« 文科省、天皇の即位への祝意を学校に命令。 | トップページ | 天皇の謝罪をめぐる狂騒曲 »

2019/04/26

朝鮮人の民族教育を守ろうと呼びかける手塚治虫のコラム

Satoko Oka Norimatsuさんのツイート: "1966年4月16日、手塚治虫… "

手塚治虫が書いた朝鮮学校を守ろうと主張する手塚治虫のコラム。朝鮮時報1966年年4月16日付とのこと。
文字起こしされたものがあるかと思ったが検索にかからないので、勝手ながらここに掲げておく。この切り抜きを紹介したSatoko Oka Norimatsu氏に謝意を表する。

下記の文献を参考にすると、この手塚のコラムは1966年に自民党が提案しようとした「外国人学校制度」への反対の一環として書かれたものだと思われる。この自民党の「外国人学校制度」は「朝鮮人の行き過ぎた民族教育を是正」する意図を持ったものだったとされている(マキー(2013), p.50)。

手塚は「かれらは弾圧の理由づけの一つとして、朝鮮人の民族教育を「反日教育」だといっていますがこれも笑止の至りです」と述べている。彼の指摘は、その後50年を経てもなお、生き続けていると言っていいだろう。

手塚治虫が現代の日本のマンガやアニメの大きな源流の一つであることは論を待たないと思うが、いわゆる「オタク」の人々の中でも朝鮮学校の無償化に反対する人々は、その彼がこのような意識を持って政治的な主張を行っていたことについてどのような思いを抱くのだろうか。

私は広く呼びかけたい 在日朝鮮人の民族教育を日本人の手で守ろう 手塚治虫

挑戦の人たちは好きこのんで日本へやって来たのではありません。日本の軍国主義の犠牲となって、民俗の歴史を奪われ、ふみにじられ、強制労働につかわれたかたがたです。最低の生活に追いつめられ、偏見と蔑視の中で何十年も生きぬいてこられたのです。私は、日本人として本当に恥ずかしく、申しわけなく思います。
しかしその弾圧の歴史の中にあって、常に民族の誇りを持って抵抗し、ついに解放と再建の非を勝ち取られた朝鮮民族は偉大です。それは、朝鮮という祖国の歴史を教え、家庭の歴史を子弟に教えた朝鮮人の功績でしょう。
朝鮮人が、なぜ時刻の歴史や文化を、朝鮮人の教師によって朝鮮語で学んではいけないのでしょうか。逆に、われわれは、朝鮮人に対して行なった、かつての日本軍国主義の強圧政策を、どのくらい知っているでしょうか。更にまた、われわれはこれをふたたび繰返さぬようどれほど反省しているのでしょうか。
今回の「学校教育法改正」はそれらに全く耳をふさいだ、軍閥時代のよう腫(しゅ)が、またもや表面に吹出し始めたと思うほかありません。それらの法案を作成し通過させようという連中は、その暗黒時代にそれによって利益を得たり、あるいは植民地的蔑視に頭がこりかたまった、ごく一部の亡者たちでしょう。
人種差別を更に強め、母国の歴史も学べぬような骨抜きの教育を強制し、朝鮮人でも、日本人でもない自覚のない人間をつくることを意図しているこんどの法案は、まさしく改悪どころか、問題にならぬ愚案です。この法案が可決されれば、朝鮮人子弟が卑屈感と無国籍的人間性を助長されることは間違いありません。
日本の歴史から考えるに、「外国人」ということばから、すぐヨーロッパ人とアメリカ人を連想します。朝鮮人はその中に含まれてはいないといっても過言ではありません。
口では民主主義政治を唱えながら政府がまたもや朝鮮人に政治的な弾圧を加えようとしていることは、許せないことです。
かれらは弾圧の理由づけの一つとして、朝鮮人の民族教育を「反日教育」だといっていますがこれも笑止の至りです。こんなことをいっている当局者には、日本人自身に民主主義教育を行なうことすらおぼつかないのではないでしょうか。
ある日本の公立中学校に在学していた朝鮮人学生が、朝鮮人学校へ転校したとき、同級の日本人中学生は「母国語を勉強し、いつかは母国のために役立つことが本人にとっても幸福なのだ」と感想をのべて、かわらぬ友情を誓いあったといいます。
私はこのことに素直な共感を覚えます。教育とは、本人のためにもなり、また社会や母国のためにもなるべきものです。強制され、歪(ゆが)められたわくの中で教えられるべきではありません。日本人も朝鮮人も、それぞれ民族的で民主的な教育を受けるのは当然の権利です。いま少くない日本国民はつんぼ桟敷(さじき)におかれ、平和ムードと政治家の詭弁(きべん)とに麻痺(まひ)してこのような重大な問題が次々に国会を通過し実現してしまうのをみすごしています。
日本国民は朝鮮人の民族教育が政府に弾圧されぬようこれを阻止し、日本人の手によってこれを守っていかなければなりません。私はそのことを広くよびかけたいと思います。
(漫画家)


参考
マキー智子(2013)「「外国人学校制度」創設の試み : 日韓会談期における在日朝鮮人対策の模索」北海道大学大学院教育学研究院紀要, 118: 27-57
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/52887/3/AA12219452_118_02.pdf

韓東賢(2015)「朝鮮学校処遇の変遷にみる「排除/同化」―戦後日本の「排除型社会」への帰結の象徴として―」教育社会学研究第96集, 109-129 https://www.jstage.jst.go.jp/article/eds/96/0/96_109/_pdf/-char/ja


« 文科省、天皇の即位への祝意を学校に命令。 | トップページ | 天皇の謝罪をめぐる狂騒曲 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 文科省、天皇の即位への祝意を学校に命令。 | トップページ | 天皇の謝罪をめぐる狂騒曲 »