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2016年5月の10件の記事

2016/05/31

クルーズ船からの不法入国が増えているという話の気になる点

ちょっと変なニュースに見えるが、調べる時間がないから疑問点だけメモしておく。
こういうニュースはゼノフォビアにつながりやすいから気になる。
本当はある程度ちゃんと調べて考えるべきなんだけど……。

クルーズ船から失踪の中国人相次ぐ 不法入国の新手口か | NHKニュース(5月31日 17時06分)

中国の富裕層などが観光に使うクルーズ船の日本への寄港が急増するなか、入国したあと船に戻らずに失踪する中国人が相次ぎ、去年からことしにかけて20人余りに上っていることが、警察などへの取材で明らかになりました。クルーズ船での入国は去年からビザが不要となっていて、入国管理局などは制度を悪用した不法入国の新たな手口とみて警戒を強めています。

中国から日本への観光客が増加するなか、主に富裕層が利用するクルーズ船については、去年1月から日本での滞在時間など一定の条件を満たせばビザの取得が不要となっています。
クルーズ船の日本への寄港は急増し、去年はおよそ1000回に上っていますが、入国したあと船に戻らずに失踪した中国人が、去年7月から今月にかけて22人に上っていることが、警察や入国管理局、海上保安庁への取材で分かりました。
このうち、今月中旬には福岡市の博多港に入港したクルーズ船の乗客で中国・福建省出身の57歳の男が福岡市内の観光の途中で失踪しました。男は船の入港後、3時間ほどでいなくなったということで、警察などは、クルーズ船を悪用して不法入国した疑いがあるとみて、行方を捜査しています。
また、去年10月に長崎市の長崎港に入港したクルーズ船のツアーでは、一度に3人の中国人が失踪し、3人の客室から中国で閲覧が制限されているインターネットのサイトの日本地図が見つかったことから、警察などは不法入国を手配する組織などが関与している可能性もあるとみています。
入国管理局や警察などは、富裕層が主に利用するクルーズ船のイメージやビザが不要となったことを悪用した不法入国の新たな手口として警戒を強めています。

クルーズ船 ビザなし入国可能に

クルーズ船による日本の観光ツアーを巡っては、去年1月から一定の条件の下で外国人観光客がビザを取得しなくても日本に入国できるようになりました。
外国人観光客がクルーズ船で来日する際、以前は、現地の大使館などで取得したビザを事前に用意する必要がありました。しかし、クルーズ船では一度に大勢の外国人が来日し、入国審査に時間がかかっていたことから、法務省入国管理局は、去年1月、審査の方法を見直し、新たな入国の許可制度を設けました。ビザを取得する代わりに「船舶観光」と呼ばれる許可制度の下、クルーズ船の運航会社が乗船する外国人観光客の本人確認を行ったうえで、一括して入国のための許可を申請します。
これにより、クルーズ船が港に停泊している間に限られますが、外国人観光客は入国が許可されます。
ビザを取得する必要がないことに加え、船が入港した際、港で行っていた顔写真の撮影も省略され、こうした制度のない航空機での来日に比べ、手続きなどの時間が短縮されました。その分、船の運航会社にはより入念な乗客の確認が求められ、管理が十分でないと判断されると、許可の申請ができなく場合もあるということです。入国管理局によりますと、去年1年間にクルーズ船で来日した外国人は過去最多の111万人余りで、そのほとんどがビザを取得せずに「船舶観光」の許可を受けて入国しています。

「運航会社と当局 しっかり協力を」

元法務省入国管理局長で日本大学の高宅茂教授は「就労目的で日本に不法入国する中国人が後を絶たないなかで、クルーズ船の利用が拡大し、日本に入国する際にビザが必要なく審査が緩和されたことがよく知られるようになり、悪用されたとみられる。今後、クルーズ船の利用拡大に伴って同様の手口の不法入国が増えるおそれもあるので、乗客の本人確認を行うクルーズ船の運航会社と入管などの当局がしっかり協力していく必要がある」と話していました。

まあ、船舶観光上陸許可制度が不法入国に悪用されるのではないかという懸念は、関係者は十分持っていたと思う。このニュースはそういう懸念を裏書きするトーンで書かれているんだけれど、でもどうも気になることがいくつか残る。何となく「拾ったネタをそのまま書きました」的に見えるんだよねえ。まあこのブログも同じですが…。

●疑問点その1:「中国の富裕層などが観光に使うクルーズ船」
昨今のクルーズ船はむしろ大衆旅行のツールというべきだから、この表現が気になる。
確かに、富裕層主体のクルーズ船もあるし、同じ船でも富裕層向けの商品もあるから、富裕層向けのクルーズ船が不法入国手段として利用されているケースもあるかもしれない。だとすると、確かに新しい現象だから報道に値すると思う。
けれども、ちょっと違和感が残る。

●疑問点その2:「失踪の中国人相次ぐ」の意味
単に、クルーズ船客が激増していること、入国(正確には上陸)許可が簡素化された制度改革の結果じゃないのかなあ。
クルーズ船利用者の悪質化が進んでいるというニュアンスで読まれそうで心配。量と質の効果を分けた記事を書くべきじゃないかなあ。記事の記述もその辺が不明瞭で、記者も区別してないような印象を受ける。上で書いたが、ゼノフォビアに利用されやすいトピックだから、もっと慎重に書いてほしいのだけれども。

●「失踪」の定義
乗船時間に遅刻した人(不作為)が含まれたりしていないのかなあ。
クルーズ船は全国で見ると膨大な延べ上陸回数が発生している。その多くは団体ツアーで管理されるから、お客さんもガイドに従っていればあまり問題は起こらない。ただ、非中国人を中心として(もちろん中国人にもいるが)団体ツアーに入らない個人・グループ行動をする人たちもいる。そういう人たちは自分たちで行動を管理しないといけない。で、不測の事態が発生したり何か勘違いしていたりすると、遅刻したりすることがあり得る。そうやって「行方不明」になる人が一定数いると思うのだけれど、それは「失踪」に含まれたりしないのだろうか。でもまあ、全国で1年で22事案しかないというので、こういうケースは入れておらず、本当に行方不明になってしまう人がいるのだろう。
もう一つ気になるのは、上陸中に何かの事故に巻き込まれたりした人も「不法入国」にカウントしていたりしないのかなあ、ということ。どこかで死んでいたりするんじゃないだろうか……。
むしろ逆に、111万人(たぶんこれは実数で延べ上陸数ではないと思うけれど)でたったの22ケースしかないとか、非常に健全じゃないのかという気がする。旅行会社、どれほど優秀なんだと思ったり。

●パスポートとか……?
仮に不法入国目的だとして、パスポートは持って出ているのかな?
船舶観光上陸許可だとパスポートは使わない。簡単な紙で処理するから持っていてもいいのかな。クルーズ船では業者がパスポートを預かることがあって、そういう場合はパスポートなしでの不法入国になるから後で困るんじゃないかな。この辺どうだったっけ……。

●「中国・福建省出身の57歳の男が福岡市内の観光の途中で失踪」
このケースは意図的な不法入国かもしれないけど、だとすると、「福建省出身」とか「57歳」とかいうのも本当かどうか分からないと思う。「福建省」に差別意識を持つ人もいるので、こういうのは慎重にしてほしい。

●「中国で閲覧できない日本地図」

3人の客室から中国で閲覧が制限されているインターネットのサイトの日本地図が見つかったことから、警察などは不法入国を手配する組織などが関与している可能性もあるとみています。
どういう意味合いか、この辺は分からない。どんな日本地図なんだろう?「客室で見つかった」というのも不思議。蛇頭みたいなのが紙の資料として渡していたということかなあ。

●「富裕層が主に利用するクルーズ船のイメージやビザが不要となったことを悪用した不法入国の新たな手口」?
まず、「富裕層が主に利用するクルーズ船」の話と「ビザが不要になったこと」とは分けて書かないと。
それと、ラグジュアリー船だと入管の警戒が緩むというニュアンスなのだけれど、それって本当かなあ。少なくとも入管は公式には認めないと思うんだけど。
それは入管がメンツにこだわっているというよりも、そもそも船舶観光上陸許可は手続き的なものなので、ゲートで入念にチェックして許可不許可を逐一判断していくというものではないんだよね。だからある意味、入管は警戒しようがないというか、制度の下で粛々と事務を進めるしかないわけで、入管の過失ではない。むしろ業者側に責任を預ける制度なので。それとも、業者を非難する記事なのかなあ。まあ制度設計責任まで問うと言えば、入管中枢と法務省の話になるけれど。

●「ビザなし入国」は問題か?
「入国」ではなくて「上陸」なんだけど、まあそれは措いておいて。
そもそも船舶観光上陸許可は、膨大な入国許可事務が発生するのに増員や予算増を厳しくケチられてきた入管当局の悩みとか、8時間しか遊べないのに下船乗船だけで数時間取られる馬鹿馬鹿しさに対する何十万人もの観光客の不満とか、客にはたっぷり遊んでもらいたいし煩瑣な手続きに苦しめられた観光業界の願いとか、いろいろなものが後押しして、やっとこの前実現したんだよね。そしてこれの実現には与党や財界の圧力もあったわけで。法務省はかなりこの制度には消極的で何年も抵抗していたいきさつがある。そもそも、法務省は、中国への来日観光規制の緩和にはその都度懸念を表明してきた立場だったと思う。(まあ省外からの制度変更要求にはそう反応するのが役所というものだけれども。)それを、ビジットジャパンなどの観光振興戦略に乗っかって、他国の制度も研究しつつ、「これが国益だ」として制度変更をしたわけだ。つまり、船舶観光上陸許可制度は「正義」なわけですよ。それを、「ほーら、中国人にビザなし入国を認めたらやっぱりまずいよねえ」みたいにも読めてしまう記事を書いてもいいのかなあ。NHKは政府発表と異なる立場の報道はしないんじゃなかったっけ……。

●「運航会社と当局 しっかり協力を」?
高宅先生は、むしろ「いやあ、よく頑張っている方ですよ」ぐらい言ってほしいなあ。
でもまあ、入管的には「申し訳ない、一層警戒が必要だ!」という話にしておく方が好都合なので(しかも組織マインドにも合っている)、先生の発言は業界政治的に正しいとは言える。現場も「敵の悪質さがますます昂じているので犯罪が起きている」というストーリーにしておく方が精神的に楽だしねえ。

●中国人にフォーカスを当てる意味?
昨今のクルーズ船は台湾人と中国人が主で、船舶観光上陸許可もその辺を狙っていると思う。だから、そもそもこの制度を悪用する機会が多いのは台湾や中国の人になるだろう。
もっと詳しくはこの制度の指定船舶一覧を見て航路を調べればいいんだけれど、ちょっとネット上には見つからなかった。
逆に、クルーズ船からの不法入国で他の国の人が増えていたら、それこそ「抜け穴」に使われている気配が濃厚だけれど、他の手段と比べてどれくらい楽に不法入国できるかはちょっと分からないからなあ…。

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2016/05/24

失言でないとすれば本気なのだろう。

このところ話題の神奈川県議会。今回は議員が話題を提供している。

基地反対派は「基地外(きちがい)」 自民・小島県議「失言でない」|カナロコ|神奈川新聞ニュース(2016/05/24 02:00 更新:2016/05/24 10:17)

 自民党の小島健一県議(横浜市青葉区)が都内で開かれた集会で、沖縄県内の在日米軍基地に反対する運動を「基地の外にいるということで『きちがい』」と表現する発言をしていたことが分かった。

 小島県議は8日、都内で開かれた沖縄復帰44周年を記念する集会に出席。国連の人種差別撤廃委員会などが沖縄の住民を「先住民族」と認めるよう日本政府に求めた勧告を批判し、勧告の撤回を訴えた。

 この中で小島氏は、沖縄の米軍基地周辺で続いている反対運動にも言及。「沖縄の基地の周りには、基地に反対だとかオスプレイに反対だとか、毎日のように騒いでいる人たちがいる。これを、基地の外にいる方ということで『きちがい』と呼んでいる。これは神奈川県も同様で、大変苦慮している」と発言したという。

 小島氏は23日、神奈川新聞の取材に対して「『基地外』と言っている。ちゃんとイントネーションを変えて発言している。どう想像するかは別だが、差別的な発言はしないように考えている。失言とは考えていない」と述べた。小島氏は当選4回で、現在は総務政策常任委員長。

発言者の小島県議は、基地の外にいる方という意味だと弁明したという。
基地の外にいる人→『きちがい』とのことだが、それだとほぼ全ての日本人が含まれるので、わざわざ「きちがい」と特定の呼称を当てる意味がない。

元の発言は、
「沖縄の基地の周りには、基地に反対だとかオスプレイに反対だとか、毎日のように騒いでいる人たちがいる。これを、基地の外にいる方ということで『きちがい』と呼んでいる。これは神奈川県も同様で、大変苦慮している」
とのこと。

この発言にある「これを、基地の外にいる方ということで『きちがい』と呼んでいる」の「これ」は、「基地に反対だとか……騒いでいる人たち」のことだろう。その後の文には「苦慮している」ともあるので、この「きちがい」が特定の人たちを限定的に指す表現だと見て差し支えないだろう。

つまり、
「騒いでいる人たち」=「きちがい」
という図式である。

ところが、小島県議の弁明では、
「基地の外にいる人」=「きちがい」
だという。

集合論的には、
集合「基地の外にいる人たち」⊃集合「騒いでいる人たち」
が高い確度で成り立つと思われるので、
集合「きちがい」⊃集合「きちがい」
となって、同一集合が同一集合の真部分集合だということになって矛盾する。

唯一可能なのは、集合「基地の外にいる人たち」=集合「騒いでいる人たち」という解釈であるが、この場合は、ほぼ全ての日本人が「騒いでいる人たち」に等しいという解釈になる。小島県議はそういう認識……つまりほぼ全ての日本人が基地やオスプレイに反対して騒いでいる……という認識を持っているということだろうか。

そして、そうした人々・行動に「大変苦慮している」というのであるから、小島県議はきっと自分は「基地の外にいる人たち」ではない、すなわち「基地の中にいる人たち」の一員だという意識があるのだろう。そして、ここでいう「基地」とは米軍基地のことだから、小島県議は、きっと自分も米軍に帰属意識があるのだろう。

