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2016/04/24

1950年代の教科書攻撃:「うれうべき教科書の問題」のメモ

以下の記述を簡単にまとめると、「うれうべき教科書の問題」の現物は図書館に行かなければ読めなさそうだということだ。それか大学図書館の相互利用で取り寄せるか。

*****
隅田金属日誌(墨田金属日誌) 魏志倭人伝の採用は中共の礼賛だって(2016.04.23)
隅田金属日誌(墨田金属日誌) 昔は「卑弥呼が教科書に載っている」と文句をつけていた(2013.04.13)

こちら経由で「うれうべき教科書の問題」というパンフレットを旧民主党(自民党前身の方の)が出していたのを知る。1955年というから自民党結成直前、家永裁判が1965年からだそうだから、それより10年前のことだ。

このパンフレット、国会図書館と大学図書館にあるようだが、ネット上で見ることはできないようだ。

1 うれうべき教科書の問題 - 国立国会図書館サーチ
ほかに、群馬、京都、山形、熊本、長崎の県立図書館にもあるらしい。
所蔵大学図書館の一覧は以下にある。
CiNii 図書 - うれうべき教科書の問題

WebCat Plus にこの冊子の目次がある。
まあこんな陰謀論と猜疑心に充ち満ちた作文をよくもまあこんなに長々と書いたなあ……と思わされる。目次だけでお腹いっぱいである。

