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2015年7月の28件の記事

2015/07/31

マーク・トウェインの言葉らしいのだが

人生は短い。ルールに縛られることはない。 すぐに許してあげなさい。 ゆっくりキスをして、本当に愛してあげなさい。 笑うときは誰はばかることなく笑って、あなたをほほえませる何物に対しても決して後悔してはいけない。
出所はどこにあるのだろうか。

見かけたのは、日本共産党参議院議員の大門みきし氏のfacebook、2015年6月15日付の書き込み。
大門みきし | Facebook

たまたま見かけたが、大門氏の人柄が感じられてなかなかいい。
日記のような短文なのだが、どことなく心がほっこりするようなエピソードと本の紹介。
「イイ話」というのはいかにもフェイスブックらしいのだが、なぜかよくネタにされる「いかにもフェイスブックないい話」にある作り話くささががない。
まあ、単に自分の好みに合っているだけということかもしれないけれど。

話は戻って、マーク・トウェインのものだという上記の言葉。
ちょっと検索すると、「マーク・トウェインの哲学」とか「マーク・トウェインの名言」とかいう感じのページがいくつかヒットする。
しかし、彼のどの文章から引いたのかという典拠は記されていない。

こういう「いい言葉」はミーム化して出所不明になりがちだから、いちいち原典を記すべきだと思うのだけれど。

分かればその本を買うか借りるかしようと思ったのになあ…。

***********************
追記(2016年5月13日)

英語圏でもこの言葉は氾濫しているようだが、マークトウェインの言葉かどうか疑う声がたくさんある。
いろいろな警句の寄せ集めではないかという意見もちらほらある。
マークトウェインがこんな安っぽいロマンチックな言葉を書くわけがないという意見もいくつか見た。
ただ、この一節の成立過程についての情報は得られなかった。
ネットミームではないかと思うので、古いものを探っていけばある程度のことは推測できるかもしれないけれど…。

で、日本語で
「原典は、Mark Twainの言葉となっていますが、いろんな書籍の言葉を寄せ集めたもののようです」
と書いている人がいた。もっとも、この人も根拠があるわけではなさそうだけれど。

Life is short...by Mark Twain

投稿日は2011年07月03日となっている。

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2015/07/30

手ぬるく底の浅いNHKの報道、逃亡奴隷を狩る私兵部隊をPR

NHK NEWS WEB 外国人技能実習生 失踪の実態(7月29日 19時50分)

実習生らが逃げ出したのは実習生の個人的欲望によるものだと言わんばかり。
日本企業の経営者や取り締まり機関だけにどれほど取材したところで、彼らがなぜ逃げるという選択をしたのかなど分かるはずもない。
ご都合主義に巻き込まれてしまい、実習生らを使い、監視し、捕まえる側の宣伝に使われてしまうだけのことだ。

奴隷を買う企業に奴隷を供給する「監理団体」と称するブローカー連中(奴隷主らが自分たちで組織している場合も多い)が、酷使に耐えかねて逃げ出した奴隷を狩るために、警察や入管のOBを雇っている。
そうした私兵連中に同行して、「不法滞在」の奴隷がヤミで蠢いている…というストーリーを描き出している。
今のニッポンでは奴隷になる以外に彼らが「合法」に滞在するすべはないのだが。

終いには逃げ出した奴隷を雇った農家にも矛先を向ける始末。
逃亡奴隷の所有権はそれを買った企業にあるのだから、他人が勝手に使っちゃ駄目だと言いたいらしい。

「まあ無断で雇う農家にも事情があるんですけどね」
したり顔で同情してみせる。
奴隷に心を寄せる必要はないらしい。……まあ、勝手に逃げ出したんだしな。逃げる奴が悪いよな?

奴隷はそれを買った企業=奴隷主の元へ返そう!
奴隷は奴隷主のモノだからな!
「ケーヤク」してるんだからな!
奴隷が勝手にカネを送金するなど許されないな!
そのカネは奴隷主が恵んでやったもので、奴隷主の許可なく使っていいものじゃないからな!
奴隷のくせに!奴隷のくせに!奴隷のくせに!
奴隷の分際でニッポン人並みの生活を望むなど、何と身の程知らずか!厚かましいにもほどがあるな!
奴隷には奴隷の身の程というのをきっちり躾けてやらないとな!
それが21世紀の、ニッポンの、掟ってものなんだよな!

まあ、今のNHKに企業や政府を告発するような番組は到底作れるはずもない。
だが、せめて奴隷主の提灯持ちをするようなことだけは止めてもらいたい。
産経シンブンよりもたちが悪い。

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2015/07/29

外国人技能実習生の日本へのイメージアンケート

また産経記事で嫌になるが、他に報道がないみたい。
仕方ないので、はてブにリンクを付ける。

はてなブックマーク - 「日本の印象良かった」97%→来日後58%に激減 ベトナム人技能実習生調査 龍谷大(1/2ページ) - 産経WEST(2015/07/29 11:45)

技能実習に来て日本の印象が悪化-。外国人技能実習制度に参加するベトナム人を対象にしたアンケートで、こんな結果が出た。劣悪な生活環境や低賃金労働などが背景とみられ、調査した龍谷大(本部・京都市)のベトナム人留学生、グエン・ヒュー・クィーさん(27)は「多くが日本に悪い印象を持ったまま帰国しており、両国関係に深刻な影響を与えている」と指摘している。 アンケートは平成26年10~11月、ベトナム人実習生100人以上にメールなどで依頼し、38人から回答を得た。その結果、97%(37人)が来日前の日本の印象を「とて...
日本へのイメージが悪くなるのは当たり前なので、それ自体特に驚きはない。
ただ、あまりこうした調査を知らないので(きっと他にもあると思うけど)、有意義だと思う。

ブクマコメントによれば、
「給料が安い」
「単純作業ばかりで帰国後の就職に役立たない」
「自由がない」
「狭い部屋に大人数で住まわされる」
「アンケートへの協力が受け入れ先に知られれば報復されかねない」
などの声があったらしい。この最後の

「アンケートへの協力が受け入れ先に知られれば報復されかねない」

がえぐい。ベトナム人留学生が行ったのに回収率が3割程度だったのもうなずける。
実際、日本企業側が実習生を暴行したり、賃金を払わなかったり、強制送還に持ち込んだりといったことはしばしば起こっているので、「報復」を恐れるのは非常にもっともなことである。

***********
ところで、この調査、詳細を見つけられない。

調査者であるグエン・ヒュー・クィー氏を検索すると、ご本人も滋賀県内で技能実習生をやっていたらしい。
しかし、これでは到底技能は身につかないと悟り、大学進学を志したとのこと。これはすごいことである。逆に言えば、「技能実習生」という制度が政府公認の詐欺的システムだということなのだけれど。

いまドキッ!大学生|中日進学ナビ|中日新聞(2012年4月10日)

研修期間終え日本語に磨き
龍谷大国際文化学部1年 グエン・ヒュー・クィーさん

 龍谷大国際文化学部1年のグエン・ヒュー・クィーさん(24)=大津市大萱=はベトナムからの留学生。滋賀県内の工場で3年間の研修生生活を終え、昨年9月に進学した。

 「日本の技術を学びたい」と入った工場は単純作業が多く、勉強する環境ではなかった。「このままじゃだめ」と一念発起。大学への進学を決めた。

 働いてためた貯金とアルバイト代で学費を払い、日本語にも磨きをかける。「頑張っていれば、別のドアが開いてくれる」と笑顔で話す。

 専攻は国際共生。「自分が働いて見えてきた研修生の受け入れ問題について研究したい」と意気込む。


グエン氏は龍谷大学の広報などであちこちに名前が見つかるから、きっと活動的で努力家なのだろう。
龍谷大学国際文化学部のページで彼はこう語っている。

ファンタジスタ!|国際文化学部|龍谷大学(りゅうこくだいがく)

メッセージ
私の一日は行ったり来たり、上がったり下がったりする波のように、何かに悩んだり、落ち込んだり、それを乗り越えた喜びを感じたりしています。入学当初は落ち込みの方が圧倒的に多かったのですが、負けずに努力していれば、苦労した分だけ報われ、好転していきます。ある先生が「失敗して初めて成功できる。だから皆さん、失敗を恐れずに色々なことに挑戦して成長していって下さい」とおっしゃったことを覚えています。私は大学生活で失敗(落ち込み)・成功(喜び)の繰り返し、少しずつ成長していきたいと思います。皆さんも失敗を恐れずにチャレンジして成長していきましょう!
こういう人材をすりつぶすように使い捨てる制度を「技能実習」と呼び、海外からの人身売買と奴隷労働だという指摘を一向に認めようとしない日本政府。それが我々の国を代表しているのである。

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南九州市、オシフィエンチム市との協定を断念。

この前書いたこの件:
[ネタ]英雄を賛美し鎮魂を祈る方向は世界記憶遺産向けには筋が悪い: 思いついたことをなんでも書いていくブログ

特攻隊基地で知られる南九州市がアウシュビッツのあるオシフィエンチム市と協定を結ぼうとしたら騒ぎになった、という話。

これについて、続報が出ていた。
知覧とアウシュビッツ、特攻とホロコースト、それぞれ何が似ていて何が違うのか - 法華狼の日記(2015-07-27)

こちら経由で知った記事。
結局、連携は断ることになったとのこと。予想通りである。

「アウシュビッツの市」と友好協定断念 知覧の南九州市、批判殺到「特攻と虐殺同列視するな」 [鹿児島県] - 西日本新聞(2015年07月27日21時50分 (更新 07月28日 01時25分))

 太平洋戦争末期に特攻隊員が出撃した知覧飛行場跡がある鹿児島県南九州市は27日、ユダヤ人を大量虐殺したナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所跡地があるポーランド・オシフィエンチム市との友好交流協定締結を断念したと発表した。戦後70年を機に、両市が手を携え世界に平和を訴えようと締結準備を進めていたが、「民間人虐殺と国を守る戦闘行為を同列に扱うな」などの反対意見が相次ぎ、締結に向けた協議を中止した。
 市によると、締結に動いたきっかけは5月下旬にオシフィエンチム市のアルベルト・バルトッシュ市長から届いた親書。「悲惨な過去を後世に伝える責任がある点で共通している」と交流を呼び掛ける内容だった。南九州市は特攻隊員遺書の世界記憶遺産登録を後押しする効果も期待し、その後の協議で、バルトッシュ市長が9月下旬に南九州市を訪れ協定を結ぶことに合意。特攻と虐殺の資料の相互展示も計画していた。
 今月15日に締結方針が報道されると「特攻隊を冒涜(ぼうとく)する」などの反対の電話やメールが全国から130件届いた。隊員の遺族からも数件、反対の声が寄せられた。賛成意見も数件あったが、霜出勘平市長は「締結すれば元隊員や遺族を傷つけ、混乱も予想されるので断念した。特攻を広く発信することで『狂信的』といった海外の評価を変えたかったが、これほどの反発は予想しなかった」と話した。
 1945年5月に串良飛行場(同県鹿屋市)で離陸直前に滑走路で出撃中止を命じられた元特攻隊員の川風良平さん(88)=宮崎市=は「命令一下で死んだ隊員も戦争被害者であり、特攻と虐殺が同一視されかねない協定には違和感がある。みんなが納得する形で語り継いでほしい」と語った。
=2015/07/28付 西日本新聞朝刊=
全く愚かなことだと思うが、あの特攻平和会館の様子を見ている限り、まあこうなるだろうなという印象である。

市長のコメントがかなりナイーブだが、記憶遺産の取り組みを通して特攻隊が美談であるどころか凄惨な国家犯罪だという観点にやっと気づいたのだろう。これにはおそらくアドバイザーであるシェフタル教授の導きもあったのではないか。しかしこの観点が右翼的には絶対に受け入れられないということまでは思いが至らなかったようだ。

市には「電話やメールが130件届いた」とあるが、南九州市へのメール窓口はどこにあるのか分からなかったんだよな…。

ただ、少し検索するとあれこれ出てくるが、当時、市に抗議しようという呼びかけがネット上に結構出回っていたわりに、130件というのは少なかったなあという印象。
しかし、彼らはこれも「戦果」や「勝利」として自信を深めるのだろう。
実際には遺族らや自民党など地元・関係者の力が大きかっただろうと思うが、それにしてもこの愚かな判断を止められなかったという点では、「彼ら」の勝利であり「我々」の敗北ではある。

******
上の法華狼氏の記事とコメントには、少し詳しい情報が出ている。

本件について前回書いたときには気づかなかったが、南九州市の記者会見の詳報が公開されていたのだった。

「賛美・美化が目的ではない」〜特攻隊員の遺書などの世界記憶遺産を目指す南九州市長らが会見 (1/2)魚拓(1/2)
「賛美・美化が目的ではない」〜特攻隊員の遺書などの世界記憶遺産を目指す南九州市長らが会見 (2/2)魚拓(2/2)

これを読んだ感想を簡単にメモしておく。

1.アドバイザーであるシェフタル氏がオピニオンリーダーであり、市長らの腰は引けている。
市長ら、市の関係者は自らの口で踏み込んだ返答をすることは避けた。このプロジェクトの意義や価値観、コンセプトについて明示したのはシェフタル氏一人であった。この点は知覧町や南九州市の政治風土を考えれば非常にもっともなことだが、いささかがっかりさせられた。
ただ、市が本件に主体的にコミットし、シェフタル氏のプレゼンテーションに同席していること自体はまずまず良しとしなければならない。

2.シェフタル氏の示した意義は、前回私がネタ的に書いたアイデアとほぼ同じだった。
シェフタル氏は、

それ(総力戦の狂気、引用者注)が国家のプロパガンダによって推進され、人々が相互に憎悪しあい、愛国的なレトリックの虜になってしまいました。知覧の資料はそうしたことを示すタイムカプセルだと思います。
と述べているが、実際、遺書を「雄々しく、優しく、そして美しい若者たちの魂」の象徴として捉えるのでは記憶遺産には届かないし、遺書自体の価値はない。…というか遺書を踏みにじる蛮行だと思う。だが、そういう側面を否定せずに遺書の価値を訴えるには国による巨大な精神動員の実態を伝える資料という位置づけしかないわけである。

3.シェフタル氏の論点は理解できるが、しかしそれでもなお危ういなあと思う。
記者らが繰り返し質問したように、美談として利用されないという保証はない。
もちろん、美談としうる側面はあるしその側面を切り落とすべきではない。しかし、市長らが強調する反戦平和への貢献というポイントがいかなる理路で実現されるのかは非常に曖昧であった。特攻隊を学ぶことが、戦争や加害を主導したものへのまなざし、戦争や加害に主体的に関わりそれを支えたものの反省、そして加害と被害の両方の側面を持つ我々にとっての反戦平和の意味という諸点にどのようにつながるのかという問題には敢えて触れないようにしていると感じられる。
実際、特攻平和会館は、依然として平和教育の教材として、きわめて問題の多いパンフレットを公開し続けているのであるし、展示も「美談」という方向を全く修正しようとしないのであるから。

********
ところで、今回のオシフィエンチム市と南九州市の協定の話、その発端はひょんなことからだったという話が出ている。

上述の法華狼氏の記事のコメントで、産経がいきさつを報じているそうだ。
産経は見たくないのだけれど、他に仕方がない。産経だから眉唾なのだけど。

「特攻と虐殺は違う」アウシュビッツとの友好協定中止を決定  知覧・南九州市 反対論が続出(1/3ページ) - 産経ニュース(2015.7.29 13:00, 南九州支局 谷田智恒)

 市総務課によると、友好協定の話は今年1月、世界各国を歩いて平和や環境保護などを訴えているという横浜市の男性(32)が、持ち込んできたのがきっかけ。男性は昨年12月、同市の知覧特攻平和会館を訪れ「特攻隊員の遺書を読んで感動した。世界に平和を発信しているアウシュビッツと結びつけたいと思った」と担当者に語った。

 男性は今年2月頃、アウシュビッツ強制収容所跡地のあるポーランドのオシフィエンチム市のアルベルト・バルトッシュ市長と面談し、南九州市との提携話を持ちかけたという。市長から「世界平和の発信に向けたパートナーシップを前向きに考えたい」とする親書を受け取り、5月末に南九州市役所へ持ち込んだ。

 南九州市役所内部では「ユダヤ人をはじめ多くの人命が奪われたオシフィエンチム市と同様に、知覧では夢と希望のある多くの若者が特攻隊として飛び立った。戦争で多くの尊い命が失われた事実を認識し、その記録・記憶を後世に伝えねばならない使命があり、両市で手を携えて平和の道を歩もう」という理由で、友好交流協定の締結を決定した。

 今月8~12日に霜出(しもいで)勘平市長や男性ら4人がオシフィエンチム市を訪問し、協定締結を話し合った。旅費(1人あたり約37万円)は、市議会の可決を経て、市から出ていた。

なんだか不思議な話なので、ますますよく分からなくなったような気もするのだけれど。

それにしても法華狼氏の以下のコメントが簡潔にして当を得ている。

つまるところ、世界に認められるためには軌道修正しなければならないと理解した市長らと、軌道修正したくないしそれで認めないなら世界が間違っていると考える人々の衝突なんだと思います。
美化のバイアスの中で史料が歪められていくことを回避しようとするシェフタル氏の試みには大いに賛同するけれども、その戦いは非常に困難を極めるものとしか言い様がない。今後も引き続き注視したいと思う。

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2015/07/28

自殺する福岡教育大学:大学は政治的に偏向していてもよい。

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追記(2015年11月29日)

授業をした教員に対して、大学から停職処分が出た。それに対して教員が意見を表明している。それについて下記に感想を書いた。
福岡教育大学の教員処分問題について: 思いついたことをなんでも書いていくブログ
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全文表示 | 国立大授業で「安倍は辞めろ!」とデモ練習 大学側「看過できない」と准教授の授業停止 : J-CASTニュース(2015/7/27 18:13)

福岡教育大学の見解としてこちらに書いてあることが、大学のサイトでは確認できない。記事では、学内向けの発表だとしているので外部から分からないのかもしれない。

J-CASTの記事なので眉につばを付ける必要があると思うが、上の記事では、大学は教員の授業内容をかなり厳しい調子で批判しているように見える。

大学は、学内向けに
「本学は、高等教育機関である大学として、しかも教員養成を行う国立大学として、国民の期待と負託に応える責務を負っている。このことに照らして、このたびの事案は、本学の教員及び教育の在り方の根幹にかかわる問題として、看過できない」
と述べているという。

また、

今後、准教授の過去の授業を含めて問題がなかったか調査する方針で、懲戒等調査委員会を立ち上げて調査を始める。
という。

大学は政治的に偏向していてもよい。
そしてもちろん、個別教員が政治的に偏向した授業を行ってもよい。

大事なことは個々人の良心と学問の自由が守られること。
それらの個々が政治的偏りがあるかどうかは問題ではない。
それらの偏りを互いに批判し合い、修正を要求し合う場所と機会を平等に確保することが大事なのである。

そもそも、社会に生きている限り完全な中立などあり得ない。
個人に限らず、あらゆる社会的存在に政治的な偏向を回避するすべはない。
中立だと自称したり、中立たらんとしてみせたりというのは、権力者に対する体の良いすり寄りに過ぎない。ましてや、中立を守ると称して自らの構成員を懲罰に掛けるというのは、まさに自らを権力の走狗とすることに他ならない。

それをよりにもよって「大学」という学問の府が率先してやってみせるわけである。

逆のケースで言えば、「天皇陛下万歳」を学生に叫ばせる授業があっても、それを大学が懲戒理由としてはならないのである。その授業の問題性は、あくまで学問と教育の土俵の中において指弾されなければならない。天皇を万世一系の世界の盟主とし、大東亜共栄圏の実現こそが人類の理想であると叫ぶ授業があっても、あらゆる病はホメオパシーで治せるという授業があっても、それを処罰してはならないのである。難しいのは人権抑圧を扇動するようなケースだが、それでも学問と思想信条の自由との間で個別具体的に検討されなければならない。当初から処罰を視野において対応すべきことではない。それはあくまで教員や学生の間の開かれた議論の中で問題にされ、教授会を通じて当該教員へ働きかけなければならない。処罰の議論はその後のことである。

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授業内容のインターネット掲載に関わる事案について|お知らせ|新着情報|国立大学法人 福岡教育大学(平成27年7月23日)

授業内容のインターネット掲載に関わる事案について

 本学において行われた平成27年7月21日(火)の授業内容がインターネットに掲載されました。大学としては、本学教員の教育活動の在り方に問題があったこと、及びこれに関連して、学生が批判されているとの指摘があるという問題を認識し、大変遺憾であると考えております。
 このことに関わって、本学の学生であることをもって学内外において誹謗中傷を受けるなどの不利益を被ることが無いよう徹底して学生を護るとともに、大学教員が行った教育活動の適正さについて関係法令や本学規則に照らした事実調査等を早急に実施し厳正に対処してまいります。また、今後、同様の事案が起こらないよう、再発防止策を講じ、学内に周知してまいります。
 なお、事実調査等が終了するまでの間、学内外の混乱等を避けるため、当該授業者の授業を停止し、代替の措置を講じることとしました。

ひどい文章である。
・火の粉よけという趣旨しかない。その意味でこれは純粋な政治的文書である。
・全てが曖昧で、とりあえず「申し訳ない」「問題だと思う」と述べているだけ。
・首脳陣の責任回避のみが念頭にある。
・学問の府としての矜恃がなく、自らの存在意義を否定する自殺的文章。
・騒がれたり攻撃的な方法で脅迫されたりしたら、簡単に折れるという弱さを露呈している。

以下はその象徴。

1.「……という問題を認識し、大変遺憾であると考えております。」
2.「……徹底して学生を護るとともに」
3.「……大学教員が行った教育活動の適正さについて……事実調査等を早急に実施し厳正に対処してまいります。
4.「……今後、同様の事案が起こらないよう」

「東大話法」という話があるが、あれよりももっと稚拙で迎合的な文書である。
防波堤となるべき機関が率先して襲いかかっている。哀れなことである。

唯一諒とできるのは当面の代講措置で、これは北星学園大学への暴力的脅迫のような状況における避難的措置として理解できないこともない。

今回大学当局がアナウンスすべきだったと思うことは、

事実関係の調査確認をし、結果を近日中に公表すると約すこと
学生に同大学の学生であるというだけで誹謗中傷や攻撃があるのであれば、それに全く道理がないので断固抗議するとともに適宜必要な措置を執るということ
緊急避難的に代講措置を執るということ

の三つである。

筋を通し、一貫性を持った教育者を育てられる大学なのか、それとも外圧に弱く保身に走り、国策に従順な人間を生産する大学なのか、その評価に関わる問題だと思う。

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2015/07/27

NHKは意図的だったのね、という話。

【画像集】ロキノン系の女王・椎名林檎の「フジロック」での演奏で、ファンが旭日旗・日章旗振りまくり炎上 - NAVER まとめ(更新日: 2015年07月26日)

この件。

椎名氏は2014年6月にサッカーワールドカップに合わせて NIPPON という曲を発表している。
【動画】椎名林檎、2014W杯・NHKサッカーテーマソング『NIPPON』リリース | ニュース - ファッションプレス(日時:2014-06-17 11:35)

今作はNHKからの依頼を受け、制作された新曲だ。

この NIPPON という曲からはウヨウヨしい感じがして、椎名さんってそういう人だったのねえと思ったのを覚えている。

NHKとしては、予想外にウヨウヨしい曲になってしまってちょっとびっくりしたぐらいのことかと思っていたが、上記のまとめ記事を手がかりにちょっと検索すると、実は以前からそういう人だったことが分かった。

これには反論意見もあって、

・ファッションでやっていること
・以前は共産党のイメージを使ったこともあり、政治的な装いを使っているだけ
・本人の意向ではなく周囲のプロモーション

という話もある。でもまあ見たところ風刺性も反逆性も感じられないし、ひいき目に見ても、何となくとんがっていてかっこいいぐらいの、無批判・無自覚なお遊びにしか見えないので、たぶん愛国的な人々にすぐ取り込まれてしまうのだろうと思う。

話を戻すと、椎名氏は2008年頃には旭日旗をモチーフにしたグッズを作ったりしているらしい。愛車にヒトラーと名付けたりもしていたそうだ。

今回も思ったことだけれど、こういう改変・改ざんに、右翼や愛国者の人たちは抗議しないのだろうか。日の丸・君が代をファッションや利己的宣伝の道具にし、あろう事か改ざんまでもしてしまうのだから、冒涜以外の何者でもないと思うのだけれど。

もっとも、彼らの中にも、街宣右翼のようにそもそも日の丸・君が代はメシのタネでしかないという人は非常に多いわけで、だから何も感じないのかもしれない。
あるいは、右翼的には彼女の改変・改ざんはOK、問題ないのかもしれない。だとすれば、彼女を擁護する「ファッションでやっていること」という反論は無力だということだ。右翼人士も認める真性の右翼的パフォーマンスということになるわけだから。

しかし、天皇家の紋章を改変・改ざんすることと同じような冒涜ではないか、と私は思うのだけれども。
以前、道案内として床に日の丸を投影した美術館が問題視された事件があったが、アレよりももっと罪深いのではないか。少なくともあれは罪がなかったが、椎名氏らは商売ネタとして日本の旗をいじくっており、私利私欲のために国の象徴をもてあそんでいるからだ。

もっとも、椎名氏も絶対に天皇家の紋章を改変・改ざんしたりはしないだろう。それがタブーだと知っているからだ。つまり、彼女らも「ファッション」で遊んでいるのだとしても、所詮は愛国趣味の人たちの許容範囲の中でじゃれているに過ぎない。いわばお遊戯としてのロックだということなのだろう。
まあ、ミリタリーな趣味の人たちが所詮はイノセントなおもちゃ好きで、軍拡・排外主義の使い勝手のいい道具でしかないのと同じようなものだ。

ともあれ、NHKは椎名氏のこういう実績を知った上で、彼女に依頼したのだろう。まさに道具としてのロックミュージシャン。

2012年から安倍内閣。2014年1月には籾井氏がNHK会長になっている。
組織の人間というのはそういうものなのだなあと改めて思わされることである。

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義家弘介氏についてのメモ

政党機関紙に連載する人 : 楽なログ
こちら経由で知ったことからメモ。

(3) 義家ひろゆき - 国会が、国会周辺が、それを受けての報道が…悲しい。...

