カテゴリー「行ってきた」の20件の記事

2010/05/27

市比野温泉に行ってきた

この前の土曜日に市比野温泉に行ってきました。鹿児島市内からだと車で1時間半ぐらいかな。


大きな地図で見る

小雨がぱらつく中、はじめに入ったのがグリーンランド市比野ふれあい館。ホテルのお風呂です。

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330円ですが大きなお風呂。泡風呂、ジェットバスなどの大きな浴槽の他に、サウナ、蒸気風呂、露天風呂も付いています。おまけにボディソープとシャンプーまで付いていて330円なのはびっくりです。
お湯は弱アルカリ性の温泉で、少しぬるぬるします。みょうばん泉っぽい。循環濾過しているそうです。

ここでまず1時間ぐらい、出たり入ったりしながらぼわーっとしました。

で、ふれあい館はどうやら市比野温泉の入り口だったらしいので、奥に進んでうろうろしていると、「昭和湯」と書かれた家を見つけました。
どう見ても普通の家ですが、「温泉」とあるので悩みました。

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5時を過ぎたところだったのですが、覗いてもだれもいません。廃業したのかな?それにしては掃除が行き届いているし…。
しばらく前をうろうろしてると、近所のおばさんが昭和湯のおじさんを呼んでくれて入れてくれました。150円だそうです。

お風呂場はこぢんまりとして古びた印象ですが、掃除がきちんとされていて気持ちいい。洗面器も汚れ一つぬるぬる一つ付いていません。びっくり。

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洗い場も蛇口もなし。鏡が二つありますが、あとは浴槽だけ。
静まりかえった中に温泉が流れるちょろちょろという音だけが響いています。

で、掛け流しだと思うんだけど、お湯がえらい気持ちいい。グリーンランド市比野と泉質は同じだけど、ちょっとぬるぬる感が強い感じ。ややぬるめでいつまででも入っていられそう。
レトロな雰囲気と静けさの中のちょろちょろという水音、よく磨かれたタイル。全部独り占めでした。

しばらくして、地元の方らしいおじさんが入ってきて、軽く挨拶。気持ちいいお湯を堪能してから出てきました。

ぐぐってみると、たくさん出てきますね、昭和湯のレポート。場所などはこちらから。→Google

それから、湯冷ましに散歩しつつ、公衆浴場の「下の湯」に向かいました。

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下の湯の建物は国の電源交付金で建てられたようで、それだけに立派。集会施設にもなっているようです。お客さんが入れ替わり立ち替わり、盛んに出入りしていて、地域のお風呂屋さんっていう感じ。
で、お風呂ですが、シャワーと蛇口付き。お湯は熱め。泉質はやっぱり同じ系統です。料金は150円。券売機は千円札となぜか二千円札に対応している珍しい機械でした。

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市比野の街ですが、川に沿って細長く伸びた小さな街で、いい感じに寂れた温泉街の風情。至る所に昔のにぎやかだった頃の面影をとどめています。まあ率直に言えば「地方は厳しいなあ…」という印象ですが。

街のいろいろなところをカラー舗装したりしてがんばってるんですけど、焼け石に水状態みたいですね。

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せっかく歩行者向けに舗装もお金をかけたんですが、歩行者が全然いません。車しか通らないので舗装がもったいない。まあ、でもこの雰囲気がかえって旅情を誘いますね。

その道端の家。

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金のしゃちほこ、黒瓦が渋い。玄関の洋風の扉が和洋の不思議なマッチング。いい感じです。

散歩の途中で不思議なものを見つけました。納屋の扉みたいな所なんですが…

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なんて書いてあるのか。「毎晩飲むべからず」かなあと思うんですが、「ば」の次の文字は「ん」じゃなくて「に(尓)」じゃないかなあと思うし、よくわかりません。

別の道で見つけたお宅。

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草むした石塀と立派な日本家屋。丸窓っぽいのも見えたり、モダンな感じがあります。
草むした壁、その垂直さ加減とか草の生え方とかがいかにも鹿児島、南九州って感じで、すごく気に入っています。こういう壁のある家に住みたい。

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その家の近所にある上等湯温泉。残念ながら閉鎖されたようです。(→参考

周囲は田舎の町そのもの、周りに猫が数匹ぼーっとしていて、時間が止まったみたいな感じ。なごみまくり。

で、近くにお寺があるんですが、そのそばに中越パルプの保養所がありました。

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薩摩地方の伝統的邸宅という落ち着いた風情。ゆとりある生活を感じさせます。こういう家か別荘がほしい。