*********
ところで、全然話は変わるが、沖縄の人を先住民族とすべきかどうかという問題と、沖縄の駐留米軍をどうすべきかという問題とは全然違う問題である、少なくとも表面的には。
もちろん両者は沖縄の差別抑圧構造の中にあり、つながっている。そして沖縄でうねっている怒りの波はこの構造自体への怒りでもある。
先住民族問題を基地問題に連ねる小島県議の発言で興味深いのは、彼がこの構造を理解していることがわかったことだ。彼は、何が問題かを分かっていてこういう言動をしているのだ。
なお「小島氏は当選4回で、現在は総務政策常任委員長」とのことである。

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2016/05/14

鄭義氏の本を黄文雄氏が訳していたらしいという話。

文革50年、語られぬ「人肉宴席」 中国 写真13枚 国際ニュース:AFPBB News(2016年05月13日 16:09 発信地:武宣/中国)

【5月13日 AFP】中国では文化大革命(Cultural Revolution)の狂乱のさなかに恐ろしい「人肉宴席」の犠牲となった人々がいた。しかし、文革開始から50年を迎えた中国共産党は、当時の回想も、文革そのものや残虐行為についての歴史的評価も、包み隠そうと躍起になっている。

 文化大革命は、大躍進政策(Great Leap Forward)で失敗し政敵打倒をもくろむ毛沢東(Mao Zedong)の主導で1966年に始まった。全土で暴力行為や破壊行為が10年続き、党主導の階級闘争は社会的混乱へと変貌していった。まだ10代の紅衛兵(Red Guards)たちは、「反革命的」だとして教師を撲殺。家族間で非難の応酬が起き、各地で激しい派閥争いも発生した。

 だが、かつて毛沢東について「70%は正しく、30%は誤り」と評価した中国共産党は、文革の下で起きた出来事や責任の所在をめぐって本格的に議論することを認めてはいない。

 文革時代の最も行き過ぎた行為の一つに、中国南部・広西チワン族自治区(Guangxi Zhuang Autonomous Region)の武宣(Wuxuan)県で起きた、粛清の犠牲者の心臓や肝臓、性器が食べられた事件がある。

 共産党が文革を宣言した1966年5月16日の「五一六通知」から50年が経過した現在、武宣県にはフローズンヨーグルトを売る店が立ち並び、こけむした石灰岩の下を流れる川で男性たちが釣りを楽しんでいる。木々の枝には共産党の人民への貢献をたたえる赤い旗が掲げられている。

 地元住民の中には、飢えではなく政治的憎悪によって武宣県の路上を血に染めた数十件に上る食人行為について、聞いたこともないと話す人もいる。

 80年代初頭に公式調査を行った主要メンバーの一人は、匿名を条件にAFPの取材に応じ、武宣県では少なくとも38人が食人の犠牲になったと明かした。「全ての食人行為は、階級闘争があおられた結果起きたもので、憎悪の表現として行われた。恐ろしく、獣にも劣る殺人だった」

■歴史に「意味はない」

「10年間の惨劇の中、広西チワン族自治区では無数の人々が命を落としたのみならず、ぞっとするような残酷行為と悪意が吹き荒れた」――この調査団の元メンバーは、未公表のままの報告書草案にこう書いている。AFPが確認した草案には「首切りや殴打、生き埋め、石打ち、水責め、釜ゆで、集団虐殺、内臓の抜き出し、心臓や肝臓、性器の切り取り、肉のそぎ落とし、ダイナマイトでの爆破など、あらゆる方法が使われた」とあった。

 1968年には、中学校の生徒たちが地理の講師を殴り殺した後、遺体を川辺に運び、別の教師に強要して心臓と肝臓を取り出させる事件があった。学校に戻った生徒たちは臓器を焼いて食べたという。現在、この中学校は移転しており、現役の生徒たちに聞いても事件は知らないと首を振る。地元住民らも、知らないと答えるか、口を閉ざすかのどちらかだ。

 事件について議論することを望むごく一部の人々は、記憶が風化する中、町は過去から逃れることに必死だと話す。ここ数年で急激に発展する武宣県にとって、歴史は「何の意味も持たない」のだ、と。

■破られた沈黙と当局の抑圧

 ある中国当局者の推計では最大15万人の犠牲者を出したとされる広西チワン族自治区での大虐殺のうわさは、その後15年にわたって中国全土でささやかれ、ついに当局が調査団を派遣するに至った。しかし、調査報告書が公表されることはなかった。

 外部が事件について知ったのは、ジャーナリストの鄭義(Zheng Yi)氏が1989年の天安門事件後にひそかに資料を国外に持ち出し、著作「Scarlet Memorial(邦題:食人宴席)」を出版してからだ。同書は中国本土では発行禁止とされている。

 近年になって調査団の元高官も、中国国内での事件に関する認識を深めようと改革派の中国誌に調査結果に関する記事を寄せたが、当局によってもみ消されたという。この高官は、地元の元共産党幹部から「反党、反社会主義、反毛沢東主義」だと中央に告発され、自己批判と誤りの修正、謝罪を要求されたとAFPに語った。

 今、中国政府はメディアや世論の統制を強めていると、この高官は言う。「党の権威を確立するため、世論統制を行っているのは明白だ」。文革開始50年の節目に、党の公式行事は予定されていない。専門家は、当時の回想によって党の正当性が損なわれるのを指導部は恐れていると指摘する。

 知識と議論に対する抑圧に、現在米国に居住する鄭氏は懸念を強めている。「掘り下げた歴史分析を中国政府が頑として容認しない現状では、何らかの教訓を得たと言うことは不可能だ」と鄭氏はAFPに話した。(c)AFP/Benjamin CARLSON

この記事で取り上げられている鄭義(Zheng Yi)氏の著作「Scarlet Memorial」の邦訳書「食人宴席」だが、Amazonのリンクは以下の通り。

Amazon.co.jp: 食人宴席―抹殺された中国現代史 (カッパ・ブックス): 鄭 義, Zheng Yi, Ko Bunyu, 黄 文雄: 本

この通り、黄文雄氏の翻訳となっている。…少なくとも原書を読む方がよさそうだ。

Amazonのレビューには、こういう評価がある。

日本語の体をなさない訳文。改訂完訳版を望む!!
投稿者nemo10  2011年6月22日
 他の方のレビューを見ると食人の記述でアタマがくらくらするとあるが、残虐描写を期待すると肩透かしを食う。「食人宴席」というタイトルも含めエログロを強調するような編集だが、原著は「古井戸」「神樹」の鄭義による「紅色紀念碑」であり、主眼は共産党支配下の中国社会を社会学的・文化人類学的に考察することにある。その主張を強引にまとめれば「目上への絶対服従を美徳とする儒教社会に、人を労働力としてのみ捉えて人間性を無視したマルクス主義が合体した結果、共産党一党独裁が完成したが、抑圧された感情は定期的に爆発するもので、食人を含む広西大虐殺もその一つである」といったものだろうか。

 読んでいてアタマがくらくらするのはむしろ訳文のひどさ。そもそもこの訳本は訳者も断っているとおり抄訳で、全体的に脈絡が欠けている感があるが、特に4章あたりでは中国語を機械翻訳したような、一つの文章の中で主語も時制もぐちゃぐちゃ、ほとんど日本語の体を成していない訳文が連続する。訳者は黄文雄となっているが、別人の下訳、それも無校正としか思えない。こんな本を出して出版社も恥ずかしくないのだろうか。

レビュワーのnemo10氏にはお疲れ様でしたと言いたくなるが、案外、黄氏が本当に訳しているのだったりして…。

そしてこのAmazonが「……をご覧になった人は、こんな商品もご覧になっています」や「この商品を買った人はこんな商品も買っています」として提案する類書の選択がものすごい。
中国・中国人へのヘイト本、歴史修正主義(トンデモ)本、ニッポン素晴らしい本のオンパレードとなっている。
ただ、ちょっと安心するのはその著者らがいつもの面々ばかりで新顔が余りいないこと。マーケットは広いが売れているライターはそれほど多くないのかも。


ところで、上記AFP記事にある鄭義氏の「Scarlet Memorial」だが、元は中国語で、『红色纪念碑―― 广西文革人吃人惨剧』というタイトルらしい。そして、これで検索すると、この本をスキャンしたというウェブページやPDFがいろいろヒットする。
参考:郑义 红色纪念碑 - Google 検索

ちなみに Scarlet Memorial のAmazon.comページは次の通り。
Amazon.com: Scarlet Memorial: Tales Of Cannibalism In Modern China (9780813326160): Zheng Yi, T. P. Sym: Books

こちらの書評の方が日本の邦訳書(?)のそれよりも面白い。

*********
中国現代史には全く疎いのでこの事件とAFP記事については何も論評することができないのだが、ルワンダの大虐殺を彷彿とさせる事件が広範に起こっていたとしたらひどくショックだし、それがどのようなプロセスとメカニズムで発生したのかは興味がある。願わくば、地道な掘り起こしと研究が世に出ることを。……と、自ら学んでいないことを棚に上げてはいけないわけだが…。

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2016/05/12

メモ:むき出しになった何かを記憶するために

鈴木涼美さんのツイート: "HRN報告書読んだ〜 人権なんちゃらが救おうとしてるのって、可愛くもないのに「モデルやらない?」なんて言葉鵜呑みにして後で「強要された!」とか言ってる人かちら?幸せになるって信じて壺買ったり、愛って信じてホストに貢いだり、儲かるって信じてマルチやったりしそうな?(*^m^*)"

これが鈴木涼美氏のツイートだというところがいかにもな風味を醸し出す。馬脚を現す……ってこういうときに使うのだろうか。

上記は次のツイートで知ったのだが、このツイートの前に付いている一連のツイートがより重要な指摘だろう。
deadletterさんのツイート: "余りにもナイーブな「騙される方が悪い」論を「社会学者」から聞かされるとは。https://t.co/6jRCsf9q50"

そこで参照されているリンク先:
見られなかったAVの話 - 男の魂に火をつけろ!

人権屋によるAV強要キャンペーンをあっさり否定するAV女優たち - Togetterまとめ
このまとめは周知のごとく批判が非常に強い。
……そもそも「人権屋」という言葉を使う人が「人権屋」以上に人権問題に造詣が深いはずもないのだが。

ワタミ店長実名告発!「僕は目の前の焼き鳥が冷めていくのが耐えられない」 - エキサイトニュース(1/2)
このリンク先の内容を端的に示していると思う箇所を引用しておく。

(前略)ワタミグループ内で不幸な事件が起きて、人が亡くなりました。“ブラック”という批判も正しい部分があるのでしょう。痛切な反省をしなくてはいけません。
従業員にはきちんと休んでもらっていますけど、僕はこれからも働きますよ。「ブラックだ」なんて声は関係ない。(後略)

RJTBUさんのツイート: "嘘やん。>川奈さんは現役時代、嫌なことをされたことはないですか?「嫌なことを無理やりさせられたことは一回もありません」元AV女優・川奈まり子さんが語る「出演強要」問題と業界の課題<上>|弁護士ドットコムニュース https://t.co/OpUFswdcOf"
このツイートの後の一連のツイートがなかなか深刻な話になっている。

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このツイートは気になった。
deadletterさんのツイート: "別の記事では、「芸能人になれると騙されてきている女性を撮影するのは憂鬱だ」と溜池ゴロー氏がこぼした際には、川奈まり子氏は「罪つくりだ」と応じ「なんと残酷なことか」と回顧している。業界の「ブラックな」部分については充分過ぎるほど知っていたように思える。"

軍慰安所の管理者が「慰安婦に兵士の相手をさせるのが憂鬱だ」と愚痴り、その同僚が「なんと残酷なことか」と応じるような光景を想像してしまった。

……この問題をほとんど知らないので、勝手な妄想に過ぎないのだが、仮に、もしも仮に、AV業界関係者が「ブラックな部分」を熟知していながら、ブラックさを否定する主張を続けているのだとしたら、それは自らの人生そのものが醜悪な行為への主体的な関与によって支えられており、それを認めることが自分の生涯全ての基礎を破壊することになるとうすうす理解しているからなのではないか。
そしてそれは、日本の加害事実とその責任をどうしても認めることができない人々にも通じる感覚なのではないか。そう思うと、これらの人たちには共通感情で結ばれる可能性があるのではないか。「現実」を知らないよそ者からの高踏的な論難への不快感と自己の存在を否定されているような被害意識とが混ざった感情。お互いが同じような境遇にいる「被害者」だと共感すれば、互いに結びつくことがあるかもしれない。両者の自己擁護論は、被害者の被害を軽く見、あるいはシステムの問題ではない例外事象だと切断することによって成り立つという点でも、また性や暴力に直結する問題だという点でも共通性があるし。

妄想はともかくとして、このツイートが気になったのは、「いいや、あなたたちは知っていた」という否定しがたい事実に関する告発だからだ。戦争責任問題においても、このような資料の積み重ねが認識を変えていく力となった。

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次は典型的なダメな例。

佐々木俊尚さんのツイート: "「当事者の時代」という本でマイノリティ憑依概念を提示しましたが、その典型的すぎる事例。「実際の被害者と業界の人間はおいてきぼりにされ、AVをよく知らない第三者にだけ報告書が受け入れられる」/AV業界で働く人々との対話から逃げた弁護士 https://t.co/mtj4a0YvPl"

このツイートにつながる一連の反応がそのダメさを一層浮き彫りにしている。

皆本 依智【小説:人工知能Ne2の申述】 ‏@kagekiyo_ 5月6日
似たことは、例えば戦前戦中の慰安婦を語る時でも起きています。『そのような職業の女性が、幸せなはずがない』と。このような無理解や自分勝手な『同情/哀れみ』が、問題を分かりにくく、別次元のものにさせてしまいます。或いは障害者に対しても然り。

タイタス艦長@元スカイハイP ‏@bmwr1200ccruise 5月6日
これって、フェミニスト側の差別意識の裏返しですよね。それにAV側が反論しているっていう、通常差別対反差別として差別側(の様なもの)を叩いてる意識が高い側としてこの図式に暗に気付いて逃げ出した様にしか見えない・・・。

幸福な奴隷がいたら奴隷制を批判できないとか、一人の奴隷が「奴隷制を守れ」と主張すれば奴隷制の暗黒面を否定できるとか……。
このような社会と個人との関係への無理解ぶりを見ると、しみじみと社会科教育の敗北を知らされて悲哀を感じる。

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おまけ

とりあえず魚拓したので。
HISのキャンペーンページにあった図【魚拓】
参考1:旅行会社の「東大美女が隣に座ってくれる」キャンペーン即日中止について、大学教員として考えること(千田有紀) - 個人 - Yahoo!ニュース
参考2:H.I.Sの「東大美女が隣に座ってフライト」企画中止 ネットで批判受け - ITmedia ニュース

こういうのも「当事者は幸福だから問題ない」って言うのかな……。

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追記(2016年5月29日)

アダルトビデオの出演強要問題、
「業界は悪くない!少数の悪者(例外)を取り上げて全部悪いと言うな!」
という主張の旗色が徐々に悪くなりつつあるようだ。

無理やりAV出演させられた女優たちの証言|ほぼ週刊吉田豪(2016年05月28日)

下記二つは同じシンポジウムについての記事。
AVに映像を使われた松本圭世アナ「だまされる女性が悪いという風潮がある」 - 弁護士ドットコム(2016年05月27日 10時57分)
AV出演強要、IPPAは「AV業界は重く受け止めるべき」とコメント シンポジウムに松本アナも出席 (小川たまか) - 個人 - Yahoo!ニュース(2016年5月27日 0時13分配信)

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すごいAVを見たという話 - 男の魂に火をつけろ!

