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2017/12/11

デボラ・リップシュタット氏のインタビュー記事(朝日新聞)

極めて重要で全文が含蓄に富む。期間限定で削除されるべきではない記事なので保存する。

インタビュー記事を書くことは、実はとても難しい。話し手が持つ知見や精神の神髄を引き出し、それを簡潔に文章化するには、話し手の無意識をも包含するような広い視野と背景知識の理解を要する。その意味で、この記事は極めて優秀だと思う。著者である編集委員・大久保真紀氏の力量をも高く評価したい。

(インタビュー)フェイクとどう闘うか 歴史学者、デボラ・E・リップシュタットさん:朝日新聞デジタル
2017年11月28日05時00分

 「ポスト真実」の時代と言われる。事実より信条や感情へ訴えるウソの方が世論形成に大きく影響するといわれる状況に、どう立ち向かえばいいのか。ホロコースト(ユダヤ人虐殺)否定者と法廷で闘った回顧録を映画化した「否定と肯定」の日本公開を機会に来日した、米国の歴史学者、デボラ・E・リップシュタットさんに聞いた。

 ――ユダヤ人虐殺はなかったと主張するホロコースト否定者たちをどう認識していましたか。

 「彼らの主張は地球が平らだと言っているのと同じです。最初は、真剣に向き合うべきものとは思えませんでした。ところが、しばらくして世の中を見ると、『否定者の言うことに一理があるかも』と言う人たちが出てきました。否定者がどんな戦略で、ふつうの人たちの意識を引き込んでいるのかに興味をもちました」

 「1993年に『ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘(うそ)ともくろみ』を出版しました。否定者たちに『あなた方は間違っている』と言うためではなく、彼らに説得されてしまうかもしれない人たちに否定者たちのやり口を知ってもらうために書きました。ホロコーストに限らず、歴史的な出来事は体験者から直接話を聞けなくなると、遠い過去の昔話になり、否定や作り替えの入り込む隙間が大きくなります」

 「彼らは証拠をねじまげ、記録や発言を文脈からはずして部分的に抜き出し、自分の主張と矛盾する証拠の山は切り捨てます。彼らは『羊の皮をかぶったオオカミ』です。見た目はいかにも立派な学者さながらに振る舞い、研究所を作り、機関誌も出しています。『私たちは修正主義者だ。我々の目的は誤った歴史認識を修正することだ』と言う。が、よく調べると、ヒトラーや反ユダヤ主義、人種差別を称賛する人たちでした。彼らのもくろみは、『見解』を装って事実をゆがめることです」

 ――著書で批判したホロコースト否定者の一人、英国の歴史著述家デイビッド・アービング氏に96年に名誉毀損(きそん)で訴えられました。

 「『相手にするな』と学者仲間からは言われましたが、英国の法律では被告である私に立証責任があります。もし闘わなければ、私は負け、彼は『名誉毀損が成立した。私は否定者ではない。私の説が正しい』と言うでしょう。これを黙認したら、ホロコースト生存者やその子孫に顔向けできません。歴史学者として失格です」

 「裁判費用は200万ドル(約2億3千万円)かかりました。弁護団に恵まれ、多くの人が支援してくれましたが、600万人が虐殺されたホロコーストの実在をめぐる、あまりにも重大なことを争うもので、怖くて眠れませんでした。訴えられて約3年かけて準備、法廷は2000年1月11日から32日間開かれ、4月に全面勝訴の判決が出ました。判決はアービング氏がウソつきで人種差別主義者で、反ユダヤ主義者であることを認めました。偏向した歴史観をもち、意図的にウソを述べ、真実をゆがめた、と」

 「裁判にあたり、私たちは、彼が書いた著作の脚注をたどり、出典を精査しました。すると、彼はわざと間違って引用したり、半分だけ引用したり、事件の発生の順番を入れ替えたり、ドイツ語の原文をあえて間違った英語に訳したりして、結論を彼らの都合のよい方向にもっていっていました。出典の情報を少しずつ変えていく彼の戦術は、とても巧妙で、ふつうの人は信じてしまいます」

    ■     ■

 ――映画の原作になった回顧録は10年以上前に書かれましたが、現代に通じるものがあります。

 「これほど現代性をもつとは想像していませんでした。SNSは多くの恩恵を与えてくれましたが、客観的な事実とウソの違いがわからなくなり、それらを同列にしてしまいました。SNSはナイフのような存在です。外科医の手にあるナイフは人の命を救います。ですが、殺人者の手にあるナイフは命を奪います。どうやって利用するか、人類は学ばなくてはなりません」