で、その近くから見た街の様子。

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正直な話、この街の将来は暗いと思います。それは鹿児島のどの街でもそうなんですが。
この温泉がかつての賑わいを取り戻すとは思えないし、街に大きなインパクトを与える産業を育てることも難しいでしょう。
ただ、外野の人間から見ると、それでもいいのかもな、と思ったりします。この土地で商売をしている人は、生き残りをかけた撤退戦を強いられてそれどころじゃないでしょうが、ゆっくりと街が老いてしぼんでゆき、数十年をかけて小さく落ち着いた佇まいを得ていくいうのが、こうした街――高度成長期に急速に拡張し、その後急速に廃れてきた街――の最善の行き方なのじゃないかなあという気がするのです。

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2010/04/29

夜行バス移動中

初めて携帯から書き込んでみます。
Willarのバスに初めて乗るので期待していましたが、来たのは岩崎グループの鹿児島交通のバスでした。ちょっとがっかり。でもバスは新車みたいでまだ新しい車の匂いがしました。
4列シートの格安バスですが、幸いすごくすいていました。9人しか乗客がいません。すごくお得感があります。
夜空がよく晴れて満月がきれいです。渋滞もなくてのんびりして行けそうです。

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2010/04/18

頴娃と開聞岳と

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しばらく前ですが、調べ物があって頴娃の図書館に行ってきました。
本当の目的地は川辺町だったんですが、市町村合併で南九州市になってから図書資料が頴娃と川辺と知覧に分散することになってしまい、それで仕方なく頴娃に。

よく困るんですが、南さつま市と南九州市、いつになっても混同してしまいます。「さつま」も「九州」もかなり広域を示す地名なのでホント勘弁してほしいんですが。市町村合併は罪深いことを残したなあと思いますね。こんな広域の地名を付けるんなら、もっと夢は大きく、日本列島南西端市とか極東アジア中央市とかにしたらよかったのに。それかもっと合理的に「N31°22′E130°26′市」(市役所の緯度経度)で表したらグローバルスタンダードだったのに。

閑話休題。

で、指宿スカイラインから頴娃に下りたんですけど、山を下りて視界が開けたとたん、下半分が真緑色に。
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お茶お茶お茶、茶畑だらけ。見渡す限り海までお茶畑が続いているみたい。

お茶の新緑がなんともきれいで見事な光景。見晴らしもすばらしい。

あまりにもお茶畑過ぎて、乱開発しすぎじゃ…と思ってしまうほど。

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頴娃は海までなだらかな斜面が広がっていて、すごく見晴らしが良いです。何枚でも写真を撮りたくなります。

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道路沿いの土手に登ったら、何かの巣穴がありました。ウサギかタヌキかな。どちらもよく出会います。

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頴娃の図書館のすぐそばが海岸です。南向き、遠く奄美諸島や沖縄の方から波がやってきています。
見渡す限り自分一人きり。風景全部独り占めです。

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で、開聞岳が否応なしに目に飛び込む。見れば見るほど見事な山です。
山頂が見えるたびに、「ああ、今登っていたら見晴らしがすばらしかったのに…」と思います。

というわけで、特にオチも何もないんですが、頴娃は来るたびに「きれいなところだなあ…」とため息が漏れます。いつ来てもそう思っちゃう。なんで観光地にならないんだろう。プリンスエドワード島の田園風景を見に行くくらいなら頴娃でバカンスしたらいいのにと思うくらい。
どうかこの美しい風景がいつまでも守られますように。

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2010/04/13

山田の凱旋門を見に行った

昨日、姶良にある山田の凱旋門を見に行きました。
山田の凱旋門は、山田という集落が日露戦争から帰ってくる人の無事を祝って建てたものだそうです。
以前テレビで紹介されていて、一度見に行こう!と思っていたのでした。

で、これが山田の凱旋門。
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携帯電話で曇りの夕暮れに撮ったせいか地味な感じに写ってしまった。
明治39年に建てられたとかで、104年ぐらい経つことになりますが、傷んだ感じがありません。すごく保存状態がいい。

