自己否定への誘導と依存、支配・被支配関係
「調教されて風俗入り」は意外と多い? “家畜部屋”で暮らした女性の“リアル”な過去とは|サイゾーウーマン
を読んだ感想というかメモ。
何かの学校で、先生だった人にマインドコントロールされ支配された人の話。
タイトルは興味本位で内容も軽薄な印象だが、書かれていることは深刻である。
以下抜粋。
ささいな失敗でも、「お前はダメな人間だ」と、ひどい言葉で責められる。私が原因ではなくとも悪い結果を招けば「おまえのせいだ」と、やっぱり責められる。そんなふうに罵倒され続け、「おまえはクズだから、俺がいないと生きていけない」と刻み込まれて、本当にそうなってしまいました。マインドコントロールと言えば確かによくある手口とも言えるが、細かいことでも気になり人を責める気質の人や、過干渉な親などでもよくやってしまいそうでもある。――ささいな失敗とは、たとえばどんなことですか?
Ω 本当に細かいことです。「作業がもたついた」とか、「ご主人様の知人への事務メールの返信がちょっと遅かった」とか。
――そんなことで責められることに、疑問を抱かなかったのでしょうか。外界との交流を妨げて自分への依存関係を作るところが、この種のマインドコントロールの特徴だろうか。外部を遮断する度合いや方法もいろいろあるだろうけれど。Ω 疑問を持たせないようにしていたんだと思います。その手口のひとつが、グループ以外との接触を断つこと。バイトを辞めさせられたし、「ネット環境を切れ」と言われ、毎日ずっと閉鎖されたグループにいました。そういったごく狭い世界で「おまえは間違っている」と言われ続けると、「私が全部悪いんだな」と思い込んでしまって、「先生がいないと生きていけない」という心情になっていました。
今でも覚えているのが、私が落ち込んでいるのを態度に出したら、「被害者ぶるのか」と、ご主人様の怒りを買ったときのことです。つらい言葉で責められ続け、張り手をされました。そういったことが毎日続いていたので病んでいた私は、路上でヒステリーを起こし、「もう無理です」と泣き叫んだんです。「全部やめるのか」「やめます」というやりとりのあと、家まで送られ部屋に入った瞬間、抱きしめられ、こう言われました。「おまえはやめると言うが、俺から離れられるのか」。私は泣きながら、「無理です」と言いました。するとご主人様は、「そうだ、俺がいないと生きていけないよな。だから俺にご奉仕し続けろ」と。手を上げられた直後は、そうした“アメ”がありました。部活動のスパルタ指導者と生徒の関係を想像させる。――そこまでされても、なお離れられなかったご主人様への思いは、どんなものだったのでしょうか?
Ω 「とにかく愛されたい」に尽きます。「愛されたい」もおこがましい表現ですが。にもかかわらず、構われない日々が続き、病み、ずっと泣いていました。末期は、泣くことすらおこがましいと感じて、涙も出ず……
「愛されたい」もおこがましい表現ですが。というところに、まだ抜けていないのかと少し怖くもなる。
自己否定を進めていくと自己の存在否定になり、自殺するか何かに依存するかしかなくなる。それらの両方が出来ない場合は、生きながらにして自分の存在を無限小にするしかない。「泣くことすらおこがましい」と思うのは依存型でありながら依存せざるを得ない自分が申し訳ないからだろう。感情表出する資格すらないというか感情表出する意味がないというか。
『元カレ殺ス』という曲をたまたま聞き、最初は「みっともない嫉妬をさらけ出して、なんて恥ずかしい歌詞なんだろう」と思っていたんですが、毎日聞くうちに「醜い部分があっても、生きていていいんだ」と衝撃を受け始め「自分のようなものでもこの世に存在してもいい、存在を許される」というひらめきは一種の悟りのようなもので、自縄自縛を解くきっかけになる。このひらめきが徐々に確かさをもって自分の中で太くなっていくと、少しずつ自分の生を生きることに前向きになっていく。この乗り越えをどのような形でやれるか、やったかが、その人のその後の生き方、考え方に大きく関わっているような気がする。
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