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2015/07/11

強制労働は日本の産業化に常につきまとっていた問題だったという視点

強制労働の事実はごまかせない - シートン俗物記(2015-07-10)

こちら経由で知った記事。
シートン氏の記事は簡潔にして当を得ているので付け加えることはない。
ここでは、氏が利用した参考記事が有益なので、それを備忘録として以下にとどめる。

世界遺産:“強制労働は韓国人だけではない”米研究者、連合軍捕虜に言及 | ニュースフィア(2015年7月6日) (魚拓

この記事の元になっている、米非営利研究団体「アジア・ポリシー・ポイント」のミンディ・コトラー所長がディプロマット誌に寄稿した記事とはおそらく次の記事だろう。

UNESCO and Japan’s Act of Forgetting | The Diplomat(July 03, 2015) (魚拓 archive.is

この論説でコトラー氏は朝鮮韓国人以外の強制労働、奴隷労働の犠牲者が沢山いること、そうした奴隷労働が日本の産業化の書記から広範に存在し続けており、第二次大戦中の強制労働の被害はその延長線上にあることを指摘し、産業遺産の価値を正の側面だけから見ることはユネスコの精神に反していると論じている。

この指摘は産業振興や経済開発を考える上でもきわめて今日的で重要な論点であり、コトラー氏の論調は非常にまっとうだと言える。
ところが、この記事についたコメント群がひどい。多くの日本人と思われるコメンテーターは韓国の話に終始し、コトラー氏の論点を外しているばかりか、日本人の認識がいかに狭いか、中国や韓国との争いという観点でしか問題を見られないかという点を強く印象づけるものとなっている。しかも間違いや偏見が多い。率直に言って、素朴にこのコメント群を見た人たちは、「日本人キモチワルイ」と思ってしまうのではないかと危惧する。(まあそれも「我々」の確かな一面なのだけれど。)

●ほかに、ウェブ公開がされていない記事として。
2015年07月04日 東京 朝刊 静岡・1地方
(Shizuokaリポート35)中国人鎮魂、静かに40回 西伊豆、慰霊の集い/静岡県

慰霊碑建立に自治体が関与し県知事も参加していたという今から考えられない情勢が興味深い。
それが日中国交回復という政治的気運によるものではないかという記述には、改めて政治や情勢がローカルな事象にもたらす影響力の強さを考えさせられる。

*********
なお、上記ニュースフィア記事については、ブログ主が引用している部分以外のところで、この記事では

◆韓国は実利に満足
 結局、ドイツのボンで開かれたWHCの5日夜の審議で、日本政府の代表が、「韓国人などが自分の意思に反して動員され、強制的に労働させられた」という内容に言及。さらに、「犠牲者を追悼するためにインフォメーションセンターの設置などの措置を取る方針」を明らかにした(ハンギョレ)。

 こうした内容はWHCの「登録決定文」には盛り込まれなかったが、注釈に「世界遺産委員会が日本の発言に注目する」という内容を付記することになったため、韓国が「日本政府が強制動員問題を事実上認める発言を引き出す『実利』を得た」とハンギョレは指摘。その他の韓国メディアも、成果を勝ち取ったと評価している。

という記載がある。
だが、この点については、scopedog氏のブログ記事
「強制労働」という言葉ではなく「徴用」という言葉が多くなってきた背景を推察 - 誰かの妄想・はてな版(2015-07-06)
で、
韓国側は、日本が「自らの意思に反して幾つかの産業革命遺産に連れてこられ、厳しい環境下で労働を強いられた」と表現したことを踏まえて、「強制労働」の表現を削除して譲歩したとみられますが、日本側に上手く騙されたということでしょうね。

日本側が韓国側意見の「強制労働」の表現を削除するように執拗に圧力をかけた理由はこの辺でしょうね。“自由意志”で来た「募集」「官斡旋」については強制労働とはみなさない、「徴用」は日本人も対象だった合法行為、とお決まりの歴史修正主義を適用するというレールは既に敷かれているようなものですし。

さすがに日本外交は巧みだといわざるを得ません。

言葉のダブルミーニングを狡猾に使って、相手側の要求を聞いたかのように見せかけるテクニックはさすがです。韓国政府がこれに気づくにはもう少し時間がかかるでしょうし、国際社会はもっと時間がかかるでしょう。国内はマスコミに圧力をかけて“韓国が悪い”という排外主義を煽らせれば、手も無く騙せます。

やはり日本政府は韓国政府に対して、狡猾さにおいて一枚も二枚も上手でしたね。

という分析が出ていて、これは一考に値する論点だと思う。
scopedog氏が他の記事と合わせて指摘していることは、政府の狙いが「徴用」=合法という認識枠組みを可能な限り活用して、そこに問題を押し込めてしまうところにあるということだが、実際、日本政府・官邸から出ているコメントは日韓の賠償問題は決着済みという主張を強調することが中心となっている。さらに、この種の姿勢……日本側の賠償や経済的負担を警戒して謝罪や責任の認定をしないという姿勢は戦後一貫して続いていて、それが折々に外交問題化するたびに日本政府の舌先三寸の表現のごまかしが功を奏してきている、言い換えると他国の「とりあえず言葉を信じて様子を見てみよう」という寛容の姿勢に救われてきているように思われる。


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