補助線と多面的な読み方
南京事件を「想像」する…松本清張「黒地の絵」を補助線に、南京事件発生75周年の日に - クッキーと紅茶と(南京事件研究ノート)
南京事件に当事者として立ちあっていない人間にとって重要なのは、南京事件をどのように「想像」するかだろう。体験していない出来事を自らにたぐり寄せるには、さまざまな補助線も必要になるだろう。戦争を知らない人間である私が戦争のことを考えるようになったのは、祖母や母の体験談、絵本、児童文学、マンガ、文芸作品、映画等々に触れたからでした。
ショッキングな描写に触れ、その後何度となく、登場人物たちの思考を想像しては、自分ならどうしただろう、どうなっただろうと空想したものです。
この空想は、我が身に引き寄せて考えることの難しさと大切さを同時に教えてくれたような気がします。
「補助線」であるからこそ、1本ではなく、何本でも必要になるのだと思います。
また、1本の補助線であっても、それをどう受け止めるかがとても大切だと思います。
「はだしのゲン」を粗暴で露悪的なマンガと見るか、戦争の愚かさと悲惨とを描いたマンガと見るか、逆境の中でたくましく生き抜こうとする生命への賛歌と見るか、それによって原爆の悲惨とそれをもたらしたものへの想像の内容は大きく変わってしまうでしょう。
作品の意義と限界とをしっかりと読み込む…味わう…多面的な態度と能力が必要だと感じます。
もちろん、価値中立や相対主義にこだわる両論併記的な読み方は論外として。「どっちもどっち」的な納得のさせ方は浅薄で有害なものでしかないのですから。
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