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2015年1月の31件の記事

2015/01/31

どうしても原発を拡大したい政府

下は、経産省の意向が報道されていたのをクリップしておいた記事です。
原発の価格保証。: 思いついたことをなんでも書いていくブログ

今回は原子力委員会(正力松太郎氏が初代委員長だったアレ)でこんなことになるそうです。

東京新聞:「電力会社賠償に上限」 原子力委、法改正を検討:経済(TOKYO Web)(2015年1月28日 朝刊)

 国の原子力委員会は二十七日、原発事故時の被害者への賠償について定めた「原子力損害賠償法(原賠法)」の改正に向け、有識者による作業部会をつくり検討を始めることを決めた。政府は事故時の電力会社の責任範囲や賠償額に上限を設け、電力会社が将来にわたり原発事業を継続できる環境を整備する考え。
 しかし電力会社の免責範囲を拡大して国の関与を強めれば国民負担の拡大につながるだけに、議論は難航が予想される。
 これまでは副大臣会議で議論してきたが、関係省庁をまたぐ総合的な観点が必要として原子力委に協力を要請していた。
 阿部信泰委員長代理は会合で「最終的に国が手当てすることになれば、国民、納税者負担になる。一般国民の目線が反映されるべきだ」と強調、慎重に検討を進める考えを示した。
 作業部会は賠償や保険の専門家や学識経験者から人選し、近く設置する。市民団体の参加も検討する。現在千二百億円となっている保険金の支払い上限の引き上げも課題となる。
 現行制度は「異常に巨大な天災地変や社会的動乱」を除き、電力会社が過失の有無にかかわらず、無制限に賠償責任を負うよう定めている。福島第一原発事故で東京電力は免責規定が適用されず、自力で賠償責任を果たせなくなり、事実上国有化された。東電の賠償額はこれまでに五兆円を超えている。
この記事でちょっとよく分からないのが、
 これまでは副大臣会議で議論してきたが、関係省庁をまたぐ総合的な観点が必要として原子力委に協力を要請していた。
というところ。
副大臣会議で、「どんな人たち(例えばどこの省の副大臣かなど)が」、「どういう趣旨で」本件を議論していて、というところが分からないのと、「関係省庁をまたぐ総合的な観点が必要」ということの意味合い…趣旨…がよく分からない。

ともあれ、
「電力会社の責任範囲や賠償額に上限を設け」
「将来にわたり原発事業を継続できる環境を整備」
とのことで、国が原発の維持拡大にやる気満々なのがよく分かります。

ところで、一般には、

原発事故が引き起こした被害全体の大きさ > 賠償額の全体

になるわけです。人の暮らしそのものや精神的価値などの賠償できない被害もあるし、「これは対象外」と無慈悲に線引きされるものもありますから。

で、今回の案だと、

賠償額の全体 > 電力会社の負担

としようということなので、その差額は、記事にあるとおり国民負担になりますよね。

国民負担 = 賠償額の全体 - 電力会社の負担

で、この賠償は、原発事故の被害者、要するに国民自身(の一部)が対象であるわけですから、

国民が受け取る賠償額 = 国民負担 + 電力会社の負担

ということになって、結局、被害者たる国民が自分で被害を賠償するようなことになっているわけですね。
一般庶民が自動車事故を起こしたら、まあその責任の割合で被害額を支払いますよね。今回の場合、被害者が自分で自分に賠償するみたいな話になってます。
電力会社も、事故規模を抑える誘因がないですね。負担上限を超えてしまえば後は何をしても同じなわけですから。で、過酷事故ならどうせ上限を超えるに決まっています。いったんドカンとやっちまえば、後は知らん、と。現場は(真の意味で)必死でしょうけど、経営陣は事故の収拾より自己保身に意識が集中するでしょうね。

そりゃ、賠償を受け取る「国民」と負担する「国民」は別々だという話はありますけど、
1.「国民負担」は税等で拠出される以上、その税負担や、支出に伴う他の財政支出項目の削減等で、被害者たちも一定の負担を強いられること
2.結局この案は、被害を受けていない国民(原発事故に無責任の主体)から被害を受けた国民への財産の移し替えにしかなっていないこと
があるので、まあ国民内部での金銭的な移動を「賠償」と呼ぼうという話には変わりはないわけです。

行政や電力会社の「責任」って何なんでしょうね…。まあ行政は我々国民自身のサーバントにすぎないという話があるので、そうすると、自民党など原発推進勢力を与党に据えて好き放題させている我々の責任だということになるんですれども。

あっ、そうか、つまり、コストがかかる金食い虫で、過酷事故が起きると国土に破局をもたらす原発を選んだの国民なのだから、そのコストや苦しみは国民自身が負担すべきだということで、国は原発のリスクとコストを社会化しようとしているのかな。こうやって原発費用を内部化すれば国民の意思決定に原発リスクも反映されるだろうという、ピグー税の応用ですね、何という深謀遠慮。……とか。

ちなみに、
東電の4─12月期経常利益は20%増益、高効率火力が寄与 | ビジネスニュース | Reuters(2015年 01月 30日 18:51)
だそうですよ。
ただちょっと間違いやすいですが、経常利益が黒字であって、最終損益がどうかはこの記事には載っていません。原発がなければ黒字体質なんだ、東電。

[東京 30日 ロイター] - 東京電力が30日発表した2014年4─12月期の連結経常利益は前年同期比20%増の2270億円だった。最新鋭の天然ガス火力の稼働増による燃料費の削減が寄与した。

最大の費用項目である燃料費は4─12月期に前年同期から944億円削減。千葉県と茨城県のガス火力発電所で、「コンバインドサイクル」と呼ばれる高効率の発電設備が今年度から稼働開始する一方、割高な石油の燃料消費が大幅に減少したことが奏功した。

主燃料のLNG(液化天然ガス)の調達価格は、原油価格の変動が数カ月遅れで反映される。昨年秋以降の急激な原油安に伴う燃料費の低下は来年度以降に実現すると見込んでいる。

通期見通しは、経常利益が前年比2.2倍の2270億円、当期利益は同18.8%増の5210億円と、昨年12月に示した予想から変更はない。

東電は、福島第1原発事故の被害者に対する賠償金の支払いについて国から援助を受けており、原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて東電に支払われる賠償支援額を特別利益に、被害者に支払う損害賠償費を特別損失にそれぞれ計上し、両項目を相殺して当期損益に反映される。

今月22日時点で原賠支援機構から出た支援金の累計額は4兆6120億円に上る。

(浜田健太郎)

なんだ、「5兆円を超える」賠償額のうち、90%以上が国の援助なんじゃないか。もう既にやってました、国の負担。

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2015/01/30

個人情報とビッグデータ:原論文を見ないとよく分からないが原論文に当たる余裕もない。

クレジットカードの利用者特定、わずか4件の利用情報から 研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News(2015年01月30日 11:38 発信地:マイアミ/米国)

はてなブックマーク - クレジットカードの利用者特定、わずか4件の利用情報から 研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
こちらに原論文のリンクを貼ってくれている人がいる。

以前書いた記事
Tポイントと個人情報の記事
では、

つまり自分が誰かは知られていないが、それ以外の情報はほとんど知られている、という不思議な状況がここにあります。
という引用をして、
それって大阪城の外堀を埋められているような話で、あとは城攻めをするかしないかだけ、ほぼチェックメイト状態ということなのだろう。
と書いたのですけど、それよりも状況はもう少し厳しいのかもしれない、という話。

でも、記事の90%を特定したという辺り、不特定多数の人から一人を見つけ出すということではないようにも見えます。クレジットカードの利用履歴からその人のプロファイルを描けたとして、それをどうやってターゲットと照合したのだろうというのが分かりません。直感的には、カード情報とは異なる情報源で描き出した別のプロファイルの人物データが既にあって、それとクレジットカードからのプロファイルとをマッチさせたということのような気がします。
それなら、「個人を特定」という言葉のニュアンスとは少し違うような気もします。でも、上述の「外堀を埋める」ということが実際にできるというということであるような気もします。

【1月30日 AFP】クレジットカードの利用情報わずか4件から、カード利用者の大半の身元を特定できるとした研究論文が、29日の米科学誌サイエンス(Science)に掲載された。匿名化したビッグデータでさえも、個人のプライバシー侵害に悪用される恐れがあることを示唆する結果だという。

 米マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、MIT)のイブ・アレキサンダー・デモントジョイ(Yves-Alexandre de Montjoye)氏とデンマーク・オーフス大学(Aarhus University)の共同研究者らが率いるチームは、国名不明の先進工業国に住む110万人のクレジットカード記録3か月分のデータを詳細に分析した。

 その結果、ある日どこでコーヒーを買ったかや、新しいセーターや靴をどこで購入したかなどの情報4件から、90%の個人を一意に特定できた。

 このことは、誰かの身元を特定する場合に、クレジットカード利用情報が携帯電話の使用記録と同等に頼りになる手掛かりであることを意味していると論文は指摘する。

 さらに購入したものの価格が判明すると再識別リスクが22%高くなる恐れがあるという。

 論文は「一部、または全部の側面において精度の粗い情報を提供するデータセットでさえも、匿名性はほとんど実現できない」と述べている。

 特定の店名ではなく、買い物が行われた大まかな地域などの一部の明細情報がカードから抜き取られた場合や、対象となる時間範囲を1日から15日間に拡大した場合でも、「ほんの数個のデータ点を追加する」ことで再識別される可能性があると論文は説明する。割合としては「クレジットカードのメタデータでは、男性より女性の方が再識別されやすい」という。

 また所得が高い人ほど、身元を特定されやすかった。理由はおそらく、高所得の人々は「店舗を訪れる時間の振り分けに特有のパターンがある」からだろうと論文は推測している。

 研究チームは、匿名化されただけのデータを保護するために、より高度な技術が必要と呼び掛けた。(c)AFP

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外国人労働者問題:とりあえずクリップ。

外国人実習生の人権侵害対策を強化 NHKニュース(1月30日 10時31分)

日本で働きながら技術を学ぶ「外国人技能実習制度」の見直しを進めている政府の有識者懇談会は、賃金の未払いなど実習生に対する人権侵害が相次いでいるとして、実習生を受け入れる団体を指導監督する新たな機関を設けるなど、対策を強化することを盛り込んだ報告書をまとめました。

「外国人技能実習制度」は、外国人が日本で働きながら技術を学ぶ制度で、発展途上国の人材育成を主な目的としていますが、企業が実習生のパスポートを取り上げ賃金を払わなかったり、違法な長時間労働をさせたりする人権侵害が相次いでいます。
法務省と厚生労働省が作った政府の有識者懇談会がまとめた報告書では、国際貢献を目的とする制度の趣旨を徹底する必要があるとして、対策を強化することが盛り込まれました。
国が所管する新たな機関を設置し、実習生を受け入れる団体を指導監督するほか、罰則も新たに設けるべきだとしています。
さらに、実習生のための通報窓口や一時的に逃げ込める施設も必要だとしています。
一方、優良な団体や企業については現在、最長で3年の実習期間を5年に延長することが盛り込まれました。
法務省や厚生労働省は、この報告書を基に新たな法案を作って今の通常国会に提出し、来年度中に制度を見直したいとしています。

今でも一応監督というかねえ…それらしい機関はあるんだよね…建前的には。
屋上屋を重ねることにならないかねえ。そうでなくてもJITCOが無能だと言ってるのに等しいのではないですかね。
まあはっきり言って監督機関(ていうか国。例えば労基署)の人員を増やして権限強化と罰則強化しないとどうにもならないでしょうね。
低賃金の奴隷を雇えないと業界がつぶれるとか言う向きもあるわけですが、率直に言えば、なら潰れろとしか思いませんね。

で、一見人権保護の面で改善方向のように見える上記のニュースですが、下記の動きと抱き合わせです。

人手不足の介護 外国人受け入れ拡大へ NHKニュース(1月26日 18時43分)

介護の現場で深刻な人手不足が続くなか、厚生労働省は日本で働きながら技術を学んでもらう「外国人技能実習制度」に介護の分野を追加するなど、外国人の受け入れを拡大する方針を決めました。

26日は、厚生労働省の検討会が開かれ、発展途上国の外国人に日本で働きながら技術を学んでもらう「外国人技能実習制度」に介護の分野を追加することや、大学や専門学校などで介護福祉士の資格を取得した留学生を対象に新たな在留資格を設け介護現場で働くことを認めるとする報告書をまとめました。
介護の現場では深刻な人手不足が続き、団塊の世代がすべて75歳以上になる2025年には全国でおよそ30万人の介護職員が不足すると推計されています。
外国人の受け入れを巡っては積極的に進めるべきだといった意見がある一方で、実習生を支援する団体などからは農業や製造業などの分野で賃金の未払いなどの不正が相次いでいるため慎重に検討すべきだといった声も上がっていました。
このため、厚生労働省などは実習生を受け入れる団体を指導、監督する新たな機関を設けるほか、サービス分野では初めての受け入れとなる介護の実習生については一定の日本語能力を要件にし、受け入れる場所は施設に限定するなどとしています。
厚生労働省は、今後、法務省と協議を進め、さ来年度・平成28年度中に新たな制度での受け入れを始めたいとしています。

受け入れ拡大 現場の声は

厚生労働省が介護の現場で外国人の受け入れを拡大していく方針を決めたことについて、介護の現場では歓迎する声が聞かれた一方で質の低下につながりかねないといった懸念の声も出ています。
介護福祉士を養成する都内の専門学校では中国や韓国、インドネシアなどから留学生を受け入れ、これまでに12人が卒業しました。せっかく資格を取得しても介護職員として日本で働くことは認められていないため、母国に戻るか、通訳などほかの仕事に就くしかありませんでした。
おととし、韓国からやってきた留学生のキムさんは卒業後は韓国に戻るつもりでしたが、制度が変わるのであれば、日本に残り介護現場で働きたいと考えています。
キムさんは「介護技術が進んでいる日本で体系的に学び経験を日本の現場で生かしたい」と話していました。
専門学校で教務主任を務める白井孝子さんは「日本で就労できることになれば介護の分野で学ぶ留学生が増えるのではないか」と期待を寄せています。
一方、これまで農業や製造業などの分野で80万人余りの実習生を受け入れてきた「外国人技能実習制度」では、不正が相次いでいることから、介護の分野の追加には懸念の声も上がっています。
北陸地方の縫製工場で去年6月まで実習生として働いていた20代の中国人の女性は、制度では認められていない内職をさせられていたといいます。
仕事が終わったあと、毎日2時間程度働かされていましたが、賃金は決められた残業代を大幅に下回り、その内訳も明らかにされなかったということです。
元実習生の女性は「内職の報酬は教えてもらえず働きづめで自由もなかった」と話していました。
専門家は人手不足が深刻な介護分野での外国人の受け入れは必要だとしたうえで、賃金やサービスの質の低下を招きかねないと懸念しています。
介護の問題に詳しい淑徳大学の結城康博教授は「質の低いレベルで外国人を入れてしまうと、結局は日本人のなり手がいなくなり中長期的に見ると、介護の人手不足を加速化させてしまうことになりかねないので、外国人の受け入れについて一定の質を担保するシステムが必要不可欠だ」と話しています。

結城先生のコメントの「外国人の受け入れの質を担保」という意味がちょっとよく分からないんですね。労働条件を改善して他業種並みにすべきだという意味で釘を刺しているのか、単に介護人材の質を維持すればよいということなのか。私は労働問題にタッチしないで介護人材の質を維持することは無理だと思っているのですが。人手不足は根本的には介護報酬などが低すぎることや他の業種に比べて労働条件が悪いことが原因であるわけで、そこを正さずに劣悪な労働条件に甘んじる人を外から入れるという調整を続けるかぎり、介護業界が「日本人のなり手がいなくなる」状況は変わらないでしょうね。
それにしても30万人もの介護人材不足を外国人で補填することは非現実的でしょうし、今のように安定して働き続けられない状況を放置したままだと、介護業界を退出する外国人労働者が後を絶たず、それでビザ更新が困難だとなれば、不法就労と不法滞在を余儀なくされて、日本の外国人への人権保護は80年代から進歩がないということになるでしょう。外国人も人間である以上、たった一度かぎりの人生を生きていて、ライフプランやキャリア形成を真剣に考えているのだということをよく踏まえなければならないと思います。

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おもしろ哀しい大阪の笑い話、さすがに中止になる。

おもしろおかしいのにどこか哀しいというのは浪速の人情噺の醍醐味ですが、こっちの「おもしろ哀しい」はその方向性が違います。

道頓堀プール計画、中止に 資金繰りや調整難航:朝日新聞デジタル(2015年1月30日06時36分)
とうとうさすがに誰か決断できたわけですねえ。

何とはなしに集まって、お祭りみたいに盛り上げて、誰がお金を出すのやら、誰が責任を取るのやら、皆目見当も付かぬまま、お偉いさんの思いつき、鶴の一声逆らえず、みんなアカンと思いつつ、さりとて何も言い出せず、外ではアホかと腐しつつ、内ではもみ手でお追従、これぞ浪速の心意気

って感じで(何となく七五調になってしまった)、最近の大阪の情けなさを前面に出したようなイベント、もはや止めることはできないのだろうなあ…と思っていたら、何人か、頑張った人がいたんでしょう。偉いですね。最後に「止めます」と提案して、それを全体の合意にした人たちも偉い。まあ、「もっと早く決めておけ、ていうか、そもそもこんな企画に乗るな」と言いたい人は山ほどいるでしょうけど。

……本当は、大阪市が河川専有を不許可にしてくれたおかげなんでしょうけどね。

当初案では「年間100万人の来場で約33億円の収入」をもくろんでいたんですって。おじいちゃんの妄想だよね。こんな提案、その辺のコンサルやイベンター、広告会社にはできません、後が怖すぎて。
しかしこの段階でなぜ止められなかったんだ…。火災は初期消火が大切だってあれほど教わったじゃないか、小学校の避難訓練で…。

「地元商店主らが1400万円を出資し、準備会社を設立」
義理と人情で断り切れなかった人たちも多数いたんだろうなあ…と、この辺りも涙するところですね。

で、2000メートル→800メートル→80メートルへどんどん縮小。
この辺も、何とか現実に近づけようとする作業者の苦労がうかがわれて味わいがありましたよね。で、ついに中止決定。ふー。

いやまあ、やむを得ず関わって来られたスタッフのみなさまお疲れ様でした。ノドに刺さっていた骨が取れたような気持ちになったのではないでしょうか。「何でや!ちゃんとやれや!」とかいう困ったオジサンが現れないことを祈ります。

参考:道頓堀プール計画の問題点まとめ - Togetterまとめ
大まかな流れがわかり、いろいろ切なさが伝わってきます。

しかし最近こういうおもしろ哀しい案件が散見されるようになりましたね。阿久根市や武雄市など比較的小規模なところだと、そういうこともあるかもな、と思いますが、百万人規模の大都市なのに、見た瞬間に「うわっこれアカン奴や」ってなる企画をやってしまうというのが、大阪の大阪たるゆえんですねえ……。

 大阪・ミナミの道頓堀に巨大なプールをつくる計画が中止になった。資金繰りや地元との調整が難航し、計画を進めていた準備会社側が29日、出資者に断念する意向を表明。この夏に全長800メートルのプールを設ける構想は幻に終わった。

 巨大プールの計画は、作家で大阪府市特別顧問の堺屋太一氏が発案。「年間100万人の来場で約33億円の収入を見込む」とし、道頓堀が完成して400年となる今年の夏の開業を目指していた。

 道頓堀川に特殊な布を浮かべて800メートルのプールにする計画で、2013年4月に地元商店主らが1400万円を出資し、準備会社を設立。だが、約30億円の資金集めは難航し、長期間にわたって営業するために必要な運営会社の主体企業も見つからなかった。

 昨年秋には、長さを80メートルに短縮し、8月の約20日間の期間限定で実施する方針に転換。それでも期間中に運航できなくなる観光船業者との調整がつかず、大阪市は今月、準備会社が提出した河川の占用許可申請を「不許可」としていた。

 準備会社は29日、出資者向けの説明会を開催。その場で計画中止の方針を伝えた。今後は道頓堀の完成400年を記念する別のイベントの開催を検討するという。(太田成美)

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2015/01/28

ピースおおさかの展示問題の新聞記事。時間がないのでとりあえずクリップだけ。

ピースおおさか、消える「侵略」表現 4月再開の展示案:朝日新聞デジタル(2015年1月28日05時31分)
以前は、わりと意欲的だと評価されていて、大阪の市民活動の蓄積を想像させられるような、何かそんな話をときどき聞いたものでしたが、橋下氏がずいぶん目の敵のようにして(文楽などもその一つでした)、展示に厳しく圧力をかけたわけですよね。その結果に関するニュースのようです。

 全面改修のために休館中の大阪市中央区の平和博物館「大阪国際平和センター」(ピースおおさか)が、4月の再オープン後の新たな展示の最終案をまとめた。日本軍による捕虜虐待などの展示を取りやめるほか、日中戦争などの説明では改修前に使っていた「侵略」という言葉がなくなっている。

 案では「大阪空襲と人々の生活」「15年戦争(満州事変~日中戦争~太平洋戦争)」「平和の希求」の三つの展示室を六つのゾーンに再構成。大阪大空襲の被災や戦時下の大阪の暮らしの展示を拡充する。

 特に一部の大阪府議・市議から「自虐的」と批判があった「15年戦争」は、ゾーンの一つ「世界中が戦争をしていた時代」に衣替え。「中国大陸への侵略」「東南アジア諸国の受難」などの表題の説明パネルや日本軍の加害行為に関する写真、資料数十点の展示は取りやめる。

 代わりに日清・日露戦争から敗戦に至るまでの経緯を動画で紹介。ナレーションでは、1937年に始まった日中戦争での中国側の被害について「侵略」との言葉を使わず、「日本軍による南京事件、重慶爆撃では多数の住民が犠牲となった」と説明する。一方、開戦直後、北京近郊で日本人居留民らが犠牲になった「通州事件」など中国側による日本人民間人の被害について新たに触れる。

 朝鮮の植民地化についても改修前の展示はすべて取りやめ、動画のナレーションで「朝鮮では日本統治に対する抵抗運動が拡大する中、植民地化を進めた」「(戦争中)動員され、厳しい労働条件下で働かされた」とのみ紹介。「戦地・占領地で性的苦役を強いた」と説明していた慰安婦については、触れない。

 一方、大阪大空襲の展示について当初計画では、子どもたちが中に入って振動などを体験する大型防空壕(ごう)(複製)の設置を予定していたが、「防空壕(ごう)が命を救ったという誤解を与える」との空襲体験者からの批判を受けて改める。

 最終案は今後、専門家による監修委員会が表現の細部を検討し、正式決定する。岡田重信館長は「最終案についてはコメントできない。現段階では、展示内容は確定しておらず、今後も監修委員会に精査を続けてもらう」と話している。

