« 今回の台湾出張のメモ | トップページ | じわじわと浸透する朝鮮人差別 »

2014/06/10

東京では居住地での差別意識が強いの?

足立区への差別意識 - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

東京、と言うか関東圏で仕事をしていたとき、そして今も出張で東京に行って東京住まいの人たちと話をしていると、時々、上記のような感じで、「どこそこは……で、どうのこうの」という話を聞く。
大抵は、その土地やその土地の人をさげすんだり嘲ったりする文脈でそういう話が出てくる。

東京に住み始めたころは、とにかく、周りの人たちがどこに住んでいるかとかどこの出身だとかがずいぶん雑談の出自判定ネタみたいなジャンルになっていて、それで驚いた覚えがある。少なくとも自分の認識では地元でそういう話はほとんどしなかったので。

初めは県単位で、例えば茨城県は東北の田舎者の土地だみたいな言い方が主なのかと思っていた。けれど、後になって、東京都23区内でもなんだか土地ごとに細かい蔑視感覚がまとわりついているらしいことが分かった。区単位や駅単位でも、そういう「あそこに住んでいる人たちは……」という意識がほのかについて回るらしい。そして、そういうカジュアルでライトな差別感覚(一種のマイクロアグレッション?)に触れるたび、正直いつも居心地の悪いものを感じている。
これは某国に住んでいたとき、そこの人たちが似たような排外意識をカジュアルに語っているのに遭遇したり、外国の人たちと雑談していて、他民族への嫌悪を気軽に語られたりするときの居心地の悪さと似ている。外国の民族差別者に対面して、彼・彼女の発言にどう関わっていいのか困るというような。
やんわりと異を唱えると、彼・彼女はその土地がいかに呪われていてそこの住民がいかにろくでもない連中かを、あれこれ証拠を挙げて立証してくれようとするので、余計に困ってしまう。

だから決して関東圏(というか東京圏かな?)だけのことではないと思うのだけれど、どうしてこんなに土地がらみのカジュアルな蔑視が多いのだろうとは以前から疑問に思っている。


関連エントリ
思いついたことをなんでも書いていくブログ: 地域意識


« 今回の台湾出張のメモ | トップページ | じわじわと浸透する朝鮮人差別 »

地域意識」カテゴリの記事

コメント

まず1つ。
そのブログの文章(本文)は山梨県民によるもので、内容も「ヤンキー」嫌いらしき人物が「足立区民=ヤンキーだらけ」的妄想を前提として勝手にイメージを膨らませた挙句に、少数の事例(これとて本当にあったかの確認は不可能)ごときで足立区民66万人を乱暴にも一括りにしてるという乱暴極まりない内容に過ぎません。

2つめ。
コメントで最近新たに居住した風を装う自称・足立区民が、「地元民」を避けるだの「高卒ばかりでチャラついてるのが多い」だのと書いているが、これらの人物が足立区民である確証が何一つとしてない。実際に、ネット上の掲示板コンテンツやツイッターでは足立区蔑視発言を行った者が抗議を受けた途端に、後出しで足立区民や元足立区民を自称するケースに何度も何度も遭遇しています。

3つめ。
コメントにある「足立ナンバーの運転が~」云々なんていうのは典型ですが、足立区の行政範囲と、足立ナンバーの割り当てられる地域の範囲(台東区、江東区、墨田区、荒川区、足立区、葛飾区、江戸川区)との区別がついていないような、都民であるとすら到底思えない人間が、昨今のネットでの根拠無き足立区蔑視に乗じて、よくわからないままに、「娯楽」として蔑視しています。

4つめ。
上記のような事象を見た人たちが、実際の都民に「足立区への蔑視がある」などという行き過ぎた事実認定をすることで、大げさになったり、話がややこしくなったり、果ては「足立区民には何を言っても構わないんだ」などという感覚が生まれ、そこに居住している住民がいわれなき中傷を受けたりします。
実際に、当方はネット上で何故か関西(京都・大阪)の方から「足立区在住」を理由に(というか、それだけで)中傷を受けたことがあります。


とにかく、足立区民としてうんざりしているのです。
上記ブログに関しては、ブログ運営会社に対応を要請しましたし、行政にも連絡しました。
当方は差別差別と騒ぎ立てる団体や思想とは真逆に近い人間だと自負しているのですが、そんな私さえうんざりしているのです。
これを機会に、いろいろと考え、汲み取っていただければありがたいです。

投稿: | 2014/06/12 05:18

こんにちは。

地域で人を判断するのは差別の基本形ですから、当のカマヤン氏が明記しているように当該エントリは差別意識を開陳した点で疑いないもので、批判・抗議を受けるのは当然のことです。足立区や近隣の方が怒りを覚えるのも当然のことと思います。

本エントリで私が述べたかったのは、そうした地域蔑視がまさにジョークや雑談の「ネタ」として使われていること、「娯楽としての蔑視」への違和感でした。私が住み、仕事をしたのは茨城県と東京都の一部に限られますが、周囲の人たちがしばしばこうした「娯楽」に興じるのを身近に見て、その「娯楽」の頻度がずいぶん高いことに疑問を感じたわけです。

偏見は広まるものだというご指摘は重要ですね。ネットやいろいろな媒体を通して偏見がイメージとして定着し、どこそこの人というだけで色眼鏡で見てしまう。相手が中国人や朝鮮人だというだけで警戒する人などはその典型ですよね。こうした人々は、こうした「娯楽」が単なる冗談で悪気がないとか嫌悪には根拠があるとか言って、まるで悪気がないのですよね。その意味で本文では「一種のマイクロアグレッション?」と書きました。ですから、こうしたことに不快感や抗議を表明して、「あなたがしていることは差別なんですよ」と示してあげることはとても大切なことだと思います。

投稿: muttbob | 2014/06/12 12:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/83801/59792717

この記事へのトラックバック一覧です: 東京では居住地での差別意識が強いの?:

« 今回の台湾出張のメモ | トップページ | じわじわと浸透する朝鮮人差別 »