変なニュース。共同通信が産経みたいな記事を出している。
北京日本人学校の生徒激減 反日宣伝、大気汚染の悪化影響か - 47NEWS(よんななニュース)(2015/10/08 12:49 【共同通信】)
【北京共同】中国北京市朝陽区にある日本人学校(奥田修也校長)の小学部と中学部を合わせた児童・生徒数が9月末に400人を割り込み、ピーク時の2007~08年から約4割減少したことが8日分かった。中国メディアなどによる絶え間ない反日キャンペーンや大気汚染の悪化が背景にあるとみられる。共同通信、大丈夫だろうか。どんな記者が書いたのだろう。
同校の児童・生徒数は13年に600人、14年に500人を割り、先月末は398人となった。最多だった07~08年の688人から約4割減少したことになる。
同校は1974年に北京日本人学童補習校として開校、76年に北京日本人学校となり、中国経済の発展に伴って生徒数が増え続けた。
日本人学校の生徒数が減った理由を
・中国メディアなどによる絶え間ない反日キャンペーン
・大気汚染の悪化
に求めているが、本当だろうか?どのように裏を取ったのだろうか。
日本にある朝鮮学校および朝鮮学校生への迫害のような民族差別が激化して、あるいはそのような被害(例えば、日本で朝鮮学校生が制服を切られたりしたことのような)を恐れて、日本人子弟が通わなくなったということを言いたいのだろうか。
ならば、なぜそのような事実あるいは日本人父母や生徒の声を掲載しないのだろうか。
一般的に言って、「反日キャンペーン」や「大気汚染」のような概括的で社会に広範に、かつ漠然と広がる「空気」のようなものが、「生徒数激減」のような個別具体的な現象に結実するには、多くの人や集団が絡む、いくつもの因果の連鎖が必要になる。
その因果の連鎖をたどって、原因として「反日キャンペーン」や「大気汚染」が確かに原因だという確証を得るのは、通常はとても難しい。だから、こんな短い記事で簡単に断定的な記述をされることには直感的な違和感を感じる。
つまり、
・抽象的・対象を持たない「反日キャンペーン」→特定の学校の生徒数減
とか、
・北京市全体に広がる大気汚染→北京市の個別・特定の学校の生徒数減
という因果関係は、原因事象と結果との間の距離があまりに遠すぎて、無前提に直結できるとは考えにくいということだ。
まして、中国人への蔑視や反中感情をあおるような表現を使うことは、当世の社会状況において相当に慎重であるべきだろう。だからこそ、安易な理由付けでなく、地に足が付いた「事実」の掘り起こしと抑制的な報道が求められる。また、そのような記事の方が後世の検証にも耐える価値ある記録となる。
というわけで、この記事を読んだ第一印象は「疑わしい」の一言で、書いた記者の認知のゆがみを見せられたようで「気持ち悪い」というものだった。
産経なら「いつものアレか」で黙殺したのだが、共同通信がこんなのを配信しているというのが信じられない。
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気になるのでちょっとネットで検索してみた。忙しいのに……。
記事が言う「北京市朝陽区にある日本人学校(奥田修也校長)」というのは、
北京日本人学校(朝陽区将台西路6号)
のことだろう。学校便り「かささぎ」の最新号(平成27年9月30日付)に校長として奥田修也氏の名前が挙がっている。
この「かささぎ」を読むと、日中関係や対日感情の悪化を懸念し、またそれが事件・事故につながらないように注意を払いながら学校を運営されている様子がうかがえる。
それに加えて交通安全や治安確保など一般的な課題もあるようで、現地の肌感覚としていろいろとご苦労があるのだろう。
で、問題の共同通信記事が取り上げている生徒数の激減についてだが、7月18日付「かささぎ」によると、当日付で小学部303人、中学部101人、合計404人だそうである。
これが9月末に若干減って400人以下になったということだろう。
「資料室 | 北京日本人学校児童生徒数の推移 | 北京日本人学校」
によれば、この学校は1974年に生徒数18人でスタートし、その後2000年頃までうなぎ登りと言っていい勢いで400人規模まで生徒数が増えている。その後、2002年頃からわずか6年間で386人から688人へ300人も急増して2007,2008年にピークとなった。そこから2012年に637人になったが、その後急落して2014年に488人となっている。
そして2015年7月で404人、9月末で400人を割ったということだろう。
余談だが、こんなに短期間で生徒数が激しく変動すると学校運営も大変だろう。多くの生徒は長くても数年程度の在籍だろうし、企業の都合で随時転入転出が絶えないのではないか。海外転校に伴う子供のケアも含めて、関係者のご苦労は並大抵ではないだろう。
ところで、この生徒数の動向を「反日キャンペーン」に結びつけて解釈するのであれば、むしろ、日中関係の悪化と考える方がまだマシではないか。
生徒数の急減が見られるのは2013年からで、2012年に何があったかというと、
2012年11月 習近平が総書記になる
2012年12月 第2次安倍政権が発足
というわけで、日本側も相当に対中関係を毀損する勢いがあったわけである。
もちろん、社会背景からこの学校固有の現象を説明するのは限界があるし、それを承知であえて漠然とした「背景」に結びつけるのなら、日本企業の中国進出方針が鈍ってきたと見るほうが自然だろう。そして、それは日本企業にとって中国(というよりも北京)の経済的意義、政治的意義が薄れてきているという読み方をするべきではないか。
そうすれば、「反日キャンペーン」というところに帰着させるよりも、リーマンショック以降の中国経済の位置づけ、日中双方の外交関係というあたりに話が落ち着いてよほど有意義だと思うがどうだろうか。
ちなみに、中国で反日デモがたくさん起きたのは2004年から2005年頃。イトーヨーカ堂が襲撃されたりした。当時は小泉政権だった。
で、この頃、この学校の生徒数が急減したかというと全然そんなことはなく、反対にこの学校始まって以来の急増期だったわけである。
「反日キャンペーン」を生徒数の増減と結びつける見方の怪しさがこれだけでも分かるだろう。
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追記(2015年10月13日)
そういえば2012年ごろは尖閣諸島問題で反日デモが起きた年だった。
あれを契機として、中国進出企業が東南アジアに軸足を移し始めたとも言われている。
これを「反日キャンペーン」による生徒数激減と言うのは不可能ではないけれど、やっぱりかなり無理がある。せめて、反日デモ→日本企業の中国進出戦略の見直し→駐在数減少→生徒数減という程度の段階は踏まえないとミスリードになる。それと、その前の反日デモが活発化した時期には生徒数が逆に増えていたわけだから、当時との周辺環境の違いを書かないと一面的な記事になってやっぱりミスリーディングになる。
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