朝日新聞の2001年当時の「自粛」に関する証言
辰濃哲郎「漂流するリベラル言論」週刊東洋経済2015年11月21日号, 89頁
2001年、アメリカの9.11と米英軍によるアフガニスタン空爆が起きた。その当時の朝日新聞社内が「自粛」へと向かっていった様子を伝えている。辰濃氏は当時、朝日新聞の社会部デスクだった。
2001年10月、それまで武力攻撃反対を社論として掲げてきた朝日新聞が、限定的武力攻撃を容認する社説を掲載した。
今になって思えば、この頃は保守陣営の圧力が強まってきた時期と重なる。朝日とは対極の歴史認識を主張する「新しい歴史教科書をつくる会」が1997年に旗揚げし、朝日の「自虐史観」を糾弾していた。また、「大東亜戦争」を肯定する漫画家の小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』が若者の間で支持を集めるなど、右傾化が叫ばれていた。「反日」や「売国奴」という悪罵を「辛辣」と評するのはどうかと思うが……。これらの悪罵のどこが「手厳しい」のだろう。
一方、90年代後半にインターネットが急速に広がり、99年に開設された掲示板「2ちゃんねる」では、朝日はターゲットの一つとされていた。やがてネット上で国家主義的な発言をする「ネット右翼」が、リベラルな言論に対して、「反日」「売国奴」など辛辣な攻撃を仕掛けてくるようになる。
こうした右傾化は、戦後、一貫して訴えてきた反戦平和、反権力を信じて疑わなかった朝日の屋台骨を揺さぶった。空爆容認を打ち出した社説以降も、リベラル色が強い記事の扱いは小さくなり、デスクに対して編集部幹部から微に入り細にわたる注文がつき始めた。これは「平和・戦争」担当デスクだった私の実感だ。いわば、世の右傾化を忖度して、「不偏不党」に名を借りた「自粛」が始まり、思考停止に陥っていく。(強調は引用者)
本コラムは、香山リカ、森達也、潮匡人、小林よしのりの「左右両陣営」のインタビューを並べた記事で、上記引用部はその冒頭に掲げられた一節。
全体を一読して、著者はずいぶんナイーブな人だなあと思ったが、実際、上記引用部が論じるように、世間の「右傾化」が朝日新聞の「自粛」を生んだのだとしたら、朝日新聞もずいぶんナイーブだったのだろう。つまり、ネット右翼の「辛辣な攻撃(笑)」は、確かに「リベラル言論」を萎縮させるに足る有効性を持っているというわけだ。
朝日社内に起きた事態の解釈はともあれ、事実として
「リベラル色が強い記事の扱いは小さくなり、デスクに対して編集部幹部から微に入り細にわたる注文がつき始めた」
のは、著者が体験として語っている部分であり、きっと確かなことなのだろう。朝日新聞の「自粛」体質は、2001年には既に現れていたということを示す貴重な証言だと言えるのではないか。
また、この体質が従軍慰安婦問題での記事取り消しに見る脆弱さとその後の萎縮状況とにつながっていると見るのは、ごく自然なことだろう。そして、もしこの「自粛」が「辛辣な攻撃(笑)」への反応なのだとしたら、朝日新聞は今後もますます「自粛」していくことになるのだろう。
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どうでもいいけど、「リベラル」って一体どういう意味で、それを論じることにどういう意義があるんだろう。
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せっかくなので、2001年に朝日新聞が「大きく社論を踏み越え」た社説を引用しておく。
2001年10月09日朝日新聞社説「限定ならやむを得ない アフガン空爆」
米英両軍がアフガニスタン国内のタリバーン政権の軍事施設や、テロ組織アルカイダの拠点などを空爆した。同時多発テロへの軍事的反撃の始まりである。
武力行使はできることなら避けることが望ましい。しかし、国際社会を標的にするテロ組織を壊滅させるには、訓練基地や軍事施設などに目標を絞った限定的な武力攻撃はやむを得ない、と考える。
乗っ取った民間航空機で超高層ビルなどに突っ込み、5千人以上の市民らを犠牲にした無差別テロは、国際社会を根底から揺さぶった。まさに平和の破壊であり、二度と許すことはできない。○イスラムが敵ではない
事件の首謀者とされるアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン氏は、中東のテレビ放送で「神は米国を破壊したイスラム教徒を祝福する」と、同時多発テロを称賛している。今後もテロを続けようとしていることは間違いないと見てよい。
国連安保理は2年前からビンラディン氏の引き渡しとテロ基地の閉鎖などをタリバーン政権に求めていた。今回のテロを受けてブッシュ米大統領も同様な要求をしたが、タリバーンはビンラディン氏をかくまい続けている。
こうした状況では、巨大テロの再発を防ぐためにも、ある程度の実力行使は避けられないだろう。ただ、以下のことだけは明確にしておきたい。
第一に、軍事行動は極力、抑制的でなければならない。アフガンの一般住民が被害を被るような攻撃をしてはならない。「アフガン国民を攻撃している」と言われないためにも、米国が食糧や医薬品を投下するのは一つの方法だろう。
第二に、軍事行動はできるだけ短期に終わらせ、戦線をイラクなど他の地域に拡大すべきではない。さもないとイスラム諸国の反発を招くことになりかねない。パキスタンの政情も流動化する恐れがある。
第三に、米政府はビンラディン氏を首謀者とする根拠を改めて安保理で説明すべきだ。友好国の政府レベルでの納得は得られたが、一般市民を含む幅広い支持を固めるにはそれが欠かせない。
反米感情の強いイスラム諸国を含む協調態勢を確立するためにも、もっとはっきりと根拠を示すことが大切だ。
空爆開始を受けて小泉純一郎首相は「わが国はテロリズムと戦う今回の行動を強く支持する」と表明した。
空前のテロの被害当事者でもある日本は傍観者であってはならない。憲法の許す範囲で、テロ撲滅のための国際協調行動に最大限の協力をすべきである。
しかし、そのことは米国などの軍事行動に「白紙委任状」を与えることとは違う。今週から国会審議が始まる「テロ対策特別措置法案」には、米軍などへの支援のための自衛隊派遣の根拠や、自衛隊員が携行する武器の種類や使用条件の緩和など、綿密な点検を必要とする論点がいくつもある。○説明責任を果たせ
首相は新法案と憲法との関係について国会で「確かにあいまいさは認める。すっきりした法律的な一貫性、明確性を問われれば、答弁に窮してしまう」と語った。
正直と言えば正直だが、発言の軽さ、無責任さに驚く。自衛隊法で「自衛隊の最高の指揮監督権を有する」とされる首相がこんないい加減な対応では、派遣される自衛隊員が不安になろう。
空爆開始で、政府・与党内には法案の早期成立をめざすべきだとの声が一段と高まっている。「情報収集」を目的に、海上自衛隊の艦船を近日中にもインド洋などへ派遣しろ、という主張もある。
しかし、米英軍の目下の行動に、日本が負う役割はほとんどない。政府は浮足立つことなく、国民への説明責任を十分に果たさなければならない。国会も多角的な視点から法案審議に取り組むべきだ。
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