狭義の○○論と、「疑惑が真実だと裏付けられないなら事実無根だ」論
橋本龍太郎の次男で後を継いだ橋本岳衆議院議員。自民党の厚労大臣政務官、副大臣を務めた。
裁量労働制の規制緩和を目指して厚労省が国会に出したデータがデタラメで辻褄合わせ、要するにウソだったことについて、自身のフェイスブックに責任回避論を投稿、炎上した。
「野党が執拗に求め作成」と投稿 不適切データで自民・橋本岳氏 - 共同通信
2018/5/8 21:11
裁量労働制を巡る厚生労働省調査の不適切データ問題に関し、自民党の橋本岳厚労部会長が「(資料を)執拗に要求したのは野党で、繰り返し問い詰められ、(厚労省が)やむを得ず作成した」と釈明していることが8日分かった。自身のフェイスブックに7日付で投稿した。橋本氏は不適切データを野党側に提示した当時の厚労政務官。野党側に責任を転嫁したとも受け取られかねず、与野党対立に拍車を掛ける可能性がある。
橋本氏は投稿について8日、共同通信の取材に「明らかに事実と違うとか、不適切なことがあれば教えてほしい。真摯に受け止めて対応していきたい」と述べた。
上記のフェイスブック投稿は既に修正されているが、WebArchiveに原版らしきものが残っている。
橋本 岳 - このシリーズ、興味を持って読んでいます。未完なので最終的なことは言えないのですが、現時点での感想を記しま... | Facebook
修正したもの
Gaku Hashimoto - (5月9日朝追記) 昨日共同通信さんの取材をうけ、下記の報道がありました。... | Facebook
両者を読み比べ、修正点を確認すると、元々の投稿の意図が「野党が悪い」と「上西氏の論考は首相や厚労大臣の責任追及の為にする議論だ」という趣旨にあるのは明らかだ。
政府提出データのウソが野党の責任だというのは無理筋だし、上西氏の目的が内閣攻撃だというのも誤りなのだが、これらの主張を引っ込めたとしても、橋本岳氏の主張には問題点があると思う。批判・炎上を受けて彼が修正した投稿を元に考えてみる。
彼は、上西氏の論考が「意図された捏造」を論証するものだと読んで、その論拠を
1)ウッカリ間違いとは考えられないくらい、酷く不適切な統計の取り扱いであるという三つにまとめている。そして、これらの全てで指摘された非はあったと認めつつ、全ては厚労省の中の問題だったとしている。すなわち、
2)不適切な取り扱いが、全て裁量労働制を擁護する方向性を指してツジツマを合わせている
3)今年の予算委での、総理や加藤厚労相らの答弁にて、不適切さをなかなか認めなかった
(1)は、厚労省が多忙を極めていた、知識がなかった、無理な要求に無理をして応えようとしたことが原因
(2)は、裁量労働制拡大が内閣方針だったので官僚心理にバイアスがかかったことが原因
(3)は、誤りを認めるのが難しい政府組織・官僚心理が原因
というものだ。その上で、「高度な深謀遠慮にしては肝心の資料がズサン過ぎる」などと疑惑を否定しつつ、
「『誰かが意図した捏造』という証拠」とか
「『捏造を指示した連絡』などがそのうちきっと証拠として示されるものと期待」
などと「捏造の明確な証拠」を求めている。
この論法は、「明確な証拠を出せるなら出して見ろ」と上西氏を嘲笑・挑発するものであって、真摯・誠実な態度だとは思えない。
そもそも、上西氏にしろ野党にしろ、内閣批判の政局的な側面は本質ではないのであって、裁量労働制拡大の審議を止めること、裁量労働制の乱暴な拡大を阻止することが本筋である。だから、「首相や大臣の明確な指示があったか」などは重要ではあるけれど、本来は枝葉の問題である。なのに、それを核心であるかのように言い立てる橋本氏の主張は本質を外した、いわば論難に近いものだ。
そして、興味深いことに、(大臣の指示があったという)捏造の明確な証拠を出せという態度は、従軍慰安婦問題を否定する人々が言う態度と酷似している。すなわち、「軍が直接的に拉致に関与した証拠を出せ」という、「狭義の強制」の証拠がなければ、軍の責任はないという論理と同じ論法になっているのだ。
この人達は、「疑わしきは罰せず」という法理を政府組織の統治問題にまで拡大解釈して、組織管理者を免責しようとする。そして、管理者の直接的な関与を明確に示す証拠が必要だと言って、その「証拠」の範囲を可能な限り絞り込む。そして調査には消極的な態度を取り、出てきた「証拠」に対しては不十分さを指摘してその価値を認めず、さらに「明確な」証拠を要求する。そして、「証拠がない限り無罪だ」という論理で管理者・指導者を免責する。