こちらの話はなかなか印象的。この春原未来氏にとってアダルトビデオ出演は究極の自己犠牲であり、自己の全てを捧げることこそが彼女の存在意義だという。徹底した自己否定を一度通過した者にはその姿勢と自己認識は非常によく分かる部分がある。

だが同時に、彼女のその文字通りの意味での必死さによって、アダルトビデオというものの社会的な意味とその業界の悪質さを浮き彫りになっている。人間を性的商品とすることが究極の自己犠牲としての意味を持つこと、その「女優」となることがその人の人生に大きな烙印を押すことが広く了解されているからこそ、彼女の行動は意味を持つし、そのドキュメンタリーが「AV作品」として意味を持つ。

このことを度外視して「アダルトビデオ業界の健全さ」を強調したり「売春するのも個人の自由だ」と主張したりすることは、セックスワークの負の側面を「AV女優」やセックスワーカーの個人問題にしわ寄せする悪質さを持っていると思う。アダルトビデオ業界を擁護する人たちや「売買春は正当な商取引だ」と言う人たちは、まず「この業界・商取引は本質的に呪われた存在なのだ」という原罪認識から出発すべきではないか。

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追記(2016年6月4日)

二つのトピックスを追加。

アダルトビデオの出演強要 政府が実態把握へ | NHKニュース(6月2日 20時50分)

政府は2日の閣議で、本人の意思に反して女性にアダルトビデオへの出演を強要することは、「女性に対する暴力」にあたるとして、内閣府が民間団体から被害状況を聴き、実態の把握に努めるとした答弁書を決定しました。
この答弁書は、生活の党の山本共同代表が提出した質問主意書に対するものです。
質問主意書では、悪質な勧誘がきっかけで、女性が本人の意思に反してアダルトビデオに出演させられる被害が相次いでいることについて、どう対策を講じていくのかをただしています。
これに対し、答弁書は「女性に対して本人の意に反してアダルトビデオに出演を強要することは、去年決定した第4次男女共同参画基本計画で、予防と根絶に取り組むとしている『女性に対する暴力』にあたる」としています。
そのうえで「女性に対する人権侵害を容認しない社会環境を整備するための、教育・啓発を強力に推進するとともに、内閣府が民間団体からアダルトビデオへの出演強要の被害状況などを聴いて、実態の把握に努める」としています。
「自発的」と見なされる形式を整えれば、アダルトビデオ出演という烙印は個人がその一切を引き受ければよいという発想もまた含まれうることを危惧する。

はてなブックマーク - アダルトビデオの出演強要 政府が実態把握へ | NHKニュース
「狭義の強制はなかった」というブコメにはちょっと笑った(ブラックな意味で)。

アダルトビデオへの出演強要被害に関する質問主意書:参議院
答弁書はまだ掲載されていない。(2016年6月3日現在)

AV違約金訴訟・意に反して出演する義務ないとし請求棄却。被害から逃れる・被害をなくすため今必要なこと(伊藤和子) - 個人 - Yahoo!ニュース

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AV出演の過去が発覚しゴールドマン・サックスが内定取り消し!解雇、イジメ、離婚…元AV女優差別のヒドい実態|LITERA/リテラ(2016.06.02)

鈴木涼美氏が「SPA!」2016年3月8日号で語った言葉だそうだ。

一般人として結婚や恋愛をしようとしたとき、どうしても元AV女優という肩書は鎖のように行動を制限してきます。だからこそ常に、『自分は他人や世間からどう見られているのか』を考える必要があります。肩書の力が強すぎるからこそ、公表したらどう見られるか、損得はどれくらいかなど、元AV女優は人一倍“世間の空気を読む力”が問われてくるのです
アダルトビデオに出ることが「鎖」であり業とされる社会。その実態を語りつつ、「女優」個人の「力」と判断に結論が帰着するところが切ない。この言葉の文脈や、業を背負って生きねばならない個人に向けた言葉だということをわかっていても。

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追記(2016年6月17日)

ヒューマンライツ・ナウの伊藤弁護士が書簡を公表していた。

皆様へのお願い・AVプロダクション関連逮捕報道とその余波を受けて: 人権は国境を越えて-弁護士伊藤和子のダイアリー(2016年6月16日 (木))

非常に基本的かつ重要な指摘があった。

今あふれている批判には、様々なものがありますが、
「そのAV女優さんたちが強要されているように、まったく見えなかった」というものがあるようです。また何年にもわたり、多数の出演を繰り返してきたことを理由に、「強制なんてありえるの?」という意見もあるようです。

しかし、長期間DVがあっても逃げ出せずにむしろ幸せな結婚生活を懸命に装う人、長期間にわたって会社でセクハラにあっても会社をやめられない人、親から虐待され続けているが施設に逃げ込めない人は、社会のあちこちに存在するのではないでしょうか。

 力を失い、孤立し、抜け出せない、装って自分までも騙し耐えてきた方がいるかもしれない。そういう人たちの気持ちは理解できなくても、せめて、「そういう女性たちがいるかもしれない」その可能性だけでも思いやっていただけること、できないでしょうか? 
……中略……

AV強要でなくても、同じように長いこと、DVやセクハラ境遇に置かれて、だれにも相談せずに逃げ出せずにいる人たち、自分さえ我慢すればと笑顔でいることで、なんとかなる、そう耐えている人が、あなたの周囲にもいるかもしれません。

その表面的な笑顔をみたこと、そういう態度でいたことを責めたてることが、問題の根本の解決の役にたつのでしょうか。

他の分野では容易に想像できることが、その分野では想像できないことがある。場面・状況は変われど、被抑圧という状態には変わりない。その本質への理解を深めたい。

伊藤氏が参照している東京新聞記事を記録しておく。

東京新聞:バイト感覚で登録 「AV」記載なく 出演強要された被害女性が証言:社会(TOKYO Web)(2016年6月14日 13時57分)

 女性をアダルトビデオ(AV)の撮影に派遣していたとして、警視庁が都内のプロダクション元社長らを労働者派遣法違反(有害業務就業目的派遣)の疑いで逮捕した。モデルへの憧れを巧みに利用したこの種の勧誘は多い。無理やり出演させられたある二十代の女性が「私のように巻き込まれる女性をもう出したくない」と本紙の取材に体験を語った。 (木原育子)
 大学生の頃、アルバイト先で「グラビアのバイトをしてみない?」と持ち掛けられたのが始まりだった。「話を聞くだけ」と気軽に応じた。
 男性社員ばかりのプロダクション事務所に行くと、「登録だけしておこうか」と優しく言われた。派遣のバイトに登録する感覚で身分証のコピーを渡し、書面に名前と連絡先、住所、生年月日、大学名を書いた。
 書面に「AV」の記載はなく、グラビア撮影と思った。事務所併設のスタジオで証明写真を撮られた。「体に傷がないか確認したい」と上半身裸の写真も。「みんなやっているからね」と説明された。
 数日後に制作会社で面接を受け、さらに数日後、プロダクションから「AV出演が決まった」と連絡があり、ようやく事の重大さに気づいた。
 「絶対に嫌です」。狭い応接室で三時間以上、泣いて懇願したが、三人の男性に囲まれ、どう喝され続けた。身分証や裸の写真が脳裏をよぎった。「契約書へのサインがある。違約金を払えるのか」「親や大学にばらす。親は泣くぞ」
 誰にも相談できないまま、この状況を招いたのは自分の至らなさのせいだと思い「私さえ我慢すれば」と追い込まれていった。
 撮影は次第に過激になった。両手足を縛られ、複数人の男性を相手にした。「あまりにも恥ずかしくて屈辱的で…。自分を守るには、心を閉ざして、忘れるしかないって」
 撮影は五年間続き、出演は百本を超えた。卒業後に入社した会社で、出演を見つけた男性の同僚から「君はだまされている」と諭され、われに返った。
 支配され続けることで心が壊れたのか、医師からは、自分の身体が極度に醜いと思い込む「醜形恐怖症」と診断された。自身を肯定できなくなっていた。
 見られているという恐怖と悔しさが、まだ消えないという。「AV業界は今、特殊な世界ではなく、ちょっとした心の隙があれば、誰でも取り込まれる危険がある」。女性は何度も繰り返した。
(東京新聞)

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2016/05/09

産経新聞野口記者の記事が戦時中の翼賛記事みたい。など。

このブログのちょうど1000記事目になるみたい。継続は力なりというけれど、全く力にならない継続もあるんだなあ(苦笑)。

さて。
産経記者の野口裕之氏によるポエムレポートが評判の国産ステルス機「心神」だけど - 法華狼の日記
こちらで拝見して印象深かったのでメモ。

戦時中の記事の例を出して二つ並べて味わうのが正しいと思うが、時間もないのでそこは省略。
脈絡もないのに、なぜか百人切りの記事とかを思い出してしまったのだけれど。

で、野口記者の美文を末永く味わうために、普段は絶対に見ない産経新聞サイトから文章を引いておく。

【日本版ステルス機初飛行】大空に舞った「平成の零戦」 米軍「F-35」を凌駕する「心神」 「軍事情勢」野口裕之記者レポート(1/7ページ) - 産経ニュース(2016.4.28 12:47)

 驚くほど細身で、しなやかささえ漂う「白地に赤く」彩られた機体は、前脚が滑走路から離れるや、グイと大空を見上げた。「空の青」に鮮やかに溶け込み始めた、操縦席直下に映える「日の丸の赤」に感動したのも瞬く間、頼もしい爆音とともに、かなたへと消えていった。国産初となるステルス戦闘機開発に向けて《心神》は22日、初陣を飾り、眼下に広がる濃尾平野が「若武者」の門出を祝った。心神は、防衛省の発注で三菱重工業などが製造する《先進技術実証機》の愛称であるが、誰が付けたか分からぬものの、富士山の別称とは心憎い。航空自衛隊・小牧基地(愛知県小牧市)を飛び立った心神は30分後、空自・岐阜基地(岐阜県各務原市)に着陸を果たしたが、国戦闘機開発の再生は緒に就いたばかり。わが国を取り巻くキナ臭い情勢を観察すれば、かつてわが国が掲げたスローガン《翼強ければ国強し》を、再び強力に実行する時代を迎えた。

日本航空史の屈辱「大学の応用力学科」

 心神が、零戦と縁(えにし)が深い三菱重工業の愛知県内の工場で生まれたためかもしれぬ。心神の晴れがましい姿が見えなくなると、水を差す言葉が頭をよぎった。

 《応用力学科》

 大東亜戦争後、大日本帝國陸海軍の傑作機復活を恐れる連合国軍総司令部(GHQ)は日本の航空機産業をズタズタにした。《航空禁止令》により、航空機の研究開発はメーカー各社も大学も全面的に禁じられた。大学では《航空工学科》の看板が下ろされ、《応用力学科》などと名称変更を強いられた。世界に冠たる名機製造に参画した技術を泣く泣く封印し、鍋・釜の製造で糊口をしのいだメーカーもあったやに聞く。昭和27年の《サンフランシスコ講和条約》発効で主権を回復し、航空禁止令は解かれたが、時既に遅し。世界はジェット戦闘機の開発競争時代に突入していた。

ジェット戦闘機開発封印で海外メーカーの「下請け」

 この遅れは痛く、技術大国でありながら長きにわたり海外メーカーの「下請け的」存在に甘んじてきた。

心神こそ、わが国の航空機産業を蘇生・復活させる先駆けと成るのである。心神が一身に背負う「重み」は戦略レベルと言い切って差し支えない。

心神の背負う「重み」

 中谷元・防衛相は2月24日、愛知県小牧市の航空自衛隊小牧基地で実施された心神の地上滑走試験を視察したが、心神の背負う「重み」をよく理解している。中谷氏は強調した-

 「(開発が)順調に進展していることを確認した」

 「将来のわが国の戦闘機開発や航空機産業全体の技術革新、他分野への応用に大変期待が持てる」

 中谷氏が「順調な進展」に言及した背景には、平成7年の研究開始以来、技術的にほぼ未開の、しかも高度な分野に踏み込み、克服しつつある安堵感が横たわる。何しろ、米軍のF-35といった《第5世代》戦闘機の上をうかがう、将来の《第6世代》戦闘機開発に備えた開発・製造なのだ。30万点もの部品を組み合わせ、国産化率9割超の軍用機を造り上げた技術陣や参加企業220社は褒められてよい。

