« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月の15件の記事

2015/03/24

これはひどい広告。買わざるを得ない。

『オシム終わりなき闘い』の著者インタビュー。
ハリルホジッチの故郷ボスニアの現実は人ごとではない。そしてオシムの奇跡から学ぶこと - 夕刊アメーバニュース(2015年03月17日 06時00分)

示唆に富みすぎ。ひどいなあ(賞賛)。ここまで煽られたら買わざるを得ない。記事中、心に残る言葉を抜粋。

―ボスニアは、95年の紛争終結後、ムスリムとクロアチア人主体の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア人主体の「スルプスカ共和国」のふたつの構成体による連合国家となっていますね。今でも民族間の対立は根強いのでしょうか?

木村 わかりやすい例を挙げるなら学校教育の問題。各民族それぞれが自らの民族を正当化する歴史教科書で勉強をしています。なかには、同じ学校に通いながら民族ごとに入り口が異なり、違う教室で学ぶケースもある。そのため若い世代ほど他民族に敵意を持ちがちという悪循環に陥っています。

教育による偏見強化。教育の重要性。
こういうことをいうと、「差別はよくないという差別」とか「偏見を抑えるというのも洗脳」とかいう害悪を正しい反論だと信じてる愚かな人が現れますが、阿呆としか言いようがない。「民族間の対立や憎悪は仕方ない・必然」とかいう人も出たりするけれど、それも馬鹿。
―サッカー協会にも、対立の構図が残っていたのですか?

木村 ボスニアでは、3民族の代表が「輪番」制で国家元首を務める体制が敷かれているのですが、サッカー協会も同様の仕組みを導入していました。この輪番制は一見、公平な体制のように見えますが、実際は極右権力者の権力温存に利用されているのにすぎません。

「この輪番制は一見公平な体制のように見えるが、実は極右権力者の権力温存に利用されているにすぎない」という指摘が興味深い。輪番制自体が本質的にそういう性質を持つものなのか、ある条件下でそういう性質を強く帯びてしまうものなのか。さらに敷衍すると統一選挙が民族(権力者)間の闘争や対立を生む危険とどう対照させるべきか。アファーマティブアクションなども同様の性質を持つのか。この辺は本を読まざるを得ない。
木村 はい。ただ、個人個人にそのような融和ムードが生まれつつあるものの、民族というカテゴリーを持ち出し対立を煽(あお)り、自らの権力を温存しようとする政治家の存在は今もネックになっています。
そしてそういう政治家が支持を集めたりするわけで。まるでわが国の出来事のようで、何が起こっているか目に浮かぶようだ。レイシズムやヘイトの魅力は人を狂わせるよね。
―そのようなナショナリズムの危うさについて、本書ではレイシズムが台頭する昨今の日本にとっても、決して人ごとではないと指摘しています。

木村 もともとボスニアを含む旧ユーゴスラビアでは、民族の違いにかかわらず多くの人々が大きな対立もなく共存していました。そのような人々が互いに殺し合う事態に陥ることは、紛争の始まる10年前には誰も想像できなかった。日本でもネトウヨ的な排外主義者たちがここまで勢力を拡大するとは誰も思っていなかったでしょう。

―確かに10年前には考えられなかったことです。

木村 旧ユーゴスラビアでも最初に民族対立を煽(あお)り始めたのは三流のメディアで「そんな動きは放っとけ」というムードだったそうです。でも、実際に紛争が起こってしまった。日本でもネトウヨや「在特会」に対して、似たようなムードで無視を続ける時期が長く続きました。差別や争いがある時に最もいけないのは、そのように高みに立って達観したフリをして行動しない、ニヒリスティック(虚無的)な態度だと思います。

ここが一番重要。
以前NHKが「BS世界のドキュメンタリー」で放映したヒトラーとナチスの台頭する番組を思い出す。

ヒトラー 権力掌握への道 後編|BS世界のドキュメンタリー|NHK BS1」(2014年8月12日 火曜深夜[水曜午前 0時00分~0時50分)

近現代史上前例のない組織的な大量殺りくを行ったアドルフ・ヒトラーとナチス。なぜ、これほど人種差別と憎悪に満ちた一人の男がドイツを支配し、社会全体を凶暴化し得たのか。1919年の第一次世界大戦後からナチスの独裁体制が確立するまでのおよそ20年間に焦点を当て、その真相を明らかにしていく。二つの大戦に挟まれた20世紀前半ヨーロッパの映像をカラーで再現した2回シリーズ。後編では、世界恐慌をきっかけにナチスが躍進し、ヒトラーが権力の座に上り詰めるまでを描く。
世界恐慌によってドイツでは失業者が溢れかえり、ナチスが人気を集めていく。1932年、ヒトラーは大統領選挙に打って出て敗れるものの、議会選挙で第一党となり、着実に勢力を拡大していく。1933年1月30日、ヒンデンブルク大統領はヒトラーを首相に任命。翌年、ヒンデンブルク大統領の死去により、ヒトラーは名実ともにドイツの頂点に立つ―。
溺愛していた姪の自殺、愛人となるエヴァとの出会いなど、ヒトラーの私生活も語られる。
原題:APOCALYPSE HITLER
制作:CC&C/France 2 (フランス 2011年)
ここでも、当初ナチスは軽視され、富裕層などは彼らが勢力を拡大することはないと見ていたという話が出てきた。

東浩紀氏のツイートに対するApeman氏のこのコメントを思い出した。
はてなブックマーク - Twitter / hazuma: とにかく、日本人は本音曝しすぎ。もっといろいろ隠そうぜ。

Apeman これは本当にひどいなぁ。自分が“歴史修正主義者にも場を与えよ”と主張したことを忘れているのか?
まあ東氏の場合はご自身がすでに暗黒面に堕ちている人だと思うけど。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/19

本日のクリップ

●出来レース?というか茶番?
時事ドットコム:政府・自民が「譲歩」演出=公明は成果強調-安保法制(2015/03/18-20:26)
・公明党の北側代表、公明党の会合で一任の取り付けに成功。
・北側氏、「政府の主張が後退したところもある」と「成果」を強調
・首相官邸、事前に「高めのボールを投げろ」と指示、政府案で「無理」を見せて公明党に譲歩する筋書きを設定。
・公明党が歯止めをかける「見せ場」を演出、政府・自民党がしっかり「実」を取った。

滅びの道に手を貸しながら、自らは正義の味方を演出する。これぞ公明党の真骨頂ですね。自民党も先刻ご存じ。

 安全保障法制の大枠に関する自民、公明両党の協議が18日、事実上決着した。自衛隊の海外活動拡大に当たり、安倍政権の「ブレーキ役」を自任する公明党が、党の主張がある程度反映されたと評価した。政府・自民党は与党協議で、公明党がのめない難題を次々と繰り出し、その都度「譲歩」する形で合意に持ち込んだ。
 与党協議会で座長代理を務める公明党の北側一雄副代表は18日、与党合意について記者団に「政府の主張が後退したところもある」と「成果」を強調した。北側氏はこれに先立つ党の会合で、合意案について「必ずしも断定的、確定的に書いているわけではない」と説明。出席者から反対意見はなく、今後の対応に一任を取り付けた。
 2月13日に再開され、6回を数えた与党協議は、政府案を公明党が押し返すパターンで進んだ。与党合意案では、自衛隊員の安全確保など3原則が法整備の前提と位置付けられ、政府が当初検討した周辺事態法の廃止や、強制性を伴う船舶検査、他国軍と物資を融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)の締結手続き省略は見送られた。いずれも公明党の要望を入れたものだ。
 一方、与党協議に携わった政府関係者は、公明党に政府案を示すに当たり、首相官邸から「高めのボールを投げろ」と指示を受けており、譲歩は想定内だった。最初に公明党の許容範囲を超える提案をすることで、同党がこれに歯止めをかける「見せ場」を演出。政府・自民党がしっかり「実」を取ったというわけだ。
 新たな恒久法に基づく自衛隊派遣の要件として公明党が明記を求めた「国連決議」は、合意案では「国連決議に基づく、または関連する国連決議がある」との表現で盛り込まれた。国連総会決議を想定している。政府・自民党は、安保理常任理事国の中国やロシアの拒否権行使で決議が阻まれる事態を懸念しており、安保理決議に限定しないことで折り合った。
 与党協議に当たり政府・自民党は、昨年7月の閣議決定を公明党が容認した時点で「決着済み」(政府関係者)と捉えていた。ただ、法案の具体的な条文が閣議決定の枠内と読めなければ、公明党の同意は得られそうにない。ぎりぎりの調整作業は、政府が法案の原案を策定するのを待って4月中旬に再開する協議に持ち越されそうだ。

