研究費と研究者雇用の生々しい話
ブックマーク的メモ
理系研究室・研究者の内情。
興味深かったのは、村田千葉大学准教授と塩見東京大学教授の話。
基本的に研究者としては成功した人たちの体験談で、まだ恵まれているはずなんだけど、中小零細企業の社長というか、家庭を犠牲にして経営を維持するのに汲々とするというか…。
その世界では常識なんでしょうけど、研究室を主宰して資金を確保してポスドクなどを雇って……という大変さが具体的に分かります。
社長業をやりたくて研究者になったんじゃない!という思いをしている人は多いでしょうね。
経済的観点からは科学者になるってのは労多くして益少なしという道ですな…。
追記(2014年10月6日)
似たような話題をたまたま見つけたのでメモ。
「ピペド」放置で滅びる日本のバイオ研究:日経ビジネスオンライン
榎木英介『嘘と絶望の生命科学』について、著者の榎木氏のインタビュー。書評はいくつか目にして、生物系の大変さは、そうなんだろうなあ…と思っていた。
STAP細胞事件の原因は構造的な問題で、そもそも現在の科学研究の体制が多大なムダと無数の犠牲を強いているという話で、それもそうだなあ、と納得。
で、一点だけ小さなことで。インタビュアーの発言が気になった。
「社会科学系でいえば経済学も、ほんの20年ぐらい前まで、日本の大学では社会主義系の経済学が主流だったようですけれども、ここ10年ぐらいで米国の学位を取る研究者が増えて、ずいぶん国際化されてきたと聞きます。」
えっと20年前って95年頃なんだけど…。そういうことがまあ言えたのは、どんなに頑張っても70年代までじゃないかなあ。
80年代ですら、「あのガッコ、マル経しかいないんだろ」とか半ば揶揄の言葉が良く聞かれたんですけど…。
ケイジンアンとか新古典派総合とか無視されてるし…。それに
「米国の学位を取る研究者が増えて、ずいぶん国際化されてきた」って、それは米国化というのでは…。
まあ、一般社会ではそういうふうに今も見られているんですね…。
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