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裏から見るとこんな感じ。こぢんまりとした感じのいい集落です。
もともと島津藩の郷士たちが住まった「麓」と呼ばれる集落で、山田村の中心地だったとか。
往時を彷彿とさせる石垣などが残っていて、由緒正しさを思わせる町並みでした。住みたいなあと思う感じ。

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凱旋門の裏の丘から見た山田「麓」のようす。
この丘には、たくさんの慰霊碑が建っていました。山田村から出征して帰ってこなかった戦死者を弔うものです。
古いものは西郷隆盛らが新政府軍と戦った西南の役で、実に二百数十名が出征したとか。この村の規模を考えると、とんでもない数です。(死者数ではないので注意。)それから、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争と続きます。
こんなのどかな村にも戦争は確かにやってきていたのだなあと思うと、風景もより深く見えるような気がします。

ところで、この村に来る途中の風景がまたよかったです。田畑が広がる丘陵地帯、見事な田園を楽しめました。
田んぼはちょうどレンゲの真っ盛りですばらしかったです。
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こんな感じ。
どこにでもあるといえばそうなんだけど、でもやっぱり気持ちいいです。

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2010/04/06

麻里花とその周辺

先日、伊集院近くにある「麻里花」でランチをして、近くの村を散歩しました。

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麻里花の前景です。日差しが強くて影が暗くなってしまいました。
この建物は最近できたとのこと。以前はその隣にある手作りの小屋(失礼)みたいなところでやっていたそうです。

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中の様子です。古民家風。
平日の昼間なのに、お客さんも結構います。奥さん連中ばっかりですが。

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日替わり定食。760円だったかな。数種類から選べます。
私はお魚のあら炊き。ちゃんとした「お昼ご飯」って感じ。タケノコが2皿、美味しいです。おみそ汁は具だくさん、だしの利かせ方が鹿児島風。漬け物も美味。

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知人が選んだのはうどんと鶏の唐揚げの定食。
美味しかったけど、量が物足りない…とのこと。

で、食後に村を散策。

道ばたにお地蔵さんを発見。すごく大切にされている感じです。

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中のお地蔵さんはこんな優しいお顔をなさっていました。
聞くところによると、このお地蔵さんは「いぼの神」と呼ばれているそうで、お地蔵さんの所の何か(聞いたけど忘れちゃった)をできものに付けると治るそうです。
(ところで「いぼの神」で検索するといろいろなウェブページが出てきます。人気があるんですね。)

近くには「たのかんさぁ」(田の神様)もありました。

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お顔などはもうわかりません。ほどよく風化していい感じ。
またぶらぶら行くと花が満開の家がありました。

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桜と桃かなあ?実物は日光に輝いていたんですが、日差しが強すぎて写真が暗くなってますね。
と、そこで、

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地元の自警団に遭遇。誰何され、厳しい尋問にあいました。「どこから来たの」「なにしてるの」「どこに行くの」「一緒に行っていい?」

彼らの追求から必死に逃れた先に美しい光景が。

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ため池です。よく整備され、清掃が行き届いています。これだけするのはすごく大変なはず。
集落に力があるなあと思います。鹿児島の村は過疎と高齢化というけれど、地力はまだ十分あると感じますね。

池の畔の戦没者慰霊碑。

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日本列島の末端の農村に残る戦争の記憶。鹿児島には他にも方々にこうした傷跡が残っています。

その奥にもう一つため池がありました。

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ちょっと離れたところで小さな神社を見つけました。

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熊野神社とあります。簡素だけど丁寧に守られています。信仰の原点を考えさせられるような。

社殿の脇の古い仏様。

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鳥居脇の仁王様。背中に文政十年とありました。1827年でしょうか。

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この神社の石像は全体に破損、廃棄されたものを再建したように見えます。ひょっとしたら明治時代の神仏分離、廃仏毀釈と関係するのでしょうか。うち捨てられた石仏や石塔を掘り起こしてもう一度お祭りした人たちがいるのかもしれません。

このあと、内ファームによるジェラート工房 paceパーチェに寄って、サツマイモと抹茶のダブルに黒蜜?がかかったジェラート(名前忘れた)を食べました。素材の味満点でした。食べるのに夢中で写真は撮り忘れてしまいました。

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2010/03/15

佐多岬から日南へ(2/2)