エンジン開発にも成功

 特徴の第一は、炭素繊維を駆使し、形状を“彫刻し”た、敵レーダーに探知されず敵を捕捉するステルス性で、国産成功例は米露中3カ国のみ。繊維の他▽耐熱素材▽電子機器▽小型燃料装置…、わが国の得意技術を活かした点も特筆される。強い向かい風を受けても失速せず、旋回半径の著しい短縮を可能にしたエンジンの開発も、担当のIHIが成功した。結果、軽量化を図り高い運動性を実現する。

 2つ目の「重み」は、中谷氏の言葉にもあるが、将来の戦闘機開発や航空機産業全体の技術革新に資する展望だ。

 平成22年3月に国内企業群が試作を始めた心神は2月以降、9回の地上滑走試験を重ねた。そして迎えた今次初飛行は、防衛装備庁引渡し前の最終段階にして、最大の難関であった。

「失敗は成功のもと」

 あと1回有視界飛行を試し、引き渡されても、研究中だった最新技術を追加→試験飛行を反復→問題点をあぶり出し→分析→改善を施し→対応技術を付加→再び飛行する。回転を止めず進化を求め続ける、以上の過程の繰り返しを軍事の要諦《スパイラル・セオリー》と呼ぶ。

 実動・実戦で使う兵器の不具合は「自衛官の死」を意味する。従って、セオリー途中での不具合や問題点は貴重な発展的改善材料で、次の次の戦闘機開発にも性能アップした上で導入される。実動・実戦で失敗をしなければそれでよく、兵器の分野ではまさに「失敗は成功のもと」なのだ。 加えて「学び取った技術・ノウハウは、許される範囲で最大限民間にも伝授できる」(三菱重工業の浜田充・技師長)。

絶大な経済効果

 経済効果も絶大だ。武器輸出3原則緩和や防衛装備庁設立と相まって、期待は否が応でも高まる。心神には220社が関わったが、戦闘機量産ともなれば、直接従事する企業(孫請け、ひ孫請け…を含む)ばかりか、工場建屋建設はじめ、工場の社員食堂に食品や白衣を納入する業者まで、さらに企業数が増える。小欄の認識で、広義の「防衛産業」とは関連業者も入り、兵器によっては総計数千社が恩恵を受ける。

 開発資金の不足以外、良いことづくしだ。

F-2戦闘機の後継機は国産か共同開発か?

 ところで、平成30年度までに空自のF-2戦闘機の後継機の取得方式を決定する方針が決まっている。その際、後継機を《国産》にするか《共同開発》にするかが注目されているが、大事な視点が抜けている。心神が授けてくれる数々の技術の完成度が、将来型戦闘機の生産・開発形態を決めるからだ。

 関係者は「未定でよい」と言い切る。国産戦闘機製造への総合力を持てば、外国が注目し擦り寄ってくる。逆説的に言えば、国産戦闘機製造への総合力を持たぬと軍需大国に相手にされず、共同開発には参画できない。この関係者は「国産戦闘機の製造段階に昇った時点で、防衛技術基盤の発展や費用対効果、企業収益など国益を冷静に勘案し、国産か共同開発かを判断すればよい」と、まずは「国産力」蓄積を目指す方向が基本と考えている。

 仮に国産にすれば開発費は5000億~1兆円超。一方で防衛省は、最低でも4兆円の新規事業誕生+8.3億円の経済波及効果+24万人の雇用創出を試算する。

 他方、共同開発であれば費用・技術上のリスクを、同盟・友好国とシェアできる。

 国産・共同開発いずれにしても、海外に売り込むスキームは早期に構築しなければならない。

ヒト・モノ・カネ流失防止の法的スキーム

 スキームといえばもう一つ必要だ。前述した武器輸出3原則緩和や防衛装備庁設立による「副作用」対策。3原則に縛られ兵器貿易と貿易管理面で「鎖国」状態だったぬるま湯時代とは違い、「開国」し、日本政府が外国との輸出入に乗り出した現在では不可欠となった、人材(ヒト)・技術(モノ)・利益(カネ)の流失を防ぐ法的管理スキームがないのだ。別の関係者は日本メーカーの具体名を挙げ(仮にA社)、「A社と提携関係を切って、ウチに来ないか?と、外国企業に手を突っ込まれる日本企業は次第に増えている」と証言。「開国」がもたらした現状を「舌なめずりするオオカミがうろつく荒野で、ヒツジが閉じ籠もっていたオリの扉が開いた」と表現した。

国家守護の礎

 空自出身の宇都隆史・参院議員は「戦闘機開発は国家の体制を守る礎の一つになる。礎の構築は、わが国が独自の技術力をしっかりと確保して、初めて達成する」と、小欄に期待を語った。心神は上空で、国花・桜が散った《小牧山》を愛でたであろう。織田信長が450年ほど前、天下統一の夢を描き、自ら築いた最初の城が《小牧山城》とも伝えられる。

 「国家の体制を守る礎」と成る心神の、門出にふさわしい風景ではないか。(野口裕之)

ざっと3000字の名演説にほれぼれとする。
陶酔したような文体、拾ったネタの針小棒大な持ち上げ方、国家の栄光と弥栄を予言するような前途洋々さ、純真な我が国を虎視眈々と狙う敵勢力の暗示など、全てが素晴らしい。

提灯持ち記事はいろいろ目にするが、この野口記者の記事は他の商品宣伝記事とはタイプが違う感じがする。むしろ昔の翼賛記事っぽいのだけれど、どの辺りがポイントなんだろう。野口記者の原文をいじって新車や新製品のレポート記事みたいにするとか、その逆に商品紹介記事を愛国記事みたいにするとか、できるのかな。

**************

中国人への偏見はこうして作られる - 読む・考える・書く(2016-05-04)

趣旨や問題意識はまるっきり共有している。
このワイドショーはどこの何という番組だったのかな。

ふるまいよしこ ‎@furumai_yoshiko
今朝またどっかのニュースワイドショーで、中国人が江戸川河口で牡蠣を取っているという話が流れていた。レポーターがきいてみると、「友達で食べる」と答えていた。だが、番組は、1)野生のマガキは「衛生上危険である」という話と、2)潮干狩り指定地区外だから「ルール違反である」という話…
2016年5月2日 08:40
とのこと。

検索すると、2年前にも類似の話が放映されていたみたい?

【危険】江戸前の牡蠣!東京湾の『潮干狩り場のカキ』は獲らないで食べないで!|オイスターニュース★|牡蠣百科(2016-05-09 10:45:35)

昨日のニュース(2014-05-06|TBS|Nスタ)で「東京湾の潮干狩りで中国人が天然のカキを密漁」と放送されたらしく、早速、カキ好きの皆さんから「東京湾でカキが獲れるの?」「江戸前のカキがあるの?」と…
このエントリは2016年の日付があるのだが、このエントリ末尾に
【Info.】
■TBS|Nスタ|ニュース|2014-05-06
http://kakaku.com/tv/channel=6/programID=22712/page=6188/
■50年ぶり!23区で唯一海開きができたのは「カキ」のおかげだった
http://matome.naver.jp/odai/2137392386576133201
■東京湾海水浴場復活プロジェクト
http://www.furusato-tokyo.org/furusato%20tokyo%2013.html
■品川はカキの名産地だった
http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/hp/page000006700/hpg000006618.htm

Ver.2015-08-23,2014-05-06

とある。このサイト、同じ記事を別ページにも上げている。

【危険】江戸前の牡蠣!東京湾の『潮干狩り場のカキ』は獲らないで食べないで! : カキペディア|牡蠣百科

でも、これ本当に2014年なのかなあ……。だとすると2016年のものは再放送なのかな?

上記のページにある画面の写真(URL)には、「ビビット」や「迷惑 潮干狩りを荒らす「爆狩り外国人」 大量のカキ…食べれば危険も…」などの文字がある。
この語句で検索すると、例えば以下のリンクがヒットする。

GW突入で早くもトラブル続出!?潮干狩りを荒らす「爆狩り外国人」大量のカキ・食べれば危険も TBSテレビ【白熱ライブ ビビット】|JCCテレビすべて

2016/05/02 TBSテレビ 【白熱ライブ ビビット】
GW突入で早くもトラブル続出!?潮干狩りを荒らす「爆狩り外国人」大量のカキ・食べれば危険も
潮干狩り場では、大量にカキを採る外国人が問題になっている。
ふなばし三番瀬海浜公園は大人430円、4歳以上の子ども210円で潮干狩りが楽しめる。
去年の開催期間中には約13万人が訪れた。
カキは大きくワケてイワガキとマガキがある。
マガキは水質検査で合格したキレイな海域で育て出荷するため、ほとんどが養殖物。
また、カキは一日に300リットルの水を浄化する。
中国人やベトナム人が採っていたのはマガキ。
OystersJapan・三村大輔代表は「普段食べている生食用のカキは水質検査や大腸菌検査、滅菌等を経たもので、魚と違って新鮮だから安全という食材ではない」という。
葛西臨海公園では、2013年に50年ぶりに海水浴場がオープンした時も水質改善に一役買ったのがカキだった。
船橋市漁協組合・吉種一明理事は「カキが生きたままそこにいてくれたら、水の浄化をしてくれる。
何人かの心得ないもののために皆さんが楽しくルールを守ってやっていることができなくなると悲しいこと」とコメント。
周辺地図(ふなばし三番瀬海浜公園、船橋市漁業協同組合・漁業権エリア、江戸川)。
映像提供:GoogleEarth。
大渕愛子弁護士は「漁業権エリアでなければ、営利目的を立証するのは難しい」、慶應義塾大学大学院教授・岸博幸は「食の安全に直結する」、カンニング竹山、遥洋子のスタジオコメント。
スーパー、東京駅に言及。
これはTBSテレビの「白熱ライブ ビビット」という番組らしい。
同じサイトの違うページにも関連の記述がある。

GW突入で早くもトラブル続出!?潮干狩りを荒らす「爆狩り外国人」 TBSテレビ【白熱ライブ ビビット】|JCCテレビすべて

子どもたちに人気の潮干狩り。
神奈川県横浜市にある海の公園では、今年の最高気温26.2度を記録し、約8000人の家族連れが訪れた。
海の公園は、無料で潮干狩りができるため、3万人以上が訪れる超人気スポット。
そんな中、千葉県船橋市のふなばし三番瀬海浜公園では、危険なため立ち入り禁止となっている場所で、貝の乱獲を防ぐため使用禁止されている漁具・まんがで貝を取る親子が。
また、カキを採りに来たという中国人を名乗る男性たちは大量のカキを友人たちと食べるという。
こうした行為が仮に販売目的の場合は、漁業法に違反する可能性もある。
さらに桟橋の下ではベトナム人グループがカキを採っていた。
市場に出回るカキは細菌数や毒などの厳密な検査を受けているが、こうして採ったカキには危険性もあるという。
OystersJapan代表・三村大輔は「腸管出血性の大腸菌で死ぬようなもの、A型肝炎ウイルスが入っているかもしれない」とコメント。
横浜市、吹上浜砂の祭典、6000人以上の大行列の小田原城、食の祭典・肉フェスの映像。
協力:ペスカデリア銀座店。

で、上記「牡蠣百科」記事では、TBSのNスタという番組の2014年5月6日放送だというのだが、そこのリンク先を探してもそれらしい記述は見つからなかった。
価格.com - 「Nスタ」2014年5月6日(火)放送内容 | テレビ紹介情報

それに、紹介している画面に「ビビット」という文字があるのも奇妙だ。

というわけで、今のところ、これは2016年5月2日の放送の、TBS「白熱ライブ ビビット」のことじゃないかと思うのだが。

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2016/05/08

毎日新聞:シベリア抑留死者名簿の故村山常雄氏の追悼記事(栗原俊雄記者)

記者の熱意を感じる良記事。
ただ紙面ではなぜか省略されている文章がある。ネット版の方が完全だとは、なんだかなあ…。

亡くなった村山氏の偉業を伝える記事だが、村山氏が名簿作りに着手した年齢から含め、すさまじい人であったことがよく分かる。その最期の日のエピソードも驚くのみ。まさに偉人。このような人が社会を動かす石を積む人なのだと思わされた。
この栗原記者は関連著書もあるとのこと。今後の報道も期待したい。

なお、記事には写真が数点ずつ付いている。
ストーリー:シベリア抑留死「村山名簿」(その1) 4万6300人の名刻む - 毎日新聞(2016年5月8日 東京朝刊)

 火葬されたばかりの骨は、がっしりと太かった。村山常雄さん(享年88)。骨つぼに入りきらない骨は生前の巨大な功績を象徴していた。2014年5月13日、さいたま市。私は近親者で営まれた葬儀に参列させてもらった。

 第二次大戦後、ソ連は旧満州(現中国東北部)や朝鮮半島北部などにいた日本の軍人や軍属、公務員ら約60万人を連行した。酷寒と飢えの中で森林伐採や土木工事に従事させられ、「シベリア抑留」による死者は研究者の推計で6万人とされる。村山さんは抑留被害者であり、抑留研究の第一人者だった。

 1991年、ソ連はようやく死亡者名簿を提出し、厚生省(当時)が公表したが、ロシア語を音訳した名簿は「トーイヨタキ・ホンデゼロ」など、日本人とは思えない名前が並んでいた。中学校教師を退職した村山さんは、このカタカナ名簿を国内外の資料と丹念に突き合わせ、4万6300人の名簿を約10年かけて完成させた。前述の「トーイヨタキ」は「冨高平十郎」など、うち3万2324人を漢字で記した。

 本来、国がすべきことを成し遂げた通称「村山名簿」は、遺族にとって故人をしのぶ貴重な記録であり、絶望的に遅れていた抑留史研究の金字塔となった。

 11年に肺がんの手術を受けた後も精力的だった。抑留のシンポジウムなどにはたいてい、村山さんがいた。「いつも元気で、いつでも会うことができ、助言をもらえる」。抑留の取材を続ける私にとって、研究成果を惜しまずに伝えてくれる村山さんは、そんな存在だった。だから、13年12月に入院したと聞いた時も、まさか5カ月後に亡くなるとは思いもしなかった。