(異議あり)松陰の「行動」への賛美、実は危うい 儒教思想を研究する小島毅さん:朝日新聞デジタル(2015年3月19日05時00分)
吉田松陰がテロを信奉する狂信的な天皇教信者で、現代につながる巨大な禍根を作ったことは良く知られていますよね。
だからNHKが吉田松陰をねじれた形で取り上げたのは、国家主義的圧力に押された苦肉の策だったのかなあと勘ぐっています。全く見る気がしないドラマですが。さて。

 今年の大河ドラマ「花燃ゆ」は、吉田松陰の松下村塾が舞台。安倍晋三首相も、地元・長州が生んだ松陰が大好きだ。「新しい日本の礎を築いた人」という松陰像に、中国思想史を研究する小島毅さんは異論を唱える。松陰の掲げた「正義」や「行動」は、実は危うさをはらんでいたのではないか、と。その理由を聞いてみた。

 ■通じない相手を敵とみなし、テロにつながる。相手の正義も想像しよう

 ――安倍首相は2月の施政方針演説で、吉田松陰の「知と行は二つにして一つ」を引用し、「この国会に求められていることは、単なる批判の応酬ではありません。『行動』です」と述べました。

 「松陰の称揚は明治時代に遡(さかのぼ)ります。維新という『革命』を正当化するために明治政府は『行動を起こしたことは正しい』と刷り込みを行った。行動の人として西郷隆盛、木戸孝允、大久保利通の『維新三傑』を顕彰し、後から松陰と坂本竜馬が加えられたのです。『考えるだけではだめ、行動こそ重要』という考えが広まりました」

 ――松陰たちの「行動」が明治政府をつくったと。

 「ただ、そこには矛盾があります。行動によって体制の打倒に成功すると、今度は自分たちの新しい体制を守るために、ときには『行動の人』を敵と見なさざるをえなくなる。ひとたび行動が反体制に向かえば、容易にテロリズムにつながるからです」

 ――松陰は幕府の老中、間部詮勝(まなべあきかつ)を暗殺しようとして死刑となりました。弟子の高杉晋作や久坂玄瑞は英国公使館を焼き打ちしました。

 「そう、松陰は、自分の愛(まな)弟子の伊藤博文をハルビンで暗殺した朝鮮人の安重根と似た立場の人だったんです。明治政府は、いわばテロを企てた人を顕彰したことになる」

 ――明治政府が行動を重視し、松陰を顕彰したなら、それが第2次大戦後まで受け継がれたのはなぜでしょう。

 「戦後、松陰の評価が巧みに書き換えられたからです。松陰の行動の根幹は尊王思想です。天皇にふたたび政治の実権をとってもらうことが大事で、『日本の夜明け』は二次的なものでしかなかった。戦後は尊王思想の部分が隠されて、『行動』だけがクローズアップされました」

    *

 ――安倍首相が引用した「知行合一(ちこうごういつ)」は、儒教の陽明学の思想ですね。

 「松陰が陽明学者と見なされるようになったのも明治以降です。そもそも江戸時代、陽明学はほとんど力を持ちませんでした。陽明学を有名にしたのは、幕府への反乱を起こした大塩平八郎で、彼のせいでむしろ危険思想と見なされていたのです。陽明学の『知行合一』が重んじられるのは明治維新後のことです」

 ――なぜ日本人はそこまで行動を重視したのですか。

 「行動の重視は日本人だけの特性ではありません。ISこと『イスラム国』も行動を重視しているでしょう。ただ、日本における思想の根付き方として、体系的な理論よりも、何をすべきなのかわかりやすいものを求めがちです。陽明学もそうしたかたちで受け入れられた。理想を実現するために、地道な言論によって人々を感化するのではなく、直接行動するという考え方が強くありました」

 ――その理想とは何だったのでしょうか。

 「一言でいえば『日本国の存続』です。天皇を中心とした挙国一致体制をつくり、西欧勢力の進出に対抗する。日本を一等国にするという目標のために、『日本のすばらしさ』が強調される。それが昭和20年の決定的敗戦でも終わらなかったところに、今に続く問題があると思います」

 「バブル崩壊後、ジャパン・アズ・ナンバーワンとおだてられていた時期に戻りたいと多くの国民が思った。しかし現実には、中国に経済力で追い越されました。その状況に耐えられず、『日本のすばらしさ』を顕彰しようというムードが再燃したのでしょう。『すばらしさ』の象徴として松陰が称揚され、ことあるごとに松陰を引き合いに出す安倍首相が支持される」

 ――松陰的なリーダーを求める空気があると。

 「近代の日本にも、大久保利通や伊藤博文など、松陰的ではないリーダーはいました。ただ、彼らも表面上は松陰的に振る舞わないと支持を得られない。本来、政治はだまし合いの世界であるはずなのに、策を弄(ろう)する政治家は嫌われ、誠心誠意の人をリーダーにしようとする。危ういことだと思いますね」

    *

 ――『行動』の理由が善意や正義でなくてはいけない。

 「中国に対する侵略戦争にしても、当事者たちは欧米列強や蒋介石の国民政府からの解放、あるいは赤化の防御と主張したわけです。善意でやっていることが恐ろしい。自分が正しいと思うことを他者もそう思うとは限らないという認識が欠けていた。海外の思想を、細かい論理のあやをすっ飛ばして受容してきたツケかもしれません」

 ――安倍政権が唱える「テロとの戦い」も、正義と善意が前面に出ています。

 「松陰的な思考だと、自分の善意が相手に通じないとき、相手を攻撃するだけになる。『他者』の存在を認め、その『痛み』を理解すれば、テロリストたちがなぜ残虐なことをするのかも想像することができる。決して共感する必要はないのですが、彼らには彼らの正義があり、松陰の『やむにやまれぬ大和魂』ならぬ『やむにやまれぬムスリム魂』で行動しているのかもしれない。それを最初から全否定すれば、つぶすかつぶされるかしかない」

 ――彼らの中にも「吉田松陰」がいて「松下村塾」があるのかもしれない。

 「そうです。それを理解する想像力が大切です」

    ◇

 こじまつよし 52歳 62年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は儒教思想。東アジア海域文化という視座から、日本史の新たな読み直しも行っている。主な著書に「近代日本の陽明学」「増補 靖国史観」「父が子に語る日本史」など。

 ■吉田松陰と陽明学

 吉田松陰は1830年、長州(山口県)生まれ。通称は寅次郎。家学である山鹿流兵学を修めたが、後に洋学者・佐久間象山に師事。54年、外国への密航を企て、下田に停泊中の米国ペリー艦隊の軍艦へ乗り込もうとするが失敗。長州・萩の牢獄に入る。

 出獄後、萩郊外の私塾・松下村塾で、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋らを教える。幕府の老中・間部詮勝の暗殺を企てた罪により、59年、江戸で刑死した。

 松陰はもともと軍学者・洋学者だったが、中国・明代の儒学者・政治家だった王陽明(1472~1528)の思想である「陽明学」の影響を強く受けたとされ、「知行合一」を重視した。

 ■取材を終えて

 今、「2015年の松下村塾」があったらどうだろう。松陰のような理想を掲げる指導者のもと、「意識高い系」の若者たちが天下国家を論じる姿を想像すると、なんだかちょっとイヤじゃないですか。今回、小島さんが「松陰の立場はテロリストと同じ」と断じるのを聞いて、松下村塾がやたらもてはやされることへの違和感の理由がわかったような気がする。松陰の「正義」と「善意」は、けっこう迷惑なのだ。(尾沢智史)

●愚かとしか言いようがない。
全モザイク・無音で「公開」 西宮の報道取材ビデオ撮影:朝日新聞デジタル(2015年3月19日09時38分)
公務員試験ってそれなりに難しいし、能力も常識もある人が中心の組織のはずなんですが、こんな馬鹿らしい決定を堂々とやってしまう。組織ってすごいなあ、組織理論って大事だなあって思わされる事例がまた増えました。西宮市役所の担当者の方々は恥ずかしくないのかね。

