お前は差別者だと言われると腹が立つのは差別者の兆候
タイトルの通りですが。
差別問題に関心がある人ってのは、大体において自分が差別者であること、ありえることについて自覚的だと思うわけです。
差別とは無意識の偏見であり、それを実体化した慣習や文化や制度や、というふうになっているわけですから、自らが差別しているということを自覚することは難しい。
それゆえに、自らの言動が差別的であるかは外部からの刺激や指摘で気づかされることが多くなるわけですが、それは一つのショックであるわけです。何といっても意識の陥穽を突かれるわけですからギョッとしますし、根拠のない悪罵のように感じるのは心理的な反応として当然のことだろうと思います。
しかしながら、その防衛反応が正しいかどうかはまた別のことなんですね。
差別問題に関心がある人、すなわち自分の差別性について常に懸念を持っている人は、ギョッとするにしてもそれは内省へのきっかけになるわけですが、そうした意識のない人は、誤解されたとか、根拠のない誹謗中傷をされたと思い、批判に対して憤りを表明する傾向があるように思います。
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