国会が、国会周辺が、それを受けての報道が…悲しい。
私は「我が国」の「平和」を守りたい。その為にできる事をこの8年間、ずっと激論してきた。欲張りだと罵られるかもしれないが、武装テロ組織が跋扈している地域で蹂躙されている「子どもたち」を守りたい。心から、心から、そう思っている。
野党議員はTVカメラの前で、「戦争」という、教育に携わる私がもっとも忌まわしく思っている言葉を、政局のために、無責任に使って、政権批判をしている。そして、それが報道で、喧宣されている。自ら日本の平和を、安心を、笑顔を守る為の政策さえ示さぬまま…。それは、いじめ自殺を生み、彼らの叫びを見殺しにした教師たちが、「その日常で生徒たちに繰り返してきた空虚な言葉」と、「心えぐられるような事態が起こった際には、徹底して口を閉ざす」という、これまでずっと繰り返してきた教育現場の姿、今、現在、「いじめ自殺」を巡って岩手でも繰り返されている姿と重なり、いたたまれない思いになる。日本人は戦争をしたいのか?否、である。アメリカの戦争に巻き込まれるのか?アメリカ人は戦争をしたいのか?否、である。憲法学者と呼ばれる人々は、子供たちの命や夢を守っているのか?否、である。反論があるなら傾聴したい。日本は、教育は、危機にある。私は指をくわえて、それを眺めたりは、しない。冷静な議論を皆さんとしたい。
(7月15日 18:06編集段階での文章)
およそ国会議員の「意見」とも言えないほどに支離滅裂でどうしようもない。高校生がこういう作文を書いてきたら頭が痛くなるような代物だが、これに「いいね!」が現時点で797付いている。下に並んでいるコメントもなかなかキモチワルイ。

ちなみに、このような水準の作文を書く義家氏は松陰大学の教授!である。

義家 弘介 教授 | 教員紹介 | 研究・教育活動 | 松蔭大学

ここで挙げられている業績に学術的なものが何一つない……。「論文」に挙げられているのが官庁が出した報告書(マジで)。ようやるわ……(汗)
……同僚の先生方の内心忸怩たる思いを忖度するに誠にご同情申し上げずにはいられない。よくもまあ教授会を通したものだ(呆)
※さすがに CiNii に官庁の報告書は載っていない(笑)
CiNii Articles 検索 -  義家弘介

これを見ると、2005年頃に「転向」したようにも見える。

まあそれはともかく、このフェイスブックの書き込みに次のような言及が付いた。
かどはら武志(日本共産党東郷町議)さんはTwitterを使っています: "かつて「赤旗」紙上で若者の人生相談コーナーを持っていた人物の言葉。彼は、アメリカがでっち上げた「トンキン湾事件」でベトナム戦争が激化したことや、ありもしない「大量破壊兵器」を理由にアメリカがイラク戦争を始めたことも知らないらしい。 https://t.co/ypPdloolmc"(21:27 - 2015年7月15日)

これは義家氏の
「アメリカの戦争に巻き込まれるのか?アメリカ人は戦争をしたいのか?否、である」
という部分への指摘であろう。
小さくて読み飛ばしてしまいそうなところを突いていてなるほどと思わされる。

ところで、このツイートにつながって義家氏が無定見な人だというコメントがいくつかある。例えば、
平沼センジ Ȓ✧さんはTwitterを使っています: "@kadohara @waaldpeace5 @akahataseiji 義家は当初は左派に売り込み、知名度が増したところで右派に売り込むとユウ、なんつーか定見も元々中身もない人物。あえて言えば、左派が獲得に失敗したとも言えますが、名前顔売りたいだけの人物だから仕方なしな気も。"(9:38 - 2015年7月16日)
というもの。

これに関して、次のような指摘があった。
後藤和智「ある人物の「転向」」ニュース「ねざす」, 2009年3月(魚拓

厳罰主義による学校運営「ゼロ・トレランス」に対して、
1.「現代」平成18年8月号、瀬戸内寂聴との対談では、懐疑的意見を表明。
2.平成19年3月の「諸君!」の石原慎太郎との対談では、賛成意見を表明。

わずか半年の間で意見が大きく変わったように見えるのが興味深い。

この後藤氏が作成したと思われるページが以下。
義家弘介研究会 - トップページ
2008年頃までで更新が途絶えている。

……そういえばこのサイト、以前見たことがあったなあ。

人生、でたらめで適当にやっていても成功する人は成功するのだなあと思わされる。
もっと肩の力を抜いて楽に生きてもいいのかもしれない。ということでお茶を濁しておく。

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2015/07/25

[本]結局邦訳は出ていない。

Amazon.co.jp: Blossoms In The Wind: Human Legacies Of The Kamikaze (English Edition) 電子書籍: M.G. Sheftall: Kindleストア

書評が2つあって、上の長文が割と冷静(ただしべた褒め)、下の短文が「ああーそういうロマン派的読み方がやはりあるのね」的なもの。その意味で諸刃の剣なのかもしれず、あるいは本書自体が(日本人にとっては)一面的なのかもしれず。

以下はご本人が書いたとおぼしき「自己紹介」。問題意識としては面白いポイントを付いていると思うのだが。文化史や精神史的な領域ではどう評価されるのだろうか。
Self-intro: M.G. Sheftall – Frog in a Well Japan

My dissertation at Waseda is a continuation of work on this theme, after anthropologist Anthony F. C. Wallace’s classic “Revitalization Movement” concept, aiming to model veteran-centric collective memory formation in traditionally exclusivist sociopolities that have experienced catastrophic military defeat and subsequent foreign occupation. My methodology owes much to the substantial literature in this field dealing with the experience of the post-Civil War American South, especially the work of C. Vann Woodward, Rollin Osterweis, Gaines Foster and Charles Reagan Wilson. Partly in acknowledgment of this methodological debt, but more importantly because I just love the way it reads, the title of the dissertation will be Gone With The Divine Wind: the Kamikaze in Japanese ‘Lost Cause’ Mythology, 1945-Present.

Additional (but very much related) research interests for me are: military influence in the formation of Japanese national identity from Meiji to the present (I’m a big Yoshida Yutaka fan, btw); Yasukuni issues (2006 has been a great year for these!); popular Japanese attitudes towards — and interpretations of — modern history, particularly regarding the Asia-Pacific War; the relationship of culturally-patterned masculinity and formalized violence; depiction of the Asia-Pacific War in popular culture/media; (as per the above paragraph, the numerous and endlessly fascinating) parallels between the cultural, ideological, pedagogical and psychological mechanisms of dealing with the aftermath of defeat in postwar Japan and post-Civil War American South (my ancestors on both sides of the family were Confederates, so there is an element of personal interest on my part in exploring this aspect of the respective collective experiences of both my ancestral and adoptive cultures), et al.

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[ネタ]英雄を賛美し鎮魂を祈る方向は世界記憶遺産向けには筋が悪い

うっかり見逃していたが、今年も申請していた。

知覧特攻を記憶遺産に再申請へ 南九州市、戦争関連の427件 - 西日本新聞(2015年06月04日 19時22分)
・6月15日に日本ユネスコ国内委員会に申請書を送付する。
・申請名称は「知覧に残された戦争の記憶-1945年沖縄戦に関する特攻関係資料群-」
・内容は遺書や隊員と交流があった女性の手紙など昨年から94件増の427件。

 今回は女子学生が作った人形や小学生が隊員遺族に宛てた手紙など地域住民の視点がうかがえる資料を新たに追加し、戦争の悲惨さを客観的に訴えることにした。申請書(A4判15ページ)も史実の説明に力点を置いた。
 会見した霜出勘平市長は「地域住民の資料からは戦争が総力戦となったことが分かる。二度と起こしてはいけないことを伝える重要な資料」と強調した。

「総力戦」や「二度と起こしてはいけない」という観点は普遍性があって悪くない。史実の説明に力点というのもいい。ただ、審査基準(後述)と整合的な説明になっていればいいのだけれども。
いずれにせよ、市(市長)の方針は昨年度に比べると少しはまともな方向へ転換したようで、やや安堵することではある。

特攻隊資料のユネスコ世界記憶遺産申請、外国人記者から鋭い指摘相次ぐ―中国メディア:レコードチャイナ(2015年5月15日(金) 21時57分)
申請の前月に外国特派員協会で記者会見をしていたらしい。頑張ったなあ(苦笑)。
同協会の告知によれば、静岡大学の M.G.Sheftall教授も会見に同席している。
Sheftall教授の教員情報氏の自己紹介(Frog in a Well Japan)。戦後の特攻隊像形成を南北戦争後の南軍側の自己像形成とだぶらせて見るという観点。興味深い。

レコードチャイナの記事は典拠が不明で困る。おそらく元記事はこれ。
日本欲为“神风特攻队”申遗 - 中国网事 - 告诉你互联网背后的中国(新华国际  2015-05-15 07:39:52)

レコードチャイナの記事はこの記事の一部しか翻訳してないし、元記事のニュアンスも伝えていない。記者会見中の質疑応答にも一部略しているものもあるし、市長らの答弁のニュアンスがどうだったのかは曖昧だ。

で、本件とつながりがあると思われるのだが、下記のような出来事があったらしい。
産経記事は見ないことにしているので、はてなブックマークにリンク。

はてなブックマーク - 特攻とナチスの虐殺は違う 鹿児島南九州市・知覧、「アウシュビッツ」との連携見直しへ 遺族らから反対意見相次ぐ(1/2ページ) - 産経ニュース

さきの大戦末期、旧日本陸軍の特攻基地「知覧飛行場」があった鹿児島県南九州市が、アウシュビッツ強制収容所跡地のあるポーランド南部の都市と進めていた友好交流協定について、締結見直しを検討していることが24日、分かった。特攻隊員の遺族らから「ナチスによるユダヤ人差別・虐殺の象徴と、特攻基地を同一視すべきではない」などとする反対意見が相次いでいるためで、市は仕切り直しを余儀なくされそうだ。(南九州支局 谷田智恒)
……後略

連携についてはこういう経緯らしい。
知覧とアウシュビッツ平和へ連携 : 最新ニュース : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)(2015年07月16日)

 知覧特攻平和会館を運営する鹿児島県南九州市は15日、ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺の象徴となったアウシュビッツ強制収容所跡があるポーランド南部オシフィエンチム市と友好交流協定を結ぶ方針を明らかにした。同会館では特攻隊員の遺品を紹介しており、両市は連携して平和の尊さなどを世界の国々に発信する考えだ。

 南九州市によると、旧陸軍知覧飛行場跡にある平和会館での同市の取り組みを知ったオシフィエンチム市のアルベルト・バルトッシュ市長から5月末頃、連携を働きかける親書が霜出しもいで勘平市長に届いた。これに賛同した霜出市長は今月8~12日、さっそくオシフィエンチム市を訪れ、協定締結を確認し合ったという。

 南九州市は9月21日の国際平和デーに合わせ、世界各国の学生らが平和について考えるイベントを市内で開催し、バルトッシュ市長も招待して協定を結ぶ予定。

南九州市の説明によれば、
1.オシフィエンチム市から呼びかけがあった。
2.南九州市の市長が賛同して話が進んだ。
ということらしい。

それに対して、
・特攻隊員の遺族らから「ナチスによるユダヤ人差別・虐殺の象徴と、特攻基地を同一視すべきではない」などとする反対意見が相次いでいる
とのこと。

もったいない話だなあと思う。

遺族などの主張の詳細がよく分からないけれども、ユダヤ人虐殺と連携することは世界記憶遺産の認定には有益になると思うので、こうやって特攻遺書などの資料的価値を狭める動きは、記憶遺産認定を推進したい側には残念なことだろう。

世界記憶遺産に関するユネスコのガイド文書(MEMORY OF THE WORLD REGISTER COMPANION (pp.8-12) )によれば、審査基準 criteria には、
・本物であること Authenticity
・世界的な意義:固有性がありかけがえがないこと World significance; unique and irreplaceable
が必要で、それに加えて、下記の条件
・時代的重要性(歴史上の重要性。政治、思想、文化、社会等の変動に影響があったなど)
・地域的重要性(世界的意義がなくても、その地域の歴史・文化に有意義であること)
・対人的重要性(強い影響力を持った人物・集団と本質的な結びつきがこと)
・主題的重要性(歴史上重要なテーマや歴史展開との関連があること)
のどれか一つ以上を備えていることが求められる。(なお、国内選考では少し条件が異なる。)

参考1:上記ガイドの文科省による仮訳
参考2:別紙1 ユネスコ記憶遺産(国際登録)の国内公募における選考基準:文部科学省
参考3:ユネスコの2002年時点のガイドライン
参考4:文科省による上記ガイドラインの翻訳

これによれば、特攻遺書が世界記憶遺産となるには、何らかの世界史的観点からの意義(World significance)を説明する必要があるのだが、アウシュビッツとの連携はその点で一つの有力な方向性となり得る。20世紀後半の総力戦体制下においてファシズム国家が人間をどのように扱ったかという普遍的な世界史的テーマと結びつくからだ。従って、この方向を取らないというのであれば、知覧の特攻遺書は記憶遺産認定への大きなカードを一つ失うことになる。

遺族などがおそらく求めているのは、特攻と特攻隊員を負の歴史として見ないでほしいということではないかと推察する。理不尽で非人間的な命令にさらされながらも、過酷な境遇を敢えて受け入れ、愛する人々と故郷を守るために従容として死に赴いた優しく強い人たちという人間像、悲劇の中の英雄としてのイメージを守りたいということではないか。

特攻隊員らが立派な人たちであったというイメージは、別に知覧がアウシュビッツと連携することとは何ら矛盾しない。それどころか、迫害されたユダヤ人たちも絶望的な状況の中で最後まで生きようとした立派な人たちであったわけで、悲劇の英雄という点ではむしろ共通性が高いとも言えないこともない(1)。

あるいは、知覧をかつて巨大な犯罪が行われた忌むべき場所というふうに見られたくないということかもしれない。虐殺された無数の人々の怨念のこもった土地、例えば、合戦場や刑場の跡、争いに負けて処刑された人々の墓場などのように、恨みがこもった忌み地、呪われた場所というイメージが付くのが嫌だということかもしれない。

この気持ちは分からないでもない。実際、フクシマや水俣にはそういう刻印がなされている。ダークな土地というイメージを忌避したい、そういう土地の住民だと思われたくないという感情はなかなか否定しがたいものがある。ただ、その一方で特攻基地であった歴史をまちおこしや観光振興の大きなよりどころにしようとする動きはしっかりとあるわけで、「特攻隊のまち」というイメージをPRしつつ、特攻の本質である「国が組織した自爆テロ型作戦」という負の部分は背負わないというのはなかなかにブランドコントロールが難しい部分ではある。
いっそのこと、古戦場や城跡のように、あるいは偉人だけに焦点を当てた「明治維新」などのように、「歴史ロマン」一色にしてしまえばまだいいのだろうが、兵の遺書や隊員の生活、人生という生々しいものをウリにする以上、血なまぐさい死の現実から逃れることは難しい。そして、そういう生々しいものを売らないと、特攻基地跡の観光的価値はさほど大きくはならない。特攻基地跡は各地に点在しているが、知覧が抜きんでて観光的に成功しているのはこの特攻平和会館があるからだろう。

私は、特攻が持つ負の側面(というか本質)を正面から取り上げ、忌み地としての側面を敢えて引き受けることで、知覧が持つ価値が高まり、観光地としても一皮むけた深みを持てるのではないかと思うのだが(実際、アウシュビッツとの連携は平和思想というクリーンなイメージをグローバルにアピールする良い機会になる。アウシュビッツに宣伝用の展示を置いてもらえるかもしれないし)、地元の人たちにそうした考えがないのであればどうしようもないわけで、以下では敢えて「特攻隊=美しいもの」という趣旨で記憶遺産を狙うアプローチを考えてみる。

1.世界史的な意義をどうアピールするか。
「運命に翻弄されつつも、愛する者のために立派に散っていった人たち」という観点は古今東西に枚挙にいとまがないほどあるので、これを前面に押してもアピールは弱い。「国を守った人たち」という観点も、先の戦争がアジア侵略と切り離せない以上、一国を超えた歴史的意義を持ちにくい。

一つの方向性は、「なぜ特攻隊員はこのように立派に死んでいこうという意識を持つに到ったのか」「このような愛国思想を強く持つ人たちがなぜこんなに多数生まれたのか」という観点から、国家と思想との関係を掘り下げるというテーマを持つことである。例えば、江戸末期からの国粋思想の展開が大正・昭和にかけて国民運動化していくプロセスを背景として、非欧米地域における近代化・国家主義の思想的動員というテーマとすれば、他の後発諸国における民族主義や国家主義の高揚と合わせた普遍的な価値を持つことができる。
この方向であれば例えば靖国神社の展示などもそうした精神性の表現として貴重な文書となるかもしれない。それはさておき、そうした愛国思想の発露として遺書群を見直すことで、特攻隊の精神性を世界史的な主題に位置づけることができるかもしれない。

もう一つの方向性は、「特攻隊=究極の自己犠牲精神の組織化」という固有性を訴えることである。古今東西の戦争で自己犠牲的な行動は珍しくないと思うが、それを軍全体で組織化して実行したという点が日本の特攻隊の特異性である。ここに固有性、ユニークさがあるので、ここをアピールする。その自己犠牲精神の証拠文書としての価値を強調する方向性である。ただ特攻隊の特殊性や歴史的重要性を強調するのも限界があるし、遺書をその重要な証拠とするのもいささか苦しい。

2.どういう観点で重要性をアピールするか。

日本がアジア太平洋地域でやらかしたことには確かに世界史的意義があるので、特攻隊がそこに関係しているのは本来は遺産認定上のメリットである。しかし日本の戦争の侵略性や非人道性を抜きにして特攻隊の美点のみを「重要だ」とするのはなかなか難しい。
特攻隊は、それが歴史を変えたというほどのインパクトを持たなかったし、歴史の流れを語るときにそれがなければ説明が付かない不可欠の要素というほどのものでもない。また、遺書群は歴史上重要な人々に深く関わる文書でもない。日本という狭い地域に限って重要性を求めるにしても、政治や社会上の大きなうねりを引き起こしたり何かの大きな事象の契機となったものでもない。

従って、今ひとつパンチが足りないのだが敢えて強調するとすれば、地域的重要性として、「特攻隊」というイメージが戦後日本の政治潮流に強い影響を与え、それが戦後の東アジア情勢を左右する基底となっているというアプローチだろうか。つまり、日本人の戦争理解と歴史解釈を形成した重要書類としての位置づけである。ただ、これも日本の戦後史からは確かに成り立つ論点だが、遺書群自体が持つ歴史的影響力という点では説得力が弱いと言わざるを得ない。

********
おふざけはこれぐらいにして、ちょっとまじめに書く。

やはり遺書群だけでは記憶遺産認定には弱いのではないか。この点については以前も少し書いた。
知覧の特攻隊資料が世界記憶遺産に申請という件: 思いついたことをなんでも書いていくブログ
記憶遺産:特攻隊員の遺書は落選。: 思いついたことをなんでも書いていくブログ

ましてや負の遺産という視点を正面から引き受けない姿勢では、普遍的な価値を訴える余地はますます小さくなってしまう。

旧知覧町・南九州市という決して財政的に恵まれていない自治体がこうした取り組みを続けることの苦労と意義には大いに共感するものだが、従来のようなロマン的・保守的・右翼的な方向性では国際的な価値を得るには限界がある。

一自治体として資料の保全と充実を続けることが難しくなる中で、箔付けによって財政的効果を得ようとする方向は間違ってはいない。ただ、そうするには負の側面も含めた普遍化が必要になり、そうすると今回の遺族らのような反発が内外から現れる。そしてこうした保守的な人たちが従来の主たる支持者であった以上、彼らの意向を無視することはできない。だがそうすると記憶遺産の認定は遠くなってしまう。こういうジレンマに直面しているわけである。

結局、市としては次のような方向性ぐらいしかないのではないか。
土地柄を考えると今後も平和主義的な方向転換は難しいだろうから、遺産申請は話題作りの一環と割り切って継続する一方、その都度高まる国際的批判には現在のような曖昧な回答でお茶を濁す。展示の現状は右翼的歴史観が強く、愛国主義的な人たちの受けはいいので、これを持続しつつ、公的立場からはこれ以上そこには踏み込めないから、靖国神社や日本会議などとの共通性は暗黙裏のものとする。
できれば、別の民間法人を作って切り離してしまった方がたぶんすっきりするし、その方が愛国的な人たちとの連携もやりやすくなるのだろう。日本美化の聖地の一つとしてブランド化する方が、土地柄にも合っているのではないかと思う。
もっともそうなれば、私のような人間にとってはもはや軽侮の対象としかならないわけだが。

※南九州市は「平和を語り継ぐ都市」宣言を2008年にしており、毎年「平和へのメッセージ」というスピーチコンテストを開催している。昨年(2014年)のコンテストの記念講演は金美齢氏の「21世紀を向かえて、次代に伝えたい美しい日本の心」であったという。念のため付言すると、歴代の記念講演者の流れを見る限り、そこには特に思想的脈絡はないようではある。


追記(2016年1月21日)
********************
(1) もちろんホロコーストの犠牲者らを立派な人々として何か美しく気高い存在であるかのように総括してしまうのも誤りである(参考1)。収容者の中でも、おぞましく人間性を疑われるようなことをした人々はいた。だが、そのことは彼らが死んでもいい人間、殺されても仕方ない人間だということを意味しない。きわめて当たり前のことだが、収容者にも様々な人がおり一人ひとり固有の状況があったということに過ぎない。そしてそれは特攻隊員についても同じことである。限界状況にあっていかなる言動をしていたとしても、彼らはみな等しく「立派」である。それは、我々一人一人がみな「立派」――砕いて言えば「世界に一つだけの花」――であるのと同じことである。
我々のなすべきことは、彼らを「特攻隊員」とか「ホロコースト犠牲者」とかいう「何か」として偶像化することでもなければ、極限状況で見せた彼らの生きざまを成績評価して立派だった人とそうでなかった人とを選り分けることでもない。我々のなすべきことは、彼らのすべてを、本来ならそうなるはずがなかった人たち、時代や運命に翻弄された――もう少し強く言うと、人生を狂わされた人たちとしてみることであり、彼らの運命を狂わせたものが何であったのかを問うことである。

参考1:拙ブログ記事「重さ」。ビルケナウ強制収容所のサバイバーであるエバ・シュロスさんに関する朝日新聞記事を紹介している。

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2015/07/24

「元官僚」コンサルのPR記事を読んで就活について何となく思うこと

元経産官僚、肩書捨てて見た地獄とは? 宇佐美典也さん:朝日新聞デジタル(2015年7月24日11時31分)

高慢さが鼻につく「良くも悪くも空気が読めない」人柄が感じられるインタビューだけど、それよりも「ああ、そうだろうなあ…」と思わされるところが面白かったのでいくつかピックアップしておく。

