたようですが、この申請を契機に、私も私も以前から懸念している問題が表面化してきているような気がします。
アドバイスを求めた有識者の一人からこう指摘された。
 「これまで平和会館が伝えてきた『物語』では、世界に誤解を与える」と。
 館内の語り部は、隊員が「命をかけて家族や祖国を守ろうとした」と話す。だが特攻隊員として、九州の別の基地にいた倉掛喜一(よしかず)さん(91)=福岡市=は「志願じゃない。強制ですよ」と訴える。隊員に選ばれ、失神する仲間たち。逃げだして憲兵に捕まり、自殺した人もいたという。「逃げても地獄、突っ込んでも地獄。これが特攻ですよ」
 有識者も海外から「美化」ととられぬよう、「当時の実態がわかる説明が不可欠だ」と訴え続けた。
 市の担当者は「何が『美化』なのかよくわからなかった」と振り返る。来館者は、涙を流して遺書を読んでいる。戦争を繰り返すなというメッセージは、伝わっているではないか――。
 市が運営する平和会館は「なるべく解説をしない展示」を心がけてきた。勝ち目はうすいと知っての無謀な作戦と強調すれば、「無意味な死なのか」と遺族や関係者が反発するかもしれない。右翼団体の街宣車が会館前に来て、構成員が軍服のような姿で行進したこともあった。実態に触れることは、極力避けてきた。
 市は有識者に「国内で政治問題になる。むずかしい」と答えた。会館の展示にも、記憶遺産の登録申請書にも、有識者の訴えは、反映されなかった。
 懸念は当たった。市が今年2月、ユネスコに登録申請すると、中国や韓国が「軍国主義の美化」などと反発した。
 英国BBCやエコノミスト誌、豪州のテレビ局なども批判的に報じた。
    ■   ■
 知覧を知る右翼団体「全日本愛国者団体会議」の矢野隆三議長(62)は「特攻隊員は究極の愛国者。その精神を海外は理解できない」と、記憶遺産への登録には否定的だ。一方で、「特攻は愚かな大将が始めた、二度と繰り返してはならない作戦。負の側面を隠す方がおかしい」とも話す。
 「海外の誤解を解きたい」。南九州市の霜出勘平(しもいでかんぺい)市長は、批判も覚悟のうえで、「若い隊員たちの苦悩や葛藤が伝わるよう展示を見直す」と語る。「志願」の強制も含めた当時の実態を知るには、生き残った元隊員への聞きとりが必要だが、高齢化で一刻を争う。
 「遺書だけ見ればわかってもらえる、という考えは通じないんですね……」
率直に言って、会館担当者も、市も、「解説をしない展示」どころか、特攻隊を扱うこと=政治的立場の表明であるということに、極めて無自覚であったと言わざるを得ません。長年にわたって無自覚であり得たのは、保守的な政治風土の中で、特攻の悲劇というストーリーが、戦後の愛国神話的にも国民=犠牲者とする反軍国主義の物語的にも回収されやすかったからです。史料の多義性を維持することは最も基本的なことではありますが、しかし「遺書」自体も筆者の背景やそれが書かれるまでの過程がある多義的なもので、単に実物に触れるだけでは届き得ない事柄が多く隠れています。「涙を流して遺書を読んでいる」だけでは表面をなぞっただけ、誤解しただけになる可能性が大きいのです。それ故、史料研究を行って背景事情の解説を付けることはとても大きな意味を持っているのです。学芸員という専門職が成立する根拠はここにあります。そして、この点を看過してしまうと、展示そのものが自分たちが持つ無意識の政治性にとらわれてしまいがちになります。上の記事で有識者が「美化」を懸念したこと、他国が反発したことはその無意識の政治性の表れです。しかし、残念ながら記事によると、市も会館も自らの政治性について自覚することはできなかったようです。

ところで、記憶遺産の話に戻すと、私は、遺書だけでは記憶遺産には十分ではないのではないかと感じます。
特攻隊という発想は、陸海合わせた旧軍全体に通底する思想でした。自己犠牲的な作戦自体は古今東西に例はあるでしょう。しかし、これが全軍的・組織的に実施されたことは、世界にもたぐいまれなことでしたし、それ故に、記憶遺産の価値はあると思います。
しかし、犠牲者の遺書にとどまらず、この発想、構想、企画、実施に至る全体像に迫るための資料であることが、必要だと思います。また、特攻の記憶は知覧だけのものではないので、他都市と連携しつつ、有人自爆作戦が大規模に実行されたことの世界史的意義を訴えていくことも、国際的な理解を得る上では大切だと思います。

平和会館の維持は大変ですけど、他の資料群と合わせて、後世の研究者にとって一級の価値を持つ史料群を残すという長期的・歴史的視座を持つことで、世界記憶遺産に値する普遍性を持てるのではないでしょうか。

1.参考2 ユネスコ記憶遺産概要:文部科学省
2.第二回推薦に当たっての選考基準:文部科学省

追記(2014年6月13日)**********
今回の記憶遺産にはシベリア抑留の記録が選ばれたとのことです。
記憶遺産:特攻隊員の遺書は落選。: 思いついたことをなんでも書いていくブログ


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