 兵庫県西宮市が報道機関の取材をビデオ撮影している問題で、市は18日、すでに撮影したテレビ局の取材の映像5件を部分公開する方針を示した。情報公開請求した朝日新聞などに通知した。報道機関や記者の名前、取材を受けた部署、取材内容などを非公開とする。市によると、ほぼ全面にモザイクをかけて音声もなくし、取材の日時と所要時間だけが分かる映像になるという。

 市広報課によると、市の情報公開条例にもとづき、記者や市職員らは特定の個人が識別できる個人情報に当たる▽報道機関名や記者名、取材内容は、公開されるとその報道機関にとって競争上、不利益となりかねない――と判断し、部分公開にした。23日に加工を施した動画を公開する。

 今村岳司市長は今年1月、一部の市政に関するテレビ報道が「偏向報道にあたる」として、テレビ局による取材を市職員が撮影する方針を表明。その後、新聞社の取材にも拡大するほか、映像を公文書として公開する方針を示していた。(半田尚子)

●双方向性と公開性があるメディアだからこそできた新たなジョークパターン。
はてなブックマーク - yubascript — 「人を馬鹿にしたブロックくずし」に見る「努力」への敬意を忘れたインターネット世界
「mizchi これにマジレスしてコンテンツが完成する感じ」
このコメントが全て。
悪のり、マジレス含めて全体で一つのジョークになっている。秀逸。

●これこそ「私はシャルリ」と叫ぶべき案件
仏「シャルリ・エブド」 福島第一原発を風刺か NHKニュース(3月19日 5時54分)
1.風刺画の概要→「黒みがかり、煙が立ち上る福島第一原発とみられる建物の前で、防護服を着た2人が巨大化した鳥の足跡を見て「ことし最初のツバメだ」と話す。」
2.在仏日本大使館→「大使館としてどのような対応を取るか検討している」とコメント。
3.2年前には新聞「カナール・アンシェネ」が福島第一原発に絡めて、腕や足が3本ある力士が土俵で立ち合っている風刺画を掲載し、日本大使館が抗議した。

・原発事故の風刺漫画→躍起になって抗議。
・慰安婦問題を否定する極右の国辱的スラップ訴訟→訴訟を励まして協力。
・慰安婦問題を取り上げた国際漫画展→躍起になって抗議。
・日の丸を床に投影して道案内にした博物館→抗議。
日本政府って肝が小さいというか小人物というか、全く尊敬の念を持てない存在ですね。情けなくなるほどに卑小な国家。

ことし1月に襲撃を受けたフランスの新聞「シャルリ・エブド」は、18日に発売した最新号で、東京電力福島第一原子力発電所を題材にしたとみられる風刺画を掲載しました。
18日付けのフランスの新聞「シャルリ・エブド」に掲載された風刺画は、「春が来た」と題され、3枚構成のうちの1枚にはアルファベットで「fukushima」と書かれています。
そして、黒みがかり、煙が立ち上る福島第一原発とみられる建物の前で、防護服を着た2人が巨大化した鳥の足跡を見て「ことし最初のツバメだ」と話しています。
これについてフランスの日本大使館は、「事実関係を確認のうえ、大使館としてどのような対応を取るか検討している」とコメントしています。
「シャルリ・エブド」は時事問題を風刺を利かせた漫画や記事で伝えることで知られ、ことし1月には新聞社で2人組の男が銃を乱射して、編集長や風刺画家など12人が殺害されました。
フランスでは2年前にも、新聞「カナール・アンシェネ」が福島第一原発に絡めて、腕や足が3本ある力士が土俵で立ち合っている風刺画を掲載し、日本大使館が抗議しています。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/16

少しずつ改憲へのたがが外れていく。

きまぐれな日々 「憲法改正」に関する内田樹、高橋洋一、三橋貴明の主張

こちらで指摘されている通り、着実に自民党の目標→平和主義放棄、人権抑制、国家中心主義への改憲に近づきつつありますね。
私は、もう少し進み方は遅いかと思っていましたが、ひょっとしたら予想より早く日本軍が堂々と人を殺す時が来るのかもしれません。

引用された時事通信記事見出し
「改憲、6割が「平和主義堅持を」=村山談話「踏襲」は34%-時事世論調査」
では、平和主義の放棄には世論は抑制的だと強調されていますが、

改憲を否定しない世論:77.3%

となっていて、改憲手続きの簡略化、軟性憲法化についてはほぼ回避できない状況です。
すると後は、上記ブログ主が「憲法改正の試食」と言うとおりの事態が進むでしょう。実際自民党はそういう手順を考えているようですし。

すなわち、アメとムチの抱き合わせで改憲案を作り、アメを大きく見せてムチを呑ませるという方法が可能になります。
ちょっと状況は違うけれど1925年の治安維持法と普通選挙法を想像してしまいます。

さらに怖いのが、世論が全体に極右的に傾きつつある様子です。
上記時事記事によれば、村山談話の踏襲を「しない方が良い」という積極反対派が 26.5%と4分の1以上もおり、さらに「談話そのものが不要」という、東京裁判を踏まえた戦後体制自体を拒否するような人たち(まあ無関心層も含むかもしれないけど発想自体がヤバイ)が 18.8%もいるわけで、これらを合計すると 45.3%とほぼ半分に達します。
アジア太平洋戦争が日本の侵略戦争であり、日本内外に途方もない災禍をもたらし、戦後70年を経てなお大きな苦しみを抱えている人がたくさんいるということについて日本国は反省の念を抱かなくても良いという意見ですからね、これ。国民の半数近くが、そういう考えを持っているという結果です。
この状況を見る限り、今後も他国民への差別的・排外的取り扱いが改まることは期待できないし、当然国連の人権委員会勧告が顧みられることもなさそうです。そしてまた、海外派兵・交戦自体も容認されていきそうです。「6割の平和主義堅持」の含意は結局自分たちが戦争の直接的被害者にならなければいいということのようですから。

| コメント (0) | トラックバック (0)

くじ引きでリーダーを選ぶ方式の合理性

確かサンマリノ共和国ではくじ引き制度だったような?

傲慢トップは経営リスクか 「人格障害」ビジネス界注目:朝日新聞デジタル(2015年3月15日21時58分)

 トップが助言に耳を傾けず、冷静な判断ができなくなって経営につまずく。これを「傲慢症候群」と名づけ、提唱しているのは神経科医の経歴をもつ、英政治家のデービッド・オーエン元外相・厚生相(76)だ。病気ではないが「権力の座に長くいると性格が変わる人格障害の一種といえる」という。

 オーエン氏が代表格となっている研究会は「傲慢学会」とも呼ばれている。2012年から英国で開いている国際会議を中心に活動。昨年は欧米の脳外科医、生化学者、精神分析医、経営・組織学などの専門家ら、約300人が集まった。
…中略…
長く権力の座にあると、自信過剰になり、周囲が見えなくなる。

長期間そういう状態にあると「人格障害」が起きるということだから、トップをしばらくやったら次はヒラに戻るという人事の循環をしたらいいのでは?
選挙方式だと派閥と権力構造ができるので、やっぱりくじ引きがいいのではないか。
もっとも、くじ引きを制度化し維持するための合意形成や制度の信認維持が難しいのだけれど。

ところで、最近は朝日新聞も正面から政権批判を避ける傾向があるように感じるけれど、この記事もその一環かなあ。
昔のソ連のように、これからは日本でもアネクドートが発達したりして。

| コメント (0) | トラックバック (0)

ピュアオーディオネタでアマゾンが大喜利会場に。

Amazon.co.jp: ソニー microSDXCメモリーカード 64GB Class10 高音質モデル SR-64HXA: パソコン・周辺機器

●元ネタとその波紋
ソニー、音質にこだわったmicroSDXCカード。「ハイレゾウォークマンに最適」 - AV Watch(2015/2/19 11:01)
上記記事へのはてなブックマークの反応

【藤本健のDigital Audio Laboratory】第626回:ソニー“高音質”microSDカード開発者に質問をぶつけた - AV Watch(2015/3/9 12:01)
上記記事へのはてなブックマークの反応

<山本敦のAV進化論 第44回>インタビュー&ファーストインプ 【速攻レビュー】ソニーの「高音質microSDカード」は本当に高音質なのか? (1/3) - Phile-web(2015年02月19日)
「実際に聴いてみた ‐ 音質の違いは明快」
「今後重要なのは、ソニーがプレミアムなSDメモリーカードをつくったことを、ブランディングも含めていかに強くアピールするかという点」

