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2015/07/29

南九州市、オシフィエンチム市との協定を断念。

この前書いたこの件:
[ネタ]英雄を賛美し鎮魂を祈る方向は世界記憶遺産向けには筋が悪い: 思いついたことをなんでも書いていくブログ

特攻隊基地で知られる南九州市がアウシュビッツのあるオシフィエンチム市と協定を結ぼうとしたら騒ぎになった、という話。

これについて、続報が出ていた。
知覧とアウシュビッツ、特攻とホロコースト、それぞれ何が似ていて何が違うのか - 法華狼の日記(2015-07-27)

こちら経由で知った記事。
結局、連携は断ることになったとのこと。予想通りである。

「アウシュビッツの市」と友好協定断念 知覧の南九州市、批判殺到「特攻と虐殺同列視するな」 [鹿児島県] - 西日本新聞(2015年07月27日21時50分 (更新 07月28日 01時25分))

 太平洋戦争末期に特攻隊員が出撃した知覧飛行場跡がある鹿児島県南九州市は27日、ユダヤ人を大量虐殺したナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所跡地があるポーランド・オシフィエンチム市との友好交流協定締結を断念したと発表した。戦後70年を機に、両市が手を携え世界に平和を訴えようと締結準備を進めていたが、「民間人虐殺と国を守る戦闘行為を同列に扱うな」などの反対意見が相次ぎ、締結に向けた協議を中止した。
 市によると、締結に動いたきっかけは5月下旬にオシフィエンチム市のアルベルト・バルトッシュ市長から届いた親書。「悲惨な過去を後世に伝える責任がある点で共通している」と交流を呼び掛ける内容だった。南九州市は特攻隊員遺書の世界記憶遺産登録を後押しする効果も期待し、その後の協議で、バルトッシュ市長が9月下旬に南九州市を訪れ協定を結ぶことに合意。特攻と虐殺の資料の相互展示も計画していた。
 今月15日に締結方針が報道されると「特攻隊を冒涜(ぼうとく)する」などの反対の電話やメールが全国から130件届いた。隊員の遺族からも数件、反対の声が寄せられた。賛成意見も数件あったが、霜出勘平市長は「締結すれば元隊員や遺族を傷つけ、混乱も予想されるので断念した。特攻を広く発信することで『狂信的』といった海外の評価を変えたかったが、これほどの反発は予想しなかった」と話した。
 1945年5月に串良飛行場(同県鹿屋市)で離陸直前に滑走路で出撃中止を命じられた元特攻隊員の川風良平さん(88)=宮崎市=は「命令一下で死んだ隊員も戦争被害者であり、特攻と虐殺が同一視されかねない協定には違和感がある。みんなが納得する形で語り継いでほしい」と語った。
=2015/07/28付 西日本新聞朝刊=
全く愚かなことだと思うが、あの特攻平和会館の様子を見ている限り、まあこうなるだろうなという印象である。

市長のコメントがかなりナイーブだが、記憶遺産の取り組みを通して特攻隊が美談であるどころか凄惨な国家犯罪だという観点にやっと気づいたのだろう。これにはおそらくアドバイザーであるシェフタル教授の導きもあったのではないか。しかしこの観点が右翼的には絶対に受け入れられないということまでは思いが至らなかったようだ。

市には「電話やメールが130件届いた」とあるが、南九州市へのメール窓口はどこにあるのか分からなかったんだよな…。

ただ、少し検索するとあれこれ出てくるが、当時、市に抗議しようという呼びかけがネット上に結構出回っていたわりに、130件というのは少なかったなあという印象。
しかし、彼らはこれも「戦果」や「勝利」として自信を深めるのだろう。
実際には遺族らや自民党など地元・関係者の力が大きかっただろうと思うが、それにしてもこの愚かな判断を止められなかったという点では、「彼ら」の勝利であり「我々」の敗北ではある。

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上の法華狼氏の記事とコメントには、少し詳しい情報が出ている。

本件について前回書いたときには気づかなかったが、南九州市の記者会見の詳報が公開されていたのだった。

「賛美・美化が目的ではない」〜特攻隊員の遺書などの世界記憶遺産を目指す南九州市長らが会見 (1/2)魚拓(1/2)
「賛美・美化が目的ではない」〜特攻隊員の遺書などの世界記憶遺産を目指す南九州市長らが会見 (2/2)魚拓(2/2)

