山本一郎氏がアパホテル批判へのカウンターをリツイート
山本一郎(やまもといちろう)さんのツイート: "@bci_ @tamai1961 @johannessm2k この手の話はもっと知られてもいいよね"
山本氏らしいなあという印象。さりげなくヘイトを煽る。
元はこの話。
関連して追加されたツイート。
これらのツイートに賛同する反応がぶら下がって読める。
この元ツイートをした人も、中国だって同じことをしているだろう、他人を批判する前にまずわが身を正せ、という論調だ。リツイートした人たちは、相対化できる材料をもらえて喜んでいる。
アパホテルが悪いことをしているという点は否定できないが、しかしアパホテルを擁護したい、あるいは日本や自分が悪いわけではないと切断したい人たちが引っかかっている。
こういう人たちは、日中の言説の非対称性に気づいていないか、意図的に無視している。
ツイートで紹介されている中国のホテルや店の行為が醜悪で排外的なことは当然だ。だが両者は相対化できるものではない。
そもそも、他人を批判する前にわが身を正せと言うのなら、それを人に言う前に同じことを自分がしたらどうだろうか。つまり、「中国」の反日的な振る舞いを非難(あるいや揶揄)する前に、「日本」の排外的な振る舞いを批判・抑止するということだ。彼らはなぜ、今回の騒動の発端となったアパホテルと元谷氏の、そしてそれに連なる人々の暴言を厳しく批判しないのだろうか。
「先ず隗より始めよ」である。
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追記(2017年1月20日)
ちょっと違ったか。
彼らは、中国側の反日行為への批判はしないから、おまえたち中国人も日本の反中行為への批判はするな、と言いたいのだろう。きっと、お互い様だからお互いなじり合いは止めておこうよ、ということなのだ。
もしそう思うなら、単純に言えば、両方とも批判・告発すればいいと思うのだが。
極右的な人々はどちらの国にもいるのだから、きりがないのは確かだが、それに、そんなことばかりに関わっていられないのもその通りだが、「どっちもどっち」として排外主義への批判を無力化するのではなく、「確かにこっちは悪い。批判に賛同・協力する。それとともにそっちの排外主義への批判も強めよう」という方が正当ではないか。
だが、中国での排外主義を「中国人としても許せない」と同調した中国人のツイートには、「日本側への批判は誤りだ」という反応が付いた。この非対称性こそが偏りである。
私からすると、この件は「どっちもどっち」ではなく日本側に禍根があるのだから、日本側がまず改めるべきものだ。その意味で中国側の排外主義を併置して「どっちもどっち」とするのは間違いだし、そもそもアパホテルの件に限れば元谷氏の本と「日本人お断り」の差別とを対置して相殺するのも難しいものだ。
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コメント
通りすがりです。
人種差別とか戦争犯罪というのは、対象によらず悪いこと、改めるべき事のはずです。
なぜ、「おまえもやっている」が自分の行為の正当化につながるのか理解に苦しみます。
同じ文脈で昨今耳にする機会が多い「お前が言うな」もなんとも便利な自己擁護ですね。
せめて自分は「人の振り見て我が振り直せ」で行きたいものです。
投稿: | 2017/01/21 13:55