 〈ピースおおさか〉 戦争の悲惨さを次世代に伝え、平和の尊さを訴えることを目的に大阪府・市が1991年に開設。設置理念で「中国をはじめアジア・太平洋地域の人々、また植民地下の朝鮮・台湾の人々にも多大の危害を与えたことを、私たちは忘れません」と掲げ、戦争の被害と加害の両面を展示する全国でも珍しい公的施設として知られたが、全面改修のために昨年9月から休館中。一部の府議や市議が「自虐的」などと批判していた加害行為の展示を大幅縮小し、戦時下の大阪の暮らしや大阪大空襲の被災などを展示の柱として4月に再オープンする。

日本の戦争責任問題に触れることは、日本の社会が培ってきた大切な成果であり一つの到達点でもあったわけです。それを損なうことは、私たち日本の社会に生きる人間にとって、大きな損失だと思うのです。
敗戦をどう捉えるかというのは戦後の日本社会の大きな悩みであって、長い長い議論や葛藤や、歴史の発掘や、の蓄積があり、徐々に徐々に「加害者としての我々、私自身」に向き合えるようになって来たという経緯があるわけです。それは、まだ不十分ですけれども市民の意識の成熟を示すものでもありますし、「人権」や「共生」という抽象的な価値を現実にする場面で現れる様々なややこしいことを前向きに受け止めようとする度量の深さにもつながっているものだと思うわけです。
だから、戦争の加害展示を減らす・なくすことは、それ自体が誤りであるということ以上に、もったいないと思います。我々が何十年もかけて築いてきた宝物を投げ捨てられるような、そんな悲しさを感じます。

防空壕、実は役に立たず? 大阪大空襲、展示巡り議論:朝日新聞デジタル(2014年3月13日17時27分)

 戦時下の日本には、数多くの防空壕(ごう)があった。空襲への身近な備えだった一方で、頑丈とはいえない造りのものも少なくなかった。一晩で少なくとも4千人が犠牲になった大阪大空襲から13日で69年。市民が「命綱」とした防空壕の実態をどのように伝えていけばいいのか、という議論が続いている。

 平和博物館「大阪国際平和センター」(愛称・ピースおおさか、大阪市)の中に、防空壕の原寸模型がある。戦時中、国の指導で民家の玄関の土間や床下を掘って造られたとされるものを再現し、1991年の開館時から展示されている。

 ピースおおさかの入館者の7割は小中学生。空襲の記憶を伝える模型を真剣に見つめる児童や生徒は少なくない。さらに手前に置かれた説明文を読むと、表情は深刻さを増す。《この壕の中に避難することはかえって危険で、多くの人がその中で煙にまかれたり、むし焼きになって死んだ》

 防空壕の実態を表しているが、戦後70年の来年に向けたリニューアルで様変わりする可能性が出ている。

 ピースおおさかに共同出資する大阪府と大阪市の議会などに示された計画によると、子どもが中に入れる立体的な防空壕の模型をつくり、音響や照明装置で空襲の音や振動を再現する。「触れる、体感できる」展示に変える方針で、1千万円の費用をかけるという。構想したのは橋爪紳也・大阪府立大21世紀科学研究機構特別教授(建築史)ら4人の専門家委員だ。

 この計画に異論を唱えたのが空襲被災者らだった。1月に大阪市内であった研究会で、大阪大空襲の体験を語る会の久保三也子代表(84)は「当時の防空壕の大半は貧弱で役立たなかった。『防空壕に入って耐えれば助かる』と子どもに誤解を与える」と語った。

 大阪戦災傷害者・遺族の会で会長を務める伊賀孝子さん(82)も複雑な思いをめぐらす。

 大阪市浪速区で暮らしていた45年3月13日深夜、大空襲に見舞われた。自宅の床下を掘り下げた防空壕に隠れたが、大量の焼夷(しょうい)弾が投下された。火に包まれようとした自宅を出た直後、母は焼夷弾が胸に当たって死亡、弟は炎に包まれて3日後に亡くなった。伊賀さんも大やけどをした。

 国の言う通りに家屋内に造った防空壕に入り、自分たちのように逃げ遅れた人がたくさんいたかもしれない――。そう思う伊賀さんは「爆弾の音や振動ではなく、被災者の体験に即した展示を通じて若い世代に伝えていくことが必要ではないでしょうか」と話す。

■大半は貧弱、多数が犠牲に

 防空壕は日中戦争のさなかの39年、建築雑誌に登場した。爆弾や焼夷弾に耐えられる頑丈なイメージで、鉄やセメントで造ることが想定されていた。

 ところが、資材が不足することを見越した内務省は42年に「防空壕構築指導要領」を変え、①防空壕ではなく待避所と呼ぶ②原則として家屋の床下に簡易な穴を掘って設置する③長時間とどまらず、焼夷弾が落ちてきたら迅速に外に出て消火にあたる――と定めた。

 大阪大空襲の死没者名簿の編纂(へんさん)にかかわった神戸大の地域連携研究員・佐々木和子さん(61)が空襲被災者の手記を調べたところ、周辺の家屋が炎上して待避所内で窒息したり、直撃した爆弾で押しつぶされたりしたケースが多くあったことが分かったという。

 佐々木さんは「防空壕は命を守れるシェルターではなく、一時的に身を隠す場所に過ぎなかった」。複数の子どもたちが中に入って音や振動をやり過ごす「体験型防空壕」では、誤った歴史を伝えてしまうことになる、と懸念する。

 だが、体験型防空壕を展示する施設は少なくない。10人の子どもが入れる大型の防空壕を復元展示する埼玉県平和資料館。焼夷弾を投下する音が響き、炎が連想される赤い明かりがつく仕組みで、資料館側は「社会科授業で活用する目玉施設」と説明する。

 東京都千代田区の昭和館は2009年のリニューアルに合わせ、常設展示室「銃後の備えと空襲」に防空壕の体験施設を設置。来館者2人が向かい合わせに座ると、空襲警報のサイレンや爆弾の音が響き、いすが振動する。一方で、防空壕に関する説明文には「一時的に爆弾片や爆風を避けるものだった」「実際の効果は疑問で、中で多くの人々が亡くなったといわれている」と書いている。

 今後、ピースおおさかのリニューアルをめぐる議論はどう進むのか。担当者は「体験者の貴重な意見を参考にする」としつつ、「現時点で体験型の展示を中心とする計画を変える予定はない」としている。(武田肇)

■笠原一人・京都工芸繊維大大学院助教(建築史・記憶表現論)の話

 子どもが音や振動、映像を通して空襲と防空壕を体験的に学ぶ効果は大きい。ただし、それが全てだととらえられないように、実態の一部を切り取った「見本」と明示することが必要だ。施設内で空襲や防空壕の実態を正確に再現するのは難しく、見せ物のような演出に陥る危険性もある。まずは「展示を通して何を伝えたいのか」を明確にすることが大切だ。

音と振動の出る体験展示ですか……。私も1000万円もかけて作るような施設じゃないと思いますけどねえ。どうせやるなら電熱線で蒸し焼きにするとか、焼夷弾が突き抜けてくる代わりに上から土のうの土が降ってくるとか、たまらず逃げようとしたら「防火義務違反で有罪になる」とアナウンスされるような仕掛けにしたらどうでしょうか。被災体験がアミューズメントになってしまうとイヤなので。

都市圏での防空壕と田舎の防空壕とはかなり違っていたのかもしれませんが、鹿児島には防空壕の穴がまだたくさん残っています。でもそのほとんどが放置され、崩落の危険があり、立ち入り禁止になっていて、顧みられることがありません。埋められてしまい、忘れられてしまったものもたくさんあります。大変残念で、ときどきその地域の人たちと話をするのですが、しかし維持管理も大変だし、教育的価値があると言っても万一子供達が事故に遭うと危ないからということでほぼ相手にされません。
池や川、山も同じように「子どもに危険だから」という理由で封鎖するように皆さんよく言われ、代わりに「公園がほしい」とおっしゃるのですが、それこそ自治体にとっては土地代や造成費用や管理費用などのことになるし、自分たちで公園を作ろうという話になるわけでもなし、何だか割り切れない気持ちになります。……そもそも子供もほとんどいないんですけどね。

●上記記事にリンクしてあった以前の朝日新聞記事(リンク切れなのでタイトルだけ)
・旧日本軍の行為展示、大幅縮小案 大阪の平和博物館(13/9/10)
・消える「加害展示」〈考 民主主義はいま〉(13/6/7)

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2015/01/25

池内恵氏の論評への批判を2つ読んだ粗い感想のメモ。

村野瀬玲奈の秘書課広報室 中東情勢、イスラム国日本人人質事件をめぐる、イスラム専門家であるという池内恵氏への批判三つ (メモ)

というわけで、三つとも読んだ。泥氏の批判は既読だったので、ここでは感想は書かない。あと二つについて感想をメモ。

(1)臼杵陽「日米における中東イスラーム研究の「危機」」『地域研究』7巻1号、2005年

読んだ。結構しんどかった。しかし、「地域研究」というところで一定の重なりがある分、問題意識を共有する部分もあった。それは「地域」の切り取り方、アプローチの仕方について、自らの問題意識と認知バイアス、そして対象への関与から逃れられないというところである。この点、地域経済学者や経済地理学者など経済学を知的背景と自認する人間は、いささかルーズな、別の観点からすれば、傲慢かつ小狡い態度を取りがちなように思える。
もう一つ、「(ネオ)オリエンタリズム」型のキャンパス・ウォッチを取り上げた箇所で、国の政策形成への支援と関与を志向するタイプの研究活動への批判が展開されているが、そこもまた問題意識を共有する部分で、「役に立つ」研究の政治的偏向への無頓着さと無邪気な中立信仰には常々危うさを感じていたところだった。政策当事者たちとの協力関係が深まって行くにつれ、お互いが持つ言語化がまだ十分できないような曖昧で漠然とした空気的な状況認識について共有が進んでいく。そしてある種の利益共同体が生まれていき、研究者は次第に政策当事者たちの欲望をきれいな言葉に置き換えて代弁し、それに正統性を与える役割を担うようになる。そしてアイデアがもっともらしく仕立てられると、それを土台にした「事実」と「問題」の認識とがさらに強化されていく。こういうサイクルは、ごく矮小なところでしかないが、自分も何度も経験したし、似た現象は例えば中小企業政策や地域産業向けの支援策などの変遷を見ればいくらでも見つけることができる。

本論文が「むすびに代えて」で述べている池内氏を例に取った「ネオ・オリエンタリズム的潮流」への批判について、私は池内氏の論説を直接論評する能力を持たないので、臼杵氏の池内批判をここでどうこう言うことはできない。ただ、臼杵氏が引くパイプスの言、
「私はイスラームという宗教に対して、賞賛するのでもなければ、攻撃するのでもなく、ただ探求という精神の下で、中立的なかたちでアプローチする。私は自分を…(中略)…この問題の学徒にすぎないと思っている」
という箇所に現れる「中立性」への無邪気な信仰と、臼杵氏が指摘するパイプスの愛国主義的偏向、そしてパイプスらと池内氏との類似性の指摘とを、興味深く感じている。なぜなら、私が池内氏のブログ?に目を通したときに、臼杵氏の指摘と同じような印象を持ったからである。

(2)マイケル・ジャクソンの思想 【東大話法の見本】池内恵東京大学准教授「「イスラーム国」による日本人人質殺害予告について:メディアの皆様へ」という記事について

読みながらニヤニヤしてしまったのだが、感想は措いておいて、なるほどと思ったところを抜粋しておく。

ISISをたたきつぶせば、何が起きるかというと、更なる無秩序が起きる。というより、ISISは、まさに無秩序そのものを栄養にして成長する怪物のようなものだ。無秩序を拡大すれば、ますます成長するのかもしれない。そういう極めて厄介な相手であると考えるべきだ、と私は思う。

今、必要とされていることは、秩序の再生だ。それは、外部からの強権によって実現できるものではない。その地域の人々の間に、暴力を超える力が生成されなければ、決してできないことなのだ。一体、どうやったらそんなことができるのか、私にもまったくわからないが、そのような極めて難しい問題に直面しているのだ、と私は考える。少なくとも、暴力を行使し続ける限り、無秩序は拡大していく。

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2015/01/24

とりあえずブクマ:もやしの話

「もやし」を日本中に広めたのは戦争だった|食の安全|JBpress
「もやし」が一大事!悲鳴をあげる生産者|食の安全|JBpress

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2015/01/23

「大学改革」も大変だよなあ…という感想

「大学改革」が見ていないものは何か - 日比嘉高研究室

お説ごもっともで正論なのだけど、「大学改革」を推進する人たちには届かないかなあ…と。
なぜなら、これらの指摘はずっと昔から「大学改革」批判の論点として指摘されてきた点であって、しかもそれらは「大学改革」を進める中ではあまり十分顧みられてこなかったものばかりのように思うからだ。
(政策化のプロセスでは同種の議論はあっただろうが、しかしそれが改革の方向性を左右するほどの影響は及ぼさなかっただろうということ。)

事務職の人たちの様子やそこからの指示、要請を見ると、教員の仕事ぶりをいかに管理してつじつまを合わせるかが最大の苦労のように見えるし、中教審の答申などを見てもどうやって教員を働かせるかという意識が基層にあるように感じる。そこから鑑みて、こうした正論がなぜ顧みられてきていないかというと、私の印象では、おおよそ以下のような気分があるのではないかと想像する。

1.「改革」に反対する抵抗勢力、守旧派の教員たちが既得権益を守るためにする議論だ。十年一日のごとく何も変えずマイペースで「研究(笑)」をだらだらと行ってろくに論文も出さず、1コマの増担も学生のケアも授業改善も嫌がり、学務と称して適当に委員会に出ては思いつきを好き放題にしゃべり散らして責任は取ろうとせず、そのくせ給与や研究費には文句たらたらで、自分より薄給で実務を支えている職員に対しては教員様を敬えと威張り散らす、そんな連中が、「研究」とやらのありがたさを金科玉条のごとく押し頂けと言うわがままにすぎない。
2.これらの指摘や議論は、大学を改善するための力になり得ない。永遠に百家争鳴で結論の出ない議論を続けるだけで、いつまで待っても大学改革への動きにつながることなどはない。つまり大学運営を変革しようという場面においては無意味な議論でしかない。
3.数値化への危惧を表明する議論が示す通り、正に数値化できない価値を強調する議論であるが故に、政策評価の対象にしづらい。逆に言えば、政府や国会を説得可能な基準や価値判断の方法を提示してくれればこの議論にも乗れるが、ただ数値化の危険性を批判されるだけでは政策化プロセスに乗せようがない。
4.いつまで経っても大学も教員も自分から変わろうとしない以上、多少無理筋でも外圧をかけて動かすしかない。「先生」方は議論するのが仕事なので、いつまででも好きに議論していればいいかもしれないが、大学への風当たりは強く、経営環境も年々厳しくなっている中で、実務者としては到底そんな悠長な議論を待っていられない。
5.教員に経営や運営への関与をお願いすると大抵嫌がられるし、教員は教育研究の専門家であり、本来業務に専念してもらう方がいいということもあるから、運営管理はこちらで決め、その大枠に沿って自分の研究内容を調整してもらえばいい。要するに、先生方の意見は現場の多様な意見の一つとして参考にはするが、他の事情もあるのでそれ以上のものにはできない。

こうしたもののなかで一番根深いのは、
お前たちだって大学の当事者のはずなのに、何評論家ぶって能書きばかり垂れてるんだよ。文句があるなら汗をかいて他の教員たちを動かしてお前の大学を変えてみろよ。主体性も責任も引き受けようともしない連中のご高説なんかに何の意味があるっていうんだ。
みたいな反感や、
じゃあ何?あなたのお説に基づけば我々は具体的に何をどうしたらいいの?何か実務レベルまで砕いて実施可能な「改革」案とかできるの?それ文科省が全国の大学に下ろせる程度の普遍性・共通性を担保できるの?(冷笑)
みたいな軽蔑
ではないかなあ、と想像する。

*************
実際、「国の『大学改革』に振り回されてろくでもない状況に追い込まれる前に自分たちでウチの大学を変えよう」とかっていう話が出ると、「何?『改革(笑)』のお先棒をかついでるの?恥ずかしい連中だなあ」みたいな反応が出て、「そもそも大学っていうのはだねぇ…云々」という類のご高説お披露目大会が起きたりするわけで、そこまで行かなくても、「まぁ、カイカクゴッコはそういうのが好きな人がやったらいいんじゃないの?」みたいな話になるわけだから、あながち、上述の反感や猜疑心や諦めが無根拠だとも言えないんだよね…。

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日本の「自己責任」概念が海外の日本研究では重要項目だとか。

海外の日本研究では絶対に勉強するという「日本の自己責任論」 どこがそんなに変わってるの? - Togetterまとめ

白石草 @hamemen 2015-01-22 11:26:56
昨日、ドイツ人留学生とフランスに留学していた日本学生の2人とブレストしていたんだけど、彼らによると、フランスでもドイツでも、「自己責任論」というのは日本独特のものということで、日本研究では必ず独立した項目として授業をやるらしい。非常に特異に感じるコンセプトのようです。
思わず「へぇ~」と感心してしまったわけですが、確かに、古くは夏目漱石も「私の個人主義」とか書いていたし、山崎正和の「柔らかい個人主義」とかは受験対策的によく読まれたぐらいですから、ニッポン特殊論的な話では、いかにもありそうなトピックではあるんですよね。
ただ、そうした議論が海外の日本研究の専門家の間でも行われていて、しかもカリキュラムに組み込まれるぐらいにスタンダードな要素になっているというのは、ちょっと興味をそそられる話だなあ、と。

で、上記の「まとめ」では、じゃあ実際にどんな研究があるのかな?という部分があまり出てこないので、全くの素人門外漢ながら、とりあえず検索だけしてみたので、そのリンクだけメモしておきます。

ちなみに CiNiiで「自己責任」で検索したけど、海外の研究とリンクしたような論文はなかなか見つからない。

「自己責任」の関連キーワードが分からないので、とりあえず 教育研究機関のPDFを対象に、self-responsibility でぐぐってみました。

アメリカ:Japanese self-responsibility site:edu filetype:pdf - Google 検索

イギリス:Japanese self-responsibility site:ac.uk filetype:pdf - Google 検索
responsibility 単独か、personal responsibility や individual responsibility という語の方が普通の感じ?

イタリア(学校等を識別できるドメイン名がない):giapponese "responsabilità personale" site:it filetype:pdf - Google 検索
あまりそれらしい文書がヒットしない…。

というわけで、ヒットしたPDFを全然見てないので極めてあやふやですが、日本語の「自己責任」という概念について論じた研究はある程度ありそう。あとは、それらしいものを数本流し読みして、著者と参考文献から当たりを付けていくぐらいかなあ。
授業で必ず取り上げるというぐらいだから、必ず参照すべき書籍や論文がいくつかあるはずなんだけど。

しかし、海外の日本研究でトピックとして成り立つぐらいなら、日本語の紀要論文でもいくらかはヒットしそうなんだけどなあ。検索語が何かうまく当てられてないのかもしれないけど。

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2015/01/20

日本におけるカニバリズム(人肉食という概念とはちょっと違うかも?)の話で。

大変だ、秦郁彦先生に「社会的制裁」が加えられてしまうかも! - Apes! Not Monkeys! はてな別館

まあ秦先生がすっかりアレな人になってしまった…という話は、こちらのエントリでも少し書いたのですけど、それはともかくとして、上記のコメント欄に紹介されている論文が面白い。

近藤雅樹(2012)「現代日本の食屍習俗について」国立民族学博物館研究報告36(3): 395– 407

戦時に限らず、現代日本の平時においても、人間の体を口にする習俗はあちこちにあった…という話が紹介されています。

遺骨を粉にして服用するという話で、私がすぐに思い出すのは、「はだしのゲン」に出てくる、薬として人骨を粉にして飲むシーンです。漢方では骨は薬の材料として用いられるので、そういう発想から人骨を薬剤と見る感覚が発生しても不思議ではないなあ、と初めて読んだときには漠然と思ったものでした。もちろん、薄気味悪さも一緒に感じたのですけれど。
*******
追記(2015年1月24日)
原爆被災後に人骨を薬とした例は、検索するといくつか出てきます。後述。
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ただ、こうしたことはやはり被爆直後の広島という異常な状況だから起きたのだろう…ぐらいに思っていたのですけれど、今回の論文を見て、実は、人体を口にする、食べるという行為には、もっと根強い習俗というか伝統というか、そういう下地があったのかもしれないという、ちょっと目から鱗が落ちるような思いをしました。すごく刺激的で、自分が漠然とイメージしていた日本人の死生観みたいなものについて、改めてそんな平板じゃないんだという面白さを感じています。

ずっと以前に、「土葬への嫌悪感について」という記事で与論島の洗骨儀式についてテレビで見た感想を書いたのもそうなのですが、人間の死体や人骨それ自体に気味悪さを感じてしまう自分としては、こうした洗骨や遺骨などを食べるという行為自体がショッキングで、奇習のように思えてしまう…それゆえに興味を惹かれてしまうわけです。しかしこうした「奇習」が、実は非常に自分に身近なものであったということには、改めて自他の異質性への懐疑や、自分のルーツへの関心を呼び起こすという意味で、アイデンティティを揺り動かされるような面白さを感じます。
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追記(2015年1月24日)
今更ながら知りましたが、他に「ヒトに由来する生薬 - Wikipedia」には、日本における薬用とする人体の使用例としていくつか文献が紹介されています。古い事例ばかりのようですが、人体を材料として利用する発想や感覚は決して珍しいものではなかったらしいことが分かります。ですから、現代的な死生観と禁忌が浸透しているごく最近であっても、同様の習俗があってもおかしくはないだろうと思います。
*******
私があちこちの集落で断片的に聞いただけでも、埋葬方法とお墓の作り方・維持の仕方は、この数世代のうちにもずいぶん変わったんだなあと思わされます。例えば土葬が火葬になったり、家の裏や田畑の脇の墓が集落の共同墓地になったり、移転したり、納骨堂になったりということは、よく聞きました。これらの変化には、それぞれ現実的な事情があって、ある意味では割とドライに変更されたりします。そんなことを想像すると、今現在、私たちが「これが伝統だ、正しい方法だ」と何となく信じていることは、実はここ数十年ほどに次第に形ができてきたスタイルにすぎないのかもしれないと改めて思います。また、「気持ち悪い、醜い、倫理的でない」として受け入れられないような行為、習俗が、実は、自分たちの身近な土地で、ほんの数世代前まではごく当たり前のように行われていたということもたくさんあるのかもしれないと思います。

この話の延長線上で、ちょっと興味深いなあと思うのは、「人肉食=実は日本の風俗」というイメージには(右翼的な人たちから)拒否反応が出ているのに、「性風俗の乱れは日本の伝統的習俗」というイメージにはあまり拒否反応が出ないように見えることです。

上のApeman氏の記事のモチーフの一つは、『アンブロークン』という映画への産経新聞的な拒絶反応にあるわけですが、下記の記事で町山氏が示しているところによれば、父島人肉事件は映画には出てこず、原作にごくわずか現れるにすぎないそうなのです。

町山智浩 アンジェリーナ・ジョリー監督作『アンブロークン』を語る

なのに、ここまで吹き上がる拒絶反応を見ると、この種の人たちには、人肉食への強い忌避感があるのだということが分かります。
ところが他方で、従軍慰安婦問題等で「性奴隷」表記には強いアレルギーを示し、慰安婦と兵士との性行為は正当な商取引であって、複数の男女が入れ替わり立ち替わりセックスする状況が恒常的にあっても、それは乱交や変態行為として指弾されることですらないというわけです。

