« NHKは意図的だったのね、という話。 | トップページ | 南九州市、オシフィエンチム市との協定を断念。 »

2015/07/28

自殺する福岡教育大学:大学は政治的に偏向していてもよい。

******
追記(2015年11月29日)

授業をした教員に対して、大学から停職処分が出た。それに対して教員が意見を表明している。それについて下記に感想を書いた。
福岡教育大学の教員処分問題について: 思いついたことをなんでも書いていくブログ
******

全文表示 | 国立大授業で「安倍は辞めろ!」とデモ練習 大学側「看過できない」と准教授の授業停止 : J-CASTニュース(2015/7/27 18:13)

福岡教育大学の見解としてこちらに書いてあることが、大学のサイトでは確認できない。記事では、学内向けの発表だとしているので外部から分からないのかもしれない。

J-CASTの記事なので眉につばを付ける必要があると思うが、上の記事では、大学は教員の授業内容をかなり厳しい調子で批判しているように見える。

大学は、学内向けに
「本学は、高等教育機関である大学として、しかも教員養成を行う国立大学として、国民の期待と負託に応える責務を負っている。このことに照らして、このたびの事案は、本学の教員及び教育の在り方の根幹にかかわる問題として、看過できない」
と述べているという。

また、

今後、准教授の過去の授業を含めて問題がなかったか調査する方針で、懲戒等調査委員会を立ち上げて調査を始める。
という。

大学は政治的に偏向していてもよい。
そしてもちろん、個別教員が政治的に偏向した授業を行ってもよい。

大事なことは個々人の良心と学問の自由が守られること。
それらの個々が政治的偏りがあるかどうかは問題ではない。
それらの偏りを互いに批判し合い、修正を要求し合う場所と機会を平等に確保することが大事なのである。

そもそも、社会に生きている限り完全な中立などあり得ない。
個人に限らず、あらゆる社会的存在に政治的な偏向を回避するすべはない。
中立だと自称したり、中立たらんとしてみせたりというのは、権力者に対する体の良いすり寄りに過ぎない。ましてや、中立を守ると称して自らの構成員を懲罰に掛けるというのは、まさに自らを権力の走狗とすることに他ならない。

それをよりにもよって「大学」という学問の府が率先してやってみせるわけである。

逆のケースで言えば、「天皇陛下万歳」を学生に叫ばせる授業があっても、それを大学が懲戒理由としてはならないのである。その授業の問題性は、あくまで学問と教育の土俵の中において指弾されなければならない。天皇を万世一系の世界の盟主とし、大東亜共栄圏の実現こそが人類の理想であると叫ぶ授業があっても、あらゆる病はホメオパシーで治せるという授業があっても、それを処罰してはならないのである。難しいのは人権抑圧を扇動するようなケースだが、それでも学問と思想信条の自由との間で個別具体的に検討されなければならない。当初から処罰を視野において対応すべきことではない。それはあくまで教員や学生の間の開かれた議論の中で問題にされ、教授会を通じて当該教員へ働きかけなければならない。処罰の議論はその後のことである。

************************************************

授業内容のインターネット掲載に関わる事案について|お知らせ|新着情報|国立大学法人 福岡教育大学(平成27年7月23日)

授業内容のインターネット掲載に関わる事案について

 本学において行われた平成27年7月21日(火)の授業内容がインターネットに掲載されました。大学としては、本学教員の教育活動の在り方に問題があったこと、及びこれに関連して、学生が批判されているとの指摘があるという問題を認識し、大変遺憾であると考えております。
 このことに関わって、本学の学生であることをもって学内外において誹謗中傷を受けるなどの不利益を被ることが無いよう徹底して学生を護るとともに、大学教員が行った教育活動の適正さについて関係法令や本学規則に照らした事実調査等を早急に実施し厳正に対処してまいります。また、今後、同様の事案が起こらないよう、再発防止策を講じ、学内に周知してまいります。
 なお、事実調査等が終了するまでの間、学内外の混乱等を避けるため、当該授業者の授業を停止し、代替の措置を講じることとしました。

ひどい文章である。
・火の粉よけという趣旨しかない。その意味でこれは純粋な政治的文書である。
・全てが曖昧で、とりあえず「申し訳ない」「問題だと思う」と述べているだけ。
・首脳陣の責任回避のみが念頭にある。
・学問の府としての矜恃がなく、自らの存在意義を否定する自殺的文章。
・騒がれたり攻撃的な方法で脅迫されたりしたら、簡単に折れるという弱さを露呈している。

以下はその象徴。

1.「……という問題を認識し、大変遺憾であると考えております。」
2.「……徹底して学生を護るとともに」
3.「……大学教員が行った教育活動の適正さについて……事実調査等を早急に実施し厳正に対処してまいります。
4.「……今後、同様の事案が起こらないよう」

「東大話法」という話があるが、あれよりももっと稚拙で迎合的な文書である。
防波堤となるべき機関が率先して襲いかかっている。哀れなことである。

唯一諒とできるのは当面の代講措置で、これは北星学園大学への暴力的脅迫のような状況における避難的措置として理解できないこともない。

今回大学当局がアナウンスすべきだったと思うことは、

事実関係の調査確認をし、結果を近日中に公表すると約すこと
学生に同大学の学生であるというだけで誹謗中傷や攻撃があるのであれば、それに全く道理がないので断固抗議するとともに適宜必要な措置を執るということ
緊急避難的に代講措置を執るということ

の三つである。

筋を通し、一貫性を持った教育者を育てられる大学なのか、それとも外圧に弱く保身に走り、国策に従順な人間を生産する大学なのか、その評価に関わる問題だと思う。


« NHKは意図的だったのね、という話。 | トップページ | 南九州市、オシフィエンチム市との協定を断念。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/83801/61973856

この記事へのトラックバック一覧です: 自殺する福岡教育大学:大学は政治的に偏向していてもよい。:

« NHKは意図的だったのね、という話。 | トップページ | 南九州市、オシフィエンチム市との協定を断念。 »