・「元官僚という重々しい肩書を収入につなげる」

1人で生きていくうえで大事なのは、誰にでもわかるようなシンボルをつなぎ合わせてストーリーにし、他人に理解してもらう『セルフブランディング』。例えば、国の制度を説明するにも、どこの馬の骨かわからない『ただの物知りの宇佐美典也』が説明するのと、『元経産官僚で現在は会社を経営し国と民間両方の立場がわかる宇佐美典也』が説明するのでは、説得力が違うでしょう。自分の経歴に対する世間のイメージと合った情報発信を繰り返すことで、少しずつ『元官僚で再生エネをやっている人』というストーリー・ブランドが浸透し、それが稼ぎにつながってきました。貧乏したこともありましたが、いまの収入は官僚時代よりも多くなりました」
……中略……
「例えばイベントサークルや広告研究会で活動していた学生が『コミュニケーション能力に自信があります』とアピールしたら面接担当者は『そうかもね』と思います。一方、数学理論を研究する学生が、コミュ力ありますと言っても、『?』でしょう。数学研究という自らのシンボルと、相手に伝えたいストーリーがずれているからです」
コンサル業らしい見方だなあ……と。
ちょっと面白いのは「自分がどうありたいか」に全く触れていないところ。「他人が自分をどう見るか」に徹底的に迎合して、そのイメージに乗って自分を売り込む。
確かに、ステレオタイプを利用して相手のイメージに入り込み、そこから口車に乗せるというやり方には一定の有効性はある。
それに、「官僚時代より稼げるようになった」とのこと。「元官僚」なのに柔軟で話が分かる人、というイメージに上手く乗せられてしまう組織がたくさんあるっていうことですなあ。廃業するコンサルが多い中でうらやましい限りである。

しかし元々この人は「セルフブランディング」を蓄積してきた人らしいのである。

・経産省在職中からブログで「給与明細や官僚の生態など」をネタに話題を集める。
・「官僚」ブランドで本を書いてイメージ作り。
・「肩書き捨てたら地獄だった」とか「挫折した元官僚が教える」とかいうグッと来るタイトルで本を書く。

そのおかげで大手の記事になり、ネットに上がり、そして知名度が上がってこのネタで講演依頼なども増えてくるという好循環。
「こういう特徴のある人」というイメージを上手く広げて成功するという一つの形だなあ、と。この毎日新聞の記者さんもばっちり填められてるし。


最後に、これは参考になるかもなあというところを。

・会社説明会などより身近な大人の現実を見ようという話。

「就活している上で見落としがちなのは、OB訪問とか会社説明会とか、外の人から得られる情報は本音じゃないってことです。結局、他人です。いいことしか言いません。それよりも、自分の父親や親族などの人生を見るべきです。例えば父親は何十年も働いてきて、どういう人生をたどっているか。

・身近な大人に自分のイメージを聞いてみると自己分析によいという話。
過去にお世話になった人、例えば高校の恩師や部活のコーチ、仲間に会いに行って『自分ってどういう人間でしたか』と聞いてみるのも自己分析をする上で役立つでしょう。
まあ、これは就活業界ではよく言われる常識的なメソッドだけれど。

・身近な大人(仕事をしている人)に「あなたがいいと思う会社を教えてくれ」と聞いてみろという話。

結局、最後の最後に頼れるのは利害関係のない地縁や血縁、小中高や大学の友人です。その人たちは自分が気がつかなかった世界をけっこう知っていて、惜しげもなく協力してくれたりします。例えば、父親や親戚のおじさんに『いいと思う会社、伸びると思う会社を100社教えて』と頼んでみては。きっと目に入らなかったいい会社をいっぱい教えてくれると思いますよ」
まあ、
1.どういう意味で「いい」とその人が思っているのか
・その「いい」会社は経営的に or 労働条件的に大丈夫なのか
・そもそもその会社は新卒を募集しているのか
などなど、どれくらい「ネタ」として使える情報になるかは心許ないけれども、まあ、自分の身近で意外に満足度が高そうな会社というのを取材するにはいいかもしれない。

もっとも、私の身近にいる人たちの就活の話を聞くと、「身近な大人を利用する」人は実は割と多かったりする。親から業界の事情を聞いて会社を探す人や、知り合いのコネや紹介を生かす人や、先輩や先に就職した友人から「あの会社がいい」とか「あそこは止めておけ」という話を聞いて参考にする人とかが多い。
たぶん、「就活」という型にはまってパターン通りの動き方をしてしまう人だけでなく、もっと柔軟で融通無碍に動いて「就活」をする人たちというのが相当数いるのだと思う。それが本来のあり方だと思うし、実際そういうふうにして社会に入っていく人たち……経団連や大学やリクルートなどが決めた「就活」の枠に填らない人たち……が沢山いるというのは、何となく心強いなあと思ったりもする。

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元経産官僚、肩書捨てて見た地獄とは? 宇佐美典也さん:朝日新聞デジタル(2015年7月24日11時31分)

■就活する君へ
 東大卒で経産省官僚――。宇佐美典也さん(33)は、この絵に描いたようなエリートコースを、たいした理由も展望もないまま7年半で降りました。その後に見えたことは「肩書を捨てたら地獄だった」。頼るものを失ったとき、個人としていかに稼ぐか。最後に頼りになるのは何か。その体験談は就活にも参考になりそうです。

     ◇

 ――自身の就職活動はどうでしたか。

 「東大の仲の良い同級生に公務員試験を受けるやつが多かったので、自分も受けてみようかな、という程度の理由で国家公務員を目指しました。もともと東大を志望したのも、好きな女の子が目指していたから。自分の半径5メートルの世界に流されがちなんです。経産省の面接では『社会を豊かにしたい』と言っていて、確かにそうも思っていたのですが、今振り返ると本当のところは周りに流されていたにすぎないように思います。大学時代はマージャンしたり、クラブでバイトしたり、フットサルのイベントを開いたりと不真面目にぷらぷらしていました」

 「民間企業もインフラ系とか金融とか10社くらい受けました。当時は『意識高い系』だったので、できるやつは外資コンサルに行くみたいな風潮に乗って、『じゃあ俺も』って外資も受けました。外資のナントカっていうすごそうな名前の企業から内定をもらったという実績が欲しかっただけで、ただの虚栄心です。公務員試験は受けないと約束するなら内定を出すというので、うそをつこうかなとも思ったのですが、自分が内定を得たら、その分一つイスが埋まっちゃうわけで、必死にやっている人に悪いなと思いました。立場によってはうそが必ずしも悪いとは思いません。ただ、学歴が高い人で内定もらった数を誇る人っていうのは、他人のことを考えていないという意味で、視野が狭く恥じるべきだと思います」

 ――高い学歴なのにたくさん内定をとる人と、取れない人は何が違うのでしょうか。

 「やっぱり癖がなくて、人と組んで何かをできる、そういう経験がある人というのは、一緒に働きたいと思われやすいのではないでしょうか。独りで黙々と何かをやってきたという人は、人と組んだときに相性の善しあしが強く出ると思います。逆に独りで何かをやれることが強みでもあります。別に内定をたくさんとることがいいことではないですから」

 「複数内定をもらった場合に選ぶ基準は、まず第一に自分が『生きやすいかどうか』ですね。あと、社会の大きな流れというものは変えられない。10年後、20年後を見据えたときに、この会社はどうなっているかを簡単に想像できるような会社はいいですよね。伸びているだろうと想像できれば、自分の能力も伸びるだろうし、待遇も悪くないでしょう。でも、予想に反して会社が傾いたとしても、人生は山あり谷あり。死ぬわけじゃありません」

 ――どうして経産省を辞めたのですか。

 「直接的な理由は干されたことです。会議で局長クラスに意見して、場の雰囲気を壊したり、国会議員に政策内容を説明する場面で率直に意見してお目付け番をつけられたり。仕事はきっちりやっている自負があって、年功序列的な価値観を全く受け付けていなかった。良くも悪くも空気が読めなかったので、霞が関では浮いていたでしょうね。民主党政権のときでした。手がけたプロジェクトが大きな成果を上げて、お祝い気分で1人でバーで飲んでいたときのことです。隣席の女性客に絡まれました。2時間くらい『あんたたちのせいで日本はダメになった』みたいなことを言われました。官僚の肩書で、この先やっていくのはしんどいなと。それよりも個人で勝負したい、評価されたいと思いました」

 「僕の経産省同期は40人いたのですが、残っているのは20~25人くらい。民主党政権の誕生前後にけっこう辞めました。自分が追い求めている社会観と政治が違う方向に向かっていると思い始め、自分のビジョンと官僚という肩書が一致しなくなりました。それから、自分のやりたいことは何だろうと向き合い始めました。就活のときに考えるべきことですが、10年遅かったですね」

 「退職を決意したのは東日本大震災です。人生1度きり、自分の思いに準じようと。辞めるときは、怖さよりも高揚感が勝っていた。貯金わずか250万円でしたが、冒険の始まりだと希望に満ちあふれていました。そのときは貯金が1千円まで減るとは思ってもいませんでしたよ。肩書がなくなると人は離れるし、貯金はどんどん減っていくし、惨めでしたね。部屋で見つけたゴキブリの生命力に感銘を受けて、生態を研究したこともあります。地獄でしたね」

 「いまは経産省時代に培った法律や制度に関する知識を糧に、会社でコンサルタント業や再生可能エネルギー電源の開発をしています。元官僚という重々しい肩書を収入につなげるまで1年半くらいかかりました。1人で生きていくうえで大事なのは、誰にでもわかるようなシンボルをつなぎ合わせてストーリーにし、他人に理解してもらう『セルフブランディング』。例えば、国の制度を説明するにも、どこの馬の骨かわからない『ただの物知りの宇佐美典也』が説明するのと、『元経産官僚で現在は会社を経営し国と民間両方の立場がわかる宇佐美典也』が説明するのでは、説得力が違うでしょう。自分の経歴に対する世間のイメージと合った情報発信を繰り返すことで、少しずつ『元官僚で再生エネをやっている人』というストーリー・ブランドが浸透し、それが稼ぎにつながってきました。貧乏したこともありましたが、いまの収入は官僚時代よりも多くなりました」

 「セルフブランディングは、就活にも応用できます。例えばイベントサークルや広告研究会で活動していた学生が『コミュニケーション能力に自信があります』とアピールしたら面接担当者は『そうかもね』と思います。一方、数学理論を研究する学生が、コミュ力ありますと言っても、『?』でしょう。数学研究という自らのシンボルと、相手に伝えたいストーリーがずれているからです」

 ――最近は親がエントリーシートを書くと言われるほどたくさんの会社に応募する学生が多いそうです。主体的に企業選びをする上で、どのような情報収集が必要でしょうか。

 「目標のために人の力を借りることは悪いことではありません。けれども、借りるという範囲でおさめないと。外面を取り繕って内定とっても、いずれ外面ははがれ落ちます。自分にとって本当に必要な組織にめぐり合った上での内定じゃないと続かないでしょう」

 「就活している上で見落としがちなのは、OB訪問とか会社説明会とか、外の人から得られる情報は本音じゃないってことです。結局、他人です。いいことしか言いません。それよりも、自分の父親や親族などの人生を見るべきです。例えば父親は何十年も働いてきて、どういう人生をたどっているか。1回くらい飲みに行って仕事について語り合って、自らの職業観を描いてみる。過去にお世話になった人、例えば高校の恩師や部活のコーチ、仲間に会いに行って『自分ってどういう人間でしたか』と聞いてみるのも自己分析をする上で役立つでしょう。案外、灯台もと暗しなものです」

 「多くの学生は就活中、大企業しか見えていないでしょう。もちろん、新入社員を社会人としてある程度の規格生産品にしてくれる大企業の教育環境はありがたい。5年後、10年後の自分に、または会社の未来に確信が持てないなら大企業を目指せばいい」

 「高学歴な人ほど地縁や血縁からは離れたところで生活しがちです。一方、肩書を捨ててわかったことですが、結局、最後の最後に頼れるのは利害関係のない地縁や血縁、小中高や大学の友人です。その人たちは自分が気がつかなかった世界をけっこう知っていて、惜しげもなく協力してくれたりします。例えば、父親や親戚のおじさんに『いいと思う会社、伸びると思う会社を100社教えて』と頼んでみては。きっと目に入らなかったいい会社をいっぱい教えてくれると思いますよ」

     ◇

 うさみ・のりや 1981年、東京都生まれ、東大経済卒。経済産業省に入り、経済産業政策局、産業技術環境局で企業立地促進政策や技術関連法制を担当。その後、国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」に出向し、電気・IT分野のプロジェクトを立案。在職中、自身の「三十路の官僚のブログ」で給与明細や官僚の生態などをつづり話題に。

 2012年、経産省を退職。いまはエネルギー・不動産関連会社「Absolute Global Assets」取締役として再生可能エネルギー電源の開発・仲介取引、再生エネルギー分野の法務コンサルティング、省エネ商材の販売など手がける。

 著書に「30歳キャリア官僚が最後にどうしても伝えたいこと」(ダイヤモンド社)、「肩書き捨てたら地獄だった ―挫折した元官僚が教える『頼れない』時代の働き方」(中公新書ラクレ)

■記者のひとこと

 斜陽産業といわれる新聞業界に身を置く私にとって、年齢が一つしか変わらない宇佐美さんが、30歳そこそこで超がつくほどのエリートコースを降りたことを「なんてもったいないことを」と思っていた。一方、「どんな変わり者だろう」と興味があった。

 弁舌鋭いブログの書きぶりから、冷静沈着で理路整然といった姿を想像して取材に臨んだが、語り口は意外に穏やか。プライベートな話も赤裸々に語り、よく笑う人で肩の力が抜けた。仕事もいっしょ。思い込みを捨てて他人からの視線を気にしなければ、もっと楽しく生きていけるし、そんなの簡単なことだよ、と言われているような気がした。(佐々木洋輔)

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2015/07/22

記事クリップ:軍産学協同が公然化

安倍総理が自衛隊を「我が軍」と呼んでいるように、また自衛隊が国際的には日本軍として認知されているように、自衛隊は着実に「軍隊」としての様式を整え、また普通の日常生活の中に浸透してきている。
→その一例:「ある日の西武池袋線「池袋」駅 - vanacoralの日記

先日は背広組の優越をなくしてシビリアンコントロールのタガをゆるめた。
「文官統制」見直しを閣議決定 装備庁新設も盛る:朝日新聞デジタル(2015年3月6日12時58分)

さらに自衛隊が住民基本台帳から世帯情報を収集して隊員募集のDMを発送するのは毎年の行事になっており、そこで強調されるのは、「普通の仕事」として軍人になろうという視点だ。
高校3年生の子どもに自衛隊から「赤紙」届きました(※「赤紙」=「赤紙なき徴兵制」「経済的徴兵制」)(井上伸) - 個人 - Yahoo!ニュース(2015年7月3日 15時36分)
shino youさんはTwitterを使っています: "@shido_tk @reishiva うちの息子に来た自衛隊加入募集パンフレット。 「苦学生求む」だった! この言葉の恐ろしさを伝えたいです! http://t.co/7dKgfS1Y74"

また、安保法制との絡みかと思われるが、防衛白書で中国敵視を強調した。これは自民党が誘導している。
中国情勢の記述増える、自民の指摘でさらに追加=防衛白書 | Reuters(2015年 07月 21日 11:47 JST)
菅官房長官:防衛白書批判の中国側に反論 - 毎日新聞(2015年07月22日 12時58分)
菅氏は中国のガス田開発の情報を公開するとのこと。
中国への警戒感をあおって安保法制への世論誘導を意図していると思われる。
危機を演出することで本当に危機がやってくる。

こうした中で着々と軍事が社会に組み込まれていく。

防衛省が大学に研究費 軍事応用も視野、公募開始:朝日新聞デジタル(2015年7月22日05時45分)
「軍事研究」、大学に慎重論 防衛省が公募:朝日新聞デジタル(2015年7月22日05時00分)

NHKも国家主義的に危機感をあおる側面支援を展開。
人間型ロボット 頂上決戦 - NHK クローズアップ現代(2015年7月9日(木)放送)

アメリカ国防総省主催のコンテストで、日本のお家芸とされてきた(苦笑)ヒューマノイド型ロボットが惨敗、韓国が優勝したという話。

(今回、同じロボットでいろんな体験をした、そのデータというのは?)
アメリカ政府にそれを提供する義務を負ってるらしくて、これからアメリカ政府はそのデータをすべてのロボットに共有化して入れることができますので、すごくしたたかな戦略を持って今回の大会を運営してたということだと思うんです。
……中略……
そうですね、合理的な、本当に廃炉のビジネスとかですね、軍隊用で使うかという目的を明確に決めて、実用性を高めるためにどうしたらいいのかと、それは自律性を高めたロボットのソフトウエアだということに注目して開発を進めているということだと思うんです。
……中略……
アメリカのように実際にターゲットを決めて、「使っていく」ということで経験を積ませるというのが非常に大事だと思うんですね。
それをやれるかどうかっていうのが、日本の技術が勝っていけるかどうかの境目になるかもしれませんね。

1.国防総省に研究データを全て渡し、その使用権も認めなければならない。
2.軍事用途も含めて「使っていく」ことが大切という論点。

この二つを「お家芸のロボット技術ですら韓国にも負けている。日本は大丈夫か」というニュアンスを交えて伝えているのがこの番組のポイントだ。

大学は経常費補助金を毎年削減され続けており、有用性をアピールした競争的資金の獲得に躍起になっている。
国際的な業績を挙げ続けることを強く求められる圧力と研究費の削減との板挟みにあって、軍事協力だろうが何だろうが、金をくれるなら何でもしたいという誘惑には抗しがたい。
さらに、もう既に軍事転用可能な研究や防衛産業に関係ある企業との共同研究などグレーゾーン的なものはたくさんあるので、「いまさら建前にこだわっても」という気分もぬぐいがたい。実際、DARPAの今回のコンテストに産総研が出場しているのもその一例だ。

先だってはこんなことが話題になった。
マイケル・ジャクソンの思想 「東京大学における軍事研究の禁止について」という文書の解析
東大「軍事研究認めない」 「解禁」の一部報道を否定:朝日新聞デジタル(2015年1月16日21時29分)

そして、ついこの前、国立大学に文系学部は不要だから改組・解体せよという要求が文科省から出た。

思えば、学徒動員も文系学生が主で理系学生は大学に残されたのだった。

国に奉仕する大学・研究を求める声には常に科学技術への偏愛がある。そしてそれは強兵国家として世界に君臨したいという欲望とつながっている。

他国からの侵略に備えて平和を守ることが目的なのではない。
我が国の強さを世界に見せつけ、大国ぶりを誇りたいがために富国強兵にいそしむのである。
それゆえ、「我が軍」の強さを見せつける機会を待ち望み、試合をやらせたくて仕方がないのが本当のところなのである。

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「文官統制」見直しを閣議決定 装備庁新設も盛る:朝日新聞デジタル(2015年3月6日12時58分)

 安倍内閣は6日、防衛省内で「背広組」(文官)が「制服組」(自衛官)より優位だとする「文官統制」を見直す防衛省設置法改正案を閣議決定した。今国会での成立を目指し、10月にも実施する。成立すれば制服組の影響力が強まり、シビリアンコントロール(文民統制)を確保するため防衛相の責任が一層問われる。

 文民である防衛相が自衛隊を統制するのが「文民統制」。その防衛相を政策の専門家である「文官」の背広組が支えるのが「文官統制」だ。現行の防衛省設置法では、防衛相が制服組のトップである統合幕僚長や陸海空の幕僚長に指示を出したり、監督したりする際には、背広組幹部である官房長や局長が「補佐する」との規定がある。これが根拠になり、防衛相が自衛隊部隊へ命令を出す際や、部隊が防衛相に報告する際は、背広組を通す仕組みになっていた。

 改正案では、この規定を撤廃し、防衛相を補佐する上で、官房長・局長と幕僚長は対等となる。同時に背広組の局長をトップとする「運用企画局」を廃止し、自衛隊の運用を制服組が統括する「統合幕僚監部」に一元化する。

 中谷元・防衛相は6日、「政策的見地と軍事的見地の大臣補佐が相互に作用して、シビリアンコントロールはより強化される」と説明した。しかし、「文官統制」は、戦前、戦中の軍部暴走の反省から、シビリアンコントロールを支える仕組みと見なされてきた。見直しには野党から批判が出ている。

 改正案には、「防衛装備庁」の新設も盛り込まれた。戦闘機や護衛艦などの防衛装備品の研究開発から購入までを一元化し、海外との交渉窓口にもなる。2006年の談合事件で廃止となった防衛施設庁以来、8年ぶりの防衛省の外局となる。法律が成立すれば、10月に発足する見通しだ。

 安倍政権は昨年、「防衛装備移転三原則」を閣議決定し、武器の輸出や国際共同開発を認めた。装備庁の設置は、この決定を受けたものだ。背広組と制服組の約1800人が所属し、取り扱う予算額も2兆円規模になるという。談合や贈収賄など腐敗の温床とならないための仕組み作りが課題となる。(三輪さち子)

防衛省が大学に研究費 軍事応用も視野、公募開始:朝日新聞デジタル(2015年7月22日05時45分)

 国の安全保障に役立つ技術を開発するとして、防衛省は大学などの研究者を対象に研究費の支給先の公募を始めた。研究者に直接お金を出すのは初めてで、最大で1件あたり年3千万円と一般の研究費に比べて高額だ。軍事応用が可能な研究分野の広がりが背景にあり、戦後、軍事研究と一線を画してきた日本の学界にも課題を突きつけている。

 公募対象は大学、独立行政法人、大学発ベンチャーや企業。今年度の予算は3億円で、8日に募集を始め、8月12日に締め切って10件程度を選ぶ。成果は「将来装備に向けた研究開発」で活用するとし、実用化の場として「我が国の防衛」「災害派遣」「国際平和協力活動」を挙げた。

 支給額は文部科学省の科学研究費補助金の1件あたり年平均約200万~300万円より高い。基礎研究に限定し、成果は原則公開、研究者は論文発表や商品への応用ができる。防衛省の担当者は「安全保障への活用の遠いゴールを示しつつ、広く応募してもらえるよう工夫した」と話す。

 公募は、レベルの高い国内の技術から将来使えそうなものを広く探す狙いがある。近年、軍事にも使える民生技術は増えている。実際、募集テーマも様々で、マッハ5以上の速度を出す航空機エンジンの技術、ロボットや無人車両の画像認識技術、木くずなどからエネルギーを取り出す技術など28分野を列挙した。

 防衛省は長らく、研究開発では防衛産業としか縁がなかったが、3年前から大学や研究機関との技術交流を本格化。データ交換や施設の共同使用を進めてきた。安倍内閣は昨年4月、武器輸出を原則禁じた武器輸出三原則を撤廃。新たに防衛装備移転三原則を定め、豪州など海外との武器の共同開発や武器輸出に本腰を入れる。研究開発から購入までを一括管理する防衛装備庁も近く発足する。今回の公募はこうした流れの延長線上にある。

 日本では、軍事研究と関わらないよう求めている大学もある。東京大は1969年、職員組合と「軍事研究は行わない、軍からの研究援助は受けない」とする確認書を交わしている。京都大は海外への軍事に関連する技術の提供は避けるよう要請しているという。

 ただ、研究者が応募することは可能で、具体的な審査規定を持つ大学も少ない。日本学術会議の大西隆会長は「憲法で認められた自衛のために必要な研究を大学や国立研究機関の研究者がすることはありうるが、最近の安保法制の議論も含め、自衛の範囲は必ずしも明確ではない。どこまでの自衛なら許されるか、学術界での議論が必要だ。また、許される範囲の研究であっても、国民の理解は欠かせず、研究者には説明責任がある」と話す。(嘉幡久敬)


「軍事研究」、大学に慎重論 防衛省が公募:朝日新聞デジタル(2015年7月22日05時00分)
 防衛省が研究者に直接お金を出すことにした背景には、国内の技術を安全保障に生かし、経済成長にもつなげたい国の意向がある。戦後、「軍事研究」と一線を画してきた学術界には、「グレーゾーン」に踏み出すことに慎重な意見も根強い。▼1面参照

 ■政権、民生と両用を推進

 「デュアルユース」。民生と軍事の両面で使える技術はこう呼ばれる。ウイルスの研究は病気の予防や治療だけでなく生物兵器に、ロボット技術も工場や介護のほか、自ら判断して攻撃する兵器にも使える。近年は、様々な研究分野で語られる機会が増えている。

 「デュアルユースの文化を定着させていくことが必要」。6月にあった自民党の科学技術関係の会合では、民生技術の安全保障への活用促進を求める声が相次いだ。

 自民党は昨年の総選挙の政権公約で、デュアルユース技術の推進体制の抜本強化を打ち出した。国が策定中の第5期科学技術基本計画の中間案も「国家安全保障の諸課題への対応」を挙げている。

 経済成長の面からの期待もある。成功例は米国だ。米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA〈ダーパ〉)は、研究を企画立案するプロと潤沢な資金を抱える。研究費公募やコンテストの開催などを通じ、インターネット、GPS、人工知能、自律ロボットなどの開発を主導してきた。成果は企業を通じて応用され、国力の源泉となっている。