また、昔の性風俗が「夜這い」のように「おおらかであった」というイメージについては、今回の「アンブロークン」のように強い拒絶反応が出たという話は寡聞にして知りません。今で言えば婦女暴行や強姦未遂、建造物侵入に当たるような行為だし、「日本人は性的に乱脈な民族だ」という偏見?にもつながるように思うのですけれど、愛国的な人たちがこうしたイメージの流布に怒っているということは聞いたことがないですね。
*******
●被曝後に人骨を薬として利用したという証言の例
以下は、いずれも火傷の外用薬としての利用となっています。それにしても語られる悲惨さと苦悩の何と重いことか。
1.久保田訓章「原民喜「五年後」に感じて」 広島に文学館を!市民の会 ホームページ, 広島文学館(広島大学)サイト内

 当時、「人骨を粉にしてふりかけると火傷によく効く」との風評があった。宮下の練兵場では毎晩、大穴を掘って多くの遺体を荼毘に付す炎が暗闇のなかで揺れていた。姉妹と一緒に夜、人目を避けて熱々の小骨を持ち帰り、すり鉢で粉にして火傷の顔にふりかけた。粉は膿を吸収してカサブタとなり、効いているように思えた。みんな、必死の思いであった。

2.聴取録「7.弟が帰ってこない(後編)」被爆二世の会第30回学習会, 2002年7月12日更新分, 被爆体験, 被爆二世の会
こちらでは、広島で被曝したTさんという方(当時広島市旧霞町在住)の話として以下のように記録されています。
 そうするうちに、「人の骨を金槌で砕いて粉にしてベチャベチャに脂ぎってる皮膚につけると乾燥する。従って人骨を粉にして焼けたあとに塗れ」と誰とはなしに言ったので私はそこに行っては他の人と一緒に骨を砕いて家に持って帰った。家に持って帰って弟にずーっと塗ってやった。

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怖っ!うちもモロに擁壁物件だわ…

擁壁デビューの心得 : 市況かぶ全力2階建

こういうことはもっと早く言ってもらわないと…汗
実家にも高さ2メートル程度の擁壁が囲ってるなあ…。

有益な早見表
横浜市 建築局 建築防災課 横浜市がけ地防災工事助成金

うちはコンクリート擁壁なんだけど、それはこっちに簡単な見方が書いてある。
「我が家の擁壁チェックシート」宅地耐震化(国交省)

擁壁上の地盤に雨水が浸透しやすい状況にあると、それだけで点数が1点増えちゃう。

怖い話
・擁壁は、いつかは必ず作り直さないといけない。→莫大な費用がかかる
・擁壁の基礎の一部が下の敷地の地面の中に越境している場合がある。
・擁壁の基礎の上に下の敷地の家が建っている場合、擁壁は実質的には更新不能となったり、擁壁の底盤の上に建っている建物そのものも増改築が難しくなったりする。

擁壁の図面をどこかで入手しなくちゃ…。

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2015/01/19

天皇教の一事例

サザン桑田 ラジオ謝罪【ほぼ全文】/芸能/デイリースポーツ online2015年1月18日

上の記事で。なお、以下の引用で下線・強調は引用者による。
また、朝日新聞の報道記事をこのデイリースポーツの記事の下に置いておく。

ちなみに、朝日新聞は桑田氏の「現政権批判ではない、反日ではない」という弁明を残しているが、上記デイリースポーツ記事はこの分を省いている。この弁明を読むと、「ピースとハイライト」という楽曲には幼児に「みんなで仲良くしましょう」というのと同じ意味しかなく、要するに全く無内容で無価値なものだと制作者自ら説明していることが分かる。
桑田氏の弁明が本心か本心でないかは別にして、著名人の言動が不敬不遜、政権批判として問題視され、それに対してこのような発言があったということを記録しておく。また、ヒトラーを模したという「批判」等の騒ぎになったということ自体が、一般世間の間でも現政権について独裁的・タカ派的イメージが強く流布していることを示していると言えよう。
では閑話休題。

1.勲章をぞんざいに扱ってはいけないというタブー

(1)紫綬褒章をポケットから取り出した件
 年越しライブの4日間のライブの中で、4日間ともお客様にお披露目しようとする場面を(ステージで)いたしました。3日間は木箱に入れて、白い手袋をしたスタッフが私に丁寧に手渡してたんですが、4日目のライブだけは、紅白と年越しというのがありまして。すでに言い訳になってしまってますけども、時間調整に舞い上がったりしたのもあり、段取りを間違えてあのように扱ってしまいました。
 大変反省しておりますし、心より、心よりお詫び申し上げます。
(中略)
(3)紫綬褒章をオークションにかけるギャグ
 オークションのパロディーはジョークにしたつもりだったんですけども、軽率。こういう場面で下品なじょうだんを言うべきじゃありませんでした。
 うちの神棚から紫綬褒章を持ち出す時も、家内が「大丈夫?」なんて言ってたんですが、家内の杞憂が現実になってしまいました。
特に、勲章を神棚に上げていた、家人が「大丈夫?」と心配するというところは天皇教が明瞭になっている。

2.天皇のものまねをしてはいけないというタブー

 昨年秋の(紫綬褒章の)皇居での伝達式の話をみなさんにお話する時に、伝達式の陛下のご様子を皆さんにお伝えしようとしたというとこが…私の浅はかなところで。大変失礼にあたり、私自身、大変反省しております。
「天皇の様子を伝えること自体が失礼にあたる」というところが特徴的。大御神への直接言及はしてはならない、畏れ多い存在だという認識があることがわかる("He who must not be named." の類型)。

以下に上記記事の全文を示しておく。

 サザンオールスターズの桑田佳祐(58)が17日、パーソナリティーを務めるTOKYO FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」で、昨年の年越しライブでの一部演出について、14分間かけてあらためてファンに説明し、謝罪した。

 お正月休み、いただいていたんですけども、私、ネットとかやらないものですから、世間の話題に疎いといいますか。最近になってご批判をいただいていることを知りました。1月3日と先週の放送も3日に収録したものだったんですけども。その時点では私自身気付いておりませんで、ノーテンキで申し訳ございません。対応が遅くなって申し訳ないんですが。今週の木曜日(15日)にお詫び出させていただいたいたんですが、それについて私の口からご説明させていただきたいと思います。

(ファンからのメールを読み上げる)『オークションギャグはやるべきじゃなかった。客観的に見ても批判されても仕方がないかな、と思いました』

(続いて桑田がネット上で批判された内容などについて状況と経緯を説明)

(1)紫綬褒章をポケットから取り出した件

 年越しライブの4日間のライブの中で、4日間ともお客様にお披露目しようとする場面を(ステージで)いたしました。3日間は木箱に入れて、白い手袋をしたスタッフが私に丁寧に手渡してたんですが、4日目のライブだけは、紅白と年越しというのがありまして。すでに言い訳になってしまってますけども、時間調整に舞い上がったりしたのもあり、段取りを間違えてあのように扱ってしまいました。

 大変反省しておりますし、心より、心よりお詫び申し上げます。

(2)天皇陛下のモノマネを披露した件

 昨年秋の(紫綬褒章の)皇居での伝達式の話をみなさんにお話する時に、伝達式の陛下のご様子を皆さんにお伝えしようとしたというとこが…私の浅はかなところで。大変失礼にあたり、私自身、大変反省しております。

(3)紫綬褒章をオークションにかけるギャグ

 オークションのパロディーはジョークにしたつもりだったんですけども、軽率。こういう場面で下品なじょうだんを言うべきじゃありませんでした。

 うちの神棚から紫綬褒章を持ち出す時も、家内が「大丈夫?」なんて言ってたんですが、家内の杞憂が現実になってしまいました。

(4)紅白出演時につけていたちょびヒゲ

 アドルフ・ヒトラーという人もいたようですが、ヒットラーのつもりは全くありません。31年ぶりに紅白出させていただくというということで、緊張しておりまして、笑いをとりたいな、と。本当ははげヅラかぶろうかな、と思ってたんですが。結局、ちょびひげを頼んでおいたんです。

 ちょびひげというとコントの定番なんですが、そこをヒトラーと結びつける人がいるということに驚いております。

(5)「ピースとハイライト」の歌詞について

 これについていろいろな方がネットで私の意図とは違う解釈をされていることに驚いておりまして。この曲、一昨年の夏に発売して、歌詞は春に作ったのかな。集団的自衛権とかも話題になる前だったと思うんですけども。東アジア全体で起こってる問題として作った歌詞なんでございます。二度と戦争などが起きないように仲良くやっていこうよ、という思いを私は込めたつもりなんですけども。

 たかが歌ですのでたいした力はないかもしれませんけども、希望の苗を植えていこうよ、地上に愛を植えていこうよ、というメッセージをね。平和を願う者として今後も時折こういうメッセージを発信していきたいと私は思っております。

 ※ここで「ピースとハイライト」をオンエア。

 ◆ここで改めてファンへ。

 今までもいろんなことを言われたり書かれたり、語られたことはあるんですけども。大衆芸能を生業にしてると、誤解とか曲解とか避けて通れない。今後ともよろしくお願いします。

 昨年の年越しライブの一部の内容についてお詫びを説明させていただきました。いい年して失敗したり、相変わらずのおっちょこちょいなことをやったりしてますけどもね、これからもサザンオールスターズをどうぞよろしくお願いしたいと思います。

 不愉快極まりない思いをさせた方々には、ごめんなさいとか申し訳ないじゃ済まないと思うんですけども。ファンの方がとても温かくて、頑張れよ、とかどんまいどんまいというメールやお手紙をいただきまして。きちっと反省するところは反省して、気持ちを切り替えてアルバムとツアーに、サザン、舵を切らせていただけたらと思うわけでございます。


*********************

渦中の桑田さん「曲解は避けて通れぬ」 褒章扱いは謝罪:朝日新聞デジタル(河村能宏2015年1月18日01時05分)

 サザンオールスターズの桑田佳祐さんは17日深夜、「TOKYO FM」のラジオ番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」で、大みそかのライブでの紫綬褒章の取り扱い方などをめぐり批判が出ていることを受け、「不快に思われた方にはおわびを申し上げないといけない」と述べ、謝罪した。

 おわびのコメントを15日に発表していたが、公の場での本人の言及は初めて。

 桑田さんは会場で褒章をズボンのポケットから出して披露。褒章伝達式の様子を伝えようとして天皇陛下のものまねをしたり、褒章をオークションにかけるそぶりをしたりしていた。

 桑田さんによると、白手袋をしたスタッフが木箱に入れられた褒章を丁寧に桑田さんに渡す予定だったが、段取りを間違え、早く受け取った。「ポケットに慌てて入れた。ぞんざいに扱う気持ちは毛頭ないが、大変反省している」とおわびした。オークションについても「ジョークのつもりだったが、下品な冗談を言うべきじゃなかった」と語った。

 サザンは会場から中継でNHK紅白歌合戦に出演。桑田さんはちょび髭(ひげ)を付けて登場した。これがネット上でナチス・ドイツの指導者ヒトラーをまねているとする声があがったが、「ヒトラーのつもりはない。私の世代はちょび髭はコントの定番」と否定した。紅白でも演奏した「ピースとハイライト」に、集団的自衛権行使容認に反対するなどのメッセージが込められているとの解釈は「デマだ」とし、「曲の発表当時東アジアで歴史認識が違うことで摩擦があり、仲良くやっていこうよというメッセージを込めた」と述べた。また過去のライブの演出が反日的だとの指摘に対して「反日だとか、日本人ではないだとか言い出すのは残念。明確に否定させていただきます」と強調、同曲をラジオで流した。「大衆音楽を生業にしていると、誤解、曲解を避けて通れない。腹を決めなくてはいけない」とも述べた。(河村能宏)


「政府批判の指摘こそ都合いい解釈」 桑田さん発言要旨:朝日新聞デジタル
 サザンオールスターズの桑田佳祐さんは17日深夜、「TOKYO FM」のラジオ番組で、紫綬褒章の取り扱い方などをめぐり批判が出ていることを受けて謝罪し、考えを述べた。桑田さんのラジオでの発言要旨は次の通り。

■段取り間違え、褒章をポケットに

 周囲の方々から「サザンの年越しライブがネットで話題になっているよ」と聞き、最近になって、一部の内容でご批判をいただいていることを知りました。

 今週の木曜日、この前の年越しライブに関するおわびの文章を発表しました。それについて説明させていただきます。

 サザンは年末にライブをやって、4日間のライブの中で毎回、昨秋いただいた紫綬褒章をお披露目する場面をやっていました。歌謡曲「ラブユー東京」の替え歌を、「ラブユー褒章」として、大きな感謝を込めて歌詞を作り替えました。会場にいたみなさんには感謝の気持ちをお伝えできました。ただ、4日目のライブは、紅白歌合戦と年越しという一大イベントがありました。そこにぴったりと時間を合わせないといけなくて、言い訳になるが、その時イヤーモニターにスタッフから巻き(の連絡が)入ってくる。時間調整に舞い上がっていた部分もあり、それまでの3日間は、紫綬褒章を正式な木箱に入れて、白い手袋をしたスタッフが私に丁寧に手渡す感じでやっていました。でも最後の日だけは、うっかりあせったのか段取りを間違え、一曲早めに手にしてしまい、慌てて衣装のポケットに入れてしまった。段取りを間違え、あのような状況になりました。もちろん、褒章をぞんざいに扱う気持ちは毛頭ありませんでしたが、結果としてポケットに入れて出すということになり、大変反省していますし、心より心よりおわび申し上げたい。

 それから昨秋の皇居における伝達式の様子をライブでみなさんにお話しする時、私、日頃からずっと平和の大切さを述べておられる天皇陛下を心から尊敬しておりますが、伝達式の陛下のご様子をみなさんにお伝えしようとしたということが私の浅はかなことでした。結果として大変失礼にあたり、不快に感じた方がいらっしゃったことを大変反省しています。

 紫綬褒章のオークションをするというパロディーは冗談のつもりだったが、下品な冗談を言うべきではなかった。心よりおわび申し上げます。

■ちょび髭はコントの定番アイテム

 紅白に出演した時に「ちょび髭(ひげ)」を付けたことが臆測を呼んでしまったということですが、「あれはアドルフ・ヒトラーだ」「だから現在の政権を批判しているんだ」というデマも流れていたようですが、はっきり申し上げて、ヒトラーのつもりはまったくございません。(サザンとしては)31年ぶりの紅白で緊張もありましたし、重々しい雰囲気で出て行くよりも、出落ちというか、にぎやかしというか、笑いを取りたいなというか。こういうところも浅はかなんですが、直前にスタッフと相談して、ハゲヅラかぶろうかなとも思ったが、結局つけ髭の用意を頼んだ。結果(用意した)つけ髭が、ちょび髭だった。加藤茶だとかチャプリンだとか、そういう方たちのものまねさえ私の頭にはなくて、私の世代は、ちょび髭はコントの定番アイテムですから。それをヒトラーと結びつける人がいるのは大変驚いています。

 紅白で「ピースとハイライト」を演奏したのですが、これについてネットで私の意図とは異なる解釈をしていることに驚きました。(曲は)一昨年の夏発売したが、当時、東アジア、特に日本の周辺の国で緊張が高まっていたんですよね。心配になる状況がありました。歴史認識が違うことでいろんな摩擦もありました。そういうこともあって書いたんです。「都合のいい大義名分(かいしゃく)で/争いを仕掛けて/裸の王様が牛耳る世は...狂気(Insane)」とも書いたが、この部分を日本政府を批判していると一部のメディアが報道したそうなんですね。はっきり言ってそれこそが都合のいい解釈です。作ったのは、一昨年ですから、集団的自衛権も話題になる前だったと思う。東アジア全体で起こっている問題として作った歌詞なんでございます。その上で「20世紀で懲りたはずでしょう?」と。まだやっているのか。二度と戦争が起きないように仲良くやっていこうよというメッセージを込めたつもりなんですけど。「色んな事情があるけどさ/知ろうよ/互いのイイところ!!」ということも書きました。

■「ピースとハイライト」は平和を願う曲

 それから一昨年のサザンのライブで「ピースとハイライト」を演奏した時にバックに使用した映像がある。日の丸にバッテンをした映像だとか、領土問題に対するデモ映像だとか、それが全部サザンの主張であるかのようにね……、とにかく「ピースとハイライト」は平和を願う曲ですから、一昨年当時世界で起こっていたデモなんかのニュース映像を使いまして、「世界ではこういうのが起こっているよ」「このままじゃまずいんじゃないの」という意味で使用させていただきました。それを「反日だ」「お前は日本人じゃない」と言い出す方がいるのは本当に残念ですし、明確に否定させていただきます。

 たかが歌なのでたいした力はありませんけど、「希望の苗を植えていこうよ/地上に愛を育てようよ/この素晴らしい地球(ふるさと)に生まれ」というメッセージをね、私は日本を愛するものですし、平和を願うものとして、お伝えしたいなと思っていますし、今後も時折、こういうメッセージを発信していきたいと思っています。

 それではいろいろございましたが、聴いてください。サザンオールスターズで「ピースとハイライト」。

 (曲の終了後)

 いい曲じゃない、って自分でいっちゃ駄目ですよね。

 ということで、いろいろ不快な思いをした方には心よりおわびさせていただきます。

 今までもいろんなことを言われ書かれましたが、全然事実と違うこととか、語られたことがあるんですけど、語られ続けると思うんですけど、大衆音楽というか大衆芸能というか、そういうことを生業(なりわい)にしていると誤解と曲解とか、そこはさけて通れないし、我々は腹を決めなければいけないし、覚悟していますよ。今後ともよろしくお願いします。

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2015/01/16

「子どもの貧困」に関する若干のリンク

前記の朝日新聞記事で紹介されていた阿部彩氏の調査に関係する若干のリンク。

参照されている本:岩波新書 子どもの貧困

日本学術会議の月刊誌掲載論文:「日本の子どもの貧困:失われた「機会の平等」」, 『学術の動向』2009年8月, pp.66-72
掲載誌:学術の動向 2009年8月号 再生医療の現状と課題/反貧困 最前線


子どもの貧困が世界最悪の機会不平等・少子化社会つくる - 世界一高い教育費・貧しい価値観|すくらむ(2009-05-11 07:07:05)
阿部彩氏へ取材した記事のようだ。

阿部 彩 子どもの貧困を語る。 ~子どもの問題行動の背景には「貧困」があるかもしれません。 - 学びの場.com(登録日: 2013年9月18日 / 更新日: 2013年9月18日)
どうでもいいけど、写真って本当に撮り方によってものすごく印象が変わりますなあ。

国立社会保障・人口問題研究所ディスカッションペーパーシリーズ
こちらの2005年のNo.7
No.7:「日本における相対的剥奪指標と貧困の実証研究」

『季刊社会保障研究』(第39巻第4号(2004年3月)目次
06 後藤玲子, 阿部彩, 橘木俊詔, 八田達夫, 埋橋孝文, 菊池馨実, 勝又幸子「現代日本社会において何が〈必要〉か?-『福祉に関する意識調査』の分析と考察-」
07 阿部彩「補論 『最低限の生活水準』に関する社会的評価」

前記朝日新聞の記事中にある

 半数以上が「全ての子どもに絶対に与えられるべきである」と答えた項目は、全26項目のうち「朝ご飯」「医者に行く」「手作りの夕食」など8項目のみ。このほかは、半数以下だった。例えば、「短大・大学までの教育」42・8%、「誕生日のお祝い」35・8%、「子ども用の勉強机」21・4%、「親が必要と思った場合塾に行く」13・7%など。
 1999年の英国の同様の調査では、「趣味やレジャー活動(90%)」「おもちゃ(84%)」といった教育に直接結びつかない項目でも、「必要である」との回答が多い。
という点について、我々の社会のある種の「冷たさ」を考える手がかりにならないかという意識で興味を持った。本件については、社人研のDPがそのもののようだ。

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朝日新聞:子どもの貧困に関する連載記事(原田朱美氏)

朝日新聞デジタル:記事一覧 - 東京 - 地域
(1)から(6)までの連載記事。
以下に印象に残ったところを抜粋。取材部分と記者の解説・考察部分とに分けて示す。なお、引用部の下線は私、引用者によるもの。

**************************

取材部分の抜粋

格差社会で育った子どもたち 上と下、2人の人生:朝日新聞デジタル
 それからすぐ、小平市の児童養護施設「二葉むさしが丘学園」に入った。天国だと思った。だって、自由に遊べる。ご飯も出る。

 「俺ら税金で暮らしてるからなあ」。自分や施設の他の子が時々口にした言葉だ。学校の同級生を見て、普通は両親がいて、欲しい物をねだると買ってもらえるらしい、と知った。うらやましくはなかった。

 できるわけがないから、最初から望むこともない。目の前にあるものを受け取るだけ。他の世界を知ろうとも思わない。受け身の姿勢が、自分と周りの子には共通していたように思う。「大学に行きたい」と言いつつ、何もしないまま高校を卒業し、18歳で施設を出た。

 施設出身者を支援する「自立援助ホーム」に移って1年。コンビニのバイトで月収10万円の生活の中、知人から、あるコンテストを見に行こうと誘われた。「私はこんな夢に取り組んでいる」と発表し、魅力を競うというもの。新しい乗り物の開発、途上国の支援……。壇上の人々は、目を輝かせて熱く語っていた。

 ふと「自分に足りないのは、これだ」と感じた。この人たちは「できるわけない」なんて考えていない。「できる」と信じている。

朝日新聞デジタル:(2) - 東京 - 地域

 施設では、職員と言い合いになると、「めんどくさい」と部屋から出て行く子を何度も見た。難しい問題に直面した時、投げ出す。貧困とか虐待とか、直面してきた問題は、あまりに大きくて複雑で、頑張って向き合っても、どうにもならなかった。実は世の中には頑張れば解決ができる問題もあると、彼らは知らない。「考える」という習慣すら、もてない子もいる。

 児童養護施設は、18歳で出なければならない。久波さんは高3の年、「大学に行きたい」と言いつつ、結局何も動かないまま卒業してしまった。親を頼れない自分が利用できる奨学金制度は何か、学費の支払いにはどんな手続きが必要か、そもそも施設を出て自力で生活できるのか。現実が山のように積み上がり、やっぱり「めんどくさい」と逃げてしまった。

私が見ているのは大学生たちなので多少状況は異なると思うが、上の(1)、(2)の引用部で下線を引いた部分は以前から実感として感じていることで、非常に良く似ている。その背景は多様で、学力の序列内での劣等感や自己否定、家族との問題、それこそ貧困と関連しているような家庭環境や生育歴、精神・知的障害と生育環境などが絡まり合っている。多くの教員が「無気力」や「積極性・やる気のなさ」を指摘しているが、そのいくらかは上記のような無意識の内面化された諦観が関係していると思う。A. Sen が貧困の問題として指摘したこともここに重なっていると思う。