教科書問題報告 - Webcat Plus

教科書問題報告 第1集 (うれうべき教科書の問題 第1)
日本民主党教科書問題特別委員会 編
[目次]
目次
はじめに
第一部 商品化されてしまつた教科書の実情 / p1
一 教科書の数と価格 / p1
二 教科書出版の現状 / p4
三 教科書は高価すぎる / p7
四 教科書の売りこみ競争 / p10
イ 会社と教職員のつながり / p11
ロ 講習会、研究会とその裏面 / p11
ハ 参与、顧問のセールスマン / p12
五 政治資金を集める教職員組合 / p14
イ 学校生活協同組合 / p14
ロ 夏冬やすみの学習帳 / p15
ハ 日記、テスト・ブツク、ワーク・ブツク、副読本 / p16
第二部 教科書にあらわれた偏向教育とその事例 / p18
一 教科書にあらわれた四つの偏向タイプ / p18
二 四つの偏向タイプ / p19
イ 教員組合をほめたてるタイプ 宮原誠一編の高等学校用の『一般社会』 / p19
ロ 急進的な労働運動をあおるタイプ 宗像誠也編の中学校用の『社会のしくみ』 / p21
ハ ソ連中共を礼讃するタイプ 小学校六年用の『あかるい社会』 / p24
ニ マルクス レーニン主義の平和教科書 長田新編の『模範中学社会』三年用下巻 / p27
第三部 教科書に対する日共と日教組の活躍 / p32
一 ねらわれた教科書の検定制度 / p32
二 検定制度いよいよ発足 / p34
三 教科書研究協議会の実態 / p35
四 赤い教科書の最初のつまずき / p36
五 日教組のドル箱である学習帳 / p38
六 教科書会社への潜入 / p40
あとがき / p43
附録 参考資料
日教組の教科書「採択基準」(昭和三十年六月、日本教育新聞所掲) / p44
教科書問題報告 - Webcat Plus
教科書問題報告 第2集 (うれうべき教科書の問題 第2)
日本民主党教科書問題特別委員会 編
[目次]
目次
はじめに
第一部 不安にたえない教科書発行の実情 / p1
第一 教科書の編集はたいせつな仕事 / p1
第二 教科書問題に関する公正取引委員会の警吿と検察庁の活動 / p3
一 憂慮すべき事態の続出 / p3
イ 公正取引委員会が文部大臣に第一回の警告 / p4
ロ 苦慮のあとがみられる検察当局の活動と措置 / p8
二 公取、さらに第二回の警告を発す / p9
第二部 教科書問題と日本教職員組合 / p13
第一 「日教組」の生いたち / p13
一 政治的地位の獲得を目指す / p13
イ 「全教」(全日本教員組合)の結成と、その組織者 / p13
ロ 「日教」(日本教育者組合)の結成と「全教」との対立 / p14
ハ 「全教」はマ司令部の日本弱体化政策に便乗せんとした / p15
ニ 「全教協」(全日本教員組合協議会)の結成 / p16
ホ 二十二年六月、「日教組」成る / p18
二 「日教組」の政治的進出 / p21
イ 共産党系と社会党系の抗争 / p21
ロ 「日教組」、はでな選挙斗争にのりだす / p23
ハ はつきりしてきた「日教組」の"運動方針" / p24
ニ 割りきつた特定のイデオロギー / p25
第二 「学生協」(学校生活協同組合)と、その本態 / p27
一 書記局の厚生部からスタート / p27
二 手一つぱいの商魂を発揮 / p28
三 供給面と採択面との結びつき / p30
四 表面上、法人組織へ切りかえる / p31
第三 「日政連」(日本民主教育政治連盟、旧名日本教職員政治連盟)の本態 / p32
第四 「教科研」(教育科学研究全国連絡協議会)の本態 / p33
第五 「教研」(教育研究全国集会)の本態 / p36
第六 「講師団」グループの本態 / p39
第三部 ずさんな教科書の內容について / p41
一 カケ足でつくられる教科書の実態 / p41
二 サンフランシスコ平和条約の事例 / p42
三 千島、南樺太の事例 / p47
四 日露戦争の記述の事例 / p50
あとがき / p57
教科書問題報告 - Webcat Plus
教科書問題報告 第3集 (うれうべき教科書の問題 第3)
日本民主党教科書問題特別委員会 編
[目次]
目次
はじめに
第一部 教壇を利用する「日教組」の商売往来 / p1
第一 学習帳などで政治資金をかせぐ日教組 / p1
一 年間五百万円の利潤-(東京都の事例)- / p2
二 北教組のリベート、年間二千三百万円-(北海道の事例)- / p5
(イ)不可解なほど高い北教組の学習帳 / p5
(ロ)あわてて帳簿を合はせる / p6
(ハ)ぬけ目のない北教組の商取引 / p8
(ニ)あまりに恣意的な教育活動 / p8
三 北海道教育評論社と脱税嫌疑 / p10
(イ)出版社も大きな編集費を計上している / p10
(ロ)脱税疑問の金額は一億円をこす / p12
四 年収七百万円以上の使途不明-(福島県の事例)- / p13
(イ)八年間も法規が無視されてきた / p13
(ロ)虚を突かれて正確な証言ができない / p15
五 生徒に出資させ"非売品"で売る-(福岡県の事例)- / p17
(イ)生徒は体よく利用されるばかり / p17
(ロ)不正確な証言に終始する / p18
六 定価のない商品取引-(佐賀県の事例)- / p21
七 日教組の狼敗と秘密指令 / p22
第二 編集-採択-供給を独占する弊害 / p23
一 トンネル口銭まがいのもうけ方 / p24
(イ)初版「科学の世界」の採択数三十万部 / p24
(ロ)結ばれた不思議な契約 / p26
(ハ)協力の具体的内容はゼロ / p27
(ニ)名はかわつても実は同じ / p29
二 特約をおしつぶした佐賀学生協 / p30
(イ)組織をバツクに着々進出 / p30
(ロ)四年目に総売上高が一億円 / p31
(ハ)発行会社との綿密な結合 / p33
(ニ)採択をめぐるみにくい利害争い / p34
三 もうけ一点ばりの"地域教科書"-北海道の事例- / p36
(イ)なぜ文部省が検定を認めたか / p36
(ロ)法の精神を合法的にじゆうりん / p38
第二部 教科書の値段は安くできる / p40
一 スキヤンダルは規定の抜け穴から生れる / p40
(イ)教科書は他に類をみない特殊商品 / p40
(ロ)定価はどうして決められているか / p41
(ハ)検定に切換えられた教科書の値上り率 / p44
(ニ)日教組の値下げ論とその怠慢 / p47
二 業界関係者は、儲からないという / p48
(イ)安易に書かれる教科書 / p48
(ロ)数字の魔術にまどわされる / p50
(ハ)教科書の定価と教師へのサービス / p51
三 印税・編集費・宣伝費を徹底的に是正せよ / p53
(イ)業界の要望は的はずれ / p53
(ロ)水ぶくれしている編集費と宣伝費 / p57
(ハ)三割の値下げは確実に出来る / p58
第三部 枚挙にいとまのない教科書の間違い / p60
第一 間違いの多すぎる『あかるい社会』 / p60
一 誤りの明白なもの十六項 / p61
(1) 吉野朝と正成の戦死 / p61
(2) 王政復古の詔勅 / p62
(3) 上野戦争と慶応義塾 / p62
(4) ペスト菌の発見 / p65
(5) 不平等条約の改正 / p65
(6) 日露戦争の原因 / p68
(7) 与謝野晶子と"非戦論" / p69
(8) 「赤い夕日」と「戦友」の歌 / p71
(9) 日露講和の条件 / p73
(10) 伊藤博文の遭難 / p74
(11) 対支要求問題 / p74
(12) 普通選挙と政党内閣 / p74
(13) 満州国の成立 / p75
(14) ポツダム宣言 / p75
(15) 憲法と軍備 / p76
(16) コロンブスの生国 / p76
二 記述に疑義のあるもの / p77
(1) 逃亡者と氏神と仏教 / p77
(2) 聖徳太子の国書 / p78
(3) 奈良の大仏 / p80
(4) 元寇と中国 / p81
(5) 家康の天下とり / p82
(6) 正しい戦争だと思つて / p82
(7) ロシアの将軍 / p83
(8) 日本電球の話 / p83
(9) ソ連軍の満州国侵入 / p83
(10) 日本の記念日 / p84
第二 際限のない間違いぶり / p85
(イ)事実に誤りがあるもの / p85
(ロ)記述内容の不正確、不適当なもの / p89
(ハ)表現・用語などの不正確、不適当なもの / p92
(ニ)統計表・図表・数学の誤つているもの / p94
(ホ)写真・挿絵が不適当、および説明が不正確なもの / p96
あとがき
附錄(参考資料)