 「栗原さん。そんなに泣かなくていいんですよ。私はもう泣きません」。骨揚げを終えた私に、声をかけてくれたカズ夫人(84)の表情は穏やかだった。

 優れた研究者であり教育者であり、ヒューマニストだった村山さん。新聞やテレビの記者、あるいは研究者ら多くの人たちが村山さんを頼り、「村山大学」の門下生となった。その村山さんが「戦友」と呼んでいたのがカズさんだ。偉業とともに、2人の絆を振り返った。<取材・文 栗原俊雄>

ストーリー:シベリア抑留死「村山名簿」(その2止) 執念支えた夫婦の絆 - 毎日新聞
墓参、偉業の原点

 新潟県糸魚川市能生(のう)。眼下に日本海を望む故郷の山腹に村山常雄さん(享年88)は眠っている。「海が大好きでした」。4月中旬、墓参した私にカズ夫人(84)はいつもの笑顔で語った。先祖の墓碑には天保十(1839)年と刻まれている。海風と雪に耐えた堅固な墓石からして豊かな家だったのだろう。しかし、村山さんが生まれた1926年2月3日、実家は貧しかったという。

 尋常小学校を最優秀の成績で卒業し、近くの親類宅に奉公することで地元の水産学校に進学した。同じ町に住んでいたカズさんは村山さんの姿を見たことがない。後年、夜明け前から掃除や炊事に追われ、下校後も寝るまで家事をこなしていたと聞いた。43年、村山さんは17歳で旧満州(現中国東北部)の国立ハルビン水産試験場に就職した。本土より給料が高く、実家に送金できるからだ。

 45年5月に徴兵され、敗戦後はソ連に抑留された。飢えと重労働、そして極寒。日本政府は抑留全体の死者を推計5万5000人としており、村山さんも多くの戦友の死を目の当たりにした。自身は49年に肋骨(ろっこつ)カリエスを発症し、同年8月に病院船で帰国。入院治療を受け実家に戻った。だが、働き口はなく、翌50年に上京したものの、ほどなく故郷に帰っている。

 夫婦の出会いはその頃、カズさんが能生の映画館にソ連映画を見に行った時のことだ。冒頭でロシア民謡が流れ、友だちと一緒にメロディーを口ずさんでいると、前列の男性が突然振り向いた。「この歌、知ってますか!」。村山さんだった。「イケメンで、体に電流が走りました」。カズさんは映画の内容が頭に入らなくなったという。

 その後、2人は町の青年団の集まりで再会し、初めて会話らしきものを交わした。村山さんは保健所職員として働きながら、教員資格を取ろうと大学の通信教育で学んでいた。52年春、新潟県の公立中学校教員に採用され、間瀬村(現新潟市)の中学校に赴任した。

 貧困、戦争、旧満州、そして抑留。村山さんの歩みには大日本帝国の影がついて回るが、学校では「いつもニコニコしていました」と教え子の山崎春美さん(78)は言う。悪さをした生徒には厳しかった。それでも、決して手を上げなかったのは、新兵時代にさんざん殴られた自身の体験が影響していたのかもしれない。能生を離れた村山さんはカズさんに毎日のように手紙を出し、2人は54年春に結婚。間瀬での夫婦生活が始まった。

 村山さんは家族にも生徒にもほとんど抑留体験を話さなかった。しかし、ロシア語で寝言を言うほどうなされることがあり、「亡くなった人たちのご供養をしたいのでは」とカズさんは思い続けていた。後年、私の取材に「凍傷にかかった夢を見ましてね。夢の中なのに痛いんですよ」と話したことがある。

 「ソ連に行ってみたら」。旅行ツアーの新聞広告を見たカズさんが、村山さんに持ちかけたのは60年代後半。当時のソ連は外貨獲得などのため外国人観光客に門戸を開きつつあった。「お金は?」と気にする村山さんを「貯金が空っぽになっても行きましょう」と説得した。69年8月、夫婦でツアーに参加し、ハバロフスクの日本人墓地などを訪ねた。墓石に酒をかけながら、村山さんは泣いた。帰路の船でも泣いていた。

 帰国後、カズさんは人生で初めて歌を詠み、同年9月14日の朝日歌壇に掲載された。

 <「青春を埋めし土地」というハバロフスクに今われ立ちぬ嗚咽(おえつ)する夫と>

 この墓参は村山さんの心に刻み込まれ、約35年後に大成する「村山名簿」の原点となったのは間違いない。

 村山さんは八つの中学校で教師を務めて85年に退職。91年7月にはロシア・極東の墓参団に参加し、かつて自分が収容されたムーリー地区の墓地で弔辞を読んだ。その時の映像が残っている。

 「皆さんにお誓いします。今後、いわれなき戦争のために、異郷の地で眠るような歴史は二度と繰り返さない」。太く張りのある声が時折、嗚咽で途切れる。「そして、半世紀近くたたなければ墓参ができないような世の中は……二度と到来してはならない。そのことのために、私たちは努力を続けたいと思います」

 その年、ソ連のゴルバチョフ大統領が、抑留死した日本人3万8649人の名簿とともに来日した。抑留者が日本語で述べた名前を収容所の係官らがロシア語でつづっており、間違って記された名前も多い。それを基に厚生省(当時)や新聞社がカタカナに音訳したため、公表された名簿は「コ(カ)ウニヤ・シュラオ」「ホタノ・テレネダ」など、およそ日本人とは思えない名前が頻出していた。

 「これは犠牲者名簿ではない。名前は人格であり、名前をゆがめられることは人格をゆがめられること。無名とされるのは人間としての存在を否定されることだ」。村山さんは正しい名簿を自らの手で作ることを決意した。

 70歳の誕生日を迎えた96年にパソコンを買い求め、独学で使い方を覚えながら、呪文のようなカタカナ名簿などを資料として入力を始めた。「漢字で名前が記された別の資料を集めて、カタカナの名前と突き合わせれば突破口が開けるのではないか」。戦友会の作成した名簿や抑留体験者の手記など国内外の資料を収集し、自分がシベリアの墓標から書き写してきた名前も参考にした。村山さんの熱意に厚生省も協力し、約3万人分の抑留者の名前が漢字で表記された別の資料を提供した。「プライバシー保護」にこだわる行政としては異例の対応だ。

 パソコンの扱いに慣れず、数千人分のデータをいっぺんに消去したこともある。それでも「休んだら挫折する」。高血圧の持病がありながら、名簿作りに集中すると食事も忘れた。そんな村山さんを「今倒れたら、今までの大きなお仕事がゼロになってしまいます。誰も引き継げませんよ」とカズさんは気遣った。

名前は「人格」格闘10年

 1日10時間以上を自らに課し、2日続けて休むこともなく、約10年にわたって気が遠くなる作業に没頭した結果、村山さんは「コ(カ)ウニヤ・シュラオ」は幸田操、「ホタノ・テレネダ」は浜野照太郎と一人一人の名前を突き止めていった。軍隊での階級や収容地、亡くなった日時、埋葬地なども可能な限り名簿に加え、異郷で無念の最期を迎えた犠牲者の人格を再生させようとした。

 「名簿を自費出版したい」。作業が軌道に乗ると、村山さんは教え子で親交があった本間弥太郎さん(77)に相談した。本間さんが、新聞社OBでコンピューターに詳しい同窓の本間靖夫さん(77)に話すと、インターネットでの公開を勧められた。靖夫さんは「初めはデータを貼り付ければいいと考えていました。でも、先生の熱意を思うと『少しでも見やすいように』と思って」。2003年夏から作業と修正に2年をかけ、本格的な「村山名簿」は05年8月、インターネット上に公開された。

 「シベリアに逝きし人々を刻す ソ連抑留中死亡者名簿」を自費出版したのは07年。B5判1053ページ、重さ2キロの大著には累々と犠牲者の名前が並ぶ。「死者5万5000人」という無機的な数字ではなく、それぞれにかけがえのない人生と記憶を持つ人々が死んだのだ、という重い現実が伝わってくる。

 「村山名簿」が報道などで知られるようになると、遺族からの問い合わせが相次いだ。「自分の夫や親は本当に亡くなったのか。なぜ、どこで亡くなったのか。墓地は」。村山さんは一つ一つ丁寧に答えた。カズさんは当時を思い返す。「ご遺族からお問い合わせがあると、何をも差し置いて書斎に駆け込んで、お伝えしていました。『調べてあげたら、確かにあったんだよ』と話す時、目は真っ赤でした」

 例えば、神奈川県の女性からの手紙。

 「私、主人がシベリアで死んだ者の妻です。長い間資料をあつめて名簿を造って下されたとの事、頭が下がる思いです。主人の名前が載っていればうれしいです。I・Y(手紙では実名)です」

 村山さんはすぐに返事を書いた。

 「亡きご主人様について早速調べてみた結果、私の名簿には次のようになっています。1914年生まれ。46年9月6日死亡、最期の地はチタ市南東80キロの病院。私の名簿約4万5000人のうち、『I』姓は307名ありましたが、そのうち『Y』さんはただ1名だけですので、間違いないと思います」

 村山さんと、その功績に報道機関も動かされた。東京新聞の瀬口晴義社会部長(52)は名簿が公表されて間もない05年10月、初対面で5時間を超すインタビューを行い、その後も取材を続けた。「国がすべきことを執念で仕上げた。圧倒的な仕事でした。謙虚な人で、我々記者に『世に知らせなければ』と思わせる人でした」と振り返る。

 私もその一人だ。08年9月に能生の自宅で夕方から深夜、さらに翌早朝から夕方まで話をうかがったのが最初だった。「村山名簿」の出版には約1000万円と10年以上の歳月が費やされている。「何が支えだったのですか」と尋ねると、村山さんは死んでいった戦友への悼み、彼らを助けられなかった無念を語った。

 敗戦で武装解除された部隊は歩いてソ連領に向かい、飢えと疲れで落後者が続出した。「待ってくれ」という戦友の声が聞こえたが、「自分が歩くだけで精いっぱい。何もできませんでした」。靴が壊れると、道端の死体から取って履いた。「たくさんの人たちが若くしてバサッと命を奪われた。国のせいでそうなったのに、『無名戦士』とひとくくりにするのは許せない」と村山さんは話した。

 「泊まっていってください」と村山さんは私に言った。短時間の取材では語り尽くせぬ、今も続く抑留の悲劇を知ってほしい。そして、それを知らせてほしいという思いだったはずだ。「80歳を過ぎた村山さんが、こんなに頑張っている。抑留の悲劇を、遺族の苦しみを広く伝えたい」。そう思った。国家による未完の戦後補償の問題を十分に報道してこなかったマスメディアの怠慢を思い知らされた。それと同時に、国策としての戦争の後始末を個人の善意と努力に頼る政府の実情を記録しなければと思った。

 村山さん夫婦は13年1月、娘夫婦の家に近い、さいたま市に引っ越した。その頃、定期健診で間質性肺炎が見つかり、村山さんは12月に入院。翌14年2月に退院したが、体力は衰えていった。

 同年5月6日夜。「今日が俺の最期の日だ」と村山さんは言いだし、カズさんは「ゆっくりお話ししましょう」と応じて、狭い介護ベッドに2人で横たわったという。夫婦は手をつなぎ、60年前の能生時代の出来事から語り合った。

 「初恋の人は誰ですか?」。カズさんが聞くと、力強く愛称で答えた。

 「カズ子さん!」

 「どこがよかったんですか?」

 「笑顔。あんたがいたから、仕事ができたんだ」

 翌日。村山さんは容体が急変し、緊急入院した。カズさんは意識が戻らない夫に何度も話しかけた。「いい人生をありがとうございます」。息を引き取るまでに涙が枯れるほど泣いた。だから葬儀では泣かなかった。「優しい人でした。何も知らない私を育ててくれました」

 村山さんは09年の著書「シベリアに逝きし46300名を刻む」の中で、カズさんへの思いを記している。

 <この相方は……終生シベリアとは別れがたい私の立ち位置を理解し、ただその場に寄り添い続けてくれました。茫々(ぼうぼう)50年。今にして私はこの天の配剤と天与の共生に、この相方とともに深く叩頭(こうとう)するほかありません>

 互いに感謝し合う夫婦の絆があればこそ偉業は成ったのだろう。シベリア抑留に関しては正確な抑留者数や死者数、ソ連の目的など解明すべき不明点は多い。「日本人」として抑留された朝鮮、台湾出身者のうち日本国籍を持たない人には国家補償もされていない。こうした課題の克服につながる報道を地道に続けることが、2人への恩返しになると思う。

 ◆今回のストーリーの取材は

栗原俊雄(くりはらとしお)(東京学芸部)
 1996年入社、横浜支局などを経て2003年から現職。本欄では12年8月12日に「硫黄島の遺骨収容」、13年9月15日に「10万人が犠牲 東京大空襲」を執筆。著書に「シベリア抑留 未完の悲劇」(岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)など。

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2016/05/07

毎日新聞の連載記事:JA改革と小泉進次郎

小泉進次郎の広報記事かな?毎日新聞は小泉進次郎を推しているのだろうか。
JAを「抵抗勢力」とし農業衰退の元凶とみなし、それを攻撃することで「改革の旗手」を持ち上げる手法は、かつての小泉劇場でメディアが担った役割を思い起こさせる。一連の記事は、メディアによってヒーローが作り出される過程を表しているように思われる。

以下の連載は松倉佑輔記者の執筆とのこと。

密着けいざい:/1 農協改革 次は「流通」 小泉氏「徹底的にやる」 - 毎日新聞(2016年5月3日 東京朝刊)

高い農薬価格 地域間で差

 「同じ農薬なのに、農協によってこんなに価格差がある」。3月30日、自民党本部7階の一室で、農林部会長を務める小泉進次郎(35)の声が響いた。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)発効を見据え、農業対策を議論するプロジェクトチーム(PT)の会合。配布資料には、東北、北陸の地域農協で扱う農薬の販売価格が並ぶ。農協によって価格はさまざまだ。144種類の農薬の半分以上で、最高値と最安値の差が2割を超えていた。小泉は、農薬や肥料、農機などの価格の全国調査を農林水産省に求めた。