 「米国では実際に起きている地球温暖化を全く認めようとしない人たちがいます。歴史的な事実でいえば、ホロコースト否定だけでなく、オスマン帝国でのアルメニア人虐殺事件も否定者がいます。トルコの人たちにとっては、虐殺したことなんて認めたくありません。『不都合な歴史』ですから。そんなことは起こらなかったという方が都合がいい。日本の慰安婦問題や南京大虐殺はなかったという論も同じではないでしょうか」

    ■     ■

 ――当たり前だった歴史を揺るがそうとする動きがある中、私たちは歴史にどんな目を向ければいいのでしょうか。

 「米国の作家フォークナーがこんな言葉を残しています。『過去は死なない。過ぎ去りもしない』。歴史は古い事実だけではありません。起きたのは過去かもしれませんが、現代性のあるものです。もし、私たちの歴史のなかで悪いことがあれば、重要なのはそれを認識することです。同じぐらい大切なのは、そのことについてウソをつかないこと。歴史のひとつの側面を好き勝手に操ってしまえば、ほかの側面も操られます」

 「ヒトラーの風評を変えようとしたアービング氏ら否定者は歴史に関心を寄せたいのではなく、現在を変えたいのです。彼らがやろうとしているのは、歴史を改めて違う形にすることで、いまと未来を変えようとしているのです」

 「いま、歴史家はとても重要な責任を負っています。未来のことは予言できませんが、危険信号に注意を引きつける役割を果たすべきです。私自身は将来を照らす灯台のような存在でありたいです。たとえば、トランプ大統領は批判的なことを伝える報道に対して『フェイクニュース』『ライイング(ウソをつく)』と言います。『ライイングプレス』というのは、ヒトラーが使った言葉です。私は大統領がヒトラーと同じだと言っているのではありません。でも、同じ言葉を使っていることは指摘したい。それを示すのも歴史家の役割だと思います」

 ――ホロコースト否定者の発言を法的に規制するべきだとの意見もあります。

 「その意見には反対です。私は言論の自由を信じています。自由によって扇動することは間違っていますし、街角で黒人を殴ることは許されません。ですが、言論の自由はとても大切です。何を言っていいか、いけないかを政治家が決めるのは絶対に違います」

    ■     ■

 ――いまは声の大きな人の言葉が真実のように扱われる時代です。私たちはどう向き合っていけばいいのでしょうか。

 「とても難しい。特に、政府のリーダーが真実をねじ曲げることに関与していると、本当に難しいです。いまの米国がそうです。先日も大統領の側近が、アフリカ系米国人の女性議員がある除幕式でとんでもないスピーチをしたと攻撃しました。それに対して、新聞が除幕式の様子が録画されたビデオを見つけ、実際はそんなスピーチはなかったことを伝えました。報道がなければ、みな側近の言うことを信じたでしょう。私たちにはファクトチェック(事実を確認)してくれる存在が必要です。独立し、事実を追求し、精査できる活力ある報道が必要なんです」

 「いまは非常に多くの政治的なリーダーがでっち上げをして、まるで真実のように言い募る時代です。我々は、国の中で一番偉い人にでも、世界一偉い人にでも『証拠を示せ』『事実を示せ』と言い続けることが大切です。私たちにできることは、根拠を要求すること。いまは善き人ほど沈黙してはいけない時代だと思います」

 「私たちは、何でも議論の余地があると習いました。しかし、それは間違いです。世の中には紛れもない事実があります。地球は平らではありませんし、プレスリーも生きていないのです。ウソと事実を同列に扱ってはいけません。報道機関も、なんでも両論併記をすればいいということではありません」

 ――私たちは具体的にどうすればいいのでしょうか。

 「一人一人が、注意深くならなくてはいけません。SNSで何かを共有する前に、『これは事実?』と考え、信頼できる情報源が言っていることか精査することが大切です。私自身、フェイスブックで好ましく思っていない右翼政治家がとんでもない人種差別発言をしているという投稿を目にしたとき、ツイートしそうになったことがあります。ですが、ちょっと待てよ、と考え、事実ならばほかのメディアも記事にするだろうと考えて、ネットで調べました。誰も知らない媒体がひとつだけ発信していた情報でした。私は疑念を感じ、ツイートしませんでした」

 「疑念をもって出典を精査することが重要です。私たちはカメラや車を買うときと同じように、すべての情報に対しても健康的な疑念をもった消費者になるべきだと思います。いまは真実と事実が攻撃されています。私たちに迫ってきた困難は重大です。いま行動しなくては手遅れになります」(聞き手 編集委員・大久保真紀)