これを読んだ感想を簡単にメモしておく。

1.アドバイザーであるシェフタル氏がオピニオンリーダーであり、市長らの腰は引けている。
市長ら、市の関係者は自らの口で踏み込んだ返答をすることは避けた。このプロジェクトの意義や価値観、コンセプトについて明示したのはシェフタル氏一人であった。この点は知覧町や南九州市の政治風土を考えれば非常にもっともなことだが、いささかがっかりさせられた。
ただ、市が本件に主体的にコミットし、シェフタル氏のプレゼンテーションに同席していること自体はまずまず良しとしなければならない。

2.シェフタル氏の示した意義は、前回私がネタ的に書いたアイデアとほぼ同じだった。
シェフタル氏は、

それ(総力戦の狂気、引用者注)が国家のプロパガンダによって推進され、人々が相互に憎悪しあい、愛国的なレトリックの虜になってしまいました。知覧の資料はそうしたことを示すタイムカプセルだと思います。
と述べているが、実際、遺書を「雄々しく、優しく、そして美しい若者たちの魂」の象徴として捉えるのでは記憶遺産には届かないし、遺書自体の価値はない。…というか遺書を踏みにじる蛮行だと思う。だが、そういう側面を否定せずに遺書の価値を訴えるには国による巨大な精神動員の実態を伝える資料という位置づけしかないわけである。

3.シェフタル氏の論点は理解できるが、しかしそれでもなお危ういなあと思う。
記者らが繰り返し質問したように、美談として利用されないという保証はない。
もちろん、美談としうる側面はあるしその側面を切り落とすべきではない。しかし、市長らが強調する反戦平和への貢献というポイントがいかなる理路で実現されるのかは非常に曖昧であった。特攻隊を学ぶことが、戦争や加害を主導したものへのまなざし、戦争や加害に主体的に関わりそれを支えたものの反省、そして加害と被害の両方の側面を持つ我々にとっての反戦平和の意味という諸点にどのようにつながるのかという問題には敢えて触れないようにしていると感じられる。
実際、特攻平和会館は、依然として平和教育の教材として、きわめて問題の多いパンフレットを公開し続けているのであるし、展示も「美談」という方向を全く修正しようとしないのであるから。

********
ところで、今回のオシフィエンチム市と南九州市の協定の話、その発端はひょんなことからだったという話が出ている。

上述の法華狼氏の記事のコメントで、産経がいきさつを報じているそうだ。
産経は見たくないのだけれど、他に仕方がない。産経だから眉唾なのだけど。

「特攻と虐殺は違う」アウシュビッツとの友好協定中止を決定  知覧・南九州市 反対論が続出(1/3ページ) - 産経ニュース(2015.7.29 13:00, 南九州支局 谷田智恒)

 市総務課によると、友好協定の話は今年1月、世界各国を歩いて平和や環境保護などを訴えているという横浜市の男性(32)が、持ち込んできたのがきっかけ。男性は昨年12月、同市の知覧特攻平和会館を訪れ「特攻隊員の遺書を読んで感動した。世界に平和を発信しているアウシュビッツと結びつけたいと思った」と担当者に語った。

 男性は今年2月頃、アウシュビッツ強制収容所跡地のあるポーランドのオシフィエンチム市のアルベルト・バルトッシュ市長と面談し、南九州市との提携話を持ちかけたという。市長から「世界平和の発信に向けたパートナーシップを前向きに考えたい」とする親書を受け取り、5月末に南九州市役所へ持ち込んだ。

 南九州市役所内部では「ユダヤ人をはじめ多くの人命が奪われたオシフィエンチム市と同様に、知覧では夢と希望のある多くの若者が特攻隊として飛び立った。戦争で多くの尊い命が失われた事実を認識し、その記録・記憶を後世に伝えねばならない使命があり、両市で手を携えて平和の道を歩もう」という理由で、友好交流協定の締結を決定した。

 今月8~12日に霜出(しもいで)勘平市長や男性ら4人がオシフィエンチム市を訪問し、協定締結を話し合った。旅費(1人あたり約37万円)は、市議会の可決を経て、市から出ていた。

なんだか不思議な話なので、ますますよく分からなくなったような気もするのだけれど。

それにしても法華狼氏の以下のコメントが簡潔にして当を得ている。

つまるところ、世界に認められるためには軌道修正しなければならないと理解した市長らと、軌道修正したくないしそれで認めないなら世界が間違っていると考える人々の衝突なんだと思います。
美化のバイアスの中で史料が歪められていくことを回避しようとするシェフタル氏の試みには大いに賛同するけれども、その戦いは非常に困難を極めるものとしか言い様がない。今後も引き続き注視したいと思う。


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