 ■国費求める学者も

 防衛省と大学などとの技術交流は2012年に2件、13年に3件、昨年は7件に急増した。今回の公募は、当初から軍事利用を目的とし、直接お金を出す点が従来とは異なる。防衛省経理装備局の担当者は公募のきっかけについて、研究者の側の資金難を挙げる。「研究費があれば、アイデアを実現できる」

 応募の意向を示すある国立大の研究者は「自由に使える研究費が減り、国のプロジェクトに積極的に応募して自ら研究費を獲得する必要に迫られている」。

 軍事と学問が一体化した戦時中の反省から、学界は軍事研究と距離を置いてきた。戦後しばらく、軍事につながる航空機や原子力などの研究開発は米国に禁止された。こうした歴史を踏まえ、日本学術会議は1967年に「戦争を目的とする科学研究は絶対に行わない」とする声明を出している。ただ基礎研究の扱いはあいまいで、成果の公開などの条件付きで研究費の受け取りを認める大学もある。大半の大学はこうした規定もなく、研究者に判断を任せているのが現状だ。

 6月、東京大で「急進展する軍学共同にどう対抗するか」と題したシンポが開かれ、研究者ら130人が集まった。池内了・総合研究大学院大学名誉教授は、防衛省との技術交流について「成果に機密の網がかぶせられるリスクが大きい」などと訴えた。今回の公募も「予算の少ない研究室の足元を見ている。技術を抱え込もうという国の意思が見える」と警戒する。

 デュアルユース技術は、研究費のかかわりがなくても、成果を公表すれば軍事に応用されかねない難しさもある。学術会議は13年に「科学者の行動規範」を改定し、研究成果が意図に反して「破壊的行為に悪用される可能性もある」ことを認識するよう求めている。(山崎啓介、奥村輝、嘉幡久敬)

 

 ■防衛省が募集している主なテーマ

・光や音、電波を反射しないメタマテリアル(「消えるマント」)

・高温でも赤外線を出しにくい素材

・小型で高出力のレーザー

・昆虫や小鳥サイズの飛行体にカメラなどを載せる

・船舶や水中移動体の抵抗の低減、高速化

・マッハ5以上で飛べる航空エンジン

・空撮画像をもとにした物体識別

・自律行動ロボットによる環境画像の認識

・直接触れずに水中移動体に電気供給

・複数のロボットや無人車両をまとめて制御

・離れたところから微生物や化学物質を検知

・野外でゴミや木くずから発電し、電子機器に供給

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中国情勢の記述増える、自民の指摘でさらに追加=防衛白書 | Reuters(2015年 07月 21日 11:47 JST)

[東京 21日 ロイター] - 政府は21日の閣議で、2015年版の防衛白書を了承した。南シナ海の埋め立ての写真を載せるなど、もともと中国情勢に関する記述を前年より増やしていたが、自民党の要請を受けてさらに追記した。

今回の白書は、中国の軍事・外交に関する記述が前年よりも4ページ増えた。「南沙諸島にある7つの岩礁において、急速かつ大規模な埋め立て活動を強行している」と、南シナ海での動きに言及。工事の様子を写した衛星写真も掲載した。

さらに中国の潜水艦がインド洋で活動した例を挙げ、「より遠方の海域で作戦を遂行する能力を向上させている」とした。ミサイル防衛網を突破可能な高速ミサイル「極超音速滑空兵器」の開発に乗り出している可能性も指摘した。

防衛白書は防衛省が作成し、自民党の国防部会と公明党の外交・安全保障部会を経て閣議で了承される。しかし、今回は中国が東シナ海で進めるガス田開発に関する記述がないなどとして、自民党の部会がいったん了解を見送った。

防衛省は「新たな海洋プラットフォームの建設作業などを進めていることが確認されており、中国側が一方的な開発を進めていることに対して、わが国から繰り返し抗議をすると同時に、作業の中止などを求めている」といった記述を追加した。

白書はこのほか、北朝鮮が弾道ミサイルを発射できる潜水艦の開発を進めている可能性や、弾道ミサイル部隊の運用能力を向上させていることに言及した。

*カテゴリーを追加しました。

(久保信博 編集:田巻一彦)

菅官房長官:防衛白書批判の中国側に反論 - 毎日新聞(2015年07月22日 12時58分)

 菅義偉官房長官は22日午前の記者会見で、中国が2015年版防衛白書を「中国脅威論を強調して緊張を生み出す」と批判したことに反論。「(指摘は)まったくあたらない。中国が国際社会で自らの責任を認識し、より協調的な役割を果たすことを期待している」と述べた。16〜18日に訪中した谷内(やち)正太郎国家安全保障局長が、白書の内容を中国側に説明したことも明らかにした。

 菅氏はまた、中国が東シナ海の日中中間線付近で進める新たなガス田開発について「政府が収集している情報を支障をきたさない範囲で公表する」と述べた。近く航空写真などを公開する方針だ。【高本耕太】

東大「軍事研究認めない」 「解禁」の一部報道を否定:朝日新聞デジタル(2015年1月16日21時29分)

 軍事に関わる研究を禁止している東京大学で、大学院の情報理工学系研究科が昨年12月、「科学研究ガイドライン」を改訂したことが分かった。「一切の例外なく軍事研究を禁止する」という文言を削除し、「成果が非公開となる機密性の高い軍事を目的とする研究は行わない」と追加した。これについて一部の報道機関が16日に「軍事研究を解禁」などと報道。東大は同日、「報道内容が間違っている」と否定した。

 東大によると、このガイドラインは同研究科の学生向けに2011年に作られた。改訂について、広報課は「誤解を招いたようだが、軍事研究禁止の方針はこれまでと変わらず、一部でも認めない」と説明した。「今後は個別の研究を確認し、軍事目的の研究と判断すれば研究を認めない」としている。

 改訂を受けて、複数の報道機関が「東大が方針転換した」「一定程度、軍事研究を行えることになる」などと報じた。東大は、研究科に対し、「誤解のない表現を工夫するよう伝える」という。

 平和目的の研究でも、扱い方によっては軍事目的に転用される「両義性」を持つ可能性がある。広報課は「軍事研究の定義があいまいで、丁寧に説明しようとしたが、一部を容認するかのような誤解を生んだ。機密性の高低に関わらず、軍事研究はすべて禁止している」と説明した。

 報道を受けて、浜田純一総長は16日、「軍事研究の禁止は、東京大学の教育のもっとも重要な基本原則の一つ」とコメントを発表。両義性について、「現代において可能性は高まっていると考えられる」とし、「個々の場面での適切なあり方を丁寧に議論し対応していくことが必要」と言及した。

 東大は、学内の重要事項を審議する「評議会」で、1959年と67年に「軍事研究は行わない」という方針を出している。

■なぜ軍事研究禁止の文言を消したのか

 核問題などに詳しい小沼通二・慶応大名誉教授(物理学)の話 研究には軍事利用と平和利用の両面があり、常にそれを考えながら研究を進めるものだ。「方針は変わらない」と東京大が言うのなら、なぜ今、一研究科が軍事研究を禁止するという文言を消したのか。変更は、最初の一歩を踏み出したと受け止められかねない。この一歩が可能なら、次の一歩も可能になる。今後、歯止めがきかなくなる恐れがある。

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2015/07/19

「戦争は、防衛を名目に始まる。」

戦争は、防衛を名目に始まる。 戦争は、兵器産業に富をもたらす。 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。

生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

自由と平和のための京大有志の会

下記の朝日新聞の記事では「学問は権力の下僕ではない」というところを取り上げているけれども、私としては「戦争は、防衛を名目に始まる」という、よく知られているけれども最近はあまり強調されていないポイントを強調しておきたいと思う。

安倍氏は「戦争に巻き込まれないために」この法律群が必要だという。これらの法律軍によって、日本はさらに戦争から遠ざかるのだという。

戦争を避けるために、他国への警戒を強め、銃を構え、いつでもミサイルを撃てるようにする。
戦争を避けるために、他国の軍隊へ砲撃し、他国の人を殺す準備をする。

武力で攻めて来られたら武力で追い返すほかはなく、武力を持たねば他国は喜んで攻めてくるだろうという。
そして、いつでも撃つぞ、お前をずっと監視しているぞ、我々に何かすればおまえ自身が破滅するのだぞと他国に、明確に、常に、伝え続けなければならないのだと、だから本気で殺せるし殺す用意を常にしておかなければならないのだという。

この信念は本心かもしれないが、こうした警戒心と武力とがあればそれをうまく利用したくなる人々が生まれる。
「殺されるよ」「襲われるよ」と不安を煽ることで「備え」への要求を高め、「備え」を提供して儲けが出る。
「攻められているよ」「同胞が殺されるよ」と危機を強調することで「救出」や「防衛」のために他国へ軍事行動を仕掛け「地域の安定のために」他国を管理すれば、莫大な利権を確保できる。
いったんこうした道へ踏み込めば、こうした利益は我々の「安全」や「平和」と抱き合わせになってしまい、切り離すことはできなくなる。
他者への恐怖と警戒を威圧と攻撃へ結び付けてはいけない。形がなかったはずの不安が実体化すれば、それは容易に連鎖する。そしてその連鎖は簡単には崩せないのだ。

「京大有志の会」の声明には盛り込まれていないけれども、今回の問題には、さらに「なぜ集団的自衛なのか」という問題が加わっている。
そしてこの控えめな疑問に対しては、人々が納得できる説明はとうとう現れなかった。
説明している側は、「分かろうとしない君たちの問題だ」と思っているのだろう。
あるいは「偏ったマスコミ報道が我々の説明や真意を伝えない」とか「メディアや教育機関が国民の心をゆがめている」と思っているのだろう。

「自分たちを助けてくれる人を助けることのどこが悪いのだ」という人がいる。
その「助けてくれる人を助けること」がなぜ「殺すぞ」という恫喝であり人殺しでなければならないのか。なぜ他国の戦争を手伝うことでなければならないのか。そういうやり方では結局ダメだったんだというのが、20世紀の膨大な戦禍を経て我々が学んだことではなかったのか。
ここがもっとも説明が必要であり、そして説明がなかった部分だったと思う。

「国際政治と軍事の現実を知らないお花畑の住民の議論だ」という人がいる。
しかし「現実を知らない」という批判は「分からない人には何を言っても無駄」という相互理解を断ち切る表現だ。
確かに埋められない見解の相違は存在する。
だが今回はわが国ではここ数十年来まれにみる反対の声の盛り上がりがあったのではないか。
これだけの人々の不安の表明に対して、その「現実」を分かってもらうための努力はもっと続けるべきではなかったのだろうか。

さて、まだ参議院の審議が残っている。
自民党では「成立すれば国民は忘れる」と言っている人もいるそうだ(参考1)。安倍氏は「あの(安保改定の)時も国民の理解はなかなか進まなかった。しかし、その後の実績をみて多くの国民から理解や支持をいただいた」とも言っているそうだ。
確かに、自衛隊設置、日米安保、PKO法、周辺事態法、特定秘密保護法など、今はほとんど反対運動の盛り上がりはない。今回もそうなる可能性は大いにある。我々の社会はごり押しでも何でも、いったん決まってしまうとそれに流されてしまう傾向が強い。だから自分が安倍氏の立場であってもそうするだろうと思う。
だからこそ法案の成立は阻止しなければならないし、成立した後でもその廃止と発動阻止のための努力を続けなければならない。そして次に来るであろう憲法改悪へ備えなければならない。

学問は権力の下僕ではない…京大有志の声明、共感広がる:朝日新聞デジタル(2015年7月18日22時20分)

 安保法案の採決が衆院特別委員会で強行された15日の前夜、京都大吉田キャンパス(京都市)の教室で、詩のような声明書が読み上げられた。

……中略……

 京都大人文科学研究所で准教授を務める藤原辰史(たつし)さん(38)が、ゆっくりと読んでいく。学者、研究者、市民合わせて賛同者が3万人を超えた「安全保障関連法案に反対する学者の会」と学生たちによる緊急シンポジウムの場。約600人の参加者でぎゅうぎゅう詰めになり、熱気が漂う教室が静寂に包まれる。

……中略……

 声明書を作ったのは、今月2日に立ち上がった「自由と平和のための京大有志の会」。ふだんは戦時中の食べ物の歴史を研究する傍ら、安保法案などについて同僚や学生と議論している藤原さんが草稿を書いた。

 ホームページ(http://www.kyotounivfreedom.com/別ウインドウで開きます)に声明書を載せると、ツイッターなどを通じネット空間に拡散。「歴史をふまえた名文」「ハートを撃ち抜かれました」といった書き込みとともに賛同する人も増え、フェイスブックで賛意を示す「いいね!」は1万9千件に達した。北海道や静岡などの集会で声明書を読んだという連絡も寄せられ、藤原さんは「勇気づけられます」と話す。

 教員や留学生には翻訳を買って出る人も。英語、中国語、韓国語、ポーランド語、イタリア語、アラビア語などの声明書ができ、ホームページに載っている。藤原さんは「学者、学生、市民が自由に発想し、議論ができる勉強会を企画していく。市民の目線で戦争の愚かさ、平和や自由の大切さについて考え、その成果を発信していきたい」と話している。(増谷文生)


参考1:安保法案「成立すれば国民は忘れる」 強行採決の背景は:朝日新聞デジタル(2015年7月16日07時34分)

 国民の理解が進んでいないのも事実――。安倍晋三首相自らがこう認めたのに、自民、公明両党は15日、安全保障関連法案の採決を強行した。報道機関の世論調査で多くの国民が反対の考えを示し、憲法学者の多数が憲法違反だと指摘する中、安倍政権は異論や違憲という指摘に背を向けたまま、安保政策の大転換に突き進もうとしている。

【特集】安全保障法制
 「アベ政治を許さない」「自民党 感じ悪いよね」

 民主党議員が掲げたプラカードが揺れ、採決中止を求める怒号が飛び交う中、衆院特別委員会の浜田靖一委員長(自民)は「採決に移ります」と叫んだ。

 野党議員が委員長席に詰め寄り、浜田氏から議事進行用の紙を取り上げると、浜田氏はポケットから別のコピーを取り出して読み上げる。野党議員からは「反対、反対」のコール。委員会室は混乱した。

 採決前の質疑で、首相は「まだ国民のみなさまのご理解が進んでいないのも事実だ」とも認めた。浜田氏は採決後、記者団に「もう少しわかりやすくするためにも、法案を10本束ねたのはいかがなものかなと思う」と首相への不満を漏らした。石破茂地方創生相も14日の記者会見で「『国民の理解が進んできた』と言い切る自信があまりない」。政権内には、国民の理解が一向に進んでいないという自覚はあった。それなのに、政権はこれ以上の異論を封じるかのように採決に突き進んだ。

 民主の岡田克也代表は採決後、「国民の反対が強まってくるなかで、早く店じまいしなければ大変なことになる。これが首相の考えだ」。共産党の志位和夫委員長も「国民多数の反対を踏みにじって採決を強行した。国民主権の蹂躙(じゅうりん)だ」とそれぞれ批判。参院で廃案に追い込む考えを示した。

 首相がここまでして特別委での採決に踏みきったのは、安保関連法案成立を4月の訪米で米国に公約しており、先送りが国内外で政権の求心力を落とすことになるからだ。このため、衆院を通過した法案が仮に参院で議決されなくても、60日たてば衆院で再議決できる「60日ルール」の適用を視野に、9月27日の会期末から逆算。余裕を持って15日の採決に踏み切った。

 新国立競技場の建設問題や九州電力川内原発などの再稼働、戦後70年談話など難題も山積しており、懸案を早期に処理しておく必要性にも迫られていた。(安倍龍太郎)

■自民党内での議論も乏しく

 異論封じへの伏線はあった。5月28日の特別委で、首相が自席から民主党議員に「早く質問しろよ」とヤジを飛ばした。政府の説明責任を放棄するような姿勢に批判が集まった。また、6月25日の首相に近い自民党議員の勉強会で、議員が「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」「沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていく」などと述べ、政府に批判的な報道や世論を威圧する発言も飛び出した。

 自民幹部の一人は法案の作成過程も問題視する。議員が幅広く法案の作成過程に関与することなく、「一部の幹部だけで法案が作られ、党内議論で意見しようとすれば、作成を主導した高村正彦副総裁に論破された」。異論に耳を傾けぬ党内の空気が醸成された。首相に近い参院議員の一人は「消費税や年金と違い、国民生活にすぐに直接の影響がない。法案が成立すれば国民は忘れる」と言い切る。

 くしくもこの日は、首相の尊敬する祖父、岸信介元首相が1960年、日米安保条約改定を巡る国会の混乱から退陣した日だ。首相は特別委で「あの(安保改定の)時も国民の理解はなかなか進まなかった。しかし、その後の実績をみて多くの国民から理解や支持をいただいた」。

 かつて、有事法制や消費税率の5%から8%への引き上げ法案では、与野党が粘り強く協議して合意を作り上げた実績もある。だが、今の首相にあるのは、異論もいずれは収まるだろうという楽観論だ。

 野党議員が委員長席周辺で抗議の声をあげる中、首相は採決の結果を見届けないまま議場を後にした。(笹川翔平)

■違憲か、合憲か…最後まで釈明に追われ

 法案の内容をめぐり、与野党が厳しく対立する構図はふつうだ。だが安保関連法案は、そもそも法案が合憲か、違憲かという根幹が問われ続ける異例の審議をたどった。

 「国民は憲法が『存立危機事態』だと思っている」「自分の思い通りに憲法をねじ曲げようとしている」。15日の特別委で民主党の辻元清美氏は、長年の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を認めた首相の手法を厳しくせめた。

 こうした批判に、安倍首相は「我々は合憲である絶対的な確信を持っている」と述べるなど、最後まで憲法をめぐる説明に追われた。

 首相にすれば、ここまで国会で合憲か違憲かが問われるのは想定外だった。昨年7月の憲法解釈変更後、首相は自国防衛に限定した集団的自衛権なら憲法上認められると説明。弁護士出身の自民党の高村氏、公明党の北側一雄副代表を中心に、内閣法制局を加えて理屈を練り上げた。政権は万全の理論武装をして法案審議に臨んだはずだった。

 ところが、6月4日の衆院憲法審査会で、自民推薦の長谷部恭男・早大教授ら憲法学者3人が「憲法違反」と指摘すると、政権は一転、釈明に追われるようになった。

 自民は「憲法解釈の最高権威は最高裁だ。憲法学者でも内閣法制局でもない」(稲田朋美政調会長)などと防戦したが、朝日新聞が11、12日に実施した全国世論調査では、法案が憲法に「違反している」が48%に上り、「違反していない」は24%にとどまった。

 反論が一向に理解されない中、首相は15日の質疑で「確固たる信念があれば、政策を前に進めていく」と強調。さらに、日本を取り巻く安全保障環境の悪化による「リスク」を訴えて、集団的自衛権行使の正当性を主張してきた。しかし、憲法によって政治権力を縛る立憲主義に反することを認めれば、時の権力の暴走を許すことにつながりかねず、国のあり方そのものにとって、逆に重大なリスクになる。

 「総理は『政治家が判断しなければならない』と言うが独善だ。立憲主義は総理のような独走を抑えるためにある」。民主の大串博志氏は15日の質疑でこう迫ると、首相は「違憲立法かの最終的判断は最高裁判所が行う。憲法にも書いてある」と持論を強調した。(石松恒)

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少なくとも形式的にはまったく問題ない。

凶悪殺人犯がのうのうと大学生活だと! と吹き上がる人が多そうな件。

ノルウェー 77人殺害の受刑者が大学入学へ NHKニュース(7月18日 7時42分)

4年前、ノルウェーで銃を乱射するなどして77人を殺害した罪で実刑判決を受けた受刑者が、このほど大学への入学を認められ、今後、議論を呼びそうです。
ノルウェーでは4年前、極右的な思想を持つ男が首都オスロで爆弾テロを起こしたうえ、郊外の島で銃を乱射するなどして合わせて77人を殺害しました。
この事件で現地の裁判所は、今後も重大な犯罪を繰り返すおそれがあると裁判所が認めるかぎり、拘束を続けることができるとする判決を、アンネシュ・ブライビーク受刑者に言い渡しました。
ブライビーク受刑者は現在、服役中ですが、首都にあるオスロ大学はブライビーク受刑者から申請を受けて審査を行った結果、入学を認めたことを17日明らかにしました。
来月から服役先で政治学を学ぶということです。
オスロ大学はブライビーク受刑者が2年前に申請した際には入学を認めなかったということですが、今回は認めた理由について、オスロ大学の学長は自身のブログで「ノルウェーでは必要な条件を満たせば、受刑者も高等教育を受ける権利がある」と説明しています。
一方で学長は「大学には事件で友人や家族を失った学生もいて、倫理的に難しい問題だ」と述べているほか、事件の遺族も反発していて、ノルウェー史上、最悪とされるテロ事件の受刑者の入学を認めた大学の決定は今後、議論を呼びそうです。
更生が進んで大学進学できたのかと思ったのだけど、刑は執行中で刑務所に拘束されたまま受講することになるようだ。通信教育制度があるのかな?
「ノルウェーでは必要な条件を満たせば、受刑者も高等教育を受ける権利がある」
というのは全くすばらしい説明で、これが当然でなければならないし、ましてや学問の府がこれを守らないで何とするかというようなものだし、これで説明は十分だ。

もちろん処罰感情からすれば加害者が人並みの権利を享受することが許せないという気持ちは分かる。さらに被害者とその関係者からすれば大きな苦痛であることも容易に想像できる。実際オスロ大学の学長は「倫理的に難しい問題だ」と言っているし、ノルウェー社会でも大きな反発があるようだ。

しかし、学校というところは、どんな人間であれその人の発達・成長と人格形成の可能性は閉ざされていないという信念に支えられる存在だ。いかなる人であろうと学びによって変わりうるし、過去にどんな行いをした人であろうとも、またたとえ瀕死の人であろうとも、その人がよりよい人生を送ろうとする権利があるというのが教育や学問の良心の根幹だ。そして自ら成長を望む人であれば、いかなる人であろうともその努力を支え、実現に導くことが教育・学校の使命だというのが学校の最も基礎的な自己規定であり、教育者の職業倫理なのである。
だからこの受刑者が入学を志望してきたなら、彼への社会的な感情がどうあれ、規定の手続きに従って通常通り取り扱わなければならない。これは学校の存在意義にかかわることだからだ。教育者の見地からすれば、すべての人は教育を受ける権利があり、それはいかなる理由においても制限されるべきではない。そして教育は彼が更生し贖罪への意思を持って社会が受容できるようになるための大切な措置のひとつだと信じるわけである。そして彼を大学に受け入れることの社会的な重さを自ら引き受ける覚悟があるということもまた、オスロ大学は示したわけである。これは大学としての矜持を守ったといえるだろう。

翻って、自分が今所属している企業や地域社会で同じ問題に直面したらどういう判断を下せるかを考えてみると、そこでは非常に難しい課題があることに気づく。何よりもまず、組織内の人たちの「殺人鬼に人権などない」という処罰感情と対峙せねばならない。自分はほぼ確実に絶対少数であり、ほぼすべての人の反発を覚悟せねばならない。次に事なかれ主義との対決である。「我々はこんな人を教育できない」「こんな人格破綻者を受け入れてもし何かあったらどうするのか」「彼が仮に卒業できたとしても卒業後に彼がまた事件を起こしたら我々の組織に傷がつく」「異常者を卒業させた責任を問われる」「世間の笑いものだ」等々の問題提起を乗り越えなければならない。そしてさらには社会からのさまざまな圧力に耐える覚悟を組織全体で共有し、首脳部としては組織構成員を守る手立てを考えなければならない。
今回のケースでは、本人が服役中で実際に大学に来ることはあまりないようだからまだ少し問題が軽いが、実際に通学するケースであれば「何かあるかもしれない」という周囲の人たちの恐れに配慮して各部局が連携しあうような体制を準備しなければならないだろうし、メンタルケアや精神福祉関係の部局にも協力を仰いで刑務所との連携を密にする体制が求められるだろう。こうした対応をすべて誰が責任を持ってやれるのか、誰が皆から協力を取り付けられるのかという話になると、途方もなく問題が大きくなって「結局無理だろう」となってしまうだろう。
こうして信念や倫理は「現実」という名の社会的圧力に押しつぶされ、世の中の「分かりやすい」風潮に流されていくわけである。