「この人たちは『できるわけない』なんて考えていない。『できる』と信じている。」
「この人たち」は、明示的・自覚的に「『できる』と信じている」わけではなくて、無自覚、無意識の中にそれがあり、ものの感じ方や立ち居振る舞いの下地となっている。だから「信じている」という言葉に引っ張られすぎると、本質を見失う。
この種の「『できる』と信じている」ことの無邪気さ、傲慢さ、尊大さは、しばしば裕福な人、上流階級、天才の問題として、小説やドラマの素材になって来たと思う。例えば「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」という話はその一つだろう。

朝日新聞デジタル:(4) - 東京 - 地域

彼が「上の世界」にたどり着いた線のひとつは、人だったという。

 いま久波さんは、子どもの貧困解決に取り組む公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」で、インターンとして働く。施設出身者を支援する企業の人に紹介してもらった。その企業を紹介してくれたのは、また別のNPO法人だ。

 社会の一線で働く人に触れると、自分との違いがよくわかる。視野の広さ、知識の多さ、コミュニケーション力の高さ、柔軟さ。

ことあるごとに、若い人たちには、世界を広げること、ごく身近に目が覚めるような取り組みをしている人が何人もいること、この記事の言葉で言えば「上の世界」の人たちの活動に触れたり交わったりする機会はたくさんあること、今までとは全く違った世界の中にも自分たちを受け入れてくれる場所はたくさんあり、そこを居心地良くすることはいくらでも可能なこと、を伝え、紹介し、誘い、そして何人かとは一緒に汗を流してきた。こうした活動?の中で、どんどん羽ばたいていった人たちは何人もいる。でも、この枠では拾いきれない人、こぼれていってしまう人たちもまた数多くいる。もっときめ細かく、もっと多様でタイプの違う「大人」あるいは「上の世界」の人たちが関わり合いつながり合うことの必要性を強く感じる。率直に言って、自分の人格・性格の幅では対応できない、「合わない」人たちがたくさんいて、彼らに関わりを持てるタイプの人のパーソナリティは自分から見れば異能の人に見える。

私は福祉畑の人間ではないが、少しでも相談に関わると、人を救うのも壊すのも正に人とのつながりだということは実感する。問題を抱えた人をいかにして適切な機関につなぐかを考えるとき、そこで常に出てくるのがどういう人からどういう経路でつないでいくか、あるいはまた誰につなぐかということだ。また、自分の来し方を顧みると、人生の節目を区切るときには必ず周囲の誰かの助けや支えや機会提供があった。出会いと関わりが人生の岐路を決定することはしばしばあって、それは「コネ」という言葉で簡略化されたものの本質であり、沼上幹氏の言う「因果の連鎖」がそこにある。

朝日新聞デジタル:(5) - 東京 - 地域

 虐待や貧困など過酷な状況で育った彼らは、「どうしたの」と自分の気持ちを聞いてもらった経験がほとんどない。「大変だったね」と共感されたこともない。だから、相手の気持ちがうまくわからない。人間関係は、工夫して解決するのでなく、逃げる。
この下りは強く共感する部分。自分は「貧困」ではなかったがこの種のコンプレックスが非常に強く、人間関係から逃げるあるいは逃げなくても消極的であることで、いろいろ失敗したり問題をこじらせたりしてきた。人と関わること自体がストレスで緊張を強いられることだから、そもそも社会生活を営むために乗り越えるハードルが高くなってしまうのだ。
 渡辺さんが、よく覚えている出来事がある。以前ユミさんは、キッズドアの活動で「底辺校」と呼ばれる都立高校に行き、キャリア教育の授業を手伝った。3回の授業の最後、生徒に将来の夢を書かせた。ある子が書いた夢は、「バイクを買う」だった。

 ◆「底辺校」でキャリア授業。生徒の夢は「バイクを買う」

 授業の後、ユミさんは驚いた様子で渡辺さんに報告してきた。彼女が卒業した高校は私立の有名校で、同級生たちの夢は「医者になる」や「海外で活躍する」。なぜこんなに違うのか。ユミさんは「お金だけじゃない。育つ環境や、周りの情報量が全然違う」と語った。渡辺さんは「差を知って、その原因にまで気付く力に驚きました」。

「貧困を知らないのは大人も同じ。『一億総中流』の幻想は、まだ強いんですよ」
この点で思い出したのが下記の山口氏のコラム。
新春暴論2015――幸せな階級社会 / 山口浩/経営学 | SYNODOS -シノドス-
社会的不平等に関する意識調査(ISSP)で、1999年、2009年を比較すると、
「一億総中流」の崩壊などとよくいうが、「中流」が相対的な生活の水準の話をしているのであれば、中流意識は未だに健在といえる。
という。即ち、
・社会の中での自分の位置について聞くと、中程度であるとする回答が依然として多い。
・自分の生活の程度が「中」程度と考える者は1971年から2011年にかけて概ね一貫して9割前後であり、わずかながら増加傾向ですらある。
・ISSP2009で自分の収入が「少ない」と答えた者は57%だが、これは前回1999年の調査時より6ポイントも低下している。
とのこと。

朝日新聞デジタル:(6)完 - 東京 - 地域

 ――貧困は情緒や社会性への影響もありますね。

 「はい。孤立、いじめ被害、引きこもりが多かったり、友達が少なかったり。親も精神的に追い詰められ、子どもに時間を割く余裕がない。心身を患っていることも多い。物質的な貧しさと、情緒的な貧困が連動してしまっている。悲しいけれど、現実です」

 ――貧困関連のデータ不足も指摘されています。

 「政府が出すのは、子ども全体の貧困率とひとり親家庭の貧困率だけ。あとは研究者に頼っています。全然足りない。例えば教育では学力測定で平均正答率が上がった下がったと議論しますが、教育格差解決のために必要なのは、平均ではなく、最低限の学力がついてない子がどれくらいいるか。そうしたデータはまだ十分整備されていません」

確か、子ども全体の貧困率などですら、民主党政権になってから、国連等の長年の指摘に応じる形で、ようやく行われたんではなかったっけ?
 ――貧困の子は、頑張る力や生きる気力すらも奪われますが、どう支援すればいいのでしょうか。

 「貧困の影響は就学前の幼児期が最も大きい。この時期の『自分でも頑張ればできた』という経験から自己肯定感が育まれる。そのためには、就学前の子をもつ親への現金給付など、安心して子育てができる生活を保障するのが有効です」

この、スキルや気力、自分の人生への構え方を崩されてしまうのが、現場的には一番厄介だと感じる。
これに類する話は古今東西で厖大なのだろうと思うけれども、例えこれがあまねく広がる人類社会の不治の病であったとしても、それこそ諦められない問題である。

**************************

記者の解説・考察部分の抜粋

格差社会で育った子どもたち 上と下、2人の人生:朝日新聞デジタル(原田朱美2015年1月13日13時58分)

(前略)
■6人に1人の子どもが貧困

 日本の子どもの貧困率(17歳以下)は、上がり続けている。

 厚生労働省の調査では、2012年の子どもの貧困率は16・3%で、6人に1人。ひとり親世帯に限ると2人に1人だ。

 子どもの教育格差の解消に取り組む公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」(本部・兵庫県西宮市 http://cfc.or.jp/)の今井悠介代表(28)は「多くの人は『本当に6人に1人もいるのか』と実感を持てずにいる。子どもの貧困は見えにくい」と語る。

 「百円均一」店や低価格ファッションがあるため、外見では経済的な差がわかりにくい。今井さんは「貧困層と富裕層で住む地域やコミュニティの分断が進んでいて、違う境遇の子に出会う機会が減っている。特に都市部は格差が大きいと感じる。東京は、地域ごとに貧困家庭と裕福な家庭が分かれて集中している印象だ」と指摘する。

 貧困によって、子どもたちは、進学など多くの人には当たり前にある機会を奪われている。

 ただ、時代によって多くの人にとって「当たり前にあるべきもの」は変わる。例えば、第2次世界大戦時は、多くの人が衣食住に困った。しかし今は、塾に通うのが当たり前で、都内の大学進学率は7割にもなる。その中で、自分の努力ではどうしようもない理由で進学や夢をあきらめるのは、子どもにとって精神的なストレスが大きい。

 国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩・社会保障応用分析研究部長らのチームは、2008年、市民1800人を対象に「現在の日本社会ですべての子どもに与えられるべきもの」に関する意識調査を実施した。

 半数以上が「全ての子どもに絶対に与えられるべきである」と答えた項目は、全26項目のうち「朝ご飯」「医者に行く」「手作りの夕食」など8項目のみ。このほかは、半数以下だった。例えば、「短大・大学までの教育」42・8%、「誕生日のお祝い」35・8%、「子ども用の勉強机」21・4%、「親が必要と思った場合塾に行く」13・7%など。

 1999年の英国の同様の調査では、「趣味やレジャー活動(90%)」「おもちゃ(84%)」といった教育に直接結びつかない項目でも、「必要である」との回答が多い。


朝日新聞デジタル:(2) - 東京 - 地域

■家庭の所得差 子の学力関連

 家庭の所得格差が子どもの学力格差につながっていることを示すデータがある。

 文部科学省がお茶の水女子大に委託した2008年度の調査。小6の全国学力調査の結果を世帯の年収別で見ると、年収が高い世帯の児童ほど、ほぼ比例して正答率が高くなった。例えば算数Bは、世帯年収が200万円未満の子の平均が42・6%。一方、1500万円以上の子は65・6%と23ポイントの差がある。

 また、塾や習い事など学校外教育費の支出が多い家庭の子も正答率が高い。同じ算数Bだと、支出が全くない世帯の子(44・4%)と5万円以上の支出がある世帯の子(71・2%)で26・8ポイントの差がある。

 一方で、こうした教育格差に対して、保護者の考え方は厳しい。

 朝日新聞とベネッセが12年に実施した共同保護者調査で、所得による教育格差が生じることをどう思うかを尋ねたところ、「やむをえない」が半数を超え52・8%。前回08年の40%から大幅に上がった。「問題だ」と答えたのは39・1%にとどまった。

朝日新聞デジタル:(4) - 東京 - 地域

■貧困の根底に人脈の欠如が

 格差の「下」にいる子どもたちが直面する問題は、お金だけではない。

 児童養護施設の学習支援などに取り組むNPO法人「3keys(スリーキーズ)」の森山誉恵代表は、支援する子の親や家庭環境には「四つの貧困」という特徴があるという。(1)つながりの貧困(親族や周辺に助けを求められない)(2)教育教養的貧困(生活の知識や働くためのスキルがない)(3)経済的貧困(お金がない、安定した働き場がない)(4)精神的貧困(精神的に余裕がない、楽しみや将来への意欲がない)。

 森山さんは「人脈、情報、お金など、子どもたちはあらゆる社会資源から孤立している。その結果、コミュニケーション力が低かったり協調性が乏しかったり。就職などの場面で不利になってしまう」と指摘する。子どもの貧困支援の現場で最も足りないのは、お金や物よりも人だという。「子どもはいろんな大人の力を借りて成長していくもの。その人脈の欠如が、格差の一番の根っこにある。多くの人に、貧困支援に関わってほしい」


朝日新聞デジタル:(5) - 東京 - 地域

■支援届かぬまま 多くの子が存在

 日本の子どもの貧困率は、他の先進国と比べても高い方だ。経済協力開発機構(OECD)の調査では、子どもの貧困率を2010年時点の数値で比べると、日本は加盟国34カ国中10番目の高さ(09年15・7%)。ひとり親世帯の貧困率に限ると50・8%(09年)で、加盟国中最悪だ。

 では、国や自治体の支援を受けている子は、どれくらいいるのか。

 全国の児童養護施設で暮らす子どもは、約2万9千人(13年)。生活保護受給世帯で育つ0~19歳は、約30万人(11年)。児童扶養手当(低所得のひとり親向け現金給付)を受ける世帯数は、約108万世帯(12年度)。就学援助(低所得世帯の子の給食費や学用品費などを支援する制度)を受ける小中学生は、約155万人(12年度)。

 一方で、18歳未満の子どもの貧困率は16・3%(12年)。10年の国勢調査の18歳未満人口で推計すると、約330万人。まだ多くの子が、国や自治体の支援からもれたまま存在する。

朝日新聞デジタル:(6)完 - 東京 - 地域

 ■「子供の貧困」著者 阿部彩さんに聞く

 子どもの格差はどこまで深刻なのか。なぜ貧困は気付かれないのか。連載の最終回として、「子どもの貧困」(岩波新書)の著者で国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩・社会保障応用分析研究部長に聞いた。

 ◇関わりないと見えぬ貧困 子どもは家庭を選べない

 ――子どもの貧困率は6人に1人と高い割合ですが、「ピンとこない」という人も多いです。

 「『貧困』という言葉のイメージの問題です。飢えたストリートチルドレンは確かに日本にいないかもしれない。だけど飢え死にしないだけで、1日の食事は給食だけといった事例はたくさんある。普段子どもに関わっている人でないと、自分事として感じられないのでしょう。日本は豊かな国だという先入観も強い」

 ――著書で「貧しくても心豊かで幸せな家庭/お金持ちは心が満たされない」といった神話・幻想の弊害を指摘されています。

 「貧しくても成功するチャンスは確かにありますが、問題は確率です。実際は貧しさゆえに栄養が足りなかったり、勉強する機会も場所もなかったりする中、その確率が非常に小さくなっています」

 ◆勉強以外 想像力も買える時代

 ――貧困は情緒や社会性への影響もありますね。

 「はい。孤立、いじめ被害、引きこもりが多かったり、友達が少なかったり。親も精神的に追い詰められ、子どもに時間を割く余裕がない。心身を患っていることも多い。物質的な貧しさと、情緒的な貧困が連動してしまっている。悲しいけれど、現実です」

 「一方で裕福な家庭は、勉強以外でも、例えばいろんな体験教室に通わせることもできる。情緒や子どもらしさ、想像力といったものまでお金で買える時代です。特に東京はそうです」

 ――格差の「上」と「下」で育った子たちは、お互いの世界をほとんど知りません。分断が深刻です。

 「そうですね。諸外国に比べたら、まだいい方ですが、東京は日本ではかなり分断がある地域ですね。私立校が多いので、進路の違いで分断が始まっていく。あと、すぐそばに貧困の子がいても、わかりにくいということもあります」

 ――貧困関連のデータ不足も指摘されています。

 「政府が出すのは、子ども全体の貧困率とひとり親家庭の貧困率だけ。あとは研究者に頼っています。全然足りない。例えば教育では学力測定で平均正答率が上がった下がったと議論しますが、教育格差解決のために必要なのは、平均ではなく、最低限の学力がついてない子がどれくらいいるか。そうしたデータはまだ十分整備されていません」

 ――格差は働かないのが悪い、頑張らないのが悪いという自己責任論をどう思いますか。

 「子どもはどの家庭で育つのか選べません。生活保護バッシングも、子どもの時に努力しても超えられない壁があったとして、その問題が大人になっても続くのは当たり前なのに、20歳を過ぎたら急に自己責任と言われるのはおかしい」

 ◇自己肯定へ 就学前の支援手厚く

 ――貧困の子は、頑張る力や生きる気力すらも奪われますが、どう支援すればいいのでしょうか。

 「貧困の影響は就学前の幼児期が最も大きい。この時期の『自分でも頑張ればできた』という経験から自己肯定感が育まれる。そのためには、就学前の子をもつ親への現金給付など、安心して子育てができる生活を保障するのが有効です」

(聞き手・原田朱美)

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着実に進んでいく世の中

数研出版の教科書の件もありましたが、少しずつ歴史の歯車は回っているようです。
こうした潮流に、これから人々の意識がどう巻き込まれていくのかに興味があります。
知識人やジャーナリズム、政治家、政府などの言論がどのように変化していくのか。

かつて全体主義時代を準備した頃のファシズム国、あるいはマッカーシズムの時代のアメリカ、これらの国ではどんなことが起きたのか。権力的な抑圧や弾圧以外にも、自発的なあるいは無意識的な主張の転換、転向、風潮への巻き込まれが多数あったのではないか。

たとえばこちらで指摘されている秦氏の事例などは、こうした巻き込まれの例ではないか。
「自殺するまで追い込むしかない」と脅迫されている相手に対して社会的制裁を煽る秦郁彦氏 - 誰かの妄想・はてな版
以前はここまで攻撃的なことは言っていなかったのではと思うのですが。

また勉強すべきことが増えてしまいました。

サザン桑田、ライブ演出で謝罪文発表「深く反省すると共に、謹んでお詫び申し上げます」 : 芸能 : スポーツ報知2015年1月15日18時22分

サザンオールスターズ年越ライブ2014に関するお詫び

いつもサザンオールスターズを応援いただき、誠にありがとうございます。

この度、2014年12月に横浜アリーナにて行われた、サザンオールスターズ年越ライブ2014「ひつじだよ!全員集合!」の一部内容について、お詫びとご説明を申し上げます。

このライブに関しましては、メンバー、スタッフ一同一丸となって、お客様に満足していただける最高のエンタテインメントを作り上げるべく、全力を尽くしてまいりました。そして、その中に、世の中に起きている様々な問題を憂慮し、平和を願う純粋な気持ちを込めました。また昨年秋、桑田佳祐が、紫綬褒章を賜るという栄誉に浴することができましたことから、ファンの方々に多数お集まりいただけるライブの場をお借りして、紫綬褒章をお披露目させていただき、いつも応援して下さっている皆様への感謝の気持ちをお伝えする場面も作らせていただきました。その際、感謝の表現方法に充分な配慮が足りず、ジョークを織り込み、紫綬褒章の取り扱いにも不備があった為、不快な思いをされた方もいらっしゃいました。深く反省すると共に、ここに謹んでお詫び申し上げます。

また、紅白歌合戦に出演させて頂いた折のつけ髭は、お客様に楽しんで頂ければという意図であり、他意は全くございません。

また、一昨年のライブで演出の為に使用されたデモなどのニュース映像の内容は、緊張が高まる世界の現状を憂い、平和を希望する意図で使用したものです。

以上、ライブの内容に関しまして、特定の団体や思想等に賛同、反対、あるいは貶めるなどといった意図は全くございません。

毎回、最高のライブを作るよう全力を尽くしておりますが、時として内容や運営に不備もあるかと思います。すべてのお客様にご満足いただき、楽しんでいただけるエンタテインメントを目指して、今後もメンバー、スタッフ一同、たゆまぬ努力をして参る所存です。

今後ともサザンオールスターズを何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社アミューズ

桑田佳祐(サザンオールスターズ)


慰安婦問題めぐる西岡氏の著書への損害賠償請求 最高裁が訴え棄却 - 産経ニュース2015.1.15 18:12
まあ産経の記事なんで字面通り受け取れるか怪しいのですが…。

 慰安婦問題をめぐる書籍の記述で名誉を傷つけられたとして、弁護士の男性が著者の西岡力・東京基督教大学教授と出版元の草思社に1千万円の損害賠償や出版差し止めを求めた訴訟で最高裁第2小法廷(鬼丸かおる裁判長)は、男性側の上告を退ける決定をした。男性側の敗訴が確定した。決定は14日付け。

 西岡教授は平成19年と24年に草思社から「よくわかる慰安婦問題」など慰安婦問題に関する書籍を2作品発表した。この中で、原告男性を「事実を歪曲しても日本を非難すればよいという姿勢」などと論評した。

 1審東京地裁は昨年2月、「記述の前提事実の重要な部分が真実であるか、または真実と信じたことに相当な理由がある。公益を図る目的で執筆されており、論評の域を逸脱するものではない」として原告の訴えを棄却。2審東京高裁も1審を支持した。


まあこの記事通りなら、「事実を歪曲しても日本を非難すればよいという姿勢」というのが「論評」であって、「記述の前提事実の重要な部分が真実であるか、または真実と信じたことに相当な理由がある」のだそうです。

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2015/01/15

ただの思いつき

京大ポポロ事件?を鋭く()批判した北芝氏について(メモ): 思いついたことをなんでも書いていくブログ

以前、こちらでちょっと見てみた北芝氏、なんとなく、雰囲気が百田氏と似ているような気がする。
なんというか、自分を大きく見せることにこだわる人というか、大言壮語が好きで押し出しの強さを気にする人というか。
その場の流れと気分の勢いが言動の大きな源で、小心なところもあるんだけど、うっかり屋さんでマッチョな男っぽさや荒っぽさ、短慮な見栄張りや家父長的な上下関係に殉ずることを美学だと思っていそうなところとか。
やしきたかじんの番組に出ていたというあたりも似ているような気がする。
どちらもライター稼業で有名になった人だし…。

考えてみれば、こういうタイプの人は少なくないように思う。
有名人や知識人、政治家などの公人でこのタイプで目立つ人って何人かいそうな気がする。
橋下氏とか、似ていないだろうか。
そう言えば、やしきたかじんの番組に出ていた人でもあるなあ。

たかじんは死後も、さくらさんという奥さんの件でネットを賑わせているけれど、この奥さんもこのタイプの人のような気がする。

そう思うと、何というか、やしきたかじんという人自身が、この種の人を引きつける巨大な重力?磁力?フェロモン?を放っていた人であったのかなあと思ったりする。

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AviUtlでWMVファイルが1フレームしか読み込めなかった話

Canon のデジカメG11で撮った動画はMOVという拡張子が付く。
これをWMVに変換してから、AviUtlで編集したい。

とりあえず、Haali Media Splitterとffdshow Video Decoderとを入れる。
すると、Windows付属のムービーメーカーでMOVファイルを読めるようになるし、編集してWMVファイルを作ることもできるようになる。

次に、AviUtlに対して、L-SMASH_Worksのプラグインを導入すると、AviUtlでもWMVを扱えるようになる。

ところが、Windows Live ムービーメーカーでWMVファイルを作ると、なぜか、AviUtlでは上手く読んでくれない。たとえば冒頭の1フレームだけしか取り込んでくれなかったりする。
Avisynthを入れてそこからWMVファイルを読ませても同じで改善しない。
なのにWindowsメディアプレーヤーなどではごく正常に再生される。一見普通に再生されるのに、AviUtlでは読み込めないわけだ。

ところが、Windows付属のLiveではないムービーメーカー、普通のWindows ムービーメーカーを使ってWMVファイルを作ると、なぜか上手くいく。

なぜかは分からないけれど、こういうことで解決する場合もあるということで、メモ。

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2015/01/13

とりあえずリンク:ユニクロの中国下請工場での労働環境問題、報告者のブログ、シャルリー問題など

ユニクロ: 潜入調査で明らかになった中国・下請け工場の過酷な労働環境(伊藤和子) - 個人 - Yahoo!ニュース

ざっと目を通しただけだけれど、なかなか過酷な様子。

ファーストリテイリングには、国連の指導原則に従って適正な解決を期待したい。
ユニクロは定期的に工事用に立ち入り検査をしていたようであるが、それではなぜ今回のような事態が続いてしまったのか、検証し、実効性のある対策をとる必要があるであろう。
また、アジアで共通してみられる傾向だが、生産現場の労働が過酷な実情の背景には、ブランド=バイヤーが熾烈な低価格競争の犠牲を生産現場に強いており、安全で権利を保障した労働環境を実現するに足るだけの価格での買取りを保障していないことが多い。
『エビと日本人』、『バナナと日本人』の時代から、あまり状況は変わっていない……というか、こういう低賃金・労働搾取というのは、古今東西の経済の大原則なのでしょう。だからこそ、きちんと規制・監視する必要がある分野であるわけです。