前回の続きです。

夜になって、志布志でガス欠になりかかり、コンビニで聞いてみると「夜営業しているガソリンスタンドはない」とのこと。ケータイで検索して鹿屋まで行って給油しました。田舎でガス欠は致命的です…。
で、真夜中に日南線の夏井駅で休憩していると、いきなり列車が停車。終電も何もない時間のはずなのに…。
乗客は一人も乗っていません。がらーんとした車内に白々と電気だけがまぶしくて…。
かなり怖かったですが、たぶん、津波の影響で遅れた列車が着いたのだと思います。JRは軒並み運休していましたので。

今回のドライブではいろいろな動物に出会いました。

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佐多岬では猿を見て…(花を食べていました)

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途中の道では黒牛が遊んでいたり…

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都井岬に行ったら野良馬がいてびっくりしました。
都井岬の野生馬は有名なのですが、それを全然知らず、ただ「先っちょぽいから」という理由で行ってみたら、いきなり馬がいたのでびっくりしました。「駒止め」っていう門で馬のいる岬と人の住んでいる世界とが区切られているのですが、「駒止め」の意味がわからず、「昔のお殿様が放牧でもしてたのかな」くらいに思っていました。←愚か者

ちなみに、都井岬ホテルがこの日たまたま営業最終日だったそうです。知ってたら無理してでも泊まったのに、残念なことをしました。

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都井岬にも猿がいました。猿の軍団に道をふさがれて困ったのだけど、小猿が可愛くて撮った一枚。

このほかに、夜だったけど、ウサギとタヌキにはたびたび遭遇、一時は轢きそうになって大変でした。それから鹿にも出会いました。サルにウサギとタヌキにシカ、馬に牛と、日本の昔話のレギュラー動物ですね。

それから、翌日ですが、日南海岸を北上して、油津に行きました。かつて栄えた港として有名な町で、風情のある石橋があると聞いたことがあったので、一度行ってみたかったのです。
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昔日の繁栄を彷彿とさせる木造3階の建物。雑貨や工具類のお店で、現役。中もレトロですが品揃えもすごいです。いろいろと店主の気合いを感じさせる店。

油津の歴史的な街並みはすごく小さくて、1時間ぐらいで見て回れます。逆に言うと隅々までじっくり見て回れて楽しい。路地のたたずまいなど、住み着きたくなるいい町です。
イタリアのまちあるきをすると思うんだけど、日本の有名な町はちょっとまちあるきにはちょっと大きすぎるんですよね、京都とか。イタリアの小都市が面白いのは、旧市街地がこぢんまりしているのが大きいと思うんです。油津はそうした点では最適です。小さすぎるくらい。人口数万人の小京都的な地方の町は実は京都にはない心地よさがあると思うんだけど、どうでしょうか。

で、これが油津の石橋。運河の掘削はかなり古いのですが、石橋自体は比較的新しい。といっても明治時代ですけど。
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これも知らなかったのですが、「寅さん」がロケをしていたのですね。
第45作 男はつらいよ 寅次郎の青春|寅の巻全作品データベース|『男はつらいよ』|松竹株式会社
資料館があって、当時の写真とかがありました。
でも「寅さん」より興味深かったのが、唯物論研究会の岡邦雄がいきなり紹介されていたところ。何でも岡邦雄の奥さんが油津出身の偉人の娘で、その係累を油津の図書館の人が苦労して探し出していろいろ当時のことを聞いたということですが、歴史の地道な掘り起こしは「寅さん」のロケより価値があるように思います。こういう積み重ねが町を育てていくんでしょうね。

で、油津の次に飫肥に行きました。ここも名前だけ知っていてどんなところか知らずに行きました。(汗)

行ってみてびっくり。江戸時代がそのまま残っているみたいな街並み、しかも普通に使われている生きた町です。
出水市の武家屋敷群も現役の町なのにたたずまいが江戸時代でびっくりしましたが、ここも相当すごい。

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これは飫肥城跡にある大手門。

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大手門の脇にある武家屋敷。維新後、城を出た殿様が住んでいたそうです。
高床式で床と床下がすけすけ。その上に畳を置いただけですから、冬はすごく寒かったと思います。

飫肥は小村寿太郎が出た町だそうで、資料館ではいきなり明治の外交について勉強する羽目になりました。
いくら地元の偉人でも、ちょっとひいきが過ぎるんじゃないかなあ。寿太郎中心史観というか?