今回オスロ大学でどんな議論があったかは分からない。2年前には入学申請を認めなかったということだから、内部ではかなり厳しい議論があったのかもしれない。前回は門前払いできたけれども今回は受刑者側の巧みな手続き戦術に引っかかって入学を認めざるを得ないところに追い込まれたのかもしれない。しかしながらそれでもなお最終的にこうした決定を下せたことをまずは評価したい。もちろんノルウェー社会の事情が分からない以上、この判断が果たして妥当であるのかは分からない。それにこれはノルウェー社会の問題であって日本に暮らす私の問題ではない以上、彼らの議論を軽々に評価できるようなものではない。けれども、今回の大学の決定には私たちが決してゆるがせにしてはならない重要な価値が含まれていることは軽視してはならないと思うものである。

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2015/07/17

国際政治学者らによる声明

「日本が過ち、潔く認めるべきだ」学者ら74人が声明:朝日新聞デジタル(2015年7月17日16時26分)

 安倍晋三首相がこの夏に出す戦後70年の「安倍談話」について、国際政治学者ら74人が17日、「日本が過ちを犯したことは潔く認めるべきだ」とする共同声明を発表した。侵略や植民地支配への反省を示した1995年の村山富市首相の「村山談話」の継承を強く求めた。

 文化勲章受章者の政治学者である三谷太一郎・東京大名誉教授、国際法学者の大沼保昭・明治大特任教授らが17日午前、東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見し、発表した。

 声明では、戦後日本について「戦争で犠牲になった人々への強い贖罪(しょくざい)感と悔恨の念が、戦後日本の平和と経済発展を支えた原動力だった」と指摘。このことは、戦後50年の「村山談話」や、戦後60年の小泉純一郎首相による「小泉談話」に継承されたとの認識を示した。

 その上で「村山談話や小泉談話を構成する重要な言葉が採用されなかった場合、これまで首相らが強調してきた過去への反省についてまで関係諸国に誤解と不信が生まれる」とし、「安倍総理が『談話』で用いられる『言葉』について考え抜かれた賢明な途をとられることを切に望む」と求めた。

 安倍首相らが「侵略の定義は定まっていない」と述べていることに対しては、「学問的に正しい解釈と思えない」と批判。「日本が遂行した戦争が国際法上違法な侵略戦争だったという国際社会で確立した評価を否定しようとしているとの疑念を生じさせる」と懸念を示した。

 大沼氏は「安倍談話について学者の社会的責任として見解を表明すべきだと三谷さんに相談し、日本の学界の明確な意思を示そうと考えた」と説明。大沼、三谷氏ら10人が発起人となり広く呼びかけたという。

 会見には、毛里和子・早稲田大名誉教授(中国政治)や小此木政夫・慶応大名誉教授(韓国・朝鮮政治)も出席。声明には緒方貞子・元国連難民高等弁務官、入江昭・米ハーバード大名誉教授(アメリカ外交史)、藤原帰一・東大教授(国際政治)、作家の半藤一利氏や保阪正康氏らが署名している。

 安倍首相は戦後70年の節目に「21世紀にふさわしい未来志向の談話を出し、世界に発信したい」としている。戦後50年の95年に当時の村山首相が出した「村山談話」については「全体として引き継ぐ」と語っている。

記者クラブのサイトに声明が掲載されていた。
三谷太一郎氏、大沼保昭氏、毛利和子氏、小此木政夫氏、波多野澄雄氏、石田淳氏 | 会見記録/昼食会/研究会 | 日本記者クラブ JapanNationalPressClub (JNPC)

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省として問題ないと思っているが自民党から苦情が出たから削除するよ、という防衛省

防衛省の記者会見の一問一答を見ると、記者さんがだいぶん頑張って聞いてくれている。
そのおかげで本件対応のあらすじが分かった。

日本政府(というか安倍内閣)はクマラスワミ氏個人へ、「報告書」における吉田証言部分を修正するように要求し、氏はそれを断っている。
で、その氏との面会を「光栄だ」という表現をしたのが「政府がクマラスワミ氏の拒否を受け入れた」と誤解される恐れがあるということで、削除した。

感想

その1
中谷大臣は「会食自体は問題ない」と言っているが、それも所詮は自民党からの文句の出方次第なのだろう。今回たまたま「光栄だ」という表現がやり玉に挙がっただけで。

その2
クマラスワミ氏と会えて光栄だという表現が「日本政府が氏の言い分を認めた」と見られるというのは過剰反応だ。こんな下っ端自衛官の外交辞令がそれほど重大な意味を持つのであれば、大使や政府高官はおろか、首相は中国や韓国の首脳と会談するときに「お会いできて光栄だ」とか「会えてうれしい」などと断じて言ってはいけないことになる。それに類する表現を行った瞬間、領土問題も歴史問題も全て相手国の認識を是としたということになってしまうからだ。

その3
今回の反応はいかにもせこい。本音ではクマラスワミ氏の報告書や彼女の修正要求拒否について全面的に否定したいのだが、それができないことが分かっているのでチマチマと細かい愚痴や嫌がらせを繰り返しているという感じだ。
もともと、クマラスワミ報告書には日本政府も賛成している。2014年に氏に修正要求をしたときも、報告書そのものへの賛意を取り消してはいない。というか、国際世論と理非曲直を考慮すればそんなことができるわけがないのである。そして吉田証言部分は同報告書においてほとんど意味を持たない些末な要素に過ぎない。その些末な部分にこだわって嫌がらせを続けるしかできないわけである。(というか、自民党の諸君はそこが慰安婦問題の核心だと本気で信じているらしいのだが、同報告書を読んでもそう信じているなら相当に認知のゆがみがひどくなっている。……たぶんほとんど誰も読んだことがないのだろうけれども。)
次に、国連人権委員会が採択した報告書について、クマラスワミ氏個人に修正を要求するという方法が姑息である。氏は同委員会の依頼を受けて特別報告者として報告書をとりまとめた人であり、この報告書の出発点はあくまで国連人権委員会である。そしてこのクマラスワミ氏へ特別報告を依頼したメンバーには日本政府も含まれている。この報告書は全会一致で採択されており、日本政府ももちろん賛成して、同委員会の公文書となっている。氏の私文書ではないにも関わらず氏個人に面談して修正を要求するという方法を取っているのは、もちろん人権委員会に提起すれば一笑に付されて馬鹿にされることが分かっているからだろう。

経緯

・1996年、国連人権委員会がクマラスワミ報告書を日本政府も含めて全会一致で採択。
参考:4-1 国連クマラスワミ報告 | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

・2014年10月16日、安倍政権がクマラスワミ氏個人へ同報告の「修正」を要請。
  外務省の説明では、修正要求は吉田清治氏の著作の引用部分。
  外務省の人権人道担当大使がクマラスワミ氏に面会して要求。
典拠:慰安婦巡るクマラスワミ報告、政府が一部修正を要請:朝日新聞デジタル(2014年10月16日13時54分)慰安婦巡るクマラスワミ報告、政府が一部修正を要請:朝日新聞デジタル(2014年10月16日13時54分)

 旧日本軍の慰安婦問題に関し、国連人権委員会(現・理事会)の特別報告官が1996年にまとめた「クマラスワミ報告」について、菅義偉官房長官は16日午前の記者会見で、日本政府がこの報告を作成したスリランカの法律家ラディカ・クマラスワミ氏に対し、「見解を修正するよう求めた」と述べ、一部修正を要請したことを明らかにした。

 外務省によると、修正を申し入れたのは、報告のうち、慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の著作を引用した部分。外務省の佐藤地(くに)・人権人道担当大使が14日、ニューヨークでクマラスワミ氏と面会し、修正を求めたという。菅氏や同省によると、クマラスワミ氏は「証拠の一つに過ぎない」として、修正を拒んだという。菅氏は「国連をはじめ国際社会に粘り強く説明し、理解を求めたい」と述べた。

 朝日新聞は8月5、6日の朝刊に掲載した慰安婦の特集記事で吉田氏の証言を虚偽と判断し、証言を報じた過去の記事を取り消した。菅氏は会見で、修正を求めた理由として、朝日新聞が記事を取り消したことを挙げた。報告は、吉田氏の証言を含めて、朝日新聞の報道を引用していない。

 報告のうち、吉田氏に関する記述は英文字で約300字。同氏の著書からの引用だと明記したうえで「国家総動員法の一部として労務報国会のもとで自ら奴隷狩りに加わり、その他の朝鮮人とともに千人もの女性たちを『慰安婦』任務のために獲得したと告白している」と記述。現代史家・秦郁彦氏が吉田氏の著作に異議を唱えたこともあわせて掲載している。

     ◇

 〈クマラスワミ報告〉 国連人権委員会の「女性に対する暴力」の特別報告官だったスリランカの法律家、ラディカ・クマラスワミ氏が1996年に戦時中の旧日本軍の慰安婦問題についてまとめた報告。慰安婦を「軍事的性奴隷」と位置づけ、日本政府に法的責任を認めることや、被害者への補償など6項目を勧告した。報告作成にあたって日本や韓国を訪問し、元慰安婦や研究者らに聞き取りをした。

慰安婦問題巡る女性自衛官の記述を削除 NHKニュース(7月17日 13時15分)

中谷防衛大臣は閣議のあとの記者会見で、女性自衛官がいわゆる従軍慰安婦の問題を巡り、日本に賠償などを勧告した国連の報告書をまとめた人物と面会し、「光栄だ」などとホームページ上に掲載したのは誤解を招くおそれがあるとして、記述を削除したことを明らかにしました。
いわゆる従軍慰安婦の問題を巡り、1996年に日本に謝罪や賠償を勧告した国連の「クマラスワミ報告」がまとめられ、政府は「受け入れられない」として反論文書を国連に提出しています。
これに関連して、先に開かれた自民党の国防部会で「女性自衛官がベルギーの日本大使館のホームページに、報告書をまとめたクマラスワミ氏と面会した際のことを『お目にかかれたことは光栄である』と掲載しているが、問題ではないか」などといった指摘が出ていました。
これについて、中谷防衛大臣は閣議のあとの記者会見で、「執筆した女性自衛官はクマラスワミ氏に会ったことしか記述していない」としながらも、「自民党側の指摘を受けて検討した結果、日本政府の立場との関係で誤解を招くおそれがあることから掲載を中止した」と述べ、記述を削除したことを明らかにしました。

防衛省・自衛隊:防衛大臣記者会見概要 平成27年7月17日(10時13分~10時31分)

Q:昨日の、自民党国防部会で、現在NATOに派遣されている女性自衛官について、従軍慰安婦問題などに関する報告書を国連人権委員会に提出したクマラスワミさんと面会したときのブログの内容に関して、誤解を招く表現が数箇所あるとして、削除するとの報告が防衛省側からあったと。そうした対応を今回行う経緯や、理由について説明をお願いします。
A:経緯についてご説明を致します。NATO本部に栗田2佐が派遣をされておりまして、自らの勤務風景等を紹介するコラムを在ベルギー日本大使館のホームページに掲載をしております。これは、NATOという重要な国際機関を国民に身近に感じてもらい、NATOと日本との協力の関係を、一層推進したいということでございます。本年の3月12日に、このコラムにおきまして、クマラスワミ氏のNATO本部への訪問がございまして、これに関する記述がありましたが、この記述について、いわゆる「クマラスワミ報告書」に関する日本政府の立場との関係で問題ではないかなど、様々な指摘を受けたところでございます。こうした様々な指摘を受けまして、当該コラムの執筆者である栗田2佐の意見も踏まえながら、政府として再度検討をした結果、いわゆる「クマラスワミ報告書」に関するわが国政府の立場との関係で誤解を招くおそれがあることから、当該コラムの掲載を中止をしたということでございます。栗田2佐は、「女性・平和・安全保障分野のNATO事務総長特別代表」のアドバイザーとして勤務をしておりまして、政府として、その活動を高く評価をしているところであります。今回の事案を踏まえまして、栗田2佐に対して、同2佐のNATOにおける活動内容については、国内外から高い関心を集めているところから、引き続き適切に対応するように伝達をしたところでございますが、もとより、政府として、当人の活動に何ら制約をかける考えもなく、今後の活動に支障があるとは考えておりません。また、栗田2佐のコラムにつきましても、在ベルギー日本大使館ホームページにおいて、今後も継続をして掲載していくという予定でございます。
Q:栗田2佐のブログを見ると、クマラスワミさんとの面会について、「光栄だ」と言うような記述があるのですが、内容としては、報告書の中身に深く触れているわけでもなく、少し過剰な対応ではないかなと思ったのですけれども、その程度の意見でも、ダメと言った部分というのがちょっと理解できないのですけれども。
A:私もコラムを読みまして、「NATO本部でお目にかかれたことは、光栄である」というような内容でございました。しかし、これに対して、防衛白書で紹介をしたところ、このホームページの件について、様々なご指摘を受けまして、先程お話しを致しましたとおり、指摘を受けたということで、執筆者のご意見も踏まえながら、政府として再検討をした結果、当該の記述はいわゆる「クマラスワミ報告書」に関する日本の立場との関係で、誤解を招くおそれがあるというようなことで、在ベルギー日本大使館のホームページのこの部分の掲載というのを中止したということでございます。
Q:確認ですが、本人も納得されているということで。
A:ご本人の同意も得ているということでございます。
Q:これは「光栄」という表現が誤解を招くということですか。それとも、お目に掛かった「会った」ということ自体も問題視している、そういうことでしょうか。
A:いろいろな世界的に活躍をされている方々の訪問がありますので、彼女自身は、その方にお会いをしたということは非常に光栄であるという認識で書かれたということです。
Q:誤解を招きかねないので削除したということですけれども、「お目に掛かって光栄だ」という表現が誤解を招くということなのか、それとも、面会したことそのものも誤解を招くのか。どの辺りなのでしょうか。
A:これまでの経緯と致しまして、この報告書に対して政府としては、この記述の仕方において削除を求めているわけでございますが、彼女のホームページにつきましては、「NATOの特別代表とともにクマラスワミ氏と昼食に同席をする機会を頂きました」ということでございますので、このことの行為については、私は、問題はないというふうに思っています。
Q:とすると、「光栄である」という表現が誤解を招くと、そういう見解でよろしいでしょうか。
A:これは、部会でご指摘がありまして、私はそう思ってませんけれども、これを読まれた方が、そういう誤解をされる、そういうこともあるということでご指摘を受けましたので、その点について、全体として誤解をされる部分があるということで、今回、対応をお願いしたということでございます。
Q:誤解というのは、どういうことを言うのでしょうか。
A:いわゆる「クマラスワミ報告書」に関する日本政府の立場で問題ではないかということで、現実にご指摘がございましたので、そういう点で誤解を受けることがないようにということでございます。
Q:報告書の内容を、政府として認めたことになるのではないかという誤解ですか。どういう誤解ですか。
A:事実、「クマラスワミ報告書」の従軍慰安婦の部分でございますが、政府としては、事実でないという部分を削除してもらいたいという要請をしておりまして、こういう事実があるということについて、彼女は純粋にお会いしたことについての記述しかしておりませんが、そういう件にとって、全体として誤解を受けるおそれがあるということで、この部分を削除されるということでございます。
Q:先程、「部会での指摘について、私はそうは思っていない」というご発言でしたけれども、そういう意味で党の指摘というのは過剰ではないかという、行き過ぎじゃないかというような受け止めでしょうか。
A:現実にそのようなご指摘があったわけでございますので、そういった誤解が持たれないという意味でお願いしたわけでございます。

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時間がないので。

国会前6万人デモだけじゃなかった!最近「BBCが報じるのにNHKが放送しない日本の出来事」が多かった - NAVER まとめ

ここで紹介されているBBCのツイッター
BBC News JapanさんはTwitterを使っています: "安保関連法案が昨日、衆院特別委で可決された後の、東京特派員リポート(http://t.co/Bs2g6WpnPZ )を、検討の結果、ビデオに字幕をつけるのではなく、こちらツイッターで英語音声の全訳を連投します。少しの間うるさくしますがすみません。→"

BBCが辺野古の反対運動を密着取材
→……まあ、反戦運動や平和運動って、NHKだけじゃなくて他のメディアもほぼ無視、黙殺してきてるし、これからもおそらくずっとそうなんだけどね。

BBCが慰霊式典での「やじ」を報道

BBCがイスラム国に殺害された後藤氏への自己責任論に注目。

BBCとNHKの南スーダン問題への報道姿勢の違い

→これはこちら。
BBCとNHK | 山口巌(投稿日: 2013年12月25日 11時32分 JST 更新: 2014年02月23日 19時12分 JST)

思えば韓国軍が予備の弾薬を…という話はもう1年半も前のことになるのか。
それはともかく、山口氏の指摘はなるほどと思わされる。

で、山口氏の記事で紹介されていた件。

UKトピックス | BBCワールドニュース‐英国放送協会の国際ニュースチャンネル 私が経験した日本の歴史教育 What Japanese history lessons leave out BBCワールドニュース 大井真理子

大井氏が書いた原文は英語らしい。
率直だし当たり前でもっともだとしか言いようがない話。
歴史教育をいくつかのトピックスに焦点を当ててやるか、それとも通史をやるかはなかなか難しい問題だが、その教育方式の違いが日中や日韓の歴史観の軋轢の一因になっているのではないかというところにもつながりそうな話。


BBCの記者・大井真理子さんは、なぜ南京大虐殺や従軍慰安婦の問題に立ち向かうのか | 佐々木俊尚(投稿日: 2013年10月16日 21時45分 JST 更新: 2013年12月16日 19時12分 JST)

こちらによれば、上記の大井氏の記事は「炎上した」のだそうだ。反日だというお決まりの反応。途方もなく視野が狭い、もうヒステリーとしか言えない状態だが。
それと合わせて、この佐々木氏の日本の戦争責任への態度は戦争犯罪とその贖罪を「人ごと」としてしか捉えていない当事者意識が欠如している点でおよそ肯定できないものだ。


戦後70年:「人の魂まで壊すのが戦争」 元日本兵伝える南京大虐殺 目撃者96歳、見張り中に凄惨な光景 /大阪 - 毎日新聞(2015年07月14日 地方版)

 旧日本軍が多くの民間人を殺害した1937年12月の南京大虐殺。当時を知る元日本兵の多くが亡くなる中、大阪市に住む元海軍兵士の三谷翔さん(96)は今も水上から見た虐殺の様子を鮮明に記憶し、「私にできるのは真相を話し、戦争は『絶対にだめ』と伝えること」と訴える。市民団体「日中平和研究会」(大阪市)によると、虐殺の目撃者は三谷さんが最後の世代だという。【川瀬慎一朗】

 三谷さんは37年6月、18歳で海軍に志願し、佐世保の海兵団に入団。10月には駆逐艦「海風」に乗り、揚子江遡行(そこう)部隊として南京に向かった。自身が直接手を下すことはなかったが、船の上から凄惨(せいさん)な光景を目にした。

 37年12月17日、海風は揚子江で停泊し、「入城式」のために上陸。「広場では、私の身長くらいの高さの死体の山がいくつもあり、中には裸の死体も見えた。ある家の中にはゼリー状に固まった血の海の中に死体が転がり、頭部は日本刀で切られたようだった」と振り返る。

 南京到着後、すでに戦闘は収束し、船から毎日見張り業務についていた。「トラックで中国人20〜30人が運ばれ、川に着くと、機関銃でダダダダダーと殺された。それが朝から晩まで繰り返された」。ある晩には、人が火だるまになって殺されるのも見たという。

 「むごいとは思った。しかしそれが戦争。成り行きであのようになり、止めようがなかった」。正月を前に佐世保に戻ると、上官から「南京で見たことは一切口にするな」と箝口(かんこう)令を敷かれた。

 「殺人鬼や強姦(ごうかん)魔を集めて戦地に送ったわけではない。家に帰ればいい父であり、兄であった人たちが、ひとたび殺し、殺される状況になると壊れてしまう。人の魂まで壊すのが戦争だ」。三谷さんは語気を強める。

 安全保障関連法案が審議され、自由な言論への圧力が漂い始めた現在の日本に、三谷さんは危機感を覚える。「政府は戦争をやりたがっているかのようだ。戦地を体験した人が減り、戦争の恐ろしさを理解していない若者が増えている」。集団的自衛権行使容認への流れについても「米国の侵略戦争を手伝うことになる。どんな戦争であれ、またあのような事(虐殺)は起きうる」と懸念する。

 南京大虐殺については「日中平和研究会」共同代表で元小学校教諭の松岡環さん(68)が1997年以降、参加した元日本兵250人以上を訪ね聞き取り調査。三谷さんも97年に松岡さんの調査を受けて以降、証言活動をするようになり、「生きている限り語り続けたい」という。

 松岡さんは「戦争の被害の歴史ばかりが伝えられるが、加害の歴史もあったことに目を向けてほしい」と話す。

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政府がデマを公認して言論弾圧

ひどいニュースばかりで気が滅入る。
到底ついていけないほどに数が多い。

戦争法制にまつわる多くのこと、世界遺産の愚かしさ、東京五輪絡みのごたごた、残業働かせ放題・派遣固定化法、川内原発の再稼働と経産省の原発推進、大学への日の丸君が代強要など……。

その中で一つ気がかりなものを記録しておく。

政府、自衛官のブログ削除 慰安婦元報告者めぐる記述 - 47NEWS(よんななニュース)(2015/07/16 10:52 【共同通信】)

 政府は16日の自民党国防部会で2015年版防衛白書をめぐり、北大西洋条約機構(NATO)本部に派遣中の女性自衛官が記したブログの一部を削除すると報告した。旧日本軍の従軍慰安婦を「性奴隷」と表現した1996年の国連報告書のクマラスワミ元報告者との会談に同席したことを「光栄」と記述した今年3月のブログに対し、問題視する声が出ていた。ブログは在ベルギー日本大使館のホームページにあり、白書の原案にリンク先が書かれていた。

 国防部会は、中国が東シナ海の日中中間線付近で進めるガス田開発の記述などを追加することで防衛白書を了承した。21日にも閣議で報告する。

今の政府関係者はみな忘れているのかもしれないが、このクマラスワミ報告書は日本政府も賛成して決議されたものだ。
そしてその後、同報告書と同様の基調に立った河野談話も日本政府は放棄していない。

自民党の愚かな認識に「我が軍」(安倍総理)が振り回されている。これは国が滅ぶ道である。

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2015/07/15

それは当たり前。

山本弘のSF秘密基地BLOG:お前の行為はアイコンに恥じないものなのか?(2015年07月13日)

 同じことは日の丸アイコンについても言える。
 もちろん、アイコンに日の丸を使うこと自体は、べつに悪いことじゃない。 日の丸を誇りに思うなら、胸を張って使えばいい。
 でも、日の丸アイコンの奴が汚い言葉を書き殴ってたり、差別的なデマを拡散したりしているのを見ると、すごく複雑な気分になる。

 お前の行為は日の丸に恥じないものなのか?
 日の丸を自分で汚してるんじゃないの?