上記著者のブログ。上記で紹介されていたもの。
人権は国境を越えて-弁護士伊藤和子のダイアリー
この中に下記のエントリがありました。
フランスの襲撃事件を受けて、私たちが改めて考えるべきこと: 人権は国境を越えて-弁護士伊藤和子のダイアリー

(前略)表現の自由のルールは、イスラムの人たちにとっては『勝てないルールによる際限なく続くゲーム』のようなものだったのではないだろうか。
(中略)フランスは、2003年にはイラク戦争に反対する国連安保理での議論が世界に支持されたが、最近は「人権」などの名目で、積極的に海外での軍事行動を進める立場をとっている。この転換はいつからだっただろうか。
(中略)
背後には帝国主義的な思惑があるが、錦の御旗はいつも「人権」という人道的帝国主義を進めてきたように思う。
自由・平等・博愛が色あせている。

「人権」を旗印にすると言えば、今は「表現の自由」と憎悪・排外的表現との問題がクローズアップされますが、それだけでなく、「テロとの戦い」、少し前なら、PKO法、「カネだけでなく血を流す協力を」というところでも強調され、悩まされた問題であったと思います。
以前9.11テロ事件のときに、ブッシュ大統領が自らの軍事行動を「十字軍 Crusade」と呼んだように、「人権」は今や十字架の(日本でいえば大東亜共栄圏の)役割を果たす暴力と侵略の免罪符とされつつあるのかもしれません。

上記伊藤氏の紹介するヒューマン・ライツ・ウォッチの声明文です。
フランス:表現の自由への攻撃 | Human Rights Watch

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2015/01/12

朝日新聞、統一教会の広報紙「世界日報」からコピペされる。

極右・カトリックも風刺の的 奔放な漫画、仏の伝統:朝日新聞デジタル(パリ=特別編集委員・冨永格2015年1月9日09時44分)(魚拓

仏新聞社襲撃、表現の自由侵すテロを許すな | オピニオンの「ビューポイント」2015/1/10  きょうの主張 (世界日報)(魚拓

たまたま見つけたのでメモ。
世界日報が「民主主義」とか「表現の自由」とか「暴力を許さない」とかドヤ顔で語っているのが笑えます…いや本当は笑い事じゃなくて、都合のいいときだけ穏健な民主主義者の仮面をかぶる厚顔無恥というブラックジョークなんですが。

世界日報にコピペされるってのは、朝日新聞にとっては恥辱以外の何物でもないのではないかと思うのですが。
適当につまみ食いされて、いいように治安強化の口実にされてしまってます。
まあ学生のレポートなら即座に不可でおしまいですが、「朝日新聞記事を参考にしました」とも書けないのかなあと。恥ずかしくないんですかね…。
まあ立派な作家さんも同じ方法で小説を書いてられるようなので、それでもいいのかもしれませんが…(参考)。

1月10日付 世界日報1月9日付 朝日新聞
風刺は17世紀の喜劇作家モリエール以来、フランス文化の重要な一角を占めてきた。フランスのカリカチュール(風刺)は、17世紀の喜劇作家モリエール以来の伝統といえる。19世紀以降は活字メディアを中心に、常に文化の一角を占めてきた。
フランス革命の歴史を誇る国民は、風刺をあらゆる権力や不寛容と闘う、表現の自由の象徴と見なしている。パリ第1大学のパトリック・エブノ教授(メディア史)は「風刺はフランス大衆に受け入れられてきた。風刺紙はどれも少部数ながら200年の歴史がある重要なメディア。あらゆる権力や不寛容と闘い、表現の自由の限界に挑み続けてきたジャーナリズムなのだ」と語る。
シャルリー・エブドは他紙よりもどぎついカラー漫画が売り物だ。襲われたシャルリー・エブドは、よりどぎついカラー漫画が売り物で、文字では説明しにくい性的表現も多い。
同紙の編集方針は表現の自由を盾に一切のタブーを認めないことで、大統領、極右政党やカトリックも風刺の的としてきた。 むろん内外のイスラム界を敵に回したが、表現の自由を盾にタブーなしの編集方針をその後も貫く。極右政党やカトリック、大統領も風刺の的だ。
2006年にはデンマークで物議を醸したムハンマドの風刺画を転載した。2006年、デンマーク紙で物議を醸した預言者ムハンマドの風刺画を転載した件が有名だ。
事件に対して翌日のフランス各紙は追悼と怒りであふれた。8日付各紙は追悼と怒りであふれた。
また、フランス社会は「表現の自由を守れ」という声で結集し、全土で計10万人が参加したデモでは「私はシャルリー」と書かれたプラカードが掲げられた。・7日夜、仏全土で計10万人が「私はシャルリー」の紙を掲げたのは一つの証左だろう。・犯行の背景や容疑者の素性はさておき、仏社会は表現の自由を譲らない一点で結束している。

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2015/01/11

植村隆氏の訴訟関連のリンクとメモ(随時追記)

言論やメディアの扇動の跡付けをしてみようかと思って、ちょろちょろと調べ始めたけれど、植村氏そのほかの人たちへの悪罵ばかり大量かつ延々と出てきてうんざり。参ったなあ…。

【全文】「私は捏造記者ではありません。不当なバッシングに屈するわけには行かないのです。」〜慰安婦問題で元朝日新聞記者の植村隆氏が会見 (1/2)

慰安婦火付け役 朝日新聞記者はお嬢様女子大クビで北の大地へ | 特集 - 週刊文春WEB(2014.08.06 12:00)(魚拓

●文春と西岡氏の影響について
2014年2月6日号「週刊文春」「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」
西岡力1992年4月「文藝春秋」

産経さんだって人のこと言えないでしょ?「(iRONNA(いろんな))」
池上彰氏「(植村氏が神戸松蔭女子学院大学へ内定していたことを)週刊文春がそれを暴露した。あれはやりすぎだと私は思いましたね。こんなやつをとってもいいのか、この大学への抗議をみんなでやろうと、あたかも煽ったかのように思えますよ。これについては週刊文春の責任が大きいと思います。…それが結局、個人攻撃になっていったり、娘さんの写真がさらされたりみたいなことになっていっちゃうわけでしょ。ものすごくエスカレートする。」

朝日新聞ざまぁwww植村隆の神戸松蔭女子大の教授就任が消滅!証人喚問に怯える植村隆と朝日新聞 - YouTube

2014/03/06 に公開
朝日新聞の植村隆が今年3月に早期退社し、神戸松蔭女子大の教授に就任する話がありま­したが、多くの有志の方の努力により消滅しました。
多くの方が神戸松蔭女子大に電話抗議した結果、植村隆の教授就任が無くなったのにはと­ても爽快な気分です。
電話抗議をした方、ありがとうございます。

そして今回の出来事は我々一般市民でも反日勢力に対し、反撃をすることができることが­実証された大きな出来事です。
この調子で慰安婦問題を捏造した植村隆、朝日新聞、そして河野洋平を国会の証人喚問に­引っ張り出しましょう。

白川のび太くん7 か月前
(前略)植村隆が北星学園大学の講師に就任しているという情報は、前号の週刊文春の記事で知りました。こんな奴が、今後、税金で生活して行くのかと思うと、納税したくなくなる。北星学園大のホームページを確認した人によれば、植村隆は『国際交流』という授業を担当するとのことです。でも大学の授業というのは、ビニ本(懐かしい!)よろしく、授業名と授業内容とが著しく相違していることが多々ありますので、国際交流という授業名で『旧日本軍の「従軍」慰安婦「強制連行」』について話すのでしょう!北星学園大もいい加減な大学だ!こんな札付きのワルを講師に採用し、授業をするなんて、学生と父兄を舐めているバカ大学だ!植村隆も北星学園大も、ふざけるな!
nyt7282031 7か月前
白川さま、情報ありがとうございます。 北星学園の件、多少は聞いておりましたが詳細がわからず、「単なる噂」の類の可能性もあり拡散を躊躇しておりました。
他のサイトでももっと広めたいですね。

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●その他
【朝日慰安婦報道】植村氏は産経の取材を受けよ - 産経ニュース(2014.12.27 06:00)

空恐ろしい世の中に、だんだんと。 - 黒古一夫BLOG
【(独占手記)売国報道に反論する――――慰安婦問題「捏造記者」と呼ばれて】=元朝日新聞記者・植村隆「文藝春秋」2015年1月号掲載の概略

西岡力
いわゆる従軍慰安婦について歴史の真実から再考する「慰安婦.net」(Will, ワック)
著者、期日不明だが2008年頃までに書かれたか。

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パリ新聞社銃撃事件の関係で、リンクメモ。

追記(2015年1月12日)見つけた他の記事などをリンク、若干整理した。
当然だがフランス語でのいろいろな記事や風刺画に突き当たる。ところがフランス語が読めないんだよなあ…。
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シャルリー・エブドはレイシストではない(ルモンド紙の記事の翻訳) - ふつごぽんTMBL

上記に対するはてぶの反応→はてなブックマーク - シャルリー・エブドはレイシストではない(ルモンド紙の記事の翻訳) - ふつごぽんTMBL
形式的な表現と言論の自由を主張することは、マジョリティの無自覚な差別を体現しているという指摘が多い。

マジョリティによる抑圧と言葉を放置して非抑圧者の抵抗をのみ指弾するのは公平ではないという指摘。
フランスにおける移民差別の問題と、在仏2世3世のアイデンティティとしてのイスラム問題を指摘するもの。

【イスラム・パリ銃乱射】"Je suis charlie”を掲げることは卑怯な行為だ(はてな匿名ダイアリー)
こちらのトラックバックも要参照。著者自体の追記も。
こちらで紹介されている次のtweetは重い提起を含んでいる。
Dyab Abou JahjahさんはTwitterを使っています: "I am not Charlie, I am Ahmed the dead cop. Charlie ridiculed my faith and culture and I died defending his right to do so. #JesuisAhmed"

上記ダイアリーへのコメント。マジョリティの特権としての風刺の自由、暴力の非対称な構造を無視した対称性の要求、マイノリティのみに要求される説明責任など。
少し話が違うけれど、年末にネタのような話題があって、日本のケンタッキ..

上記のはてな匿名ダイアリーに対する批判。フランス語の解釈と、フランス社会における言論の受け止め状況を指摘。
"Je suis Charlie"を「私はシャルリーだ」と(だけ)解釈するのは変(追記あり) - みやきち日記

先日触れたこちらのリンクを再掲。
風刺週刊紙銃撃を非難=安倍首相*安倍晋三首相は8日午前、フラ... - Yahoo!知恵袋

いよいよもって「シャルリー・エブド」の内容、そのフランス社会における文脈を直接参照しなければ評価が難しくなってきた感じ。
他の社会に住む無知な人間が簡単に評論したり分かった気になったりすることができない問題だと思うけれど、ただ、人命は奪われてはならないということだけは考えておきたい。「殺さなければ、この加害を止めさせることができない」という状況下でもそう言えるのか?という問いに対しては、「一般的には論じられない」と言う以外、返す言葉を持ってはいないのだけれど。

イスラム圏での本件の取り扱い状況について、断片的な紹介。
「アラブ諸国の各新聞紙によるフランステロの風刺イラストが話題に」海外の反応|暇は無味無臭の劇薬
言論を暴力で封じることはその暴力が守ろうとしたもの自体を破壊する。そういう感じのメッセージを感じるイラスト群。
コメント群についてもかなりたくさん日本語訳している。イスラム圏の多様性、「アラブ」がヨーロッパにも多く存在することなど。
記事主が本件について結構考えているのかもしれない。

************************************
土井敏邦Webコラム:日々の雑感 325:「表現の自由」に名を借りた“暴力”(フランス「シャルリー・エブド」襲撃事件)

 しかしこの事件に関する世界中のメディア、為政者たち、そして「識者」たちの「言論の自由を守れ!」論調の嵐に、私は事件当初からずっと違和感を抱き続けている。それは今回の事件の発端となった新聞社「シャルリー・エブド」の「表現」への疑問である。事件を糾弾する声が世界中で高まる一方、「なぜその『表現』は攻撃されたのか」という疑問を深く分析し考察する報道がほとんど見当たらないからだ。いやあるのかも知れないが、「言論の自由を守れ!」の声にかき消されてしまって聞こえないのだ。「もしかしたら、欧米や日本の報道の中で、それは意図的に避けられているのでは……」といぶかってしまうほどだ。

 言うまでもなく、襲撃犯たちの残忍な殺害は、許せないし糾弾されなければならない。それは大前提だ。その上で、私には、どうしても消せない疑問が残るのだ。そして世界中に「言論の自由を守れ!」の声が大きくなるにつれ、私の疑問は次第に増幅していく。それはあの「シャルリー・エブド」の「表現」は、ほんとうに「守れ!」と叫ぶべき「言論」だったのかという疑問である。私は、「朝鮮人を殺せ!」と公然と叫ぶ「在特会」(在日特権を許さない市民の会)が、それを非難する声に「表現の自由だ」と反論する姿を思い起こしてしまうのである。


上記の土井氏が引用・紹介している高林氏の指摘がこちら。土井氏の記事でも読めますが、私なりに抜粋しておきます。

(2) 高林 敏之 -  1月7日にフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」の事務所が襲撃され多数の死傷者が出た事件。この新聞社は諷刺画が売り...
高林氏が指摘する問題の風刺画はこちら。その下の引用は高林氏の論評。確かに絵そのものは非常に攻撃的な印象を受ける。
France Satirical Mag Charlie Hebdo Sued by Islamists for 'Blasphemy'

 左は「エジプトの殺戮:クルアーン、それは糞」と表題に掲げ、敬虔なイスラーム教徒の姿の男性がクルアーンを盾にするも銃弾で打ち抜かれる絵に「それは銃弾を食い止めない」と記している。
 この絵を表紙にした号は2013年7月に発行されている。つまりエジプトでシーシー将軍らがクーデタを起こしてムスリム同胞団系のモルシー政権を打倒、これに対するムスリム同胞団系の抗議運動が武力により一掃された時期に発行されたものだ。この絵はイスラーム教の聖典を最悪の表現で侮辱するとともに、弾圧の犠牲となったムスリム同胞団支持者の死を悼むどころか、その信仰・信念を揶揄するものとしか受け取れない、極めて挑発的な内容である。
 この諷刺画をめぐって、在仏ムスリム団体が昨年、裁判所に告発するなど物議を醸したものである。

Charlie Hebdo: Oops I did it again! | Eurobeats
右は2012年9月の号に掲載され、やはり物議を醸したもの。「マホメット:星が生まれる」とあるが、これまたムスリムが信奉する預言者に対する下品極まりない侮辱である。

 charlie hebdoを検索すると多数の諷刺画の画像を見ることができるのだが、諷刺対象は幅広く、必ずしもムスリムだけをターゲットにしているわけではない。  しかし、それにしてもこれは酷すぎる。ムスリムにとって精神的拠り所であり身命にも等しい聖典と預言者に対する最大級の侮辱であり、ヘイトスピーチ、イスラーモフォビアそのものだ。しかも、何度批判されても繰り返し同種の絵を掲載するのだから、明らかに確信的に挑発しているのだ。騒ぎになるたびに「表現の自由」だと擁護してくれる者たちが多く、新聞自体も注目を集めると踏んでいるから、こういう挑発を平然とできるわけである。 (中略)  かつて物議を醸した、ムハンマド(マホメット)をテロリストに例えたデンマークの諷刺画事件もそうだったが、欧州ではイスラーモフォビアが「表現の自由」「言論の自由」の名のもとに擁護され野放しにされる傾向が日増しに強まっているばかりか、イスラーモフォビアを公然と掲げる右翼政党が議会で大きく躍進する例すら増えている。  キリスト教国が「神の福音」の名のもとにアメリカ大陸、アフリカ、アジアへの侵略・植民地化を進めた歴史があるからといって、例えばイラク戦争やアフガニスタン戦争の諷刺としてイエス・キリストを殺人者に例える諷刺画が作られたとしたら(実際、イエスが殺人者なのではない)、あるいはイエスが全裸で尻を突きだしている絵が描かれたとしたら、はたまた「聖書は糞」などと呼ばれたとしたら、キリスト教徒はそれを「表現の自由」だといって擁護できるのだろうか?  自らの問題に置き換えて想像することが必要ではないのだろうか(われら日本人も然り)。  「言論へのテロの問題」として単純化せず、欧州にはびこる(そして日本にも影響を与えつつある)「イスラーモフォビアの問題」として、この事件を真摯にとらえるべきだ。
高林氏のコメント
高林 敏之 木村さん:おっしゃる通り、暴力ではなく議論で批判はなされるべきです。しかし植民地宗主国だったフランス社会では、多数派の価値規範に基づく議論がそのままマイノリティに対する「言論の暴力」になり得ます。この権力関係を自覚できないから、こういうイスラーモフォビアが罷り通ることになるわけです。

高林 敏之 - 死者に鞭打つのも何だとは思うが、あんなイスラーモフォビアに満ちた諷刺画を繰り返し掲載してきた人物を「タブーに果敢に挑も...

死者に鞭打つのも何だとは思うが、あんなイスラーモフォビアに満ちた諷刺画を繰り返し掲載してきた人物を「タブーに果敢に挑もうとする姿勢」だと評価するのなら、在特会前会長の桜井誠だって「在日特権」なる「タブーに果敢に挑んだ」と賞賛されてしまうことになる。敵意を煽る悪質な煽動者だというのが公平な見方だろう。
フランスでは10万人もの人々が「表現の自由を」と抗議デモをしたという。非道なテロの帰結とはいえ、イスラームに対するヘイトスピーチの自由を10万人もの人々が公然と要求したと思うと、目眩がしそうだ。
板挟みの立場に置かれたフランス在住ムスリムらの恐怖はいかばかりだろうか?
「拉致」「核実験」「ミサイル発射」を行う「北朝鮮」は許せないとの世論に乗っかって、在日朝鮮人や朝鮮学校に向けられた激しいバッシングと、まさしく相似形というべき現象だ。

東京新聞:犠牲の編集長 挑発姿勢の画家 賛否も:国際(TOKYO Web)(2015年1月8日 夕刊)

 「シャルブ」という愛称で呼ばれていたシャルボニエ氏は二〇〇九年から同紙の編集長に。一一年十一月には火炎瓶を投げ込まれ編集部が全焼したものの、一年もたたない一二年九月にはフランス政府の自粛要請を振り切ってイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画掲載に踏み切る。
 シャルボニエ氏を古くから知る人物はフランスのメディアに「非礼であるということにおいて、彼には限界がなかった。何も恐れるものがなく、時としてブレーキが必要なほどだった」と振り返った。
 タブーに果敢に挑もうとするそうした姿勢に、言論の自由を体現する存在とみて称賛の声があった一方、不必要に敵意をあおっているとの批判も出ていた。

土井氏の指摘の中からいくつかを抜粋。

「朝日新聞」の冨永格・特別編集員は1月9日朝刊に「フランスのカリカチュール(風刺)は、17世紀の喜劇作家モリエール以来の伝統といえる。19世紀以降は活字メディアを中心に、常に文化の一角を占めてきた」と書き、パリ大学の教授に「風刺はフランス大衆に受け入れられてきた。あらゆる権力や不寛容と闘い、表現の自由の限界に挑み続けてきたジャーナリズムなのだ」と語らせている。
この記事の魚拓→(cache) 極右・カトリックも風刺の的 奔放な漫画、仏の伝統:朝日新聞デジタルパリ=特別編集委員・冨永格2015年1月9日09時44分
・「一般受けするメディアではないが、奔放な姿勢はフランス社会でおおむね支持されてきた。」
・犯行の背景や容疑者の素性はさておき、仏社会は表現の自由を譲らない一点で結束している。」
※「犯行の背景や容疑者の素性はさておき」というエクスキューズが気になる。

・「他方、同性愛者やマイノリティーへの差別や憎悪をあおる表現は法律が禁じている。一般的な宗教批判と、信者への侮辱を分ける考えが定着しつつある。」
※宗教への「批判」と信者への「侮辱」を分ける……この線引きは難しいと思うのだが。

イスラムへの憎悪を煽る口実にされるという点で。イスラエルのネタニヤフ首相の発言
「急進的なイスラム教徒による攻撃には国境などない。テロリストは私たちの自由と文明を破壊したがっている」
「ISIS(イスラム国)とハマスは同じ狂信者たちだ。ハマスはISIS(イスラム国)。ISIS(イスラム国)はハマス。(ハマスを擁護する)国連人権理事会はテロリスト理事会となった」

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2015/01/10

数研出版が教科書から「従軍慰安婦」と「強制連行」を削除した関係の記事

本件について数研出版は今回の変更を「誤記」として申請したそうです。下記記事によれば、教科書の記述変更にかかる申請区分の「誤記」には、「事実関係の変化だけではなく、記述を分かりやすくするために変更する場合なども含まれる」のだそうです。ふーん……。
時流におもねって無難に生きようとした結果、社会を愚行に導くことになる選択がまたここにも一つ現れました。2015年初めのことです。

教科書の「慰安婦」「強制連行」削除…数研出版 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)(2015年01月09日 09時12分)

 教科書会社「数研出版」(東京都)が、現行の高校公民科の教科書3点から「従軍慰安婦」と「強制連行」が含まれる記述を削除する訂正申請を文部科学省に行い、認められたことが分かった。

 新年度から使われる教科書で反映される。同社は訂正の理由を「客観的事情の変更等」としている。

 記述が削除されたのは、「現代社会」2点と「政治・経済」1点の計3点の計4か所。いずれも文科省は昨年11月20日に訂正申請を受け付け、12月11日に承認した。

 文科省によると、訂正により、3点の教科書とも、「従軍慰安婦」、「強制連行」の言葉がなくなったという。3点の学校現場でのシェア(占有率)は、今年度で1・8~8・7%。

 教科書の歴史や領土に関する記述を巡っては、文科省が昨年1月、小中学校の社会科、高校の地理歴史、公民科の検定基準を改正。近現代史で通説的な見解がない場合、その旨を示すことや、政府の統一的見解や確定した判例があれば取り上げることなどを明記した。

 適用は現在検定を行っている中学校教科書からだが、教科書会社は、誤りや事実関係の変化があった場合などに現行教科書の訂正を申請できる。

 昨年8月には、朝日新聞がいわゆる従軍慰安婦問題に関する記事を取り消している。数研出版の担当者は8日、「訂正申請の経緯については、お答えできる立場の者がいない」と話した。

 同社は高校歴史の教科書は発行していない。

訂正が認められた数研出版・高校教科書の主な記述
 現行訂正後
現代社会1990年代に提起された第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」問題、韓国・朝鮮籍の元軍人・軍属への補償問題、強制連行・強制労働への補償問題など、日本には第二次世界大戦の未解決の問題がある1990年代には、第二次世界大戦中に日本から被害を受けた個人が、個人への補償は未解決だとして、謝罪を要求したり補償を求める裁判を起こしたりした
政治・経済戦時中の日本への強制連行「従軍慰安婦」などに対するつぐないなど、個人に対するさまざまな戦後補償問題も議論されている韓国については、戦時中に日本から被害を受けた個人が、謝罪を要求したり補償を求める裁判を起こしたりしている(戦後補償問題)

