「戦争は、防衛を名目に始まる。」
戦争は、防衛を名目に始まる。 戦争は、兵器産業に富をもたらす。 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。自由と平和のための京大有志の会戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。
下記の朝日新聞の記事では「学問は権力の下僕ではない」というところを取り上げているけれども、私としては「戦争は、防衛を名目に始まる」という、よく知られているけれども最近はあまり強調されていないポイントを強調しておきたいと思う。
安倍氏は「戦争に巻き込まれないために」この法律群が必要だという。これらの法律軍によって、日本はさらに戦争から遠ざかるのだという。
戦争を避けるために、他国への警戒を強め、銃を構え、いつでもミサイルを撃てるようにする。
戦争を避けるために、他国の軍隊へ砲撃し、他国の人を殺す準備をする。
武力で攻めて来られたら武力で追い返すほかはなく、武力を持たねば他国は喜んで攻めてくるだろうという。
そして、いつでも撃つぞ、お前をずっと監視しているぞ、我々に何かすればおまえ自身が破滅するのだぞと他国に、明確に、常に、伝え続けなければならないのだと、だから本気で殺せるし殺す用意を常にしておかなければならないのだという。
この信念は本心かもしれないが、こうした警戒心と武力とがあればそれをうまく利用したくなる人々が生まれる。
「殺されるよ」「襲われるよ」と不安を煽ることで「備え」への要求を高め、「備え」を提供して儲けが出る。
「攻められているよ」「同胞が殺されるよ」と危機を強調することで「救出」や「防衛」のために他国へ軍事行動を仕掛け「地域の安定のために」他国を管理すれば、莫大な利権を確保できる。
いったんこうした道へ踏み込めば、こうした利益は我々の「安全」や「平和」と抱き合わせになってしまい、切り離すことはできなくなる。
他者への恐怖と警戒を威圧と攻撃へ結び付けてはいけない。形がなかったはずの不安が実体化すれば、それは容易に連鎖する。そしてその連鎖は簡単には崩せないのだ。
「京大有志の会」の声明には盛り込まれていないけれども、今回の問題には、さらに「なぜ集団的自衛なのか」という問題が加わっている。
そしてこの控えめな疑問に対しては、人々が納得できる説明はとうとう現れなかった。
説明している側は、「分かろうとしない君たちの問題だ」と思っているのだろう。
あるいは「偏ったマスコミ報道が我々の説明や真意を伝えない」とか「メディアや教育機関が国民の心をゆがめている」と思っているのだろう。
「自分たちを助けてくれる人を助けることのどこが悪いのだ」という人がいる。
その「助けてくれる人を助けること」がなぜ「殺すぞ」という恫喝であり人殺しでなければならないのか。なぜ他国の戦争を手伝うことでなければならないのか。そういうやり方では結局ダメだったんだというのが、20世紀の膨大な戦禍を経て我々が学んだことではなかったのか。
ここがもっとも説明が必要であり、そして説明がなかった部分だったと思う。
「国際政治と軍事の現実を知らないお花畑の住民の議論だ」という人がいる。
しかし「現実を知らない」という批判は「分からない人には何を言っても無駄」という相互理解を断ち切る表現だ。
確かに埋められない見解の相違は存在する。
だが今回はわが国ではここ数十年来まれにみる反対の声の盛り上がりがあったのではないか。
これだけの人々の不安の表明に対して、その「現実」を分かってもらうための努力はもっと続けるべきではなかったのだろうか。
さて、まだ参議院の審議が残っている。
自民党では「成立すれば国民は忘れる」と言っている人もいるそうだ(参考1)。安倍氏は「あの(安保改定の)時も国民の理解はなかなか進まなかった。しかし、その後の実績をみて多くの国民から理解や支持をいただいた」とも言っているそうだ。
確かに、自衛隊設置、日米安保、PKO法、周辺事態法、特定秘密保護法など、今はほとんど反対運動の盛り上がりはない。今回もそうなる可能性は大いにある。我々の社会はごり押しでも何でも、いったん決まってしまうとそれに流されてしまう傾向が強い。だから自分が安倍氏の立場であってもそうするだろうと思う。