山本氏はポリティカルに「お前の行為は日の丸に恥じないものなのか?」と言っているのかもしれないが、しかしこの「俺も愛国者なんだけど」というエクスキューズがいかにも嫌らしい。相手にすり寄る必要はないのである。
…まあご本人が「愛国者」なのならどうぞご自由に(苦笑)という感じだが。

それよりももっと重要なことは、日の丸アイコンを使うこと、言い換えれば日の丸を自らのアイデンティティの中に取り込み、自己表現として積極的に利用する心情の本質は、そもそも「汚い言葉を書き殴ってたり、差別的なデマを拡散したり」する心情と切り離せないということだ。

言い換えれば、日の丸にはその種の差別性が不可避的に織り込まれている。
日の丸賛美者が持つ攻撃性やその表現形式は歴史の中で生み出されたものだが、そもそも「愛国心」が持つ排外主義的本質でもある。

「日の丸に恥じないのか?」という問いかけ・呼びかけは、同時に「お前は日本人=誇り高い国民」ではないのか?という問いかけでもあり、それは即ち「他の低俗な連中=外国人ではないんだろ?」という呼びかけである。
日本の場合、この「お前は劣等民族とは違う人間のはずだろ」というメッセージは、非白人、とりわけ中国や朝鮮韓国人への差別感情と結びついて、彼らへの攻撃性へ転化する。
簡単に言えば、愛国心や日本人としてのアイデンティティを鼓舞する表現は他の民族・国民への蔑視と迫害を強化するということだ。

繰り返す。日の丸アイコンは排外主義や差別を切り離せない。
「日の丸を誇りに思う」からこそ「汚い言葉を書き殴ってたり、差別的なデマを拡散したりしている」のである。

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2015/07/13

この夏の楽しみ(下種編)

習主席 抗日戦勝70年行事に安倍首相を招待 NHKニュース(7月11日 12時06分)

中国側:
・6月上旬ごろに正式に招待(毎日)
・習近平国家主席がじきじきに安倍総理大臣に招待(NHK)

日本側:
・在北京日本大使館「承知していない」(NHK)
・程国平外務次官「首相からの返事はまだない」(毎日)

というわけで、どうするのか興味津々だったのですが。

・安倍首相「招きがあるのに逃げたくない」(朝日)
・記念行事への出席は日本国内で反発を招きかねない→当日は避けて訪中?(朝日)

という報道が出ました。

6月から1ヶ月ほど経っているのに北京大使館も「知らない」という放置モード。
大使館がシラを切ったのかツンボ桟敷に置かれたのか知りませんけど、官邸側ではこれって完全に黙殺する=「なかったこと」にするつもりだったのが、中国政府にネタにされて慌てて対応を検討し始めた…ってところかでしょうかね。
中国政府、安倍ちゃんで遊ぶの止めてね。ホント軽ーく記者会見でジャブ打っただけなのに何そのボディーブローみたいな。見透かされてるなー。

まあ朝日が報じた安倍氏の意向はたぶん招待された直後ぐらいに周囲は分かっていたでしょうし、周囲としては「どうしようか……」と困ってしまって中国側へ回答不能に陥ったのかも?Windows95がよくフリーズしていたのを思い出します。不安定なOSで、ちょっと負荷を掛けるとすぐ固まっちゃうんですよね。
そういえば、沖縄県の翁長知事が辺野古問題で「会いたい」って何度要望しても、全く返答しない時期がしばらく続いていましたね。あれもやっぱりOSのフリーズだったのかな。ホントちょっと負荷を掛けるとすぐ動かなくなっちゃうんですよね……。

それにしても安倍氏の「逃げたくない」って何その喧嘩モード…中学生か(苦笑)
おまけに記念行事出席に「日本国内の反発」って…「日本国内」の人ってせこいというか子供というか。またそれに配慮するのも安倍自民党の支持基盤を彷彿とさせます。

朝日によれば、首相周辺はメルケルのロシア訪問事例を真似るつもりらしい。
天木氏のアドバイス?に従った…訳ではないだろうけれど。

メルケル首相と安倍首相のかくも大きな器量の違い | 新党憲法9条(2015年5月12日)

すなわちメルケル首相はロシアが開いた戦勝70周年記念式典には先 進7か国(G-7)首脳と共に欠席したが、一日ずらしてモスクワを訪れ、露兵士の墓に献花し、プーチン大統領と会って首脳会談を行ったというのだ。
……中略……
 安倍首相も少しはメルケル首相にならって気の利いた外交をしてみろと言いたくなる見事なメルケル首相の外交である

しかし記念行事欠席は安倍氏的には「逃げ」になるんじゃないかな?習主席の「どうせ記念行事に来る勇気もないんだろ?」という挑発から逃げたら「ほーら、やっぱり」という中国側の嘲笑を受けるんじゃないかな(笑)ましてや、記念日をずらして訪中するとか、中国側から「は?記念日に出席する気はないけど会いたいって?何の用?まあ聞いてあげようか?」ってニヤニヤされるんじゃないのかな?

ここは一つ、安倍氏的蛮勇をふるって記念行事に参加して「お前ら領土的野心を捨てろや!」と一発かましてくれないかなあ…と期待。そうしたらきっとフィリピンとかから「ステキ!」って言ってもらえると思う。

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中国:安倍首相を正式招待 9月の抗日勝利記念行事に - 毎日新聞(2015年07月11日 01時02分)

 中国の程国平外務次官は10日、北京で9月3日に開く抗日戦争勝利記念行事に、安倍晋三首相を正式に招待したと明らかにした。首相からの返事はまだないという。

 中国の習近平指導部はことしを「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」と位置付け、記念大会と軍事パレードを9月3日に北京市中心部の天安門広場で開催する。(共同)


習主席 抗日戦勝70年行事に安倍首相を招待 NHKニュース(7月11日 12時06分)
中国外務省の程国平次官は10日、習近平国家主席が、ことし9月3日の「抗日戦争勝利70年」の記念行事に、安倍総理大臣を招待したと述べました。
これは、中国外務省の程国平次官が10日、ロシアで開かれた上海協力機構の首脳会議のあと記者会見で述べたものです。このなかで程次官は「習近平国家主席がじきじきに安倍総理大臣に対して、9月3日の記念行事に出席するよう招待した」と述べました。
招待した時期は先月だったということです。中国政府はことしを「抗日戦争と反ファシズム戦争の勝利70年」と位置づけ、9月3日に北京で軍事パレードやレセプションなどの記念行事を行う予定です。
中国外務省はこれまで「関係するすべての国の指導者を招待する」と表明していましたが、安倍総理大臣を招待したと明言したのは、これが初めてです。これについて北京にある日本大使館では「承知していない」としています。

安倍首相、9月訪中を検討 抗日記念行事外す方向で調整:朝日新聞デジタル(2015年7月11日08時07分)

 安倍晋三首相が9月初旬に中国を訪問し、習近平(シーチンピン)国家主席との首脳会談を検討していることがわかった。国際会議などを利用した首脳会談の開催ではなく、本格的な二国間会談につなげる狙いだ。ただ、同時期に審議中の安全保障関連法案をめぐり国会が緊迫することも予想され、実現にはハードルもある。

 中国は9月3日を「抗日戦争勝利記念日」と定め、軍事パレードなど記念行事を予定。中国政府高官は今月10日、安倍首相を正式に招待したことを明らかにした。首相は周囲に「(中国から)招きがあるのに逃げたくない」との趣旨の発言をして訪中に意欲をみせているという。しかし、9月3日の記念行事への出席は日本国内で反発を招きかねないとみて、この日は避け、その前後に訪中する方向で調整している。

 首相周辺によると、今回の訪中検討は、今年5月にドイツのメルケル首相がロシア主催の対独戦勝70周年記念式典は欠席し、翌日に訪ロして首脳会談を行った例が念頭にあるという。

 安保関連法案の国会審議などの影響で、安倍内閣の支持率は低下傾向にある。今後も、九州電力川内原発1号機の再稼働など世論の批判が強い政策課題が待ち受けており、政権としては日中関係改善を訴え、支持率回復につなげたいとの思惑もある。

 一方の中国も、9月下旬に予定される習国家主席の訪米前に、米国を含む国際社会に対し「日中和解」を演出することができる。

 ただ、ハードルもある。通常国会は9月27日まで延長され、9月初旬は安保関連法案の国会審議が山場を迎えている可能性がある。政府高官も「最終決定は国会の状況次第だ」と話す。

 また、安倍首相が戦後70年の節目に出す「安倍談話」も障害になりうる。首相は談話の閣議決定を見送る意向を示したり、アジア外交に関心が強い公明党と事前調整する方針を固めたりするなど一定の配慮をみせているものの、内容次第では中国側の姿勢が硬化するおそれもある。

 首相訪中が実現すれば、北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)があった昨年11月以来。日中首脳会談は、ジャカルタでのアジア・アフリカ会議(バンドン会議)があった今年4月以来、約4カ月ぶりとなる。今月中旬には谷内正太郎・国家安全保障局長が訪中し、中国外交を統括する楊潔篪(ヤンチエチー)国務委員(副首相級)と会談する。谷内氏は首相訪中についても議論を交わすとみられる。

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親日とか反日とかで他国を色分けするのはその国に失礼だという話

時事ドットコム:台湾総統「私は『友日派』」=反日派との指摘に反論(2015/07/07-22:06)

 【台北時事】「私は『反日派』ではなく、『親日派』でもない。『友日派』だ」。台湾の馬英九総統は7日、抗日戦勝70年記念の国際学術討論会であいさつし、反日姿勢を強めているとの指摘に反論した。
 馬総統は「慰安婦を支持すれば『反日派』とされ、(台湾にダムを建設した日本人土木技師の)八田与一氏の貢献を肯定すれば『親日派』とされる」と不満を漏らし、自らを「友日派」と位置付けた。 
 馬総統があえて「友日派」を名乗ったのは、軍事パレードをはじめ、台湾が最近相次いで実施する抗日戦勝記念行事に対する日本側からの風当たりの強さを感じ取ったためとみられる。(2015/07/07-22:06)
「日本側からの風当たりの強さ」が具体的に何を意味しているのか気になる。単なる右翼の連中やネットの評判みたいなものなのか、それとも日本政府や政財界からの何らかの圧力なのか。

いずれにせよ、台湾人が日本統治時代に対して複雑な思いを抱いていることは現地の歴史本をいくつか立ち読みしてみるだけでも分かる。以前、こんなエントリを書いた。→台湾で思ったこと: 思いついたことをなんでも書いていくブログ(2013/10/18)

抗日戦勝記念行事へ日本側が不快感を表明しているとすれば、それこそ彼らの不快感をいっそう強めるものになる。それはつまり日本人が台湾を植民地化し圧政を敷いたことを反省していないということであるし、台湾人の複雑な感情への共感がないということであるし、依然として台湾を蔑視していることを示すことになるからだ。

右翼や国粋主義者は「日本と日本人を尊敬しろ、誉めろ」とことあるごとに要求するが、そうした振る舞いをすればするほど、尊敬・賛美する気がなくなることがなぜ分からないのだろうか。

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養老孟司氏の書評→読まなくていい本が分かる

今週の本棚:養老孟司・評 『新・観光立国論…』=デービッド・アトキンソン著 - 毎日新聞(2015年07月12日 東京朝刊)

朝この書評を見て、目が点になった。養老孟司氏が上記の著者アトキンソン氏を評した箇所。

 もともと経済アナリストだから、そのあたりの議論には十分な説得力がある。データを示して基礎からきちんと説明する。議論の仕方が非常にいい。もし間違っているなら、どこが違っていたか、後でだれでも検証できる。それに対して、政治がらみの経済の話は、私にはほとんど理解できない。著者のような議論の進め方をしないからである。ただ最近は日本でも著者のような語り口の人が経済関係に増えてきた。藻谷浩介、水野和夫、冨山和彦、三橋貴明などなど。これまで読む気もなかった経済の本を、おかげで爺(じい)さんになってから読むようになってしまった。(強調は引用者)
すごい人たちを信じちゃっているんだなあ…というか、彼らが人をだますのが上手いということか。
毎日新聞もここまで劣化したか……としみじみさせられた。書評そのものもどうでもいい話。所詮地域振興にさほど関心があるようにも見えない。単に「ニッポン」をネタに国を憂えてみたい憂国インテリごっこがマイブームのオジイチャンの戯言みたいな話。
 ◇『新・観光立国論−イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画」』

 (東洋経済新報社・1620円)

 ◇辛口な指摘にも説得力ある日本論

 国際観光収入がGDP(国内総生産)に占める割合は、日本は他の先進国の数分の一に過ぎない。収入額は世界の二十一位。観光客はこのところ急速な増加傾向にあるから、少子高齢化の日本で、これから大きく伸びる可能性のある業界は観光業だ。それが本書の結論。

 そんなことは以前からわかっている。そう思われた人は、ではなぜ日本は外国人観光客数が世界の標準以下で、収入が少ないのか、その理由を明確に指摘できるだろうか。

 著者はイギリス人だが、日本に二十五年住んでおり、もとはゴールドマン・サックスの経済アナリストだった。ときどき出会う茶席ではいつも和服を着ている。日本人の私は洋服。町家を改修した自宅が京都にある。現在は伝統美術の修復を請け負う、「小西美術工藝社」という会社の社長である。

 話のはじまりは「短期移民」、つまり外国人観光客のことである。人口減少は避けられないが、それを補ううまい手がある。それは観光客に来てもらうこと。GDPは要するに人口に比例する。それなら人口減でGDPが下がるのは仕方がない。でも移民政策にはいろいろな問題がある。それより観光客の増加でしのげないか。

 もともと経済アナリストだから、そのあたりの議論には十分な説得力がある。データを示して基礎からきちんと説明する。議論の仕方が非常にいい。もし間違っているなら、どこが違っていたか、後でだれでも検証できる。それに対して、政治がらみの経済の話は、私にはほとんど理解できない。著者のような議論の進め方をしないからである。ただ最近は日本でも著者のような語り口の人が経済関係に増えてきた。藻谷浩介、水野和夫、冨山和彦、三橋貴明などなど。これまで読む気もなかった経済の本を、おかげで爺(じい)さんになってから読むようになってしまった。

 それにしても国際標準からすれば日本への外国人観光客は少なすぎる。それはなぜか。日本は観光地として認識されていない、あるいは避けられているのではないか。ほとんど観光鎖国というしかない。著者は具体的にさまざまな事例を指摘していく。外国人だからというだけではなく、観察眼が鋭いので、思わず意表を突かれる指摘が多い。それをここでいちいち紹介することはしない。本文をお読み頂ければいい。一つだけ例を挙げれば、ゴールデンウィークは無くしたほうがいい、という。大量の観光客を一気にさばいて商売をする。そういう癖がつくからである。よく考えたら、多くの人が納得すると思う。私はゴールデンウィーク、お正月、お盆は自宅にこもる。著者の指摘は相当な辛口だが、それなりにもっともだと私は感じる。そもそも観光というものに、真剣に取り組んでいないのではないか。これは日本人としての私もしばしば感じることである。観光に限らず、本気で仕事をしているとは思えないことが増えた。自分が年寄りになったから、文句が多いのかと思っていたが、著者も同じようにいうので安心した。

 観光業に関わる人、関わらざるを得ない人、地方振興を考えている人には必読の文献であろう。私は鎌倉に住んで箱根に別宅があり、月に一度は京都に行く。こんなバカな暮らしはしたくないが、いろいろな事情でそうなった。いつも観光の影響を受けているから、著者の議論は他人事(ひとごと)ではない。自分は観光なんて無関係だと思っている人も、日本論として読むと参考になるに違いない。

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2015/07/11

強制労働は日本の産業化に常につきまとっていた問題だったという視点

強制労働の事実はごまかせない - シートン俗物記(2015-07-10)

こちら経由で知った記事。
シートン氏の記事は簡潔にして当を得ているので付け加えることはない。
ここでは、氏が利用した参考記事が有益なので、それを備忘録として以下にとどめる。

世界遺産:“強制労働は韓国人だけではない”米研究者、連合軍捕虜に言及 | ニュースフィア(2015年7月6日) (魚拓

この記事の元になっている、米非営利研究団体「アジア・ポリシー・ポイント」のミンディ・コトラー所長がディプロマット誌に寄稿した記事とはおそらく次の記事だろう。

UNESCO and Japan’s Act of Forgetting | The Diplomat(July 03, 2015) (魚拓 archive.is

この論説でコトラー氏は朝鮮韓国人以外の強制労働、奴隷労働の犠牲者が沢山いること、そうした奴隷労働が日本の産業化の書記から広範に存在し続けており、第二次大戦中の強制労働の被害はその延長線上にあることを指摘し、産業遺産の価値を正の側面だけから見ることはユネスコの精神に反していると論じている。

この指摘は産業振興や経済開発を考える上でもきわめて今日的で重要な論点であり、コトラー氏の論調は非常にまっとうだと言える。
ところが、この記事についたコメント群がひどい。多くの日本人と思われるコメンテーターは韓国の話に終始し、コトラー氏の論点を外しているばかりか、日本人の認識がいかに狭いか、中国や韓国との争いという観点でしか問題を見られないかという点を強く印象づけるものとなっている。しかも間違いや偏見が多い。率直に言って、素朴にこのコメント群を見た人たちは、「日本人キモチワルイ」と思ってしまうのではないかと危惧する。(まあそれも「我々」の確かな一面なのだけれど。)

●ほかに、ウェブ公開がされていない記事として。
2015年07月04日 東京 朝刊 静岡・1地方
(Shizuokaリポート35)中国人鎮魂、静かに40回 西伊豆、慰霊の集い/静岡県

慰霊碑建立に自治体が関与し県知事も参加していたという今から考えられない情勢が興味深い。
それが日中国交回復という政治的気運によるものではないかという記述には、改めて政治や情勢がローカルな事象にもたらす影響力の強さを考えさせられる。

*********
なお、上記ニュースフィア記事については、ブログ主が引用している部分以外のところで、この記事では

◆韓国は実利に満足
 結局、ドイツのボンで開かれたWHCの5日夜の審議で、日本政府の代表が、「韓国人などが自分の意思に反して動員され、強制的に労働させられた」という内容に言及。さらに、「犠牲者を追悼するためにインフォメーションセンターの設置などの措置を取る方針」を明らかにした(ハンギョレ)。

 こうした内容はWHCの「登録決定文」には盛り込まれなかったが、注釈に「世界遺産委員会が日本の発言に注目する」という内容を付記することになったため、韓国が「日本政府が強制動員問題を事実上認める発言を引き出す『実利』を得た」とハンギョレは指摘。その他の韓国メディアも、成果を勝ち取ったと評価している。

という記載がある。
だが、この点については、scopedog氏のブログ記事
「強制労働」という言葉ではなく「徴用」という言葉が多くなってきた背景を推察 - 誰かの妄想・はてな版(2015-07-06)
で、
韓国側は、日本が「自らの意思に反して幾つかの産業革命遺産に連れてこられ、厳しい環境下で労働を強いられた」と表現したことを踏まえて、「強制労働」の表現を削除して譲歩したとみられますが、日本側に上手く騙されたということでしょうね。

日本側が韓国側意見の「強制労働」の表現を削除するように執拗に圧力をかけた理由はこの辺でしょうね。“自由意志”で来た「募集」「官斡旋」については強制労働とはみなさない、「徴用」は日本人も対象だった合法行為、とお決まりの歴史修正主義を適用するというレールは既に敷かれているようなものですし。

さすがに日本外交は巧みだといわざるを得ません。

言葉のダブルミーニングを狡猾に使って、相手側の要求を聞いたかのように見せかけるテクニックはさすがです。韓国政府がこれに気づくにはもう少し時間がかかるでしょうし、国際社会はもっと時間がかかるでしょう。国内はマスコミに圧力をかけて“韓国が悪い”という排外主義を煽らせれば、手も無く騙せます。

やはり日本政府は韓国政府に対して、狡猾さにおいて一枚も二枚も上手でしたね。

という分析が出ていて、これは一考に値する論点だと思う。
scopedog氏が他の記事と合わせて指摘していることは、政府の狙いが「徴用」=合法という認識枠組みを可能な限り活用して、そこに問題を押し込めてしまうところにあるということだが、実際、日本政府・官邸から出ているコメントは日韓の賠償問題は決着済みという主張を強調することが中心となっている。さらに、この種の姿勢……日本側の賠償や経済的負担を警戒して謝罪や責任の認定をしないという姿勢は戦後一貫して続いていて、それが折々に外交問題化するたびに日本政府の舌先三寸の表現のごまかしが功を奏してきている、言い換えると他国の「とりあえず言葉を信じて様子を見てみよう」という寛容の姿勢に救われてきているように思われる。

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2015/07/10

ジャーナリストの気概と、それを理解できない私たちの「仲間」たち

韓国の記者は「嫌韓」や日本社会をどう見つめているのか 特派員座談会(2015年07月09日 11時59分)

1.

タイトルは「嫌韓」に重点があるように読めるが、座談会の内容はむしろ海外特派員の使命はどこにあるかというテーマが中心であったように思う。
それはたとえば、駐在国のリアルや空気感をどう伝えるか、自国の読者たちに自分たちの社会を改善するためのヒントをどう伝えられるか、そして一般の日本人と一般の韓国人の間の互いに気づいていない意識のギャップや意味のずれをどう伝えるか、というような問題意識に現れている。
これらの課題はおそらく海外特派員であれば抱えるのだろう。その意味でこの座談会は韓国人が日本を見るという固有性よりも、ジャーナリストという職業人にまつわる普遍的な使命感や問題の切り方のほうにむしろ重点があり、それゆえに記者という人たちの意識や心情を、韓国人という固有性によらず知ることができる価値のある記事になっている。

ここに登場した3人の記者は、それぞれに少しずつ取材や報道へのスタンスが異なるようだけれども、共通しているのは、本社との軋轢やリソースの限界への悩みといった宮仕えの面倒さといった話もあるが、自らが見聞きする多様な「日本」像の中から何をどう切り出せばよいのかについて常に考え続けているところ。そこには決して固定観念や特定の理解にはまり込むまいとする知的誠実さが感じられる。

記事後半にはタイトルにある「嫌韓」についての話し合いになっていくが、日本人向けの座談会だという意識があるのか、発言にはバランスを重視した抑制的なトーンが感じられる。「嫌韓」な人をあまり刺激しないように控えめな言葉を選んでいるようだが、そこで示されている認識は、日本社会の今のムードとその構造をよく理解しているものだと思う。とりわけ金氏は来日後まだ4ヶ月ほどしか経っていないというのに、この認識の速さには驚かされる。いずれにせよ、この記者たちの認識には私も特に異論はないし、彼らの発言は繰り返し読んで論点を再確認するだけの意義がある。ただ、私としては日本社会の一員としてむしろ我々自身の背負ったものを直視し告発し続けなければならないというふうに考えているので、彼らの語り口は優しすぎる…というか、いささか表面的な「友好」と「相互理解」に偏りすぎていないかと思うほどである。

2.

ところで、この記事についている「はてなブックマーク」とフェイスブックコメントがなかなかに香ばしい。いつものような韓国人嫌いをむき出しにしたコメントがずらずらと並んでいて、座談会で指摘された朝鮮韓国人への蔑視・差別(吉氏)、「おまえがオレを嫌いだから、オレもおまえを嫌いだ」と自己防衛的な攻撃に走る心理(金氏)を見事に裏書している。
その中の多くは、感情的な呪詛にとどまるもの、「嫌日は卒業した」などの文言への揚げ足取りや曲解、記事とは無関係の「お前たちの良くないところはどう考えるんだ」といったまさに「おまえが俺を嫌いだから」式の自己防衛的な攻撃など、自他を相対化できない幼稚なコメントばかりであり、これもまたいつもの光景ではある。

ちょっと興味深いのは、この記者らの発言を「理解できない」とか「何を言っているのかわからない」と評するコメントが複数見られたこと。また、意識や認識の隔たりが大きいという趣旨のコメントもあった。「こんな発言ばかりだからやっぱり韓国人はダメだ」という類のコメントもあった。

座談会の内容は、前述のとおり異文化圏に駐在する記者なら誰でも感じるであろうことを平易な言葉で語っているものであり、また韓国と日本のいろいろなギャップについても「そういうことがある」という形で述べているものであって、決して難解な概念や複雑な論理構造を持った議論ではない。
にもかかわらず、こうした「わかりにくい」と感じる人が複数いたことには若干心が惹かれた。つまり、「韓国」への偏見や反感、「韓国人が嫌韓について語る」という記事への先入観などが、文章解釈の枠組みをゆがめたり、解釈を吟味する余地を著しく狭めたりしたために、虚心坦懐に言葉を受け取るという認知の働きが阻害されたのではないか、ということである。

言い換えれば、それほどまでに「嫌韓」は人々の心の奥底にしみこんでしまっているのであろう。吉氏は「実際、日本が本当に再び軍国主義になって、韓国に攻め込んでくるようなことはないでしょう」と述べているが、これほどまでに差別や偏見を沈潜させていれば、一見平穏に見える社会であっても、関東大震災で起きた朝鮮人虐殺事件の凄惨かつ異常な情景やルワンダで勃発した隣人・知人への集団殺戮のようなカタストロフィーがいつ起きないとも限らない。そのような不安と恐怖を改めて感じさせられた次第である。

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2015/07/08

リバティおおさかが大阪市から提訴された件

ウサギさんはTwitterを使っています: "リバティおおさか 市が提訴へ http://t.co/4fP92LLNci 元々リバティおおさかが建っている土地は地域の人々が教育施設建設のために市に寄付したものだ。そこに博物館が建てられた。なのに大阪市長である橋下は賃料が払えないのなら出て行けと言ってる。阿漕にもほどがある。"(12:06 - 2015年7月7日)

この土地の経緯について知りたいと思ったが、現在のところネット上では見つけられていない。
リバティおおさかは運営難に陥っていてサポーターを募集している。

提訴関係に関する報道。
まずは読売。
橋下市長が人権啓発の趣旨を分かっていないような発言をしているようだ。
まあ彼は戦争展示や女性の人権啓発へも文句を付ける人なのでさもありなん。しかし単に文句を付けるだけでなくて、権力を実際にふるって言うことを聞かせるのがいかにも彼らしい。

大阪市が人権博物館を提訴へ、展示内容巡り溝 : ニュース : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)(2015年07月07日)

 大阪市が、同市浪速区の人権啓発施設「大阪人権博物館(リバティおおさか)」を運営する公益財団法人に対し、市有地からの同館の退去を求めて、今月下旬にも大阪地裁に提訴する方針を固めたことがわかった。展示内容の変更などを巡って意見がくいちがい、市は無償貸与してきた市有地を4月から有料化したが、財団が支払いに応じなかったという。閉館に追い込まれる可能性もあり、財団は「訴訟は遺憾」としている。