SDカードで音質が変わる?誰もが効果を疑う ソニーの“高音質”SDXCカードの効果をガチで検証 - 週アスPLUS(2015年03月11日09時00分)
上記記事へのはてなブックマークの反応

ソニーが“オカルト商品”の汚名返上? “高音質”microSDカードの裏で噂される「ソニーエスパー研究所」|TOCANA(2015.03.12)

ソニー、「高音質」なmicroSDXCカードを発売 | スラッシュドット・ジャパン(2015年02月20日 12時52分)
ソニーの高音質microSDカード、開発者曰く「測定結果には出ないが聴くと明らかに違いがある」 | スラッシュドット・ジャパン(2015年03月12日 15時20分)

まとめブログ系
【悲報】ソニーの高音質SDカード開発者「周波数で音質はわからなかった。最後は我々の耳に頼った」 : IT速報(2015年02月28日17:34)
ツクモがソニーの高音質MicroSDカードを茶化し、トランセンドジャパンが乗っかりはじめるwwww : IT速報(2015年03月12日20:33)

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/15

何というか脇の甘さも含めていつもの方々だなあ…と脱力した話。

渋谷で反同性愛デモを主催した「頑張れ日本!」の結成大会に安倍首相を始め複数の現閣僚が参加・登壇していたことが明らかに | BUZZAP!(バザップ!)(2015年3月11日16:20)

上記の記事タイトルで内容は尽きているのですが、せっかくなのでこれらの人たちを引用しておきます。

この結成集会に参加していた国会議員は同HPの記載によると以下のとおり。カッコ内は編集部が現在のポストや役職などを注記しています。党名なき場合は自民党所属となります。

安倍晋三(内閣総理大臣)
平沼赳夫(次世代の党党首)
下村博文(文部科学大臣)
高市早苗(総務大臣)
山谷えり子(国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣(防災担当))
衛藤晟一(内閣総理大臣補佐官)
西田昌司(自民党副幹事長)
稲田朋美(自由民主党政務調査会長)
大江康弘(2010年4月~12月 幸福実現党)
城内実(外務副大臣)
中山成彬(次世代の党・落選)
西村眞悟(次世代の党・落選)
赤池誠章(文部科学大臣政務官)
萩生田光一(自由民主党副幹事長・総裁特別補佐)

参加、登壇している当時現職の国会議員は以上の面々。自民党と次世代の党が中心となっています。安倍首相に加え、現在政治資金問題で大炎上中の下村文科相。ネオナチ団体の代表と写真を撮ったことで大きな問題となった高市早苗総務相、稲田朋美政務調査会長、西田昌司副幹事長らは3人とも参加。ヘイトスピーチを規制する立場ながら在特会元幹部との写真が大きな批判を呼んだ山谷えり子国家公安委員会委員長も名前を連ねるなど、安倍政権との並々ならぬ繋がりを見て取ることができます。

ああもう、おなじみの人たち。なのに、この人たちって、つながりを問われると「知らない」とウソをいうんですよね。
まずいと思うなら関係を絶てばいいのにと思うんですけど、そうしないからこんなふうにボロが出る。
主要政党の要人と関係があるなんて、そりゃ下々の人間からすれば喧伝したくなりますよ、箔が付くし。だから後からボロが出やすくなる。むしろ関係を黙っているのは黒い関係の人たちでしょうし。安倍総理などいろいろ疑惑も取りざたされていますけど明るみにはなかなか出ませんし。

この2010年2月2日に行われた結成大会、参加した政治家は上記以外にもたくさんいたようなので、興味がある人は記録動画を見るといいかも。私はキモチワルイので見ませんが。

| コメント (0) | トラックバック (0)

「とりあえず厄介ごとを避けたい」という私たちの姿勢が抑圧を生んでいるという話

当事者の一方からの伝聞情報という形なので留保は必要ですが、この種の萎縮って実は我々の社会の根深い問題なのではないかと思ったのでメモ。

「境界のないセカイ」マンガボックス連載終了のお知らせ: 幾屋大黒堂Web支店 @SakuraBlog(2015年03月15日)

講談社さんが危惧した部分は作中で"男女の性にもとづく役割を強調している"部分で、「男は男らしく女は女らしくするべき」というメッセージが断定的に読み取れることだと伺っています。
(私への窓口はマンガボックスさんの担当編集氏なので、伝聞になっています)
これに対して起こるかもしれない性的マイノリティの個人・団体からのクレームを回避したい、とのことでした。
ここで説明されている経緯は、
1.マンガ単行本を出す予定で作業が進んでいた。
2.その出版社が出版取りやめを決定。
3.その理由の一つが上記、「クレームを回避したい」ということだった。
ということです。

この方の抱えた問題から逸脱しますが、以下、思いついたことをメモします。

事の是非・善悪は別にして、とにかくクレームが来そうなことにはタッチしない、たとえ、そのクレームの内容が全く正当ではなくても、とにかくクレームが来るという事態そのものを回避したい。

こういう姿勢がすごく強い、ある意味、クレーム・アレルギーとでも言える拒絶反応は、学校や役所と関係するとしばしば実感します。
何かを提案すると、
1.まず「クレームが来ないか」を警戒
2.クレームを極力出づらくなるように内容を変えさせる
3.万一クレームが来たら逃げられる工夫(典型的なのはクレーム対応と責任との回避)を要求
という三つのハードルを(提案内容の善し悪しとはまた別に)越えなければならない。
そういう経験を何回かしました。
企業さんと仕事をしてもやっぱりそういうことはよくあるし、そもそも組織内でもここをクリアするのが大変なことがあります。

……まあ、こういう「クレームを理由にした拒否」は得てして「取って付けた理由」にすぎなくて、本当は別の理由で「やりたくない」ということも、しばしばあるんですけどね。

で、一度、そういう警戒モードになっちゃうと、正面からの説明や説得では事態はなかなか動かないですね。
「クレームなど来ませんよ」といくら言葉を尽くしても、クレームへの不安がもう頭にあるので、
「絶対ないとは言い切れない」「世間には予測不能な変人がいる」という部分でアウトになってしまいます。
ある種、「安心安全」とか「防犯」とかをすごく気にする人たちが不審者を強く警戒する感覚と似ているのじゃないかと思います。

上記の事例では、誤読によるクレームであっても出版社は逃げるということで、
「私(我々)もクレームの主張は間違っていると思うが、クレームにまつわるトラブルは避けたいので」
という、私もしばしば直面するモードを思い出しました。
こういうタイプの拒否を受けると、腹が立つやら情けないやら、そのくせ交渉や調整、妥協はほとんど不可能というわけで、社会の抑圧に負けたみたいな気がして、なんだか屈辱すら感じます。その都度、もっとしたたかにならないと、と提案を練り直したり別の方向から攻めてみたりということになるわけですが。

*******
別の方面から考えてみると、こういう「クレームの主張に同調しないが、トラブル回避のために」というパターンって、とても深刻な問題です。

例えば、もと朝日新聞記者の植村さんをクビにしろ、と北海学園大学に脅迫が続いた事件。
クビにしないと事件を起こすぞ、学生や職員を襲うぞ、というタイプの脅迫がたくさんあったわけです。
要求が不当なことは誰もが認めていたにもかかわらず、大学当局は非常に苦悩して、一度は脅迫に屈しかけるところまで行きました。「学生が襲われるリスクを冒せない、学生を守るのが最優先」ということが理由でした。
こういう点で、「クレームがありそうだから止める」というのは、脅迫、嫌がらせ、テロリズムに屈してもいいのかという問題と同種の課題を抱えています。
この課題の難しさの一つは、社会性を持つ問題について、弱点を持つ組織・個人に負担がかかるという点です。