 小泉が突きつけたデータは、農協改革の「第2幕」を開けた。「第1幕」は昨年。グループの頂点に立つ全国農業協同組合中央会(JA全中)から、地域農協を監査・指導する権限を取り上げることを決めた改革だ。全中の権限が弱まる分、地域農協の経営努力がより問われる。そこで小泉は、JAグループの流通構造に矛先を向けた。

 地域農協は農家に生産資材を販売し、農産物を集荷・販売している。全国組織の全国農業協同組合連合会(JA全農)がメーカーから一括して資材を調達し、農産物の販売ルートも握るが、「ホームセンターより割高」との指摘が根強い。

 隣の韓国との価格差も指摘される。農水省の資料によると、代表的な水稲の殺虫剤や肥料は日本が2割ほど高い。価格を押し上げるのが銘柄の多さだ。国内の肥料は、気候や土壌の違いなどに応じて約2万の銘柄が登録されている。1銘柄当たりの生産量は韓国メーカーの1万7000トンに対し、日本メーカーは数百トン。量産効果で劣る。農水省のアンケート調査では、農家の半数が「銘柄数が多い」と答えている。

 「地域ごとに独占状態のJAとメーカーがもたれあい、農家に割高な資材を押しつけていないか」。昨年10月に就任した小泉は、年明けから生産者やメーカーからヒアリングを続けた。しかし、従来の取り組みや経営努力を主張するばかりで、議論の焦点が定まらない。「たたき台がない」と思いつき、農薬の価格が書かれた表を地域農協から取り寄せてまとめたのが、冒頭の価格リストだ。PTに先駆けて地元の農協で講演し、調査結果を説明するとざわめきが広がった。生産者からは「うちも調べてくれ」と声がかかった。

   □  □

 JAは慌てた。リストで割高だと名指しされた東北地方の地域農協は「同じ名前の農薬でも成分が異なることがあり、一概に比較できない」と釈明に追われた。JA全中が4月7日に開いた定例記者会見で、専務理事の比嘉政浩(55)は「消費が同じでも、ロット(取引単位)や配送の頻度によって価格は変わる」と説明。全農理事長の成清一臣(66)は「農業を成長産業にするという視点からすれば、ほかに検討すべき論点がある」と不快感を隠さない。

 小泉は「情報開示は実態を解明する第一歩。価格差があっても、納得できる説明があれば問題ない。そうでなければ、改革が必要ということだ」と意に介さない。「徹底的にやる。抵抗がなければ、それは何も変えていないということだ」とつぶやく小泉にとって、抵抗が強いほど改革のバネも働く。全農やメーカーを“抵抗勢力”に見立てて流通に切り込めば、改革の成果をアピールできる。

   □  □

 4月22日朝。PTは資材価格形成の透明度を高めることなどを盛り込んだ中間報告をまとめた。農水省はJAグループとともに価格調査に着手。流通を巡る攻防は、調査結果を踏まえて改革の具体像を示す秋まで続きそうだ。

 ただ、コスト高の問題を突き詰めれば、生産者の意識に行き着く。地域農協の市場占有率は肥料で7〜8割、農薬で約6割とされるが、徐々に低下している。コストに敏感な生産者は商社やホームセンターと取引しており、「政府の手厚い補助金などが一部生産者のコスト意識を甘くし、非効率な流通構造を温存させている」との見方もある。

 資材価格はコストの一部に過ぎない。小泉の改革を農協たたきに終わらせず、農業の国際競争力強化につなげるには、自民党の支持基盤でもある生産者に向き合う必要もある。(敬称略)=つづく

   ×  ×

 経済政策や経営の問題を巡る関係者に密着、深掘りする「密着けいざい」。TPPを見据えた農協改革の最前線を描くことから始めます。

上記記事図1「【左】農薬の価格差が記された資料【右】自民党の小泉進次郎農林部会長(左)は資料のデータを基に、農林水産省に対し全国調査を求めた=コラージュ・加藤早織」
上記記事図2「JAを中心とした流通のイメージ」

密着けいざい:/2 全中会長は「反」農協 改革先導「巨艦」組織動き鈍く - 毎日新聞(2016年5月4日 東京朝刊)

 伊勢志摩サミットに沸く三重県伊勢市。頑丈な木造家屋や蔵が並ぶ集落に、全国農業協同組合中央会(JA全中)の会長、奥野長衛(ちょうえ)(69)の自宅がある。JAはどう変わるのか。農協改革の矢面に立つ奥野に聞こうと訪ねた。

 「この家は漬物を売って建てた家だ。農協の役員報酬じゃないぞ」。記者を自宅に迎えた奥野は快活に笑った。かつては専業農家としてコメや野菜を栽培する一方、漬物に加工して販売する経営者の顔も持っていた。生産から加工、流通まで手がける「6次産業化」の先駆けだ。

 奥野は農業協同組合法が施行された1947年に生まれた。その人生は、良くも悪くも農協とともにある。専業農家だったころの奥野にとって、農協は不満の種だった。耕運機の修理を頼んでも、戻るとまた故障する。事務処理のミスもある。そのたびにクレームをつけたため、多くの職員は奥野と関わるのを避けた。だが、地元はそんな奥野に農協の改革を託す。95年、奥野が不在の会合で、JA伊勢の常務理事に就くことが決まったのだ。

 「欠席裁判だ」と渋る奥野だったが、就任後は矢継ぎ早に仕事の見直しを進めた。「アンチ農協」だけに、農協の欠点は知り尽くしている。要は「農家が使える農協」に変えれば良い。肥料や農薬の販売は、コストがかさむ配達から、安く売れる店舗での直販方式にシフト。農協で無人ヘリコプターを購入し、農家が農薬散布などで共同利用する事業も始めた。次々にそれまでの慣行を変えるため、ついたあだ名は「壊し屋」だ。

 生え抜きの常務理事、前田政吉(57)は、ある会議を鮮明に覚えている。奥野が無人ヘリコプターの追加購入を提案した。ただ、1機数百万円と高額で、反対の声が上がる。「地域のために必要なのに、分からないのか」。そんな思いで怒りに火が付き、「ごちゃごちゃ言うな!」と腕時計が壊れんばかりの勢いで左手を机にたたき付けた。それ以来、腕時計は右手にはめるようにした。

 JA伊勢での奥野の改革には組合員の支持が集まり、2011年にはJA三重中央会の会長に就任。その後、JA全中は農協改革の激震に見舞われる。権力の源泉である地域農協への監査・指導権の廃止が決まると、15年4月に会長の万歳章(70)が辞意を表明。後継に立候補したのが奥野だった。「全中を頂点にした統制は間違っている」と訴えて現状を厳しく批判する奥野に支持が集まり、本命と目された候補に競り勝った。

   □  □

 JAをどう変えるのか。「現場の意見を吸い上げ、農家から必要とされる農協になることだ」。それが現場で農協改革を続けてきた奥野の持論だ。これまでは、全中が業務方針を決めるトップダウンだった。指導権限が廃止されると、自由度が高まる地域農協は、資材調達や販売などの経営努力がより問われる。全中のような全国組織に期待されるのは、地域農協を補助するシンクタンクの役割だ。

 そこで奥野が考えたのが、JAグループの一体運営だった。グループは商社や銀行、共済など機能別に八つの全国組織からなる。以前は、特別な理由がないとトップは集まらなかった。しかし、農産物輸出一つとっても、商社と金融の連携が重要だ。奥野はトップが毎月集まる定例会を設けた。

 ただ、全体で約20万人の職員を抱える巨艦だけに、動きは鈍い。ある全国組織の幹部が、改革に動揺する職員をなだめるように「今の仕事を一生懸命やっていればいい」と話すのを聞いて、反論せずにいられなかった。「世の中の求めに応じて変わらないと、絶滅したマンモスになる」

 就任から8カ月。これまでは組織の見直しに労力を費やしてきた。今後は目に見える結果も求められるが、17年8月には任期が終わる。年齢の規定があり、続投はできない。それまでに、改革の器は整うのか−−。(敬称略)=つづく

上記記事図2「JAグループの主な組織」

密着けいざい:/3 農と政 対話模索 全中、圧力団体が「優等生」に - 毎日新聞(2016年5月5日 東京朝刊)

 3月19日、自民党農林部会長の小泉進次郎(35)が三重県伊勢市のJA伊勢を視察に訪れた。出迎えたのは地元出身の全国農業協同組合中央会(JA全中)会長、奥野長衛(ちょうえ)(69)。小泉が「会長が(JA全中の会長を選ぶ)選挙で勝ったのもまさか、私が部会長になったのもまさか。似たもの同士、今までの考えにはとらわれない」と水を向けると、奥野は「対話をしながら新しい政策を作っていく」と応じた。

    □  □

 互いに異端の存在として改革を進める考えを披露した小泉と奥野。蜜月ぶりを演出した2人だが、JAにとって自民党との関係をどう再構築するかは喫緊の課題だ。農林水産省OBらを国会に送り続けた最大の支持母体の一つだが、民主党政権時代の2010年参院選で自民党の全面支持を見送り、亀裂が入る。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を巡る対応で、溝はさらに深まった。前会長の万歳章(70)率いる全中が反対集会を重ねて安倍晋三政権の怒りを招き、農協改革を加速させたとの見方は根強い。3月4日に開かれたJAグループの総会。来賓あいさつに立った元自民党農林族で全国農業会議所会長の二田孝治(78)が「万歳前会長に連れられて、よく日比谷近辺をデモに歩きました。懐かしい。あれも政府の反感を買ったんでしょう」と冗談交じりに話すと、乾いた笑いが広がった。

 集票力をバックに集会を開いて政治に圧力をかけ、要求をのませる。こうした手法に、奥野はかねて疑問を持っていた。会長就任前から周辺に「反対集会で主張を通そうとする姿は国民にどう見えるだろう」と漏らしている。そもそも、1970年に589万人いた正組合員は、14年に450万人まで減少。00年衆院選では現職の農相、04年参院選では農水省OBが落選した。地域農協への影響力が弱まる中、集票力の一段の低下も予想される。

 こうした中、昨年8月に会長に就いた奥野は、政府との対話路線にカジを切り、抗議活動や反対集会は影を潜めた。政府を刺激しないよう、TPPの影響を独自で試算することも見送った。

 昨年11月、TPP合意を受けて自民党が業界団体から意見を聴取しようと開いた会合で、奥野は「不安や怒りの声が集まっているが、そんなことを言っている場合ではない。皆さんと政策を作りたい」と呼びかけた。一方、他の団体が経営支援策の要望を羅列したのに対し、元農相の西川公也(73)から「『厳しい』と話すだけの団体もあった。どうすれば成長産業になるか議論してほしかった」と一喝。小泉は「奥野会長の発言は違った」と持ち上げた。JA全中は自民党にとって「優等生」の座を確立しつつある。

    □  □

 TPPの承認案などが審議入りした4月5日。前会長の万歳を新潟県五泉市の自宅に訪ねた。万歳は一連の農協改革を振り返り、「結論ありきだった」と無念さをにじませた上で、「農家の代表として政府に言いたいことは言わないといけない」と語気を強めた。「今の全中は弱腰だ。もっと運動して政府にアピールしてほしい」(北信越地方の農協幹部)との批判は、奥野の耳にも届く。TPPで農業に甚大な被害が生じるとの独自試算を公表し、政府・与党を批判する県組織もあり、奥野への不満もくすぶる。

 ただ、自民1強で強気の安倍政権には、従来のような圧力が効かないのも事実だ。「与党に対して言うべきことは言い、こちらが改めるべきところは改める。そうして信頼を構築しないと問題提起もできない」と繰り返す奥野。圧力団体の性格を薄める全中が、どうやって農政に影響力を及ぼすのか。JAグループと政治との距離感は定まらない。(敬称略)=つづく

農協の主な政治活動

1954年   農協中央会設立

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  61年   食管制度改革反対運動

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  69年   米価引き上げを要請したが、据え置きで全中役員総辞職

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 71〜72年 貿易自由化阻止運動

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  84年   韓国米緊急輸入などで輸入自由化阻止運動強化

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 87〜88年 牛肉、オレンジなど輸入自由化阻止訴え3000万人署名運動

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 91〜92年 コメ輸入自由化阻止で5万人集会

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2013年〜  TPP交渉参加への反対運動の展開

上記記事図「【上】JA伊勢の視察に訪れた小泉進次郎(左)と奥野長衛【下】全中などが開いたTPP反対集会=コラージュ・加藤早織」

密着けいざい:/4止 若手「農協と距離」 「農家のため」原点回帰を - 毎日新聞(2016年5月7日 東京朝刊)

 農業や観光業の先駆的な取り組みを話し合う官民対話が3月4日、首相官邸で開かれた。首相の横に座ったのは若手農家の鈴木啓之(ひろゆき)(32)。オレンジ色の作業服に身を包み、「子供たちがあこがれ、若者や女性が働きやすい職場に農業を変えたい」と力を込めた。

    □  □

 鈴木は愛知県碧南市でニンジンを中心に野菜を2・2ヘクタール栽培。東京の高級飲食店とも取引し、業績を伸ばしている。若手農家でつくる「全国農業青年クラブ連絡協議会」の会長も務め、全国の生産者と情報交換しながら農業の未来を模索する姿が注目されている。

 脱サラして就農したのは2009年。祖母から受け継いだ0・1ヘクタールの農地を足掛かりに始めたが、苦労の連続だった。最初は曲がったり割れたりしたニンジンが多く、青果問屋で付いた値段は10キロで50円。地元の直売所に何度も足を運んで野菜を置いてもらえるよう頼み、ブログで情報発信にも努めた。

 販路開拓を急ぐ中、甘いニンジンの需要が高まっていることに気づいた。フルーツトマトなどの甘い野菜は塩分の多い土壌で育つ。これをヒントに、塩水を畑にまいて栽培する手法を確立し、普通の倍程度の甘さのニンジンができた。「スウィートキャロット」と銘打ち、通常より割高の価格で売り出した。他にも、色違いのニンジンをセット販売すると、値段は高くても注文が増えた。