 同館は、大阪府や市、部落解放同盟府連合会などが出資する財団法人・大阪人権歴史資料館(1982年設立、現・大阪人権博物館)が85年に開館した。

 「人権問題の生きた教材、学習の場を提供し、広く人権意識の啓発の場としていく」ことを目的に、展示室やホール、研修室を備え、人種や障害、病気などを理由に差別を受けてきた人々の主張を紹介する映像や文章など約3万点の資料を収蔵。市は開館以来、市有地(約7000平方メートル)を財団に無償貸与してきた。

 学校や企業が見学や研修で利用するケースが多く、人権啓発の観点から府と市は運営費の大半を占める補助金を支出してきたが、2008年に知事に就任した橋下徹大阪市長が「教育現場のニーズに合っていない」と展示内容を疑問視し、市とともに09年度から補助金を削減。財団は生命の誕生の仕組みや職業紹介コーナーを新設するなど展示の見直しもしたが、橋下氏は「差別や人権に特化して、子どもが夢や希望を持てる展示になっていない」とし、府市の補助金(計約1億7000万円)は12年度を最後に全廃された。

 市は市有地の無償貸与も見直し、昨年11月には、今年4月から定期借地契約を結び、賃料など年間約3400万円を支払うよう財団に要求。財団側は「自主運営が困難になる」として減免を求めたが、市は契約の意思がないと判断し提訴に踏み切ることにした。利用者は12年度に約7万7000人、補助金が打ち切られた13年度は約4万2000人、14年度は約3万6000人と大幅に減っている。

 市は「市長が求める展示内容に沿って改善がなされなかったため、財団には自主運営を求めてきた。市有地の有料化は2年間、猶予期間を設けた。一方的な通告ではない」と説明。財団の石橋武理事長は「市は博物館の社会的役割を理解しようとせず、市が支援してきた経緯をないがしろにしている」と話している。

 府市出資の公益財団法人が運営する施設では「大阪国際平和センター」(大阪市中央区)でも09年度、補助金が4割削減。展示を大幅変更し、今年4月に改修オープンした。府・市有地(計約2500平方メートル)は無償貸与されている。

次に、リバティおおさか側の考え方。「博物館用地の歴史的経過」に言及している。
なお、リバティおおさかは運営が困難になっており、サポーターを募集している。

リバティおおさかとは|大阪人権博物館[リバティおおさか]

大阪人権博物館は2015年度からも運営を継続しますので、なお一層の支援と協力をお願いします

 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。本年は大阪人権博物館(リバティおおさか)が大阪人権歴史資料館として1985年12月4日に開館して30周年になります。開館以降、周知のように当館は、今日に至るまで日本で唯一の人権に関する総合博物館としての社会的役割を果たしてきました。
 当館は約3万点におよぶ人権資料の収集・保管をはじめ人権問題の調査研究、人権に関する総合展示と斬新な特別展、企画展の開催、人権問題についての普及活動、ホールでの人間性豊かな文化事業、学校における人権教育や社会における人権啓発との連携などの多彩な事業を推進し、これまで来館者を中心とした総利用者は約153万人を数えています。これらの人権に関わる当館の存在意義と社会的役割は、大阪をはじめ日本国内はもとより国際的にも大きな関心を集め、微力ながら人権意識の伸長に寄与してきたと自負しています。
 しかし2013年度から、大阪市は大阪府とともに当館に対する補助金を全面的に廃止しました。それによって当館では、事業費や管理費のみならず人件費を大幅に削減し、全体の運営費を約半額以下に抑えて自主運営の道を歩むことになりました。そのため入館料と各種の利用料などを値上げし、また新たに企業や団体、個人から寄附金(スポンサー)と賛助会費(サポーター)を募ることによって、自主運営のための自主財源の確保に努めてきました。その結果、2013・2014年度は苦しい状況のなかでも辛うじて運営を継続してきました。しかし昨今の経済状況の悪化が続くなか、寄付金と賛助会費は当初の予想に反して充分な効果をもたらさず、自主運営の継続についてはきわめて厳しい状況となっています。
 これらの状況に追い打ちをかけるように、今年の2月に大阪市より現在の博物館用地を建物を取り壊し、原状回復の上、大阪市に返還するように迫られました。もし、それが出来ないときは「本市としては必要な手続き」をとる、つまり訴訟による裁判を想定しているとしか考えられない姿勢を明らかにしています。
 当館がこれまでに果たしてきた役割と博物館用地の歴史的経過により、大阪市に対しては、引き続き現在の博物館用地のこれまで通りの土地使用料の免除もしくは大幅な削減、そして誠実な話し合いを要望しています。
今年度からは、運営を継続するため、展示など多彩な事業について従来どおりに実施する予定です。しかし経費の大幅な削減のため、開館日を縮小して水曜日から土曜日とします。何かと皆様にはご迷惑をおかけすることもあろうかとは思いますが、運営のための止むを得ざる判断であることをご理解ください。
 また、2015年3月22日に開催した第15回理事会におきまして、理事長には石橋武、専務理事には赤井隆史が新たに就任することになり、これに伴い前理事長の成山治彦、前専務理事の小頭芳明は引き続き理事として財団の運営に関わることになりました。
 4月からについては、「定款の目的達成のための公益的事業を推進している限り、博物館の開館は問題はない」と主務官庁に確認したうえで、これまでどおりの運営を継続することに努めていく所存です。皆様におかれましては、当館への一層の支援と協力をお願いする次第です。

  2015年4月1日

公益財団法人大阪人権博物館
理事長   石橋 武
専務理事  赤井 隆史

大阪市がリバティおおさかに送付した通告。
大阪人権博物館の敷地として使用されている私有地について(2014年11月28日)
リバティおおさかがウェブに公開している。
・貸借契約の更新はしない。
・定借契約を新たに結べ。
・賃貸料はこちらで決める。保証金として6ヶ月分に相当する額を前納せよ。
・10年間賃料支払いができる財務だと当方が認めること。
が要旨。

これは事実上、出て行け=閉鎖せよ、というのに等しい。

次に、毎日新聞。
リバティおおさか:土地明け渡し求め、市が提訴へ - 毎日新聞(2015年07月07日 10時00分)

 大阪市浪速区の大阪人権博物館(リバティおおさか)が市有地の無償貸与を打ち切られた問題で、大阪市は今月中にも、運営する財団法人を相手取り、土地の明け渡しを求めて大阪地裁に提訴する方針を固めた。財団は争う構えだが、訴訟の行方次第では博物館が閉鎖に追い込まれる可能性もある。

 リバティおおさかは1985年、大阪府や市、民間企業が出資する財団が開設した。約6900平方メートルの市有地に建つが、市は「社会教育施設の役割を果たしている」として土地を無償で貸与。固定資産税も免除してきた。しかし、無償貸与は今年3月末で打ち切られ、財団は市有地を不法占拠する状態で運営を続けている。

 きっかけは2012年、橋下徹市長と松井一郎知事が博物館を視察し、「子に夢を与える展示になっていない」と批判したことだ。両氏は行政からの自立を求め、財団への府市の補助金(12年度で約1億6700万円)を13年度に廃止した。

 さらに市は昨年11月、4月以降は無償貸与契約を結ばない考えを財団に伝えた。約2700万円の賃料と約700万円の固定資産税を毎年納めることを土地使用の条件としたが、財団が応じなかったため、市は2月、建物を解体して3月末までに土地を明け渡すよう求めていた。

 朝治(あさじ)武館長は「借地料の減免がないと存続は難しい。交渉に応じず裁判に持ち込むのは乱暴だ」としている。【大久保昂】

大阪人権博物館:賃料不払いなら退去を−−橋下市長 /大阪 - 毎日新聞(2015年02月06日 地方版)

 大阪市が来年度から市有地の無償貸与を打ち切り、賃料を請求する方針の大阪人権博物館(リバティおおさか、浪速区)について、橋下徹市長は5日、「賃料をもらえないのであれば立ち退きを求め、話が進まなければ訴訟をやることになる」と述べた。運営する財団法人は、引き続き賃料免除か大幅減免を市に求めていた。

 同博物館は府と大阪市からの補助金約2億円(08年度)で運営費の大半を賄っていたが、13年3月に打ち切られた。市は市有地の無償貸与も今年度末までとしていた。【寺岡俊】


大阪人権博物館:「賃料免除継続を」市に要求 市、立ち退き訴訟も - 毎日新聞(2015年02月04日 大阪朝刊)
 大阪人権博物館(リバティおおさか、大阪市浪速区)が立地する市有地(約6900平方メートル)について、無償貸与を打ち切り、賃料を請求するとの大阪市の方針に対し、運営する財団法人が、引き続き賃料免除か大幅減免を市に求めたことがわかった。市は、事実上の支払い拒否と受け止め、賃料を支払わず、3月末で無償貸与の契約が切れても移転しない場合、立ち退きを求め訴訟も検討するという。

 財団によると、今年1月、市有地の賃料について、免除の継続か大幅な減免を求め、橋下徹市長宛ての文書を出した。賃料は年間約2700万円で、市は固定資産税と都市計画税計約700万円の支払いも求めている。

 財団は大阪府と大阪市からの補助金約2億円(2008年度)で運営費の大半を賄っていたが、補助金は行財政改革で年々減り、13年度に全廃。人件費の大幅カットや入館料の値上げなどで自主運営に努めたが、市は市有地の無償貸与も今年度末までとした。

 橋下市長は昨年10月、「支払いができなければ移転を考えてもらう」と話している。朝治武館長は「ヘイトスピーチなど新たな人権問題が生じる中、博物館が果たす役割を考えてほしい」と訴えている。【林由紀子】

2013年段階の弁護士ドットコムの記事。
橋下市長が補助金を打ち切った「大阪人権博物館」 いまはどうなっているのか?|弁護士ドットコムニュース(2013年06月30日 11時30分)

橋下徹大阪市長の「従軍慰安婦」をめぐる一連の発言が問題になったとき、国会の女性議員を中心に「女性の人権を冒とくしている」と非難の声があがった。その橋下市長のお膝元で、「人権」をめぐる議論がほかにも起きている。それは「大阪人権博物館」(リバティおおさか)の存続問題。大阪府と大阪市の補助金打ち切りによって、運営が危機に瀕しているのだ。

●昨年4月、橋下市長と松井知事が「補助金」の見直しを表明

大阪人権博物館は1985年、部落問題を中心とした歴史資料館として大阪市浪速区に開館、その後、在日コリアンや女性差別の問題など「人権」にかかわる総合的な展示を行う博物館へと拡充していった。もともと大阪府・市をはじめとする自治体と大阪の民間企業が出資者となり、財団法人として発足。運営費の大半は、大阪府と大阪市の補助金によってまかなわれていた。

ところが昨年4月、橋下大阪市長と松井一郎大阪府知事がそろって博物館を視察したあと、補助金支給の見直しを表明。その理由として、「展示内容が差別や人権に特化されていて、子どもが夢や希望を抱けるようなものではない」ことをあげた。人権博物館の存続を求める23万筆の署名が大阪府・市に提出されるなど反対運動も起きたが、結局、今年3月で補助金が打ち切られた。

収入の8割近くを占めていた補助金が途絶え、今年度からは市民の寄付などで運営を続けている同館だが、現状はどうなっているのだろうか。博物館をたずねた。

前田朋章事務局長によると、存続のためにまず行ったことは人件費の大幅なカットと施設運営・管理経費の削減である。「全職員は3月31日付けで、事業主都合による整理解雇となりました。4月から新たな雇用条件により採用された職員は、全員一年更新の有期契約職員となりました。その中には、週3日勤務の嘱託職員も含まれています。それにより、人件費は54%減額となりました」。さらに、管理費や光熱費を節約するため、日曜を休みにするなど、開館日も減らさざるをえなかった。

●「こんなにしっかりした展示物があるとは・・・」と驚く来館者

苦しい財政事情のもとでの運営だが、来館者からは「続けてくれ」と応援の声が寄せられている。授業の一環で同館を訪れていた奈良県の大学生は「在日コリアン一世の証言VTRが印象に残った」という。「実家の近くには在日の人も多く住んでいましたが、VTRを見て在日一世の人たちの苦労がわかって良かったです」。

また、同館への補助金見直しを報道で知っていたという別の学生も「橋下さんは『夢や希望を持てない』とボロカスに言ってたけど、こんなにしっかりした展示物があるとは思わなかった」と驚いていた。

彼らのように展示内容を肯定的に評価する、橋下発言とは対照的な声もある。同館の成山治彦理事長もホームページで「博物館が果たしてきた役割を考えると、簡単に歴史を閉じるわけにはいきません」と意欲を示している。

だが、補助金が再開される見通しは立っていない。大阪市の市民局人権室に問い合わせてみたところ、「すでに博物館側から自主運営の方針は示されており、補助金の支給を再開することは考えていません」という回答だった。

(弁護士ドットコムニュース)

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NHK、民放の全ての番組を国がアーカイブしようという議連について

保存してほしいのは山々だけれど、確かに人権侵害の危険性があるし、推進者のメディア圧力への欲望も感じるし、これはなかなかやっかいな案件。

推進者の発言では、
礒崎陽輔議員「政治利用(が心配だ)というけれど一向に構わない」」
島尻安伊子議員「我が地元(沖縄)のメディアはかなり偏っていて、あの時、あの問題をどう報道したかというのをサーベイ(調査)するのは大事だ」

そして議連会長は野田聖子氏。

磯崎氏も野田氏も、有名なタカ派・右翼議員。

島尻氏については、こんな話が。
佐藤優のインテリジェンス・レポート---「ウクライナ情勢の緊迫」「島尻安伊子問題」  | 佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」 | 現代ビジネス [講談社]

こちらのブログでは琉球新報の自分に関する報道へ抗議している。
参議院議員 島尻あい子 (島尻安伊子)

島尻氏が抗議を表明している琉球新報の記事はこれらしい。
放送アーカイブ、報道監視に利用 島尻氏が意向 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース(2015年6月29日 7:09 )

氏は、記者へ説明したことと違うように書かれていると批判しているが、記事を見た感じ、氏の言い分もしっかり書かれているように見える。
詳細は不明ながら沖縄紙(というか、自分への批判的記事が出ること)への警戒感の強さは感じる。

これらの推進議員の気持ちの奥底にメディア管理への欲がないとは言えないだろう。

ところで、下記の毎日新聞記事が指摘する課題は確かに難しく、政治利用やプライバシー侵害の懸念も十分あり得ることだろう。
その一方で他国では限定的な利用を認めつつ保存する制度もあるようで、どう折り合いを付けているのか、あるいは懸念が現実化しているのかは興味深いところ。この辺りをどうクリアできるのかが一つのカギとなるのではないか。

Listening:<放送アーカイブ構想>「文化的資産」に政治色が見え隠れ - 毎日新聞(2015年07月06日)

 国立国会図書館(東京都千代田区)がテレビ・ラジオ番組を全て録画・録音して保存する「放送アーカイブ」構想を巡り、議論が活発化している。超党派の国会議員連盟は「放送番組を国の関与の下で保存すれば、文化的資産になる」と主張するが、放送業界は政治から注文をつけられるケースが目立つ中で「事後検閲につながる」と反発する。どこが実施主体となるべきか、利用方法はどうするかなど、検討課題は多い。【丸山進、青島顕】

 ◇政治・推進側

 「本を保存するのと基本的に変わりはない。政治利用(が心配だ)というけれど一向に構わない」。今年3月の参院自民党政策審議会で、首相補佐官の礒崎陽輔議員は放送アーカイブ構想賛成の口火を切った。

 沖縄県選出の島尻安伊子議員は「我が地元のメディアはかなり偏っていて、あの時、あの問題をどう報道したかというのをサーベイ(調査)するのは大事だ」と沖縄メディア批判を絡めて推進論を述べた。

 出席したメディア研究者が放送番組の研究目的での利用を放送局に認められにくい現状を訴えると、「放送局の横暴だ」とのやじも飛んだ。

 礒崎氏は毎日新聞の取材に「もちろん、そのため(政治利用)に使えと言っているわけではない」、島尻氏は「検閲や規制の意味で発言したわけではない」と答えた。

 放送アーカイブ構想は2012年、衆参両院の議院運営委員会が検討を始めた。まとまった骨子案によると、国立国会図書館がテレビの地上波キー局7局とBS放送7局、ラジオは首都圏のAM・FM局の全番組を録画・録音し、一定期間後に館内にブースを設けて一般に閲覧させるとしている。コピーは認めない。当時の試算では、初年度は機器購入などに約2億円、その後は毎年約1億円の経費がかかるとした。13年度以降、国会図書館が海外視察などの調査を続けている。

 冒頭の審議会を受け、5月に超党派の27人が呼びかけ人となった「放送アーカイブ議連」(会長・野田聖子・前自民党総務会長)が発足。設立趣意書は「放送番組は、音・映像により政治・社会・文化の諸相を伝える記録だ。しかし我が国には後世に継承する制度がなく、日々失われている。放送番組を文化的資産として蓄積するアーカイブをつくるために設立する」とうたう。議連はアーカイブ構想実現に向け、国会図書館法や著作権法の改正案を議員立法で提出することを目指している。

 ◇放送業界

 「『(目的外利用の)歯止めは掛ける』と言われても、収集する主体が国会図書館というところから議論すると、国会図書館は国会議員のための施設という大前提があるので、身構えてしまう」

 6月18日、放送アーカイブ議連の会合に出席した日本民間放送連盟の青木隆典常務理事は、政治色が見え隠れするアーカイブ構想への疑念を吐露した。

 ある放送関係者は、表向きは文化的資産の蓄積を打ち出しながら、文化価値を判断せずに全番組を保存するところに政治の意図を感じるとして、「けさの下からよろいが見える」と苦笑する。捜査機関や企業の人事担当者が、デモの参加者が映ったニュースを思想チェックに利用する懸念も拭えないという。

 番組は多くの著作権が詰め込まれた「権利の束」だ。保存して将来の活用を図る場合には、出演者や番組で使った曲の作者など、著作権者全員から改めて保存の許諾を得なければならない。著作権管理団体に権利処理を委ねていない人も少なくなく、許諾を得るには手間がかかる。

 人権への配慮も欠かせない。NHKはニュース映像や原稿に登場する事件の容疑者や被害者の実名について、放送1年後、局内での利用を制限したり匿名に切り替えるかどうかを判断したりしている。NHK幹部は「いつまでも被害者の顔や容疑者宅の映像が公開され続けることは好ましくない。アーカイブ構想で詰めるべき論点は多く、性急な議論は避けるべきだ」と話す。

 放送業界が“落としどころ”として期待するのは、NHKと民放各局、横浜市が拠出した基金で運営する「放送番組センター」(同市)を拡充し、自律的に運営する方法。政治利用だけでなく、各局の動画配信やDVD販売の事業への影響を避けるため、保存した番組の公開は放送後一定期間が経過したものに限るなど、保存・公開に一定の基準を設けたい考えだ。

 ◇海外は

 国会図書館によると、フランスでは1995年から国立視聴覚研究所がテレビやラジオの全番組を受信して保存し、国立図書館で研究目的に限って公開している。95年より前の番組も一部はネット上で見られる。

 英国では88年から英国映画協会がテレビ番組を録画、保存している。公共放送のBBCは全番組、民放は約8分の1の番組が保存対象で、著作権者の許可が得られたものは協会施設内で有料で視聴できるという。

 米国は議会図書館が放送番組を収集し、研究目的に限って公開する。

 ◇2カ所で番組公開 NHKアーカイブスなど

 著作権法で、放送局は著作権者の許諾を得なくても一時的に番組を保存可能だが、6カ月を超えて保存する場合は許諾を得る必要がある。文化庁長官が指定する「記録保存所」であれば、許諾なしに保存できる。

 現在は記録保存所として、NHKアーカイブス(埼玉県川口市)▽民放連記録保存所(東京都千代田区)▽衛星放送協会記録保存所(東京都港区)の3カ所が登録されている。このうち保存番組を公開しているのはNHKアーカイブスだけだが、放送番組センターも放送法に基づき番組を保存、公開している。

 NHKと埼玉県が共同運営するNHKアーカイブスは今年3月末現在、NHKの番組89万本を保存している。このうち一般公開されているのは約9000本で、全体の1%程度に過ぎない。一方、放送番組センターは放送関係の受賞候補になった番組を中心に、NHKと民放のテレビ・ラジオ番組約2万5000本を保存し、4分の3に当たる1万9000本を館内で無料公開している。両者の公開度に差があるのは、放送番組センターは保存時点で著作権許諾を得るようにしているためだ。

放送アーカイブ、報道監視に利用 島尻氏が意向 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース(2015年6月29日 7:09 )

 島尻安伊子参院議員がことし3月に開かれた参議院自民党・政策審議会で、民報の放送番組やCMなどの過去のデータを蓄積する「放送アーカイブ」構想を議論した際に「先日の選挙では私の地元(沖縄)のメディアは偏っていた。あの時どうだったか調査するのは大事だ」と述べ、同制度を政治家が放送局の報道監視に利用する意向を示していたことが分かった。
放送アーカイブは国会で導入が議論されているが、制度骨子案は「文化的資産として放送番組を蓄積し利用する」としている。
 島尻氏の発言について、制度の趣旨を逸脱した政治利用の可能性を指摘してきた専門家は発言に懸念を示している。
 島尻氏の発言は27日に記者会見した糸数慶子参院議員が公表し、本紙も事実関係を確認した。島尻氏は本紙の取材に「政策審議会としての議事録はない」と述べ、「選挙-」を含めた発言内容は厳密には覚えていないとした。一方、「沖縄のメディアについて多種多様な意見を報道してほしいという思いはある。真意としてはその文脈のことを言ったと思う」と述べた。
 その上で「偏った報道の調査」について、「仮に言っていたとしても、個別な放送局名を挙げておらず、現在問題になっている百田尚樹さんの圧力発言や(自民党議員の)『マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番だ』といった内容の発言もしていない。質が異なる」と説明した。
 「偏向報道の調査」が放送アーカイブ制度導入の骨子案と異なる点については「党内部の勉強会だ。多様な意見があっていい。制度の骨子案も案であり、最終決定ではない」と述べた。関係者によると、この会合には党内部だけでなく放送アーカイブ制度の運用主体となることが検討されている国立国会図書館の総務部長らも参加した。
 一方、同問題の政治利用の可能性を指摘してきた専修大学文学部人文・ジャーナリズム学科の山田健太教授は「発言はメディアの報道が偏向していることを前提に調査を求めるものだが、その延長線上には当然、個別番組に対し抗議をする、あるいは総務省に行政指導を求めるといった行為が続くと考えるのが自然だ」と述べ、報道への圧力を招くと指摘した。
 一方、島尻氏は2014年11月に開かれた講演会に登壇した際、県内メディアの報道について「報道ではなく扇動だ」と発言していたことが分かった。これについて島尻氏は「『そう言われている』と言ったという趣旨だ」とした。(島袋良太)

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2015/07/07

ぬるく本質から目をそらす朝日新聞の報道

件の産業遺産の件。
世界遺産認定に過度の政治介入が目立つという論調で、「世界は教訓にするべきだろう」とのこと。
中村俊介編集委員の文章らしいが、本質から目を背けた話。

本記事で紹介されている経緯からすれば、日本政府(というか官邸、安部政権)のごり押しが生んだ摩擦と解するのが妥当。
日韓協定と切り分けるという確認さえ取れればよかったのに、「強制労働」という語句に過剰に反応して話をこじらせたというべき。
それを「日韓の歴史認識の対立」と称して、あたかも日本政府にも理があるかのように描くのは、「日本側の歴史認識」の問題や陥穽から目をそらして、自民党など「保守」や「右派」におもねるものに他ならない。

「華やかな世界遺産で「影」の歴史的な事実を強調するのは難しい。今回のPR活動でも触れられることは少なかった。」
とか
「構成資産を戦前の1910年までとした理由も十分に周知されていたとは言い難い。」
などと書くのも、歴史遺産への認識の甘さを露呈している。
「遺産」は後世の多面的・多角的な調査研究に資するための資源である以上、「影」をこそしっかりと保存・保護すべきであるのだし、今を生きる我々にまで連綿と深くつながっているからこそ、「遺産」の現代までのつながり方を含めるべきなのに、そのことを理解していない。
また、「遺産」の構成要素としてどの年代までで区切るかという問題と、採用した構成要素の通時的な展開過程を包括評価すべきかという問題とを混同している。

そもそも世界遺産の認定が政治経済上の思惑がらみになるのは当然であり、それを高踏的に「文化的側面に限定すべき」という主張自体が視野狭窄的なお子様の論理に過ぎない。とりわけ歴史的価値を見るという場合にはそれが政治問題化するのは避けようがない。歴史は正統性の根拠でもあるのだから。つまりこの編集委員の視点に合わせて言うならば、このような政治化は世界遺産の認定というシステムが不可避的に持つ性格に過ぎない。
したがって、この編集委員氏は、むしろ今回のような騒動が浮き彫りにした「対立」の根源が何だったのかに突っ込むとか、世界遺産制度が持つ政治性とか弊害とかに切り込むほうがまだよかったのではないか。祝賀ムードを演出しようとする政府や関係者に乗って、奉祝記事を連発するよりもよほど「ジャーナリズム」の精神にそぐうように思う。