高校教科書:数研出版「従軍慰安婦」「強制連行」を削除 - 毎日新聞2015年01月09日 11時26分(最終更新 01月09日 20時16分)
 ◇公民科の「現代社会」2点と「政治・経済」1点

 教科書会社「数研出版」(東京都)が、今春から高校で使われる公民教科書から「従軍慰安婦」と「強制連行」の記述の削除を文部科学省に申請し、認められたことが9日、分かった。同省によると、現時点で他の教科書会社から同様の申請はなく、限定的な対応とみられる。

 文科省によると、訂正された教科書は公民科の「現代社会」2点と「政治・経済」1点で、戦後補償に関する記述。「従軍慰安婦」と「強制連行」の記述が削除された。数研出版は理由について「今の時点ではお話しできない」としている。

 政治・経済の教科書では「戦時中の日本への強制連行や『従軍慰安婦』などに対するつぐないなど、個人に対するさまざまな戦後補償問題も議論されている」という記述が「韓国については、戦時中に日本から被害を受けた個人が、謝罪を要求したり補償を求める裁判を起こしたりしている(戦後補償問題)」と訂正された。

 「従軍慰安婦」を巡っては、朝日新聞が昨年、過去の記事を取り消したことを受け、「新しい歴史教科書をつくる会」が昨年9月に教科書の関連記述の削除や訂正を教科書会社に勧告するよう文科省に要請。同省は「訂正を求める考えはない」と応じない方針だが、下村博文文科相は9日の閣議後の記者会見で「今後も訂正申請が出てきた場合、適切に対応する」と述べた。

 別の教科書会社は「朝日新聞の件などを受け執筆者と相談したが訂正はしない」という。

 文科省は昨年1月、近現代史を扱う際に政府見解を尊重するよう求める内容に教科書検定基準を改定した。適用されるのは現在検定中の中学教科書からで、今回の訂正は通常の手続き。【三木陽介】

数研出版の高校教科書の主な記述の訂正
 現行訂正後
現代社会1980年代に起こった教科書検定へのアジア諸国からの批判、1990年代に提起された第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」問題、韓国・朝鮮籍の元軍人・軍属への補償問題、強制連行・強制労働への補償問題など、日本には第二次世界大戦の未解決の問題がある1980年代には、教科書検定に関しアジア諸国から批判が起こった。1990年代には、第二次世界大戦中に日本から被害を受けた個人が、個人への補償は未解決だとして、謝罪を要求したり補償を求める裁判を起こしたりした
政治・経済戦時中の日本への強制連行や「従軍慰安婦」などに対するつぐないなど、個人に対するさまざまな戦後補償問題も議論されている韓国については、戦時中に日本から被害を受けた個人が、謝罪を要求したり補償を求める裁判を起こしたりしている(戦後補償問題)

高校教科書:数研出版、公民の「従軍慰安婦」削除 今春から使用 - 毎日新聞(2015年01月09日 東京夕刊)
上記朝刊記事の補足。文科省に取材した情報が追加されています。
 教科書会社「数研出版」(東京都)が昨年11月、高校の公民教科書から「従軍慰安婦」と「強制連行」の記述を削除する訂正申請を文部科学省に行い、同12月に認められたことが分かった。訂正が反映された教科書は今春から使われる。同社は訂正理由について「今の時点ではお話しできない」としている。

 文科省によると、訂正された教科書は公民科の「現代社会」2点と「政治・経済」1点で、いずれも戦後補償に関する記述。「従軍慰安婦」と「強制連行」の記述が削除された。申請書では「誤記」としている。同省によると、「誤記」の場合、事実関係の変化だけではなく、記述を分かりやすくするために変更する場合なども含まれる。下村博文文科相は9日の閣議後の会見で「今後も発行者から訂正申請が出てきた場合適切に対応する」と述べた。

 文科省は昨年1月、近現代史を扱う際に政府見解を尊重するよう求める内容に教科書検定基準を改定したが、適用されるのは現在検定中の中学校教科書からで、今回は検定済み教科書を対象にした通常の訂正申請に基づく手続きとなる。【三木陽介】

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2015/01/09

公明党・創価学会の政治的影響力は怖いよ~というDMMニュースの記事

あまり公明党・創価学会には注目してこなかったので、ほう、そうかもねえという辺りをメモ。

政財界が注視する創価学会のXデーは秒読み段階か - DMMニュース(小川裕夫)

公明党・創価学会の集票力を自民党も無視できないという話。

 議席の数では圧倒的多数の自民党も創価学会の票を頼みにしているのが現実だ。自民党は創価学会票を失えば議席は半減するとも試算しており、自民党は公明党を邪険に扱うことはできない。自民党議員の多くは公明党新聞だけではなく聖教新聞も併読して、公明党・創価学会のつなぎとめに必死だ。

 仮にアベノミクスの勢いに乗って自民党が衆参で3分の2議席を獲得しても、自民党が公明党を切ることは難しい。なぜなら、地方議会の自民党は公明党依存体質が国政よりも強い。公明党と手を切れば、自民党は地方で連戦連敗してしまう。

まあ時折聞く話ですが、地方選での依存がより強いというふうに言っています。そうなのか。単に知らないので半信半疑で話を聞いておく感じ。

橋下・維新との関係について。

 大阪では、いまだに橋下市長・松井一郎府知事を擁する維新の党の人気は根強いが、公明党・創価学会は“常勝関西”とも呼ぶほど、強固な支持層のあるエリア。結局、公明党議員が立候補した小選挙区に維新の候補者が立てられることはなかった。あれほど目の仇にしていた公明党との全滅対決を避けたのは、公明党と橋下市長が大阪都構想をめぐり水面下で手打ちをしたからだ、とも囁かれている。
「いまだに…根強い」と「いまだに」呼ばわりされる維新が哀れみを誘いますが、私は維新は結構関西人の心情に深く食い込んでいるだろうと想像しているので、軽侮すべきではないと思います。まあそれはともかく、「手打ち」については噂がネットでも出てますけど、他方で橋下・維新の選挙戦術を言う人もいるので正直分からない。

知らなかったのが公明党・創価学会の資産規模。

 政界だけではない。創価学会は財界でも年を追うごとに存在感を増している。創価学会の現金資産は10兆円を軽く超えるといわれており、有価証券や不動産を含めれば、世界ナンバーワン企業のトヨタだって足元に及ばない。
ホントかね~と思いますが(註1)、あまり資金源について考えたことがなかったので、まあそういう話もあるのかね、ぐらいで。

公明党は国土交通大臣ポストをずっと握っていますから建設業・不動産業者も頭が上がらないし、創価学会の膨大な資産を前に大手銀行も言うことを聞かざるを得ない
国交相の利権は、自民党が用意した公明党に対する大きなエサだろうなあとは思うのですね。公明党にとってもある種の麻薬のようなものになっているのではないかと思ったり。

庶民(中小零細事業者)の利益誘導を中心とする公明党が、消費増税を認めるのは一見奇妙なように見えるのですけど、自民党の流れに逆らわず、微細なところでお茶を濁して「公明党のおかげ」をアピールするというのが、コバンザメ政党公明党の真骨頂かと思っていました。だから、公明党が軽減税率を主張したのも、その種のコバンザメ根性の表れぐらいにしか思っていませんでした。しかし、下記の指摘は「なるほど、ありそうだ」と思いました。

軽減税率は生活必需品の消費税を低く設定するというもの。一見すると庶民救済策と思われがちだが、コメやパンはOKでソバはNGといったように品目ごとに税率を決めるので、「わが品目には軽減税率をお願いします」と業界団体が動き出すことは目に見えている。

 軽減税率の導入は業界団体との癒着を深め、公明党はその利権をも手にする。1月2日、山口那津男代表は新年早々から街頭に立ち、軽減税率を秋口には法整備の実現を進めると演説。もはや、業界団体の生殺与奪の権利は公明党・創価学会が握っていると言っても過言ではない。

 マスコミは消費税増税を煽りながらも、新聞は軽減税率を適用すべきだとご都合主義を振りかざした。新聞に軽減税率が適用されるかどうかは公明党が鍵を握っているのだから、マスコミも掌中に収めたことになる。

確かに軽減税率は陳情政治の温床になりやすいでしょうね。この点は看過してました。

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註1
金融経済統計月報 :日本銀行 Bank of Japanにある2014年12月19日発表の公表データ「金融1」にある第6表「マネーストック平均残高」の「最新公表値」によれば、
M1が593.9兆円(うち現金通貨83.3兆円、預金通貨510.6兆円)
ということだそうなので、創価学会が「10兆円を軽く超える」現金資産を保有しているというのが本当だとしたら、ちょっとものすごい話じゃないですかね?

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依然として北星学園大学を脅迫し続ける陰湿な人々がいる。

朝日新聞の「捏造」という表現自体が、完全にデマであるわけですが、こうした下劣な宣伝に知識人やマスメディア、総理大臣までも荷担していることは、本当に情けないことです。

下記の件。これに関する北星学園大学の苦悩と英断、そしてその後も続く陰湿な脅迫について、北海道新聞の記事をクリップしておきます。
フランスの新聞社での銃撃事件には「卑劣なテロは、いかなる理由でも許されず、断固として非難する」というメッセージを出した安倍総理、本件にも何か言ったらどうしょうか(註1)。

北星学園大の元朝日記者、文春を損賠提訴 「記事で名誉傷つく」-北海道新聞[道内](01/09 14:20、01/09 17:50 更新)

 従軍慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者で北星学園大(札幌市)非常勤講師の植村隆氏(56)は9日、「週刊文春などで自身の記事を捏造(ねつぞう)とされ、名誉を傷つけられた」として、発行元の文芸春秋(東京)と西岡力(つとむ)・東京基督教大教授に対し、計1650万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こした。

 訴状によると、植村氏は朝日新聞記者だった1991年8月と12月、「朝鮮人従軍慰安婦」として最初に名乗り出た女性に関する記事を執筆し、同紙に掲載。被告らは文春や著書などで、植村氏は強制連行があったかのような事実の改ざんを行ったなどという趣旨の指摘をした。また、被告らによる誹謗(ひぼう)中傷で何者かが北星学園大に脅迫状を送りつけるなど、植村氏と家族は重大な人権侵害を受けているとしている。<どうしん電子版に全文掲載>


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北星大、元朝日記者の契約継続へ 従軍慰安婦問題報道-北海道新聞[道内](12/17 06:30)
 札幌市厚別区の北星学園大に、朝日新聞記者時代に従軍慰安婦問題の報道に携わった非常勤講師の解雇を要求する脅迫状が届いている問題で、同大は16日、来年度も講師の雇用を継続する方針を固めた。

 同大は当初、学生や受験生の安全を優先して、雇用を打ち切る方針で検討していた。しかし、大学を運営する学校法人の理事会などで、「雇用打ち切りはキリスト教を基礎とした建学精神に反する」と反対意見が多く出された。

 また市民グループ「負けるな北星!の会」が発足し、全国の弁護士380人が脅迫状事件で容疑者不詳のまま札幌地検に告発するなど、支援の動きが国内外に広がった。札幌弁護士会が「民主主義に関わる」として協力を申し出たこともあり、大学は講師の契約更新に必要な安全確保ができると判断したとみられる。<どうしん電子版に全文掲載>


北星学園大、元朝日記者の雇用継続 学長「支援広がった」-北海道新聞[道内](12/17 17:48、12/18 03:16 更新)
 北星学園大(札幌市厚別区)が、慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者の非常勤講師を辞めさせなければ、学生に危害を加えるなどと脅迫されている問題で、同大の田村信一学長は17日、講師との契約を更改し、来年度も雇用を継続することを正式に発表した。

 田村学長は記者会見で、雇用継続を決めた理由として、「暴力による言論弾圧は許されない、という社会的合意が広く形成されつつある。それが卑劣な行為への一定の抑止力になりつつある」と述べ、雇用打ち切りの方針を明らかにした10月以降、大学支援の動きが広がったことを挙げた。

 学長はまた、「現場の教職員は一定の不安を抱えている」としながら、全国の弁護士たちが脅迫状事件の告発に乗り出したことなどを例に、「行政、警察、弁護士会などの具体的な支援が広がり、リスクが軽減されてきた」との見方も示した。

 講師は「学生たちとの授業を続けられることが何よりもうれしい。大学がつらい状況を乗り越え今回の決断をされたことに心から敬意を表する。この決断に応えられるよう、よい授業を行っていきたい」と語った。<どうしん電子版に全文掲載>


北星学園大への支援検討 文科相、元朝日記者雇用継続で-北海道新聞[道内](12/19 17:00)
 下村博文文部科学相は19日の閣議後の記者会見で、慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者の非常勤講師の雇用をめぐって脅迫を受けていた北星学園大(札幌市厚別区)が、来年度の講師の雇用継続を決めたことについて「最終的に誰を講師として採用するかは大学の判断だが、引き続き講師として雇用を継続するなら必要に応じてフォローしたい」と述べ、同大に対する支援を検討する姿勢を示した。<どうしん電子版に全文掲載>

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北星学園大にまた脅迫文 学生の家に放火示唆か-北海道新聞[道内](01/08 11:56、01/08 14:13 更新)
 従軍慰安婦問題の報道に携わった朝日新聞元記者が非常勤講師を務める札幌市厚別区の北星学園大に対し、昨年末、学生に対して危害を加えると読み取れる内容の手紙が届いていたことが8日、分かった。札幌厚別署は威力業務妨害の疑いで調べている。

 同署によると、手紙は12月27日、「北星学園大学」宛てに郵送で届き、ワープロやパソコンとみられる活字で「学生の家の何軒かから出荷する」「事件が起こったら拡散する」などと書かれていた。「出荷」は「出火」を意図した可能性があるという。差出人の名はなく、朝日新聞や元記者に関する記述も無かった。同大の職員が年末年始の休みが明けた6日に手紙を開封し、7日に同署に届けた。<どうしん電子版に全文掲載>


また北星学園大に脅迫文 元記者の雇用、継続の方針変わらず-北海道新聞[道内](01/09 07:00)
 従軍慰安婦問題の報道に携わった元朝日新聞記者が非常勤講師を務める北星学園大(札幌市厚別区)に昨年末、学生に危害を加えると読み取れる手紙が届いた問題で、同大は8日、昨年12月に発表した講師の雇用契約を来年度も継続する方針に変化がないことを明らかにした。

 同大での入試は2月6~8日の一般入試のほか、1月17、18日に行われる大学入試センター試験でも、道内志願者の4%に当たる750人が受験する予定。同大は教室内の点検を徹底し、受験生と試験従事者以外の立ち入りを禁じるなどの安全確保策を取る。

 センター試験の会場は原則、センター試験を使った入試を行う大学に設置され、同大では全3学部と短大の入学者の一部をセンター試験で選抜する。<どうしん電子版に全文掲載>


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註1
首相 パリ銃撃事件で「卑劣なテロを断固非難」 NHKニュース1月8日 1時04分
「今回のテロ事件で多数の死傷者が出たことに大きな衝撃と憤りを禁じ得ない。このような卑劣なテロは、いかなる理由でも許されず、断固として非難する。日本政府と日本国民を代表して、すべての犠牲者とその家族に心から哀悼の意を表するとともに、負傷者の方々に心からお見舞いを申し上げる。この困難な時に、日本はフランスと共にある」

※今回のフランスでの銃撃事件と安倍首相のメッセージについては、下記のような批判的コメントもあります。事情を知らないので即断はしませんが考慮すべき論点でしょう。
風刺週刊紙銃撃を非難=安倍首相*安倍晋三首相は8日午前、フラ... - Yahoo!知恵袋
安倍さんは問題の本質を解っているのでしょうか?
本質とは、何でそんな事件を起こしたのかという起因となっている問題点だ。
表現の自由がイスラム教徒(過激派)の信条のからかいや皮肉が限度を超えれば敵視されるだろう。
あなただって、自分の宗教や信条が常にからかわれたり皮肉られていたらムカつき傷つくでしょう。

イスラム教徒の女性の衣装などの自由も法で規制し、罰金を科し、フランス人と同じようにしない奴には罰を科す。
そんな社会の中で、専門に宗教観を蔑にする新聞社と聞く。
これが社会的な表現の自由だと言う事になれば、何が正義だと言う事になるのは仕方が無い面がある。
そういう国ゆえに起こった事件だろう。
日本人の在日韓国人の人たちに対する排斥運動と似通っている問題にも見える。
フランスのナショナリズムの台頭風潮に対する抵抗かも知れない。

日本に例えれば、日本人の習慣に従い、日本語を話し、日本の法に従わずに民族衣装で顔を隠したら罰金を科す。日本で生まれた人であっても容赦しない・・・そういう状況に対する事件と思えばいいのだろう。

テロという暴力だけに対峙した強い非難であるならば、余りにも薄いパフォーマンスなのではないでしょうか?
あるいは、フランスの排他的政策が日本政府の心情に近いからでしょうか?

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「リテラシーとはやる気のこと」という話から思い出して脱線する話

インターネットはテレビをこえられないか または格差を生むか - 意味をあたえる
なんだかユーモア系のエッセイに似ていて話の運び方や目の付け所が面白いのだけれど、それはこの人のパーソナリティからにじんでくる部分でもあるのかなあ。

リテラシー、とは言い換えればやる気のことで、私はそんな風に考えたから、タイトルのようにインターネットは格差を生むのか、と思った。インターネットはやる気のある人、根気のある人はどんどん貴重な情報を手にすることができる。ある意味ではフェアな世界だ。一方テレビはチャンネルを合わせるという最低限の動作で、みんな同じ情報を手に入れることができる。平等である。フェアと平等の言葉の違いを説明するのに、インターネットとテレビを用いると、わかりやすいことがわかった。
私はどうしても頭が固く、きまじめで定型的な考え方しかできないからユニークなコメントができないのだけれど、これを読んで思い出したのが先日乗ったLCCの飛行機のことだ。

関西空港のLCCターミナルは、何という名前か、飛行機の搭乗口に直結する通路がない。だから乗客は歩いて飛行機の足下まで行き、階段のタラップを登って搭乗しないといけない。関西空港で飛行機を降りるときはタラップを降りなければならない。エスカレーターも昇降機もないので、足の弱い人や車いすの人は大変である。というか、乗れるのだろうか。たぶん乗れない。
それに、LCCの機内は著しく狭く、日本人の標準的体型を持っている私ですら、シートに座ると膝が前のシートの背もたれにつっかえる。足を組むことも、ましてや組み替えることなど非常に苦しい。一旦シートに座ってしまうと、上着を脱ぐために腕を回したり伸ばしたりするのもできない。とにかく飛んでいる間はパソコンを開くことはおろか、ノートに書き物をするのも狭くてできないので、私はこのLCCに乗るときはいつも四六判より小さい本を読むか寝ることに決めている。
普通の航空会社だと「エコノミー」というランクがあるが、このLCCのチケットを見たら「ノンリクライニング」と書いてあった。つまり、背もたれを倒せない、倒してはならないという意味だろう。要するに、乗客は会社が決めた姿勢を維持して、文字通りすし詰めにされたまま運ばれるという、積み荷的な扱いをうけているわけである。

余談だけど、この会社のコスト意識、というか乗客を積み荷扱いする意識はしっかりしていて、搭乗時のアナウンスでいつも言われることがなかなかマッチョだ。
・通路で立ち止まるな。時間の無駄だ。
・頭の上の荷物入れはあまり使うな。足下に入れろ。
・シートベルトの締め具合が見えるようにしておけ。時間をかけさせるな。
・他に空席があっても動くな。お前らの体重も考えて配置を決めている。そのバランスが崩れる。
・乗務員の安全ガイダンスを見ろ。このちょっとの間もちゃんと注視できない奴はクズだ。
・上着やコートは膝に置け。毛布は用意してない。上着の方が温度調整に効果的だからな。
などと事細かく注意される。特に私が好きなのは「毛布はない」という下りで、ケチりたい気持ちを糊塗する姑息さが垣間見えて、LCCを利用してしまう自分のさもしさを無理矢理味わわせてもらっているような気持ちになる。

話を元に戻すと、この窮屈な姿勢を1時間や数時間続けるのは、一応健常な成人である私ですらかなり苦痛なことで、だから何とかやり過ごすために寝てしまうのだが、これが身体に障害があったりどこか痛みを抱えている人だとどれほど大変だろうかと思う。要するにこの飛行機は、足の悪い人や体に困難を抱えた人は利用しづらいバリアフルな乗り物になっている。

LCCは安いから、乗る側は出費を節約できる、つまり生活の経済効率を上げて、その分を他の有意義な支出や貯蓄に回すことができる。それに低所得の人でも飛行機を使って行動範囲を広げることができる。そういう意味で、確かにLCCは社会が豊かになっていく流れの一つの表れである。LCCがどうしてこういう低運賃を実現できているかというと、上に述べてきたように、一つの飛行機に乗せる乗客の数を増やし、飛行機を休みなく飛ばして回転率を上げて、というふうに経営効率を上げているからだ。「運ぶ」という機能に専念して、それ以外の要素、例えば乗客のくつろぎや快適さなどという部分は大胆に切り捨てるというやり方を取ることで、コストの切り詰めを実現しているわけである。
それが上に述べたような不便さや窮屈さにつながっているのだが、それが何を生んでいるかというと、このバリアを乗り越えられる人、つまりこの会社が決めた規格に適合する人だけがこの低運賃を享受できるという状況である。たぶん、足の悪い老人や身体障害者でこのバリアを越えられない人は多いだろうが、彼らの多くはまた低所得者でもあるだろうから、せっかくの低運賃でようやく移動の自由を広げる機会が生まれたのに、それを利用することができない。逆にバリアフリーな飛行機に乗るためには従来通り高い運賃を支払わなくてはならないが、今度は経済的にそれが難しい。ここにジレンマがあるわけである。

興味深いのは、LCCの低運賃がこうした弱者切り捨て(弱者を包含するサービスのカット)で実現しているということだ。会社側がサービスや機能を細かく切り分けてモジュール化し、個別のオプションメニューとして料金設定することで、お客の側では、自分の必要な部分だけを選べば無駄なサービスなどに余計なお金を払わなくてすむ。サービスを顧客自らがカスタマイズできるので、顧客一人一人の満足も高めることができる。そういうシステムになると、苦痛に耐えられる人、余裕のある人ほど、サービスを削り込んで低料金を実現できる。そしてそういう苦痛に耐えられる人、余裕のある人は、往々にして仕事もできて社会的・経済的に成功する力を持った人である。そうすると、所得を稼げる人、経済的にゆとりを持てる人は、支出面でも効率的に生活でき、ますます豊かな人生を送れる一方、苦痛に耐えられない人、余裕のない人は、稼ぐ力も弱い一方で、余計なサービスや機能に支出をしなければならず、ますます厳しい状況に置かれる。これは、経済効率を高め、お客の選択の幅を広げるという本来なら豊かさの拡大であることが、実は豊かさや富を一方に偏らせ、格差を広げる働きをしていることになるのではないか。これに類することは、いわゆる新保守主義的な考え方と規制緩和論の浸透、例えば現実には郵政民営化の時にユニバーサルサービスの廃止という問題として、あるいは今ならコンパクトシティと集住化という問題として、現れている。LCCの参入問題も、確かにそういう規制緩和路線の一環として現れてきたものだった。

先日LCCに乗りながら、そのようなことをつらつらと考えていたのだった。とにかく、身じろぎもできないほど狭いシートに押し込められて、ろくに本を広げることもできず、ただ寝るか沈思黙考するしかなかったので、そうするしかなかったのである。

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2015/01/08

地元でも地域カースト意識があったのを目の当たりにした話

以前、関東圏での東京中心主義みたいな差別意識について書いたことがありました。
東京では居住地での差別意識が強いの?: 思いついたことをなんでも書いていくブログ

自分の成長過程では、被差別部落への蔑視(結構強かった…)を除いては、あまりそういう土地がらみのライトでカジュアルな差別ネタって話題にならなかったので、私の地元ではそういうのは比較的薄いんだろうと思っていました。

が、しかし。

先日、身内と話をしていたら、その人が、非常にライトな感じで自分の学校で成立している土地カーストについて語ってくれました。
哀しいことに下層カーストに入れられている地域の生徒たちもその序列を受け入れているのだそうで、自分の居住地が優越と卑下の一つのきっかけになっているという話。
「地域性って多様なのに、どうして一次元的でリニアな上下関係に帰着させちゃうの?」
って聞いたら、ちょっと嫌そうな顔をしていたなあ…。まあたいがい私も嫌味な人間でありますな。

そういえば、この身内、ありがちではあるんですが、「福岡は治安が悪くて恐ろしい場所だ」とか真顔で信じていて、
「はぁ?」
みたいに軽くたしなめていたら、「犯罪率が…」とか「暴力団が…」とか、一生懸命に説明してくれるんでちょっと参りました。ちなみに、この人は福岡県に行ったことがありません。
ネットで吸い込んだ針小棒大なネタが、それらしい「事実」や「データ」を身にまとっているので、そのまま気持ちに染みこんだんでしょうね。
で、山口組の抗争が盛んだった時代の神戸の話とか、統計を評価するときのポイントの話とかをちょこちょことしたわけですが、やっぱり、かなり怒っていたなあ。私も身内相手で率直に話をしたら余計に感情を逆撫でしたんだと思いますが。そりゃ、自分の感情に結びついている信念を頭から否定されたらケンカしたくもなるわな。
ただまあ、身内だからこそ、また、若い人だからこそ、変な詭弁や錯覚に染まってほしくはないわけです。

今は受け入れられなくても、あとあと、何かの判断指針に生きてくれたらいいなあ…と思っています。いやまあ、結局上から目線ですな、我ながら。


関連エントリ
思いついたことをなんでも書いていくブログ: 地域意識

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2015/01/07

今はなんちゃって左翼wを見分けられるいい時代なのかも?