要するに、この人達は何が真実かを知りたいのではなく、責任を認めたくないのが本心だと言わざるを得ない。今回の橋本氏の主張もこれに非常に似た論法を取っているわけである。
しかし、企業の不祥事に対して経営者がしばしば引責辞任するように、組織統治においては「明確な関与」とか「疑わしきは罰せず」とかはいつも必要とされるわけではない。また、そのようにして管理者・指導者の責任範囲を厳しく絞り込むことは組織管理上の弊害を生む。このことは周知であり、また橋本氏も当然理解していると思われる。にもかかわらず、今回の橋本氏の主張ではこの文脈は一切考慮されていないように見える。
このような観点に立つと、橋本氏の主張は結局のところ内閣を守ることを目的とした「為にする論」になっていると思うわけである。
なお、上西氏は、橋本氏の投稿に対して、自身の主張がそんな脆弱なものではないという反論を行っている。以下のツイートにつながるスレッドを参照。
Mitsuko_Uenishiさんのツイート: "要は牽制だから、でしょう。… "
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追記(2018年5月10日)
上西氏がより徹底的な反論を行っている。主張の論旨は私が上に書いたことを含み、それよりさらに徹底的になっている。以下のツイートに連なるスレッドを参照。
Mitsuko_Uenishiさんのツイート: "橋本岳議員、FB投稿に追記→ 裁量労働制の拡大、デタラメ資料しか作りようのない欠陥法案であった事を自民党の橋本岳厚労部会長が激白 | BUZZAP!(バザップ!) https://t.co/FPsRcNeASE" https://twitter.com/mu0283/status/994064692720041984
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参考
(88) 橋本 岳 - (5月9日朝追記) 昨日共同通信さんの取材をうけ、下記の報道がありました。...
橋本 岳
5月7日 18:25 ·
(5月9日朝追記)
昨日共同通信さんの取材をうけ、下記の報道がありました。
https://this.kiji.is/366557726777787489
これを受けて読み直したところ、文中に、自分の主観のみを根拠として特定の方を中傷したり、責任を転嫁していると受け止められる表現がありました。そのような点について、訂正を行いました。
深く反省し、ご覧になった皆様にお詫び申し上げます。また、今後そのようなことのないよう、気をつけて参ります。———
このシリーズ、興味を持って読んでいます。未完なので最終的なことは言えないのですが、現時点での感想を記します。ただしその前に注意書きをします。まず僕は2015年3月、問題となる表が民主党部門会議に示された時点で厚生労働大臣政務官であり、部内者でした。あまり偏った記述はしないよう心がけますが、利害関係者であったことは包み隠さず申し上げます。僕の立場が公正ではないと思われる方は読まないで頂いて構いません。ただし、この文章は自分の意思と責任に基づき書いており、政府関係者や同僚議員にもなんらの影響されたものではありません。
そして、この表が、文中列挙されている点において不適切であったこと、その結果として安倍総理や加藤厚労相が誤った答弁を行ってしまっていたことは、政府も僕も全くその通りであると認め、既に総理・厚労相は撤回しお詫びを表明しています。
したがって、このシリーズで上西教授が改めてとりあげている論点は、「その不適切な表の作成が、誰かの指示により意思を持って捏造されたものなのではないか」にあるのだと認識しています。
で、これまでのところ「意図された捏造」の論拠は、ざっくりと
1)ウッカリ間違いとは考えられないくらい、酷く不適切な統計の取り扱いである
2)不適切な取り扱いが、全て裁量労働制を擁護する方向性を指してツジツマを合わせている
3)今年の予算委での、総理や加藤厚労相らの答弁にて、不適切さをなかなか認めなかったの3点に集約されるように思われます。
ただ、3)は、「捏造」か「単なる雑な資料」かを問わず、3年前から答弁に使い総理答弁まで使った資料を「誤り」と認めるには政府内でそれなりに高いハードルと調整プロセスがあるという原因によるものと思われます。また、そもそも誤りを認めたくないという心理も働いていたのかも知れません。従って、それをもって3年前から意図していた、それを加藤大臣も知っていたのだ、捏造だったのだという理由には全くなりません。
