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2015/12/25

「おっぱい募金」は脱法風俗。仮に女性の自己決定権だという立場を取ったとしても公共空間ではダメだという意見

太田啓子さんという弁護士の人が表記のように意見している。なるほどなあと思ったのでメモしておく。

(1) 太田 啓子 - 「おっぱい募金」のこと引き続き考えています。ちらほら取材のご依頼を頂いたりもしておりまして、法的なところなどそのうち少...

「おっぱい募金」のこと引き続き考えています。ちらほら取材のご依頼を頂いたりもしておりまして、法的なところなどそのうち少しまとめようと思っています。
今はまだ中間報告(?)みたいなところですが、
●そもそもあれは、金銭を払って女性の乳房をさわるという行為の性質からすれば、風営法の規制下におかれるべき、「性風俗特殊営業」というべきものではないのでしょうか。
 条文が、「進化」し続ける性風俗の実態に追いついていないので、明確にあれを規制できる条文になっていないから、風営法違反とはいえないけれど、という、法の網をかいくぐったにすぎない脱法状態、「脱法風俗」というべきものなのではないか。「JKリフレ」とか「JKお散歩」なんていうのも脱法風俗ですね。捜査機関は取り締まりに苦慮しているはずです、脱法だから。労基法違反なんかで摘発したケースもあるようですけれど、なかなか、正面からではない、苦肉の策感がある気がします。
 なので、そういう、事の性質からしたら「脱法風俗」であるにもかかわらず、「チャリティーイベント」という衣をかぶればいいよねと言わんばかりに公共空間に出て来てる感じがとても気持ち悪い要因でもあると思います。
 あれは、公共空間にあっていいものではない。
 集まったお金を慈善目的に使うなんていうことは、行為の「脱法風俗」性を失わせることでは全くないですからね。
 ですから、「おっぱい募金に俺も行きたかった」と言うのは、「風俗に行きたかった」と言うのと同じです。そういうふうにわかって発言してるならいいですけど。 「チャリティーイベントだから風俗とは違うぜ」みたいなわけのわからない欺瞞はやめてほしい。本来風俗みたいなのをチャリティーっていうことにするのがお祭りっぽくて楽しいんだぜっていうことなのかもしれないですね。全くひとつも楽しくないですけどね。そんな楽しさ、共有したくもないし、共有させようというのは暴力だとも思う。
 「おっぱい募金批判は参加女性の自己決定権の侵害だ」という議論が一部にあるようですが、仮に参加女性の「乳房を揉ませる」という自己決定権を尊重すべきという立場をとるとしても(この立場の是非についてはまた違う機会にどこかで触れようと思います、今は論じません)、
 そのことと、「でも公共空間ではダメ」というのは両立する。
 「公共空間ではダメ」という議論に対して「自己決定権侵害だ」というのはかみあわない反論です。
 自己決定権云々それ自体も本質的で大事な議論ではありますけれどね。
 私が一番問題視しているのは、「エロの公共化」というべき要素です。いい加減にしてほしい。
 「これを中止したら他の対案はなにかあるのか」というくだらなすぎる絡みもきていて、まともに回答するのもばかばかしいくらいですけれど、いや、そんなにストップエイズ対策をしたいんだったら、単純にそういう財団に寄付すればいいだけだし、女性がどうしても自分の体を使って社会貢献したいということであれば、「おっぱいパブ」で働いた女性がそこで得た対価を寄付するという方法もあるでしょうね(そういうことを是認するかどうかはさておきです)。
 「エロの公共化」をなにがなんでもしなければ実現できないようなことではないでしょう。
●他の法律関係では、現行法で対応しようと思えば刑法上の公然わいせつ罪が適用され得るはずで、おそらく捜査実務では「わいせつ」ではないと判断するのでしょうがそれは非常に疑問だということは前から言ってることです。
 それに加えて、
軽犯罪法に
「第一条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
(略)
二十  公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者」
というのがあって、まさにこれにも十分触れ得ると思うんですけどねー。
捜査機関、やる気になれば色々できるはずと考えています。
二日間で7000人が来場したそうですね。7人の女性の乳房を触るために。 これで「公共化されてない」とか「公衆の目にふれるような場所」じゃなかったとかはいえないと思いますね。
いったい一人の女性は何人の見知らぬ男性に乳房を揉まれたのでしょうか。 そういう風景に嫌悪感を覚えず擁護するっていう感覚が到底理解できないです。 
●この件について、週刊朝日12月25日号掲載の北原みのりさんのコラムにとりあげられていました。
 一部抜粋しますと、
「女たちが声をあげない限り、男たちのエロは平和に保たれるのだろう。  というより、この国で『エロ』と呼ばれるものは女が無言でいることで成立してきたものが多いのではないか」
「昔も今も、性差別表現について声をあげる女には、『男のルールをわかっていない者』として嘲笑が向けられる。 男に叩かれる女を見て、多くの女は黙る術、見ない術、知らない術、または時には一緒に楽しむ術を身につけていくのだ。今回も『女が女のおっぱい触れる貴重な機会!』とイベントを肯定的にとらえる女性の声もあった」
「男のエロの公共化、いい加減にしてほしい」
 すべてに心から共感です。
 電車の中づり広告からコンビニからキオスクから、こういうものって本来公共空間にあっていいものじゃないよねっていうのがあふれすぎです。ポルノを楽しむのは私的空間でやってほしい。公共空間でやっていいことじゃないです。
 電車内で堂々とポルノ写真を見ているおじさんいますけど、あれは、隣に座ってる女性は気づいてないとでも思っているのか?安心しないでください、気づかれています。すっごく不愉快だけど見ないふりをしているだけです。
 いや、周りのひとの存在なんて眼中にないのか、
 それとももしかしてあえて女性の隣で見て、女性が気づいてることも知ってて、やってる人もいるのですかね。
 そういうこと全て毎日毎日おきてるわけで、
 最後にもう一回、「男のエロの公共化、いい加減にしてほしい」。これに尽きます。ほんといい加減にしてほしいです。
「事の性質からしたら「脱法風俗」であるにもかかわらず、「チャリティーイベント」という衣をかぶればいいよねと言わんばかりに公共空間に出て来てる感じがとても気持ち悪い要因でもある」

「集まったお金を慈善目的に使うなんていうことは、行為の「脱法風俗」性を失わせることでは全くない」

「仮に参加女性の「乳房を揉ませる」という自己決定権を尊重すべきという立場をとるとしても「でも公共空間ではダメ」というのは両立する」
「「公共空間ではダメ」という議論に対して「自己決定権侵害だ」というのはかみあわない反論」
「二日間で7000人が来場したそうですね。7人の女性の乳房を触るために。 これで「公共化されてない」とか「公衆の目にふれるような場所」じゃなかったとかはいえないと思いますね。
いったい一人の女性は何人の見知らぬ男性に乳房を揉まれたのでしょうか。」

いちいちもっともだなあ、と。


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