藤岡信勝氏の自由主義史観研究会が一部を紹介していた。
藤岡信勝「反日教育の果ての尖閣弱腰外交(産経新聞[正論]平成22年10月28日掲載)」, 自由主義史観研究会(歴史論争最前線)

藤岡によれば、今(2010年当時)の日本は以前にも増して左翼勢力の支配が進み「革命政府」を頂いているのだそうだ。戦後70年間一貫して共産主義勢力や中国などが日本を陰に陽に支配しようと策動し続けており、日本は領土も財産はおろか日本人の心も全てが奪われてしまう危険にさらされ続けているらしい。そして、その被支配状況は70年間にわたって刻々と悪化し続けているらしい。
どうでもいいけど、この文章の冒頭の志賀義雄の「批判」の出所はどこなのかな。

まあアレな話はともかく、パンフレットの引用部を孫引きしておく。

55年8月、当時の保守政党である日本民主党(今の民主党とは別の政党)は、「うれうべき教科書の問題」という52ページのパンフレットを発行した。その中で、「ソ連・中共をことさら美化・賛美し、自分たちの祖国日本をこき下ろすタイプ」の教科書として、周郷博、高橋 磌一、日高六郎らの執筆になる小学校社会科の教科書を例にあげ、その日中関係の記述について、次のように評した。
「歴史の前半において、中国をまねし、学び、膝を屈し、貢ぎ物を奉った日本は、その歴史の後半において、一転して、東洋鬼子と化し、あくなき暴虐をつくして、中国人民をいじめぬいたと、この教科書には書きならべてある」
日本民主党のパンフレットは、当時の日本の保守勢力が、国際共産主義勢力と対決し、日本の教育を正常化しようとする意思のあらわれだった。次の一節にその危機感が表明されている。
「他国の侵略とは、必ずしも武力によるものでないとするなら、教科書を通じて、疑いもなく、ソ連や中共の日本攻略ははじめられているのである。日本の教職員たちは、或いはそれに力を貸し、或いはぼう然とそこに立ちすくみ、或いはそれを知らずに、相たずさえて日本の教育の危機をつくっているのである」
鬼畜米英の帝国主義的圧迫を叫んで祖国防衛戦を挑んだもののあえなく鬼畜の軍門に下るや、今度は一転して共産主義勢力の恐怖を叫んで70年間の「戦い」に入る。この種の人々にとって、世界は全て悪意と恐怖に満ちており、一瞬でも気を抜けばたちまち敵の餌食になって食い尽くされ滅ぼされてしまうようなものであるらしい。