また、2)については、誠実な態度ではないという批判は僕も含め甘んじて受けますが、政府として裁量労働制の拡大を目指すという閣議決定が既にある以上、厚労省の関係者がそうした方向になるといいなと思っていたことそのものは不思議ではないのであり、それが「誰かが意図した捏造」という証拠になるかというと、決定的ではないでしょう。
さて1)について。
当時の厚労省の状況は、労基法改正案提出直前、与党審議もあり、その上民主党部門会議も頻繁に開催され、さまざまな資料提出を求められ、担当部署はてんやわんや状態でした。また、本来裁量労働制と一般労働制は、対象業種が異なりますから、母集団が違う(厳密に言えば包含関係ですが)ため、両制度それぞれに属する労働者の労働時間を単に比較しても、その差が制度によるものなのか、業種(=母集団)によるものなのか区別ができません。そもそも厚労省は、僕の記憶の限りでは、労働時間が短くなるという効果を企図して裁量労働制の拡大を提案していたわけではありませんでした。だから、元々両制度間の労働時間の比較表など作っていなかったのです。その比較を要求したのは野党の方々であったと記憶しています。労働時間を比較したらどちらが長いのだ、何か資料はないのか、と部門会議で問われ、それを受けて厚労省が作成をしたものだったのではないかと僕は認識しています。だからこそ、僕が予算委で指摘したように、強調するための赤枠や青枠は労働時間の分布につけられているのです。それは、平均値を積極的に示したくなかったからなのではないかと思っています。
もちろん、全ては厚労省の責任(であり、当時政務官の僕の責任も免がれるとは個人的には思いません)です。注もなしに数字を計算により算出し、「平均的な者」なる不思議な概念の説明も、最長時間を回答させていたことの説明もなく、本来比較不可な数字を並べて書いていた。全てあまりにも雑で不適切です。ただ当時の印象から思うに、この資料は寝不足で過労気味の担当者が、野党の皆さんの要求になんとかして応えたいという一心で、アクセス可能な数字や表から資料を捻り出した結果であり、そしてその上司も、チェックしなければならない沢山の提出予定資料の一枚としてこれを見て、「ま、いいか」と思ってしまった結果なのではないか(または全く気づかなかった結果)と僕には思えるのです。厚労省の教訓は、いくら要求されても、無い数字を無理に作って提出するようなことはしてはならない、ということでしょう。
優秀な厚生労働省官僚が、指示命令もなくそんな不適切なことをするわけがない、という思われる方もおられるかも知れませんが、中にいた人としては、官僚の皆さんは優秀な方が揃ってはいますが、やっぱり人間であり、正直、しばしば信じがたいミスや行動もあるのも事実なのです。年金機構情報漏洩事案の対応やその他さまざまな場面でいろんなことを感じる機会がありました。したがって、これだけ様々なチョンボの積み重ねがあっても「起こり得ることだなあ」と思ってしまうのです。
また、厚労省に限らず、中央省庁において、統計学の基礎がかなり等閑であることは今に始まったことではなく、それも背景にあったものと思っています。問題とされている平成25年調査だけでなく、その前の平成17年調査の集計表から既に「最長時間」の記載がないことは、僕が予算委員会で指摘し加藤大臣から答弁があった通りです。あくまでも傍証に過ぎませんが、今回の表が捏造だったわけではない証拠とも受け止められます。というか、それはそれでもっと根深くて深刻な問題なのですが。
その上、いきなり国会で答弁せず、野党に示した理由は「認識の刷り込み」を狙ったのだなどという説明は、後付けの理屈ではないでしょうか。そんな高度な深謀遠慮にしては肝心の資料がズサン過ぎると思います。少なくとも当時の大臣政務官として、そんなこと見たことも聞いたこともありません。単に、先に部門会議で要求されたから、です。
このシリーズは未完ですから、ここまで「意図した捏造」と指摘するからには、「捏造を指示した連絡」などがそのうちきっと証拠として示されるものと期待しています。これがあれば、決定的になりますから。
上西教授の、今回の裁量労働制関係データ問題を巡る一連の検証には、心から敬意を表します。正直、僕もこの資料は厚労省在職中に見たことはあり、今通常国会で厳しく指摘されるまで、不適切さを見抜けず、見落としてしまっていました。僕の目が節穴だったことを深く恥じています。ただ、だからこそ、感じた違和感は記しておきたいと思います。
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