     *

 Deborah E. Lipstadt 1947年生まれ。米エモリー大学教授。現代ユダヤ史とホロコーストについて教える。著書に「ホロコーストの真実」。

掲載図:「大切なのは、よき教師をもつこと。若い世代に政治から全く自由な形で歴史を教えることです」=相場郁朗撮影(氏と映画の写真・略)

リップシュタット氏の言から得られる示唆と論点は多すぎて、いちいちここにメモすることができない。一言、「知ること」の厳粛さと、この社会に生きる者としての強い覚悟を突きつけられる言葉だとだけ述べておく。その上で、二つほど、コメントしたい。

まず、「その意見には反対です。私は言論の自由を信じています。自由によって扇動することは間違っていますし、街角で黒人を殴ることは許されません。ですが、言論の自由はとても大切です。何を言っていいか、いけないかを政治家が決めるのは絶対に違います」という彼女の言葉について。
この言葉は、何を言っても自由だとか、いかなる表現でも守られるべきだという意味ではないことに留意したい。「ここでの」彼女の言葉は言論の自由至上主義で解されるべきではない。彼女のこの言葉は、「ホロコースト否定者の発言を法的に規制するべきだとの意見もあります」というインタビュワーの質問への回答であって、その文脈の上で理解されるべきものだ。この文脈を無視して、彼女の言葉を言論の自由至上主義の擁護に使うことは、それこそ彼女が言う「証拠をねじまげ、記録や発言を文脈からはずして部分的に抜き出し、自分の主張と矛盾する証拠の山は切り捨て」ると彼女が批判する歴史修正主義者らと同じになってしまう。したがって、リップシュタット氏の言を用いて、例えば差別を扇動したり性的搾取・性暴力を煽るような表現・言論に対する規制への反対を主張するのは筋が違うことになる。
ただし、彼女が言論の自由至上主義者である可能性は残っている点にも留意は必要である、少なくともこの記事の内容に限ればであるが。

次に、「大切なのは、よき教師をもつこと。若い世代に政治から全く自由な形で歴史を教えることです」という点について。
私には「政治から自由な歴史教育」というものがあるとは思えないので、この言葉は奇妙だと思うし、彼女がここで言う「政治」や「自由」という言葉には今回の文脈に固有の意味が隠れているのではないかと思う。抽象的・一般的な意味における「政治」全般からの完全なる「自由」(あるいは中立とでも言うか)を、彼女が主張しているように解するのは誤りではないかということだ。
社会で生きていれば、生活のあらゆることが「政治」に関わる……という意味での広義の「政治」……という意味では、もちろん、歴史も教育も「政治」とは切り離せない。そこまで話を広げず、行政機関や立法機関、政治家の活動という狭義の「政治」の意味に限っても、現代の教育が法令による規制と行政庁による監督下にあり、かつ、教えるべき「史実」とそれらの「解釈」の選別が不可避である以上、政治(一般)から全く自由(中立)な歴史教育など有り得ない。それに、そもそも学校で習う「歴史」のほとんどは政治史なのだし。要するに、私は、価値自由な歴史教育など有り得ないと思っている。
にもかかわらず、私は、同時に、歴史教育に対する(また歴史研究に対しても)「政治」の介入はあってはならないとも思っている。ここでいう「政治による介入」とは行政庁や政治家など(例えば地域の有力者なども含む)が権力(非公式なものも含む)によって教科内容・教師の指導などを操作しようとすることを言う。

ところで、このインタビュー記事を読むと、リップシュタット氏がなんとなく言論の自由市場を信じているかのような印象を受ける。本当はどうなのかは分からない。言論の自由がどこまで認められるべきか(すなわち政府の規制はどこまで認められるべきか)はゼロか一かという二値で割り切れるものではないし、氏の考えにも曖昧な部分もあるだろう。ひょっとしたら著者である大久保氏が言論の自由市場に肯定的なのかもしれないし、あるいは、情報に対して受け身になりやすい一般読者への警句としたいという意図があって、「exit より voice を!」というメッセージを強調した結果なのかもしれない。いずれにしても、リップシュタット氏があらゆる言論規制に反対しており、ホロコースト否定論による問題ですら市民の積極的言論活動によって解決できると信じているまではと解釈してはいけないだろうと感じている。

メモ
著書:Amazon | ホロコーストの真実〈上〉大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ (ノンフィクションブックス) | デボラ・E. リップシュタット, Deborah E. Lipstadt, 滝川 義人 | ヨーロッパ史一般
映画:否定と肯定 : 作品情報 - 映画.com


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