だからこそ法案の成立は阻止しなければならないし、成立した後でもその廃止と発動阻止のための努力を続けなければならない。そして次に来るであろう憲法改悪へ備えなければならない。
学問は権力の下僕ではない…京大有志の声明、共感広がる:朝日新聞デジタル(2015年7月18日22時20分)
安保法案の採決が衆院特別委員会で強行された15日の前夜、京都大吉田キャンパス(京都市)の教室で、詩のような声明書が読み上げられた。……中略……
京都大人文科学研究所で准教授を務める藤原辰史(たつし)さん(38)が、ゆっくりと読んでいく。学者、研究者、市民合わせて賛同者が3万人を超えた「安全保障関連法案に反対する学者の会」と学生たちによる緊急シンポジウムの場。約600人の参加者でぎゅうぎゅう詰めになり、熱気が漂う教室が静寂に包まれる。
……中略……
声明書を作ったのは、今月2日に立ち上がった「自由と平和のための京大有志の会」。ふだんは戦時中の食べ物の歴史を研究する傍ら、安保法案などについて同僚や学生と議論している藤原さんが草稿を書いた。
ホームページ(http://www.kyotounivfreedom.com/別ウインドウで開きます)に声明書を載せると、ツイッターなどを通じネット空間に拡散。「歴史をふまえた名文」「ハートを撃ち抜かれました」といった書き込みとともに賛同する人も増え、フェイスブックで賛意を示す「いいね!」は1万9千件に達した。北海道や静岡などの集会で声明書を読んだという連絡も寄せられ、藤原さんは「勇気づけられます」と話す。
教員や留学生には翻訳を買って出る人も。英語、中国語、韓国語、ポーランド語、イタリア語、アラビア語などの声明書ができ、ホームページに載っている。藤原さんは「学者、学生、市民が自由に発想し、議論ができる勉強会を企画していく。市民の目線で戦争の愚かさ、平和や自由の大切さについて考え、その成果を発信していきたい」と話している。(増谷文生)
参考1:安保法案「成立すれば国民は忘れる」 強行採決の背景は:朝日新聞デジタル(2015年7月16日07時34分)
国民の理解が進んでいないのも事実――。安倍晋三首相自らがこう認めたのに、自民、公明両党は15日、安全保障関連法案の採決を強行した。報道機関の世論調査で多くの国民が反対の考えを示し、憲法学者の多数が憲法違反だと指摘する中、安倍政権は異論や違憲という指摘に背を向けたまま、安保政策の大転換に突き進もうとしている。【特集】安全保障法制
「アベ政治を許さない」「自民党 感じ悪いよね」民主党議員が掲げたプラカードが揺れ、採決中止を求める怒号が飛び交う中、衆院特別委員会の浜田靖一委員長(自民)は「採決に移ります」と叫んだ。
野党議員が委員長席に詰め寄り、浜田氏から議事進行用の紙を取り上げると、浜田氏はポケットから別のコピーを取り出して読み上げる。野党議員からは「反対、反対」のコール。委員会室は混乱した。
採決前の質疑で、首相は「まだ国民のみなさまのご理解が進んでいないのも事実だ」とも認めた。浜田氏は採決後、記者団に「もう少しわかりやすくするためにも、法案を10本束ねたのはいかがなものかなと思う」と首相への不満を漏らした。石破茂地方創生相も14日の記者会見で「『国民の理解が進んできた』と言い切る自信があまりない」。政権内には、国民の理解が一向に進んでいないという自覚はあった。それなのに、政権はこれ以上の異論を封じるかのように採決に突き進んだ。
民主の岡田克也代表は採決後、「国民の反対が強まってくるなかで、早く店じまいしなければ大変なことになる。これが首相の考えだ」。共産党の志位和夫委員長も「国民多数の反対を踏みにじって採決を強行した。国民主権の蹂躙(じゅうりん)だ」とそれぞれ批判。参院で廃案に追い込む考えを示した。
首相がここまでして特別委での採決に踏みきったのは、安保関連法案成立を4月の訪米で米国に公約しており、先送りが国内外で政権の求心力を落とすことになるからだ。このため、衆院を通過した法案が仮に参院で議決されなくても、60日たてば衆院で再議決できる「60日ルール」の適用を視野に、9月27日の会期末から逆算。余裕を持って15日の採決に踏み切った。