で、飫肥では食べ歩きマップってのを売っていて、これを買うといろいろな入館券+食べ歩き引換券をもらえて、ちょっとしたおみやげができます。
これはなかなか良かったです。全然知らなかったおいしいものとか珍しいものを見つけられて楽しいです。

で、これで試食して釣られて買い込んでしまったものが、
1.飫肥の天ぷら:薩摩揚げっぽいけど、ふかふかでおいしい。
2.飫肥の厚焼き卵:普通の厚焼き卵じゃなくて、プリンと茶碗蒸しのあいのこみたいなお菓子っぽい。
  数軒あったので買って食べ比べてしまった。→正直、あまり違いはわからず。
3.醤油:甘くない地醤油がほしかったが、それほど甘くないというのでつい買ってしまった。→いける!

というわけで、思いの外、飫肥ではどっぷり観光してしまいました。

このあと、実は延々と山越えをして、綾町に入り、そこからさらに山越えをして小林市を通って霧島のドライブウェイを抜け、国分に下りて10号線を鹿児島まで帰りました。へろへろでした。

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佐多岬から日南へ (1/2)

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フェリーから望む開聞岳。

先月末にドライブしてきました。
この日はいろいろ大変な日でした。かいつまむと、
1.チリ大地震の大津波が来た。17年ぶりの大津波警報が出て騒然となっていました。
2.山川・根占連絡フェリーの最終日。
二つだけ…。書いてみるとそれほどたいしたことはありませんね。

山川根占フェリーは一度乗りたいと思っていたのですが、この日が最後だとは思っていませんでした。
テレビカメラがたくさん来ていたので「どうしたのかな?」と思っていたら、記念すべき最終日だったのです。最後尾に乗り込んだので、テレビに映ったかも?
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これは根占に着いたときに撮った写真。
最終日だというのに、お客さんはそれほどいませんでした。寂しいけれどこれが現実かも。
※類似のルートで大根占・指宿航路というのが残っています。小型フェリーだけど(→なんきゅうフェリー)。

津波到達予定時刻だったけど、山川港はいたってのんびり。誰も津波の心配をしている人はいませんでした。
お天気がすごく良くて見晴らしも良く暖かく、海の上も気持ちよかったです。
ただ、ひっきりなしに自衛隊の哨戒機とおぼしき飛行機が帰ってきていて、津波の警戒なのかなあ…と。それと、沖合に大型船が泊まっていて、これも津波よけなのかなあ…とか。
あ、あと、道を走っていると、やたら消防車に出会いました。たぶん、みんな津波を警戒していたんだと思います。

根占からは佐多岬に向かいました。春の光に農村風景。気持ちいい道でした。
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佐多岬は先っちょが有料なので入らず。脇から灯台のある岬を眺めました。
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ぼーっと霞んで竹島と硫黄島が見えました。意外な近さにびっくり。
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写真では見づらいですが…。肉眼ではかなり大きく見えます。左側平たい方が竹島、山形なのが硫黄島。硫黄島は海に鉄分を含んだ温泉がわいていて、港が真っ赤というすごいところです。行ってみたい島の一つ。

このほかに、馬毛島と種子島も見えました。佐多岬から竹島は約30km、硫黄島が40km、馬毛島が35km、種子島が45kmくらいです。六甲山から見える紀伊半島の先っちょ(大阪府と和歌山県の境目)が約50km、淡路島の向こうにかすかに見える(ような気がする)愛媛県が約100kmだから、実際よく見えるわけですね。

古代の人々は、海の向こうの島影を見ながら、あそこに行ってみたい、行ってやると思いをふくらませて、飛び石づたいに世界を広げていったのでしょうか…。

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人吉に行ってきた

日曜日の午後に人吉に行ってきました。
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くまがわ鉄道の人吉駅です。背景の崖に穴が開いています。大村横穴群といって、6世紀から7世紀、古墳時代の墓なのだそうです。駅を見に行っただけなのに突然こんなすごいものがあってびっくり。
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くまがわ鉄道です。高校生たちが走って乗り込んでいきました。横穴群の崖の裏には球磨工業高校があって、崖の脇にある登山道?から生徒たちが下りてきます。
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くまがわ鉄道は大体1時間に1本の割合で出ているようです。温泉に入る往復切符も売られていました。よさげ。
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夜になって、人吉市街の「新温泉」に入りました。(人吉 新温泉 - Google 検索
昭和9年?に建てられた古い温泉です。ほとんどすべてが昔のまま現役のよう。そのへんの偽物レトロじゃありません。建物もお風呂も何とも言えない風情があります。