 鈴木も農協の組合員だが、「JAで売っていたら、すべて同じ価格。農地も小さく、既存の農家にはかなわなかった」と振り返る。農協に頼らず、自前で販路を開拓したからこそ、ここまで成長できた。「JAとは距離を感じる」と話す鈴木。作業日程などを盛り込んだJA発行の「栽培カレンダー」ももらえなかった。「地域の農業のためにもっと連携したいのだが……」と漏らす。

    □  □

 JAにとって最大の得意先は、農家の7割弱を占める兼業農家だ。耕作の時間が限られる兼業農家にとっても、融資から資材供給、販売まで面倒を見てくれる農協は頼りになる。しかし、「より安く資材を仕入れて、より高く売りたい」という意欲にあふれた担い手は、独自の仕入れや消費者への直接販売を増やしている。農林水産省OBでキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁(61)は「農家もどうすれば所得を増やせるか、ドライに考える傾向が強まっている。最近は農協の力が弱くなり、専業農家の力が強くなった」と指摘する。

 農水省の統計によると、2015年の専業農家は44・3万戸で10年前から横ばいなのに対し、兼業農家は88・7万戸で10年前の約6割に落ち込んだ。農協が扱う農産物の市場占有率は66・2%で、10年前から5・9ポイント低下。片手間で営む農家が高齢化でやめる一方、政府が農地の大規模化や担い手への集約を進めているため、鈴木のような専業の新規就農者は増加傾向にある。今のJAは、大規模化などの農業改革が進めば進むほど、自らの存在意義が低下するジレンマを抱える。

 JAも危機感を強める。全国農業協同組合中央会(JA全中)が中心となり、4月から、大規模農家への支援や事業提案を担う「県域担い手サポートセンター」を都道府県ごとに新設。グループ内の人材を集め、地域農協単独では難しかった、融資から販路拡大まで一貫して対応する体制を整えた。

 ただ、政府・与党の農協改革でJA全中の権限は弱まる。トップダウンで新しいサービスを導入しても、地域農協の取り組み次第で効果にも濃淡が表れそうだ。JA全中会長の奥野長衛(ちょうえ)(69)は「それぞれの地域で地道な努力を重ねるしかない」と呼びかける。鈴木のような独自戦略を進める担い手と向き合い、農業を活性化できるのか。「農家のための農協」への原点回帰が問われる。(敬称略)=おわり

    ×  ×

 この連載は松倉佑輔が担当しました。

上記記事図1「農業の新規参入者は増えている」
上記記事図2「【右】甘い野菜が好評の鈴木【中】自民党農林部会長の小泉進次郎や【左】JA全中会長の奥野はこうした農家を育てられるか=コラージュ・加藤早織」

この記事中、

2015年の専業農家は44・3万戸で10年前から横ばいなのに対し、兼業農家は88・7万戸で10年前の約6割に落ち込んだ。農協が扱う農産物の市場占有率は66・2%で、10年前から5・9ポイント低下。
とある。これに沿って計算すると、
農家割合(%)農家戸数JA占有率
 専業兼業(万戸)(%)
200523.0 76.9 192.1万72.1
201533.3 66.7 133.0万66.2
となる。
で、専業・兼業の各農家がJAに農産物を出す割合がそれぞれ2005年、20105年で変わらないと仮定すると、
専業農家がJAに出す割合:27.9%
兼業農家がJAに出す割合:85.3%
と計算できる。専業でもJAを利用するし、兼業でもJAを利用しない部分もあるということだが、割合としてはまあまあこんなものなのだろうか。

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毎日新聞は、小泉氏を推す記事を他にも書いている。

小泉・自民農林部会長:ホープ、問われる実績 農業対策始動 - 毎日新聞(2015年11月5日 東京朝刊)

 自民党の小泉進次郎農林部会長が本格始動した。「今まで部会で努力された誰よりも詳しくない」と自ら認める農水政策の「初心者」ながら、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の大筋合意を受けた党の農業対策取りまとめという重責を担う。歯切れのいい発言で注目されてきた若手のホープも、今や実績を問われる立場だ。

 「今回仕上げていく対策は、決してばらまきと言われないものにしなければいけない」。小泉氏は4日、農水関係の合同部会後、改めて強調した。政府が25日にも決定するTPP総合対策大綱に党の政策を反映させたい考えだが、対応を誤れば、支持基盤の農村から批判を浴び、来年夏の参院選にも影響する。

 同党は6〜8日、小泉氏らによる「キャラバン隊」を北海道、青森、兵庫、長崎など7道県に派遣し、農家の声を直接聴く予定。党執行部には、知名度の高い小泉氏を前面に出し、農業対策をアピールする狙いがある。

 「安全保障関連法の理解が進まない原因は自民党にもある」といった父・純一郎元首相譲りの率直な発言は有権者の支持を集める半面、党幹部には「ポピュリズム(大衆迎合主義)」と眉をひそめる向きもある。それだけに、党関係者は「TPPという大きな政策課題に取り組み、政治家として成長してほしい」と、党務に汗をかく教育的効果にも期待する。【中島和哉】

小泉・自民農林部会長:JAなどを視察 関係者と意見交換 /秋田 - 毎日新聞(2016年4月30日 地方版)

 自民党農林部会長の小泉進次郎衆院議員が29日来県し、八郎潟町や大潟村のJA、農業法人などを視察した。石井浩郎参院議員の国政報告会にも出席した。

 八郎潟町ではJAあきた湖東の漬物加工工場を見学し、枝豆の漬け物などを試食。大潟村ではネギをハウス栽培している農場や、コメを麺などに加工する工場などを視察したほか、地元のJAや農業関係者と意見交換した。

 視察を終えた小泉氏は、大潟村が減反政策などに翻弄(ほんろう)された歴史に触れ、「翻弄されたからこそ、変化を憂うのではなくて、変化に対応するんだという精神が今後の農政には不可欠だと感じた」と話した。【池田一生】

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2016/05/02

大学の日の丸君が代問題。毎日新聞の記事から。

時間もなくて、ほとんど資料集作りみたいなことしかできない。

国旗・国歌:新たに15大学実施 文科相要請後に - 毎日新聞(2016年5月1日 08時00分(最終更新 5月1日 10時31分))

 下村博文文部科学相(当時)が昨年6月、すべての国立大(86大学)の学長に入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱を要請した後、15大学が対応を変え、今春から国旗掲揚や国歌斉唱などを実施していたことが毎日新聞のアンケートで分かった。いずれも「大学として主体的に判断した」と答えた。うち6大学は文科相要請が学内議論のきっかけになったとした。【大久保昂、畠山哲郎】

 毎日新聞は4月、すべての国立大を対象に2015年と16年の入学式と卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱の実施状況などについて書面で尋ね、81大学から回答を得た。福島大、東京大、東京医科歯科大、福井大、政策研究大学院大は回答しなかった。

 集計の結果、今春の式典で76大学が国旗を掲揚した。このうち弘前大、宮城教育大、信州大、和歌山大の4大学が大臣要請後に対応を変えていた。

 一方、国歌斉唱は14大学が実施。このうち今春から始めたのは、愛知教育大、兵庫教育大、奈良教育大、鳥取大、佐賀大、北陸先端科学技術大学院大の6大学。また、宇都宮大、東京学芸大、東京海洋大、島根大、九州工業大の5大学は斉唱はしなかったものの、演奏や歌手による独唱という形で、今春から式典の中に国歌を組み込んだ。

 回答があった81大学のうち、国旗掲揚も国歌斉唱も行わなかったのは、横浜国立、名古屋、京都、九州、琉球の5大学だった。

 国立大の入学式などにおける国旗掲揚・国歌斉唱を巡っては、安倍晋三首相が昨年4月の参院予算委員会で「税金によって賄われているということに鑑みれば、教育基本法にのっとって、正しく実施されるべきではないか」と答弁した。

 これがきっかけとなり、当時の下村文科相が同6月、国立大学長を集めた会議で「各大学の自主判断」としながらも、「長年の慣行により国民の間に定着していることや、国旗・国歌法が施行されたことも踏まえ、適切な判断をお願いしたい」と事実上の実施要請をした。

 また、後任の馳浩文科相は2月の記者会見で、岐阜大が国歌斉唱をしない方針を示したことに対し、「日本人として、国立大としてちょっと恥ずかしい」などと述べた。一方で下村氏や馳文科相は「強制ではない」とも述べている。

 小中高校の学習指導要領には、入学式や卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱が定められているが、大学は指導要領の対象外となっており、こうした決まりはない。

国の介入に抵抗薄れ

 共栄大の藤田英典副学長(教育社会学)の話 国旗や国歌を尊重する雰囲気は自然に醸成されるのが望ましく、国が大学に要請することには違和感がある。国立大は2004年度の法人化後、資金力の差が広がっており、国からの運営費交付金の減額を心配して大臣の要請に反応した大学もあったのかもしれない。また、成果主義や説明責任を求める風潮の浸透により、国の介入に対する大学側の抵抗感も薄れているように感じる。独立性を高めるのが法人化の狙いの一つだったはずだが、逆に国への従属性を強めた面がある。

独法化が従属性を強めたという指摘は良い。それは独法化前から懸念されていたことではあるが。
「国旗や国歌を尊重する雰囲気は自然に醸成されるのが望ましい」というのは一見穏当なようだが、実は恐ろしい。「自然に醸成」というお題目の怖さもさることながら、本当に「自然に」生じたのだとしたら、それこそが一番怖い部分だからだ。けれども、現今の情勢下ではこのような見解ですら強制への異議申し立てとして共有せざるを得ない状況にある。

同記事の表を書き起こしておく。

文科相の要請後に対応を変えた大学

国旗掲揚をした:弘前大、宮城教育大、信州大、和歌山大
国歌斉唱をした:愛知教育大、兵庫教育大、奈良教育大、鳥取大、佐賀大、北陸先端科学技術大学院大
国歌の演奏や独唱をした:宇都宮大、東京学芸大、東京海洋大、島根大、九州工業大

一見して教育系大学が目立つ。とりわけ君が代に関しては多い。東京都などの処分と裁判の流れを受け、学生の就職など諸事情を考慮したものだろうと想像できる。また、教員養成系は昨今の文科省の削減圧力の焦点となっているため、より恭順の意を表する傾向が強いのだろうとも思われる。

国旗・国歌:声楽教員が「独唱」 苦肉の対応も - 毎日新聞(2016年5月1日 08時30分(最終更新 5月1日 08時30分))

 昨年まで国旗掲揚だけをしていた宇都宮大は、要請を契機に改めて式のあり方を検討し、国歌も組み込むことに決めた。ただ、全員で歌う「斉唱」ではなく、声楽を専攻する教員が壇上で歌う「独唱」をした。「出席者への強制にならないよう配慮した結果」と説明する。

 今春から国旗掲揚を始めた和歌山大は、卒業生の出身国や提携先の大学がある13の国旗(日の丸を含む)をすべて壇上に掲げた。海外の大学を参考にしたといい、外国籍の学生に配慮したものとみられる。

 豊橋技術科学大は、国歌斉唱の実施を検討したが、外国籍の学生への配慮などから見送った。一方で「税金で運営されており、納税者への感謝を示すことは重要」との結論に達し、大西隆学長が今春の式で国民への感謝の意を表明することとした。「教育研究活動を通じて国民の期待に応えていく」と宣言した。

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愛知教育大:卒業式で初めて国歌斉唱 - 毎日新聞(2016年3月23日 中部夕刊)

 愛知県刈谷市の愛知教育大で23日、卒業式があり、卒業生・修了生1087人らによる国歌斉唱が初めて行われた。国立大学協会によると、少なくとも2004年4月の国立大学法人移行後、東海3県の国立大6校の入学式・卒業式で国歌が斉唱されたのは初めて。

 式場の講堂ステージには、初めて国旗も掲揚され、従来より厳粛な雰囲気。開式の辞に続いて国歌斉唱に移り、起立して歌った。斉唱は各人の判断に任され、出席者の中には歌わない人もいた。

 卒業生・修了生らからは「国立大であり、違和感は少ない」「大学の自治や学問の自由への悪影響が心配」など、賛否両論が聞かれた。白石薫二副学長は「教授会でも賛否が半々に分かれたが、執行部の責任で実施した。平穏に済み、やってよかった」と胸をなで下ろしていた。【安間教雄】

1.執行部の責任で実施
2.平穏に済み、やってよかった
文科省からの圧力に配慮したことが明瞭に出ている。
「平穏に済んだ→やってよかった」というロジックがある以上、抗議行動は必要だということになる。これは騒動にならなければ定着させるという意思表明に他ならず、異論・反論を含めて議論の場を開きつづけるという姿勢は全く見られないのだから。

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岐阜大:「式典で国歌斉唱せず」 前身校の校歌尊重 - 毎日新聞(2016年2月18日 東京朝刊)

 岐阜大(岐阜市)の森脇久隆学長は17日の定例記者会見で、入学式や卒業式で国歌斉唱をしない方針を明らかにした。同大は従来、前身の旧制学校の校歌を式で斉唱しており、森脇学長は「伝統の歌を大事にしたい」と述べた。

 岐阜大は旧制岐阜高等農林学校(岐阜大応用生物科学部の前身)の校歌「我等(われら)多望の春にして」を愛唱歌としており、森脇学長は「式には愛唱歌の方がふさわしい」との考えを示した。

 昨年6月、下村博文文部科学相(当時)が国立大の学長に対し、式での国歌斉唱と国旗掲揚を要請。森脇学長はその後の記者会見で「学内でよく話し合って対応したい」と話していた。

 同大は式で国旗は掲揚している。【岡正勝】

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上記の記事と重複する部分が多いが、記事後半に解説があるのでクリップしておく。

国旗・国歌:新たに15大学が実施 今春、前文科相要請うけ 国立大アンケ - 毎日新聞(2016年5月1日 大阪朝刊)

 下村博文文部科学相(当時)が昨年6月、すべての国立大(86大学)の学長に入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱を要請した後、15大学が対応を変え、今春から国旗掲揚や国歌斉唱などを実施していたことが毎日新聞のアンケートで分かった。いずれも「大学として主体的に判断した」と答えた。うち6大学は文科相要請が学内議論のきっかけになったとした。【大久保昂、畠山哲郎】