日韓、「その意思に反して」で折り合い 産業遺産の登録:朝日新聞デジタル(2015年7月6日05時08分)

 ドイツ・ボンで開催中のユネスコ世界遺産委員会で、「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産への登録が決まった。日韓両国はボンと東京、ソウルを結んで審議の直前まで調整を重ねた結果、審議の来年以降への延期や投票による採決といった大きな禍根を残す事態は回避した。

明治の産業遺産の登録決定 「徴用工」表現、日韓が合意
■「強制労働」文言使われず

 日韓の協議が難航したため1日先送りになった審議は、5日午後3時(日本時間同10時)から始まった。

 世界遺産委員会のマリア・べーマー議長が全会一致の意向を確認し、登録決定を意味する木づちをたたいた時、日本政府団に笑顔はなく、拍手もしなかった。審議では、日韓の合意の上で議長国ドイツの提案として、決議文に「世界遺産委員会は各資産で包括的な歴史が理解されるための措置について日本の発言に注目する」との補足事項を追加した。

 日本の発言に続き、韓国代表団トップの趙兌烈(チョテヨル)・第2外務次官が発言。「委員会が、日本政府の措置と助言の2018年までの完全履行を継続的に追跡調査すると信じる」などと述べた上で、「今日の決断は、犠牲者の過去の痛みと苦しみを記憶し、不幸な過去の歴史的真実を確認する重要な一歩でもある」と発言すると、大きな拍手が沸いた。当初検討していたとされる「強制労働(forced labour)」の文言は使われなかった。

 登録が決まり、日本、韓国両国の発言が終わると、次の議題に移る前にベーマー議長が改めて日韓に「謝意を表したい」と発言。「今日、そしてここ数日、我々は信頼がいかに大切かを目の当たりにした。信頼とは最も重要な『通貨』だ」と合意に至った経緯に賛辞を送った。

 審議が終わると、日韓の代表団にそれぞれ握手を求める他国の代表団の姿があった。日韓の代表団同士は握手をしなかった。

 趙次官は審議終了後、日本側に祝意を示す一方で、日本との協議について「(韓国人らが)とても過酷な環境の下で働いたという強制性について韓国と日本が少し見解を異にした部分があり、最後まで厳しい交渉をした」と振り返った。(ボン=渡辺志帆、東岡徹)

■徴用工めぐる英語表現「折り合える唯一の方法」

 日韓が最後までもめたのは、世界遺産登録の審議での発言だ。戦時中、朝鮮半島出身者が資産で働いた「徴用工」の歴史をお互いどう表現するかだった。

 日本が5日の審議で、英語で行った発言では、徴用工について、多くの朝鮮半島出身者らが「brought against their will and forced to work」と表現した。外務省は審議の直後、「その意思に反して連れて来られ、働かされた」とする日本語訳を発表した。岸田文雄外相は5日夜、記者団に「強制労働を意味するものではない」と説明した。

 韓国は審議の説明では徴用工について、日本の英語表現を引用。一方、尹炳世(ユンビョンセ)外相は審議後「自分の意思に反して動員され、強制労役をした事実があったと(日本が)発表した」と韓国語で説明した。

 6月21日の日韓外相会談では、日韓が登録に向けて協力することで一致した。日本が審議で徴用工の歴史に触れることも約束した。

 ただ、日本の求めで6月下旬、韓国が審議での発言概要を示すと、日本政府は態度を硬化させた。資産で働いた徴用工の実態を「強制労働(forced labour)」と表現していたからだ。これには安倍首相周辺も「誤算だ。まさに首相が、ここは大丈夫なのか、と懸念していた点だ。外相会談で合意までしたのは何だったのかと首相も思っている」と怒りをあらわにした。

 日本は徴用工の未払い賃金などは1965年の国交正常化の際に結んだ請求権協定で「完全かつ最終的に解決済み」という立場だ。しかし、「強制労働」という言葉の使用を日本が認めれば、韓国が将来新たな要求をする可能性があると懸念した。首相周辺には「強制労働という言葉を使うと、ナチスドイツの強制労働と同一視される」という声もあった。

 日本政府は「強制労働」という表現の削除を要求。応じなければ、日本も徴用工に触れる発言を撤回すると迫った。さらに韓国の説明で65年の請求権協定に言及するようにも要求した。これには韓国も「どのように発言するのかは我々の自由だ」と猛反発した。

 審議を1日遅らせるほどの激しい交渉の末、韓国は審議での発言で、徴用工の説明について、「強制労働」を使わず、日本の説明を引用する形で落ち着いた。一方で、日本は、韓国が自国で説明する際、「強制労働」のニュアンスを強調することは黙認した。日韓両政府の関係者は「お互いの立場を変えないまま折り合える唯一の方法だった」としている。(武田肇、ソウル=貝瀬秋彦)

■近現代の記憶、摩擦起きやすい

 国境をめぐる争いや近現代の戦争の記憶。こうした要素を持つ遺産は、摩擦が起きやすい。世界文化遺産に登録された原爆ドーム。米国は登録決定後に「日本の提案には歴史的観点が欠けている」と表明した。

 元ユネスコ事務局長の松浦晃一郎さんは「本来、政治的な要素を除き、文化的な側面に焦点を当てるべきだが、残念ながら現実には避け難い」と話す。

 パレスチナの「イエス生誕の地」は、独立国とは認めていない国が反対。投票で登録が決まった。

 イコモスの登録勧告が覆ったこともある。2010年などに複数回審議されたイスラエルの「ダンの三連アーチ門」は、ヨルダンが「国境が明確でない地域に属している」と主張。登録可否の判断が先送りされ、今も登録されていない。

 「特にここ数年、政治的な介入で専門家による判断が覆されるケースが目立つ」。文化審議会の世界文化遺産特別委員会の西村幸夫・東京大教授は語る。(佐々波幸子、吉川一樹)

     ◇

■過ぎた政治介入、後味の悪さ

 アジア初の近代工業化を物語る「明治日本の産業革命遺産」。産業国家として繁栄に導いた証人である一方で、その発展は苦難と犠牲に支えられてもいた。産業遺産の持つ「光」と「影」が、世界遺産登録実現への思わぬ壁になった。

 国力増強を至上とした近代化において、鉱山や工場などでは苛酷(かこく)な労働もあった。「産業革命遺産」でも一部の施設に戦時のつらい記憶を持つ人々が今なおいる。だが、華やかな世界遺産で「影」の歴史的な事実を強調するのは難しい。今回のPR活動でも触れられることは少なかった。

 また、構成資産を戦前の1910年までとした理由も十分に周知されていたとは言い難い。その後の「徴用工」が働いた時期をあえて外したと韓国側に映り、事態をこじらせる遠因になったのではないか。

 いま世界文化遺産では政治介入が問題化している。諮問機関イコモスの評価と各国代表でつくる世界遺産委員会の決定が食い違う例が多く、審査の信頼性が揺らいでいるのだ。

 今回、事態を複雑化させた発端は、二国間の歴史認識の問題がユネスコの場に持ち込まれたことにある。お互いに支持を得ようと繰り広げた日韓両国の外交攻勢は他の委員国を困惑させ、政治介入の根深さを一層世界に印象づけた。

 結局、このいざこざで日韓両国が得たものはなく、後味の悪さだけが残った。世界遺産への過ぎたる政治介入の例として、世界は教訓にするべきだろう。(ボン=編集委員・中村俊介)

     ◇

■ユネスコ世界遺産委員会での日本政府代表団の声明要旨

 日本政府としては、本件遺産の「顕著な普遍的価値」が正当に評価され、全ての委員国の賛同を得て、コンセンサスで世界遺産登録されたことを光栄に思う。

 日本政府は、技術的・専門的見地から導き出されたイコモス勧告を尊重する。特に、「説明戦略」の策定に際しては、「各サイトの歴史全体について理解できる戦略とすること」との勧告に対し、真摯(しんし)に対応する。

 より具体的には、日本は、1940年代にいくつかのサイトにおいて、その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと(a large number of Koreans and others who were brought against their will and forced to work under harsh conditions)、また、第2次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる所存である。

 日本は、インフォメーションセンターの設置など、犠牲者を記憶にとどめるために適切な措置を説明戦略に盛り込む(incorporate appropriate measures into the interpretive strategy to remember the victims)所存である。

 日本政府は、本件遺産の「顕著な普遍的価値」を理解し、世界遺産登録に向けて協力して下さった議長をはじめ、世界遺産委員会の全ての委員国、その他関係者に対し深く感謝申し上げる。

(日本語訳は日本政府の仮訳に基づく)

■世界遺産に登録が決まった主な遺産

《複合遺産》

・ジャマイカの国立公園「ブルー・アンド・ジョン・クロウ・マウンテンズ」 自然遺産と文化遺産の両面を持つ。

《文化遺産》

・シンガポールの「シンガポール植物園」 英国植民地時代からの熱帯植物園の進化の歴史をたどることができる。

・韓国の「百済歴史遺跡地区」 韓国・中国・日本3カ国の古代王国間の交流の歴史をよく示す。日本は「極めて重要な遺産」として全面的に支持。

・フランスのブルゴーニュ地方の「クリマとテロワール(ブドウ畑と気候風土)」と、シャンパーニュ地方の「ブドウ畑、製造施設、地下貯蔵庫」 いずれもワインの名産地として知られる。

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2015/07/06

英文解釈:「forced to workとの表現は強制労働を意味するものではない」そうです。

早稲田大学から長期信用銀行に入った俊才、現在は外務大臣を務めていらっしゃる岸田文雄さんによれば、「forced to work」を強制労働と訳すと間違いだとのこと。

ただ、なんて訳すのが正解かはおっしゃっていない様子。正解を教えてほしいにゃぁ~。
下記記事によれば、岸田外務大臣は、

「1965年の韓国との国交正常化の際に締結された協定により、朝鮮半島出身者の徴用の問題を含め、日韓間の財産、請求権の問題は完全かつ最終的に解決済みであるという立場に変わりない」

「韓国政府は今回の発言を日韓間の請求権の文脈において利用する意図はないと理解している」

と発言したとのこと。この「今回の発言」ていうのは、以下のようなものらしい。

Japanese representative at the UNESCO, Kuni Sato, acknowledged at Sunday's meeting that a large number of Korean and other people "were brought against their will and were forced to work under severe conditions" at some of the Japanese industrial sites as the Japanese government implemented a policy of forced recruitment during World War II.
Japan sites gain UNESCO listing after agreement with S. Korea - 毎日新聞(July 06, 2015, 共同通信配信)

要するに、強制労働の存在を認めると日本が賠償請求訴訟等で不利になると恐れていたみたい。自意識過剰ではないのかしら…ていうか、まだ植民地支配への反省が足らないみたいですな。
そもそも加害者が「合意したんだし、もう済んだこと」とか自分から言っちゃうのって、日本社会では「反省していない証拠」と見なされる言動ですよね。

で、韓国側は、
「意思に反して労働させられた」=「強制労働」
と考えているそうで(まあ当たり前ですが)、岸田外相は、「それ、まちがっているよ」って韓国政府に教えてあげたらどうでしょうかね。

*******
日本政府の得意技の一つですが、

・英語では割とまともなことを言う
・日本語ではひどいことを言う

という二枚舌。今回の日本語での弁明が韓国政府への裏切りにならないといいのですが。
相手が怒るかもしれないだけじゃなくて、せっかく妥協してくれた相手を国内世論からの批判にさらすとかしたら、せっかく政府間の手打ちをやろうという話が出ているのに水を差しかねない。
まあもっとも、いくら政府間で妥協しても国民個人レベルでは到底「解決」などになるわけもないのですがね…。

今回の世界遺産騒動、せっかく産業遺産の歴史的意義を深める好機で、韓国側がいいボールを投げてくれたのに、それを生かせず歴史を直視する勇気を持てないあたり、政権と我々社会の未熟さを感じましたね。
今回の世界遺産登録、なんでも松下村塾が入ったりしてキモチワルイことになっているそうですが、韓国側の努力のおかげでせめて強制労働の情報センターが設置されるというので、それはまあ前進だったかなあ、と。
ただ日本政府にそれを実現する気はほとんどないのではないか、と思っていますが…。

クローズアップ2015:日韓、歴史の溝深く 明治産業遺産、1日遅れの登録 - 毎日新聞(2015年07月06日 東京朝刊)

 日本が世界文化遺産に推薦する「明治日本の産業革命遺産」の審議が5日、世界遺産委員会で行われ、登録が決定された。審議が1日延期されるほど調整が難航したのは、韓国側が求めていた「戦時中に朝鮮人の徴用工が強制労働させられた」との内容をどう反映させるかだった。決着はみたものの、日韓両国の関係改善にとって、歴史認識が依然として最大のネックであることが改めて浮かんだ。

 ◇関係改善ムードに水

 「1日延びたことについては、相手のある話です。事務レベルの調整については詳細を明らかにすることは控えなければならない」

 世界遺産委員会での登録決定を受けて5日夜、岸田文雄外相は外務省で記者団にこう述べた。

 今回最後までネックとなったのは、産業革命遺産で「朝鮮人の徴用工が強制労働させられた」との韓国の主張を、どう反映させるかだった。岸田氏は、日本側代表が世界遺産委で登録決定後、「厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいた」と発言したことについて「1965年の韓国との国交正常化の際に締結された協定により、朝鮮半島出身者の徴用の問題を含め、日韓間の財産、請求権の問題は完全かつ最終的に解決済みであるという立場に変わりない」と強調。「韓国政府は今回の発言を日韓間の請求権の文脈において利用する意図はないと理解している」とクギを刺した。

 産業革命遺産を巡っては、先月21日の日韓外相会談で、韓国が推薦した百済歴史遺跡地区とあわせて両国が登録に協力することで「完全に一致」(岸田氏)したはずだった。しかし、4日に百済歴史遺跡地区の登録が決定する一方、産業革命遺産は審議自体が先送りになっていた。

 韓国側は、朴槿恵(パククネ)大統領が5月20日、訪韓中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)のボコバ事務局長と会談した際、「日本は施設の一部で非人道的な強制労働が行われた歴史から目を背けている」と訴えた。韓国外務省幹部は「意思に反して労働させられたという意味がしっかり入っていないといけないので、強制労働と言っている。政府内で検討したうえで使っている表現だ」と強調していた。

 結局、日本側は世界遺産委の発言で「against their will(意思に反して)」「forced to work(働かされた)」との表現を用いた。岸田氏は「forced to workとの表現は強制労働を意味するものではない」と説明した。

 徴用工を巡っては、韓国で損害賠償を求める裁判が係争中であることも関係している。日韓基本条約で、両国と国民の間の請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と確認され、2005年に盧武鉉(ノムヒョン)政権も請求権は解決済みとの立場を表明した。しかし、12年に韓国最高裁が韓国人元徴用工の裁判で「個人請求権が消滅していない」と初判断。日本側としては、徴用工の表現ぶりが請求権問題にも影響するとの見方から、過敏にならざるを得ない事情があった。

 今年は日韓国交正常化50周年。両国は今春以降、まだ開催されていない安倍晋三首相と朴大統領との首脳会談について、初秋が想定される日中韓首脳会談などの場での実現に向け、環境整備を進めてきた。尹炳世(ユンビョンセ)外相が6月に就任後初めて訪日し、岸田氏との間で産業革命遺産の登録について合意したことは、関係改善に向けた象徴的な出来事と受け止められた。

 しかし、当初「技術的な問題」と見られた徴用工を巡る表現についての調整が最後まで難航し、世界遺産委の現場にまで持ち込まれた末、他の委員国まで両国の対立に巻き込んだことで、関係改善に向けた楽観ムードが水を差された印象は否めない。さらには韓国が求める慰安婦問題の解決への道筋は見えておらず、安倍首相が8月に発表する戦後70年談話も、内容によっては韓国側の反発が予想される。今回の世界文化遺産登録を巡る衝突は、歴史認識に関する両国間の隔たりを改めて浮かび上がらせた。【小田中大、ソウル米村耕一】

 ◇持ち越し回避、日本奔走

 世界遺産委員会が開催されているボンの国際会議場。「明治日本の産業革命遺産」の登録が決まると、議場の佐藤地(くに)ユネスコ日本代表部大使、青柳正規文化庁長官らの表情が緩んだ。伊藤祐一郎・鹿児島県知事は「日韓外相会談以降いろいろあったが、きちっと日韓で整理できた。今後の日韓関係にとってプラスであってほしい」と、安堵(あんど)感を漂わせた。

 日本政府関係者によると、議長国のドイツは採決で多数決を取る事態を憂慮し、5日も日韓双方の代表者を交えて最終調整を続けたようだ。審議前、議場内では、日韓の橋渡しをしているというベトナム大使に佐藤大使が近寄り、長時間耳打ちする姿も見られた。

 日本としては、議長国のドイツが混乱を嫌い「審議延期」ということになるのだけは、どうしても避けたい事情があった。そうなると審議は来年以降に回される。しかし、日本政府はすでに来年の世界文化遺産登録を目指す案件として「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎、熊本両県)の推薦を決めている。そのため「教会群」を押しのけて来年の産業革命遺産の登録を目指すことは難しいからだ。

 さらに、世界遺産委員会の委員国である日本の任期(4年)が今年で切れることもある。一方、韓国は委員国として残る。登録の可否は委員国が意見を述べ合い、原則全会一致で決まる。審議が来年以降に回れば、委員国の資格がなくなることは日本にとっては大きなマイナスだ。

 会議場近くのホテルで記者会見に臨んだ和泉洋人首相補佐官は「私が日本代表団として現地入りした段階で調整は終わっていなかった。昨日の夕刻までに日韓の理解ができた」と、ぎりぎりの交渉が続いていたことを明かした。

 ボン入りしてからも各国のユネスコ大使と面会し「文化財としての評価をお願いしたい」と訴えた田上富久・長崎市長が会見で言った。「決してゴールではなく、世界遺産の街としてのスタート。長崎の果たしてきた役割に誇りを持ち、責任を感じたい」【三木陽介、ボン中西啓介】

Japan sites gain UNESCO listing after agreement with S. Korea - 毎日新聞

Japan sites gain UNESCO listing after agreement with S. Korea

BONN (Kyodo) -- The UNESCO World Heritage Committee unanimously decided Sunday to add the "Sites of Japan's Meiji Industrial Revolution" to the World Cultural Heritage list after South Korea withdrew its opposition on condition that Japan publicly acknowledge that Koreans had been coerced to work at some of the sites during World War II.

Under the decision at a meeting in Bonn, Germany, the 23 facilities in eight Japanese prefectures will be listed as proposed by Japan, without any changes. They represent Japan's industrialization over a period of just 50 years from the late 19th to the early 20th centuries by rapidly adopting Western technologies.

The UNESCO committee decided the previous day to add eight historical sites in South Korea, including the Gongsan-Seong Fortress of the Baekje Dynasty.

South Korea had opposed adding the Japanese sites to the World Heritage list, saying Koreans had been forced to work at seven of the sites when the Korean Peninsula was under Japanese colonial rule between 1910 and 1945.

At a June 21 meeting of their foreign ministers, Japan and South Korea reached a basic agreement to cooperate on heritage listings of each other's sites.

Still, the decision was postponed from Saturday as initially scheduled to give Japan and South Korea time to coordinate their positions at the last minute.

Japanese representative at the UNESCO, Kuni Sato, acknowledged at Sunday's meeting that a large number of Korean and other people "were brought against their will and were forced to work under severe conditions" at some of the Japanese industrial sites as the Japanese government implemented a policy of forced recruitment during World War II.
Sato also said Japan is prepared to take steps to remember the victims, including setting up an information center.

In his address to the committee, South Korea's second vice foreign minister Cho Tae Yul called the decision an important step to keep the victims' sufferings in people's minds, adding that his country backed the listing with the expectation that Tokyo will carry out what it has promised to do.

Japanese Prime Minister Shinzo Abe hailed the decision in a statement, saying, "I'm glad from the heart. We will renew our resolve to preserve these wonderful heritage sites that tell the accomplishments of our ancestors and pass them on to the next generation."

Despite acknowledging the forced labor, Foreign Minister Fumio Kishida told reporters in Tokyo there has been no change to Tokyo's position that the issue of wartime reparations has been "fully and finally resolved" between the two countries.

In Seoul, South Korean Foreign Minister Yun Byung Se told a press conference that he is glad the decision was made in a way to reflect his country's "legitimate concern."

The Japanese sites approved Sunday include the Hashima Coal Mine in Nagasaki, known as "Battleship Island" because of its shape, and some facilities that are still at least partly in operation, such as the Nagasaki shipbuilding yard.

Next year the committee will consider whether to add churches and other Christian locations in Nagasaki and Kumamoto prefectures, southwestern Japan. In the past two years, both the 3,776-meter Mt. Fuji and Tomioka Silk Mill were added to the list of World Heritage sites.

The council also asked Japan to report on measures to preserve Battleship Island and other deteriorating facilities by Dec. 1, 2017.

The additions will raise the number of World Heritage sites in Japan, including group listings, to 19 -- four natural and 15 cultural sites.

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興味深い指摘。

「強制労働」という言葉ではなく「徴用」という言葉が多くなってきた背景を推察 - 誰かの妄想・はてな版

別途、新聞報道等で「強制労働」から「徴用」へ語の利用が変化してきたかを調べてみたいですが。

日本政府は「徴用」という言葉を国民徴用令という法律に基づく徴用に限定しており、1959年時点で日本に在住している朝鮮人徴用労務者は245人だと外務省が発表しているように(1959年7月11日)、強制連行・強制労働犠牲者の極々一部しか、日本政府用語での「徴用」の被害者として扱われていません。
明らかに日本政府は、「募集」「官斡旋」による強制連行被害者については言及する気がない、とわかりますね。「自らの意思に反して幾つかの産業革命遺産に連れてこられ、厳しい環境下で労働を強いられたこと」とは徴用のことであって、「募集」「官斡旋」は「自らの意思」に反していないとみなしている日本政府の解釈からすれば、「募集」「官斡旋」について一切言及しなくても、発言内容に背くことにはなりません。
韓国側は、……中略……日本側に上手く騙されたということでしょうね。……中略…… さすがに日本外交は巧みだといわざるを得ません。
言葉のダブルミーニングを狡猾に使って、相手側の要求を聞いたかのように見せかけるテクニックはさすがです。韓国政府がこれに気づくにはもう少し時間がかかるでしょうし、国際社会はもっと時間がかかるでしょう。国内はマスコミに圧力をかけて“韓国が悪い”という排外主義を煽らせれば、手も無く騙せます。

やはり日本政府は韓国政府に対して、狡猾さにおいて一枚も二枚も上手でしたね。


以前、「「弱腰日本外交」というマボロシ」という記事を書きましたが、どうも私は、“日本は外圧に弱い”というのが都市伝説なのではないかと考えています

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2015/07/01

コレクション:トンデモな実業家さん

北尾吉孝の記事一覧(BLOGOS)
北尾吉孝 - Wikipedia
北尾吉孝 青年会議所 - Google 検索

経営者と話をするとトンデモさんによく会う気がしている。

・女性や外国人や低所得者への差別意識をむき出しにする人とか、
・相手がどう思うかを気にせずに猥談やセクハラをやった話をうれしげにする人とか、
・出張先で買春先を見つけてこいと命じる人とか……

経営者に限ったことではないだろうから選択バイアスなのかなあと思いつつ、経営者という仕事の影響やフィルターの効果があるのだろうかと思ったりもする。石田梅岩ではないけれど倫理とか道徳とかに走ってしまう要素がありそうだし。

ただその一方で中小企業家同友会とかあまり政治色がない経営者団体もあるから一概には言えないのだけれど。

ところで、青年会議所は言わずとしれたウヨウヨしい団体だが、昔京都で大会があったときに乗ったタクシーの運転手さんが「祇園などではいいお金を落としてくれるので黙っているが、たいていの人は軽蔑している」と漏らしていたのを思い出す。

昔、公的な会食の場で反中・反韓、改憲に日の丸君が代という絵に描いたような演説を始めてしまった某地域企業大手の社長さんがいた。あのときの「えーと…どう収拾しようか…」という場の雰囲気が懐かしい。
その社長さんが日本会議のメンバーだったと後から聞いて、さもありなんと合点したのだけれど、先日また別のところからその社長さんと飲んだ人によれば、相変わらず意気軒昂だったそうだ。地域の大手だから地域財界の要職に就いたりしていていろいろとやっかいなんだけれども、諭してくれる人もいないのだろう。

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