で、この「うれうべき…」パンフにたいし、家永三郎氏が批判を加えていたとのこと。
家永三郎「『うれうべき教科書の問題』について」(『世界」1955,12月号)

「うれうべき教科書の問題」をみる: 郷土教育運動のページ(2014年04月21日)
この論評部分を引用する。

家永氏はこのパンフレットの具体的な例を取り上げて、古代史の部分では、学問的に正確な内容を「偏向」と非難していいることを指摘する。また、中国侵略、太平洋戦争に関する部分では、日本が犯したその重大な罪悪を反省することなしに日本は世界の平和に寄与することはできない、とのべている。この論考の基本は、この民主党の主張を憲法、教育基本法に則して明らかにまちがっていることを反論しているのだが、この60年前の論考が危惧し、指摘していることが今や現実化している現状を見ないわけにいかないのである。
 その一つは、当時すぐに民主党に反撃した教科書執筆者25名による抗議書の内容からである。その中に
「このパンフレットは、全体にわたり、学問上の誤りと事実の曲解による低級な中傷に終始し、国民の判断を誤らせようとしている」
「万一このパンフレットに盛られたような主張が通るとすれば、学問の成果が無視されるだけでなく、憲法と教育基本法そのものも偏向として否認されてしまうであろう」
「このパンフレットは単に私たちの名誉を傷つけるだけでなく、学問と思想の自由ならびに民主主義教育全体を脅かすものである」
 このことから、このとき教科書執筆者たちが危惧したことが60年後のいま現実になっていることがわかるのである。教育基本法はすでに改悪され、いまや憲法をも、自衛隊が戦争に参戦できるように改悪する企図が臆面もなく主張されている。
当時の批判が60年後の現在において全く変わらず通用することに、今更ながら唖然とせざるを得ない。「つくる会」などに類する人々の思考が全く進歩していないことを如実に示すものと言えよう。

続「うれうべき教科書の問題」2: 郷土教育運動のページ(2014年04月22日)

「その第一は、民主党の欲しない教科書が『赤』だとか『偏向』とかの烙印を与えられることにより、教育者の自由な教育活動に無形の圧迫が加えられたのではなかろうかと推察せられることである。」とのべている。その氏の推察は当たるのである。その後の動きのなかで、教科書会社は編集、執筆陣を入れ替え、もちろん内容も変わっていった。かつてこの「あかるい社会」は現場教師から支持され多くの発行部数を擁していたが、採択数が落ち、ゆくゆくはこの中教出版社は消えていったのである。
この結末もまた現代の行き先を暗示していて暗然となる。

郷土教育全国協議会の桑原正雄は、当時の教科書攻撃によって教科書「あかるい社会」が消えていったことを振り返って

「教える内容が“科学”か“非科学”かというたたかい方では、専門学者でない現場の多くの教師や親たちのたたかいにはならなかった
(桑原正雄「教師であることを恥じないために」「生活と教育」50号記念, 1963年7月、引用元:続3、「うれうべき教科書の問題」をみる: 郷土教育運動のページ
と述べているそうだ。
どのような文脈の言葉なのかは確認が必要だけれども、今の状況においてもいろいろと含蓄がある言葉だと思う。

当時の教科書攻撃に関する論考があった。
浪本勝年(1986)「<論説>一九五〇年代の教科書問題」立正大学文学部論叢 83, 61-80(CiNii, 論文PDF


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