そしてもう一つの深刻な問題は、クレームや異議申し立てという意思表示・行動全体への嫌悪感が広がることです。
例えば、上記の記事へ「プロ市民」という言葉でクレームを批判するコメントが付いています。
しかし自治会にせよ、学校にせよ、役所にせよ、提案や要求やを真面目に実現しようとしたら、行政手続きや政治過程に詳しくなるのは当然なので、そもそも「プロ市民」という言い方自体が意味をなさないわけですが、とにかく、不当な要求を強圧的に通そうとすることで飯を食う連中、というような嫌悪感が表明されているわけです。
実際、役所や公共機関に行くとしばしば、そして民間企業でも時折、「集団で押しかけるな」とか「敷地内で宣伝するな」などの文言を見ることがあります。こうしたことは、「クレームを付けるにも正しい方法がある」という意識が社会的に成立していることを示しています。つまり、クレームの作法が間違っていると、それはクレームの内容がどれほど正しく価値があっても考慮対象外とすべきだという考え方が社会にあるということです。
ところが、このクレームの作法の線引きが実ははなはだ曖昧で、人によって異なるばかりか、実は問題の領域やクレームの内容とによってその基準が大きく変わるようなところがあるわけです。要するにご都合主義になりやすい。
しかももっと面倒なのは、自分が考える妥当な作法の基準を逸脱したクレームをニュースなどで見て、「ああ、○○を主張するのはクレーマーだ、プロ市民だ」と、内容と作法を結びつけて切断処理を行ってしまうケースが少なくないようだ、というところです。

実は、「正しい異議申立の方法」があるかというのは結構難しい問題です。
長崎市長に銃弾を送りつけたりするのが論外なのは当然としても、正当な窓口も言論も事実上機能しない場合や暴力的に抑圧されている場合にも、穏健な方法でしかクレームを認めないと言えるのか。もしそうなら、百姓一揆や人民蜂起、植民地での独立運動、パルチザン、公民権運動などはほぼ不可能だったでしょう。部落解放同盟の闘争はその方法でいろいろな批判がありますが、しかし全国水平社からの強い運動がなければ曲がりなりにも今日の生活水準は得られなかったのではないか。そして、公害反対などの住民運動が当初役所でも門前払いで相手にされず集団交渉や示威運動へ発展したこと、各国の労働運動が激しい闘争を経て団結権や争議権、団体交渉権を勝ち取ったことを考えると、「良いクレームの付け方」の範囲内なら認めても良いという考え方には、結局、現在の体制からはみ出すものを排除する危険が潜んでいることが分かります。
しかし、ではどんな方法でも良いのかというとそうではないわけで、ここをどう考えるのかは結構難しいわけです。
そして、この線引きが、実は相当に自己(組織)防衛的、言い換えるとクレーム内容への是非判断を避けて作法問題に逃げるという反応が、私たちの社会の一つの特徴ではないかな?というふうに感じています。

中途半端ですが擱筆。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/12

お友達を大切にする人たち。

お一人目のケース。
お友達じゃない人だと止めないけど、お友達が辞めるのは止めます。全く予想通り。
下村文科相辞意漏らす? 首相慰留「辞めちゃ駄目だ」、献金問題 - 西日本新聞(2015年03月06日(最終更新 2015年03月06日 03時00分))

 支援組織の任意団体「博友会」をめぐる献金問題で厳しい追及を受ける下村博文文部科学相。3日、一時辞意を漏らし、夜の首相公邸で安倍晋三首相が「辞めちゃ駄目だ」と強く慰留した-。複数の政府、自民党関係者がこう証言した。
 順調に推移した第2次政権だが、昨年10月に小渕優子前経済産業相、松島みどり前法相がダブル辞任。第3次政権でも今年2月に西川公也前農相も辞任した。下村氏が辞任に追い込まれれば4人目だ。
 第1次政権では閣僚4人が「ドミノ倒し」のように次々と辞任し、首相は在任わずか1年での退陣を余儀なくされた。首相の脳裏には今、同じ悪夢がよぎる。4人目の辞任となれば、政権は危険水域に突入する。
 しかも、これまでの3閣僚と比べ、下村氏は第1次政権で官房副長官を務め、思想的にも首相に近い長年の「盟友」。政権への影響も格段に大きい。
 「首相は下村氏を絶対辞めさせない」。自民党関係者の一人はこう断言する。
      ■
 「今後、下村大臣が中心となって提言の着実な実行に着手していただきたい」
 4日夕の首相官邸。教育再生実行会議の第6次提言をまとめた会合のあいさつで、首相は下村氏を前にわざわざ名前を出して、続投を強調した。辞任観測が広がり始めた永田町に向け、強いメッセージを示したといえる。
 しかし、全国に六つある「博友会」のうち、「中部博友会」や「近畿博友会」で内部告発の動きが広がる。いずれも収支報告を義務付けられた政治資金団体ではないが、関係者は献金や政治団体としての実態を訴える。
 首相の慰留を受け入れた下村氏だが、5日の衆院予算委員会でも野党の厳しい追及にさらされ続けた。民主党の大西健介議員は、「中部博友会」元幹部が講演料を下村氏に渡したと証言したことを取り上げ、事実関係をただした。事実なら、2月27日の予算委で「講演料は(受け取って)ない」とした下村氏の答弁は否定される。
 下村氏は「(元幹部の)勘違いじゃないか。講演料は受け取っていない」とあらためて明言。政務秘書官が「博友会」関係者に、「大臣が申している」として報道機関の取材の拒否を求めるメールを送っていたことも、「私の指示ではない」と関与を否定した。
      ■
 4人目の閣僚辞任がいつ出てもおかしくない状況ながら、自民党内で政権批判は一切表面化していない。
 西川氏の辞任後も内閣の支持率は落ちない。首相に対抗できる人物も党内に見当たらない。首相の「1強」が、政権の危機を救っているといえる。
 さらに「政治とカネ」の問題は野党にも飛び火。ある政府高官は「政権批判が高まりかねない状況だったが、どっちもどっちとなって、法制度の問題にすり替わった」と語る。
 政権の危機管理を一手に担う菅義偉官房長官は下村氏の問題発覚後も「違法性はなく、全く問題ない」と強気を崩さない。
 だが、下村氏辞任で支持率が急落する事態となれば、「反安倍の動きが必ず出てくる。9月の党総裁選も無風とは言えなくなる」と自民党関係者は読む。
 政府高官の一人も「下村氏は数々の疑惑を否定しているが、それが虚偽だと反証されると厳しい。いろいろ(疑惑が)出てくると状況が違ってくる」と語る。
 下村氏は持ちこたえられるのか-。首相官邸は事態の推移を固唾(かたず)をのんで見守る。民主党幹部は「下村氏が辞めるまで、国会でたたき続ける」と言い切った。
=2015/03/06付 西日本新聞朝刊=

お二人目のケース。
我が身を省みず、引責辞任する人を全面的に弁護します。
橋下氏「本当に残念」 パワハラ被害者を批判 - 47NEWS(よんななニュース)(2015/03/11 21:23)
 橋下徹大阪市長は11日、大阪府教育委員会が中原徹教育長の辞職に同意したことに関し「本当に残念で仕方ない」と語った。パワハラ行為について「反省すべきだ」と重ねて強調しつつ、被害を受けたと認定された府教委職員を「全く言うことを聞かなかったと聞いている。とんでもない」と批判する場面もあった。

 市役所で記者団の質問に答えた。橋下氏は府教委の第三者調査チームの報告書を「でたらめだ。中原氏の証言が一切採用されていない」と主張。「名誉に関わるので思う存分言った方が良い。2年間で改革の道筋を付けてくれた」と強調し、あくまで大学時代からの友人を擁護した。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/11

思いつきの書き付け

中国人男性の頭の脱毛面積、北京の4分の1に相当―中国メディア (FOCUS-ASIA.COM) - Yahoo!ニュース( 3月11日(水)7時10分配信)

中国人男性の頭の脱毛面積をすべて足すと、北京市の面積の4分の1に相当することが調査の結果で明らかになった。10日付で環球網が伝えた。

中国医師協会の陸君・副秘長が05年に、北京や上海など大都市に在住する男性5779人を対象に脱毛の発生率を調べたところ、25%に達していた。中国の男性人口を8億とした場合、脱毛患者は約2億人という計算になる。

さらに、この2億人の脱毛面積をすべて足すと約4725平方キロメートルとなることが分かった。これは北京の面積の4分の1、上海の4分の3、杭州の1.5個分、広州の1.3個分に相当するという。
(編集翻訳 小豆沢紀子)

真面目な研究の余技というか耳目を集める一手法だと思いますがジョーク的に面白い比喩。しかし北京市って広いんですね。
ただし真面目にジョーク的に応答すると「脱毛面積」ってどうやって定義するのかなという疑問が。
毛が生えていない部分とすると、毛根部分を除く全ての皮膚の面積ということになるし、毛で覆われていない部分ということになれば、毛の長さや髪型で相当に面積は変わるでしょう。「直径○ミリメートル以上の領域で一定の太さ以上の毛髪を生やしている毛根が存在しないこと」みたいな基準を置くのでしょうか。