新国立競技場の建設問題や九州電力川内原発などの再稼働、戦後70年談話など難題も山積しており、懸案を早期に処理しておく必要性にも迫られていた。(安倍龍太郎)
■自民党内での議論も乏しく
異論封じへの伏線はあった。5月28日の特別委で、首相が自席から民主党議員に「早く質問しろよ」とヤジを飛ばした。政府の説明責任を放棄するような姿勢に批判が集まった。また、6月25日の首相に近い自民党議員の勉強会で、議員が「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」「沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていく」などと述べ、政府に批判的な報道や世論を威圧する発言も飛び出した。
自民幹部の一人は法案の作成過程も問題視する。議員が幅広く法案の作成過程に関与することなく、「一部の幹部だけで法案が作られ、党内議論で意見しようとすれば、作成を主導した高村正彦副総裁に論破された」。異論に耳を傾けぬ党内の空気が醸成された。首相に近い参院議員の一人は「消費税や年金と違い、国民生活にすぐに直接の影響がない。法案が成立すれば国民は忘れる」と言い切る。
くしくもこの日は、首相の尊敬する祖父、岸信介元首相が1960年、日米安保条約改定を巡る国会の混乱から退陣した日だ。首相は特別委で「あの(安保改定の)時も国民の理解はなかなか進まなかった。しかし、その後の実績をみて多くの国民から理解や支持をいただいた」。
かつて、有事法制や消費税率の5%から8%への引き上げ法案では、与野党が粘り強く協議して合意を作り上げた実績もある。だが、今の首相にあるのは、異論もいずれは収まるだろうという楽観論だ。
野党議員が委員長席周辺で抗議の声をあげる中、首相は採決の結果を見届けないまま議場を後にした。(笹川翔平)
■違憲か、合憲か…最後まで釈明に追われ
法案の内容をめぐり、与野党が厳しく対立する構図はふつうだ。だが安保関連法案は、そもそも法案が合憲か、違憲かという根幹が問われ続ける異例の審議をたどった。
「国民は憲法が『存立危機事態』だと思っている」「自分の思い通りに憲法をねじ曲げようとしている」。15日の特別委で民主党の辻元清美氏は、長年の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を認めた首相の手法を厳しくせめた。
こうした批判に、安倍首相は「我々は合憲である絶対的な確信を持っている」と述べるなど、最後まで憲法をめぐる説明に追われた。
首相にすれば、ここまで国会で合憲か違憲かが問われるのは想定外だった。昨年7月の憲法解釈変更後、首相は自国防衛に限定した集団的自衛権なら憲法上認められると説明。弁護士出身の自民党の高村氏、公明党の北側一雄副代表を中心に、内閣法制局を加えて理屈を練り上げた。政権は万全の理論武装をして法案審議に臨んだはずだった。
ところが、6月4日の衆院憲法審査会で、自民推薦の長谷部恭男・早大教授ら憲法学者3人が「憲法違反」と指摘すると、政権は一転、釈明に追われるようになった。
自民は「憲法解釈の最高権威は最高裁だ。憲法学者でも内閣法制局でもない」(稲田朋美政調会長)などと防戦したが、朝日新聞が11、12日に実施した全国世論調査では、法案が憲法に「違反している」が48%に上り、「違反していない」は24%にとどまった。
反論が一向に理解されない中、首相は15日の質疑で「確固たる信念があれば、政策を前に進めていく」と強調。さらに、日本を取り巻く安全保障環境の悪化による「リスク」を訴えて、集団的自衛権行使の正当性を主張してきた。しかし、憲法によって政治権力を縛る立憲主義に反することを認めれば、時の権力の暴走を許すことにつながりかねず、国のあり方そのものにとって、逆に重大なリスクになる。
「総理は『政治家が判断しなければならない』と言うが独善だ。立憲主義は総理のような独走を抑えるためにある」。民主の大串博志氏は15日の質疑でこう迫ると、首相は「違憲立法かの最終的判断は最高裁判所が行う。憲法にも書いてある」と持論を強調した。(石松恒)
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