 毎日新聞は4月、すべての国立大を対象に2015年と16年の入学式と卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱の実施状況などについて書面で尋ね、81大学から回答を得た。福島大、東京大、東京医科歯科大、福井大、政策研究大学院大は回答しなかった。

 集計の結果、今春の式典で76大学が国旗を掲揚した。このうち弘前大、宮城教育大、信州大、和歌山大の4大学が大臣要請後に対応を変えていた。

 一方、国歌斉唱は14大学が実施。このうち今春から始めたのは、愛知教育大、兵庫教育大、奈良教育大、鳥取大、佐賀大、北陸先端科学技術大学院大の6大学。また、宇都宮大、東京学芸大、東京海洋大、島根大、九州工業大の5大学は斉唱はしなかったものの、演奏や歌手による独唱という形で、今春から式典の中に国歌を組み込んだ。

 国立大の入学式などにおける国旗掲揚・国歌斉唱を巡っては、安倍晋三首相が昨年4月の参院予算委員会で「税金によって賄われているということに鑑みれば、教育基本法にのっとって、正しく実施されるべきではないか」と答弁した。

 これがきっかけとなり、当時の下村文科相が同6月、国立大学長を集めた会議で「各大学の自主判断」としながらも、「長年の慣行により国民の間に定着していることや、国旗国歌法が施行されたことも踏まえ、適切な判断をお願いしたい」と事実上の実施要請をした。

 また、後任の馳浩文科相は2月の記者会見で、岐阜大が国歌斉唱をしない方針を示したことに対し、「日本人として、国立大としてちょっと恥ずかしい」などと述べた。一方で下村氏や馳文科相は「強制ではない」とも述べている。

 小中高校の学習指導要領には、入学式や卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱が定められているが、大学は指導要領の対象外となっており、こうした決まりはない。

国費頼み、苦肉の対応
和歌山大、ゆかりの13カ国旗ズラリ 宇都宮大、強制避け「君が代」教員独唱

 下村前文科相の要請後に対応を変えた国立大は全体の2割弱。一方で従来の方針を維持したものの、要請に反応した大学は少なくない。

 昨年まで国旗掲揚だけをしていた宇都宮大は、改めて式のあり方を検討し、国歌も組み込むことに決めた。ただ、全員での「斉唱」ではなく、声楽を専攻する教員が歌う「独唱」をした。「出席者への強制にならないよう配慮した結果、独唱が適当と判断した」と説明する。

 今春から国旗掲揚を始めた和歌山大は、卒業式で卒業生の出身国や提携先の大学がある13の国旗(日の丸を含む)を壇上に掲げた。海外の大学を参考にしたという。

 豊橋技術科学大は、国歌斉唱の実施を検討したが、外国籍の学生への配慮などから見送った。一方で「納税者への感謝を示すことは重要」との結論に達し、大西隆学長が今春の式で「教育研究活動を通じて国民の期待に応えていく」と表明した。

 対応を変えた大学の中には、教育学部だけの大学が5大学あった。小中高校では近年、式典での国旗掲揚と国歌斉唱が定着している。ある教員養成系大学の関係者は「教育現場で当たり前になったのに、教員を育てる大学が対応しなくていいのかという議論は以前からあった」と明かす。

 国旗掲揚、国歌斉唱とも行わなかったのは、横浜国立、名古屋、京都、九州、琉球の5大学だった。

 日の丸と君が代は多くの国民に受け入れられる一方で、過去の戦争への反省や国民主権の立場から抵抗感を持つ人がいまもいる。特に君が代の斉唱が国立大に広がっていないのは、「学問の自由」をはじめとした自由を重んじる立場が影響しているとみられる。文科省も「大学の自治」を尊重し、以前は踏み込んだ働きかけはしてこなかった。

 今回の要請を無視できない背景として、資金面での苦境を挙げる専門家もいる。国の補助金に当たる「運営費交付金」は、国立大が法人化された2004年度には1兆2400億円あったが、財政難を理由に今年度は1兆900億円まで減らされた。このため各大学は、国が先端研究などに配分する「競争的資金」や民間の研究費を獲得しようと躍起だ。

 ただ、大学政策に詳しい大阪大の平川秀幸教授(科学技術社会論)は「民間資金は期待ほど集まっておらず、競争的資金を得るための研究は、国の受けがよさそうな内容に偏る傾向が広がっている」と指摘。「要請に反応したのも、資金難と無関係ではないだろう。法人化後は研究者の研究時間や論文数が減っており、国立大の疲弊は危機的な状況だ」と話す。【大久保昂】

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大学での日の丸君が代問題のきっかけになった下村文科相の発言については、以前取り上げたことがある。

「わかるだろ、な?」:陰湿な強制は常に明示されない。: 思いついたことをなんでも書いていくブログ(2015年6月16日)

当時の毎日新聞の記事をクリップしておく。

国旗・国歌:国立大に要請 下村文科相 学長ら困惑 - 毎日新聞(2015年6月17日 東京朝刊)

 下村博文・文部科学相は16日、東京都内で開かれた国立大学86校の学長を集めた会議で、入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱を要請した。さらに、文科省が8日に通知した文系学部の廃止などの組織改編を進める方針についても説明し、改めて改革を促した。補助金と権限を握る文科省からの相次ぐ求めに、出席した学長らの間には困惑が広がり、一部の教員からは「大学攻撃だ」と反対の声も上がっている。

 国旗・国歌については、安倍晋三首相が4月に国会で「税金で賄われているということに鑑みれば、教育基本法にのっとり正しく実施されるべきではないか」との認識を示していた。下村文科相は16日、「各大学の自主判断」としながらも「長年の慣行により国民の間に定着していることや、(1999年8月に)国旗・国歌法が施行されたことも踏まえ、適切な判断をお願いしたい」と要請した。

 会議後の学長らは厳しい表情。琉球大の大城肇学長は「学内で問題提起しようと思うが、かなり混乱すると思う。集団的自衛権の議論や基地問題ともリンクして、大学改革とは違う所に話が飛んでいきそうな気がする」。50年の創立以来、慣例で国歌斉唱や国旗掲揚はしていない。「個人的には棚上げにしておきたい」と複雑な心境をのぞかせた。

 滋賀大の佐和隆光学長は「納税者には(国立大としての)責任を果たすべきだと思うが、国の要請に従う必要はない」と強調した。国旗掲揚はしているが、国歌斉唱はしておらず、その方針を継続する考えを示した。

 文科省によると、今春の卒業式で国旗掲揚したのは74大学、国歌斉唱は14大学だったという。

 一方で、文科省は国立大学に組織・業務の見直しを迫っている。8日の大学への通知では、人文社会科学系や教員養成系の学部の廃止や他分野への転換を求めた。国立大は中期計画(16年度から6年間)を作り、大臣の認可を受けなければならない。

 下村文科相はこの日「これらの学問が重要ではないと考えているわけではないが、現状のままでいいのかという観点から徹底的な見直しを断行してほしい」と理解を求めた。

 複数の学長は「交付金をもらえないと困る。今後、人文社会科学系の学部の定員は減らさざるを得ない」と話した。【三木陽介、高木香奈】

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リテラ記事から「安倍叩きは朝日の社是」伝説の流れを要約。

急死した元朝日・若宮啓文にネトウヨと百田尚樹が「ざまあみろ」と攻撃!「安倍叩きは朝日の社是」はデマなのに|LITERA/リテラ(2016.04.30)

これに対する百田氏の反応。
百田尚樹さんのツイート: "リテラのバカ記事のタイトルが「急死した若宮啓文にネトウヨと百田尚樹が『ざまあみろ』と攻撃!」とあるが、私は「ざまあみろ」なんて一言も言ってない。マジで訴えてやろうかな。"
まあ、リテラが引用する百田氏のツイートを見て判断すればいいことだけど…汗。
ちなみに、リテラにある「これは私の妄想です。云々」のツイートは今検索しても見つからない。さすがに削除したのかなあ。

とまれ、「社是」デマ云々の説明が少し長いので記事のその部分を整理してみた。

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●発端

・小川榮太郎氏『約束の日 安倍晋三試論』(幻冬舎)出版(2012年9月)
政治評論家・三宅久之氏が「安倍叩きはうちの社是だと言うんだからねえ」と発言したと紹介。

●拡散

・阿比留瑠比産経新聞記者、『約束の日』書評(産経新聞ウェブ版)で、〈安倍叩きは「朝日の社是」〉と見出しを立てる(同書発売から数日後)。

・晋和会(安倍氏の資金管理団体)、同書を数百万円分購入(2012年)(参考1, 参考2)。

・百田氏など、さまざまな人が「社是」を喧伝。
「安倍叩きは「朝日の社是」」で検索すると、確かに若宮氏や朝日新聞を糾弾するページが多数ヒットする。
例1:

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 2013年2月1日
「安倍叩きは朝日新聞の社是」「竹島を韓国に譲ればいい」などの発言で知られる元朝日新聞の主筆、若宮啓文はこのたび朝日新聞を退社し、韓国の大学教授になった。これから韓国で、日本の悪口を言いまくるのかなあ。(URL

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 2013年8月28日
団塊の世代の代表的なジャーナリストの一人が若宮啓文。朝日人物の主筆で、日本の総理は慰安婦で韓国に謝れと何度も主張した。竹島を韓国に譲れとも主張。5年前「安倍叩きは朝日の社是です」と豪語した。今年、朝日を定年退職して、すぐに韓国の大学教授となり、かの国で反日発言を繰り返している。(URL

・安倍首相、衆院予算委で「朝日新聞は安倍政権を倒すことを社是としているとかつて主筆がしゃべったということです」などと答弁。(14年10月30日)

○安倍内閣総理大臣 きょうの朝日新聞ですかね、撃ち方やめと私が言ったと。そういう報道がありました。これは捏造です。
 朝日新聞は安倍政権を倒すことを社是としているとかつて主筆がしゃべったということでございますが、これはブリーフをした萩生田議員に聞いていただければ明らかでありまして、私に確認すればすぐわかることです、私が言ったかどうか、親しい朝日新聞記者がいるんですから。(URL


●朝日新聞、若宮氏がともにこれらを否定。

・朝日新聞、安倍首相の答弁を全面否定(14年10月31日付朝刊)

・若宮氏、三宅氏の記述内容を全面否定(ウェブメディア「現代ビジネス」15年5月2日付)
・若宮氏、版元(KKベストセラーズ)に厳重抗議(年月日は不明)
・百田氏、若宮氏から謝罪訂正を求める内容証明付郵便が送られてきたとツイート。(2016年4月29日)(28日の間違い?)

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 4月28日
朝日新聞元主筆・若宮啓文氏が亡くなった。韓国中国が異様に好きな人だったが北京のホテルで急死とは驚いた。私は彼から「本に書いたことを訂正謝罪しないと訴えるぞ。返信しろ」という内容証明付郵便を貰ったことがある。出版社はどうしようと言ったが、私は「無視」と言った。結局訴えられなかった。(URL


●依然として残る「デマ」

・期間指定をして検索すると分かるが、最近でも「社是」発言を真として朝日新聞等を批判するブログやツイートが多数見つかる。
・「社是」発言がなくても同じことだとか、社是(同然)であった証拠があるとか、朝日新聞にはそのような雰囲気や気風があるなどという趣旨のブログ等も多数ある。
ここまで主張が拡散すると、「社是」の是非が問題なのではなく、政権(または安倍自民党)批判を許せないという趣旨になってしまっている。

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参考1:「しんぶん赤旗」 日曜版 2015年12月13日号35面の記事として、下記ブログが紹介。「安倍首相、NEWS23岸井成格キャスターは放送法違反と新聞広告を出した人の著書を政治資金で“爆買い” : どこへ行く、日本。
参考2:安倍首相が「自分の絶賛本」「自筆本」を爆買いしていた – FRIDAYデジタル(2016年2月22日)

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サンフランシスコ教育委員会、慰安婦に関する記述を教科書に盛り込む方針

備忘用。

国際/ニュース/ニュース/KBS World Radio(入力 : 2016-04-28 11:23:55 修正 : 2016-04-28 11:23:55)

アメリカ・サンフランシスコの教育委員会が、カリフォルニア州の歴史教科書に旧日本軍慰安婦に関する記述を盛り込むとした教育課程の改定案を支持する決議案を全会一致で可決しました。
サンフランシスコの教育委員会は現地時間の26日、全体会議に次いで公聴会を兼ねた特別会議を開き、カリフォルニア州の教育課程の改定案を支持する決議案を全会一致で可決しました。
決議案には、なかでも慰安婦に関する内容を州のすべての生徒が学べるように韓国の高校1年にあたる10学年の教科書に盛り込むとする州教育部の取り組みを支持するという内容が含まれています。
会議では、「慰安婦正義連帯」など市民団体の会員らが決議案を支持する発言をし、これに対し、日系人とみられる出席者が「慰安婦は、自発的に性売買をした」という趣旨の反対発言をしました。
慰安婦正義連帯の関係者は、「日本の右翼勢力が組織的に反対運動を繰り広げ、公聴会に現れて、偽りの主張を続けている。5月に州教育部が改正案を審議するまで、注意深く見守る必要がある」としています。
改定案は5月中旬に審議を経て、決められます。
州教科課程の改定とは別に、サンフランシスコ教育庁は、市教育委員会が審議する中学・高校の教育課程に慰安婦に関する記述を盛り込む作業を進めています。

エミコヤマ氏のコメント。
エミコヤマさんのツイート: "サンフランシスコ教育委員会の今回の決議も、在米日本人や新一世移民のおかしな人が集まったせいでああいう形になった言っていいと思う。どっちにしても可決はしてたかもだけど、修正されてもっと抑えた感じになっていたか、あるいは全会一致にはならなかったか、ちょっとは違った感じになってたはず。"

その上で、ちょっと怖い話をツイートされている。
エミコヤマさんのツイート: "ただ、今回来た人たちは目良グループではないと思う。なでしこ系でも幸福の科学でもない。昨年の公聴会にも何人かは来てたけど、じわじわと一般の在米日本人に広がってる感じがする。"

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