「家族や恋人など大切な人を守る」目的に合っていたか考えさせるべきだと思う。 - davsの日記

特攻隊員が「(国のためでなく)隊員個人の大切な人を守るため」に特攻作戦に参加した、という主張は、『永遠の0』などにも色濃く出ている。また最後は、「大切な人を守るため」と言いつつ、「国のため」という目的と入りまじってしまうというのもよくある結末である。しかし、動機だけで、行為やその結果の是非を判断できるのだろうか。
…中略…特攻隊を学校教育で扱うなとは言わないが、特攻作戦が「大切な人を守る」ための正しい方法だったのか、とか、今の日本に何をもたらしたのか、考えさせなければ、理不尽な死を称揚するだけになってしまうだろう。
この指摘の通りの切り分けが基本的に大事なのですが、ここが分からない・混ざってしまう論が多いように思います。戦争や悲劇にロマンティシズムを追ってしまうケースがそれ。

プライベートなことで。
・挨拶の辞を述べた後、すぐに部屋を出てしまった反省。主な人に挨拶してから出ればよかった。
・「プライベート」を名詞として使う日本語が気になる。プライバシーと言えばいいのにと思うが、少しニュアンスが違う使い方がされているようにも感じる。
・専門の古書店に売るよりもブックオフに売った方がよい値を付けてくれ、見計らいも丁寧だったという衝撃。
・メモに残そうと思ったそもそもの思いつきを忘れてしまって書けなくなったという衝撃。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/06

忘れないうちにメモ

この前、営業に来られた方と世間話になって、「これからは地方の中小企業でもますます海外進出しなくちゃいけないですねえ」という話になりました。
で、それを言い出した営業氏のいわく、
「でも難しいことも多いらしくて。あちこちの企業で聞くと、中国はダメ、日本人を見下しているって言いますね。しょせん中国は反日ですしね。これからはやっぱりベトナムやインドでしょうね。」
とのこと。
経営者と雑談するとよく聞く話ではありますが、私はちょっと困ってしまって、
「でもベトナムやインドもそれぞれ難しいことはありますよね」
と誤魔化してしまったのですが、今思いついたのが、
「進出先の相手をそういう見方でしか見られない人が多い限り、うちの県の企業が国際化するのは当分無理でしょうね」
とでも返しておいた方がまだよかったなあ、と。

まさに思いつきのメモでした。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/05

知覧特攻平和会館についてのメモ

以前、何回か知覧特攻平和会館への違和感について書きました。

特攻隊を賛美するのは特攻隊員を冒涜している: 思いついたことをなんでも書いていくブログ(2013/10/24)
知覧の特攻隊資料が世界記憶遺産に申請という件: 思いついたことをなんでも書いていくブログ(2014/05/07)
記憶遺産:特攻隊員の遺書は落選。: 思いついたことをなんでも書いていくブログ(2014/06/13)
日本政府のあまりにもあまりな愚かしさ。: 思いついたことをなんでも書いていくブログ(2014/06/13)

たまたま下記の方のブログ記事を見まして、そう言えば特攻平和会館のウェブサイトって見てなかったなあ…と思いました。
斎藤ひろむブログ » 知覧特攻平和会館に視察にゆきました(2012 年 2 月 6 日)

知覧特攻平和会館のHPに、「中高生のための事前学習資料」として「“特攻作戦”は何故行われたのか」というものがあります。
……中略……
この資料では、第二次世界大戦を「大東亜戦争(戦後は太平洋戦争ともいう)」と表現します。
戦争に至った経緯を、「…さらに11月、『ハル・ノート』と呼ばれる強硬な提案を突きつけられ、苦境に陥った日本は、アメリカの要求を受け入れて先進諸国の植民地になるか、それとも戦争に打って出るべきか、という厳しい状況判断を迫られたのです。
 その結果、わが国としては、アジアにおける欧米列強の植民地支配の状態を開放して、アジア独自の勢力圏(当時は『大東亜共栄圏』といった)を作り、アジア諸国が共に繁栄することを目標とし、ついにアメリカを主軸とする連合国との戦争に踏み切ったのです。」と記述しています。
つまり、第二次世界大戦を、アジア解放の戦争とえがく史観に立っているわけですね。
ああやっぱりそうだったのか、と思いました。
上記引用部以下で述べられている斎藤ひろむ氏の指摘・懸念は全く同感ですが、思いついて検索したら結構たくさんの人が同じような違和感を表明しているのですね。

ただ、逆の観点から怒っている人もいて感心しました。すなわち、
特攻隊員をかわいそうな人たちと哀れみ、同情する視点が許せない。
というものです。
つまり、特攻隊員を哀れむのは彼らの尊厳や誇りを汚すものだということでしょう。彼らの内心は葛藤もあっただろうが、自己犠牲への覚悟や誇りなど、様々なものもあったに違いない。彼ら一人一人の有様に丁寧に寄り添い、その心情を解きほぐしていくことなしに、簡単に「かわいそうな人たち」と見るのは個人の尊厳の冒涜だ、というようなことだと思います。

まあそれはその通りだろうなあ、個人の尊厳は大事だし、古今東西の誰を想起する場合でもその人自身に寄り添って考えることに意義があるのはもっともだと思うのですが、良くわからなくなるのは、大抵こういうことを言う人は反戦運動や平和運動は嫌いみたいなんですね。ここの連鎖がよく分からない。

戦争の国家責任を問い、日本の政府や社会へ反省を迫り、そして現代の私たちの戒めとし、非道なことを防ぐ仕組みを社会的に作る。こうしたことと特攻隊員(や旧軍の将兵)の尊厳を守ることとは矛盾しないと思います。そもそも平和運動や日本の戦争責任を追及する考え方と特攻隊員を「かわいそうな人たち」と一面的に見るという立場とは直接関係ありませんから。
むしろ彼ら個々人の唯一の人生を思うからこそ、この特攻作戦の立案から実施に至ったシステムとそのシステムの構築・維持に関わった者への怒りが湧くわけだし、後世に生きる私たちのできる唯一のことは、こうしたシステムを再び生み出さない、一人一人が自分の人生を輝かせることのできる社会を作るという努力しかないのではないかと思うのですけれども。
それは、一朝事あるときには勇ましく闘って(殺し合いをして)死ぬ(殺される)ことをいとわない心構えを作るということとは違うでしょう。
「どんなに努力しても他国が万が一攻めてくる危険はゼロにはできないのだから、有事に備えて戦争する覚悟は必要だ」という主張の是非はこの特攻兵士を「かわいそうな人たち」と見ることの是非とは直接関係ないし、愛国心に富んだ勇敢な兵士の存在が国家の無謀・低劣な外交防衛政策を免責するわけでもありませんからね。

閑話休題。

知覧特攻平和会館のウェブサイトですが、現在も「中高生のための事前学習資料」は掲載されています。見てみたら、上記の斎藤ひろむ氏の引用は、かなり控えめにしてあることが分かりました。なかなか壮絶です。遊就館の展示か「つくる会」の教科書みたい。「問題集」ってのもあって、ハルノートとか答えないといけない(苦笑)。これを生徒たちは「平和学習」と言って学ばされるんですねー。そしてそれを公的施設がやっている、と。
あと、トップページで葬祭会館ぽい音楽を流すのは止めてほしい。

ところで、この事前学習資料には、特攻隊員の心情を深く理解して、一面的な人間像を描かないようにという意図があるんですよね。資料は次のように締めくくられています。

 事前学習を充実し、遺書・手紙を真剣に読めば読むほど、その奥にある特攻隊員の心が深く伝わってきます。
 表面だけの文字を読むだけでは、『かわいそうに・・・』という感想しか生まれません。
 起こってしまった特攻作戦、今となって悔やむだけでは何も生まれません。彼らの生き様から『何かを学ぶ』姿勢こそ、私たち残された者にとって大きな使命といえるのではないでしょうか。
つまり、「かわいそうな人たち」だと単に哀れみ同情するのは誤りだと言っているわけで、その意味では会館に対してこの種の不満を持つ人たちは基本認識は共有しているわけです。だから怒る方向としては「展示をもっと純化せよ」という方向しかない。
まあどうやってもこの方法は結局特攻を美化する方向を強調することにしかならないわけですけど。

| コメント (0) | トラックバック (0)