お湯は黒褐色でややアルカリ性。湯あかなのか何なのかわかりませんが黒いものがふわふわと。浴槽などのコンクリートは肌がすっかり荒れてざらざら。体を洗う水道などはありません。現代風の快適さを求める人は入ってはいけません。温泉とか共同浴場の原点を考えさせてくれるハードコアな温泉の一つです。実際、21世紀に水洗じゃないくみ取り式の便所に入るとは思いませんでした。
それでも常連さんとおぼしき人たちが老いも若きもやってきて、しっかり現役なお風呂屋さんです。どうか末永く営業されますように。

で、お風呂に入った後は、新温泉の近所…飲み屋街でした…でラーメン屋を2軒はしごしました。
1軒は新温泉の裏に見えるラーメン屋、もう1軒はラーメン竜というところ。どっちも豚骨だけどかなり違ってどちらもおいしくいただきました。

まだ行ってみたい温泉やお店もあるので、また行きたいと思います。今度は泊まりたいなあ。

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2010/03/02

妙見温泉に泊まってきた

前の週末に知人と妙見温泉にあるおりはし旅館の別館、「山水荘」という宿に泊まってきました。お客は数組だけで率直に言ってガラガラ、内湯も露天風呂もいろいろ楽しんできました。お風呂はろくに洗い場もないような素朴な雰囲気で、ひたすら温泉を楽しむという趣向。値段も安くていい宿でした。

妙見温泉は湯治場でもあるようで、一泊素泊まり2500円という所もあるみたい。川のせせらぎしか聞こえず、ろくに人の気配もなく、もちろんインターネットもつながらないし、世間の喧噪を忘れたいとか、何かから逃げたいとか、何かをじっくり考えたいとか執筆したいとかいうときにはもってこいです。自炊場があるのも安心です。

国道沿いをぶらぶら歩くと藤崎酒店という店がありました。酒屋というよりよろずやといった雰囲気。店内には大量の婦人服が天井からぶら下がり、竹製のキセルやらおもちゃやらカッターナイフの替え刃やらが無秩序に陳列棚に並んでいます。そんな中に酒瓶が10本くらい申し訳程度に置いてありました。酒屋なのに酒が陳列の1%にも満たないという…。
ところがその置いてある酒がただ者ではありませんでした。魔王とか伊佐美とか珍しい焼酎ばっかり。しかも東京とかよりも安めの値段設定。一瞬心が揺らぎましたが、それでもやっぱり高くて手が出ず。店主の話では、東京や大阪に送っているのだそうで、やはり酒店ではあるのでした。

この酒屋のそばには「田代水産」という川魚の店があります。ここも魚屋といいつつあれこれの食料品を置いていますが、一応川魚がメイン。鯉の洗いやウナギ、鮎などがたくさん置いてあるのが目を引きます。珍しいと思ったのが、鯉の卵と白子。瓶詰めのもあって、これは珍味じゃないかなあ。いろいろ眺めていたら、近所のおばさんが鯉の洗いを買っていきました。夕飯のお刺身が鯉の洗いというのもなかなかいいですね。

妙見温泉を出た後、霧島周辺をうろうろドライブして、「明るい農村」という焼酎で有名な霧島町蒸留所を見学したり、霧島神宮とか新湯温泉とかを見たりしてきました。

霧島一帯がそうですけど、特に何か名所があるという訳じゃなくても、何気ない農村風景とか、ふと見た山や川の様子とかに、何か心惹かれるものがありますね。霧島の観光には、何かをするということじゃなくて、ただ思いつくままにぶらぶらするというのが一番あっているような気がします。

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2009/12/07

帰ってきました。

結局、行き帰りの飛行機では離陸前から着陸後まで、ほぼ完全に爆睡していました。

到着時の鹿児島は気温7度。寒かったですね~。沖縄ではシャツの袖をまくり上げて汗をかいていたというのに。

那覇マラソンに直面しましたが、前回沖縄を訪れたときも那覇マラソンをやっていまして、ちょうど1年ぶりの再訪ということになります。別にマラソンファンではないんだけど。
しかし那覇マラソンはビッグイベント、大通りを人が川のように流れていきますし、沿道では応援団がいたり盛り上がっていて、楽しいです。マラソンおもしろそうだなあと思ってしまいます。

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