『殉愛』だけじゃない! 百田尚樹は“タカ派発言”もデタラメだらけだった!|LITERA/リテラ 本と雑誌の知を再発見

(前略)『殉愛』騒動真っ盛りの年末に出版された田原総一朗との対談本『愛国論』(KKベストセラーズ)だ。
帯には「日本人はいかに日本を愛すべきか」「戦後70年自虐史観と訣別する!」と勇ましい文句が並ぶこの本、流行ものにはなんでも乗っかる田原の無節操ぶりに改めて感心してしまうが、(後略)
確かに時流に乗って言うことが変わる人っている。そういう意味では、今は「左翼」(?)の本物?を見つけるにはいい時代なのかも。

戦前戦中は愛国と尊皇が時流だったから、「何となく」や「漠然と」や「雰囲気で」や「空気を読んで」や「猫をかぶって」という類の愛国者がたくさんいて、多分その中から「本物」、即ち筋金入りで骨の髄までの愛国者と、これらのまがい物とを見分けるのは難しかっただろう。反面、「本物」の反戦平和主義者や民主主義者、共産主義者を見分けるのは比較的簡単だっただろう。そもそもこうした「アカ」を見つけること自体大変なぐらいレアな存在だったわけで、そんな中に敢えて心情を維持して流されないようにするには相当の自覚と絶えざる反問が必要だったはずだろうから。

同じように、戦後は突如として猫も杓子も「民主主義」を言うものだから、逆に「本物」を見つけにくくなってしまった。
安保闘争時代には反戦平和、反安保、反帝国主義者であることはたしなみの一つだった。全共闘世代が中高年になって堕落したみたいな言われ方をすることがあるけど、あれも雰囲気に流されて染まった無自覚な「なんちゃって左翼」がたくさんいただけのことだと思えば、堕落でも何でもなく、元々骨のない人たちが時流や立場が変わったので言うことも変わったというだけのことだということになる。

それが今度はまた再び「ニッポンの誇り」とかが盛り上がってきているものだから、それにテキトーな民主主義者が足下をすくわれて馬脚を現すようになってきたおかげで、「あーこの人もダメな人だったのね」と判別が簡単になって来ているというわけね。慰安婦問題や南京事件への見解はいいリトマス紙になってる。

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Tポイントと個人情報の記事

まあ「ビジネスジャーナル」=サイゾーの記事なので、眉につばを付けて楽しむぐらいなものではあるんですけど…。
Tポイント、会員情報を広告会社提供の“気味悪さ” あらゆる買い物履歴、年収、住所… | ビジネスジャーナル

 12月3日、カルチュア・コンビニエンス・クラブの100%子会社で、Tポイント会員データを取り扱うCCCマーケティングと、広告配信サービス会社のマイクロアドは業務提携を発表しました。これによりマイクロアドは、ネット広告のターゲティング(掲出先指定)において、Tポイント会員の購入履歴データを利用することが可能になります。
従来のネット広告の多くの業者は、ユーザーのサイト訪問履歴をもとに、年齢や性別、趣味、嗜好などのおおまかなターゲティング機能を広告主に提供していました。
 しかし、Tポイント会員登録の際に提供する属性情報の「年齢、性別、世帯年収、住所、同居子どもの年代、職業」とマイクロアドが持つユーザーのサイト訪問履歴に、Tポイント利用者の購買データを掛け合わせることで、より繊細で正確な広告のターゲティングが可能になるのです。
Tポイントで記録されるリアルでの行動とネット上での行動とが合わせて個人が追跡されるという話ではないようにも思うのだけれど、
・「旅行ガイド・旅行関連グッズの購入履歴から「旅行予定者」を割り出し、広告を流すこともできる」
・「「東京都目黒区の中古マンションを探している、自動車を所有する3人世帯で年収800万円以上」などの指定も可能に」
などの記述を見ると、Tポイントデータから旅行予定者を見つけて、その人の見ている端末に旅行関係の広告を流すというようなことをするようにも見える。つまり、例えばコンビニであんパンを買ったらあんパンの広告が出てくるという感じでリアルの行動がネットでの表示に反映されるということみたいなのだけど、実際、そのレベルでネット上の行動を追跡できるのかな?携帯電話会社やプロバイダと連携したら実現できそうだけれど…。
 ここまで書くと、自分の情報がすべてダダ漏れになっているような気味の悪さを感じます。しかし、広告主は、広告を見ているユーザーが誰かを知ることはできません。個人を特定する情報は、広告主には提供されないからです。つまり自分が誰かは知られていないが、それ以外の情報はほとんど知られている、という不思議な状況がここにあります。
実際、徐々に「不思議な状況」が実現する方向に進んでいくのだろうけれど、それって大阪城の外堀を埋められているような話で、あとは城攻めをするかしないかだけ、ほぼチェックメイト状態ということなのだろう。何かの拍子で、その詳細な情報が「私のもの」だと見えてしまえば、一気に「私」の私生活や趣味嗜好、思想などまで丸裸になってしまう。そんな時代がもうすぐ来るのかもしれない。

ツタヤTカード、勝手に個人情報を第三者へ提供?規約改定炎上騒動の真相 CCCに聞く | ビジネスジャーナル

 とはいえ、「第三者への個人情報提供」がデフォルト設定となっており、会員はそれを拒否する場合には個人ページにログインしてオプトアウトの手続きをしなければならないという仕組みについては、問題視する指摘も多い。なおかつ、会員ページ上の「提供先への個人情報提供の停止」というページには、「提供先への個人情報提供の停止をご希望の方は、以下提供先のチェックを外してください」という表記の下に、約80社に上る提供先企業リストとチェックボックスがずらりと並んでおり、それらをすべてひとつずつ手作業でチェックを外し、煩わしさを抱いたユーザーも多いだろう。ちなみに、リストの一番下に「すべてのチェックをはずす」というボタンが設けられている。少なくとも、個人情報の提供を許可する会員のみ許諾の手続きを取るという仕組みにすべきだ、という指摘も多い。
「CCCにとってTカード利用者全員、同社発表では約5000万人から『第三者への提供に関する同意』を取り付けるのは、あまりにも煩雑です。そのため『個人情報の第三者提供に反対する人はいつでも提供を停止するという制度を設けたから、必要があったら知らせてね』という方法を採用したわけです。これは個人情報保護法の観点からは合法です。法をよく理解した上での“よくできた”対応だといえます」
「CCCは本気で個人情報を保護しようと思っているのかもしれません。しかし実際の運用は結局のところブラックボックスであり、一般消費者がチェックすることはできません。そこに究極的な『不快感』を感じる人は必ず存在します。
結局、個人情報を握っている側のモラルに期待するしかないという状況そのものが、危険性を感じさせるんだよね。営利企業が利益のタネを握っていて、それを使うか使わないかが企業のモラルに頼るしかないという状態は、事故が起きやすい状態を放置して交通マナーを呼びかけているのと同じようなこと。しかも交通事故よりタチが悪いのは、個人情報が実際に使われていてもそのことを被害者が直ちに知ることは難しく、漏れていることが分かったとしてもそれがどこから漏れたのか、故意なのか過失なのかを確かめるのも、その企業側に頼らなければならず、しかも漏れてしまうと原状回復がほとんど無理だということ。結局、CCCがどれほど「ちゃんとやります、やっています」と言っても、それは結局安倍総理が「秘密保護法の濫用は私が許しません」と言っているのと同じくらいの意味しか感じられないわけで。

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2015/01/06

タバコ:自民党はやっぱりろくなもんじゃないという話。

五輪都市東京:たばこ規制失速 自民異議、条例見送り - 毎日新聞2015年01月06日 15時00分(最終更新 01月06日 17時36分)

自民党は、昔からタバコ業者の利益代表で、WHOなど国際機関のタバコ抑制活動に対しても非常に消極的……というかむしろ敵対的……で、タバコが健康上有害だという単純な事実を政府が認めることすら許しませんでした。
日本は喫煙に極めて寛容な国で、禁煙運動に対して非常に敵対的な国だというのは、WHOをはじめとして国際的には非常に良く知られたことです。なんといっても、国際会議でも日本代表は禁煙の促進に反対し続けてきたわけですから。

現在、タバコが有害だということを政府が認めているのは、民主党が政権を握ったことによるものです。民主党はこういう成果をもっと宣伝していいと思うんですけどね。
民主党にもタバコ業者とつながりのある人はいるようですが、自民党ほど露骨ではない。ちなみに自民党にも禁煙側にコミットしている人もいますが、こちらも動きはぱっとしない。

それにしても、自民党ってこんなのばっかりですな。古い利権に忠実で、認識や価値の進展に対しては著しく反発する。
捕鯨問題しかり。
ジェンダーフリーや性教育しかり。
学校給食なんてものにまで反発する。

Listening:<ガラスの天井>女性と政治/4 議会「弁当は親の愛情」 - 毎日新聞2015年01月05日

「ヤジって『昭和』のものだと思ってた」。この秋、市議会を初めて傍聴した横浜市のパート従業員、カヤ亜矢子さん(39)は苦笑する。市立中学校での給食実施を求める質問があると聞いて訪れたが「ヤジがすごくて、議会では給食が歓迎されていない雰囲気に驚きました」。

 ●ヤジ飛び交い

 保育所の待機児童ゼロを一時達成したとして話題になった横浜市。一方で、中学校給食に関しては政令市の中で唯一、実施せずに弁当を持参させる方針を貫く。有志による「横浜学校給食をよくする会」は給食実施を求める署名を毎年2万〜3万筆提出しているが、給食を求める市議の質問には今も、ほかの議員から「親の責任だ」「家庭の愛情の問題」などのヤジが飛ぶ。

 「1000人のお母さんに聞けば1000人が、1万人に聞けば1万人が中学給食を望んでいる」と伊藤大貴(ひろたか)市議(37)は言う。「弁当は親の愛情、という意見を聞いたお母さんたちは『子育てしたことのない人の意見ではないか』とあきれていました」

 前回の統一地方選で、一般の政策ビラと給食のことだけを書いたビラの2種類を作製すると、給食ビラは飛ぶようにはけた。政策を知った見ず知らずの母親たちに、行く先々で取り囲まれた。「びっくりするくらいの反応だった」

 だが議会では「質問をするのさえ勇気がいる」(伊藤議員)ほど、最大会派の自民党をはじめとした反対が強い。(後略)

まあ、自民党が「圧倒的な勝利」を納めるほどに支持し続けているのは、私たち日本の有権者であるわけですが。

五輪での禁煙法制は、反禁煙的でタバコ企業と地方政府との癒着も指摘され、世界有数の喫煙寛容国である、あの中国ですら、罰則つきで制定しているわけです。あの悪名高い(?)中国ですら行った法規制を、東京都条例というレベルですら実現できない日本。一体何なのでしょうかねえ…。
※ちなみに中国は北京市条例で禁煙を定めたそうですが、北京は特別市だから都条例よりもひょっとしたら格上かもしれません…。

上記毎日新聞記事によれば、「東京都受動喫煙防止対策検討会」も、そもそも人選からやる気がなさそう。
そのメンバーリストはこちら。
東京都受動喫煙防止対策検討会委員名簿|東京都

第1回受動喫煙対策防止対策検討会|とうきょう健康ステーション
こちらで議事録を見ることができます。

記事中で触れられている「免疫学者」奥村康氏(順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センター長)の発言の該当箇所は次の通り。

【奥村委員】私は免疫学が専門であり、免疫の立場からたばこがどういうふうに影響を与えるかということをいろいろ調べているんですけれども、たばこで免疫に影響が表れるということはほとんどありません。喫煙者とそうでない方との差というのは、まず見つけることができない。それから昨今においても、若い方は40%から50%と非常に喫煙率が高いのですが免疫というのは非常に強い。芯となるような免疫、軍隊のような免疫と、それからおまわりさんのような免疫と2種類あるわけですけど、TとかBとかいうのは軍隊の免疫、それはたばこその他ではほとんど動くことはないんですね。ですから喫煙者とそうでない方、差は出ません、お年を召した方も若い方も差は出ないんですが、もう一つ、軍隊に呼応しておまわりさんのような免疫がございまして、最先端の免疫、これをナチュラルキラー細胞と言っているんですけど、例えばウイルスをやっつけたり、それから毎日体の中から出てくる突然変異をした細胞をたたいたり、がん細胞をたたいたりする細胞です。そのNK細胞というのはいろんなことで影響し、上がったり下がったりする。この間、ある大学の若い方が集まって、プレリミナリーな試験ですけれども、喫煙している人としていない人でどのぐらい違うかを調べました。もし喫煙している人のナチュラルキラー活性が低ければウォーニングすべきだと思いまして調べましたら、喫煙している人のほうが高いんですね。それから風邪を引く回数、例えばウイルスに対する抵抗力というのも意外と高いんですね。たばこを吸っている人は感染しないというようなことが、思ったより逆のことが出ました。免疫学的には、そういう実験をもとにしますとあんまりたばこの弊害というのは見つからないというのが僕の専門分野です。もう一つは、私が大学院の若いときにたばこで発がんできるモデルをつくるという試験をしました。『しんせい』という銘柄のたばこを使い、専用の機械を用いて朝から晩までマウスをたばこだらけにしたんですが、肺がんも何もできなかったんですね。野田先生はご存じだと思いますけれども、いろいろな方々に聞いてもたばこでがんをつくれる動物モデルについては、確立されたものはないんですよ、誰も成功していない。非常に、遺伝子をつぶしたりして非常に強引につくったやつはありますけれども、できないのですよ。それができないものですから、どうしても僕は基礎の医学者としては、たばこの害というのはあまり信用できないということになります。
喫煙の害は科学的に確証できないという主旨だと思いますが、この奥村先生の著書をAmazonで検索すると次の通り。
Amazon.co.jp: 奥村康
象徴的な書名をいくつか上げると、
  • まじめは寿命を縮める 不良長寿のすすめ (宝島社新書)2009/1/10
  • 免疫力アップがすべてのポイント! “健康常識"はウソだらけ (WAC BUNKO)2012/4/20
  • 「腸の免疫」を上げると体も脳も10歳若返る! (アスコム健康ブック 健康プレミアムシリーズ)2012/11/23
  • 雑誌「愛煙家通信」
科学性にこだわる基礎医学者として、この書名の付け方はどうなんですかね?おまけに出版社がワックとか…汗。
いや、元「日本免疫学会会長」にして「数々の医学賞を総なめにし、サプレッサーT免疫細胞の発見者でもある世界的権威」にたてつく気は毛頭ないんですけども。

それにしても、「愛煙家通信」。いや別にいいんですけどね、禁煙の委員会に愛煙家の先生がいてもいいんですけど、この雑誌、寄稿者や座談会メンバーに、秦郁彦とか西部邁とか堤堯とか、すぎやまこういちとか、出てくるんですね…。何かトンデモない鉱脈を掘り当ててしまったようだ…(汗)

閑話休題。
次に、毎日新聞の記事中に出てきた「放射線科医」である名取春彦氏(獨協医科大学付属病院放射線科医師)の発言。
ちなみに、名取氏はこんな新書を出しています。
Amazon.co.jp: タバコ有害論に異議あり! (洋泉社新書y): 名取 春彦, 上杉 正幸: 本
中身については……ええと……上記Amazonに投稿されている書評を読んで下さい。まあ大体わかります。
なんで都はこの人を呼んだんだろう…汗

前略…最近はたばこの有害作用を示すデータが次々と報告されていますが、厳密に見ますとたばこの健康への影響はまだまだわからないことばかりだと言ったほうがよいように思います。しかし、ここでそれを強調したいわけではありません。たばこは人体に有害であるだけなのか、それとも何らかのメリットがあるのか。この議論を始めますと嫌煙論者は有害作用ばかりを主張し、たばこ容認論者はたばこのメリットだけを主張します。お互いが都合のよいデータだけを並べて主張を展開し、合意に至ることはありません。…中略…
そこで、この検討委員会の議論の進め方に関して1つ要望があります。対立点を浮かび上がらせるのではなく、まずどのような立場からも納得できる合意点を確認し合って、そこから出発して提起された課題について検討していくということを提案したく思います。対立点はそっとしておいて、合意点から出発しようというわけです。
さてここから、受動喫煙問題に対しての私の見解を述べますが、原点に立ち戻って考え、立場を超えてどなたからも合意していただけるのではないかという線で、2点に絞ってお話しします。まず1点目は、たばこを吸う人がゼロになることはないという点です。…中略…東京オリンピックでは、国内だけでなく多数の外国人が東京を訪れます。その中には間違いなく喫煙者も含まれます。東京都は、たばこを吸わない人だけを歓迎するわけにはいきません。おもてなしは、たばこを吸う人にも吸わない人にも心地よいものでなければなりません。…中略…東京ではたばこを吸う人も吸わない人も仲よく暮らしており、雰囲気がとてもよい。東京には独特のスタイルがある、東京を訪れれば、喫煙者は喫煙のマナーを学び、たばこを吸わない人も東京のスタイルの心地よさを知る。このように東京には、世界に向けて東京の独自のスタイルを発信できるチャンスがあります。東京スタイルの中身をどうつくっていくかは、東京だけではなく日本中から知恵とアイデアを結集すればよいと考えます。
さて2点目です。受動喫煙問題は、基本的には喫煙者のマナーの問題であり、マナーの問題は自覚することが不可欠だという点です。…中略…自覚がなければマナーは生まれません。上からの強制は反発を招くだけで、自覚にはつながりません。喫煙者の自覚を促すためにはどうすればよいか、これも国民の知恵とアイデアを結集すればよいと考えます。(後略)
ところで、この委員会、細野助博氏(中央大学総合政策学部大学院公共政策研究科教授)が入っているんですねえ。
細野先生、コミュニティビジネスとかの本を書いたりしている先生なんですが、こんなところで何をしているんだろうかと思ったら、相当昔から禁煙推進の立場で審議会に関わっていたんですね。細野先生の紹介する大蔵・財務省とJTの動きの経緯は参考になりますが、ここではなんというか調整的で禁煙すべしという話になっていません…残念。

座長の安念潤司氏(中央大学大学院法務研究科教授)も禁煙派のようですが、

もし喫煙というのが当人にしか害がないのであれば、どうぞやってくださいという立場でございます。
とか
(前略)申し上げるまでもなくおそらく一つの出発点は、純粋にダメージが当人にだけ帰属するものであるならば、それは自由でいいだろうと。道徳としては別ですけれども、ポリシーとしてはいいだろうというのはおそらく今日のお話でも、出発点にしてよろしいのではないかと思いますが、(後略)
とか言っているので、これももうダメだなあ、と。WHOやアメリカの禁煙促進の大きな根拠が喫煙者の医療費問題だということを知らないのでしょうかねえ。
で、さすがに細野先生からすかさず「いや、依存性の問題は自由意志とは違うんじゃ?」みたいな突っ込みが入ってるんだけど、でも途中からぐだぐだになっちゃう。いやまあ、細野先生の話って途中からたくさん枝分かれするんで、だんだん何を言ってるのかわからなくなってくることが多いんですが。
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五輪都市東京:たばこ規制失速 自民異議、条例見送り - 毎日新聞2015年01月06日 15時00分(最終更新 01月06日 17時36分)
 東京都の舛添要一知事は2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、たばこ受動喫煙防止対策の条例化に意欲を見せていたが、当面見送る考えを示した。都議会最大会派の自民党が一律規制に異議を唱え、規制強化をトーンダウンさせた。だが、他の五輪開催都市は、公共施設だけでなく飲食店なども禁煙とする法令を罰則付きで整備しており、識者から「先進国の標準に近づく機会を逃す」との声が上がっている。【武本光政、竹内良和、川口裕之】

 「ハードルが高過ぎる面もある、罰則(付き)になると。条例を完全に捨てているわけではない。しかし、その前に他の施策をもう少しやりながらと思っている」。舛添知事は昨年末の定例記者会見で、飲食店の分煙化工事への補助など条例化以外の施策を優先させる考えを明らかにした。

 知事は、同8月の会見では「本格的に受動喫煙による害を防ぐということは非常に大事。条例制定も十分考え得る一つの選択肢」と強調していた。

 これに対し、与党会派の都議会自民党が同9月、村上英子幹事長名で知事に緊急要望書を提出。「小規模な店舗が多い飲食店等には条例による一律規制ではなく、店内の禁煙・分煙が店頭でわかる自主的な取り組みを促し、利用者が選択できる仕組み作り」を求めた。喫煙者の客足が遠のくことを危惧する飲食店の業界団体の主張に沿った内容で、要望書は「幅広く意見を聞き、対策を推進すること」と注文を付けた。

 これを踏まえ、都は同10月、有識者による「受動喫煙防止対策検討会」を発足。委員12人には日本オリンピック委員会(JOC)役員、法律家、日本医師会役員らのほか、規制強化に慎重な医師も選任された。初会合では、そのうち免疫学者が「免疫学的にはあまりたばこの弊害は見つからない」と指摘。放射線科医も「五輪でたばこを吸わない人だけを歓迎するわけにはいかない。『おもてなし』は吸う人にも吸わない人にも心地よいものでなければならない」と持論を展開した。検討会は年度内に意見をとりまとめるが、都に条例化を求める内容にはなりそうにない。

 五輪開催都市では近年、大会前に受動喫煙防止に関する法令が設けられている。都がソウル大会(1988年)以降の夏季五輪を調べたところ、来年のリオデジャネイロを含め8都市全てで罰則付きの法律や州法、条例を制定していた。

夏季五輪開催都市の受動喫煙防止に関する法令
都市(開催年)根拠(制定年)罰則内容
アテネ(2004年)法律(00年)あり<禁煙>医療施設、飲食店等
北京(2008年)市条例(08年)あり<禁煙>医療、教育施設<分煙>官公庁、飲食店等
ロンドン(2012年)法律(06年)あり<禁煙>公共施設、飲食店等
リオ(2016年)州法(09年)あり<禁煙>公共施設、飲食店等
※アテネ五輪以降、東京都調べ。リオはリオデジャネイロ

 日本禁煙学会によると、国際オリンピック委員会(IOC)は10年7月、世界保健機関(WHO)と「たばこのない五輪」を目指す協定に調印した。都によると、IOCの規定は、選手村の建物内を全面禁煙にし、屋外に分煙スペースを作ることや、競技会場に分煙エリアを設けることを盛り込んでいるが、法整備までは義務付けていない。

 ◇たばこの団体名、自民都連不記載 バーティー券購入

 自民党東京都連の2013年の政治資金パーティーで、都内のたばこ販売店の政治団体「全国たばこ販売政治連盟東京地区本部」が40万円分のパーティー券を購入したのに、都連は14年公開の政治資金収支報告書に団体名を記載していなかったことが分かった。政治資金規正法は、20万円を超すパーティー券購入者の記載を義務付けており、都連は報告書を訂正するとしている。

 パーティーは13年3月に都内のホテルで開かれた。都連や東京地区本部などによると、パーティー券販売を都連から任された都議会自民党が、東京地区本部から銀行振り込みで40万円の入金を受け、他の購入者から受け取った代金と合わせ都連に納付した。

 その際、都連は東京地区本部の購入額が20万円を超すことを伝えられず、団体名の記載義務に気づかなかったという。都議会自民党の事務局は「こちらのミスで都連に報告するのを忘れてしまった」としている。東京地区本部は13年、パーティー券の代金や寄付金として都内の自民党関連団体に少なくとも計160万円を支出している。【武本光政】

 ◇全面禁止は当然

 津田敏秀・岡山大大学院教授(疫学)の話 検討会の委員には、禁煙の医学的根拠をきちんと示せる人間が選ばれていない。米国では1991年に受動喫煙が肺がんや子供のぜんそく悪化などを引き起こすという報告書が出されている。世界の大手たばこ会社も、たばこの健康被害を認めている。健康とスポーツの祭典を開くのであれば、公共空間での全面禁煙は当然で、このままでは先進国の標準に近づくチャンスを壊す。

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2015/01/04

南西諸島の防衛と離島経済の狭間

南西防衛:15年度本格化 4000人増強や戦闘機倍増も - 毎日新聞2015年01月04日 08時00分(最終更新 01月04日 08時43分)
馬毛島もちょっと出てきますが…。

 政府が中国の軍備増強などをにらんで計画している南西地域の防衛力強化(南西シフト)が2015年度から本格化する。島しょ防衛のため陸上自衛隊に新設される水陸機動団の核となる水陸両用車両部隊を長崎県佐世保市に配備する方向で調整。航空自衛隊那覇基地(那覇市)は戦闘機倍増などで最大450人増えることが見込まれる。南西シフトに伴う自衛官の増員は少なくとも4000人規模となり、九州・沖縄が国土防衛の最前線となる。

 米軍も岩国基地(山口県岩国市)の機能が極東最大級となる見通しで、九州・沖縄・山口は日米の最重要防衛拠点と位置づけられる。中国の反発が予想される他、基地負担増や危険性の増加に対する地域住民の懸念も高まる可能性がある。

 南西シフトは政府の中期防衛力整備計画(2014年度から5年間)に位置付けられている。目玉の一つ、18年度までに新設する水陸機動団は米海兵隊がモデルとされ、敵国に占拠された離島を奪還するのが主任務となる。陸自相浦(あいのうら)駐屯地(佐世保市)の西部方面普通科連隊(700人)を母体に3000人規模を想定する。

 このうち、移動手段となる水陸両用車両部隊は佐世保市・崎辺(さきべ)地区に配備する方向で調整している。機動団司令部の設置も同市が有力候補地となっている。佐賀空港(佐賀市)への配備を計画している飛行部隊(700〜800人)の新型輸送機オスプレイ(17機)と一体運用する狙い。

 南西諸島も強化される。中国軍機への緊急発進(スクランブル)などに対応している空自那覇基地は15年度中、F15戦闘機の飛行隊が1個から2個に増強され、機数も倍の約40機になる。14年春には早期警戒機「E2C」数機による新部隊も発足しており、併せて隊員は250〜450人程度の増となりそうだ。

 沖縄本島以外の「防衛の空白」とされるエリアは、4離島に陸自部隊を新設する。うち与那国島(沖縄県)は150人規模の沿岸監視部隊を15年度に配備することで手続きが進む。同県の宮古島、石垣島、鹿児島・奄美大島には各350人規模の警備部隊を設ける計画だ。

 一方、在日米軍は、岩国基地が米軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機部隊の移転先となっている。17年度までに実施予定で、岩国の所属機数は約120機となり、米軍嘉手納基地(沖縄県)を超え極東最大規模になる。日米両政府は空母艦載機部隊の陸上離着陸訓練(FCLP)を鹿児島・馬毛(まげ)島で実施することも模索している。【井本義親、梅田啓祐】

 ◇軍事評論家の神浦元彰氏の話

 南西シフトは、外洋進出を強める中国海軍を東シナ海に閉じ込め、太平洋に出さないのが目的だ。中国が反発し、緊張が高まるかもしれないが、現時点の総合的な兵力は日米が勝っており、中国が日米の防衛ラインを突破するのは難しい。ただ、偶発的な軍事衝突が起こる可能性があり、危機回避のホットライン整備が重要だ。

政府が計画する南西シフトなどの概要
米軍岩国基地空母艦載機部隊
佐賀空港オスプレイ部隊
佐世保市水陸両用車両部隊
馬毛島米空母艦載機の訓練
奄美大島警備部隊
空自那覇基地・F15が40機へ・早期警戒機
宮古島警備部隊
石垣島警備部隊
与那国島沿岸監視部隊

南西防衛:基地の経済波及効果か戦争の影か…割れる意見 - 毎日新聞2015年01月04日 08時30分(最終更新 01月04日 12時16分)
奄美に出張したときには、あちこちで自衛隊の駐留=国のお金による経済活性化に期待する声を聞きました。そういうところでは、「中国の脅威」とか「反日感情」とか「無法、無遠慮な中国漁船」とかの排外主義的な感覚、あるいは「愛国」とか「日本人」とかの国家主義的な感覚が入りやすいみたいで、そうした膨張主義的な中国に対抗して日本を守るために最前線にある我々が防衛強化の先鋒を担わなければならないというトーンで、軍を誘致しようという話になるのでした。しかし良く聞いてみると、それは実は建前に近く、若干の使命感と「日本人の誇り」的な愛国思想も見えるのですが、本当のところは、軍が来ることになればたくさんの仕事とカネが降ってくるという期待の方が大きいと言うこともまた見えてくるのでした。
奄美ではそうした話をたくさん聞いていたので、軍に反対する声もまた決して小さくはなく、与那国島ではむしろ反対する声が政治を半ばするほど強いということを知ったことは、しっかり覚えておくべきことだと思いました。
 政府が計画する南西地域の防衛力強化(南西シフト)に伴い、九州・沖縄は自衛隊の部隊が次々と新設・拡充されていく。対象となる地域は地理的に不便な離島が多く、経済の衰退に悩まされ、基地誘致をきっかけとした活性化に期待を寄せる。半面、中国などとの緊張の高まりを招くことへの不安もあり、「国防の最前線」に置かれる住民の思いは揺れている。

 沖縄本島の南西約500キロに浮かぶ与那国島(沖縄県与那国町)。政府は2015年度に陸上自衛隊の沿岸監視部隊を新設する計画だ。しかし、反対派住民でつくる「イソバの会」の共同代表、山口京子さん(57)は「軍事施設があれば中国などを刺激し、攻撃目標にされかねない。観光にも影響が出る」と語る。島は日本最西端にあり、中国に最も近く、日中が対立する尖閣諸島も約150キロしか離れていない。

 部隊配備を巡り、島民は揺れ続けてきた。糸数健一・町議会議長は「安全保障の観点から基地は必要。中国の脅威が増す中、日本全体のために与那国に部隊は置くべきだ」と主張する。だが、島の基幹産業である農漁業は衰退の一途をたどり、1940年代に1万2000人だったとされる人口は約1500人まで減り、流出に歯止めがかからない。部隊誘致派には、配備に伴う町税増収、消費拡大、インフラ整備などの経済効果への期待が強い。

 町長選もこれまで誘致派と反対派が激しく激突してきた。2013年、誘致派の町長が3選を果たすと「過疎化に歯止めをかける」と語り、これを受けて政府は計画を進める。だが、反対派は14年11月の町議会で配備の是非を問う住民投票条例を可決させるなど、島は今も真っ二つだ。

 一方、350人規模の陸自警備部隊を置くことが計画されている鹿児島・奄美大島。14年5月には、陸自の新たな先鋭部隊となる水陸機動団の母体「西部方面普通科連隊」(長崎県佐世保市)などによる離島奪還訓練も実施された。

 「自民党は憲法改正で『国防軍』の創設を目指している。将来的に自衛隊でなく、他国並みの軍が置かれることにつながりかねない」。奄美市の市民団体「戦争のための自衛隊誘致に反対する奄美郡民会議」の高(たか)幸広代表は憂う。戦禍を被った歴史があり、島民に陸自配備への反対は根強い。

 だが、人口減少や産業低迷への効果的な打開策は見いだせないのは他の自治体と同様だ。14年6月、「地域経済の活性化を考えると誘致に動くのは当然」などとして、奄美市議有志が自衛隊誘致の会を発足。8月、朝山毅(つよし)市長が部隊受け入れを表明し、かじを切った。

 一方、水陸機動団の水陸両用車両部隊が配備される計画の長崎県佐世保市、米軍岩国基地に空母艦載機部隊が移転予定の山口県岩国市といった、地域経済を既に基地に依存させている自治体では、一定の理解を示す声が少なくない。竹本慶三・佐世保市商店街連合会会長は「定住人口が増えて地域活性化につながる。佐世保は自衛隊や米軍の基地と長年共存し、悪印象を持っている市民は少ない」と語る。

 しかし、一度基地に経済を依存すれば、そこから抜け出すのは難しく、岩国基地近くの「瀬戸内海の静かな環境を守る住民ネットワーク」共同代表の桑原清さん(75)は警鐘を鳴らす。「住民に実態が知らされないまま基地機能が増強されていく。そして騒音増加など負担を一方的に押し付けてくる」【福永方人、大山典男、井本義親】


日本の実力:自衛隊の戦力は適正か 軍事費は高額だが、有事の際の戦闘能力は未知数 - 毎日新聞毎日新聞×日本の論点(2014年03月31日)
自衛隊は高コストだから縮小すべきと言っているのか、もっとカネを掛けろと言っているのか、効率化すべきと言っているのか。また、中国の軍事力が怖いと言っているのか、それほどでもないと言っているのか。よく分からない解説。
 ◇自衛隊は、じつは高コストの集団

 スウェーデンのシンクタンク、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2013年4月に公表した12年の世界の軍事費ランキングによると、日本は600億ドル(5.9兆円=13年4月現在のレート)で第5位、4位の英国とほぼ同額だった。1位はもちろん米国で、6820億ドル(約67兆円)と世界全体の軍事費の4割を占める。2位は25年にわたり2ケタの伸び率で軍事費を増大させている中国の1660億ドル(約16兆円)、3位はロシアで907億ドル(約8.9兆円)である。

日米離島訓練の一環として米西部カリフォルニア州沖のサンクレメンテ島で行われた実動射撃訓練。手前は数キロ離れた小高い山の観測所で、着弾地点などを確認する自衛隊員ら=2013年6月20日、西田進一郎撮影 (毎日新聞社)
日米離島訓練の一環として米西部カリフォルニア州沖のサンクレメンテ島で行われた実動射撃訓練。手前は数キロ離れた小高い山の観測所で、着弾地点などを確認する自衛隊員ら=2013年6月20日、西田進一郎撮影 (毎日新聞社)
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 軍事費の総額だけ見れば、日本はたしかに軍事大国だが、対GDP比で見ると、米国の4.4%、中国の2.0%、ロシアの4.4%に対して日本は1.0%と、ランキングに掲載された15カ国中、最下位である。さらにその内実といえば、軍事費のうち人件費・糧食費が42%を占めるうえ、装備も高額なものばかり。ほぼすべてが国産で、武器輸出三原則があるために輸出によって単価を下げることができないからである。また、米軍に準じた高価な装備を揃えたがる傾向があるのも否めない。

 13年12月に閣議決定された「中期防衛力整備計画」(中期防)では、14年度から5年間の防衛費を総額約24兆7000億円とすることを決めた。前回、民主党政権下で10年に策定された中期防の総額23兆5000億円からすると1兆円以上の大幅増となるが、前述のような事情を考えると、それがただちに戦力の向上につながるかについては疑問符がつく。しかも同時に策定された「防衛計画の大綱」(新防衛大綱)では、陸上自衛隊の定員を今後5000人増やすことになっている。英国軍がこの3年間で2万1000人(12%)もの定員を削減し、人件費の浮いた分を兵器の研究開発に回しているのとは好対照である。

水陸機動団で尖閣は守れるか

 新防衛大綱は、中国の軍事的台頭と海洋進出に「強い懸念」を表明し、中期防も尖閣諸島を含む南西諸島防衛の強化を鮮明に打ち出した。

 警戒監視能力を強化するため、新型の早期警戒機に加え、無人偵察機グローバルホークを導入。さらに空自那覇基地に配備するF-15戦闘機部隊を倍増させ、次期戦闘機F-35と新空中給油・輸送機も導入する。また、ヘリに比べて速度・航続距離の面で優れ、離島防衛に活用できる新型輸送機オスプレイの導入も決まった。

 特筆すべきは、陸自に「島嶼(とうしょ)へ侵攻があった場合、速やかに上陸・奪回・確保するための本格的な水陸両用作戦能力」をもつ、「水陸機動団」の新設である。そのための装備として、米海兵隊と同じ水陸両用車を導入、さらに空輸性・路上での機動性に優れ、戦闘地域への迅速な展開が可能な機動戦闘車を99両調達し、代わりに従来の戦車は削減する。

 だが、陸自がこうした“海兵隊”を持ったとしても、制空権を確保できなければ、離島の防衛も奪還も不可能なのは、太平洋戦争下のガダルカナル島攻防戦を例に出すまでもなく明らかだ。2013年、中国が東シナ海に防空識別圏を設定したのも、有事における制空権確保に備え、日頃からこの空域での航空優勢を維持しようとする意図の現れといってよい。中国空軍が保有する戦闘機の数は、空自をはるかに上回るうえ、近年では旧型機を退役させ、性能面でF-15を凌駕するともいわれるSu-30をロシアから購入、ライセンス生産も始めた。空自の次期戦闘機F-35は、17年以降に配備が始まる予定で、開発が遅れ気味なのが気になるところだ。

 水陸機動団の新設は、冷戦時代にソ連の着上陸侵攻に備えて北海道に戦車を集中配備してきた陸自が、南西諸島防衛で「海空重視」の傾向が強まったために、自らのあらたな存在意義を離島防衛・奪還作戦に見出したともいえる。だがそれとて、輸送や艦砲射撃、射爆撃といった海自・空自の支援なくしては不可能だ。新防衛大綱・中期防とともに策定された「国家安全保障戦略」(NSS)に明記されている「統合運用を基本とする柔軟かつ即応性の高い運用」をどう実現するかが、自衛隊の実力をはかるうえでの試金石となろう。

 ◇ミサイル戦にどこまで対応できるのか

 中国の海洋進出ともうひとつ、新防衛大綱が「我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」と規定したのが、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発だ。これに対応するため、中期防では、SM-3ミサイルを搭載し弾道ミサイルの迎撃能力をもつイージス艦を、現状の6隻から8隻に増強することにした。

 しかし、SM-3が弾道ミサイルを迎撃できるのは、弾道ミサイルがエンジンで加速・上昇する「ブースト段階」、大気圏外で慣性飛行する「ミッドコース段階」、切り離された弾頭が落下する「ターミナル段階」のうちの、ミッドコース段階である。米国本土へ向かうテポドン2(およびその派生型)のような大陸間弾道ミサイル(ICBM)であれば、ミッドコース段階も6000km以上になるので、時間的にも正確な弾道計算が可能となるが、日本のほぼ全域を射程に収める準中距離弾道ミサイル(MRBM)・ノドンは10分程度で着弾するため、確実に破壊できるとは限らない。

 テポドン2はまだ実験段階だが、ノドンはすでに300発程度を保有しているとされる。ターミナル段階での迎撃を担うPAC-3ミサイルは射程が20kmと短く、日本全土をカバーするには相当な数が必要になるが、新防衛大綱・中期防では増強の予定がない。

 一方、核弾頭保有数の多さや技術力・生産力などの面から見て、潜在的には北朝鮮以上に脅威なのが、中国の弾道ミサイルである。北朝鮮の核兵器は、まだ「小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も排除できず」(防衛白書)という、はっきりしない段階だが、中国はすでに約240発の核弾頭を保有し、うち約180発が配備中だ。また米ロが持たない中距離弾道ミサイル(IRBM)や準中距離弾道ミサイル(MRBM)を多数配備しているのも特徴で、米海兵隊が沖縄からグアムに移転する理由の一つは、沖縄が中国のIRBMの射程内にあるからだという専門家もいる。

 現在、米ロにとって、敵の核攻撃をまぬがれる確率の高い核戦力の主力、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)についても、中国は最近「初期的な運用能力」を持つに至ったと、米議会の諮問機関が発表した。ただ中期防では哨戒機P-3Cの後継機で、速度・航続距離ともに優れたジェット哨戒機P-1の調達も本格的に始まる。対潜哨戒・戦闘能力が世界最高レベルにある海自は、静音性に優れた攻撃型潜水艦も保有しており、当面、日中間で衝突が起きたとしても、中国海軍のミサイル潜水艦を追い詰めることは難しくないといわれる。

 ◇敵基地攻撃能力の保有

 中国のミサイル戦力に関して、日米にとり将来の不安材料といえるのは、14年1月に実験をおこなったと伝えられる「超音速飛翔体」である。このミサイルは、ICBMに搭載されて打ち上げられ、大気圏内をマッハ5以上の超音速で滑空できるため、放物線を描く通常の弾頭とは異なり、着弾地点の予想が非常に困難となる。もし実戦配備されれば、自衛隊が運用するMDシステムのうち、少なくともPAC-3は無効化されてしまう。

 そこで14年夏には、空自に「航空戦術教導団」(仮称)を新たに編成、総隊司令部飛行隊に属している電子戦支援隊を教導団の下に移して「電子作戦群」とし、敵のレーダーや地対空ミサイルを無力化する電子戦の技術向上をはかるという。さらに第3航空団に属する航空支援隊も戦術教導団に移し、敵地に潜入して戦闘機の侵入ルートや爆弾投下のタイミングを指示する「爆撃誘導員」の養成もおこなうとみられる。

 安全保障環境が激変するなか、日本が、世界の軍事費の4割を占める米国との同盟を強化するのは、合理的な選択であるとはいえ、結局のところ、専守防衛という国是に則った防衛力整備を続けている以上、どれほど最新鋭の装備を揃えようと、北朝鮮や中国のミサイル攻撃を完全に防ぐこと、また米軍の支援なしに尖閣を防衛することは不可能なのである。政府もそれを意識してか、中期防では「弾道ミサイル発射手段への対応能力のあり方を検討し、必要な措置を講じる」と、間接的な表現ながら敵基地攻撃能力の保有を検討すると明記した。(日本の論点編集部)

世界の軍事費ランキング
順位国名軍事費(億ドル)GDP比世界シェア(%)
1アメリカ68204.439.0
2中国16602.09.5
3ロシア9074.45.2
4イギリス6082.53.5
5日本5931.03.4
6フランス5892.33.4
7サウジアラビア5678.93.2
8インド4612.52.6
9ドイツ4581.42.6
10イタリア3401.71.9
11ブラジル3311.51.9
12韓国3172.71.8
13オーストラリア2621.71.5
14カナダ2251.31.3
15トルコ1822.31.0

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2015/01/03

国交省「お前ら、存在自体が迷惑だから、さっさと立ち退くか死ぬかどっちかにしろや」

これはえぐい。お前ら迷惑だから立ち退けというに等しい。
費用の見積もりなど、お手盛りでどうとでもできてしまう。
集落に残りたい人たちの気持ちというのは、そう簡単なものではない。
限界集落維持のコストは 国土交通省が検証へ NHKニュース1月2日 4時13分

人口減少が深刻な過疎地で持続可能な集落の在り方を探ろうと、国土交通省は東北の4地区をモデルに集落を中心部に移した場合に維持する場合と比べてコストがどれだけ節約できるかを具体的に検証することになりました。

住民の半数以上を高齢者が占め、存続が危ぶまれているいわゆる「限界集落」は国の調査で全国400か所以上に上り、中でも東北地方は50か所と中国・四国地方に次いで人口減少が深刻な過疎地が多く、集落維持のコストが課題となっています。
このため国土交通省は、集落を維持する場合と中心部に移しコンパクトな街づくりを進める場合のコストを比較し、実際の集落をモデルに検証することになりました。
具体的には集落の維持にかかる道路や上下水道の費用やバスやゴミ収集車などのコストと、集落の移転に伴う費用を比較し移転でどれだけ節約できるのかを分析することにしています。
モデルとなるのは宮城県栗原市、青森県むつ市、秋田県湯沢市、それに山形県小国町の4地区で、国土交通省は現地調査をし、ことし3月までに報告をまとめます。
こうした検証は全国で初めてだということで、東北地方整備局の安田吾郎企画部長は、「限界集落の問題は、住民の合意形成が難しくなかなか解決に向かわないが、『コスト』を見える形にすることで、集落再編を進める貴重なデータにしたい」と話しています。

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