一燈照隅のようになってしまっている社説

【社説】首相の「記憶違い」 リーダーの資質に疑問 | カナロコ(2015.03.02 11:43:00)

きわめてまっとうな(しかも穏健な……控え目な……)指摘。
*****
・(今回の日教組の件は)発端が国会での自身のやじで、その理由説明も出任せだった。
・逆の立場だったら、安倍首相は激高しただろう。
・記憶違いというより誹謗(ひぼう)中傷のレベル

・過去にも、自身の歴史観に懸念を示した元外務官僚を個人攻撃し、波紋を呼んだ
・最近も、邦人人質事件の政府対応を疑問視されると…声を荒らげて反論した。
・批判や指摘に対して聞く耳を持たず、大人げない振る舞いを繰り返している。
*****
安倍夫人も、夫は絶対に謝らない人だと評していらっしゃるようですし、彼の「直情径行」ぶりは筋金入りのようです。

思い込みが激しくて思い付きをすぐ口に出し、批判されるとすぐ激昂して口汚く相手をののしる…と言えば、政治家でも何人か心に浮かびますが、なぜかそれがほとんど安倍氏のお友達だというのはどうしたことでしょうか…(汗)。

この神奈川新聞社説の下に付いている関連社説も良い指摘をしています。タイトルだけ置いておきます。

【社説】首相発言 自ら憎しみをあおる愚 2015.02.08 09:53:00
【社説】要人の暴言 助長を招く首相の姿勢 2014.08.04 11:43:00
【社説】首相の姿勢 責任感を見いだせない 2014.07.18 11:10:00

そう言えば、従軍慰安婦問題に関する彼の国会答弁は、質問にまともに答えない全くのごまかしばかりでした。正面切って批判と闘うことはせず非本質的な個人的見解ばかり述べて逃げる。自分が間違っていることに気が付いているのに、自分の誤認や弱みと向き合うことができないのでしょう。人は誰でもそういう側面を持っていますが、それを政治上の重要課題に関してむき出しにしてしまう人たちが政治指導者に選ばれてしまった(しかもその治世があと数年は続く)ところに我々の大いなる不幸の一因があるわけです。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/04

一日のうちに「搾取」という言葉に2度も出会ったのでメモ。

楽天三木谷発言は、一般労働者の搾取が目的(今野晴貴) - 個人 - Yahoo!ニュース(2015年3月3日 13時36分)

文章は読みやすいのですが、自分なりに少し論旨を整理してみました。
たぶん、最も大事な点は、

1.三木谷氏の発言には重大なごまかしが入っていて、経営者的立場の人たちの話と一般社員の話とを混同して重要な弊害を隠し、労働者を雇う側の本音をごまかしている

2.思い切り仕事をしたいという情熱を持って熱く頑張る人をダメにするのか!
という批判に対しては、
いや、それはもう普通にできますから。今でも、何も問題なく。
という反論で議論終了

ということだと思います。

*******
●三木谷氏の発言
「ベンチャー企業というのは夢を見て24時間働くというのが基本だ」
ゆえに
「そういう会社に残業云々と言われても正直言って困る」

●この発言の意図を知る上でのポイント。

1.経営者であれば業種を問わず現時点でも労働時間規制の対象からは外されている。
2.実際に、経営者でなく雇われている労働者の中でも、自社の株を何割も持っていたり、経営者と実質的に同じ立場にある人も……(中略)すでに労働時間規制の対象外となっている。

つまり、現在でも、すでに、
「会社と立場を同じくする」ために、労働法の規制の必要性は薄いと判断されているのである。だから、ベンチャー経営者やその同志たちの労働時間を規制する法律は今のところ存在しない。

ということで、
「ベンチャー企業というのは夢を見て24時間働くというのが基本だ」
という人たちは、
「残業云々と言われて」困る
事態にはなっていないし、産業競争力会議ではこういう人たちの残業は問題になっていない。

従って、三木谷氏が「残業云々」と言っているのは、

会社が成長することで直接的には何の利害も得られない「一般労働者」も24時間、経営者に付き合わされることを自由にしろ、ということなのである。いわば、「定額¥働かせ放題」を合法化せよ、ということだ。

●長時間労働の弊害

1.「100年以上前から国民の健康を損ない、平均寿命すら下げることが知られている。」
2.「一度健康を損なってしまうと次に働くまでに膨大な費用がかかってしまう。これは国全体にとっての損失だ。」
3.「一般の社員を使い潰して行われる成長は、日本社会全体の成長や生産性を犠牲にした、身勝手なやり方である。日本全体の生産性の観点からも、「ベンチャーなら規制を外してもいい」ということには、到底ならない」
4.事故やトラブルは企業の被害も甚大にする。

●三木谷氏の発言の問題
1.三木谷氏個人は、規制緩和の政策推進者として、「数多くのベンチャー企業の社員の「命」と「健康」、健全な業務遂行」、「日本のITビジネスに対する信用」の毀損が起きても、彼個人は責任をれない。
2.現在でもすでに裁量労働制や労働管理監督者制度の悪用で「長時間労働を強いられ、過労死や過労自死、鬱病に追い込まれる労働者がごまんといる」
3.「一般の社員に対し、「お前は経営者だ」とうそをついて煽り立てる…企業はまさに戦略的に若者を煽って使い潰すことによって利益を出している。」「今回の三木谷氏の発言も、この広がりつつある「ブラック企業」の戦略に通ずるものがある。」

●まとめ
「大半の裁量労働制や管理監督者の適用は、今はまだ「違法」だということだ。ブラック企業に嫌気がさせば、社外の専門家に頼ることで、多額の残業代を求め、転職の原資にすることができる。」
しかし、三木谷氏の主張のようにこの規制も外されれば、このような救済もできなくなってしまう。

*******
というわけで、

思い切り仕事をしたいという情熱を持って熱く頑張る人をダメにするのか!

という批判に対しては、

いや、それはもう普通にできますから。今でも、何も問題なく。

という反論で議論終了ということです。

*********************
格差問題で竹中平蔵氏「正規が非正規を搾取」 : 経済 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)(2015年03月02日 23時03分)

 竹中平蔵・慶大教授と山口二郎・法大教授が2日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、安倍首相の経済政策「アベノミクス」を巡る格差の問題について議論した。

 竹中氏は、「雇用者報酬が実質で増えていることは重要。日本でも(格差が)拡大しつつあるが、世界の中で見れば客観的に低い」と強調。そのうえで、「正規が非正規を搾取する構造になっている。正規と非正規の壁をなくさなければいけない」と述べた。

 一方、山口氏は、「個人消費が伸びず、実質賃金も低下し続けている。マクロ経済の数字の改善が(国民経済の)成功指標であるという関係は21世紀に入って崩れた」と指摘。「普通の働く人に力点を置かなければ、経済回復の道筋は描けない」と訴えた。

さっそく、はてなブックマークで、

「労働者が労働者をどうやって搾取できるんだよ」
「搾取してるのは資本家だよ。マルクスな。」

などと、まったく正当に突っ込まれていました。

今の大学院生なら知らなくても「しかたないなあ」と苦笑いする程度なんですが、竹中氏の世代は「原論」は当然のように勉強したはずで、剰余価値論とかは普通に語れるはずなので、この「搾取」はきっとマルクスの言う意味ではないのだろうと思いますが(希望的観測)、しかし、仮にも経済学者(しかも理論系の)が「搾取」などという術語をルーズに使うのはいかがなものかなあ…と愚考する次第です。
……人材派遣会社の役員という資本家としての仕事に忙しくて、まさか「搾取」の定義すら忘れてしまったとは思いたくないです、さすがに。慶應義塾大学の教授でもいらっしゃるわけなので。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2015/03/03

感心したのでメモ。

安倍内閣を支配する日本会議の面々――シリーズ【草の根保守の蠢動】 | ハーバービジネスオンライン(2015年02月14日 政治・経済)
ハーバードビジネスかと思ってびっくりしました。

安倍内閣が日本会議系の人脈で固めているというのは有名な話で、日本会議が保守的宗教と密着していてそれら宗教が昔から自民党の支持基盤だったというのも有名な話ですが。
しかし見やすい表にまとめてくれていて、その相関の強さに改めて感心しました。

