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2015/12/23

また産経かという話

旧聞に属することかと思うが、今知ったので備忘用に留めておく。

005 ブログを読んで下さっているみなさまへ | HIRANO KEIKO’S OFFICIAL BLOG(2015.10.22 Thursday)
東京五輪エンブレムの審査委員を務めた平野敬子氏の文章。

今朝の産経新聞に、このブログの一部を転載した記事が掲載されました。その記事は、取材依頼を強くお断りしたにもかかわらず、私のブログの文章を勝手に引用した、執筆者の記憶のみが根拠の、新聞社の責任として裏づけをとっていないと思われる記事です。

エンブレム問題で連絡をいただきました新聞社をはじめとするマスコミの方々は、ごく一部の方を除き、理性的に、誠実に対応して下さいました。しかし、昨晩やりとりをした産経新聞の女性記者の方法は、卑怯、卑劣、極まりないものでした。

法的には問題がないかもしれません。ないのでしょう。しかし法律を盾にとり、取材もせずに、憶測で記事を書くことが許されるのでしょうか。

私の文章のコピペ記事を堂々と書く新聞に、組織委員会のことを追求する資格はあるのでしょうか。

いかにも産経らしい。

「産経新聞」という劣悪かつ低俗なアウトプットは、「産経新聞社」という組織から生み出されている。そのアウトプットの質はこの組織のパフォーマンス(成果物)であるわけだが、この組織に属する記者や編集委員には様々な人がいるはずなので、いかにアウトプットがくず同然であろうとも、その由来を個別の記者らに求めるべきではない、言い換えると、(自称)「新聞」がゴミだからといって、各記者が人間のくずだとは言えない。そのように考えてきた。

けれども、どうもかなりの割合で「新聞記者」と呼ぶのをはばかられる資質の人が存在するような気がしてきた。
レイシストな論調や拙劣な右翼風味の文章が多いのは言うまでもないが、そもそも取材や下調べや裏取りといった、いわゆるライター的スキルを欠如した記事が多すぎる。そして誤報や捏造、盗作が頻繁に問題になる。さらに、朝日新聞を目の敵にし、その些細な過誤を声高に非難し、「謝罪が足りない」とキャンペーンを張るくせに、自らの誤りには極めて寛容でろくに訂正記事も出さないし、訂正・修正してもそれを告知したりすることも滅多にない。
私が「産経新聞」を読まなくなったのは、こうした姿勢にうんざりしたことと、記事の真贋の確認があまりに面倒になったためである。

「産経新聞社」に入る人たちがクズばかりだとは今も思わない。しかし人は環境に適応し、組織に染まる順応性を持つ生き物である。産経で仕事をする内に、産経的な人間に変わっていくのであろうか。


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