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2014/10/24

読書メモ:池内紀の「トーマス・マン日記」を読む 第24回 再度の亡命(「スクリプタ」No.33, autumn 2014, 紀伊國屋書店, pp.50-54)

毎号楽しみにしている池内紀の連載。今回はマッカーシズムに揺れるアメリカと、それに戸惑うトーマス・マンの心情が主題だった。

今号では、ナチスの全体主義に抵抗したマンたち「亡命者一家を快く受け入れ、あらゆる便宜をはかってくれた偉大なアメリカ」において、「これまで大口をたたくので目立つだけだった一保守政治家」、「扇動政治家」であるジョゼフ・マカーシーが一躍時の人になり、「密告と中傷を軸とする政策が、またたくまにアメリカ社会をひと色に染め上げていく」現実の中で、このアメリカに絶望し、チューリヒに再び亡命するまでの時期が取り上げられている。

そこで描かれたマッカーシズムについての記述を以下に抜粋する。(なお縦書きである原文の漢数字をアラビア数字に改めた。)
日本のほぼ2倍の人口を抱える巨大な国アメリカ、分権的で民主的な制度が確立していたアメリカにおいて、全国がヒステリーの渦に巻き込まれたという事実を思い出すことは、現今の日本の情勢を考える上でも意味があると思う。

「ライフ」は大判の写真誌で、創刊は1936年11月。……1930年代のアメリカで、あいついで写真雑誌が創刊された。テレビに先立つ第一期の映像時代の始まりであって、写真が強力な情報メディアとして登場した。……写真にとって劇的で象徴的なシーンこそ、もっとも「真実の表現」だった。おのずと情報の選択にあたっては事実以上にドラマが重んじられた。
「ライフ」では主として、どのようなドラマが選び取られたか? 世界の強国としてのアメリカ合衆国である。民主主義と摩天楼とポップコーンの国、人類の繁栄と平和のために神聖な使命をおびて地上につかわされた国。「ライフ」に一貫する楽天主義は、偉大なアメリカと美しいアメリカ人を伝えつづけた。豪華な写真誌の背後には、「アメリカの世紀」の伝説があり、晴れやかに星条旗がはためいていた。

……「赤狩り」旋風がすでに手がつけられないまでに吹き荒れていた。進歩派、リベラリストとされる人々が次々と召喚され、聴聞を受け、一方的に「売国奴」の烙印を捺されて告訴されていく。私生活に立ち入ってマスコミが大々的に報道した。それは1933年、ドイツでナチ党が権力の座につき、反ナチスの人々の糾弾をはじめた状況とそっくりだった。新しい権力に迎合するジャーナリズム、またそれにすり寄っていく知識人らの動向まで瓜二つ。

またマカーシーが委員長をつとめた上院「非米活動委員会」の聴聞は、ラジオで中継された。聴聞にあたって委員長は一方的に「反国家的、共産主義的陰謀」を仄めかし、否認されるとあやしげな証人を立てて逆襲した。相手の沈黙には嘲笑をあびせかけた。

……ユージン・ティリンジャー。……この前後から精力的にトーマス・マンの「親共産主義の暴露」を画策した。どのような背景なり裏取引があってのことかわからない。政治的混乱期にきっと現われる人間類型にあたり、新しい権力のお先棒をかついで利益集団にまじりこむ。ティリンジャーはマンのドイツ語講演を英語に移す際、巧みに訳しかえて、共産主義に対する「共感と尊敬」を浮き立たせた。必要となれば写真をコラージュして演出する。写真誌にはおてのものの手法である。

「原子力の詳細を同盟国ロシアに伝えた二人の科学者に恐ろしい死刑判決。判決理由が明かしているのはもはや健全な感覚がないという事実だ」(4月7日)
世に名高い「ローゼンバーグ夫妻事件」である。証拠がなく、技術者夫妻が否認しつづけたにもかかわらず、密告者の証言だけで死刑が宣告され、世界中から抗議が殺到したなかで刑が執行された。非米活動委員会によって人生を狂わされ、抹殺された人は、役人、外交官、ジャーナリスト、映画関係者などをとわず厖大な数にのぼる。……

なお「ローゼンバーグ夫妻事件」については、夫ジュリアスがスパイ活動をしていたのはほぼ事実だが、妻エセルについてはほとんど関与がなかったであろうこと、夫の有罪性は疑えないものの彼らの訴追と死刑判決には多くの問題点があると考えられることが下記の記事には論じられている。

ローゼンバーグ事件の元受刑者、半世紀以上前のスパイ行為認める 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News(2008年09月13日)
下記はこのAFP記事の元になったNYTの記事。
For First Time, Figure in Rosenberg Case Admits Spying for Soviets - NYTimes.com(September 11, 2008)


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