表1:各議連所属議員が第三次安倍内閣の閣僚に占める割合
表2:第三次安倍内閣の各閣僚の議連参加状況
せっかくの表なのに画像にされると残念ですね…。
なお、この表のソースは下記だそうです。
子どもと教科書全国ネット21【資料】 第2次安倍晋三内閣の超タカ派の大臣たち」(魚拓

しかしまあ、閣僚の氏名一覧を見るとそうそうたる面々ですな。改めて公明党がコバンザメ扱いみたいで泣けてきます。もう20年近く一緒にやっているのになあ。政治の世界も厳しいですね。なぜだかふと harsh という言葉が浮かびました。

| コメント (0) | トラックバック (0)

ニュースいろいろブクマ

以前からちょこちょこ読んでいたこのニュース。
佐賀県教委 高校授業用パソコンの「教科書」削除を指示 1年のライセンス契約 ― 当初の連絡は「口頭」、授業開始の2か月後|政治ニュース|HUNTER(ハンター)|ニュースサイト(2015年2月27日 10:05)
佐賀県立高授業用パソコン 春休み期間は利用不能 辞書・地図・問題集もアンインストールの理不尽|政治ニュース|HUNTER(ハンター)|ニュースサイト(2015年3月 3日 07:30)

……あまりに酷すぎてガセネタじゃないかというか目を疑うというか、にわかに信じられないわけですが。
以前から出ていたパソコンの不具合続出とか結局授業では使えないとかいう事態は、悲惨なことではありますが、まあ予想通りというか想定の範囲内なので、現場的に対応可能だなあ(…要するに上には使ったふりをして生徒にはあまり使わなくてすむように指導する形で)とは思っていたのです。

なんでも佐賀県では来年度の高校入学者も同じようにパソコンを買わされるそうです。
現場としては、さらに一層極力パソコンを使わないですむようにするしかないですね、こうした事態が続いているのであれば。こんな教材はとてもじゃないけど使わせられないですから。卒業後だって使い続けられる教材を与えたいじゃないですか。
現場的にはどうするかなあ。パソコンを使ったという名目を建てるには、結局、自作のプリントや資料類をせいぜいWordやExcelやPowerpointファイルで配って、それを溜めておかせるぐらいかなあ。
佐賀県の高校生の学力や進学実績が下がったら面白いなあ…と意地の悪い想像をしてみたり。

次は心理関係のブクマ数本。

老年期の性行動、認知機能を活発にする可能性も - WSJ(2015 年 3 月 3 日 10:59 JST)

 研究によれば、高齢の男女の中で、性的な関係に満足し、しかも性を高齢期の不可欠な要素の一つとみなしている人々は、性活動ならびにパートナーとの親密な関係を大切でないと感じている人々よりも認知機能テストが良かったという。
…中略…
 〔注意〕この研究は、深刻な認知上の障害を持つ被験者は含まなかった。また、性と認知機能の間の因果関係は特定できなかった。
順調な人間関係と認知機能との間には関係があるのかも?という結果だということでしょうか。家庭環境の安定が心身両面に好影響をもたらすという話かもしれないし、心身が健全な人は良好な人間関係を持ちやすいということかもしれません。というわけで、この調査結果自体は性行為が認知機能の活性化に寄与するという話だとは即断できなさそうですが、安定した肉体関係を維持しようとすること自体が認知機能の維持に役立つというようなことはあるのかもしれませんし、何か夫婦円満のネタづくりに役立てばいいですなあ…というような感じ。

次は、ここ数日ホットな色の錯覚に関する話題。
「白と金」それとも「青と黒」? ドレスの色が人によって違って見える(画像)(The Huffington Post 投稿日: 2015年02月27日 16時23分 JST 更新: 2015年02月28日 16時02分 JST)
まだドレスで混乱してるの? 青と黒とか白と金とか吹っ飛ぶ7つの画像(The Huffington Post 投稿日: 2015年03月01日 13時06分 JST 更新: 2015年03月01日 22時17分 JST)
詳しく解説している人の記事。
なぜドレスの色の錯覚はおきたか?-色の恒常性- - Sideswipe(2015-02-27)

もはや社会現象に。
「白と金」「青と黒」騒ぎであのドレスが激売れ 本物の「白と金」も発売へ - ITmedia ニュース(2015年03月02日 13時31分 更新)
・販売しているのは英国のアパレルメーカー「ROMAN」。1着50ポンドで、青と黒を含め4つのバリエーション。
・ドレスの販売は2月27日の時点で347%アップと激増。
・同社Webサイトはここぞとばかりにトップページで大々的に青と黒のドレスをアピール。
・大反響を受け、実際に「白と金」のドレスも発売する予定だとか。
・写真を取り上げた米BuzzFeedには記録的なアクセス
・「blueandblackdress.com」「goldandwhitedress.com」「whatcoloristhedress.com」といったドメインが速攻で登録された。
・LEGOが早速便乗してる。
この写真のいきさつも紹介されていて、

 発端となった写真はスコットランドの歌手、ケイトリン・マクニールさんが投稿。英BBCによると、マクニールさんの友人が結婚することになり、友人の母親が結婚式に着ていくドレスの写真を送ったところ、新婦は「青と黒」、新郎は「白と金」と見え方が違ったのだという。
とのこと。

件のドレス画像、私は日によって「青と黒だなあ」と認識したり、「白と金(というか黄土色っぽい)」と認識したりして見え方が変わります。
錯視が面白いなあと思うのは、「絶対間違いない!」と確信を持っている見え方が実は誤りだという衝撃が好きだからですね。自分の認識や信条の基礎が本当はあやふやで危ういものかもしれないという体験はとても刺激的です。自分の認識の枠の様子を手探りしているような楽しさがあります。

次は、政治信条や社会に対する意識の差は生理的要因に影響されているという話。

保守とリベラルで生理的反応が違っている - 忘却からの帰還(2015年02月28日(土) 21:04:11)
これの関連として
否定論・陰謀論を信じる理由 - 忘却からの帰還(2014年12月07日(日) 14:44:05)
印象的な一言。

少なくとも、保守とリベラルは同じ事実を同じには見ていないことは明瞭になっている。

「保守的」なるものがどういう心の動きと関連しているかを示唆する点がいくつか。

・保守的な人は、嫌なもの、不快なもの、脅威に敏感で、それに対抗・排除しようとする傾向が強いという指摘

University of Nebraska-Lincolnの政治学者で、この研究の共著者であるJohn Hibbingは「この結果は、保守な人々は、嫌悪する要素に対して、より敏感で、関心を持っていて、それらにより強く対抗する傾向があることを示しているかもしれない。これは進化論的に見ても理にかなっている。保守は、目に見える外敵からの脅威から社会を守る政策(防衛費増加を支持や移民反対)や内部の敵から社会を守る政策(伝統的価値や犯罪に断固対処うる)を支持する傾向があることと、今回の実験は整合している」と言う。

・思考を節約する傾向が保守主義につながるという指摘
政治的保守主主義が思考の節約の結果であることを示唆している。より思考努力および熟慮しないと、保守的イデオロギー支持が増加する。

・右翼的イデオロギーは認知能力が低い人にとって分かりやすく引きつけやすいという指摘。
右翼イデオロギーは世界の複雑さを最小化するので、低いメンタル能力の人々を惹き付けるというのが、彼らの理論である。右翼イデオロギーは、社会についての、よく構造化された、秩序だった見方、すなわち、伝統と規律を守る見方を提供する。なので、変化に脅かされ、不確実性と曖昧さを避けたい人々に魅力的である。逆に、スマートな人々は、ニュアンスや流動性や相対性の世界を把握する能力が高い。
この3番目の指摘については、地域統計に基づいて、例えば地域の学力水準と保守的傾向との相関を取ってみたら何か出てくるかもと思ったけれど、こういう測定は意味がなさそうだと気がついた。地域の学力水準の統計指標がかなり曖昧だし、保守的傾向にしても相当に曖昧な指標にしかならない。それに政治動向は経済事情など他の要因がたくさん関係しているだろうからそのコントロールが非常に難しいだろう。そもそもここでは「認知機能」を問題としていて「学力」とは概念が異なっているし。

気に留めておくべきなのは、我々、全ての人間は、ここでいう「リベラル」、「保守」の両方の心の動きを同時に持っている(ただし、その働き方とバランスは人によって異なるらしい)、つまり我々はみな多少は「リベラル」であり多少は「保守」なのだということは言えるのじゃないかなあ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »