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2015/12/22

チャリティ売春ってのもアリだよね?という話

はてなブックマーク - 渡辺輝人(I'm 4%!!)さんはTwitterを使っています: "「おっぱい募金」の是非は、究極的には「恵まれない子どもたちに寄付するために余暇を使って自分自身は無償で売春。買春した男が子どもた

「おっぱい募金」の是非は、究極的には「恵まれない子どもたちに寄付するために余暇を使って自分自身は無償で売春。買春した男が子どもたちに寄付。」というモデルの是非なのではないか、と思う。自分は否定。
というコメントへの反応。

売買春を正当な商取引だと考えるなら、それを使ったチャリティに何の問題があろうか?という問題提起。

この主張に違和感を覚えるのであれば、その違和感の由来は何にあるのか?

それを問うているわけだけれども、その問は全うだよなあ、と思う。
つまり、「あなたの倫理・道徳の本質的な根拠は何ですか」という問だ。

どこで線を引くかという問題なのだ、という声があって、それも分かる。
今はほとんど無化されたが、昔のヌード画像検閲には乳首はよいがヘアはダメなどの規制があった。今回の問題は、この「わいせつ」の境界線をどこに引くかという議論と似ている。

けれども、性の商品化というのは、「性」という個人の固有の人格にかかる部分を記号化し、一般化するので、例えば個々の女性が「女性一般」として眼差しを受けてしまうという側面は生まれてしまう。つまり、いかに区別しゾーニングしようとも、常にそこからはみ出そうとする動きを生み出してしまう。このような個人の尊厳の侵害への誘因を避けがたく持っているという性質をどのように考えるのか、が一つの課題になる。
そしてまた、「性」を売り物にする人(特に女性)へは差別がつきまとうのが現実である。性の対象にしてよい女とそうしては良くない女、「健全な女」とそうでない女という区別が現実に持つ差別性をどう考えるのかという問題もある。

今回の問題は新しい問題ではないけれども、これを連続的なグラデーションのどこかに恣意的な線を引く問題なのだという構図で考えようとすると、この本質を見失うことになるのではないかと危惧する。


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