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2016/09/17

市原克也アダルトビデオ監督のインタビュー記事の感想

良く話を引き出した。インタビュアーが頑張っている。

AV問題:語り始めた業界人(2)「清く正しくは間違い」 - 毎日新聞(2016年9月17日 09時00分(最終更新 9月17日 13時06分))【魚拓】

毎日新聞の関連記事リンクも貼ってあってなかなか良い。

市原克也監督の談話がボロボロで業界の闇を露呈している。
だが、監督本人はそのボロボロぶりに気づいていない。むしろご自身の信念や正しいと思う感覚を率直に語るという意識を持っているようだ。
自らの感覚を信じ、それを率直に語ることが開かれたコミュニケーションの基礎なのだという単純な信仰。そして、自らの感覚への考察の欠如。そこに社会常識への挑戦や多少の露悪趣味が混じっている。
市原監督の談話を読んで思い出したのが百田氏のツイートや発言だ。市原監督の語り口は彼の態度と通じるものがある。

*******

監督の談話は、
1.アダルトビデオ業界が全体的に「食中毒ばっかり出す焼き肉屋」ばかりになっていること
2.自分の店も「食中毒」を出し続けていることを全く認識できていない
を示しているのは明らかだろう。業界の闇の深さを思い知らされる。

指摘できる点は山ほどあって到底終わらない。ちょっと唸った箇所を一つだけ挙げる。

 −−(引用者注 出演する女性自身が)AV出演で「一線を越えてしまう」「転落する」などとは思っていない?

 市原監督 そういうのは年に何人かしかいない。一つ一つの絡み(性行為)が意味を持つから、僕らはその方がありがたいんだけど……。

「絡み」がその女優の人生と紐づけられることで、その「絡み」に深みを与えられるという趣旨だと思うのだが、これって、例えば絵画や文学で破滅型の作家の作品を、作家の人生・人格と重ねて鑑賞するという方向と同様のことだろう。そして、市原監督は、その女優が破滅すれば自分の作品に深みが出ると言っているのだろう。これはなかなかすごいことではないか?

画家や作家は自分の破滅によって自分の作品に深みを与えた。本人がそうしたかったかどうかは別にして、自分の作品を自分の人生で飾ったわけである。ところが、監督は、女優の破滅を自分の作品の飾りにしたいと言っている。重ねて言うが、これはなかなかすごいことではないか?

人を道具と見ることしか知らない人が表現者として活躍すること自体はあってもいいだろう。創作活動ではそういう要素があることは否定できない。「地獄変」の良秀の陶酔は理解できる。そして、市原監督は「AVは善なるものではなく、清く正しいものにしていく方向は間違っている」と言っている。しかし、そう考えるのなら、「出演強要は考えられない」とか「一部の業者が悪質なだけだ」という言い訳はせず、「AVは闇を背負うものであり、その闇があるからこそAVは輝くのだ」と言う方がいいのではないか。


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